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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第二十一話 旅立ちを告げる

 

 王都は歓声に包まれていた。


 未曾有の大災害。

 犠牲者総数数十万人、美しかった都市の街並みは瓦礫の山へと変わり、悪魔となって都市から逃げた者達も多数いる。

 怒りと悲しみが蔓延する中、それでも束の間の勝利に人々は酔いしれた。


 英雄の名を、声高く叫んでいた。


 その、影で。


「ハァ、ハァ……クソ、あの、半魔……ジーク・トニトルスッ!」


 葬送官たちから隠れながら、第七死徒オルガ・クウェンは毒づいた。

 最後の超火力の攻撃でーーかろうじて本体を逃がしていたのだ。


 とはいえ、ジークの力はすさまじかった。

 下級悪魔にも劣る、瀕死の状態だ。


 もし今、誰かに見つかり、祈祷を唱えられれば一瞬で葬魂されてしまう。

 そうなる前に『不死の都』に戻り、あの半魔の事を報告しなければ。


「あの刃は冥王様に届きうる……危険だ。ハァ。ハァ……」


 しかし、だ。

 クウェンにも、死徒としての矜持というものがある。

 たかが半魔にやられ、おめおめと引き下がるようでは冥王から叱責を受けるだろう。


 ーーせめて、一泡ふかしてやらねば気が済まない。


 クウェンは考える。


 半魔の大事にするもの。

 どうすれば彼が嫌がるのか、泣き叫ぶのか。絶望するのか。


「……そうか。その手がありましたねぇ……」


 ニチャァ、とクウェンが嗤った。



 ◆



 消毒液の匂いが満ちている。

 たくさんの呻き声と苦しむ声が響く診療室の一室。


 リリアはそこにいた。


「ハァ、ハァ……く……」


「ほんっとに無茶をしたわね、ローリンズ」


 呆れ声の治癒術師はコルデール・マチルダ。

 元特級葬送官の彼女の言葉に、リリアは苦笑をこぼす。


「そうしないと、ジークが、死んでました、から」


「やりすぎだって言ってるの。加護の源である陽力は生命力にも等しい。虜囚になって衰弱していた身で陽力を使い切ったら、死んでもおかしくないのよ」


 リリアは薄く微笑んだ。


 それが分かっていてもリリアは同じことをしただろう。

 ジークの力になれるのなら、こんな負傷は安いものだ。


 コルデールは呆れたように溜息をついた。


「……一週間、絶対安静よ。葬送官に復帰するには一か月くらいかかるわ」


「分かりました。ありがとうございます」


「仕事だからね」


 ひらひらと手を振って、コルデールは去って行った。

 リリアはしばらく彼女が消えた扉を見つめ、そっと窓の外に目をやる。


「……ジーク」


 彼がここに運び込まれたと、彼女は言わなかった。

 リリアよりも彼の方が重傷なはずだが、ジークは治癒術を受けなくてもある程度傷が治る。重傷患者が多い診療院では、後回しにせざるをえないのだろう。


「会いたいな……」


 お疲れ様、とねぎらってあげたかった。

 勝ったね、と一緒に喜びたかった。


 最後の最後、ルージュらしき姿が見えた。

 彼女のことも話したい。生きていたのだろうか。

 二人で寄り添っているように見えた。もしかしたら自我が戻ったのかもしれない。


 もしそうなら、これからの暮らしの事について考えなければ。


 ーー冥界の第六軍団長、煉獄の神ヴェヌリスの撃退。


 ーー冥王配下の第七死徒、オルガ・クウェンの討伐。


 もはや、異端討滅機構(ユニオン)もジークを放置できない。

 間違いなく、彼はこれから英雄へ祀り上げられるはずだ。


 それがなくても、前線に配置換えになるのは間違いない。


「それでも、二人で……」


