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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第二十話 英雄、覚醒

 

(権能武装って……僕に、出来るかな)


 心臓が締め付けられる。

 緊張と不安と疲労で頭が割れそうに痛かった。


(アステシア様……)


 心の中で女神に問う。

 けれど彼女は応えない。


 当然だ。

 こういう時に自分がどうするかを、彼女は心待ちにしているのだから。


 思わず俯いていると、オリヴィアはジークの肩に手を置いた。


「死ぬ気で完成させろ。お前ならやれるはずだ」


 オリヴィアは「出来るか」と訊かなかった。

 出来ると、断言した。それが彼女の信頼の証だ。


 心に、火が付いた。


「…………ッ」


(不安がっている場合か、僕ッ)


 やらなければならない。

 何が何でもやるのだ。


 ーー不可能を可能にしろ。

 ーー運命をぶっ壊せ。



 今ここで、ルージュたちの仇を討つーー!



「……分かりました」


 ジークは目を閉じた。


 空気が変わる。肌がピりつく。

 ジークを中心に、得体の知れないオーラが渦巻いていく。


 その変化に、死徒は敏感だ。


「何をするつもりか知りませんが、私がそれをさせるとでもーー!」


 影の攻撃が爆発する。


「『影の舞踏(シャドウエルテシア)大道化会イングラティ』」


 広範囲に広がる影が、葬送官たちを襲う。

 数千人の葬送官と接触し、影から吸われた陽力が死徒に流れ込んだ。


「……っ、直接影に触れるな! 陽力を吸われるぞ!」


 死徒は容赦しない。


「このまま滅びなさい、人類ーー!」


 葬送官たちから吸った力を死喰鳥に注ぎ込み、極大の光線が放たれた。

 ダーモンドが防ぐ。崩された。

 オリヴィアの風、無理だ。避け切れない。


 リリアが吠えた。


「ジークは、わたしが守る!!」


「……ッ!?」


 氷柱が天に打ちあがった。


 死喰鳥(アズラ・イル)めがけて放たれたそれは嘴を貫き、光線の方向をずらす。

 さらに、貫かれた個所からどんどん身体が凍り、クウェンは舌打ちして対処。


「面倒な……!」


 影によって嘴を切断したクウェンは、すかさず影と同期して回復させる。

 なんとか攻撃を凌いだ。が、


「あとは、頼みました……ジーク」


「リリアッ!」


 ぱたん、と地面に倒れ伏した彼女を、オリヴィアが安全な所へ運ぶ。


 ーーうん、任せて。


 声なき声で相棒に応え、ジークは集中を深める。


 聖杖機(アンク)がない今だからこそ、権能武装の扉が目の前に見えていた。


 荘厳な扉のイメージが脳裏に浮かぶ。


 ーー大事なのは。神の力を神の力なしで再現すること。


(感じろ。風の向きを。力の流れを。相手の感情を、目の前にある世界を)


 心の目で、見る。

 これまでの戦闘で得られた攻撃、防御、回避のパターン。

 あらゆる情報を感覚で処理し、分析し、予測する。


(力を集めるのは聖杖機じゃない。眼だ。アステシア様の、夜色の瞳を思い出せ)


 以前に失敗した時、ジークは陽力を聖杖機に集めていた。

 でも違う。それじゃあダメなのだ。


 先見の加護は未来を視る権能。

 力を集めるべきは陽力を放出する聖杖機ではなく、眼、

 故に、ジークの権能武装に聖杖機は必要ない。


 ーー己の内に集めた力を、一点に集中する。


 ギンッ! とジークの瞳が赤く煌めいた。


「…………ッ!」


 魂が燃え立つ。

 頭が溶けそうなほど沸騰していた。


 自分という存在が世界と一緒になって。

 世界という存在が自分と一緒になって。



 ーー僕は世界だ。


 ーー世界は僕だ。



 信じろ。女神を。

 信じろ。仲間を。

 信じろ。自分を。



 今、ここでやるんだ。

 証明しろ。僕は、ここに居るんだって!



