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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第十話 反撃の狼煙

 

 街灯の光すら届かない暗闇に男はいた。

 闇の中に潜む彼の隣には、影に溶け込むように、黒ローブの男がいた。


「ーー万事、首尾よく運んでいるのだろうな?」


「計画は完璧です。今や街中の人間が半魔を目の敵にしていますよ」


 返ってきた声に、男は厳かにうなずいた。


「当たり前だ。あのような穢れた存在がこの街に潜んでいること自体、異常だったのだ」


「これで反対派の小娘たちも身動きが取れません。閣下の邪魔をする者は誰もいない」


「つまり?」


「もうすぐお望みのものが手に入ります。もう少々お待ちください」


「……子飼いの猫は、任務を失敗したようだが?」


「それも全て計画の内でしょう。より効果的な方法を選んだのです」


「……ならばいい。万事任せる。だが、しくじれば貴様との同盟も終わりだ。心しておけ」


「ご安心ください。閣下」


 黒ローブの男は、ニヤァと粘ついた笑みを浮かべた。


「あの半魔には、もはや何も出来ませんよ。この私がいる限り、ね」



 ◆



「ーーッ」


 強烈な悪寒が背筋を走り、ジークは目覚めた。

 がばっ、と跳ね起きる。冷や汗で服がびしょ濡れになっていた。

 へばりつく服の、気持ち悪い感触を感じながらジークは呟く。


「僕は、どうなって」


 頭を押さえ、直前までの記憶を思い出す。

 そう、ミドフォード議員に面会をして、そしたら冤罪で街中から追われて。

 妹と名乗るルージュと戦い、そしてーー。


「う、腕……!」


 自分の腕が斬られた瞬間を思い出し、ハッと腕を見るジーク。

 醜い傷跡は残っているものの、腕は綺麗にくっついていた。

 どうやら助けてくれた誰かが治してくれたらしい。


 ホ、とジークは安堵の息をつく。

 落ち着いて周りを見渡すと、そこは見たことがない部屋だった。


 豪奢な天井、調和の取れた調度品や風景画。

 まるで貴族の邸宅みたいだ。議事堂で見た応接室よりは落ち着くが。


「ーー起きたようですね」


「ふぇ?」


 その時、ありえない声がした。

 下からだ。

 ジークの被っていた布団から、あどけない少女が這い出していた。


「なかなか起きなかったので心配したのです。もう大丈夫ですか?」


「な、な、な……!?」


 翡翠色の髪、儚げな色を孕んだ空色の瞳と目が合う。

 ネグリンジェに身を包む彼女の、華奢な肩が露出していた。


「ひ、姫様!?」


 サンテレーゼ王国王女。

 フィーネル・デ・フォン・ウル・サンテレーゼが、そこにいた。


「おはようございます、ジーク。また会いましたね」


「あ、はい。おはようございます。じゃなくて!?」


 ジークは悲鳴を上げて飛びのいた。


「なんで姫様がここにいるんですかというか僕はなんで寝て!?」


 混乱のあまりおかしくなってしまいそうだった。

 フィーネルの年はジークと変わらないか、少し年下だろう。

 そんな女性と同衾していたなんて知られたら、リリアがなんていうか。


(え、ちょっとこれ、僕やばい? 浮気? これ浮気になるの?)


 内心で冷や汗を垂らしたジークに、姫はクスクスと笑いをこぼした。


「そう慌てなくても、別に何もしていませんよ。ただ、寝かせる場所がそこしかなかったのです」


「それは、どういう」


「ーー失礼します」


 その時、唐突にドアが開いた。

 そこから入ってきたのは神官服に身を包んだ顔見知りの女性だ。


「オリヴィアさん……?」


「ジーク。目が覚めてよかった。心配したぞ」


「あ、はい。というか……ぁ」


 ジークは気絶する直前の事を思い出す。


「オリヴィアさんが助けてくれたんですよね? ありがとうございます」


「いや、私は当然のことをしたまでだ」


「そうじゃなくて……」


「?」


 彼女が助けてくれたのは嬉しい。

 だがそれよりも重要なのは。


「助けてくれたってことは、信じてくれたってことですよね?」


 そう、それが何よりうれしいのだ。

 半魔である自分を、無条件に信じてくれる人の存在が。

 そんな人、リリアやテレサ以外に居ないとジークは思っていたから。


 皆が半魔であるジークを拒み、疎み、悪意を向けてくる。

 街中から追われているジークにとって、信じてくれる人の存在は何物にも代えがたいのだ。


 そう胸の内を語ったジークに、オリヴィアは苦笑をこぼした。


「貴様はリリアが選んだ男だ。私がお前を信じるのは当然だろう。それに……」


「あなたには、ミドフォード議員を殺害する動機がありません」


 いつの間にか正装に着替えた姫が、ベッドの横に立つ。

 彼女の後ろにメイド服を着た女性が立っている。


「あなたが犯人だと信じているのは半魔を疎む者と、あなたに接したことがない者です。大侵攻で溜まり溜まった議会への不満と不信が、あなたに向けられている。行き場のない怒りをぶつけて清々しているだけなのですよ。そんな冤罪、私たちが信じるに値しません。まぁ、私たちも無傷とはいきませんが」


「……? どういうことです?」


 フィーネルの嘆きに、オリヴィアが補足する。


「半魔を承認した責任を追及しろと、今、議会は王家取り潰しを要求している。つまり、実質的な権力を全て手放し、象徴としての王族の役割すら放棄しろと言っているのだ。無論、姫様はそれを受け入れるわけにはいかない。だが世論が世論だ。姫様が議会を納得させるには、この要求が理不尽であることーーつまり貴様の冤罪を証明しなければならない。一蓮托生というやつだ」


