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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第十二話 魂の泉

 

 月の女神の強襲から一時間後。

 一行は火山地帯を歩いていた。


「冥界ってのぁどうなってんだ。環境変わりすぎだろ」

「ほんとだね……」


 オズワンの言葉に、ジークはしみじみと同意する。

 林を抜けたら沼地であったり、沼地から氷原へ変わったり、急に谷になったり。

 捉えどころのない環境の変化に頭がおかしくなりそうだった。


(こんなところにどうやって住んでるんだろ……悪魔は居ないみたいだけど……当然、人間もいないよね)


 ジークは上機嫌に前を歩くヴェヌリスに問いかける。


「ねぇ、他の神様たちも冥界で暮らしてるんでしょ。どんな暮らししてるの」

「あぁ? 興味あんのかお前」

「何となく」


 ヴェヌリスは「キヒッ」と嗤う。


「別に、地上と同じだぜ? それぞれ縄張りみたいなもんがあっからな。そこに城を立てて暮らしてる。眷属とか魔獣もそうだな。神の縄張りによって環境が変わるから、お前たち地上の人間には冥界の環境はキツイだろうなぁ」

「へぇ。お前もお城を持ってるんだ」

「あぁ、あるぜ。飛びっきりイカす奴がな。キヒャヒャッ!」

「悪魔もそこで暮らしてるの?」


 ヴェヌリスの笑みが止まった。


「いや、アイツらはいねぇよ」

「そうなんだ」

「奴らがいるのは、暗黒大陸だ。お前も知ってんだろ」

「……うん」


 暗黒大陸。

 終末戦争時に冥王が現出した場所であり、真っ先に人類が駆逐された大陸。

 そこでは『不死の都』と呼ばれている場所があり、悪魔たちはそこで暮らしているという。暗黒大陸以外で新たに意志ある悪魔(エルダー)となった者は、真っ先にそこに向かうのだとか。


「なんで急に聞いてきた」

「……別に。お前には関係ないし」

「あっそ。まぁ興味もねぇけどな」

「じゃあ聞かなくていいじゃん!」

「キヒャヒャヒャ!」


 ヴェヌリスが何で笑っているのかジークには全く分からない。

 じろりと彼の背中を睨みつけて、不毛だと思ってやめる。


「実際の所、なんで急にそんなこと聞いたの? お兄ちゃん」


 ルージュが興味ありげに顔を覗き込んできた。

 ジークは小声で返す。


「……もし僕が途中で死んじゃったら、ルージュだけはそこで暮らせないかと思って」

「……」


 実際、ジークも今までそんなことは考えたことなかったのだがーー。

 先ほどの、月の女神との戦闘は、死後の事を考えさせるほど強烈だった。

 自分だけ死んで、もしもルージュが生き残れたら……彼女はどうなってしまうのだろう、と。


 地上では悪魔や人類に追われたジークだ。

 自分のような半魔や、悪魔の中でも異端のルージュに居場所があるとは思えない。だから、もし冥界に住めるなら……とそう思ったのだ。


(例え僕が死んだとしても、リリアや、ルージュだけは幸せに……)


「そんなのダメだよ」


 と、ジークの心を読んだように、ルージュは強い口調で言った。


「あたしはお兄ちゃんと一心同体なんだから。お兄ちゃんが死ぬときは、あたしも死ぬ時だよ」

「でも」

「でもじゃない。それだけは、間違えないで」


 いつになく断定的なルージュに、ジークは喉を詰まらせた。

 すると、そばで聞いていたオズワンが鼻を鳴らし、


「んなこと考える暇あったら、死なねぇように鍛えたほうがマシだろ、クソが」

「……うん、まぁそうだね」

「言っとくけどな。今はお前に負けてッけどな。おれだってすぐ強くなってやッからな。あっという間にお前を追い抜いて、ぎゃふんって言わせてやっから覚悟しとけや、おぉ!?」


