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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第二十一話 エピローグ

 

「テレサ殿……あなたが、何かしたのか」


「何のことだい?」


「とぼけるな。リリアのことだ! あの子は」


「死んだって?」


「……っ」


 冷たく言ったテレサの言葉に、ジークは唇を噛みしめた。

 オリヴィアは顔を歪め、


「それが分かっているなら、一体どうして」


「うるさいよあんた。ここは病室だ」


 正論を告げられ、オリヴィアは黙った。


 テレサはため息を吐き、パチン、と指を鳴らす。


「ちょっと場所を変えようかね」


 その瞬間、景色が切り替わった。


 見慣れた、ジークたちが過ごした家だ。

 冷めてしまったスープが鍋の中にあって、リリアが準備したのだろうと思われた。


「リリア……」


 オリヴィアが呟く。

 テレサは二人に座るように促し、自らも酒を手に取った。


「それで、どういうことなのだ。テレサ殿。あなたは一体何をした?」


「リリアの身体を亜空間に封じ込めた。時が止まった場所にね」


「……もしかして、助かるんですか?」


 ジークは一縷の望みを抱いて問う。

 テレサの口ぶりは、リリアの生存をうかがわせるものだった。


 彼女は頷く。


「可能性はある」


「馬鹿な」


 オリヴィアが吐き捨てた。


「古今東西、悪魔以外に死者が蘇った例はない。そんな加護はどこにも存在しないんだ!」


 無駄な希望を持たせるなと、オリヴィアは叫んだ。

 彼女の拳はぷるぷると震えていた。


「……あぁ、ないよ。死んだ人間を生き返らせる方法はね。けどリリアは本当に死んでいたのかい?」


「心臓を潰されていたのだ。鼓動も聞こえなかった。死んでいたに決まって


「決まってない。心臓が潰されても脳が死んでいなかったら、まだ可能性はある。針の穴より細い可能性がね」


 新世界における人間の『死』とは、生体機能を完全に止めた身体に魂が反応し、冥界へ旅立つことだと定義されている。悪魔化は魂が冥界へ向かう理を死の神オルクトヴィアスが歪め、悪魔として地上に復活させることを指す。だが、生体機能の完全停止がどこで判断されるのか、それは未だ解明されていない。仮死状態や、身体が動かせない植物状態を『死』とは呼ばない。


