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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第十九話 運命の邂逅

 

 電撃的に、ジークの脳裏を過去の光景が駆け巡った。


 泣きわめく自分を母と共にあやしてくれたこと。

 熊の巣穴の中に放り込んで熊をつり出し、一緒に熊鍋を食べたこと、

 情けねぇなぁ、とあきれながらも、ジークが危ない時に必ず駆けつけてくれたこと。


 色んな思い出が泡のように浮かんでは、ぱちんと消える。

 胸の奥からこみあげる熱い思いが涙となって頬を伝い、地面を濡らす。

 震える喉を動かして、ジークは呟いた。


「……とう、さん……?」


 掠れるような声に、父──ルプス・トニトルスは答えない。

 何も答えない彼に「これは夢か」と疑うジークは頬をつねった。

 痛い。夢じゃなさそうだ。


 父はただじっとこちらを見つめて、そっと踵を返す。

 何も言わずに去ろうとする父を、ジークは慌てて追いかけた。


「待って……待ってよ、父さん!」


 夢かもしれない。

 そうじゃないかもしれない。


 ここは《魂の泉》。

 本来死んだはずの人間が訪れる冥界の秘境。

 そんな場所なら死んだ人間に会えてもおかしくないかもーーと自分を納得させた。


 正直に言えば、ジークは夢だろうが何だろうが何でもよかったのだ。

 頭が考える理屈なんて関係なくて、ただ心が、あの背中を追いかけろと囁く。


「父さん」


 ーーもう一度、あのごつごつとした手に撫でられたかった。

 ーーもう一度、カカッ!と笑いながら、一緒にご飯を食べたかった。


 地面を踏みしめる足は軽く、ジークは父の後追って《魂の泉》の出口へ走り出す。追いかけても、追いかけても父には追い付かない。


「父さん、父さん……待って、待ってよぉ」


 話したい事がたくさんあった。

 謝りたい事があった。聞いてほしい事があった。

 その全てをぶつけたいと、ジークは進む足にぐっと力をこめる。

 焼けつくような焦燥を抱えながら走っていくと、すぐに出口に着いた。


 洞窟の一番奥、揺らめく光のような行き止まり。

 空間が歪んだその場所から一歩出れば、父に追いつくーー。


「ぁ」


 だが、この外には『死徒』が居る。

 そのことを思い出し、ジークは奥歯を噛みしめた。

 ナシャフが張ったという結界は効いているだろうか。ここを出ていきなり襲われることは?

 そんな事を考えるけれど、悠然と去った父の姿が目に焼き付いて離れない。


(ちょっと、だけなら……いいよね)


 もしも死徒が居れば引き返せばいい。

 そう考えたジークは生唾を呑みこみ、緊張を不安を隠した足を前に。

 そぉっと顔を出すと、吹き上げる蒸気がジークを押し上げた。


「わッ!?」


 浮遊感がジークを襲う。

 背中を思いっきり叩かれたジークの視界がぐわんぐわんと回る。

 肌を撫でる熱気、吹き付ける突風、服の中が瞬く間にびしょ濡れになって、


「あだッ」


 全身を打つような衝撃。

 慌てて起き上がると、そこは熱気が渦巻く火山地帯だ。

 右、左、上、下、と周りを見渡したジークはホっと息をついた。


「あいつらは、いない居ないみたい……」


 父の姿は背後、ずっと遠くにあった。

 徐々に遠ざかる父の姿を見ながら、ジークは思考する。

 今、死徒が居ないならチャンスだ。リリアの事も心配だし、一度《魂の泉》に戻ってルージュを起こし、二人で一緒に逃げられるかもしれない。もしも戦いになれば二人とも無事でいられる保証はないし、これ以上《魂の泉》で修業する必要はない。二人でリリアを迎えに行けば、それで済むが……。


(あの死徒を放置してたら、リリアに乱暴するかもしれないし)


 ここで倒しておきたいのも本音だった。

 少なくとも自分が《魂の泉》に居る限り、不死の都にいるであろうリリアに危害はないはず。

 そう考えれば、ここで父を追いかけ、ナシャフの言った約束の期限まで修業する方が得策か。


(……ごめんリリア。もうちょっと待ってて)


