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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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閑話 闇の軍勢

 


 サンテレーゼ王国王都は壊滅に等しい被害を被った。

 特に住民たちの非難が集中したのは、議事堂の議員たちだ。


 ──おい、あいつらが姫様をこき下ろそうとしていたってホントか?


 ──らしいぜ。しかも今回の首謀者、ミドフォード議員らしい。


 ──マジか。アイツ前から胡散臭いと思ってたんだよ。これだから政治家は。


 ──半魔って居ただろ、あの子、今回もすげー戦ってくれたらしい。


 ──議員が半魔を認めなかったんだと。それで事態が悪化したらしいな。あの子が一番頑張ったのにな。



 人は理不尽に見舞われたとき、敵を求める。

 責める原因があったほうが、憎しみの矛先を向けられるからだ。


 議員による姫の弾劾は立ちどころに知れ渡り、議員を攻撃するものまで現れた。

 さすがにその暴動は葬送官によって食い止められたが──。


 これを機に住民たちの議員への不満が爆発。

 住民たちは次々に国会議事堂の前に集まり、デモ隊は疑似的な革命軍にまで発展。事態を重く見たサンテレーゼ王国は議会の解散を宣言し、フィーネル姫が最高権力者に祭り上げられた。


 革命からわずか三日後。


 サンテレーゼは立憲君主制から王政に変わり、異端討滅機構の直轄国家になったのだ。


 ──そしてこれを機に、半魔ジーク・トニトルスの名は世界中に知れ渡る。


 ・煉獄の神ヴェヌリスの神霊を討伐。


 ・第七死徒オルガ・クウェンの撃退。


 英雄と呼ぶにふさわしい功績に、多くの葬送官が、そして神が注目する。

 生まれた時から蔑まれて来た彼の偉業は多くの人々の知れ渡ることになり、吟遊詩人が歌を読むようになった。この歌は『半魔の英雄』として広まり、ジークは密かな人気と憧れを呼ぶのだが──


 それはまた、別のお話。



 ◆



 ──『不死の都』、某所。


「クフ、クッフフフフ、あー愉快、痛快! あの半魔の絶望した顔言ったら!」


 荘厳な城の中を歩きながら、オルガ・クウェンは哄笑した。

 戦いに勝利し、大切な者を救ったと思い込んでいるあの半魔の顔が忘れられない。笑いすぎて腹が痛くなったくらいだ。


 ──ざぁまみろ。この私に屈辱を与えた罰だ。


 ニチャァ、と口元を三日月にゆがめるクウェン。


「あぁ、次はどんな嫌がらせをしましょうか……♪」


 真正面から戦って勝てないことは分かっている。

 先の戦いで、不本意にも力の差が証明されてしまった。


 だが、力と力をぶつけ合うことが戦いではない。


 勝てないなら、心を削ろう。

 力が足りないなら、周りから削っていこう。


 彼が拠り所とするすべての者を消すことで、心を殺そう。

 周りが疑心暗鬼に陥るように丁寧に、彼が罪悪感を感じるほど徹底的に。


 孤独という地獄を、彼に与えてやる。

 それが、それこそが! オルガ・クウェンの復讐なのだから!


「あぁ、楽しみです、楽しみです……♪」


 それまで愉快に笑っていたクウェンは表情を曇らせた。


「冥王様にも、報告をしなければ……」


 自分の失態を晒すことにためらいはある。

 だがそれ以上に、半魔の危険性はクウェンが誰よりも分かっている。


 アイツは危険だ。

 出来るだけ早く殺さなければ、手が付けられない大物に成長してしまう。


 クウェンは気を引き締めて。大広間の扉を開けた。


 荘厳な大広間だ。

 他の使徒も全員揃っており、玉座の周りに佇んでいる。

 その中には、冥王配下の軍団長──冥界の神々の神霊もいた。


(……? 珍しいですね。神霊までいるとは)


