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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第十七話 それぞれの想い

 

 南方大陸、そして南方大陸に接続する多くの街には獣人区画が存在する。

 これは別段異端討滅機構(ユニオン)や国が決めたわけではない。

 ただ、差別に耐えかねた人々が寄り添い合い、自然にそうした区画が出来ていった。


 ーー中央大陸南端『黄昏の街』エル=セレスタ獣人区画。


「はぁ……! はぁ……!」


 区画内を必死に走る獣人の姿があった。

 周囲の人々が何事かと彼を振り返る。しかし彼は止まらない。


 路地裏の角を曲がり、日の当たらない区画を通り抜け、さらに奥へ。

 高層アパートメント群の最上層に、彼の部屋はあった。


「--姉貴!」


 彼──オズワンは、蹴破るように扉をあけ放つ。

 ずかずかと仲に入ると、ベッドに寝そべる女の姿があった。

 息をしていないかのように肌が青白く、鱗に覆われた身体には石が生えている。


 呼吸音はない。胸の上下も見られない。

 まるで死んでいるような姿に、オズワンは顔色を変えた。


「姉ちゃんッ! おい、しっかりしろ、姉ちゃんッ!」


 女の身体を揺さぶる。

 実の姉は羽根のように軽く、骨のように身体が細い。

 こつん、と身体から生えていた石が床に落ちた。


「~~~~~ッ、頼む、起きてくれ……」


 魔素(エーテル)拒絶症候群。

 それがオズワンの姉が抱える奇病だった。


 主に獣人に発症することが多いこの病は、身体がエーテルを拒絶する病だ。

 第五元素エーテルによって身体異常をきたすだけでなく、肉体そのものがエーテルを受け付けない。だが、新世界には空気や食物、水に至るまでエーテルが浸透している。


 エーテルを取り込まずに生活するのは実質不可能でーー

 取り込んだエーテルを拒絶しようと、身体はエーテルを骨のように固めて外に押し出す。こうなると動くだけで身体に激痛が走り、寝たきりの状態になるのだ。


 そしてこの病は、獣人と同じく魂の病である。

 新世界となった今でも魂に関する治療分野は進んでおらず、治癒魔術もどんな薬も効果がない。


「せ、せっかく、冥界に行ったのに……姉ちゃん、いやだよ……おれ、こんなのやだよ……」


 オズワンは涙をこぼした。

 友を残し、神に無理やり地上へ飛ばされて──それでも、身体に鞭打った。

 けれど寝たきりの姉は動かず、石のように固まっていて……。


「……うるさい、ですわね」

「姉ちゃん!?」


 ピク、と姉が動いた。

 震える瞼を動かし、空色の瞳がオズワンを捉える。


「男子たるもの……女の前で涙を流すなど、言語道断」

「馬鹿野郎ッ! そんな事言ってる場合か、今すぐ治療を」

「馬鹿とは何事ですか」


 ぴしゃりと姉は言った。


「バルボッサ家の嫡男たる貴方が、そのような言葉遣いをするなど……恥を知りなさい」

「で、でも」

「言い訳、無用。聞きなさい。私はもう、死にます。その前に……」

「死なねぇよ。死なせねぇよクソがッ!」


 オズワンは涙を振り切り、懐から瓶を取り出した。

 この世ならざる美しい花がおさめられている。

 姉は目を見開いた。


「貴方、それは」

「『冥月花』これがあれば、姉貴を助けられるんだろ」

「……冥界の奥底に咲くと言われる花です。その花の蜜を吸えば、あるいはと……確かに言いましたが」


『冥月花』は魂の泉にだけ咲く特別な花。

 地上に存在するいかなる薬草も魔素(エーテル)拒絶症候群には効果がない。

 だが、無数の魂が集まる冥界なら話が別だ。


 一族に伝わる伝説の書に、その存在が書いていた。


「……あなた、これを、どうやって」


 オズワンは目を見開き、力なく瓶を降ろした。


「……助けられた」

「……」


 ぽつりと、呟いたオズワンに姉は目をすがめる。

 その態度を続きを促すものと判断し、オズワンは告白する。


「そいつはよぉ……ひょろっちくて、弱そうで、なよなよしてるように見えるんだけどよ……すっげぇ、強えんだ。身体がじゃねぇ。心だ。テメェが一番怖えだろうに、誰かを守るために、冥界の神々にまで喧嘩を売りやがったッ、結局、負けたんだけどよ……おれは、一歩も動けなかった」


