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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第十一話 見えざる神意

 


「ヴェヌリス……裏切る、つもり?」

「ちげぇよ馬鹿。こいつから手を引けっつてんだ」


 ギリギリと、ヴェヌリスの手がエリージアの神弓を掴んでいる。

 今にも放たれようとしている矢を、彼が止めているのだ。


「その子は……運命の、子。それが何を意味するか……分かる、でしょ?」

「あぁ、分かるぜ。俺様の獲物ってことはな」


 エリージアの瞳が細められた。

 両者の放つ神威のオーラが一段と強まり、せめぎ合う。

 ジークは戦慄した。


(ヴェヌリス……神霊体で戦った時と、まるで別人だ……!)


 神霊が地上で力を振るう時、本来よりも力が劣る事は知っていた。

 あまり強い力を使うと、核である依り代の方が耐えられないからだ。

 だが、まさかこれほどまでーー。


「キヒッ、そういやエリージア。てめぇアウロラの姉だったな?」

「……だったら、なに?」

「オレ様、アイツの子には痛い思いさせられたんだよ」


 だから、とヴェヌリスは尻尾で地面を叩いた。


(アウロラ)への恨み、オマエで晴らさせてもらうぜ」

「ーーーーッ!」


 エリージアが矢を放った。

 ヴェヌリスの拳が放たれたのは殆ど同時だ。


「キヒッ」


 恐るべき矢と拳が激突する。

 衝撃波にあおられ、ジークは咄嗟にルージュの身体に覆いかぶさった。

 ぎりぎりと、拳と矢はせめぎ合い、


「こ、の……!」

「オラぁッ!」


 ジェット噴射の如く、肘から炎を噴き出すヴェヌリス。

 次第に拳の方が矢を押し始めた。


「『夜空の黄昏(ノクス・ルキウム)』……発動」


 がくん、とヴェヌリスの膝が折れる。

 すかさずこちらに狙いを定めたエリージアだが、


「させっかよ。バーカ」


 流星が彼女を直撃した。

 ヴェヌリスは拳を放つと同時に炎弾を生み出し、上空から放っていたのだ。

 権能の発動を見越しての高速攻撃に、エリージアは成すすべなく吹き飛ばされる。


 がん、どん、どぅんッ!


 地面を何度か跳ねたエリージアは起き上がり、忌々しげに顔を歪めた。


「……面倒」

「だったら引けっつーんだよ。それとも最後まで決着つけるか? お?」

「……別に……あなたの相手をする……必要は……ない」


 ハッ、とジークは上を見た。

 視界を覆い尽くすほどの矢が、彼らに降り注いだ。


 ーーたった一本防ぐのに必死だった矢が、数千本以上。


 そう、エリージアはヴェヌリスの相手をするつもりはなかった。

 彼が炎弾を打っている事も知っていて、あえて受けることを選んだのだ。


「私の標的は…………最初からその子だけ」

「舐められたもんだぜ、なぁ?」


 その矢が全てが焼き払われた。

 同時、エリージアの身体が凍り付いた。


 ギン、ギン、ギンッ!


 一瞬であたり一面が銀世界へと変わる。

 文字通り氷漬けとなったエリージアへ、ヴェヌリスは拳を振り下ろした。

 女神の身体は粉々に砕け散るーーが。


「ッチ」


 無傷のエリージアが、上空に佇んでいた。


「『月蝕』かよ。しゃらくさい技使いやがって」

「あなたこそ……『夜空の黄昏』を力技で押し切るなんて……ほんと……面倒な男」


 一瞬の攻防で、世界は様変わりしていた。

 燃えさかる炎と凍てつく氷が共存し、ぼんやりと浮かぶ月は光が強まっている。

 かつて沼地だった光景は地獄になっていた。


(次元が、違う)


 ジークは震えが止まらなかった。

 またたきの間に行われた駆け引き。彼らが放つ技の、スケールの大きさ。

 たった一瞬で景色を変える威力を持つ、それは終末戦争の再現だ。


(これが、神々の戦い……!)


