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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第七話 立ちはだかる壁

 

「ダメだ~~~~~~! 出来ない~~!」


 権能武装の習得は想像以上に困難を極めた。

 訓練場の床に転がり、ジークは頭を抱えて転げまわる。


「やっぱり難しいですか?」


「うん。あと一歩な気がするんだけどなぁ、せめてなんかヒント……」


 リリアが差し出してくれたタオルで汗を拭きながら、ジークは唸った。

 オリヴィアに修業をつけてもらい始めてから、早くも一週間が立っていた。


 葬送官(そうさかん)の力を大幅に引き上げる権能武装の習得。

 最高難易度の修業を始めたジークだが、あれから、一向に進展がない。


(加護の力を自分で再現する……ってオリヴィアさんは言ってたけど)


 そもそも自分で再現できないから神の加護ではないのだろうか。

 神の加護を自分で使えたら、神々なんて要らないのではなかろうか。


「ねぇ、リリアもそう思わない?」


「ジーク。不敬ですよ。そんな事は思っちゃいけません」


 め、と頬を膨らませて鼻先をつついてくるリリア。

 賛同を得られなくて残念ではあるが、それはそれとして可愛い。


「まだ一週間じゃないですか。諦めるのは早いと思います」


「うーん。そうなんだけどさぁ」


 何か手掛かりが欲しい、とジークは思う。

 テレサとの修業は目標やゴールがはっきりしていたから分かりやすかったが。

 今の状態は、ゴールに近づいているかどうかも分からない。


 いや、違う。

 ゴールは見えているのだ。


 ただどうやってあんなバカげた力を再現するか分からないだけで。


「意外と、ていうかかなり難しいよ……」


「お姉さまも加護ごとに権能武装の形は違うと言っていますし、修業方法に正解はないみたいですけど……」


「いっその事、リリアも一緒に修業しちゃえば?」


「いや、わたしはまだ権能武装なんて……アウロラ様と話した事もないですし」


「じゃあ僕、アステシア様に頼んでみるよ」


「はい?」


 リリアは目を丸くした。

 彼女が何かを言う前に、ジークは目を閉じて天界に語りかける。


(アステシア様、聞いてましたよね?)


(ジーク。前にも言ったでしょう。私はあなたに手を貸したりは……)


(あ、じゃあゼレオティール様に頼みますね)


(……なんですって?)


 食いついた、とジークはほくそ笑む。


(アステシア様は、僕がどうやって運命を切り開くのか見てみたいんですよね?)


(まぁ、そうね)


(じゃあ、神々とのコネを利用するのも僕の力と言えるんじゃないですか?)


(……………………………確かに、そうね)


(だから僕、ゼレオティール様に頼んでみます。アウロラ様からリリアに力を貸してくれって。本当はいつもお世話になってるアステシア様に頼りたかったんですけど……しょうがないですよね。だってアステシア様、僕に力を貸すの嫌なんですもんね。ゼレオティール様なら力を貸してくれそうだし)


(あ、や、ちょ)


(じゃあ、失礼しますね。早速ゼレオティール様に……)


(分かった、分ったわよ! 私からアウロラに言えばいいんでしょ!?)


(わ、本当にいいんですか?)


(あなたに乗せられるのは癪だけど、別にあなた本人に力を貸すわけじゃないしね。その代わりアウロラが拒否したらそれまでよ?)


(はい! お願いします! さすがアステシア様、頼りになりますね!)


(むぅ。ジークがどんどんお調子者に……まぁこれはこれで可愛いけど……)


(じゃあ失礼します)