 リリアは完全な悪魔化もなさず、魂が葬魂されたわけでもない。

 だから可能性があるのだと、テレサは語った。


「…………」


 しばし、沈黙が室内を支配した。

 がたん、とテレサが酒瓶を置く音が、嫌に響いた。


「…………僕は、信じたいです」


 特級葬送官二人の知識はジークをはるかに凌ぐ。そしてオリヴィアよりテレサの方が年の功がある。オリヴィアよりも、ジークはテレサを信じたかった。


 リリアが助かると、信じたかった。


「……悪魔化が進行していたのだ。魂は既に肉体から離れている。例え、心臓を一瞬で再生したとしても、リリアは……」


「そこだよ。そこだけが、唯一の望みだ」


「何をすればいいんですか」


 ちらりと、自分に向いた目をジークは見逃さない。

 ジークは自分にできる事なら何でもやるつもりだった。


 テレサは真剣な表情で、


「迎えに行くのさ。リリアの魂を」


「……え?」


「本来、死した全ての魂が行き着く場所……今はその役割を放棄した、冥界に」


「ふざけるなッ!!」


 ダンッ! と勢いよく机をたたき。オリヴィアが立ち上がる。


「冥界は闇の神々の本拠地だ。暗黒大陸以上に危険な場所だぞ! そんなところにジークを行かせるというのか!?」


「それしかリリアを救う道はないよ」


「敵は闇の神々だけじゃない。冥界の怪物や、恐ろしい魔獣もいるかもしれないんだぞ!?」


「全て承知の上だ。だからこそ聞いている」


 テレサはまっすぐジークを見据え、


「ジーク。おのれの全てを賭してでも、リリアを助けたいかい?」


「助けたいです」


 ジークは即答した。


 冥界。

 終末戦争以前、死者の魂が集まっていた場所。

 冥界の神々が反逆した今となっては、その機能は天界に代られており、冥王率いる軍団長や、煉獄の神ヴェヌリスをはじめとした神々がいる魔境。


 生きて帰ってこれるかどうか分からないけれど。


「僕は、リリアが好きだから」


 その気持ちだけは、嘘をつけないから。

 胸の中で燦然と輝く、リリアとの思い出はかけがえのないものだから。


「……そうかい」


 テレサはフ、と頬を緩める。


「でも、冥界に行くことなんて出来るんですか?」


「出来る。冥界の入り口があるからね。ま、普段は立ち入りが禁止されている場所だけど」


 どうやら、冥界の神々が地上に現れる際に使った次元の穴が残されているらしい。それは天界も同様で、その入り口は異端討滅機構(ユニオン)が厳重に管理しているのだとか。


 リリアの魂は葬魂されたわけでも、完全に悪魔化したわけでもない。

 身体だけが亜空間に閉じ込められている。

 だから、行き場を失った魂は冥界の『ある場所』に行っているはずだとテレサは語る。


「場所が分かっているなら、すぐにでも行けるんですね」


 ジークが身を乗り出すと、


「やはり、私は反対だ」


 オリヴィアが射殺すような目で立ち上がった。


「……オリヴィアさん」


「例えリリアの魂が冥界にあるのだとしても、死徒を倒せるような戦力をむざむざ冥界にやるわけにはいかん」


「そんな……あなたの妹が、助かるかもしれないんですよ!」


「例え、それでも!」


 オリヴィアは叫んだ。


「たった一人の命と、大勢の命が助かる可能性を考えれば、お前を行かせるわけにはいかんのだ!」


 ジークはカッとなって、


「この分からず屋! 本当は助けてほしいんでしょう? リリアに会いたいんでしょう? 素直にそういえばいいじゃないですか!」


「私は葬送官(そうさかん)だ。そしてお前も葬送官だ。人類の為に、お前は死なせない!」


「嫌です。絶対に嫌です。例え誰が止めても、僕はリリアを助けに行く!」


「ならば私を倒して見ろーー!」


 轟ッ! と家の中に突風が吹き荒れた。

 目にもとまらぬ速さでオリヴィアの手がジークに迫る。


 風の神の加護をフル駆動させ、空気摩擦を極限まで殺した神速の踏み込み。

 オリヴィアを特級葬送官たらしめたのは、この繊細なまでの陽力コントロールがあってこそ。


(分かれ、ジーク! リリアは死んだんだ……!)


 オリヴィアの手はジークを捉えた。

 ジリ、と紫電が迸った。


()()()()()


「…………ッ!?」


 オリヴィアは驚愕する。

 捉えたと思ったジークの姿が消え、背後に気配が現れたからだ。


(馬鹿な……! いつの間に!?)


 首筋に手刀が押し付けられる。


「リリアは生きている。まだ死んでないんだ」


「……」


「針の穴ほど可能性が低くても、まだ芽があるうちから諦めたくないんです」


「……例え、それでお前が死んでもか」


「僕は死にません。冥界に行って、死ぬのが僕の運命だと言うのなら……」


 ジークは一拍置いて、


「そんな運命、僕がぶっ壊してやる」


 オリヴィアは瞠目する。


 初対面でおどおどして自信がなかった彼はどこにも居なかった。

 そこに居たのは、男だ。


 愛する女を救わんがため、運命を超克しようとする男がそこに居た。


(お前は、いつの間にこんなに強く……)


 もはやオリヴィアとジークの間に、それほど実力差はない。

 あるとすれば経験の差でーーそれもすぐに、埋められてしまうのだろう。


「…………分かった。もう何も言わん」


 オリヴィアは深く長い息を吐き、頭を抑えて座り込んだ。

 ジークはほっと胸を撫でおろし、元の席に座りなおす。


 テレサは二人に見えないように俯き、目頭を押さえた。


(……大きくなったね、ジーク)


