第十三話 再会 × 決闘
「うわぁぁああああああああああ!?」
ジークは落ちていた。
落下するエレベーターと共に最下層まで真っ逆さまに落ちていた。
凄まじい浮遊感、箱の上に乗ったジークは剣で体を支えながら高速で思考する。
(やばい、やばいやばいやばいやばい、このままじゃ死ぬ!?)
捕まる前に咄嗟にケーブルを斬ったはいいものの──
ジークは、そのあとのことを何も考えていなかった。
理屈は分からないが、このままだと死ぬ。
悪魔の牙が目の前に迫ってくるような、死の確信がそこにある。
その瞬間、まるで走馬灯のように、リリアとのやり取りが脳裏に響いた。
あれは、そう。ジークが加護で悩んでいる時だ。
(ジーク。あなたの加護は雷を放つだけじゃないと思うんです)
(どういうこと?)
(雷は電子の塊です。電子は全ての物質に構成されている素粒子……つまり見えない粒なんです。見えない粒がいたるところにあって、エーテル粒子が電位差を補い、放電現象を作っている。なら、最小単位である電子を操ることが出来れば、色んな事が出来ると思いませんか? 例えば、電流を作って磁界を発生させたり、負の電子同士を反発させて物を飛ばしたりとか……もっと凄いこともできるかも!)
(ごめん、リリア。何言ってるのか全然分かんないや)
──デンシとか、ソリュウシか、今も分かんないけど。
今はそれにすがるしか生きる道はない。
元より自分には考えることより、試して、失敗して、また試すほうが性に合っている。
──無理だと思うなら試せ、失敗したらもう一度!
思考は一瞬、行動は刹那。
「う、りゃああ!」
ジークは全身に雷を纏った。
思いっきり箱を蹴りつけ、エレベーターの壁に手を伸ばす。
──勢いを、殺せ!
理屈ではない、感覚だ。
目に見えない小さな粒が、手のひらに集まる。
その粒同士は仲が悪いのと仲が良いのが居て、二つの勢力が反発しあっている。
二つは戦いを繰り広げながら、電流となって放出。
その際に生じる見えない力場を感覚し、ジークは磁力で己を浮かせた。
「ぉ、ぉおおおお!」
電流を一本一本の線に分け、別々の磁界を作る。
それぞれの磁界の中に別の電流を流し込み、磁界の向きを固定。
陽力により、反発を増幅させる。
人間を浮かべるには足りなさすぎる、ほんのわずかな斥力場が発生する──!
そして神の加護は、奇跡を起こした。
「うい、いたぁあああ!」
ゼレオティールの加護が磁力を拡大増幅させ、ジークは宙に浮くことに成功。
但しそれも一瞬だ。
すぐに力場が霧散し、ジークは重力に従って地面に落ちていく。
だがその一瞬こそ、ジークの命を救ったのだ。
「ふ、ぅ……!」
──が、しゃぁん!