 幸せな二人の暮らしを思い出し、リリアは頬を染めた。

 葬送官(そうさかん)としての戦いは厳しいけれど、きっと二人なら乗り越えていける。


 そうしたら、二人の子供を作ったりーー。


「って、まだ気が早いですよ! 何を言ってるんですかわたしは!」


 自分で自分に突っ込むリリアに患者仲間はギョっと目を見開いた。

 すいません、と軽く一礼して、リリアは息をつく。


 心に広がる、じんわりとした温もりにリリアは目を閉じる。


 ーー何があっても、わたしはあなたの味方ですからね、ジーク。


 ーー絶対に、あなたを支えて見せるから。


「もっと強くならないと」


 権能武装を習得したジークはリリアよりも葬送官の高みに居る。

 彼の隣にいるためにも、強くならなければ話にならない。


「よし、がんばろうっ、ファイトです、わたし!」


 ぐっと、リリアは拳を握った。

 周りの患者仲間が微笑ましそうな目で彼女を見ていた。


 ぬぅ、と。影が、伸びていた。



 ◆




「どうして隠れる必要があるのさ?」


『いや、普通隠れるでしょ。馬鹿なのお兄ちゃん?』


 崩壊した通りを歩くジークの耳に、呆れた声が届く。

 そうかな、と首を傾げると、葬送官の一人が肩を叩いてきた。


「よ、お疲れ。お前、すげぇな」


「あ、はい。ありがとうございます……?」


 見知らぬ葬送官だ。

 呆然とその背中を見送っていると、次々と葬送官たちが声をかけてきた。


 そのほとんどが賞賛やねぎらいの言葉だ。

 煉獄の神ヴェヌリスの撃退や死徒の葬魂を経て、彼らはついにジークを受け入れ始めたのである。今や、ミドフォード殺しの濡れ衣は完全に払拭されていた。


「なんか、慣れないな……」


「皆に認められたのだ、シャンとしていればいい」


「あ、オリヴィアさん。無事だったんですね。良かった」


 お前もな、と微笑んだオリヴィアはジークの頭に手を置いた。


「よくやった。よくぞあの場で権能武装を完成させた」


「あはは。まぁ避けられちゃいましたけどね」


 正確には命中した上で身代わりを立てられたのだ。

 そういう防ぎ方もあるなんて、予想もしていなかった。


「それでもだ。お前が居なければ国が滅んでいた。私はお前を誇りに思う」


 ジークは胸が熱くなった。

 こぼれる涙を隠すように瞼をぬぐうと、オリヴィアは「ところで」と表情を変える。


「最後の最後、お前のそばに誰かが居たようだが」


 ギクッ!


「その誰かは、悪魔のように見えたのだが」


 ギクギクッ!


「さ、さぁ。オリヴィアさんの気のせいじゃないですか?」


 視線を逸らして口笛を吹くジーク。

 すると、また声が聞こえた。


『お兄ちゃん、嘘が下手すぎるでしょ……』


(う、うるさいよ!)


 オリヴィアは悲しそうな顔をした。


「ジーク。私がそんなに信用できないか……?」


「え、ぁ、それは違くて。え~~~っと~」


 ジークはため息をついた。元より隠す意味などない。

 歩きながら話しましょう、とオリヴィアを促した。


「実は……」


 ジークは国立悪魔研究所であったことを話した。

 話しているうちに彼女は眉を顰めたり、頭が痛そうに額をおさえたりした。


「お前は……呆れるほどお人好しだな」


「そうですかね……」


「罪のない命を救おうとするのは美徳だが……過ぎれば毒となる。あくまで彼らは無関係なのだぞ」


「無関係なんかじゃないですよ。たぶん、あの子たちは……」


 ジークは首を振り、


「それより……ルージュの事なんですけど」


「あぁ。……本当に居るのか?」


「今は、僕の影に隠れてます」


『えへへ。お兄ちゃんと一つになるってこんな感じなんだね。これが禁断の愛ってやつ?』


(誤解を招くようなこと言わないでよ!?)