 手のひらにゼレオティールの力を集める。


 ありったけを。

 ありったけを。

 全部を絞り出すように、



 ーーイメージの扉が、ギィ、と音を立てて開いていく。



「其は識る叡智の記憶。標せ」


「……っ、まずいーー!」


 雷撃を、ぶっ放す。


「権能武装『超越者の魔眼インフィニティ・ジ・アーク』ッ!!」


 視界が暗転した。

 扉の向こう側、ジークを起点に光の道が浮かび上がり、道は四方八方に伸びていく。


 それは、ありとあらゆる世界の分岐。

 今、ここから派生するありえるかもしれない未来。


 ジークは己の心が囁く道を選び取った。

 他のあらゆる道は消滅し、選んだ未来が現実世界に索引、反映する。


「…………………………ッ!」


 意識が現実に戻った。

 クウェンが雷撃を避けようとしている様が、視界に映った。


 このままでは避けられる。


 が、ちょうどその時。


「なッ!?」


 ぐらりと、戦いの余波で城の尖塔が崩れ落ち、クウェンに襲い掛かる。

 勝機を見たオリヴィアが風で誘導し、ダーモンドの土槍が逃げ道を塞ぐ。


 そしてーー。



「ーーーーーーーーッ!」



 死喰鳥(アズラ・イル)が、クウェンが断末魔の声を上げた。


「ぐぁああああああああああああああああ!」


 クウェンの肌が蒸発する、影が呑みこまれ、髪の毛一本に至るまで消し飛んだ。

 オリヴィアは拳を握り、ダーモンドは瞠目し、リリアは微笑む。



 誰もが勝利を確信したその時だ。



「なんて、言う思いましたか?」



「え」



 ぬう、と。


 背後から、影。


「ーージークッ!!」


 リリアの声。


 振り向く。間に合わない。

 ナイフの切っ先が目の前に


 ーーやられ



(おっまたせ~~~~~~~~! 遅れてやってきてじゃんじゃじゃーん!)



 陽気な声が、脳裏に響いた。



 ーー斬ッ!



 空から剣が落ちてきた。

 剣は死徒の腕を斬り落とし、鮮血が噴き出した。


「なッ!?」


 正体不明の攻撃に警戒したのか、死徒は慌てたように飛び退った。


(ふっふっふー! ナイスタイミングでしょ? あたし、やれば出来る子よね~~~これはお姉さまも褒めてくれるかな~~?)


 その、声は。


(鍛冶神イリミアス様!?)


(やっほージー坊。あたしよ!)


(テンション高いですね!?)


(まぁね。今回はあたしの神生の中でも一、二を争う出来だからね~、うふふふ! ほら。前、見なさい)


 言われて、ジークは前を見る。


「ぁ」


 それは、綺麗な幅広の剣だった。

 水晶色の刀身に黒い波紋が波打ち、力強い光を帯びている。

 見ているだけで吸い込まれそうな不思議な魅力を持っていた。


(『覇魔の剣(アルトノヴァ)』。あんたの、あんただけの、あんたの為の魔剣よ)


「これ、が……」


(さぁ、早く手に取りなさい)


 言われて、ジークは剣を取る。

 不思議な光が身体に流れ込んできた。肌触りは、皮膚に吸い付くかのよう。


(双剣じゃ、ないんですね)


(ふふ。そう思うでしょ?)


 キィン、と。


 まるでジークの意思に応えたように、剣が二つに分かれる。

 今まで使っていた剣よりも細いが、それでも立派な双剣だった。


(アルトノヴァはあんたの意思に応える生きた剣。あんたと共に成長し、あんたの望むカタチに姿を変える)


「カタチを……」


(ま、それだけじゃないけどね!)


 得意げに胸を張るイリミアスの姿が目に浮かぶようだ。

 思わずジークは苦言を呈した。


(普通の剣で良いって言ったのにぃ……!)


(あたしがそんな半端な真似するわけないでしょ! 何よ。文句あんの!?)