と、恐ろしい破砕音が最下層から響き渡る。
ジークは壁の凹凸にしがみつき、ほっと息を吐いた。
「あっぶなかったぁ~~……ぺしゃんこになるところだった」
急場は凌いだ。
後は壁を伝って下に降りるだけだ。
ジークは壁から壁へ、ぴょん、ぴょん、と跳ねながら下に降りていく。
そして最下層に到着。
エレベーターの扉をこじ開ける。
そこに広がっていたのは──。
「……っ」
子供だ。たくさんの子供がいた。
ポコり、ポコりと泡を立て、培養槽の中に浮かぶ、さまざまな子供たち。
そのほとんどは女の子だった。
何の衣服も身に着けていない。幼かったり、まだ生まれてまもない赤子もいる。
赤、紫、緑、青、黄、黒、白、
彼女たちはさまざまな髪色をしていた。
──その全員が、鋭い耳を持っていた。
「ぅ……っ」
ジークは思わずこみあげてきた吐き気を押さえる。
「これ、みんな、半魔なの……?」
「そだよー。みーんな、あなたの妹だよ、お兄ちゃん♪」
声が、聞こえた。
培養槽の林を抜けた、開けた場所。
ひときわ大きな培養槽の中に、リリアが吊るされている。
「──リリアッ!」
「ひっどーい。妹は目に入らないっていうの? お兄ちゃん、ハクジョーだよ」
培養槽の前に立ちふさがる、黒髪の少女。
再び相まみえた『妹』を前にジークは立ち止まる。
「……ルージュ」
「そう、ルージュ。あなたの妹だよ♪」
えへ、と頬に指を当てて笑うルージュ。
ジークは彼女の背後にいるリリアを見た。
意識はない。身体中に殴られたような痕がある。
胸の奥から、堪えきれない怒りが沸き起こった。
「お前たちは……リリアに何をした!?」
「別にー? その人が暴れたから、ちょーっと静かにしてもらっただけだよ。あ、でもそろそろ起きるかな?」
言っているそばから、リリアのまつげが震えた。
「リリア!」
ジークと目が合うと、リリアは悲しげに目を伏せた。
「……ジーク。来てしまったんですね」
「当たり前だよ。待ってて、今すぐ助けるから!」
「ダメだよ」
駆けだそうとしたジークの眼前、不可視の重力場が放たれた。
ぺしゃりと凹んだ地面を見て立ち止まるジークに、ルージュは言い放つ。
「今からお兄ちゃんとゲームをするんだから、この人は景品。勝手に持って行っちゃだめー」
「ゲーム、だって……?」
「そっ♪」
パチン、とルージュが指を鳴らす。
その瞬間、リリアの培養槽が動き出し、彼女の足元から水が湧き出した。
「な、なにを……何をしてるんだ!?」
「ふふ。見たらわかるでしょ? デスマッチ、だよ」
ルージュはうっとりと微笑む。
「あたしとお兄ちゃんが戦って、勝った方が姫をものにする。時間がかかりすぎちゃうと姫、死んじゃうよ? あと、この培養槽を壊そうとしない方がいいかな。無理やり壊すと爆発して姫が死んじゃう仕組みになってるからさ」
「……っ」
「怖いよね、嫌だよね? でも安心して? あたしが勝ったら、ちゃぁんと姫を幸せにするから♪」
ぴょん、とルージュは宙に浮かんだ。
そして彼女はリリアの培養槽の中に上から入り、
「こんな風に、さ」
「……っ!?」
ちゅぅうう、と、熱く口づける。
艶めかしい舌がリリアの唇を蹂躙し、首筋にキスの雨を降らした。
「い、嫌……やめて、やめて……いやぁ……」
「リリア────!」
ルージュはリリアを離し、再びジークの前に降り立つ。
嗜虐的に上気した頬を緩ませ、自分を抑えるように肩を抱いた。
「ん……♡、お兄ちゃんの嫌がる顔、最高だよ……♪ もっとあたしを見て、あたしを愛して、あたしに構って? お兄ちゃんが嫌がれば嫌がるほど、あたし、最高の気分になるの。痛いコトやひどいコトをして、滅茶苦茶にしつけたくなっちゃうの……こんなどうしようもない気持ちを、ぶつけたくてたまらないの」
「ルージュ……君は……!」
怒りで頭がどうにかなりそうだった。
リリアに乱暴した彼女も許せないが、それよりもっと巨大な悪がここにある。
「なんで、こんなことをするんだよ。君も半魔でしょ!? 勝手な都合で造られて、ひどい計画に加担させられて、おかしいって思わないの!?」