 花瓶を姉に渡し、オズワンは拳を握りしめた。


「心が、震えた」

「……」

「正直、憧れたんだ。俺もアイツみたいに……あの野郎みたいに、『強ぇ漢』になりてぇと思った。姉貴や、一族の奴らをみんなまとめて救っちまえるような、強ぇ漢に。そしたら、いつか……夢を、叶えられるんじゃねぇかって」


 だからよ、とオズワンは顔を上げた。


「もう一度、冥界に行きたい」

「何度も言いましたね、地上を生きる我らが冥界へ行くことは禁忌だと」

「危ない事は分かってる。死ぬかもしれねぇ。実際死にかけた。それでもッ!」


 ーー大切な者の為に全てを懸ける、あの男を。

 ーー神々にさえ真っ向から挑む、大馬鹿野郎を。

 ーー獣人を普通の人間だと笑って語ったあの男を。


「ダチを助けなきゃ、漢が廃るってもんだろうがッ!」

「……!」

「おれはあいつに助けられた。今度はおれが助ける番なんだ!」


 姉は衰弱しきっていて、今にも命が危ない状態だ。

 オズワンに出来る事は、花の蜜を飲ませ、安静にさせる事だけ。

 本当なら付きっ切りで看病してやりたい。そばにいてやりたい。

 それでも。


「今も苦しんでるアイツの所へ、おれは行きたい。姉貴。許してくれ」

「…………」


 姉は静かにオズワンを見た。

 細く長い息を吐きだし、ふ、と口元を緩める。


「……大きくなりましたね。オズ」

「……姉ちゃん」


 花瓶を開け、花を取り出した姉は花弁を口に含んだ。

 どくん、と姉の身体が脈打つ。

 身体が火照り、滞っていたエーテルの流れが動き出す。


 姉は「う」と胸を抑えながらオズを見た。


「何を、ぐずぐずしているのです」

「……!」

「貴方はやるべきことを見定めたのでしょう。

 生まれて初めて出来た友を助けたいのでしょう。なぜ、まだここにいるのです」

「ぁ」


「顔を見れば分かります。敵は強大。勝つか負けるか分からぬ強敵。ならば貴方は、相応の準備をなさい」

「……許して、くれんのか」

「強くなりなさい。修羅に成り果てぬよう、ただ一つの思いを胸に、行きなさい」

「……っ、あぁ、分かった!」


 オズワンは涙を拭いて走り出す。

 あっという間に姿が見えなくなった弟の姿を見て、姉は一筋の涙を流すのだった。



 ◆



 ーー冥界。煉獄の神ヴェヌリス支配地域。


 火山地帯のほとり。

 《魂の泉》の入り口に座る二人の影があった。

 第六死徒キアーデ・ベルクとアーロンである。


「オイ死徒サマよ。良いのかよ。このままで」

「はぁ~? じゃあお前はここから手を出す方法があるっていうんすか? 下僕」

「いや、それは……ないけどよ」

「なら黙ってろっすよ」


 キアーデたちは謎の少女により《魂の泉》から締め出された。

 だが、こちらが出口を抑えていれば彼らはここから出られないはず。


「いつまで結界が持つか分からないっすけど、無限に持つなんてありえない。それに半魔も何も食べずにいられるわけじゃないっしょ。食料が尽きれば出てくるし、中で飢え死にする事もある。アタシらの当面の目標はここで待つ事。それが最適解っすよ」