(ないけど……実際に助かったけど……! でも、こんなすごい剣だなんて……)


(カッコいいでしょ!)


(…………)


 ジークは黙ってしまった。


 実際、これ以上ないくらいカッコいいのだ。

 持っているだけで、力が湧いてくる。

 自分にはもったいないほどに、それは凄まじい剣だった。


(そんな事よりほら、来るわよ)


「やって、くれましたね……完全な奇襲を決めたつもりだったんですが」


 息を荒立てたクウェンが、ジークを睨んでいた。


 ミドフォードと繋がっていたようなクウェンだ。

 ありったけの力を注いだ権能武装ーー状況を打破する一手を、彼は読んでいたのだろう。体力の限界、陽力の限界、ここから繰り出す必殺技は、権能武装以外にあり得ないと。


 事実、完璧な奇襲だった。

 イリミアスに救われなければ死んでいた。


(ふふ! どう、あたしの偉大さが分かってきた? もっと敬っても……ってあれ、なんでお姉さまがここに、え? いい所だから邪魔するな、ちょ、うわあぁぁあ!?)


 イリミアスの声が聞こえなくなった。

 騒がしい天界の神々にジークは苦笑し、剣を構える。



「行こう。アルトノヴァ」



 剣が、応えるように震えた。



「ーーーーフッ!」



 疾走する。


「!?」


 彼我の距離を一瞬で殺し、クウェンの懐に潜り込んだ。


「馬鹿な……一体どこにそんな力が……!」


 クウェンは歯噛みし、影に沈む。


 背後から攻撃。

 その動きはフェイクで、本命は触手を使っての前後同時攻撃。

 さらにその裏をかき、下から本体が奇襲する手はずだ。


 魔眼は全てを捉えている。


「トニトルス流双剣術迅雷の型四番『百花繚乱』!」


「……ッ!!」


 斬撃が乱舞する。

 空を斬り、地面を斬り、背後を斬り、影を斬る。

 周囲の全てを斬り裂くジークの斬撃はクウェンの本体に届いた。


「な、にぃ……!?」


 胸から腰に掛けて一閃され、クウェンは血を吐いた。

 一歩、二歩、数十メートルを飛び下がり、


「……もはや、仕方なし。見せてあげましょう。この私の、真の力をッ!」


 クウェンは両手を広げた。

 爆発的に影が広がり、周囲に居たオリヴィアたちを呑みこんだ。


「避けられない……ッ!」


「う、これは」


「不味い……!」



 ニチャァ、とクウェンが嗤った。



「さぁ、ショーの始まりですーー!」


『大罪異能』と呼ばれる力がある。

 それは死徒のみに許された、絶対権能。人類種の悪を煮詰めた傲慢の極致。

 ただの異能と次元の違う絶技が、今、牙を剥く。


 真空の刃が放たれた。


「……!」


 地面が揺れる。足場が崩された。


 特級葬送官二人の暴挙に、リリアが目を剥く。


「お姉さま!? ダーモンドさん!?」


「身体が、勝手に……!」


「ぬう……!」


 身体を操作されたオリヴィアとダーモンドによる攻撃だ。

 ジークは慌てて避けようとするが、


「ぁ……!」


 リリアが杖を振り上げていた。


「ジーク……だめ、避けてぇえええええ!」


「リリア……!」


 赤い氷柱が、地面から突き出した。

 ジークの関節が凍る。動きが鈍くなる。


「加護の力を、無理やり引き出されて……!」


 ジークは攻撃を避けていくが、彼らの動きは止まらない。

 仲間である彼らの攻撃が、次第にジークを追い詰めていく。


「これが私の大罪異能『愚者の叛逆』。あなたの仲間の力は、私のものです!」


 もはや限界を超えているリリアまで動けているのは、筋肉を無理やり動かしているからだ。

 死徒が保有する魔力を対象の中に注ぎ込み、意志に関係なく身体を、加護を操る。



 相手が強ければ強いほど、その力は牙を剥く。



「アナタも操ってあげますよ、ジーク・トニトルスーー!」



 クウェンは嗤った。


 ーー最初から、こうすればよかったのだ。


 王都の被害を拡大させるため、ひいては半魔に絶望を与える為に戦いを演じたが、本来自分は裏方。

 暗殺と奇襲によって力を溜め、名を上げて死徒に登り詰めたのである。

 馬鹿みたいな火力と真正面から付き合う必要はない。


 特に、ジークのようなタイプは。


(この甘っちょろい半魔に仲間は殺せないでしょう……さぁ、さぁ、仲間の刃で果てなさい!)