 挑戦的に、威圧的に。

 けれど未来を見て歩こうとするオズワンに、ジークは元気づけられた。


「ありがとう。オズワンさん」

「オズでいい」

「え?」


「オズで言いっつてんだろ。何度も言わせんなボケ! おれも名前で呼ぶ」

「……そう。じゃあオズ。ありがとう」

「ハッ!」


 オズワンは鼻で笑った。

 嬉しそうに尻尾が動いているのは気のせいだろうか。

 と。そんな話をしているうちに。


「ーーおい、着いたぞ」


 ヴェヌリスの一声で、一行は立ち止まる。


「ここが……?」


 ジークは首を傾げた。

 一行がやって来たのは、火山地帯のど真ん中。

 もうもうとした蒸気が噴き出している、穴のほとりだ。


 ーーそこに、白い花はない。


「もしかして、だま

「じゃ、行ってこいや」

「え!?」


 がん、とルージュの身体が蹴り飛ばされた。

 穴の底に落ちていく妹に、ジークは迷わず手を伸ばす。


「ルージュ!」

「お前もな」

「うお!?」


 続いてオズワンが落とされる。

 白いもやのなか、自由落下を続ける三人の耳にヴェヌリスの哄笑が響いた。


「オレはここまでだ。ジーク・トニトルス」

「ヴェヌリスーー!」

「キヒッ!オレが殺すまで、誰にもやられんじゃねぇぞ?」


 声はどんどん遠ざかっていく。

 慌てて磁力で身体を浮かせようとするジークだがーー。


「磁力が……!?」


 火山地帯の強烈な磁場に当てられたのか、上手く磁力がコントロールできない。

 そうしている間にも、どんどん地面に近づいている気がしてーー。


「うわぁ!?」


 ーー……ぶわんッ!


