第十九話 死徒の脅威
「一体、何がどうなっている!?」
『轟震』ダーモンドは悲鳴を上げた。
研究所から出た瞬間に遭遇する見渡す限りの悪魔たち。
右を見ても左を見ても悪魔。まるで未踏破領域だ。
「なぜこれほどの被害が……!」
住宅は倒壊し、炎が街を舐め上げている。
悪魔が悪魔を生み、生きている者達は葬送官支部の中に逃げ込んでいた。
……キィイイイーーーーーーーーーーンッ!
上空、耳鳴りのするような音を響かせる、二つの影。
そのうち一つは死喰鳥の上に乗った悪魔ーー見るからに力ある存在。
そして、もう一つはーー
「半魔と、リリア・ローリンズ……!?」
宙に身体を浮かせた二人が戦っていた。
あの二人がそんな加護を持っていると言う話は聞いていないが、しかし。
『ーーーーーーーーーーーーッ!』
声なき声を上げる、二人の戦いは想像を絶するものだった。
雷が空を走り、黒い影が触手のように弾いた。
遅れてやって来た氷柱の攻撃を、死喰鳥の羽が弾き落とす。
咆哮。口腔内から放たれた光線を避け、空から氷柱が死喰鳥を襲うーー。
白、黒、蒼。
入り乱れる光の奔流が、空に咲く花火のように踊っていた。
「あれが、下二級と下一級の戦い……? 馬鹿な」
そして死喰鳥の上に乗っているのがーー
「死徒……!」
資料で見たことがある。
第七死徒『傲慢』オルガ・クウェン。
これまで五つの国を単身で攻め落とし、悪魔の国に変えた怪物だ。
神出鬼没かつ、ぎりぎりまで裏方に徹するため、葬送官たちが躍起になっておっても捕まらない。『影』を固有の能力としており。その力の幅は未知数ーー。
(なぜ死徒がこの王都に……本当に議員が手引きしていたというのか?)
いや、それよりも今は。
「死徒を討伐する! 半魔などに任せておけるか! 遠距離部隊かま
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
邪魔するなとばかりに、死喰鳥が吼えた。
怖気が走る声音に葬送官たちが怯み、その隙を狙った死喰鳥の羽が雨のように降り注ぐ。
「しまっ」
「ーー危ないッ!」
多くの葬送官たちを犠牲にする一撃を、ジークたちが防いだ。
磁力障壁を薄く広く展開し、雪の粒が羽根の軌道を逸らしていく。
「な……」
「下がっていてください! あなたたちは街をーー!」
なぜ助けた、その一声を押さえられた。
彼らは再び宙に上昇し、強大な死徒に真っ向から立ち向かう。
ダーモンドは絶句していた。
ーー助けられた。
殺そうとしていた相手に。
ーー助けられた。
憎むべき半魔に。
ーー助けられた。
自分よりはるかに序列が下の相手に。
「………………ッ」
ぎゅっと、血が出るほど拳を強く握った。
「なぜ」
なぜ、自分はあの場に居ない。
ーー今まで何をしていた?
ーー王都が滅ぼうとしている中、意固地になって半魔を追い詰めていたのは誰だ?
ーー貴重な戦力を、研究所で半減させたのは誰だ?
「…………ッ、私、は……ッ」
「馬鹿者ッ!」
飛び掛かる悪魔を屠った、オリヴィアの叱責。
「こんな時に恥じている場合かッ! 今はその時ではない。王都を救った後で、存分に詫びろ!」
ダーモンドは拳を開いた。
息を吸って、吐く。落ち着いた。
「……あぁ、分かっている。今は戦う時だ。姫は」
飛び掛かってきた悪魔を斬り伏せ、ダーモンドは問う。
オリヴィアは王城の方に目を向け、
「あのデカブツが出てきた時点で事態を察しているだろう。我々がすべきは……」
「被害を最小限に食い止める事。私は東の三つを」
「ならばこちらは南だ」
東南の方角は一番被害が少なく、葬送官支部があるため避難民が詰めかけているはずだ。自分たちの役割は避難民への被害を減らし、力ある悪魔を減らすこと。
ーージークが死徒を倒すまで、時間を稼ぐこと。
「第一小隊は逃げ遅れた住民を守れ! 第二小隊は第一の援護。第三小隊、第二小隊に近づく悪魔を葬魂しろ! 第四小隊、あの戦いの二次被害から街を守れ!」
『応ッ!』
「行くぞ、半魔に遅れるなッ! 葬送官の底力を見せてやれーー!」
『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーー!』
◆
視界にスパークが散る。
飛ぶ。避けられた。撃つ。撃つ、外れた。もう一度。
「ハァ、ハァ、く、ぅ……!」
「ジーク、ハァ、大丈夫、ですか!」
「う、ん。まだ、いけるーー!」
瞬間移動のごとき、光速攻撃。
それに合わせるリリアの多彩な技は、確実に死徒を翻弄していた。
死徒は忌々しげに顔を歪める。
「しつこいッーー!」
視界を影が覆う。
足を縛られた。氷柱の剣で斬る。身をひねって触手を受け流し、突貫。
「はぁぁああああああああああ!」
磁場で相手の動きを封じた上での斬撃だ。
死徒も避けられない。姿が消えた。
「ぐ、」
「リリア!?」
相棒の肌に赤い線が走った。
ハッと振り向き、咄嗟に飛び退る。
死徒は無傷だ。
雷で刺し貫いても、影のように実体が無くなり、別の場所からぬぅ、と現れる。
死喰鳥の上で接近戦をするのは不利か。
「ぜぇ、リリア、ぜぇ、はぁ、大丈夫!?」
「問題ありません、ハァ、ハァ、掠った、だけ、です」
ジークはホっと息を吐いた。
ただ、それで問題はーー。
「クッフフフフ。そろそろ限界が近いですか……?」
「……っ」
図星だった。
ジークもリリアも、聖杖機なしで加護を発動させている。
ジークに至っては死喰鳥とやり合うため、常に磁力を発生させている状態だ。
どれだけ力を節約したとしても、限界の時は刻一刻と近づいている。
接近戦は不可能。遠距離戦は互角。
(こいつを倒すには……)
答えは分かり切っている。
(影に逃げ込む暇を与えず、影ごと本体を消し飛ばす大火力の攻撃……!)