「俺が言いたいのは、その……あのお方に報告しなくていいのかって話だ」


 キアーデがピクリと眉をひきつらせた。


「……冥王様には報告してるっすよ。捕えてくるって」

「ほんとかよ?」

「ほんとっすよ」

「あいつがここに居るのを教えたのが、遊戯の神だってこともか?」

「……」


 キアーデは沈黙した。それが答えだ。

 つまり、アーロンはこう言いたいのだ。


『今この状況そのものが、遊戯の神が仕組んだことではないかと』


 遊戯の神ナシャフ。

 終末戦争初期、闇の軍勢についた神々の一人だ。

 後に彼の裏切りによって戦いの流れが変わり、両陣営は膠着状態に陥った。

 今は光の陣営にいる彼を、信用できるのかという話だった。


「そもそもあいつがあの女を運んできたのが……」

「確かに遊戯の神は信用できないっすけど、半魔がここに居たのは事実っす」


 クウェンの仇を討つ為、キアーデは単独で半魔捕縛へ赴いている。

 遊戯の神が何を企んでいるかは知らないが……。


「あいつはクウェンっちとも繋がってた。情報だけは信じていいと思ってるっす」


 彼の情報がなければキアーデたちはここへ来れなかった。

 アーロンもそのことは分かっているのか、それ以上何も言わなかった。


「あの女の映像で心が折れてくれた早かったんっすけどね」

「なぁ、帰ったらアイツ、犯していいか? 顔はなかなか器量いいし」

「……いいっすよ。ただし半魔の前でね」

「ヒャハッ! 望むところだぜ!」


 アーロンは犬歯を剥きだしにして言った。

 欲望を隠さない下僕の様子に、キアーデはため息を吐いた。


(まぁ、遊戯の神が何を企んでいようが……関係ないんすけどね)


 キアーデ・ベルクは思う。

 天界に住まう六柱の神々も、半魔も。

 異端討滅機構の精鋭、『七聖将』でさえ。


「冥王様の前じゃ、神々も何もかも、ゴミ同然……」

「ーーよぉ。面白れぇことしてんな? オレも混ぜろよ」

「……っ!」


 突然、かけられた声にキアーデは肩を跳ねた。

 振り向けば、煉獄の神ヴェヌリスが犬歯を剥きだしにして立っていた。


「ヴぇ、ヴェヌリス……様」

「キヒッ! とってつけたような敬語はよせ。そういうのは仁義にもとるぜ?」

「はぁ……」


 キアーデは気のない返事を返した。

 まぁ確かに、言われてみれば改まるような仲でもない。

 これが初めて会ったわけでもないし、何より死徒と軍団長は対等だ。


「そうっすね。じゃあこんな感じで」

「おう。で、お前ら何してんだ?」


 サァ、とアーロンの顔色が変わるのをキアーデは見た。

 この馬鹿、と軽く舌打ちし、キアーデは言う。


「別に? 例の半魔を追い詰めたとこっすよ」

「へぇ。オレは何も聞いてねぇけど。冥王には言ったのか?」

「言ったっすよ?」

「ふーん……よく見つけたな? まさか冥界に入り込んでるとは思わねぇだろうに」

「まぁ、アタシの情報網って結構広いんで」

「ほぉん」


 ヴェヌリスとキアーデは軽く睨み合う。

 魂まで覗き込んでくる神の目がそこにあった。

 半魔に敗北したとはいえ、腐っても神々だ。隠し事は無理だとキアーデは判断。

 肩を竦め、おどけたように言う。


「まさか、邪魔しないっすよね? いくらヴェヌリス様でも、今はアタシの獲物っすよ」

「……ま、()()()()()()()()()()()()()()

「は?」


 ニィ、と口元を吊り上げたヴェヌリスは踵を返した。

 何もかも見透かしたような物言い。人の上に長く君臨してきた上位者の態度。


(気にくわないっすね)


