第二話 神託の儀
神殿の中は見た目通り、こじんまりした教会のようだった。
玄関からほど近い所に祭壇があり、お供え物や儀式道具が並べられている。
ヤタロウに案内されたジークたちは、祭壇前の祈りの間に車座となった。
「改めて自己紹介をば。拙者この街で叡智の女神の神殿長を務めております。ヤタロウ・オウカと申します」
「ジーク・トニトルスです……知ってると思いますけど」
ハァ、とジークはため息をつき、じと目でヤタロウを見る。
「さっきみたいなの、もうやめてくださいね」
「さっきのとは……?」
「僕の名前を叫んだりしたことですよ! あんな大勢人がいるところで叫ばれると困ります。金輪際やめてくれませんか」
「何を仰る。『神の愛し子』であるジーク殿の存在を示さねば、アステシア様に申し訳が立たぬというもの」
「いやだ、だから迷惑なんですって。なんですか神の愛し子って」
「神に神霊を降ろさせた奴の事だよ」
いつの間にかテレサが酒をあおっていた。
「神が神霊を降ろすことは滅多にない。人界の危機か、さもなけりゃよっぽど気に入った奴の為かだ。あんたの場合は後者だね。アステシア様が神霊を降ろすほど目をかけた半魔。期待の英雄。神殿は神霊を降ろさせたあんたみたいな奴を掲げることで、寄付金を募ってんのさ。異端討滅機構と同じ、広告塔だね」
ヤタロウが苦笑した。
「そういう側面があることは否定しませぬが、それだけではありませんぞ。我らは『神の愛し子』を敬い、神の教えを共に分かち合うことで神々の信仰を集めているのです。神に信仰が集まれば、その分、神の力が強くなり、結果的に加護も強化されていく。ちゃんとリターンはあるのです」
「ふん。自分たちの都合を押し付けてるだけだろ。ひっく、うぃ~」
「テレサ師匠、昼間っからお酒は身体によくないですよ。ていうかそのお酒ってお供えものじゃ……?」
「うるさい。呑まなきゃやってられるか」
ダメだこの人、もうどうしようもない。
ジークはため息を吐いた。
「ははは! いやいや、天下のテレサ・シンケライザ殿に呑まれるなら、酒も本望というものでござる」
「そうですかね……」
まぁアステシア様が酒を呑むところは想像できないし、いいか。
ジークは頭を掻き、早速本題を切り出す。
「それで、お話が」
「冥界潜りの事ですな?」
ジークは目を見開いた。
「なんでそれを。一応、秘密にしてるんですけど」
「ははは。拙者たちの情報網を甘く見てもらっては困りますぞ。情報、つまり知識は力です。アステシア様の教えを一心に受ける我らは常に新しい情報、未知の知識を欲しております。大陸の端で起きた出来事でも知っているでござるよ。それがジーク殿とあればなおのこと」
「……もしかして、ルージュの事も」
「あなたのそばにいる悪魔の事ですかな? 無論、と申し上げておきましょう」
ゾ、と背筋に悪寒が走った。
自分の事だけならまだいい。
リリアがああなって、テレサが現れた以上、勘の良いものなら察するかもしれない。
だがルージュの事は別だ。
ジークは妹の身を守るため、テレサやオリヴィア以外の前で妹の姿を晒していない。フィーネル姫でさえ、姿は見せずに事情だけ話したくらいだ。
ヤタロウの眼鏡の奥が光っているよう見えて、ジークは声を強張らせる。
「……一体、どこまで知ってるんですか」
「知りえる限りを。もちろん詳しい事は知りませぬが、第七死徒を倒した際、あなた様の隣に悪魔の姿があったことは確認しております。仲睦まじそうだったことも。それ以降姿は見せておりませんから、これは我々の持つ情報を組み合わせた上での推測でござるな。わずかに悪魔の気配がしますし……今、あなた様が肯定したことで確信しました」
「……っ、カマをかけてたんですね」
(お兄ちゃん、用心して。この人、ただの変態じゃないよ)
(分かってる。いざとなれば戦うから)
ジリ、と紫電が迸る。
いつでも動けるように準備するジークに、ヤタロウは慌てたように言った。
「け、警戒させてしまったなら申し訳ありませぬ! ですが、我らには誓ってあなた様を害する意思はござらん!」
「僕の事はそうかもしれませんけど、ルージュの事は」