 ちらり、とエリージアはジークを見た。

 感情を映さない瞳に、ほの暗い光が宿った。


「ヴェヌリス……この件、冥王に……報告する」

「キヒッ! あぁいいぜ。勝手にしろや。ここに近づいてる他の奴らにも伝えとけ?」


 ヴェヌリスは口の端を吊り上げた。


「こいつはオレ様の獲物だ。手ぇ出したら殺すぞ、ってな」

「…………」


 エリージアは現れた時と同じように、ふっと姿を消した。

 途端に消え去った威圧感だが……ジークは全く気が抜けなかった。


「さて、と」


 ヴェヌリスがこちらに向き直る。

 ニィ、と口元が三日月に歪んだ。


「……」


 ジークはルージュを庇いながら、煉獄の神と睨み合う。


「勘違いすんなよ。オレはお前を助けたわけじゃねぇ」

「……どういうこと」

「お前はこのオレがぶっ潰す。もっと強く、最強になったお前をなァ」

「…………」

「だからそれまでに死なれたら困るーーそれだけだ」


 ヴェヌリスはそう言って嗤う。

 ジークは、彼の言葉を信じていいのか分からない。

 これが彼との初対面だったのなら、ジークは素直に彼の言葉を信じただろう。


 だが。


「……お前はアンナの仇だ」

「そうだな。そしてお前はオルテマギアの仇だ」

「……」

「何ならここでやり合うか? ぉ? オレは別にいいけどな」


 ぐっと、ジークは奥歯を噛みしめた。


 ここでやり合っても、勝てない事は分かり切っている。

 次元の違う戦いを見てそれでも神に挑むほど、ジークは己惚れてはいない。

 ただ個人的に、許せないものがあるだけだ。

 その恨みも、今、生きているルージュと天秤にかければーー


「……分かった。とりあえず、お前の言葉を信じる。信用はしないけど」

「キヒッ! あぁ、それでいい。ダチになったわけじゃねぇしな」


 ところで、とヴェヌリスは怪訝そうに眉を顰めた。


「てめぇ、なんでここに居る?」

「それは……」

「しかもこんなところで爺の力振り回しやがって。最初に来たのがエリージアじゃなかったら詰んでたぞ?」


 どうやらゼレオティールは冥界では地雷のようなものらしい。

 終末戦争時、ゼレオティールにやられた神々は多く、恨みを持っている者が多いのだとか。そんな者が多い冥界でかの力を使えば、神々は怒り心頭でやってくるーー。

 そう告げられた言葉に、ジークは内心で頭を抱えた。


(あ、アステシア様~~ッ! なんで言ってくれなかったんですか! あなた絶対分かってたでしょーー!?)


 だから止めたでしょ、とそんな声が聞こえるようだ。


 ただ、そうと分かっていてもジークは加護を使わざるおえなかっただろう。

 ゼレオティールの力がなければ冥界の門番に殺されていたはずだ。

 故にアステシアは言わなかったのだーーそうジークは思うことにした。


「……お前にこんなこと話すの、嫌なんだけど」

「おい、オレ、いちおう神だからな?」

「実は……」

「無視か。まぁいいけどよ」


 ヴェヌリスはふてくされながら、ジークの話を聞いた。

 それほど長い話ではない。語り終えると、煉獄の神はつまらなさそうに、


「《魂の泉》ね……人間が考える事はいつの時代も変わらねぇな」

「…………無理だと思う?」

「いや? 完全に死んでねぇなら望みはあるんじゃねぇの。知らんけど」

「…………適当だね」

「他人事だからな。ぶっちゃけ心底どうでもいい」

「……あっそ」


 だが、とヴェヌリスは頭を掻いた。


「ここでお前を放置して死なれたら元も子もねぇしな……しゃあねぇ。案内してやるよ」

「え?」

「だから、《魂の泉》まで案内してやるってんだよ。今なら(・・・)こっからそう遠くねぇしな」

「ほんと!?」


 ジークは目を見開いた。

 喜びのあまり飛び上がろうとして、ぐっと自分を抑える。


(いや、待て、落ち着け、僕。あいつが本当に案内するか分からないんだから)


 とはいえ、ここからどうすればいいか分からないのも確かだ。

 とりあえずヴェヌリスの言葉に従って、嘘だったら別の場所を探せばいい。

 ジークはそう判断した。


「じゃ……頼むよ」

「おう」


 ちょうどその時、ルージュが頭の再生を終えた。


「……おにい、ちゃん?」

「ルージュ! 良かった。目が覚めたんだ」


 ぱちぱちと瞬きしたルージュ。

 とろんとした彼女の瞳がジークを捉え、


「……おなか、すいた」

「へ?」

「あぁーん……かぷ」

「あ、ちょッ」


 ルージュはジークの首筋に噛みついた。

 甘く、蕩けるようなキスを降らせ、艶めかしい舌が首筋をなぶってくる。


「ん……はぁ、ふにゅ、んんっ、はぁ、はぁ」


 ジークはされるがままにして、ほっと息をついた。


(とりあえず、よかった……自我を失うようなことはなかった……)