 ゼレオティールの使徒を倒したとなればクウェンは冥王から褒美を賜るだろう。

 軍団長の中でも序列が上がる。第五、いや第三死徒も夢ではない。


「この私の糧となりなさい、半魔ーー!」


「ーーうん、大体わかった」


「は?」


 落ち着いたように、ジークは言った。

 それが最後だ。


 風が、氷柱が、大地が、

 周囲から集めた葬送官すべての攻撃がジークを襲う。


 世界が割れるような悲鳴が起こった。



「ジークーーーーーー!?」



 視界が白く染まる。戦塵が彼を包み込んだ。


(何をしたかったか知りませんが)


 これで終わりだ。得体の知れない剣も砕けただろう。

 元より限界寸前だったジークだ。これ以上打つ手はないはず。


 なのに、



「………………………………ありえない」



 ジークは無傷だった。


「ふぅ……」


 彼の周りには剣が浮かんでいる。

 ジリ、と雷を纏った数十の剣が、主を守るように囲んでいた。


「な、なんだ、それは……!?」


「アルトノヴァ防御形態解除ーー砲撃形態に移行」


 呟き、ジークは手に持った剣の一つを引き寄せる。

 指揮棒のように振り上げた。


「『荷電粒子砲(プラズマ・レールガン)』充填開始……三、二、一」


 全ての剣先に、光が灯った。

 それはあたかも、まるで死喰鳥のブレスのような、


「不味……!」


撃て(ファイア)


 ーー……バリイィイイイイイイイイイイ!!


 雷撃が世界を染め上げた。

 光速で放たれた雷撃は連鎖し、クウェンの居た地面を撃滅する。


 舞い上がった戦塵から飛び出し、クウェンは吐血交じりに悲鳴を上げた。


「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!」


 糸を辿る。引き寄せる。操る。


 ーー応えない。


「お前の糸は全部斬った」


「……!」


 目の前に、ジークが居た。


「あなたのような小僧に、私の異能が……!」


 魔剣アルトノヴァは斬った物の因果を断ち切る。

 魔力を吸い、異能を消し、操作を断ち切るなど造作もない。


 故に魔剣。

 半魔であるジークだから使える、覇魔の剣……!



「これは死んでいった弟妹達の分」



 ーー一閃。


「ぐ……」


 ーー二閃。


「これはルージュの分」


「が、ぁ」


 一瞬で連撃を加えたジークは、さらに剣を振り上げた。


「そしてこれは、リリアを傷つけた分……!」


「がぁああああああああ!」


 止まらない。止められない。


 魂が身体を突き動かす。

 心が燃えて、無限の力が湧き上がってくる。


 ーーこいつだけは。


 ーー絶対に、許さない!