 心の中でつぶやき、ジークは愛剣に呼び掛ける。


「アル」

「きゅ!」


 神獣形態をとったアルトノヴァはジークにじゃれつこうとする。


「アル、行こう」

「きゅぁ!」


 アルトノヴァが翼を広げ、ジークの頭上に浮かぶ。

 ジークは両手を出し、アルトノヴァの足に捕まった。

 その瞬間、


「きゅぅうううううう!」


 雄たけびを上げたアルトノヴァが、ふわりと浮かび上がる。

 空中を滑空する鳥のように、アルトノヴァがジークを運び出した。

 その背に乗る事は出来なくとも、ぶら下がる事が出来る。昨日編み出した方法だ。


 冥界の火山地帯の熱風がジークの顔を直撃し、同じくらいの冷気が身体を包み込む。ぐぅううんと流れ星のように移動するジークだがーー

 一向に父には追い付けない。

 早く、早くと焦りばかり募らせていると、火山の山肌に行き当たる。

 父の姿はどこもない。


「アル、降りよう」

「きゅー!」


 空中を滑りながら地面に降りたジークは足元を見る。

 放浪生活の時に身に着けた、獣の足跡をたどる眼で地面を眺めた。


「うん……やっぱり、足跡がある」


 大人一人分の足跡が一つ、山肌に見える洞窟の中に続いている。

 ジークはすっと立ち上がると、再びアルトノヴァを魔剣に戻し、歩き出した。


「ふぅ……」


 マグマの通り道で出来た道なのだろうか。

 岩壁はごつごつとしていて、とても自然のものには思えなかった。

 念のために魔獣や悪魔を警戒しながら歩くも、それらしき姿はない。

 足跡はどんどん奥に続いていてーー不意に途切れた。


「あれ?」


 ぴたりと、まるでその場から消えてしまったかのように……。

 上を見上げるが、天井に父が張り付いている事はなかった。


「どこに行ったんだろ」


 振り返っても誰も居ない。

 本当に、父の姿は忽然と消えている。


(本当なら引き返したほうがいいんだろうけど……)


 ここまで来たのだ。

 もうちょっとくらいいいだろう。

 そう思いなおし、ジークは洞窟の奥へ進むことにした。


「父さん! どこにいるの!?」


 大声で叫ぶと、自分の声が洞窟に反響する。

 返ってこない返事に焦りを感じながら、さらに奥へ進んでいく……。

 そうしているうちに、洞窟の出口が見えた。


 真っ白な光に包まれた場所に飛び込んでいく。


「わ……」


 光の中は別世界だった。


 森の中に、真っ赤な彼岸花が広がっている。

 花畑の中心には森にそぐわない石碑が置かれていた。


「ここ、って」


 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!

