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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第十話 強襲、月の女神

 


 りぃん、と。


 その弓弦の音は、まるでハーブの楽曲を聞いているようだった。

 澄んだ音色。ずっと聞いていたくなるような、心地よい音色だ。


 そこに、破壊的な威力が伴わなければ。


「ーーーーーーーーッ!!」


 その矢は光速を凌駕していた。

 その力は矢のそれを逸脱していた。


「アルトノヴァ防御形態、トニトルス流双剣術迅雷の型・異型……!」


 眼前に迫る死を、無我夢中で防御する。

 無数に分かれたアルトノヴァの切っ先を重ね、一点に集中。

 背後に雷を放出しながら、ジークは叫んだ。


「『棘壁』!」


 ーー……ドォンッッ!!


 死を告げる一撃が激突する。

 恐ろしい衝撃に耐えきれず、地面が放射状にひび割れた。


「ぉ、ぉおおお」


 手足がしびれる。

 目の奥がちかちかと光って焼け突くようだ。

 震える全身を叱咤し、ジークは内心で吠えた。


(防いでるだけじゃ、ダメだ……! 早く次の手を打たないと……!)


 指の角度を微妙に調整し、ジークは魔眼を発動。

 〇.八秒を超えた、一秒先の頂へジークは手を伸ばす。

 未来が視界の中に重なり、最適解を選び出すーー!


「ぁぁあああああああああああああああ!」


 裂帛の気合を共に、ジークは矢を弾くことに成功する。

 地面が砕ける嫌な音が連鎖し、息をついたジークは振り返った。


「嘘」


 沼地が消えうせていた。

 大きく抉れた一本の道が、地平線の彼方まで広がっている。


「どこ……見てる、の?」


 転瞬、ジークの耳朶を叩く声。

 虜になりそうな声の主は、目の前に現れた月の女神。


「…………っ」

「その剣……イリミアスの…………そう……よっぽどお気に入り、なのね」


 でも、と優美な唇が言葉を紡ぐ。


「この距離なら防げない」

(動け、動け動け動け動け動け、動け、僕ーー!)


 強烈な神威(オーラ)に当てられ、一瞬にも満たない硬直を余儀なくされるジーク。

 だが、異次元の弓術を見せるエリージアにとってそれは致命的な隙だ。


 神経が身体を伝い、指を動かす速度が遅く感じる。

 《天威の加護》による超強化の恩恵はまるで足りなかった。


 りぃん、と弓弦が歌う。

 引き絞られた矢がジークの胸を貫く。



 ーーやられる!



「お兄ちゃんッ!」


 黒壁が、女神を呑みこんだ。

 そう錯覚する威力で、ジークと女神の間に壁が出来た。


「…………ッ!」


 この機を逃すジークではない。

 一目散に後ろに飛び下がり、ルージュたちの所に戻る。


「お兄ちゃん、無事!?」

「ルージュのおかげで、なんとかね」


 言ってみたジークだが、無事なのは奇跡に近い。


(まだ手足がしびれてる……ほんとに何なの、あの矢!?)


 どうやればあんな矢が打てるのか見当もつかない。

 威力もさることながら、撃つ瞬間が早すぎて、未来が無数にブレて見える。


「神、神かよ……アレが」


 オズワンが怯えたように言った。

 同時、ルージュが張った黒壁が崩れる。


 稼げた時間は数秒。

 それも、相手が待ってくれたから稼げた時間だ。

 美しく、そして冷然とした瞳がジークたちを射抜いた。


「……おかしい……なんで……悪魔が、半魔に……?」


 ルージュが怯えたようにジークの裾を掴む。

 ジークは安心させようと、彼女の前に進み出た。


 遅かった。



「おに




 ルージュの頭が粉々に砕け散った。




 文字通り、目にもとまらぬ速さで矢が放たれたのだ。


「る」


 すぐそこに、エリージアがいた。

 どさり、と地面に倒れた妹の身体を、女神は無造作につつく。


「冥王の魔力が……絶たれてる……この半魔の……影響?」


 無表情に、エリージアが呟く。


 ジークは我を忘れた。

 怒りと悲しみと悔しさがごちゃんまぜになって、弾けた。


「ぁ、ぁああああああああああああああああああ!!」

「うるさい」

「が、ッ」


 まるで、ハエを振り払うように。

 無造作に手を振るったエリージアの裏拳が、ジークの頭に炸裂した。


 ど、が、ど、どぅんッ!