ゼレオティールの加護ならそれが可能だった。
今、消耗した状態でなければ。
(いや、万全の状態だったとしても難しいだろうな……)
クウェンは明らかにジークの雷撃を警戒している。
常に死喰鳥の上に乗り、雷撃を避けているのは危険だと分かっているからだ。
そしてその慎重さによって、クウェンは汗一つかいていない。
(分かっていたけど、強い……!)
「ほらほら、もう終わりですかぁ!?」
こちらの消耗を見て取ったのか、クウェンが仕掛けてきた。
怪鳥のかぎづめがジークを襲う。避ける。避け切れない。
衝撃。
「…………ッ!」
巨体の動きで発生した風圧が、ジークを横殴りに叩いた。
さっきまでなら耐えられた一撃に、ぐらりと体勢を崩された。
「ジーク!?」
「……ッ」
足場にしていた磁力が乱され、落下する。
クウェンの影の触手は魔力を吸収する。気づかぬ間に磁力場に触手を伸ばしていたのだ。
「ごめん、リリア、もう……!」
「大丈夫です……!」
落下の寸前、ふわりと二人の身体が浮く。
地面には雪のクッション。リリアの加護だ。
「クッフフフフ! 終わりですね」
上空からクウェンが哄笑する。
地面から上を見上げるジークに、もはやなすすべはない。
遠距離攻撃を撃てるのは一発ーーだが、撃てばよけられて終わりだろう。
「クソ、どうすれば……!」
「ぜぇ、ぜぇ、げほ、げほッ、はぁ……!」
リリアが地面に膝をついた。
荒い息で胸を抑える彼女は、もう限界だ。
「これで消えなさい。『死喰鳥』オーバーロード」
キィイイイイイインーー!
死喰鳥の口腔内に集まっていく。
絶死の光線。
黒い光の奔流が、ジークたちを呑みこんだ。
その寸前だった。
「『峻厳たる絶壁』!」
大地の壁が、ジークたちを包み込んだ。
『!?』
ーーズガガガガガガガガガガガッ!!
激しい掘削音。
壁は光線で抉られるたびに再生し、震え、衝撃を殺す。
光線が止んだ時、壁も崩れた。
「あなたは……!」
特級葬送官『轟震』ダーモンド。
ジークを殺そうとしたはずの男が、死徒の攻撃を防いだのだ。
「な、なんであなたが……?」
「言っておくが、私は貴様を認めたわけではない」
「……」
「だが、命を救われた恩を無下にするのは、我が信念に反する!」
ドン、とダーモンドは大斧を地面に突き立てた。
空気の震えが周囲に伝播し、死喰鳥の羽根を全て震え落とした。
「……すごい」
「時間は稼いでやる。貴様はアレをなんとかしろ。出来るな?」
「……っ、はい!」
「いい返事だ」
にやりと、ダーモンドは獰猛に笑った。
「特級葬送官ダーモンド・クルス。義によって助太刀する!」
「たった一人で、何が出来るとーー!」
「誰が一人だと言った?」
旋風が吹きすさぶ。
風と共に現れたオリヴィアが、死徒の直上から剣を突き出した。
「特級葬送官を舐めるなよ、死徒ーー!」
「お姉さま! そいつは影ごと消し飛ばさないと倒れません!」
「ぬ」
レイピアの切っ先が死徒の身体を抉りぬく。
その身体が影に溶けてきた。別場所から、死徒が貫き手を放つ。
「ちぃ……!」
オリヴィアは間一髪のところで避け、地上へ落下。
ふわりと風を纏い、危なげなく着地した。
「無事か、リリア」
「なんとか。でも」
「分かっている。どうやら私の業はあいつと相性が悪いらしい。鍵はジーク。お前だ」
素早く状況判断したオリヴィアはジークを見据え、
「我らが時間を稼ぐ。お前は何とか加護を当てろ」
「でも、どうすれば……」
「忘れるな。お前には武器があるだろう」
「……!」
ハ、とジークは息を呑んだ。
それは加護の奥義にして葬送官の到達点。
特級葬送官の条件足る、神の業。
「権能、武装」
成功させたことのない業を、オリヴィアはやれと言う。
選択肢はない。
やらなければ、この国は滅ぶ。