「別に私は、王女の座に執着はないのですし、異端討滅機構での立場が変わるわけではないんですけどね」


「それでも、国の運営に支障が出る事は確実でしょう」


「そうですね」


 肩を竦めるフィーネルに、オリヴィアが仕方なさそうにため息をついた。


「事件を知った姫様はすぐさま私にお前の救出を命じた。今、他の葬送官(そうさかん)達は血眼になってお前を探している。今やお前が安全に眠れる場所は、ここ以外にない」


 最も、とオリヴィアは付け加える。


「同衾までする必要があったのかは、甚だ疑問ですが」


「ベッドが一つしかなかったのです。怪我人を床に寝かせるわけにもいかないでしょう?」


「……それはそうですが」


 オリヴィアは再び、深く長い溜息をついた。


「全く。リリアが聞いたら何ていうか……」


 リリアと聞いて、ジークはハッと顔を上げた。


「そうだ。リリアは? リリアは無事なんですか!?」


「……」


 オリヴィアは痛ましげに目を伏せる。

 姫は首を横に振っていた。


「私が迎えに行った時には、テレサ殿の家はもぬけの殻だった」


「そ、そんな……」


 心臓がきゅっと締め付けられるようだった。

 リリアが居ない。つまり『何か』あったのだ。

 今の状況で、ジークを迎えに行くために街に出たと考えられるほど、ジークは楽天家ではない。


「い、今すぐ探さないと」


「ジーク。落ち着け」


「これが落ち着いていられますか!? リリアが……あなたの妹が傷つけられているかもしれないんですよ!? もしかしたら、僕を探してどこかを彷徨っているのかもしれない。奴らは僕を狙ってるんだ。僕を嵌めるためにリリアを傷つけないなんて保証がどこに」


「落ち着けと言っているッ!」


 叩きつけるような怒声。

 思わず身が竦んだジークに、オリヴィアは柳眉を逆立てた。


「貴様が慌てたところで状況は変わらない。こうしている時間が無駄だと分からないのか?」


「で、でも、リリアが……」


「安心しろ。リリアは無事だ」


「え?」


 どうして分かるのだ、

 そう言おうとしたジークの鼻先に、オリヴィアは一枚の紙を突きつけた。


「貴様の家に残されていた」


 汚い字で書きなぐられている。


『リリア・ローリンズは預かった。返してほしくば葬送官本部へ出頭しろ』


 一度握りつぶして掠れた文字に、ジークははらわたが煮えくり返るような思いに駆られた。


「リリアを、人質に……!?」


 狙いは自分なのに、無関係の女の子まで巻き込むのか。

 リリアは何の罪もない、かわいい女の子なのにーー。


「あいつら……!」


「皮肉なことに、この紙の存在がリリアの安全を保障している」


「……どういうことです?」


「彼女が人質として機能する為には、彼女は無事でなければならないからです」


 フィーネルが落ち着いた声音で言った。


「それに、彼女は追放されたとはいえブリュンゲル家の末裔。いざとなれば特級葬送官を脅せる恰好の材料を、奴らが手放すはずがありません」


「最も、人質としての価値がイコール傷つけない理由とはならない。即刻助け出さなければなるまい」


「……っ」


 オリヴィアの腕が震えているのを見て、ジークは取り乱した己を恥じた。

 妹を人質にとられて何より辛いのは彼女であるはずだ。

 なのに彼女はジークを責めない。むしろ問題を解決しようと努力してくれている。


「……ごめんなさい、オリヴィアさん」


「気にするな。事情を理解したならそれでいい」


「はい。今は未来を見据えることが何より肝要です」


 湯気を立てた茶器を机に置き、姫はジークを見た。


「私はすぐ、議会に呼び出されるでしょう。その前に話しておきたいことがあります」


「……なんです?」


 ジークが問い返すと、姫はメイドに目配せした。

 メイドは一礼し、奥の扉に歩み寄り、一人の女性を案内する。


「やぁ、初めまして。君がジーク・トニトルスだね」


「そうですけど……?」


 右の顔面を仮面で覆った、白衣の女性だ。

 彼女は姫の前で膝をついて挨拶をすると、ジークの前に近づいてくる。


「紹介しましょう、ジーク。彼女はメリア・ジェーン。元国立悪魔研究所所長です」


「悪魔研究所……」


 不穏な響きに、思わず身構えた。

 もしもこのまま自分が捕まれば、連れていかれるのは恐らく研究所だ。

 死ぬまで解剖され、中身を観察され、あらゆる苦痛を与えるような地獄……


 そんなイメージを、ジークは研究所に抱いている。


「ぼ、僕、食べてもおいしくないですよ?」


 メリアは苦笑して首を横に振った。


「私に君をどうこうする気はないよ。興味深い存在ではあるがね」


「それが問題なのでは」


「いや、今問題なのは私より、奴らが君を狙っている理由の方だ。それが君の大切な人を救う助けになる」


「む」


 確かにそうだ。

 無駄話をしている場合ではない。

 こうしてる間にもリリアが危ないかもしれない。


「……分かりました。話してください」


「君を狙っているのは、私の元職場だ」


「……研究所が?」


「そう。彼らは一つの研究にとり憑かれている」


 意味ありげに、メリアは目を細めた。

 片目を仮面で隠した彼女の口元が、三日月に歪む。


「人造悪魔創造計画、その名を、聞いたことはないかい?」




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