 そう、吸血鬼の悪魔となり、自我を取り戻したルージュはジークの陰に潜んでいるのだ。自我を取り戻した悪魔はエルダーと呼ばれているが、エルダーは冥王の配下。いつ人類に牙を剥くか分からない存在を匿うことは葬送官にとって重罪である。


 オリヴィアの声も硬かった。


「その子が人類を傷つけない保証は」


「ありません」


「エルダーだぞ。分かっているのか?」


「この子は他の子とは違います。一緒に死徒を倒したんです」


「大切な者がエルダーになった時、誰もが同じことを言う。この人だけは特別だと。例外は認められない」


「……それでも」


 決めたのだ。今度こそ守ると。

 決めたのだ。彼女のそばにいると。


 兄として、同じ半魔だった者として。

 ジークだけは、世界中の誰が敵になっても彼女の味方でいると。


「彼女を傷つけるなら、僕はこの都市を離れます」


「リリアはどうする」


「リリアも……連れて行きます。彼女なら分かってくれるはずです」


「……」


 オリヴィアはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。


「半魔であるお前とは話が違うのだぞ……それでも、と言うのだな」


「はい」


「……分かった。ひとまずこの話はあとにしよう。すぐに片付く問題でもなさそうだ」


 そう言ってオリヴィアは歩き出す。

 ジークも後に続いた。


 やはり、オリヴィアの反応が普通なのだろう。

 ルージュの、影に隠れておくという判断は正しかったようである。


『それにしても、よかったの、お兄ちゃん。姫に内緒であんなこと言って』


(大丈夫だよ。リリアなら分かってくれるから。ていうか姫って)


『姫は姫だよ。けど、そっか。なんか羨ましいな。信頼しあってるって感じで』


(そりゃぁ……うん。僕の大切な人ですから)


『むぅ。こういうの、ノロケって言うんでしょ? あたし、知ってるんだからね』


 不満と喜びが入り混じったようなルージュの言葉にジークは苦笑い。

 ありがとね、という声は、小さすぎて聞こえなかった。


 そんなやり取りをして、目的地に到着する。

 オリヴィアと言葉を交わさず辿り着いたのは、怪我人が集められた治療院だ。


「ここにリリアが居るんですよね」


「そうだ。陽力の使い過ぎだから、大事はないという話だがな」


 どうやら聖杖機(アンク)で連絡を受けていたらしい。

 診療所にいると思っていたジークはホっと息をついた。


 診療所の中に入ると、住民たちは歓呼の声を上げてジークを迎えてくれた。


「よう兄ちゃん、カッコよかったぜ!」


「助けてくれてありがとー!」


「あぁ、神よ。罪深き我らをお許しください……」


 死徒を討伐する前はジークを責めていた彼らも、誤解が解けたらこの変わりようである。

 ジークは喜んでいいやら呆れていいやら分からず、曖昧な笑みを返した。


(早く、リリアに会いたい)