 ジークは目を開けて、呆然としたリリアを見た。


「リリア。アステシア様に頼んでおいたから、上手くいったらアウロラ様が話しかけてくるかも」


「え、え?」


「良かったね、これでリリアも権能武装の修業が出来るよ!」


「え、えぇぇえええええええ!? そんな簡単に!? それってアリですか!?」


「いいんじゃない? だって、他の神様から力を借りちゃいけないってルールないじゃん」


 権能武装の第一段階は神々との絆を深める事。

 その条件であれば、別にこちらから神々に話しかけなくてもいいはずだ。

 むしろ、仲の良い神から繋げてもらう方がよほど効率が良いし、確実だと思う。


「なんでみんなやらないんだろ?」


「やろうと思っても出来ないからじゃないですか……?」


「そう? アステシア様はすぐにおっけーしてくれたよ?」


「それはジークが規格外だからです! もう!」


「そうかなぁ」


 楽が出来るなら楽をした方がいい、とジークは思う。

 きっと神々からしても悪魔をたくさん倒してほしいんだし、うぃんうぃんだよ。


 そんなことを思っていたら、リリアが深いため息をついた。


「ジークと一緒に居ると、自分がどれだけ凝り固まった考えをしていたのか思い知らされます……」


「……それ、褒めてる?」


「褒めてますよ。やっぱりジークはすごいですね」


「……へへ」


 リリアに頭を撫でられて、ジークは頬を掻く。

 彼女の手から伝わる温もりが心臓に熱を与えて、心がポカポカし始めた。


 視線を持ち上げると、リリアと目が合った。

 そっと背中に手を回し、彼女は耳元でささやく。


「……大好きですよ、ジーク」


「……うん、僕も」


 ぎゅっと背中を回し、自分の気持ちを伝えるジーク。

 どちらからともなく額を合わせ、息がかかる距離で二人は見つめ合う。

 そして二人の距離はゼロになり──。


 ガチャ。


「──リリア、ジーク。遅れてすまない、ここに……」


『ぁ』


 突如、訓練場に入ってきたオリヴィアと目が合った。

 密着する二人、抱きしめ合うバディの様子にオリヴィアは硬直する。

 俯いた彼女の肩が、ぷるぷると震えだした。


「お、オリヴィアさん、これは──」


「く、くくくくく訓練場で何をやっておるか、馬鹿者どもぉ!?」


 耳を真っ赤にして叫ぶオリヴィア。


「リリア、言ったはずだぞ! 二人で暮らすのはいいが破廉恥な真似はちゃんと将来を誓い合ってからにしろと!」


「わ、わたしはずっとジークと一緒にいるつもりだもん! け、けけ結婚だって、いずれは……」


 ちらり、とジークを見ながら、指と指を突き合わせるリリア。


「……ずっと好きな人が居ないお姉さまには分からないですもん」


「うッ!?」


 リリアの言葉にオリヴィアは胸を抑えた。


「そんなんだから万年独身なんです。もうちょっと柔らかくなったらどうですか?」


「り、リリア、お前……」


「今のままだとずっと独り身ですよ? 寂しく老後を生きていくんですよ?」


「う、うう……」


 オリヴィアは涙目になってうずくまった。

 こうかはばつぐんだ!


「い、良いんだ……私は悪魔を倒して人々を守れれば、それでいいんだ……」


 いじいじと指でなにかを書き始める。

 いつもとは全く違う虚ろな瞳に、ジークは内心で合掌しつつ、


「リリア、ちょっと言い過ぎでは……」


「あ」


 リリアは慌てたようにオリヴィアに駆け寄った。

 女性には触れてはいけない闇がある……とジークは思った。




 ──ともあれ。




「ジーク。お前に呼び出しがかかっている」


「え?」


 気を持ち直したオリヴィアの言葉に、ジークは首を傾げた。


「呼び出し? 誰からですか? もしかして神殿からですか?」


 大多数の葬送官は己に加護を与えた神の神殿に属している。

 それは万が一の後ろ盾の為でもあり、神の信仰を集める代理者としての役割からだ。


 ジークの場合、葬送官になるにあたってテレサの庇護下に入った。

 葬送官になるだけならそれで良かったが……


 本当なら、神殿に挨拶をしに行かなければならない身である。

 葬送官として活躍すれば、その神に信仰が集まり、神々の力も強くなっていくからだ。ジークの場合は半魔という事情があるため、神殿に挨拶はいけなかったが……。


(この前、アステシア様と話してるの見られて……めっちゃ追いかけられたよね……)


 以前のリリアとのお出かけを思い出し、ジークは苦笑する。

 もしも神殿がジークを呼び出したなら、今度こそ応じなければなるまいが。


「いや、神殿からではない」


「あれ、違うんですか?」


「あぁ。お前を呼び出したのは評議会の一員……中立派で知られるミルフォード議員だ」


「ぎいん……? ひょうぎかい……?」


 確か、この国を運営しているメンバー、だったか。

 サンテレーゼ王国は立憲君主制の国家で、実質の運営は評議会。

 そして裏の権力者であり対悪魔関連で力を持っているのが、先日謁見した姫だったはず。


「そうだったよね、リリア?」


「はい。よく覚えてましたね、ジーク」


「へへ」


「すぐにイチャつこうとするな馬鹿者共。ともあれ、お前の言うとおりだ」


 オリヴィアは指を一本立てて、


「この国の評議会は穏健派と急進派、そして中立派という三つの派閥に分かれている。穏健派はどちらかというと姫様寄りの、異端討滅機構(ユニオン)に従順な者達だ。今の制度を変えないでおこうという者達だな。急進派はその逆。異端討滅機構の力を借りず、魔導兵器の力を以て国として独立を目指す者達。対悪魔の研究に力を入れている愚か者共だ」