「一つ、忠告しておく」

「なんすか?」


 ヴェヌリスは顔だけで振り返り、


「あいつを甘く見てっと、痛い目見るぜ?」

「……」

「何せアイツ、とんでもねー速さで成長するからな」


 ヴェヌリスの言葉は真剣だった。


「舐めんなよ。あいつはこのオレが認めた男だぜ」





 ◆





「いや、これ無理」


 ポイ、と石を投げだし、ジークは仰向けになった。


「全っっっ然上手くいかない。も~~~~~~!」


 ジークは叫んだ。

 みっともない事は分かっているが、叫ばずにはいられなかった。

 力なく身体を起こせば、目の前に広がるのは傷一つ入っていない小石の数々。


 最初に一個以降、何やらナシャフが触っていたが……

 ちょっとは難易度を下げてくれたのか。

 いや、それはないな。とジークは苦笑する。


「ハァ……」

『--あんた、水浴びの時くらい休憩したら?』

「ほえ?」


 呆れたようなアンナの言葉にジークは振り向いた。

 透明な体をした彼女は、ジークの下半身を見て、


『……意外と大きいのね』

「ひょっほうえらい!?」


 ジークは股間を隠して水に潜った。

 刺すような冷たい水に包まれているのに、顔が熱かった。


「なななな、なんで普通に見てんの!? いちおう僕も男なんだけど!?」

『そんなの分かってるわよ。見たことないから、ちょっと興味があっただけ』


 そう言って顔を背けるアンナだが……本人が思う以上に言葉の一つ一つが重い。

 ジークは何と言っていいのか分からず、水の中に顔をうずめた。


(綺麗だな……)


 《魂の泉》の中は光の玉が浮かんでは消えて、底が全く見えない。

 泉のほとりから足を踏み外せばどうなるか考えたくないジークだった。


(ふぅ……)


 ほっと、ジークは息をつく。

 《魂の泉》は冥界の魔力に満ちていて疲労回復の効果があるらしく、浸かっているだけで陽力が回復して行くのが分かる。

 冥界潜り、月の女神の強襲、死徒との戦いで汗を掻いていたジークとしては、汗を流すのと魔力の回復が出来て一石二鳥だ。


「それでそっちはどうなの? ルージュは?」

『見ればわかるわ』


 アンナが顎をしゃくる。

 視線を辿ると、ルージュが地面を転げまわっているのが見えた。


「はぁ……! はぁ……! 『黒の滅儘(ニルヴァーナ)』……!」

『遅い』


 相対しているのは透明な身体をした男だった。

 軍服めいた服を着た筋骨隆々の男は、ルージュが放った重力弾を首を傾けるだけで避けて見せた。続けざまに足をひねり、ルージュの胴を一閃する。実体のない透明な足は身体を通り抜けるかと思われたが、ぐぉん!と魔力の衝撃波が吹き荒れ、ルージュが蹴り飛ばされた。


「が、は……!」

『もっとだ。もっとそのバケモノの力を使いこなせ』

「……!」

『お前は何が出来る? 何が出来ない? 血の有効射程は、範囲は、毒の付与は、影は?』


 彼我の距離を一瞬で殺し、軍服の男はルージュの背後に回り込む。


『分からなければ、死あるのみぞ』

「こ、のぉ……!」


 ルージュが反撃に出る。男がいなす。避けられた。

 撃つ、避ける、飛ぶ、撃つ、撃つ、撃つ。


『……ま、あんな感じよ』

「……頑張ってるみたいだね。というかアンナ、聞いていい?」

『何よ』

「アレ、誰?」


 ジークは透明な軍服男を指さした。

 さっきまでアンナがルージュの相手をしていたはずだが、


『『鬼人』ホーネット・クルス。終末戦争以前、数々の戦争で名を馳せた英傑。死の直前、数百体の悪魔に囲まれて普通にピンピンしていたっていう生身の怪物よ。あの子の肉体訓練に付き合ってもらっているの』


「生身で……やばいね。ソレ。ていうかそんな事も出来るんだ?」


『言ったでしょ。この身体はあたしが主人核ってだけで、たくさんの魂で構成されてるって。そこに魔力で指向性を与えてあげれば生前の肉体を再現することは出来るわ。まぁ実体はないから、攻撃は魔力を飛ばしてぶつけるだけになるけど』

「ほえー……」


 どうやらルージュはアンナの中に眠る様々な人間と戦っているらしい。

 半魔としての実戦は研究所内で培っていたが、吸血鬼として生まれたばかりのルージュは圧倒的に実戦不足。つまり自分を知らないという事だった。むしろ、今の状態で《魂の泉》まで生き残れたのは奇跡だとアンナは語る。


『自分の事を知らない奴から早死にするわ。あんたも甘やかさないようにね』

「うん……分かった」

『それと……あ、そろそろね』

「ほえ?」

「ーーはぁ、はぁ、おにい、ちゃん」


 息も絶え絶えのルージュが歩いてきた。

 俯いた彼女の疲労具合に、ジークは「お疲れさま」と労おうとして、


 ーーぁ、やばい。と気づいた時には遅かった。


「あたし、もう限界……はぁむ」

「わ、ちょ、ルージュ!?」

「ちゅぱッ、ん。はむはむ……ふぁ……」


 ルージュが首筋に噛みついてきた。

 ちろちろと桃色の舌が傷口を舐めまわし、唇が妖しい水音を立てる。


「ちょ、アンナが見てるから……!」

(ていうかこれ、やばい……!)