「トニトルス流双剣術迅雷の型五番……!」


「ま」


「『滅塵・雷牙』ッ!」


「…………………………ッ」


 剣の纏う雷が牙のようにカタチを変え、クウェンを襲う。

 たまらず視界外から影の触手を操るが、今のジークに奇襲は効かなかった。


「ぉおッ」


 吼える。


「ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 雷撃が宙を舞う。

 撃つごとに確実にダメージを蓄積し、死徒は悲鳴を上げた。



 空中で交錯する光と闇の対決にーー。

 街にいた誰もが視線を奪われた。避難していた者たちが空を見上げた。

 天界に居たほぼ全ての神々が、固唾を呑んで戦いを見守った。


 誰も手を出せなかった。

 出せるわけがなかった。


 それは英雄の戦いだ。

 権力者に陥れられ、恋人を救うため全てを懸けた漢の戦いだ。


 空を見上げた者の目に映るジークは、希望の光そのものだった。


 王城のバルコニー。

 戦いを見守る姫は、祈りに手を組んだ。


「頑張って、ジークさん」


 城下、斧を支えにダーモンドは呟いた。


「……いけ」


 彼を責めた己を恥じるように、血の混じった叫びをあげる。


「いけ、ジーク……王都を、この国を、救ってくれッ!」


 オリヴィアは天に拳を突き出した。


「それでこそ私の弟子だ。お前の力を、皆に見せてやれーー!」


 そして、リリアは。


「ーージーク」


 空で戦う恋人を見て、微笑む。



「帰ったら、一緒にご飯を食べましょうね」



 サンテレーゼ数十万人の祈りが、一つに収束する。



 いけ、

 いけ、

 いけ、


 日常を願う人々の叫びが、ジークに届いた。


『い、っけぇえええええええええええええええええええええええええ!』


「ぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


(まずい、まずいまずいまずいまずいまずい、このままでは……!)


 ジークの攻撃は、影を通して本体に届いている。

 今やクウェンの身体はボロボロだ。魔力も消耗しすぎている。


 防御を、回避を許さない超光速攻撃。

 今のジークを防ぐ手立ては、クウェンにはなかった。


(相性が悪すぎる……!)


 ーー斬!


 二本同時に振るわれた剣が、クウェンを十字に斬り裂いた。

 そしてジークはトドメの一撃を、


 撃てない。


「ぁ」


 がくん、と膝を折った。

 視界にスパークが散り、地面に落ちていく。


 クウェンは目を見開き、腹を抱えて笑い出す。


「ク、フフフフフ! 当然、当然ですよねぇ! とっくに限界は来ていた! 今まで戦えていたことが奇跡なのですよ!」


「……ッ」


「流石に危なかったですが、これで、お前は終わりですーー!」


 千本の触手がジークに襲い掛かる。

 オリヴィアは間に合わない、ダーモンドは動けない。リリアは届かない。


(やば……)


