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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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閑話 傲慢者の末路

 

「何が、どうなってるんだ」


 新聞の記事を読みながら、アローンは呟いた。

 その見出しには、


『王都サンテレーゼを救った小さな英雄、半魔ジーク・トニトルスに栄光あれ!』


 と書いてある。 


 記事によれば、


『氏は上級葬送官アローン・マクガウィルの二年の暴行を耐え忍び、半魔としての蔑みを受けながら日々を過ごしてきた。そんな彼はある日、アーロン氏に捨て駒にされ、悪魔の餌にされてしまう。だが、彼は奇跡の生還を果たし、紆余曲折を経て叡智の女神アステシアの加護を獲得。さらには、元特級葬送官テレサ・シンケライザ氏に拾われ、葬送官としての素質を見出された。それはまさに才能の原石。当初は怪訝気味だった葬送官たちも、彼の秘めたる才能、そして惜しみなき努力に刮目せざるおえなかった。めきめきと腕を上げた彼は来たる大侵攻の際、特級葬送官たちと共に『変異種』コキュートスを撃破、さらに同日、冥界の第六軍団長、煉獄の神ヴェヌリスの撃退に成功する……』


 そこに書かれていたのは紛れもない英雄の軌跡だ。

 写真に映る、屈託なく笑うその顔は、アーロン自身が踏みつけにしてきた男と同じ顔なのに。


「誰だよ、こいつ」


 まるで別人のような、偉業。

 アーロンをして素直に賞賛し、憧憬の念を抱くような英雄像がそこにある。


 その名前が、ジーク・トニトルスでさえなければ。


 記事は続く。


『同氏は今月八日、サンテレーゼ議会からミドフォード議員殺害の容疑がかけられた。だが、実はこれは私欲にかられたミドフォード議員の策略によるものであり、濡れ衣を着せられた彼は、恋人であるリリア・ローリンズ救出のため、国立悪魔研究所に乗り込む。そこで彼は冥王直属、第七死徒オルガ・クウェンと遭遇。未曾有の被害をもたらした第七死徒に挑み、数多の葬送官の協力により撃破する。これは歴史を変える偉業である。我々は、この半魔であり小さな英雄である彼の認識を改めねばならない。全ての葬送官に栄光あれ! 天界におわす神々よ、ご照覧あれ! 今ここに、歴史を変える英雄が現れたのだ!』


 ぐしゃり、とアーロンは新聞を丸めた。


「ふざけんな、ふざけんなよ、どいつもこいつも、変わり身が過ぎるだろうがッ!」


 誰もがアーロンと同じだったはずだ。

 半魔である彼は気持ち悪い、理解できないバケモノだと。

 言葉も交わさず忌み嫌い、憎み、怒りを向けていたはずだ。


 それなのに、これはなんだ?


 まるで、自分以外の全てが変わってしまったかのようだ。

 まるで、自分だけが悪者になったかのような──。


 ダンダンダンッ!


 突如、扉が叩かれた。


「アーロンさん、居るんでしょ!? 出てきてくださいよ!」

「バダール新聞です! 王都の記事に書かれていたことは本当ですか!? 話を聞かせてください!」

「……っ」


 アーロンは拳を握りしめた。


 最近はいつもこれだ。

 拠点であるバダールの宿にいると、アーロンに対する非難が集中している。

 アイツを嫌っていたのは、俺だけじゃないはずなのに──。


「ん、アーロン、さま……?」


 ベッドで寝ていた治癒述師が起き上がる。

 あられもない姿の彼女はアーロンを見て、気づかわし気に目を伏せた。


「アーロン様、大丈夫ですか……?」

「これが大丈夫に見えるか?」

「す、すいません」


 そばに侍らせている女を抱いても、一向に気が晴れない。

 それどころか、イライラは募るばかりだ。


 その時だった。


「よぉアーロン。話があるんだが」

「モルガン……? なんだ」


 盾使いが別室の扉を開けて、神妙に話しかけてきた。

 嫌な予感が頭をよぎる。

 その予感が正しいと、すぐに思い知らされた。


「俺、レギオン抜けようと思うんだわ」

「は……?」

「正直、限界なんだよ。お前とやっていくの。お前といると、こっちまでとばっちり喰うからよ」

「ふざけんな、ふざけんなよ! お前もアイツを踏みつけてただろうが!」

「……ま、そういうわけだ」


 モルガンは壁に預けていた背を離し、


「言っとくけど、とっくの昔にフィックスは消えたからな。俺はこれでも優しい方だぜ」

「な……!?」

「オマエもさっさとこの国から出て行った方がいい。顔が割れてるからな」


 かぁあ、とアーロンは頭に血が登った。


 ふざけるな、

 ふざけるな、

 ふざけるな!


 優しい方? 

 俺の所有物を好きなだけ殴る蹴るして、自分だけトンズラかます気か!?


 街中から向けられる、煮えたぎるような蔑みを、俺一人に押し付ける気か!?


 ──アーロンは知っていた。


 このモルガンが、新聞社に自分を売り、金を貰っていたことを。

 自分の事だけは書かないように金を払い、情報操作し、

 アーロンの日頃の行いがどれだけ酷かったか、さも被害者であるように吹聴していたことを。


 たまりにたまった不満は限界を超え、アーロンは聖杖機に手を伸ばす。


「ふざけんじゃねぇぞ、モルガ──────ンッ!」

「!?」


 鮮血が噴き出した。

 アーロンの突き出した剣が、モルガンの胸を貫いたのだ。


「てめ、ぇ」

「一人だけ逃げられると思うなよクソが……テメェも道連れだッ!」


 ばたん、とモルガンが倒れる。

 血だまりが床を赤く染め、ハッとしたアーロンは慌てて祈祷を唱えた。


(悪魔化は防いだ……が、)


 やってしまった。

 やってしまった!


 これでもう、自分に居場所はない。

 この街にも国にも居られない。葬送官の中で指名手配されるだろう。


「アーロン様、逃げましょう!」

「ぇ、ぁ?」

「今なら間に合います。さぁ、早く!」


 治癒術師が覚悟を決めたような表情でアーロンの手を引く。

 宿の裏口から逃げた二人は、つんざくような悲鳴を尻目にその場を後にした──。


「クソ、クソ、クソ、全部、全部あの半魔のせいだッ!」

「アーロン様……」


 バダールから離れた街道を歩きながら、アーロンは毒づいた。

 かつての栄光は既になく、侮蔑と嘲笑を背に受ける彼は敗残者そのものだ。


「お前、お前は俺のそばを離れないよな!? お前は裏切らないよな!?」

「えぇ、私は裏切りません。永遠に、あなたのものですよ……♡」

「フンッ」


 乱暴に鼻を鳴らし、アーロンはどこへともなく歩いていく。


 あたりが暗くなったのはその時だ。


「な、なんだ!?」

「きゃ!?」


 視界にスパークが散る。

 どん、と何かが倒れる音。甲高い悲鳴。恐怖で足が震えだした。


 灼熱が彼の胸を貫いた。


「ぁ」


 プシュ―、と鮮血が噴き出し、アーロンはその場に倒れ伏す。


(なんだ、オレ、死ぬのか……?)


 恐らく悪魔の襲撃だろう。

 耐えがたい獣臭と、重い足跡が響く。


(クソ、どうして俺が、こんな目に……)


 消えゆく意識の中、アーロンは聞いた。


「お、何か、面白そうなものが落ちてるっすね」

「ふむ……使える、かな~?」

「すごい憎しみを感じる……うん、いいね。君、ウチの下僕になりな……♪」


 ねばついた悪意が、そこにあった。



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