「ありませぬ。あなた様が大事にする者なのですぞ。普通の悪魔ではないのでござろう?」
「……」
ジークは黙り込んでしまった。
そして、それが答えになってしまった。
ヤタロウは満足そうにうなずいて、
「我ら叡智の徒は知識を尊び、未知を歓迎する。例え悪魔であろうと、民に害しない限りは討とうとは思わんでござる」
「……そうですか」
柄に伸ばしかけていた手を、ゆっくりと降ろす。
だが、魔眼はそのままだ。何か仕掛けてこようものならすぐに対応する。
「……そちらに敵意があろうとなかろうと、どちらでもいいです。冥界の事なんですけど」
「承知しており申す。ですが、本当に行くので? 正直、おすすめはしませぬ。むしろ我らは葬送官の冥界潜りを止めるのが役割で……」
「誰が止めても行きます。早く準備をさせてください」
「……分かり申した。では、すぐに準備を」
もはや世間話するような空気ではなかった。
一刻も早くこの場を離れ、ジークはリリアを救いに行きたかった。
神殿の奥にある部屋へ向かったヤタロウは、ほどなく戻ってきた。
「ではジーク殿、こちらへ」
「はい」
ジークはまず真水で身体を洗い、聖水を顔に塗りたくった。
この聖水は、エーテル粒子の塊である魔晶石を粒子状に溶かし、塩水に溶かしたものだ。塩は悪魔に裁きを受けさせると言われており、旧世界の頃から使われていた手法だと言う。終末戦争を経てその一説は否定されているのだが、未だに儀式などでは使われている。
「興味本位で訊くのですが、痛いでござるか?」
「いいえ、僕は半魔なので、昔からこの手の奴は効かないです」
「そうでござるか」
ジークは悪魔に効く大概のことは効かない。
その代わり悪魔のような異能もない。少し傷の治りが早いくらいだ。
タオルで顔を拭いたジークは、祭壇からアステシアの神像を取り出す。
頭や胴を聖水で拭き、綺麗な布に変えて元の場所に戻した。
表情をまじめなものに変えたヤタロウが、ジークの肩に剣の腹を置く。
「汝、神の加護を受けし者。叡智の徒よ。その身に穢れなきことを誓えるか」
「はい」
「ここに禊は為った。汝の願いを神に嘆願せよ」
ヤタロウが離れ、ジークはアステシアの神像に向き合う。
「アステシア様、僕、冥界に行きます。許してください」
そう言って頭を下げた時だった。
突如、神像が光を放った。
「これは……!」
ヤタロウが目を見開き、テレサが立ち上がる。
ジークはもう慣れたものだから、振り向いて言った。
「ちょっと呼ばれたので神域に行ってきます。すぐに戻りますから」
「は?」
(ちょ、お兄ちゃん、わぁ!?)
その瞬間、ジークの魂は天界に引っ張られていった。
◆
「ジーク殿!?」
ふ、と意識を失ったジークの身体が倒れていく。
「騒ぐんじゃないよ」
テレサは見計らったようにジークを抱きとめた。
足元の影から、ぬう、とルージュの身体も現れる。
「ッチ。やっぱりこうなったか」
「あ、悪魔……!」
「騒ぐんじゃないと言った。いい加減にしないと無理やり黙らせるよ?」
「……」
ヤタロウは口元を抑えた。
深呼吸し、落ち着いた様子でテレサに問う。
「テレサ殿。そちらの悪魔がジーク殿のおっしゃっていた……?」
「そうだ」
「そしてお二方は、もしや神域へ……?」
「そうだろうね」
淡々と返事をしたテレサはジークとルージュの身体を並べた。
二人とも、安らかな寝息を立てている。
ヤタロウは驚愕を禁じえなかった。
「……まさか、神に祈りを捧げただけで神域へ招かれるとは」
英雄と呼ばれる者達にとって、神域へ招かれることは珍しくない。
だが、それは数十分にもわたる儀式を経て、魂を天界に同調させるという作業が必要となる。
ジークのようにたった一瞬の動作で神域に招かれるなど、どれほどの神々と絆を深めれば出来るのか。
異端討滅機構の中でも、同じ事が出来る者はいないだろう。
「これが、ジーク・トニトルス」
口の中でつぶやき、ヤタロウは背筋を震わせる。
「これが、神々に愛された英雄でござるか……!」
憧れと、好奇と、憧憬。
ヤタロウの瞳は少年のように輝いていた。