「思わないよ。だってそれがあたしの存在価値なんだもの。お兄ちゃんに何が分かるの?」
ルージュの顔から表情が消えた。
「生まれた時からあたしたちは実験体で、上手に育つことを強制されてきた。いずれ兵士になって戦うために。それがあたしの、あたしたちの存在意義なの。勝手に造られた? お兄ちゃんだって、親の都合で勝手に生まれたんじゃない。死んだら悪魔になっちゃうこの地獄に、望んで生まれてきた人なんているの? いないでしょ?」
「それは……」
「人が人を造るんだよ、お兄ちゃん。生まれた場所が違うだけ。それがおかしいっていうならさ。人間って何なの?」
「…………」
ジークは反論できなかった。
ルージュの言うことが、正しいと思ってしまったからだ。
彼女たちも、自分たちも、
培養槽の中で生まれたのか、子宮の中で生まれたのか、
あるのはその違いだけで、生まれた者に罪はない。
──それでも。
「君たちは、間違ってる」
「……」
「君の気持ちは分からない。でも、命を使い捨てにするような、こんなやり方は間違ってる」
「じゃあお兄ちゃんは、あたしたちに死ねっていうの? 要らない半魔は死ねって?」
「逆だよ」
「え」
「生きろって、言うよ」
「……っ」
ルージュは間の抜けた声を出した。
嗜虐的な性格を引っ込めたその表情は、年相応の女の子だ。
(そう、君たちに罪はないんだ。生きてていいんだよ)
人造悪魔創造計画──その概要を聞いた時、彼女らを他人とは思えなかった。
一歩間違えれば自分が彼女になっていてもおかしくなかったのだ。
巡り合わせが運命を変えた。自分は本当に恵まれているとジークは思う。
だから、見捨てたくなかった。
リリアを助けるだけじゃなく、彼女たちも助けてあげたかった。
「生まれ方は違うけど、たぶん、君たちは僕の妹なんだと思う。だから僕は、君たちに世界を知ってほしい。こんなひどい場所じゃなくて、君たちが生きる場所はもっと別にあるんだ。生きる方法もきっと見つかる。いや、僕が見つけて見せる。だから、こっちに来い、ルージュ!」
ジークは手を差し出した。
「君の世界を、僕が変える。当たり前の幸せを、一緒に掴んでやる!」
「……無理だよ」
ルージュはゆっくりと首を横に振った。
懐からナイフを取り出し、構える。
「あたしたちは兵士──戦うことでしか生きられない運命なの。どうしようもないんだよ」
「それなら」
ジークは剣を構えた。
「──そんな運命、僕がぶっ壊してやる」
「……」
「君たちが泣く世界なんて──誰かを踏みつけないと生きていけない世界なんて、僕がぶっ壊してやる!」
ルージュが一瞬、涙目になったように見えた。
けれどそれは本当に一瞬で。
俯いて、顔を上げた時、彼女は嗜虐的に笑った。
「出来るものならやってみなよ、お兄ちゃん。あなたの絶望、味あわせて……♪」
そして二人は名乗りを上げる。
「人造悪魔創造計画被検体No.六九二、個体名ルージュ」
「──異端討滅機構序列一〇五〇二位、下二級葬送官ジーク・トニトルス」
静寂は一瞬。
二人は同時に動き出した。
「──行くよ」
「来て、お兄ちゃん。めちゃくちゃにしてあげるよ──!」
◆
同時刻、天界・原初の深淵にて。
「──よろしいのですか?」
「……何がだ」
「あなた様は知っていたのでしょう? 彼らの存在を」
アステシアの咎めるような言葉に、ゼレオティールは目を眇めた。
地上の様子を映す液晶体を見ながら、叡智の女神は言う。
「人を人とは思わない、生命に対する蛮行を、捨ておくのですか?」
「アステシアよ。では『人』とはなんだ?」
「…………」
ゼレオティールの問いに、アステシアは黙り込んだ。
髭をたくわえた創造神は眷属の戦いを見ながら言った。
「あれも『人』だ」
「ですが」
「信じよ。あの子を」
その一言で、アステシアは諦めたようにため息を吐いた。
「とっくに信じています。私は心配しているだけです」
「心配せずとも良い。あれは儂等が選んだ男じゃぞ?」
ゼレオティールは笑みを浮かべた。
「人の悪意など、容易く斬り伏せてくれるとも。そうじゃろ? ジーク」