 頭を潰された程度でルージュは死なないが、神々の攻撃を受けた時は焦った。

 人間ならまだしも、神々だ。

 もしかしたら祈祷と同じ効果があるのではと、気が気でなかった。


「なんだそいつ、変わったやつだな」


 ヴェヌリスが顔を覗き込んできた。

 ジークはルージュを抱えながら、


「……この子に手を出したら、許さない。すぐに決着をつけてやる」

「キヒッ! なるほど、決着をつけたいときはそいつを殺せばいいわけだ」

「……っ」


 醜悪に顔を歪めたヴェヌリスは「冗談だ」と呟いた。

 全く安心できないジークである。


「ん……ありがと、お兄ちゃん」

「うん、大丈夫」

「それで……この(ひと)は」

「煉獄の神ヴェヌリス……一応、敵だけど、今は大丈夫」


 ジークが事情を話すと、ルージュは半目になった。


「お兄ちゃん、この神様ツンデレ?」

「ツンデレが何かは知らないけど、たぶん違うと思う」


 恐らくもっと質の悪いものだ。

 執着、あるいは復讐……それ以上の、取り返しのつかないものだとジークは思う。


(勘弁してよ……僕は普通の生活がしたいのに)


 ため息を吐き、ジークは話題を切り替えた。


「それで……《魂の泉》まで案内してくれるんだよね」

「あぁ、もういいのか。魔力補充してたんだろ」

「……やっぱり分かるんだ」

「オレは神だからな。見直したか、おい?」

「全然」

「キヒッ!」


 何がおかしいのか、ヴェヌリスは笑った。

 そうして踵を返す彼は、数歩進んで振り返る。


「来ねぇのか?」

「行くよ。オズワンさん、行こう」

「あ、あぁ」


 それまで黙っていたオズワンは、こわごわと動き出す。

 ヴェヌリスの方をちらりと見て、彼は囁いた。


(お、おい。お前あの神と知り合いなのかよ)

(え? あー、うん。一度神霊のあの人に殺されかけた)

(は? なんで普通に喋れんだよ、おかしいだろうが!?)

(そう言われても……神だって、あんまり人間と変わらないよ)


 ジークとて人間ではないが、心は人間と変わらない。

 アステシアやラディンギルと話して見ても、一目瞭然だ。


(神だぞ。あいつは冥界の神々だろうがよ、バケモンと変わらんねぇだろ!)

(天界の神様たちも同じでしょ。あの人たちも化け物って呼ぶの?)

(それは……)


 オズワンは言いよどんだ。

 ジークは続ける。


(それは、獣人(じゅうじん)呪人(じゅうじん)って呼ぶ人たちと何が違うの?)

(……っ、だが、だがッ、天界の奴らは俺たちに加護を……)

(加護をくれなかったら化け物なの? 加護をくれたら化け物じゃなくなるの?)

(…………っ!)


 十五年間、神の恩恵なく生きてきたジークにとって加護の有無は関係ない。

 天界の彼らに感謝はしているが、今さら崇めろと言われても無理な話である。

 それがアンナを殺した仇であるなら尚のことだ。


 そう答えると、オズワンは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 何かおかしなことを言ったかな? とジークは首をひねる。


 ーーあ、そっか。神様は崇めるものって、リリアが言ってたんだった。


 ジークに悪気はなくても、それをあしざまに受け取る者は現れる。

 そう言われていたのを思い出して、ジークは内心で焦った。


(え、えぇっと、今のはなんていうかその)

(もういい。おれが…………悪かった)

(え、あ、そう?)


 オズワンはジークから離れ、後ろから彼らの姿を眺めた。


 (ーーこの人……ひょろいナリしてる癖に、どんなアタマしてやがんだ)


 オズワンの反応は自然だった。

 神は崇め、敬い、恐れるべきモノ。

 陽力を持たない獣人ですら神を崇めるものは後を絶たない。

 それが終末戦争の折、人類の大半を殺し尽くした冥界の神々なら猶更だ。

 

(さっきあの戦闘を見て……なんで平気でいやがる!? なんで怖がらずにいられる!?)