 何度も地面に身体を打ち付け、受け身もとれぬままジークは地面を削る。

 一キロ以上飛ばされたジークの身体はめちゃくちゃだった。


「ハ、ハァ、ゼ、げほ、げほッ…!」

(生き、てる。僕、生きてる……!?)


 死んだと、思った。

 それほどの威力で、それほどの速さだった。


 なんとか生きている。

 だが、


「いっづぁ……!」


 全身が悲鳴を上げていた。

 肋骨の半分は折れている。左手はあらぬ方向に曲がっていた。

 脳がかき回されているみたいに頭が痛くて、視界が霞む。


 前方、一キロ先に、ルージュの身体に触れる女神の姿が見えた。


「謎……興味深い……けど…………不確定要素は……要らない」


 ジークには女神の言葉が届かない。

 一キロも離れているのだから、聞こえないのは当然だ。


(ルージュ)


 けれど、女神が何をしようとしているかは分かった。


 大切な妹を。

 ようやく外の世界が見れた妹を、これから幸せになれる妹を。

 今度こそ、完全に殺すつもりなのだと。


(させて、たまるか……)


 カ、と心に火が付いた。


 脳裏によぎる、倒れ伏すアンナの顔。

 自分の力が足りないばかりに死んだ、友達の死に顔。


(あの時みたいな思いは、もう、二度と……!)


 殺させない。

 殺させてたまるか。


 女神だろうが冥王だろうが。

 大切な妹に手を出す奴は、絶対に許さない!


 ダンッ、と足を踏み込んだ。


「させて、たまるかぁああああああああああああああああああ!!」

「……ッ!?」


 投擲する。

 ジークの投げた魔剣が、距離の概念を殺し尽くした。


 間一髪、髪を散らした女神が飛び退く。

 その一瞬の隙に、ジークはルージュの前に立っていた。


「来い、アルトノヴァッ!」


 月の女神の背後から、魔剣の切っ先が牙を剥くーー!

 同時、ジークは目を見開く女神の胸元へ、剣を突き出した。


「ルージュに、手をだ

「……こざかしい」


 その一言が全てだった。

 ジークの中から、ごっそり力が抜けた。


「……ッ!?」


 地面に膝をつき、倒れ伏すジーク。


(一体、何が……!?)

「月は満ち……やがて欠けゆく……それは……命も、力も同じ……」


 エリージアは言った。


「私の権能『夜空の黄昏(ノクス・ルキウム)』……何人も……絶つことは、出来ない」

(力が、入らない……陽力を、感じない……!)


 どうやってか知らないが、ジークの陽力を抜き出したのか。

 月の満ち欠けのように、満ちていた潮が引いていくように。


「運命の子……お前は……邪魔……」

「……っ」


 恐怖で震えが止まらなかった。

 女神の恐るべき力に?

 それもあるが、真に恐るべきは。


(この(ひと)さっきまで、権能を使ってなかったって事……!?)


 矢を防ぐので、精一杯だった。

 それでさえ、防ぎきれずに弾いただけだった。

 あの次元を画する攻撃でさえ、女神の中では児戯に等しいというのか。


(これが……これが、冥界の神々……!)


