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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 飛躍
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第二話 神託の儀

 

 神殿の中は見た目通り、こじんまりした教会のようだった。

 玄関からほど近い所に祭壇があり、お供え物や儀式道具が並べられている。

 ヤタロウに案内されたジークたちは、祭壇前の祈りの間に車座となった。


「改めて自己紹介をば。拙者この街で叡智の女神の神殿長を務めております。ヤタロウ・オウカと申します」

「ジーク・トニトルスです……知ってると思いますけど」


 ハァ、とジークはため息をつき、じと目でヤタロウを見る。


「さっきみたいなの、もうやめてくださいね」

「さっきのとは……?」

「僕の名前を叫んだりしたことですよ! あんな大勢人がいるところで叫ばれると困ります。金輪際やめてくれませんか」

「何を仰る。『神の愛し子』であるジーク殿の存在を示さねば、アステシア様に申し訳が立たぬというもの」

「いやだ、だから迷惑なんですって。なんですか神の愛し子って」

「神に神霊を降ろさせた奴の事だよ」


 いつの間にかテレサが酒をあおっていた。


「神が神霊を降ろすことは滅多にない。人界の危機か、さもなけりゃよっぽど気に入った奴の為かだ。あんたの場合は後者だね。アステシア様が神霊を降ろすほど目をかけた半魔。期待の英雄。神殿は神霊を降ろさせたあんたみたいな奴を掲げることで、寄付金を募ってんのさ。異端討滅機構と同じ、広告塔だね」


 ヤタロウが苦笑した。


「そういう側面があることは否定しませぬが、それだけではありませんぞ。我らは『神の愛し子』を敬い、神の教えを共に分かち合うことで神々の信仰を集めているのです。神に信仰が集まれば、その分、神の力が強くなり、結果的に加護も強化されていく。ちゃんとリターンはあるのです」


「ふん。自分たちの都合を押し付けてるだけだろ。ひっく、うぃ~」

「テレサ師匠、昼間っからお酒は身体によくないですよ。ていうかそのお酒ってお供えものじゃ……?」


「うるさい。呑まなきゃやってられるか」


 ダメだこの人、もうどうしようもない。

 ジークはため息を吐いた。


「ははは! いやいや、天下のテレサ・シンケライザ殿に呑まれるなら、酒も本望というものでござる」

「そうですかね……」


 まぁアステシア様が酒を呑むところは想像できないし、いいか。

 ジークは頭を掻き、早速本題を切り出す。


「それで、お話が」

「冥界潜りの事ですな?」


 ジークは目を見開いた。


「なんでそれを。一応、秘密にしてるんですけど」

「ははは。拙者たちの情報網を甘く見てもらっては困りますぞ。情報、つまり知識は力です。アステシア様の教えを一心に受ける我らは常に新しい情報、未知の知識を欲しております。大陸の端で起きた出来事でも知っているでござるよ。それがジーク殿とあればなおのこと」

「……もしかして、ルージュの事も」

「あなたのそばにいる悪魔の事ですかな? 無論、と申し上げておきましょう」


 ゾ、と背筋に悪寒が走った。


 自分の事だけならまだいい。

 リリアがああなって、テレサが現れた以上、勘の良いものなら察するかもしれない。


 だがルージュの事は別だ。

 ジークは妹の身を守るため、テレサやオリヴィア以外の前で妹の姿を晒していない。フィーネル姫でさえ、姿は見せずに事情だけ話したくらいだ。


 ヤタロウの眼鏡の奥が光っているよう見えて、ジークは声を強張らせる。


「……一体、どこまで知ってるんですか」

「知りえる限りを。もちろん詳しい事は知りませぬが、第七死徒を倒した際、あなた様の隣に悪魔の姿があったことは確認しております。仲睦まじそうだったことも。それ以降姿は見せておりませんから、これは我々の持つ情報を組み合わせた上での推測でござるな。わずかに悪魔の気配がしますし……今、あなた様が肯定したことで確信しました」

「……っ、カマをかけてたんですね」


(お兄ちゃん、用心して。この人、ただの変態じゃないよ)

(分かってる。いざとなれば戦うから)