「異端討滅機構の力を借りず……そんなことできるんですか?」


「現状は無理だ。だから彼らは兵器開発や研究費に予算を充てたがっている。要するに……疎ましいのだよ。異端討滅機構が」


「ふむ……?」


 分かるような、分らないような。

 首をひねるジークにリリアが補足してくれる。


「例えばジーク。会ったこともない人から、『明日から夕食は野菜料理で統一する』と言われたらどう思います?」


「……嫌だなぁって思う」


「それと同じですよ。悪魔と結びつくことなら何が何でも介入してくる異端討滅機構に、反感を持つ者たちは少なくないんです」


「そうなんだ……異端討滅機構のおかげで守ってもらえてるのに?」


「えぇ。残念なことに」


 この街を守っているのは日々頑張っている葬送官たちだ。

 彼らが居なければ魔導技術の中核を為す魔晶石の採掘もままならず、街はすぐさま悪魔で溢れ返って滅びるだろう。それなのに葬送官に頼りたくないとは不思議な話だ、とジークは思う。


「そんなに嫌なら自分たちで戦えばいいのに……あ、だから違うことで頑張ってるんだ」


「そういう事だ。で、最近、急進派の者達が貴様の事を議会に持ち出したみたいでな」


 和やかな空気が凍り付いた。

 オリヴィアは二人の顔を見てうなずき、


「彼らは言った。悪魔の血を引く半魔など葬送官として認められるわけがない。今すぐ殺すか解剖すべきだ、と」


「暴論です! ジークは姫様が認めた葬送官ですよ!?」


「そうだ。既にジークの身柄は法で守られている。だからそれを変えようと、彼らは言い出したのだ」


「そんな……」


「……まぁ、そうでしょうね」


 ジークは肩を竦める。

 オリヴィアの言葉には驚いたが、理解できない話ではなかった。

 なにせ自分は生まれた時から蔑まれ、疎まれてきた半魔なのだ。


 人間から嫌われることには慣れているし、人間がそういうものだとも理解している。


「まぁ、みすみす殺されたくはないですけど」


「ジーク……あなたは、どうして……」


「ん?」


 何かを言いかけたリリアは悲しげに首を振った。


「……いえ。なんでもありません。それでお姉さま、議会の方は」


「当然棄却されたよ。議論すべきではないと。ただ、急進派がそれで納得するわけではない。彼らは今後も何かを仕掛けてくるだろう。そのために、中立派であるミルフォード議員が事態の解決に乗り出したのだ」


「中立派ってことは、すぐに僕をどうこうしたい勢力じゃないってことですよね」


「あぁ。中立派は時代や情勢によって意見を変える、まぁどっちつかずだな。その中でもミルフォード議員はサンテレーゼでも古老と呼ばれる方で、柔軟な考え方を持っている。姫様との関係も良いからお前を害したいわけじゃないだろう。ただ、話題の中心にいる半魔がどんな人物か知りたいと仰った」


「……なるほど」


 他人の評判や意見を鵜呑みにしない人なんだ、とジークは好印象を持った。

 半魔である自分を見て、話して、それから判断してもらえるなら、それほど悪い話ではない。


「良いですよ。会っても」


「ジーク」


「リリア、心配してくれるのは嬉しいけど、僕、どうせこうなると思ってたんだ」


「……」


「世界は、リリアやテレサ師匠みたいな優しい人だけじゃない。オリヴィアさんだって最初は意地悪だったし」


「う」


「話して分かってもらえるなら、それが一番良いよ。何かするような人じゃないみたいだし」


「……ジークがそこまで言うなら」


 リリアは渋々といった様子でうなずいた。

 居心地悪そうに咳払いしたオリヴィアは「ありがとう」と立ち上がる。


「では早速行こうか。なに、会って話をするだけだ。すぐに終わるだろう」


「はい、リリア。僕行ってくるね」


「わたしも一緒に……は、無理なんですよね」


 オリヴィアは眉を下げ、


「そうだな。すまんが議員は二人で話したいと仰せだ。悪いが、待っててくれるか」


「……分かりました。ジークの好きなお肉料理を作って待ってます」


 玄関まで見送りに来たリリアは、ぎゅっとジークの袖を握った。


「だから、早く帰ってきてくださいね」


 ちゅ、と頬に暖かい感触。

 心配そうな表情をした相棒に、ジークは口づけを返した。


「美味しいごはん、期待してるね」


「任せてください」


 リリアと別れ、ジークとオリヴィアは街へ向かう。


「……見せつけてくれるな、貴様は」


「え?」


「いや、なんでもない。私も誰か相手を…………無理かぁ」


 なぜだか肩を落とすオリヴィアに、ジークは首を傾げるのだった。



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