 大勢の者達が見守る中、クウェンは足を進める。


 玉座の前で膝をつき、


「冥王様。第七死徒オルガ・クウェン。帰参しました」


「あぁ、ご苦労」


 甘美な声に、クウェンは震える。


 労われた。

 声をかけられた。


 その事実だけで、溺れるほどの陶酔に呑まれそうになる。

 クウェンがそれを制すると、玉座から再び声が響いた。


「貴様に与えた役割──失敗したようだな」


「……っ」


 やはり、既に知られている。

 クウェンはぐっと奥歯を噛みしめ、頷いた。


「はい。申し訳ありません……」


「きゃはッ、あんだけ大口叩いてたのにその程度なの? ダッサ。よく冥王様の前に顔を出せたわねぇ?」


「そう言ってやるな。『憤怒』の。こやつなりに必死だったんじゃろうて」


 嘲笑の声に、クウェンは耐えた。

 今に見ていろ。その座から引きずり降ろしてやる。


「わ、私が失敗したのは事実──ですが、この失態は必ず返上して見せます!」


「ほう、どのように?」


「はい。実は、今回の任務で発見したのですが──」


 その瞬間、灼熱がクウェンの胸を貫いた。


「が、ぁ」


 クウェンは驚愕に目を見開いた。

 胸を見る。蒼い刃が生えている。

 影を通り越して本体に届く刃。こんなことが出来るのは。


「だれ、だ……!?」


「カカッ! 誰だと聞いたか? 決まってンだろ」


 獅子のような、男だった。

 乱雑に切られた黒髪、月のように輝く黄金の瞳。


「貴様は……!?」


「オメェに代わる、新たな第七死徒、って奴だ」


「……っ」


「カカッ!」


 ──斬ッ!


 胸から左へ身体を裂かれ、クウェンは崩れ落ちた。

 縋りつくように、ルプスの足を掴む。

 動揺は既になく、悲嘆にくれる暇もなく。


(あぁ、そうか、()()()()()()()()()()()……!)

 