 イカれてやがる、とオズワンは思う。

 力とか加護とか、そういった次元の話ではない。

 もちろんそれも常人から逸脱しているが、問題は心の在り方だ。


 おのれを小指でひねり潰す怪物に、恐れることなく向かっていく度胸。

 天変地異を引き起こす、敗北必死の相手に死力を尽くして戦う覚悟。

 ある意味壊れているとも言えるそれは、オズワンが欲してやまないものだ。


(この人についていけば、分かるのか……? おれは、変われるのか?)


 分からない。

 ただ、もう少しこの小さな英雄を知りたいと、オズワンは思った。




 一行は変わり果てた沼地を抜け、荒廃した平野に足を踏み入れた。

 赤紫色の大地が広がり、空に浮かぶ月も血の色に染まっている。

 カァ、と不気味な黒鳥の鳴き声が響いていた。


「ーーそういやテメェ、なんでエリージアにいいようにやられてた?」

「え?」


 突然、ヴェヌリスに話を振られ、ジークは瞬きをした。

 煉獄の神は胡乱(うろん)げに振り返る。


「テメェの力はそんなもんじゃねぇだろ」

「う、うるさいな。僕だって必死だったんだよ。でも手も足も出なくて」

「何だ。まだ気づいてないのか?」


 ハン、と鼻を鳴らしたヴェヌリスに、ジークはカチンとした。


「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃん」

「……いや、いい。これ以上敵に塩を送るのもオレの神義に反するし」


 ぼそぼそとそんなことを言うヴェヌリス。

 意味不明な態度をとる彼に、ジークは思わずつぶやいた。


「……変な奴」

「キヒャヒャッ! 世界中の誰もお前にだけは言われたくねぇだろうよ!」

「どういう意味さ?」

「そのまんまの意味だよ。バーカ」

「ば……馬鹿なんて、お前には言われたくないよ。馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよ」

「そっくりそのまま返してやるよ。チビ」

「ち……こ、これから伸びるし! まだ成長途中だから! 聞いてるの!?」


 ヴェヌリスはなぜか愉快そうに笑っていた。

 穏やかに、楽しそうに。





 ◆




「ヴェヌリス……あなたが……邪魔を……しなければ」


 冥界上空にたたずみながら、エリージアは呟いた。

 眼下、数キロ離れた先にいるのは煉獄の神と、半魔だ。


「…………」


 半魔。ありうべかざる存在。

 ヴェヌリスの神霊を倒したと聞いた時はまさかと思ったが、予想通りだ。


「アレは……あの()の息子………」


 無表情だったエリージアの顔が人間味を帯びた。

 迷うような、痛むような表情だ。


「セレス……私は」


 ぎゅっと拳を握り、弓弦を引き絞る。


「例え……あなたの息子であろうと」


 ヴェヌリスも感知できない距離と速度。

 この距離なら外さない。半魔が油断している今なら殺せる。

 そう判断し、エリージアが弓弦を引いた時だった。


 バチッ!



「……ッ!?」



 エリージアの頬に紫電が迸った。

 つぅ、と頬に血が流れていく。


(これは……あの半魔の……まさか、攻撃を……受けていたというの?)


 ゾッと、背筋に悪寒が走った。

 権能の防御を超えた、神の位階に届かんとする一撃。

 それは数多の英雄の中でも、一握りに許された偉業だ。


(あの子……)


 エリージアは思い出す。

 神威をものともせず、真っ向から向かってきた少年のまっすぐな瞳を。

 神意も運命も跳ねのけんとした、気高き心の在り方を。


 狙いをつけていた弓を、降ろす。


(…………………………セレスの息子……か)


 くるりと、踵を返し、


(もしかして……あの子なら…………)


 ーー狂ってしまった世界の運命を、変えられるかもしれない。

 ーーあの人(・・・)を、救ってくれるかもしれない。


 胸の中で生まれた僅かな希望を、エリージアは冷徹な相貌で覆い隠す。

 以前にもこんなことがあったと思い出したのだ。



「……まるであなたを見ているようね…………冥王」



 冥界の闇に、エリージアは溶けていった。





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