 穴の底から蒸気が吹きあがってきたのは、次の瞬間だった。

 お腹をぐんと突き上げられるような浮力。

 頭がぐわんぐわんと揺れて、ジークたちは硬い地面に転がった。


「いっづ……っ。ルージュ、オズ、無事!?」

「な、なんとか」

「あのクソ神。今度会ったらただじゃおかねぇぞ、クソが!」

「ほんとあいつ性格悪いよね……」


 同意しながら、ジークは立ち上がる。


「ここ、どこだろう」


 落ちてきたのはどこかの洞窟のようだった。

 ぽわん、ぽわんと、蒼い光の玉が空中に浮かんでいて、洞窟内を照らしている。


「……すっげー気持ち悪ぃんだが、何だったんだ?」

「たぶん、転移酔いだよ、それ」


 ルージュは頭を抑えながら言った。


「さっきの、身体が浮き上がる瞬間、なんかテレサさんと転移するときと同じ感じがした」

「そういえば……そうだったような?」


 正直、ジークは落下からどう守るかばかり考えてそれどころではなかった。

 だが言われてみれば、さっきの浮遊感は転移酔いに似ていたような気がする。


「でもそれが本当なら……」


 言いかけて、ジークは口を閉じる。


「とりあえず進もう。話はそれからだ」


 幸いにも洞窟の中に魔獣の気配はない。

 魔獣が飛び出てくるような穴もないし、ジークは少しだけ警戒を緩めて歩いた。

 そうして十分ほど歩くとーー。


『わぁ……』


 ジークとルージュの声が重なる。

 我を忘れて見入るほど、その光景は圧倒的だった。


 月光が湖を照らしている。

 洞窟の天井には満天の星空が広がり、白い花畑が湖畔を覆っていた。

 ぽわん、ぽわん、と蒼白い光が漂っている。

 湖の中央には島があって、台座の上に一本の花が咲いていた。


「これが……」

「《魂の泉》?」

「すげぇな」


 オズワンでさえ、素直に感嘆していた。

 ジークは頷きつつ、テレサが場所が分からないといった理由を悟る。


「やっぱり、ここは歪んだ空間にあるんだね。普通に探してたら絶対に見つからなかったかも」


 ヴェリヌスに蹴落とされた時はどうしてやろうかと思ったが、あれで正しかったのだ。

 《魂の泉》旧世界では冥界の機能の半分を担っていたところだ。

 絶対に見つからないように、冥界の中でも歪んだ空間にあってもおかしくはない。


 周りを見渡してみると、ここにも魔獣はいないようだった。

 ジークはほっと息をついて、おそるおそる《魂の泉》へと近づいていく。


「お兄ちゃん、これ、なんだろう」


 ほわん、ほわんと揺れる光の玉を指して、ルージュは言った。


「もしかして……」

「魂、かもね」


 今やその役割をはたしていない冥界だが、機能そのものまで失ったわけではない。

 リリアのように、葬魂されていない魂や、冥界で命を落とした葬送官の魂が光の正体かもしれない。あんまり触れないようにしよう、と頷きを交わし、三人は空を飛び、泉の中央にある島へ降り立った。


「オズ、たぶん君が探してるの、この花じゃない?」

「まじか。『冥月花』っていう奴らしいんだが……」

「周りにも白い花はあるけど、この花だけ光ってるし、たぶんこれだよ」

「これが……」


 オズワンはカバンの中から花瓶を取り出し、魂の泉の水を汲み取る。

 慎重に、割れ物を扱うように花を摘み取ってから、花瓶に差し込んだ。


「…………ありがとよ。ジーク。お前がいなきゃ、ここまで……」

「え? なんて?」

「……っ、なんでもねぇよ、クソが!」

「こんな時くらい素直になれないかなぁ。お兄ちゃんもお兄ちゃんだけど」


 首を傾げるジークと感極まるオズワンにルージュは呆れ顔だ。

 二人の態度は良く分からないが、ジークは突っ込まないことにした。


 正直なところ、限界だった。

 冷静さをかなぐり捨てて、泉の中に手を突っ込んでしまいたかったのだ。


(早く、リリアに会いたい。そばにいてほしい。声を聞かせてほしい)


 目的を間近にして、焦る気持ちが抑えきれない。

 早く、早くと、気ばかりが急いてしまう自分をかろうじて押さえつけた。


(落ち着け……ここで失敗したら元も子もないんだ。落ち着け、僕)


 ふぅ、と深呼吸。

 気持ちを切り替えジークは台座に目を落とす。

 台座の上には水の張った盆があった。盆の中はどこまでも続いているように深い。


「確かこの台座に顔を突っ込んで……リリアを呼べばいいんだよね?」

「うん。その時に呼びたい人の血も一緒に注ぐって、テレサさんが言ってたよ」

「だよね」


 覚えていたことを確認し、ジークはルージュから瓶を受け取る。

 そこには治癒術師コーデルから受け取ったリリアの血が入っていた。

 リリアの治療中に抜いたものだから間違いない、と太鼓判を貰っている。


「よし……じゃあ悪いけど、二人とも、背中守っといてくれる?」

「任せて」

「任せろ。何が来ても返り討ちにしてやらぁ」

「さっき神様相手に動けなかった癖に」

「う、うるせぇよクソが、次は絶対勝ってやんよクソが!」

「はいはい」


 二人のやり取りを聞きながら、ジークはリリアの血を盆の中に注ぎ込む。

 ふわり、ふわりと血が水に溶け込むと、盆の中身が白く光る。


「……っ」


 ジークは意を決し、盆の中に勢いよく頭を突っ込んだ。

 白く光る水の中は不思議と呼吸が出来て、自分の呼吸音がよく聞こえる。


(リリア……)


 ジークの脳裏に、愛する人との思い出が駆け巡った。

 笑った顔、優しい顔、泣いてる顔、怒った顔、拗ねてる顔、

 彼女の言葉一つ一つを思い出すと、瞼が熱くなった。


「リリア」


 もう一度名前を呼んでほしい。

 もう一度そばにいてほしい。


 たったそれだけで、他には何も要らないから。


 だから、


「帰ってきて、リリアーーーーーーーーーー!」


 力の限りジークは叫んだ。

 視界を埋め尽くす光はますます強くなって、目が開けていられなくなる。


 そしてーーーー










































 目を開けたとき、リリアはどこにも居なかった。

 盆の中には無限の闇が広がっている。どこまでも、どこまでも。



「リリ、ア……?」



 彼女は、帰ってこなかった。




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