閑話 傲慢者の末路
「何が、どうなってるんだ」
新聞の記事を読みながら、アローンは呟いた。
その見出しには、
『王都サンテレーゼを救った小さな英雄、半魔ジーク・トニトルスに栄光あれ!』
と書いてある。
記事によれば、
『氏は上級葬送官アローン・マクガウィルの二年の暴行を耐え忍び、半魔としての蔑みを受けながら日々を過ごしてきた。そんな彼はある日、アーロン氏に捨て駒にされ、悪魔の餌にされてしまう。だが、彼は奇跡の生還を果たし、紆余曲折を経て叡智の女神アステシアの加護を獲得。さらには、元特級葬送官テレサ・シンケライザ氏に拾われ、葬送官としての素質を見出された。それはまさに才能の原石。当初は怪訝気味だった葬送官たちも、彼の秘めたる才能、そして惜しみなき努力に刮目せざるおえなかった。めきめきと腕を上げた彼は来たる大侵攻の際、特級葬送官たちと共に『変異種』コキュートスを撃破、さらに同日、冥界の第六軍団長、煉獄の神ヴェヌリスの撃退に成功する……』
そこに書かれていたのは紛れもない英雄の軌跡だ。
写真に映る、屈託なく笑うその顔は、アーロン自身が踏みつけにしてきた男と同じ顔なのに。
「誰だよ、こいつ」
まるで別人のような、偉業。
アーロンをして素直に賞賛し、憧憬の念を抱くような英雄像がそこにある。
その名前が、ジーク・トニトルスでさえなければ。
記事は続く。
『同氏は今月八日、サンテレーゼ議会からミドフォード議員殺害の容疑がかけられた。だが、実はこれは私欲にかられたミドフォード議員の策略によるものであり、濡れ衣を着せられた彼は、恋人であるリリア・ローリンズ救出のため、国立悪魔研究所に乗り込む。そこで彼は冥王直属、第七死徒オルガ・クウェンと遭遇。未曾有の被害をもたらした第七死徒に挑み、数多の葬送官の協力により撃破する。これは歴史を変える偉業である。我々は、この半魔であり小さな英雄である彼の認識を改めねばならない。全ての葬送官に栄光あれ! 天界におわす神々よ、ご照覧あれ! 今ここに、歴史を変える英雄が現れたのだ!』
ぐしゃり、とアーロンは新聞を丸めた。
「ふざけんな、ふざけんなよ、どいつもこいつも、変わり身が過ぎるだろうがッ!」
誰もがアーロンと同じだったはずだ。
半魔である彼は気持ち悪い、理解できないバケモノだと。
言葉も交わさず忌み嫌い、憎み、怒りを向けていたはずだ。
それなのに、これはなんだ?
まるで、自分以外の全てが変わってしまったかのようだ。
まるで、自分だけが悪者になったかのような──。
ダンダンダンッ!
突如、扉が叩かれた。
「アーロンさん、居るんでしょ!? 出てきてくださいよ!」
「バダール新聞です! 王都の記事に書かれていたことは本当ですか!? 話を聞かせてください!」
「……っ」
アーロンは拳を握りしめた。
最近はいつもこれだ。
拠点であるバダールの宿にいると、アーロンに対する非難が集中している。
アイツを嫌っていたのは、俺だけじゃないはずなのに──。
「ん、アーロン、さま……?」
ベッドで寝ていた治癒述師が起き上がる。
あられもない姿の彼女はアーロンを見て、気づかわし気に目を伏せた。
「アーロン様、大丈夫ですか……?」
「これが大丈夫に見えるか?」
「す、すいません」
そばに侍らせている女を抱いても、一向に気が晴れない。
それどころか、イライラは募るばかりだ。
その時だった。
「よぉアーロン。話があるんだが」
「モルガン……? なんだ」
盾使いが別室の扉を開けて、神妙に話しかけてきた。
嫌な予感が頭をよぎる。
その予感が正しいと、すぐに思い知らされた。
「俺、レギオン抜けようと思うんだわ」
「は……?」
「正直、限界なんだよ。お前とやっていくの。お前といると、こっちまでとばっちり喰うからよ」
「ふざけんな、ふざけんなよ! お前もアイツを踏みつけてただろうが!」
「……ま、そういうわけだ」
モルガンは壁に預けていた背を離し、
「言っとくけど、とっくの昔にフィックスは消えたからな。俺はこれでも優しい方だぜ」
「な……!?」
「オマエもさっさとこの国から出て行った方がいい。顔が割れてるからな」
かぁあ、とアーロンは頭に血が登った。
ふざけるな、
ふざけるな、
ふざけるな!
優しい方?
俺の所有物を好きなだけ殴る蹴るして、自分だけトンズラかます気か!?
街中から向けられる、煮えたぎるような蔑みを、俺一人に押し付ける気か!?
──アーロンは知っていた。
このモルガンが、新聞社に自分を売り、金を貰っていたことを。
自分の事だけは書かないように金を払い、情報操作し、
アーロンの日頃の行いがどれだけ酷かったか、さも被害者であるように吹聴していたことを。
たまりにたまった不満は限界を超え、アーロンは聖杖機に手を伸ばす。
「ふざけんじゃねぇぞ、モルガ──────ンッ!」
「!?」
鮮血が噴き出した。
アーロンの突き出した剣が、モルガンの胸を貫いたのだ。
「てめ、ぇ」
「一人だけ逃げられると思うなよクソが……テメェも道連れだッ!」
ばたん、とモルガンが倒れる。
血だまりが床を赤く染め、ハッとしたアーロンは慌てて祈祷を唱えた。
(悪魔化は防いだ……が、)
やってしまった。
やってしまった!
これでもう、自分に居場所はない。
この街にも国にも居られない。葬送官の中で指名手配されるだろう。
「アーロン様、逃げましょう!」
「ぇ、ぁ?」
「今なら間に合います。さぁ、早く!」
治癒術師が覚悟を決めたような表情でアーロンの手を引く。
宿の裏口から逃げた二人は、つんざくような悲鳴を尻目にその場を後にした──。
「クソ、クソ、クソ、全部、全部あの半魔のせいだッ!」
「アーロン様……」
バダールから離れた街道を歩きながら、アーロンは毒づいた。
かつての栄光は既になく、侮蔑と嘲笑を背に受ける彼は敗残者そのものだ。
「お前、お前は俺のそばを離れないよな!? お前は裏切らないよな!?」
「えぇ、私は裏切りません。永遠に、あなたのものですよ……♡」
「フンッ」
乱暴に鼻を鳴らし、アーロンはどこへともなく歩いていく。
あたりが暗くなったのはその時だ。
「な、なんだ!?」
「きゃ!?」
視界にスパークが散る。
どん、と何かが倒れる音。甲高い悲鳴。恐怖で足が震えだした。
灼熱が彼の胸を貫いた。
「ぁ」
プシュ―、と鮮血が噴き出し、アーロンはその場に倒れ伏す。
(なんだ、オレ、死ぬのか……?)
恐らく悪魔の襲撃だろう。
耐えがたい獣臭と、重い足跡が響く。
(クソ、どうして俺が、こんな目に……)
消えゆく意識の中、アーロンは聞いた。
「お、何か、面白そうなものが落ちてるっすね」
「ふむ……使える、かな~?」
「すごい憎しみを感じる……うん、いいね。君、ウチの下僕になりな……♪」
ねばついた悪意が、そこにあった。