 彼女は感傷を振り払うように咳払いし、


「話は決まりだ。と、言いたいところだけどね」


 パチン、とテレサは再び指を鳴らす。

 次の瞬間、ジークの真下にあった影が割れて、ルージュが引っ張り出された。


「わ!?」


「ルージュ!? ちょ、テレサ師匠ストップ!」


 テレサの剣呑な気配を感じてジークは慌てて二人の間に割って入る。

「いたた……」と頭を抱えたルージュと、妹を庇うジークをテレサは交互に見た。


 鋭く尖った耳、血のように赤い瞳、土気色の肌。

 ジークと違う、どこからどう見ても悪魔の姿がそこにあった。


「なんだい、こいつは?」


「えっと実は……」


 ジークはルージュの事を手短に話した。

 オリヴィアは警戒したように聖杖機に手を伸ばし、テレサは頭が痛そうに額を押さえる。


「あんた……次から次へと問題を起こして」


「ぼ、僕が起こしたわけじゃないし。ミドフォードとかがやったことだし……」


「やかましい」


「いだッ」


 がん、と殴られ、ジークは涙目になる。


「殴らなくてもいいじゃないですかぁ」


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ。あんた、その子を抱えることがどんなリスクか分かってるのかい?」


「オリヴィアさんに聞きました。それでも、この子は僕の妹です」


「……あんた」


 テレサがぐっと言葉を呑みこむ。

 ジークは言った。


「誰が、何と言おうと……例え人類を敵に回そうと、僕は彼女を守ります」


「お兄ちゃん……」


 ルージュは感動したようにつぶやいた。

 そう思ったジークだが、


「それ、惚れた女の子に言うセリフだからね?」


「ほえ?」


 ルージュはなぜかジト目で、


「誰彼構わずそんな事言うの、やめた方がいいと思うな」


「いや、こんな事言うの、ルージュだけだけど?」


「……っ、そういうとこだよ! もう、馬鹿おにいちゃん!」


 おかしい。僕は何も悪くないはずなのに。

 耳を真っ赤にして怒ったルージュにジークは首をひねった。


「アタシらは何を見せられてるんだろうね……」


「ジーク……いくらお前でも二股は許さんぞ」


 オリヴィアとテレサにも怒られた。

 しゅん、と肩を落とすジークに、テレサは咳払い。


「……まぁ、あんたがそこまで言うならいいさ」


「テレサ殿、しかし」


「この子はなんか違うと、アタシは思う。あんたは実際に見てどうだい? 他のエルダーと同じように、負の魔力を感じるかい?」


「……それは、感じないが」


 通常、悪魔の上位存在であるエルダーは冥界と魔力的につながっているものらしい。死の神の眷属である彼らは、死の神と契約している冥王に絶対服従なのだとか。


 ルージュには、それがない。


「この子はなんか違う……それが何かは分からないけどね。どのみち、こうなったジークは周りの話なんか聞きゃしないよ」


「……」


「ただし、自分の身は自分で守りな。襲われてもアタシは助けられないからね」


「ルージュはそんなことしませんよ。絶対に」


「その子が人類を襲おうとしたら、あんたが責任もって葬魂するんだよ」


「そんな事……」


 ジークは反論しようとして、やめる。

 テレサの目はあまりに真剣だった。


「むぅ……分かりました」


 さすがに出会ったばかりの彼女らにルージュを信用しろという方が無理な話か。

 姿を現して街に出入りするのも禁止された。本当は、彼女に陽の下を歩かせてあげたかったけれど。


「ごめん、ルージュ」


「謝ることないよ。むしろこんな怪しい悪魔を受け入れるお兄ちゃんがおかしいんだよ。変態だよ」


「あれ、なんか僕けなされてる?」


「あたしは……世界中の誰に嫌われても、お兄ちゃんが居てくれるならそれでいいよ」


 気持ちの籠った言葉に、ジークは「うん」と頷いた。

 ルージュの頭を撫でてあげると、彼女は「えへへ」と喜んでくれた。


「出発は明朝にしな。ジーク」


 テレサが言った。


「それまでに傷を癒しな。あたしの陽力もそうは持たない。出来るだけ早く済ませておくれ」


 分かりました、と返してその場は解散となった。

 オリヴィアは最後まで複雑そうな顔をしていたが、最後には折れてくれた。


 ジークはぎゅっと拳を握り、窓の外を見上げる。

 暗い雲の中から薄ぼんやりと光る月光が、世界を照らしていた。


 ーー待っててね、リリア。


 ーー必ず君を迎えに行くから。


 ーーまた一緒に暮らそうね。また、街に遊びに出かけようよ。



 針の穴より細い希望でも、掴み取って見せる。

 リリアは友達で、恋人で、家族で、大切な人だから。



 だから、



「僕は絶対に、諦めない」










 第二章 覚醒 完


 次章 飛躍








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