第十六話 黒幕
「あなたは、死んだはずじゃ……!」
「ジーク、下がってください、あれは敵です」
「リリア……」
「この戦いは最初から仕組まれていたんです」
「ほう。気づいておったか。なかなか聡いな、ブリュンゲルの落胤」
残酷に、陰惨に。
初対面の時とは似ても似つかないミドフォードの形相に、ジークは全てを悟る。
(そういう、ことか)
「あなたは死んでいなかった……あれは別の死体だったんですね」
「そうとも」
ミドフォードこそが全ての黒幕だったのだ。
まずジークの立場を貶めるため、『中立派』の立場を利用して呼び出し、
席を立ったところでジークに扉を開けさせ、襲撃者を撃退させる。
そのタイミングでメイドを部屋に向かわせれば──。
聖杖機に付着した血痕で、ジークが犯人だと真っ先に疑われるだろう。
そして時間を置くことなく手勢の葬送官を駆けつけさせれば──。
「議員は全く手を汚すことなくジークを手に入れる……そういう算段だったんです」
「…………っ、そのために、リリアを……ルージュを……!」
ジークは奥歯を噛みしめ、倒れ伏すルージュを見た。
自分を庇って撃たれた彼女は頭に穴が開き、どう見ても即死している。
(せっかく、ルージュが前を向こうしてたのに……!)
だが、歪んだ世界の理は怒りに狂う暇すら与えない。
どくん、とルージュの身体が波打った。
「え」
どくん、どくん、脈打つ身体がゆっくりと立ち上がる。
その耳は鋭かった。その牙は強靭に、爪は長く尖っていく。
半開きにした口からは鋭い犬歯が覗いていた。
モデル『吸血鬼』
悪魔だ。
「……いやだ」
変貌を遂げた『妹』を見て、ジークの頬を涙が伝った。
──どうして、こうなるんだろう。
ルージュは何も悪いことをしていないのに。
どうして、必死に生きようとしただけで、こんな目に遭うんだろう。
「ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「いやだ……いやだ、いやだぁあああああああああああああ!」
「エルダーにもなれなかったか。やはり出来損ないだな」
ミドフォードの悪罵に反応する暇は、なかった。
膝を曲げて力を溜めた吸血鬼が、一瞬で飛び掛かってきた。
「がぁぁあああああああああああああああああああああ!!」
ジークは咄嗟に構えた剣を──捨てた。
「ジーク!?」
がぷりッ、と鋭い牙が、ジークの肩に食い込んでくる。
肉が骨に当たる嫌な感触が耳の中で響いて、ジークは呻いた。
「ルージュ。目を覚まして」
「が、ぁああ」
「死なんかに負けないで。戻ってきてよ、ルージュッ!」
悪魔は反応しなかった。
ただ肉を咀嚼することを楽しみながら、牙を奥に、奥に届かせる。
「ジーク。何をしてるんですか!? 早く葬魂してください!」
「嫌だッ!」
リリアの悲鳴に、ジークは叫んだ。
嫌だった。
耐えられなかった。
同じ半魔がこんなに苦しんでいるのを、見ていられなかった。
ようやく和解できた『妹』を、助けてあげたかった。
「……っ、ごめんなさい。ジーク」
──斬ッ、と。
ジークの聖杖機を拾ったリリアが、吸血鬼の首を斬り落とした。
プシャァァア、と噴水のように、真っ赤な血が降り注ぐ。
「《哀れな魂に光あれ》……ターリル」
ばたん、と倒れ伏す吸血鬼。
悲しげな目をしたリリアがジークを捉えた。
「……恨むなら私を恨んでください」
「………………恨むわけ、ない」
ジークは奥歯を噛みしめた。
不甲斐ない自分の代わりに、リリアは剣を振ってくれた。
本当は自分がやらなきゃいけなかったのに、出来なかった。
「………………っ」
──誰のせいだ?
──誰が、ルージュをこんなにした?