 黒い波に、ジークは呑まれた。 

 意識は呑みこまれ、身体がズタズタになり、死の闇に押しつぶされた。













「もう、仕方ないなぁ、お兄ちゃんは」










 声が、闇を切り裂いた。


「え?」


 身体が誰かに受け止められる。

 いや、誰かではない、ジークはその子を知っている。


 だって、そこに居たのは。


「ルージュッ!?」


 土気色の肌、鋭く長い耳。

 悪魔となったはずのルージュが、にやりと微笑んだ。


「どうしたのお兄ちゃん、そんな物欲しそうな顔して。そんなにあたしに虐められたいの?」


「いやいやいやいや、え、なんで、君、悪魔になったよね!? それで、リリアが首を、」


「あーうん、斬られたよー。めっちゃ痛かったよ、たぶん。覚えてないけど」


「じゃあどうして」


「さぁ。お兄ちゃんの身体を食べたからかな? なんか、自我が戻ったみたい。操られてる感じもしないし」


「……っ!」


 ジークは口をパクパクと動かした。

 何を言ったらいいのか分からなかったのだ。


 救いたかった。

 救えなかった。

 殺してしまったと思っていた。


「あたしをこんなにしちゃったんだから、責任、取ってね、お兄ちゃん?」


 叫びだしたい気持ちが渦巻いて、言葉にならずに消える。

 視界が滲んだ。

 つぅ、と頬に涙が伝って、ジークは微笑む。


「うん。おかえり、ルージュ」


「えへへ。ただいま、お兄ちゃん」


 ぎゅっと抱きしめ合い、二人は死徒を見上げた。


「まさか、馬鹿な……お前は、死んだはず……!」


「葬魂されてたら死んでたかもねー。詰めが甘いお兄ちゃんたちのお陰かな」


「……しかし、たかが吸血鬼が増えたところで……!」


「戦うのはあたしじゃないよ」


 ルージュはジークを後ろから抱きしめた。


「ルージュ、僕は、もう……」


「あたしの力を、あなたにあげる」


「……!」


「大丈夫。お兄ちゃんなら出来るよ」


 かぷ、とジークの首に噛みつくルージュ。

「いづ、」彼女の牙から熱い何かが流れ込み、ジークの身体に力がみなぎった。


「……っ、これならっ」


「させてたまるかぁッ! 影よ、全て私に集まれーー」


 王都中の影が死徒の元に集まった。

 ぐん、ぐん、とクウェンの身体が巨大化する。

 巨人と化したクウェンが、その拳を振り上げた。


 そっと、ルージュがジークの剣に手を触れる。


「行こう、お兄ちゃん」


「うん。行こう。二人でーー決着を」


 ギィン、ギィン、とアルトノヴァが震える。

 ルージュから貰った赤い魔力がジークの陽力と一つになり、渦を巻く。


 光と闇が束ねられ、紅色(べにいろ)(いかずち)が迸る。


「これで終わりだ、オルガ・クウェンーー!」


「砕け散るのは貴様だぁ! 今、ここで、死ーー」


「トニトルス流双剣術打突の型、(つい)の番」


 一点突破。


「『赤影』」


 光速の一撃だった。

 零から千に変わる、距離の概念を殺した急加速。


 その速度を全て乗せた剣先は、赤き光を纏い、立ちはだかる敵を滅殺する!


『はぁぁあああああああああああああああああああああああああ!!』


 巨人の手が貫かれ、腕をえぐり、光の脈を走らせる。

 影を切り裂く雷速の一撃は、心臓部に居たクウェンに届いた。


「馬鹿、な」


 ピシり、と影の巨人に皹が入り、


 二人は叫んだ。


「ーー《哀れな魂に光あれ(カルマリベラ)》ターリルッ!!」


「馬鹿、なぁあああああああああああああああああああああああああああ!」


 ーー撃滅する。


 巨人が粉々に砕け散り、光の粒が王都に降り注いだ。

 王都にはびこる悪魔は次々と浄化され、葬魂されていく。

 悲しみの連鎖は断ち切られ、葬送官たちの戦いは終わりを告げた。


 静寂が、満ちていた。


 降り注ぐ光を見上げて寄り添う兄妹は、そっと互いの手を握り合う。

 互いに伝わり合う鼓動だけが、世界の全てだった。


「終わったね……」


「うん、終わった」


「これからきっと大変だよ、ルージュの事、どう説明しよっか」


「……一緒に暮らしていいの? あんなことがあったのに……あたし、悪魔になったのに」


「当たり前じゃん。君は僕の妹なんだから」


「……っ」


 ルージュの身体が震えた。

 彼女の頬が赤くなって、体温が急に上昇する。


「……もしかして、泣いてるの?」


「な、泣いてなんかないもん。お姫様がいるのに浮気をしようとするお兄ちゃんに呆れただけ」


「う、浮気じゃないし! ルージュはあくまで妹だから!」


「へー、ふーん、そうなんだー」


「棒読み!?」


 ルージュは笑った。つられてジークも笑った。


 ーーきっとこれから、大変な困難が待ち受けているだろう。


 ーーけれど、ルージュと、リリアと一緒なら。


 ーーオリヴィアさんやテレサ師匠、みんなと一緒なら。


 どんなことだって乗り越えていけると、ジークは信じていた。


『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 ド、と歓声が王都を包み込む。

 生還の喜びを、戦いの終わりを喜び、人々は抱擁を交わした。

 彼らの視線の先には、神々しい光を浴びる男の姿があった。


「ジーク・トニトルス、万歳!」


 誰かが叫んだ。

 万歳、と誰かが続く。

 

 声は連鎖的に広がり、王都中の人間が声をそろえていた。

 

「ジーク!」「ジーク!」「ジーク!」「ジーク!」「ジーク!」


 今、この瞬間。

 半魔を蔑む者はどこにも居なかった。

 

 新たな英雄の称える、民の叫びが無限に響いていたーー。











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