 ルージュの牙から分泌される興奮物質がジークの体温を上げる。

 吸血鬼としての特性なのか、傷口の痛みがなくなり、くすぐったい快感が沸き起こってきた。水浴びするためにジークは全裸である。色々と不味いと手加減を申し出るが、ルージュは聞いてもいない。そんな兄妹の様子にーーというかジークの一部分を見てアンナが「へぇ」と目を輝かせた。


そう(・・)なるのね。なかなか立派じゃない」

「もうやめてぇ!?」


 楽しげなアンナの笑い声。

 恥ずかしくて死にそうなジークの悲鳴が《魂の泉》に響いていたーー。



「お兄ちゃん、妹に欲情しちゃうなんて変態さんだね」

「誰のせいだよ!」


 と言ったやり取りを終え、ジークは眠りにつく。

 いくら泉で陽力を回復できても疲労までは回復できない。

 瞼を閉じると、今まで意識していなかった疲労が一気にのしかかってきた。


「すぴー……」


 眠りの時間は五時間。

 それからまた、陽力の修業を再開するんだ……。


 そうして修業初日の幕は閉じ、ジークの意識は闇に落ちていった。


 ◆


 ぺろぺろ。

 れろ、かぷ、れろー……。


 湿っぽい感触を頬に感じたジークは目を覚ました。

 何やらざらざらとしたものを感じる。敵意は感じないが……。


(もしかして、ルージュかな?)


 また起き抜けに悪戯でもしているのだろうか。

 リリアが居たら怒られるからその癖治してほしいと言ったのに。

 そう思ったジークは薄っすらと目を開け、


「……んん?」


 一気に覚醒する。

 目の前に見たことない顔があった。


「きゅー」


 白く愛らしい形をした、それは竜のようだった。

 背中からは四対の翼が生え、黄金色の瞳が輝いている。

 鱗は生えておらず、その艶やかな毛並みはシルクのように滑らかだ。


(竜……? じゃないか。良く分からないけど、珍しいな……って、誰!?)


 慌てて飛びのいたジークは咄嗟に聖杖機(アンク)に手を伸ばす。

 そしてさらに驚愕に襲われた。


聖杖機(アンク)が……アルトノヴァがない!?」


(え、嘘、どこに行った!?)


 右を見る。ない。

 左を見る。ない。

 後ろを見る。ない。

 前を見る。竜みたいなのがいた。


「きゅー!」


 珍妙な生物はジークの声に反応して飛びついてくる。

 敵意はなく、甘えたがりの声を出した生物にジークはたじろぐしかない。

 《魂の泉》に魔獣はいないはずだ。

 入り口は空間的に閉鎖されているし、隙間から入り込んできたわけじゃないだろう。


 そこでジークは、珍妙な生物から伝わってくる力の流れに気づく。

 それは、いつも魔剣を握った時に感じていた全能感にも似ていてーー


「お前……もしかして、アルトノヴァ?」

「きゅぅ」


 肯定したように、珍妙な生物は顎を引く。

 こちらの言葉が分かっているのか、翼をぴこぴこと動かしている。

 ーー出来れば当たってほしくなかった。

 愛剣が竜っぽい生き物に変わっている事態に、ジークは内心で冷や汗をかく。


「えーっと……」

「きゅー!」

「あ、うん。そうだね……いや何言ってるか分からないけど」

「きゅうきゅう!」


 ざらざらの舌がジークの頬を舐める。

 ひと舐めするごとにくすぐったい感触に襲われたジークは途方に暮れた。


「きゅぅ、だよ……」


 どうしてこうなった。


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