 慣れない視線ばかり受けているせいで、そんなことを思う。

 自然と足は早くなり、ジークはリリアが居るという病室に駆け込んだ。


「リリア!」


「あ、ジーク!」


 ベッドの上に、リリアはいた。

 こちらを見て、満開の花が咲いたように微笑むリリア。


 いつも通りの彼女に、ジークは自然と頬がほころぶのを感じた。


「無事でよかった」


「はい。ジークも」


 二人はしばし、見つめ合った。

 周りの目がなければすぐに抱きしめていたところだ。

 だが、リリアには関係がなかった。


「わ!?」


 ばふ、とリリアがジークの頭を抱き込んだ。

 豊かな胸に顔をうずめられ、ジークは「ちょ!?」と慌てて、


「え、えっと、リリア!? その、ここではさすがに……!」


「本当に良かった……わたし、心配したんですから」


「……うん」


「帰ったら、うんと甘えさせてもらいますからね」


「え、えっと、うん。お手柔らかに……」


 ジークはリリアの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

 ずっとこうしていたくなるような心地よさを、何とか引き離した。


 周りの生暖かい視線を振り払うように咳払いし、


「ねぇリリア。聞いてよ。実はルージュがさーー」


「ごふ」




 彼女の胸から、黒い刃が飛び出した。




「え?」


 頭が真っ白になった。

 血を吐き、左胸を貫かれたリリアがゆっくりと倒れていく。


 ばたん、と。


 血だまりが、足元まで広がってきた。


「り、りあ?」


『ーーお兄ちゃん、早く止血を! 急いで!』


 ハッ、とジークは動き出す。

 慌ててリリアに駆け寄り、抱き起した。


「リリア、リリア、しっかりしてッ!」


 ーークッフフフフ。半魔よ、私からの置き土産です。


「……っ、オルガ・クウェン……!? 死んでなかったのか!?」


 ーー今はこれで留飲を下げておきましょう。では、ごきげんよう。


 クウェンの声が消えた。

 濃密な死の匂いが、入院患者たちに伝播する。


「お、おい。そいつ、死んでるんじゃ」


「し、死んでない、死んでないよ!」


 慌てて聖杖機(アンク)を構えた怪我人の葬送官に、ジークは叫び返した。

 彼女の胸に耳を当てる。とくん、とくん、と心臓の音が


「聞こえない」


 嘘だ。


 嘘だ。


 嘘だ。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!


「こんなの、あんまりだよ、ねぇ、リリア。起きてよ、リリアぁ……!」


「ーーリリアッ!」


 オリヴィアが飛び込んできた。


「たすけて、誰か、リリアをたすけて……」


 弱々しく助けを求めるジークに、オリヴィアは絶句する。

 全身が血に濡れ、左胸を一突きにされて死んでいる妹の姿。


 幾度も感じた、濃厚な死の気配が現実を突きつけていた。


 ーーリリアは、死んでいた。


「…………………………………………ッ」


 激しい葛藤が、一瞬のうちに彼女の中に渦巻いた。

 笑った顔が、怒った顔が、泣いた顔が、愛する妹の姿が脳裏を駆け巡る。


 オリヴィアは血が出るほど奥歯を噛みしめて、涙をこぼして、首を振り、


 前を向いた時、彼女は冷徹な葬送官になった。


「どけ、ジーク」


「……なに、するんですか」


「今すぐリリアを葬魂する。そこをどけっ!」


「いやです!」


「馬鹿者がッ!」


 刹那、オリヴィアがジークを蹴り飛ばした。


「あぐッ」


「せめて、せめて人のまま死なせる。それが姉としての務めだ……!」


「やめてください! リリアは、リリアはまだ生きて」


 ジークはオリヴィアを羽交い絞めにした。

 葬魂しようとする彼女の口を塞ぎ、泣きわめいて必死に助けを叫ぶ。


 ドクン、とリリアの身体が脈打った。


 周りの空気が一変する。

 濃厚な瘴気がリリアを取り巻く。だんだんと肌が白くなり、悪魔誕生の兆しが現れた。


「いやだ」


 ジークは声を漏らした。

 全てがスローモーションで動いていた。


 誰か知らない男たちに抑え込まれた。

 数人がかりで抑え込まれたジークは動けない。


 オリヴィアは涙を流して祈祷を口にする。


「いやだ、やめて、やめてよ。お願いだから、オリヴィアさんッ!」


「『死は生への旅立ち(ペレモルス)終わりは新たな(フェネティア)始まりとならん(・リリム)』」



「やめろぉおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーー!」



 世界が真っ白に染めあがった。

 ジークの手は届かない。命は消えた。リリアは葬魂されたのだ。


 彼女の魂が、天に消えて。


 光が晴れた時、リリアはどこにも居なかった。


「…………りり、あ?」


 周囲にざわめきが戻ってきた。

 見れば、祈祷を唱えたオリヴィアでさえ動揺していた。


「何だ……何が起こった」


 悪魔と違い、葬魂された肉体は現世に残るはずだ。

 それなのに、リリアの姿はどこにもない。


 一体、何が。


「ーー久しぶりに帰ったと思ったら、ずいぶん酷い事になってるもんだ」


 声が、聞こえた。



「全く。リリアまでやられるなんてね……ギリギリ間に合ってよかったよ」



 ハッと振り返る。

 室内の視線が一点に集中する。


「なんて情けない面してんだ。それでもあたしの弟子かい?」


 自信に満ちた表情、得意げに張った胸、剛毅な性格を体現した、その人は。


「テレサ、師匠……?」


 特級葬送官テレサ・シンケライザ。

 ジークを拾った恩人が、そこにいた。




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