 かつて地上に降臨し、数百を超える国々を焼き尽くした闇の軍勢。

 冥王に力を貸し、地上に死を振りまいた絶望のひとかけら。


 どこかで、甘く見ていたのかもしれない。


 アステシアの力を得て、テレサやラディンギルに師事し。

 オリヴィアに権能武装を教えてもらい、第七死徒を撃破したことで。


 例え冥界に挑んでもーー

 土壇場でなら、なんとかなると思っていたのだ。


「異常な悪魔もろとも…………消え失せなさい」

「ーーま、待て、待てよオイ」


 声が、エリージアを止めた。

 声の主は、戦いに参加できなかったオズワンだ。

 かろうじて声を上げた彼はしかし、次の瞬間、死を覚悟する。


「……なに?」

「………………………………!」


 冷たく一瞥する表情。

 その瞳は、人を見るものではない。

 まるで路傍の石にたまたま目を止めたような、そんな表情だ。


 その神威に当てられ、オズワンは微動だに出来なかった。


(動け……動けよおれ。兄貴みたいに、動けよ!)


 別にオズワンは、神と戦う動機があるわけではない。

 ただ、何もできずに立ち尽くしてしまえば、彼の中で何かが壊れる気がした。


 ジークや、ルージュでさえ。

 あの神に、果敢に立ち向かったと言うのに。


 声を上げられたのが奇跡だ。

 指の一本動かない。魂の全てが女神に囚われてしまっていた。


(……怖い……怖い、怖い怖い……無理だ、無理だ……おれ……おれは……!)


 何も言えずに口をパクパク動かすオズワンに、エリージアは興味をなくした。

 視線を戻し、弓を構えてジークの頭に矢をつける。


「ゼロ距離からの射撃……これで……防ぎようがない……でしょ」

「……っ、なんで、なんで僕らを狙うんですか。勝手に冥界に入ったからですか!?」

「違う……運命の子…………あなたの存在……それ自体が……罪」

「そん、ざい」

「ここで消えなさい……それが……世界のため」

「そんな理由で……!」


 殺されると言うのか。

 何もできず、何一つ救えず。


 リリアを迎える事も、ルージュを幸せにすることもできず。

 何一つ為せないまま、誰にも知られず死ぬのが運命というのか……!


「運命の子だなんて……クソ喰らえだ」

「……?」


 拳に力を籠める。

 全身に残る、ちっぽけな勇気をかき集め、ジークは顔を上げた。


「他人が勝手に決めた運命なんて、知ったことか! そんな運命、僕がぶっ壊してやる!」


 ジリ、と紫電が迸る。

 少年の魂から湧き出る力の奔流に、エリージアは目を見開いた。


(ありえない……力は全て、欠けているはず!)


「これは、僕の物語なんだッ!」


 エリージアは決断する。

 これ以上の問答は不要。時間を与えれば何をしでかすか分からない。


(この子……やはり…………危険!)


 弓弦の音が鳴ると同時に、ジークの頭は爆砕した。

 身体は引きちぎれ、跡形もないように吹き飛んだ。

 そうなるはずだった。


 炎が揺らめいた。


「ーーーーーーえ」


 転瞬、目の前に赤い男が現れた。

 エリージアは、そしてジークは目を見開く。

 それはお互いに知っている顔だった。



「ーーよォ、久しぶりだな、ジーク・トニトルス」



「な、なんで、お前が……」


 緋色の頭髪。その額に二本の角が生えていた。

 上半身は裸身で、胸から腰にかけて痛々しい傷痕が残っている。

 赤い瞳をギラつかせた、その男はーー。


「……あなたが……どうして……邪魔……するの?」

「キヒッ! 決まってんだろエリージア。言わせんなよ恥ずかしい」


 かつてジークと戦った神霊ーーその本体。

 王都サンテレーゼを恐怖のどん底に陥れた張本人。


「だがまぁ言わせてもらおうか。それが神義(じんぎ)ってやつだしな」


 ギリ、と拳に力を込め、



「オレの獲物に手ぇ出してんじゃねぇぞ。クソアマが」



 煉獄の神ヴェヌリスは、そう言ったのだった。



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