(そんなの、決まってる)
煮えたぎる憎悪が、ジークを突き動かした。
「お前が、お前たちが……ルージュを。こんなにしたんだ。ミド、フォードぉおおおおおおお!!」
「……!」
彼我の距離を一瞬で殺し、ジークはミドフォードに斬りかかる。
ミドフォードはさっと杖を掲げた。
「ケダモノが。この私に近づくな」
不可視の力場が、ジークとミドフォードを遮った。
「……っ!?」
「ジーク! ミドフォード議員はかつて特級葬送官として名を馳せた人です! 無闇な攻撃は危険です!」
「その通りだ。分かったら大人しく捕ま……!?」
「ぉ、ぉおおお」
ギリ、とジークの剣が、力場を切り裂く。
『なッ!?』
「ぉおおお、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
紫電がほとばしる。
あふれ出る陽力が力場を中和し、雷がミドフォードの頬をかすめた。
「……!」
ミドフォードは思わずと言った様子で飛び下がる。
「これほどとは……! ヴェヌリスを倒したのも伊達ではないという事か」
「お前が、ルージュを……絶対に許せないッ! アルマン・ミドフォードッ!」
「貴様に許してもらわずとも、儂は儂の道を行くまで。大人しく我が糧となれ」
リリアが悲しげに目を伏せた。
「どうして……なぜあなたほどの方が、こんなことを……」
「無論、国家の為だ」
「は……?」
「貴様らは知らないだろう。異端討滅機構が世界を牛耳る意味を」
ミドフォードは憎々しげに語った。
「異端討滅機構……奴らは世界平和と人類種の保存という大義のため、滅びゆく国から葬送官を引き上げる。その国の民を見捨ててな。今までそれで滅びた国がどれだけあったと思う? 奴らが、我がサンテレーゼを同じようにしない保証がどこにある? しかも命令に従った葬送官は生き残りに裏切り者呼ばわりされ、組織の狗と呼ばれる始末だ。両親が葬送官だからと、何の罪もない孫を凌辱され、絶望の末に自殺した息子夫婦の恨みは、どこに晴らせばいい!?」
「……っ」
「決まっている。異端討滅機構だ。奴らは滅びなければならない」
固く拳を握りしめ、ミドフォードは語る。
これは復讐なのだと。
「そのために人造悪魔創造計画を推し進めてきた。葬送官の代わりに戦う不死身の兵士! この計画が完成すれば、世界は変わる! 葬送官も、異端討滅機構も要らなくなる! そうすれば、我が孫のような悲劇を、二度と起こさせずに済むのだ!」
「そのために半魔を……ルージュたちを犠牲にしたのか。お前の孫と、何も変わらない子供たちを!」
「奴らはバケモノだ。人間がバケモノを殺して何が悪い?」
悪びれることなく、ミドフォードは言う。
ジークはただ、拳を握りしめた。
ミドフォードの悲しい過去は理解した。
半魔と人間、立場が違うだけで、きっと彼も悲しみの中にいるのだろう。
だけど。
それでも。
自分は半魔だから。
「今すぐ、ここにいる妹達を解放しろ。こんな計画やめるんだ」
「分かった」
「え」
意外なほど、ミドフォードは素直にうなずいた。
拍子抜けしてしまうジークの前で、彼は何かのスイッチを押す。
ニヤァ、とミドフォードは嗤った。
「せっかく本物が手に入るんだ。これらは、もう要らない」
カチ、と音がした。
ぱぁん!と何かが破裂する。
ハッと振り返れば、培養槽にいた子供の頭がなかった。
隣の培養槽で、子供の頭がぶくぶくと膨れ上がった。
破裂する。
──ぱぁん!
──ぱぁん!
──ぱぁん!
次々と、培養槽に居た子供たちの頭が破裂する。
目玉が、耳が、脳髄が、ぷかぷかと培養槽を漂っていく──。
「やめ、ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁんぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁんぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁんぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん、
「うぷ」
ほとんど同時に、何百人もの子供たちが殺された。
培養槽の中で、何もできずに。
「げ、うぇ、えぇえ……」
こみあげてきた吐き気を抑えきれず、たまらずしゃがみ込むジーク。
仲間が破裂する瞬間を見た妹達の、恐怖に滲んだ顔が網膜に焼き付いていた。
──助けて。
「ぁ、ぁあ」
──怖いよ、痛いよ。
──死にたくないよ。
「ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「フン。ゴミが死んだくらいで喚きよって。うるさくて敵わんわ」
「あなたは……人の命を何だと思ってるんですか!?」
瞳に涙をためたリリアが、ミドフォードを糾弾する。
だが、この計画を企てた怪物は、こてりと首を傾げた。
「耳が悪いのか? こやつらはバケモノだと言った。人ではない。家畜の命をどう使おうが儂の自由だろう?」
プツン、と何かが切れた気した。
「……してやる」
「ぁ?」
「オマエだけは、絶対に、殺してやるッ!」
雷光一閃。
瞬時に間合いを殺したジークは剣を斬り上げた。
「なぁ!?」
──斬!