 ジリ、と紫電が迸る。

 いつでも動けるように準備するジークに、ヤタロウは慌てたように言った。


「け、警戒させてしまったなら申し訳ありませぬ! ですが、我らには誓ってあなた様を害する意思はござらん!」

「僕の事はそうかもしれませんけど、ルージュの事は」

「ありませぬ。あなた様が大事にする者なのですぞ。普通の悪魔ではないのでござろう?」

「……」


 ジークは黙り込んでしまった。

 そして、それが答えになってしまった。

 ヤタロウは満足そうにうなずいて、


「我ら叡智の徒は知識を尊び、未知を歓迎する。例え悪魔であろうと、()()()()()()()()は討とうとは思わんでござる」

「……そうですか」


 柄に伸ばしかけていた手を、ゆっくりと降ろす。

 だが、魔眼はそのままだ。何か仕掛けてこようものならすぐに対応する。


「……そちらに敵意があろうとなかろうと、どちらでもいいです。冥界の事なんですけど」

「承知しており申す。ですが、本当に行くので? 正直、おすすめはしませぬ。むしろ我らは葬送官の冥界潜りを止めるのが役割で……」

「誰が止めても行きます。早く準備をさせてください」

「……分かり申した。では、すぐに準備を」


 もはや世間話するような空気ではなかった。

 一刻も早くこの場を離れ、ジークはリリアを救いに行きたかった。


 神殿の奥にある部屋へ向かったヤタロウは、ほどなく戻ってきた。


「ではジーク殿、こちらへ」

「はい」


 ジークはまず真水で身体を洗い、聖水を顔に塗りたくった。


 この聖水は、エーテル粒子の塊である魔晶石を粒子状に溶かし、塩水に溶かしたものだ。塩は悪魔に裁きを受けさせると言われており、旧世界の頃から使われていた手法だと言う。終末戦争を経てその一説は否定されているのだが、未だに儀式などでは使われている。


「興味本位で訊くのですが、痛いでござるか?」

「いいえ、僕は半魔なので、昔からこの手の奴は効かないです」

「そうでござるか」


 ジークは悪魔に効く大概のことは効かない。

 その代わり悪魔のような異能もない。少し傷の治りが早いくらいだ。

 タオルで顔を拭いたジークは、祭壇からアステシアの神像を取り出す。

 頭や胴を聖水で拭き、綺麗な布に変えて元の場所に戻した。


 表情をまじめなものに変えたヤタロウが、ジークの肩に剣の腹を置く。


「汝、神の加護を受けし者。叡智の徒よ。その身に穢れなきことを誓えるか」

「はい」

「ここに禊は為った。汝の願いを神に嘆願せよ」


 ヤタロウが離れ、ジークはアステシアの神像に向き合う。


「アステシア様、僕、冥界に行きます。許してください」


 そう言って頭を下げた時だった。

 突如、神像が光を放った。


「これは……!」


 ヤタロウが目を見開き、テレサが立ち上がる。

 ジークはもう慣れたものだから、振り向いて言った。


「ちょっと呼ばれたので神域に行ってきます。すぐに戻りますから」

「は?」

(ちょ、お兄ちゃん、わぁ!?)


 その瞬間、ジークの魂は天界に引っ張られていった。



 ◆



「ジーク殿!?」


 ふ、と意識を失ったジークの身体が倒れていく。


「騒ぐんじゃないよ」


 テレサは見計らったようにジークを抱きとめた。

 足元の影から、ぬう、とルージュの身体も現れる。


「ッチ。やっぱりこうなったか」

「あ、悪魔……!」

「騒ぐんじゃないと言った。いい加減にしないと無理やり黙らせるよ?」

「……」


 ヤタロウは口元を抑えた。

 深呼吸し、落ち着いた様子でテレサに問う。


「テレサ殿。そちらの悪魔がジーク殿のおっしゃっていた……?」

「そうだ」

「そしてお二方は、もしや神域へ……?」

「そうだろうね」


 淡々と返事をしたテレサはジークとルージュの身体を並べた。

 二人とも、安らかな寝息を立てている。

 ヤタロウは驚愕を禁じえなかった。


「……まさか、神に祈りを捧げただけで神域へ招かれるとは」


 英雄と呼ばれる者達にとって、神域へ招かれることは珍しくない。

 だが、それは数十分にもわたる儀式を経て、魂を天界に同調させるという作業が必要となる。

 ジークのようにたった一瞬の動作で神域に招かれるなど、どれほどの神々と絆を深めれば出来るのか。


 異端討滅機構(ユニオン)の中でも、同じ事が出来る者はいないだろう。


「これが、ジーク・トニトルス」


 口の中でつぶやき、ヤタロウは背筋を震わせる。


「これが、神々に愛された英雄でござるか……!」


 憧れと、好奇と、憧憬。

 ヤタロウの瞳は少年のように輝いていた。



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