 ただ、彼の持つ知識が電撃的に繋がっていた。

 間違いなく致命傷。まもなく自分は死ぬ。

 笑いがこみあげてきた。


「ク、フフ、クフフフ……! 分かった。分かりましたよ……!」


 煮えたぎる憎悪を込めて、クウェンはルプスを睨みつけた。


「……あの、半魔は……! ()()()()()()の息子か……!」


 身体を再生する魔力を集める。

 やはり無駄だ。ジークとの戦いでほとんどの魔力は使い切っていた。


「冥王様……! こやつは……!」


「全て承知の上だ。オルガ・クウェン」


 玉座の冥王は、ひざ掛けに肘をつき、告げる。


「貴様の役割は終わった。安らかに眠れ」


「そん、な」


 クウェンは絶望した。

 これから楽しいことが待っていたはずだった。


 半魔を絶望させ、汚名を返上し、死徒の座を駆け上がるつもりだった。

 それが出来る陰湿さと狡猾さを持ち合わせているのは、自分だけだったのだ。


 それなのに──。


「この、私が、こんな、ところでぇぇえエエエエエエエエエエエエエ!!」


 蒼い炎を燃え上がらせ、クウェンの意識は消失した。

 聞くに堪えない絶叫が、残響のように木霊する──。


 ◆


「さて、紹介しよう」


 冥王はルプスを差し、


「これより、我が死徒の末席に連なる男──ルプスだ」


「カカッ! まーそういうことった。よろしくな」


 死徒全員の刺すような視線が、

 軍団長たちの興味深げな視線が突き刺さる。


「冥王様、本気っすか? よりにもよって、こいつを死徒に?」


「本気だ」


「だってこいつ……」


「悪魔となった以上、前世の事は他言無用。それが私たちの不文律だ。分かるな……?」


「……了解です」


 ぐっと奥歯を噛み、第六死徒は憎々しげにルプスを睨む。


【キヒ、キヒヒヒッ! いいぜ、いいな、面白れぇことになってきやがった!】


【冥王が、どんな私兵を抱え込もうと自由……私たちは……関知、しない……】


【それにしてもでしょ。意外や意外、これは天界も予想外じゃないかしら、かしら?】


【…………】


 好き勝手に騒ぐ軍団長たち。

 そんな彼らの視線を一顧だにせず、ルプスは鼻を鳴らす。


 そして、彼らをまとめる冥王は。


「静まれ」


 一言。


 そのたった一言で、広間に居る全ての者が黙り込んだ。


「元第七死徒オルガ・クウェンの計画と報告は、既に他の者から受けている。サンテレーゼ王国……小国ながら、良い葬送官が揃っているようだな。先の作戦で第六軍団長ヴェヌリスも敗れた場所だ。ある程度、議論をする価値はあろう。サンテレーゼに現れた──半魔について」


 半魔、の一言でルプスの片眉が動いた。

 だが、それだけだ。

 その反応を示したのは、彼だけではなかった。


「半魔、ですかな。それはまことなのですか?」


「無論。裏付けも取ってある」


「悪魔は冥界に属する……現世に身を置く人間と、子供は生まれないはずでは?」


「それについては……軍団長たちの見解を聞こう」


 冥王が話を振ると、神霊たちは見解を述べた。


【ありえない……ことは……ありえない。()()()が、関わっているなら……あり得る】


【そうね、そうよ。あの爺が関わってるなら、どんな事もあり得るわよ。間違いない。間違いないわ?】


【キヒヒっ! 愚問って奴だな!】


 高笑いを上げたヴェヌリスに、冥王は鋭い視線を向ける。


「そういえば、お前はサンテレーゼで半魔に負けたらしいな。なにか、言うことはないか?」


 ヴェヌリスは笑みを消し、


()()()


 と、真っ向から視線をぶつける。


【特に報告するようなことはないぜ。しいて言えば、強いってことぐらいか?】


「ほう?」


【今頃もっと強くなってるだろうぜ、キヒヒヒッ!】


「……まぁよかろう」


 冥王はため息をついた。


「どのみち、我らがやることは変わらん。人類の殲滅──これを最終目標と心得よ」


『はッ』


「オルガ・クウェンは我らの中でも最弱だった。今は大事な作戦が控えている。とりあえず、件の半魔は放置でいいが……もしも遭遇することがあれば生かして捕らえよ。決して殺してはならん。これは命令だ」


「殺す以外は何でもしていいんすか?」


「言葉を話せる頭が残されているならば」


「了解っす」


 ニヤァ、と第六死徒が嗤った。


(クウェンっちの性格は最悪だったけど~、あーしのダチだったんすよね)


 許してなるものか、と第六死徒は思う。

 今の作戦が終われば何としても探し出し、いたぶってから殺してやる。

 そして新たな第七死徒となったルプス──この男も、決して許しはしない。



【キヒッ】


 一方、ヴェヌリスは笑いがこみあげて止まらなかった。


 半魔、半魔だ。

 不死の都で話題に出るほど、奴は表舞台に上がってきたのだ。


(あぁ、たまんねぇなぁ! 早く来い、来いよ、ジーク・トニトルス!)


 きっと以前より比べ物にならない力を得ているだろう。

 神霊体であるヴェヌリスよりも、オルガ・クウェンは強かった。


 だが、まだだ。

 まだこのヴェヌリス本体とやり合うには足りない。


(もっと、もっとだ。もっと成長しろ。苦難を乗り越えろ。修羅場を潜り抜けろ。どこまでも!)


 その時こそ──


(決着の時だ、ジーク!)


【キヒッ、キヒハハハハハ、キッヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!】


 高らかに笑うヴェヌリスに、軍団長は肩を竦める。

 死徒は付き合い切れないと姿を消し、冥王は興味深げに彼を見る。


 離れた位置から、ルプスは冥王の軍勢を見ていた。


 何も言わず、ただ、じぃっと。





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