深い皺が刻まれた手が、くるくると宙を舞う。
真っ赤な血しぶきを浴びて、ミドフォードは悲鳴を上げた。
地面にのたうち回る怪物をジークは冷めた目で見つめる。
「う、うで、儂の、腕がァアアアアアアア!!」
「喚くな。怪物め」
ジークはミドフォードの胸を足蹴に、剣を突きつける。
「ルージュはもっと痛かった」
「ひっ」
「妹達は、もっと、もっと怖かった……!」
「ジーク!」
「止めないで、リリア」
ジークは止めない。止められない。
腹の底から湧き上がるドス黒い憎悪に、心を支配されていた。
「コイツだけは許せない。何があっても、殺す」
「……許せないのは私も同じです。でも、」
ぐっと奥歯を噛み、リリアはジークを羽交い絞めにした。
「でもッ、今こいつを殺したら、一生罪を償わせることが出来ません!」
「……っ、でも、こいつはッ!」
「最低です。軽蔑すべき怪物です、だからこそ、死なんて一瞬の痛みで、こいつを楽にしたらいけないんです!」
頭がおかしくなりそうだった。
理性ではリリアが正しいと分かっていた。
けれど心は、今すぐこいつを殺してやりたいと叫んでいた。
そんな気持ちも、助けられなかった自分への慰めだと分かっていて。
剣が揺れる。
切っ先がブレる。
その隙を、ミドフォードは逃さなかった。
「何をしている! 儂を助けろ、クウェンッ!!」
『はいはい。分かってますよ~』
ぬぅ、と影が伸びてきた。
「……!?」
ジークは咄嗟にリリアを抱えて飛びのく。
一瞬前までジークたちが居た場所には、黒い斧が刺さっていた。
「クッフフフフ。危ない所でしたねぇ。ミドフォード議員?」
黒いローブの男が、そこにいた。
顔は見えない。声は高いが、恐らく男だろう。
(──こいつ、強い)
本能的に脅威を感じたジークは身構えた。
だが、彼らはこちらの様子を気にせず、
「は、早く私を治せ、完成しているのだろう、アレが!」
「クッフフ。えぇ、完成していますよ。さぁ、こちらを」
黒ローブは懐から虹色の石を取り出した。
「この《賢者の石》を使えば、あなたは文字通り不老不死になれます。えぇ、永遠に国に仕えることが可能ですとも」
『不老不死……!?』
驚愕するジークたちを見て、ミドフォードがほくそ笑んだ。
「そうだ。それこそ人造悪魔創造計画の最終目的……悪魔を超えた、人類種の進化だ」
「そんな、そんな事……出来るわけがない!」
「それは貴様が決める事ではない。儂はこの力を使って、この国を強くする。貴様らバケモノを使ってなぁ!」
ミドフォードが虹色の石を呑みこんだ。
どくん、と彼の身体が脈を打つ。
身体が徐々に赤くなり、蒸気が噴き出してきた。
「ぉ、ぉおおおおお」
無限にも似た、恐ろしい力の奔流が、室内に吹き荒れる。
煉獄の神ヴェヌリスの神霊に勝るとも劣らない怪物が、今、生まれようとしていた。
「これは……ッ」
「おぉ、これが、これこそが、我が力、我が野望、フハ、フハハハハハッ! この力を増産すれば異端討滅機構など恐れるに足らん! 我が叩き潰して……!?」
声は途中で途切れた。
凄まじい速さで上昇を続けていた力の方向が、中心へと渦を巻きだした。
「ど、どういうことだ、クウェン! 貴様、これが《賢者の石》だと……!」
「えぇ。あれは嘘です」
「は?」
黒ローブはいけしゃしゃぁと言った。
「それは人間一人を生贄に、巨大悪魔を造り出す魔核ですよ。けれど安心してください! 悪魔だって不老不死ですよ! 自我はなくなるかもしれませんが、きっと素敵な体になってくれます!」
「~~~~ッ、謀りおったな、クウェェェエエンッ!!」
「こんな言葉を知っていますか?」
黒ローブはこてりと首を傾げた。
その中身が、にっこり笑っているような気がした。
「騙される方が悪い、と」
「ぁ、あぁあああああああああああああああああああああああああ!」
ミドフォードが巨大な肉の塊になって、地面に根を張った。
どくん、どくん、とその塊は心臓のように脈打つ。
「さて、これでようやく静かになりましたね」
──本能が、警鐘を鳴らしていた。
今すぐ逃げろと、頭のどこかで臆病な自分が叫んでいる。
コキュートスよりも。
神霊ヴェヌリスよりも。
この黒ローブの男は、得体の知れない威圧感を持っていた。
ごくり、と生唾を呑みこみ、
ジークは震える声音で問う。
「お前……誰だ」
「あぁ、申し遅れました。自己紹介がまだでしたね」
黒ローブのフードが、さっとめくり上げられる。
ジークとリリアは同時に目を見開いた。
『!?』
「初めまして、愚かな半魔。そして人類の少女」
薄紫色の肌をした、切れ長の瞳を細めた男だ。
その耳は長く鋭かった。瞳は血のように赤い。
それは、悪魔の上位種。
それは、死の記憶に打ち勝った強き者。
──エルダーを束ねる、上位者。
さ、と前髪を払い、彼は言った。
「我が名は第七死徒『傲慢』オルガ・クウェン。以後、お見知りおきを」