 身体から飛び出しそうなほど心臓が嫌な音を立てている。

 血の中に鉛を詰め込んだように足が重く、背中に冷や汗が噴き出して来た。


 ーー足元に倒れ伏す女、泣き叫ぶ声、真っ赤に濡れた手のひら……。


 知らない記憶が脳裏をよぎる。

 血の匂い、叫び声、濡れた感触、

 どれもあまりにリアルで、思わずその場にうずくまった。


「はぁ……! はぁ……!」


 ーー掠れた女の声、冷たい地面、天に昇っていく光の粒子……。


「僕、ここ、知ってる……?」


 ジークは痛いくらいに拍動する胸を抑えて呟いた。

 自分はここに来た事がある。その確信がある。

 それなのに、この先へ行くなと頭の中で何かが命令をしていた。


 その矛盾が酷く気持ち悪い。


「……いか、なきゃ」


 ジークは、魂が命ずるままに先へ。

 花畑を揺らす風は凍えるほどに冷たく、甘ったるい香りに脳が痺れた。

 足の重さと格闘しながら、ジークはそこに辿り着く。


「ぁ」


 黒水晶の石碑には名前が刻まれていた。


『《蒼き月の調べ》セレス。ここに眠る』


 死んだ母の名前が、そこにあった。

 それを理解した瞬間、ズキンッ!と頭が割れるように痛んだ。


「いだ……ッ」


 ーージーク。ごめんね。一緒に生きられなくて、ごめんね。


「ぁ……」


 ーー私はずっと、そばに居るからね。


「ぁ、ぁああッ」


 ジークは頭を抱え、蘇る記憶に苦しんだ。


 そう、そうだ。

 母はここで死んだのだ。ここで天に還ったのだ。

 街の中で悪魔に襲われて、自分を庇ったせいで傷を負って死んだのだ。


「なんで、僕は、忘れて……?」


 とても、大事な記憶だったはずだ。

 死にたくなるほど悲しかったけど、泣き叫ぶほどつらかったけど。

 それでも忘れてはいけない、大切な……。


 ーーガサ。


「……っ、誰か来る!?」


 遠くに足跡が聞こえて、ジークは思わず樹の裏に身を隠した。

 敵か味方かは分からないが、いざとなれば応戦できるように剣に手をかける。


「……」


 樹の裏からそぉっと覗き込むと、人影はだんだん近づいてきた。

 身長は一八〇センチほどだろうか。

 黒い外套を身に纏ってフードの中は良く見えないが、裾先から見える肌は褐色だ。


 体格からして、恐らく男であろう黒ローブは墓の前に佇んだ。

 懐から白い花束を取り出し、墓の前に膝をついて、そぉっと捧げる。


「……あれから八年か。一年ぶりだな、セレス」


 声音は低く、澄んだ声をしていた。

 思わず耳を傾けたくなるような、不思議な引力を持っている。


「世界は徐々に変わっている。お前は志半ばで死に、私はまだ生きている」


 皮肉なものだと、男は呟いた。


「崇高で正しい者が救われるとは限らない。お前の理想は正しかったのかもしれないが……生きているのは私だ。私はお前が反対した理想を叶えよう。あらゆる悪逆の限りを尽くし、どんな倫理にもとる行いをしようと、必ず目的を果たす。どんな手段を使おうとも」


 男はそう言って立ち上がり、しばらくの間佇んでいた。

 数十秒……あるいは数十分にも思える時間が過ぎて。

 男はセレスの墓をじっと見つめ、目を瞑り、何かを振り切るように歩き出す。

 ざ、ざ、と、遠ざかっていく足音に、ジークはほっと安堵の息を漏らした。


(よかった。誰だか知らないけど、見つからな


「それで、いつまで隠れているつもりだ?」

「……っ!」


 ジークは悲鳴が出かけた口を押えた。

 全身に緊張が走る。血の気の引いた顔に汗が滴り落ちた。


(気づかれてた……!?)


「誰かは知らぬが、そのまま隠れているつもりなら殺すぞ」


 男はこちらの存在を確信している。

 顔の向きは分からないがーー恐らく、居場所も特定されている。


(こうなったら……)


 ジークは男の前に出る事を決意する。

 いつでも剣を握れるように、俯いて、腰に手を当てたまま樹の裏から出て行く。

 ジークの耳を見て、男が目を見開いたような気配がした。


「…………なぜここに居る?」

「…………ま、迷って、しまって」

「迷う? 不死の都からはるか遠く、《黄昏の森》に迷い入ったというのか?」

「……」


 ジークは答えない。

 下手な受け答えをしたら戦いになると、本能が理解していた。

 そうなったら魔剣で切り抜ければいいと思うが……。


(この人、なんか得体が知れない……人間でもなさそうだし……悪魔の肌は蒼っぽいけど、褐色だし)


 死徒とも、神霊とも違う。

 気配を感じないーー強さを感じ取れない。

 まるで、男がいる場所だけぽっかりと穴が開いているような感覚。

 今まで感じたことのない不気味な気配に、ジークは慎重になっていた。


「ーー顔を上げろ」

「……っ」

「どうした、早くしろ」


(ーーもう、無理か)


 仕方ない、とジークは戦いを覚悟した。

 アルトノヴァに手をかけ、顔を上げるとーー


「…………お前は」


 驚愕に目を見開く、男の姿を見た。

 自分と同じ赤い瞳。やはり悪魔なのだろうか。


「……半魔、ジーク・トニトルス。お前がそうか」

「……っ、僕の事、知って」


 男は深く長い息を吐きだした。


「……ここで出会うのも宿命。これが運命か」

「……あなたは、一体誰なんです?」


 得体の知れない男に、ジークは堪らず問いかけた。

 男は瞑目し、次に目を開いた時、冷徹な統率者の瞳を見せる。


「私の名か。知りたくば教えてやろう」


 男はフードを取り払った。

 ばさりと、長く伸びた白髪が広がる。

 端正な顔立ちだ。紅色の瞳がジークを射抜いている。


(あれ、誰かに、似て……?)


「我が名は、メネス」

「え」


 得体の知れなかった輪郭が、最悪の方向で形を帯びた。

 男ーーメネスは皮肉げに口元を歪めた。


 それは終末戦争を引き起こし、数多の大陸を海に沈めた最悪の具現。

 それは闇の神々を束ねる超越者にして、人類最大最悪の敵。

 死の神オルクトヴィアスと盟約を結んだ、死者の王。


「我が名はメネス。『冥王』メネスだ」





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