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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 覚醒
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第一話 かけがえのない思い

 

『どうやったらあたしみたいな至高の武器が作れるかって?


 そんなのこっちが聞きたいわ! どれだけ打っても果てが見えないのよ!』



『伝説の鍛冶師ベリィゼの日誌・鍛冶神との謁見』より抜粋。





 ◆



「ーー本当に行っちゃうんですか?」


 寂しさを押し殺しながら、ジークは問いかけた。

 眼前、玄関の前に立つテレサは旅支度を整えて立っている。


 彼女はジークを見ると、弱ったように苦笑した。


「昨日何度も言ったろ。必要なことなんだよ」

「でも、引退したテレサさんが行くなんて……」


 ジークは昨日の話を思い出して唇を噛む。

 異端討滅機構(ユニオン)から、引退したテレサに招集がかかったのだ。


 先日、ジークたちは死に物狂いで大侵攻に抗ったがーー

 なんでも、あれはほかの国々でも同時多発的に起こった事態らしい。


 北のノーセリア大陸、

 南のエルメネス大陸、

 そしてジークたちのいる中央大陸。


 大陸の各地にある主要国家に、冥王直下の軍勢が押し寄せた。

 その事態を重く見た異端討滅機構(ユニオン)は、引退したテレサを呼び寄せたのだ。


 今までは平和だったからいいものの、元より葬送官(そうさかん)は人手不足。

 実力のある人間を遊ばせておく理由はない、とのことらしい。

 テレサは南のエルメネス大陸にある、冥王軍に占領された東諸島連合の偵察任務に就くことになった。


(まぁそんな大変な事態だからこそ、僕が見逃されたんだろうけど……)


 半魔一人に構っている事態ではないのだ。

 停滞していた時は動き出し、時代のうねりがすぐそこまで迫っている。

 だからといって、


「せっかく、仲良くなれたのに」

「すぐに会えますよ、ジーク。お師匠様には転移能力があるんですから」

「……そう、だけど」


 リリアが隣でなだめてくるが、ちっとも気は休まらなかった。

 出会ったばかりの頃はいつ殺されるか不安だったのに、テレサと過ごした短い思い出は、ジークの中でこんなにも大きくなっている。胸の中からあふれ出る気持ちが涙になって、視界を濡らした。

 テレサは仕方なさそうにジークの頭に手を置く。


「……泣くのはおよし。お前も男だろう?」

「……でも」

「リリアの言うとおり、今生の別れってわけでもないんだ。任務が終わったらすぐに帰ってくるさ」


 だから、と不器用にテレサはジークの頭を撫でる。


「それまでに強くなりな。アタシがびっくりするくらいね」

「……はい。僕、頑張ります。だから、必ず帰ってきてくださいね」


 ジークはごしごしと涙を拭い、笑って見せた。

 僕が泣いても仕方ない。せめて笑顔で送り出してあげないと。


 テレサは「うん」と笑い、


「あんたにはまだまだ教えていないことがたくさんあるからね。気にくわないけど、留守の間はあいつに頼んでおいた」

「あいつ……?」


 テレサは応えず、リリアに向き直る。


「ジークのこと、しっかり頼むよ。あんたもしっかりやりな」

「は、はいッ。頑張ります」


 リリアも先日の功績を認められ、序列を五万位にまで上げていた。

 階級もジークより一足先に下一級へ上がっており、今やジークとは正式なバディである。微笑んだテレサは、ジークから見えないほどリリアに近づき、ある物を手渡す。


「あと……大事なことはしっかりやること。後悔しないようにね」

「え、え、お師匠様、これ……」


 それは包み紙に包まれた四角い物体だ。

 真ん中に輪っかが浮き出ており、表と裏がある。


 中身を理解したリリアは沸騰したように顔を赤くした。


「もうっ! だからわたしたちは本当にそんな関係じゃーー!」

「へぇ? じゃあこの子を誰かにとられていいってのかい?」

「それは」


 リリアはちらりとジークを見た。

 首をかしげる彼と目が合うと、リリアは耳まで真っ赤になって、両手で口元を隠す。

 俯いて、ぼそりと呟いた。


「……それは、いやです」


 テレサは微笑み、


「あんたも身に染みて分かっているだろうけど、葬送官(そうさかん)は本当に、いつ別れがあってもおかしくない。後悔しないようにね」


 そう囁いて、テレサはあっさりと背中を向ける。


「じゃあ行ってくる。留守を頼んだよ、二人とも」

『はい!』


 そう言って、テレサは加護を発動する。

 瞬きのあと、彼女はもうどこにも居なかった。


「……行っちゃったね」

「……はい」


 寂しいが、きっと彼女は無事に帰ってくる。

 師に宣言した通り、自分はもっともっと強くならなければ、もう誰も失わないために。

  改めてそう決意したジークは「ところで」と話を変える。


「リリア、さっき何を貰ったの?」

「……っ!?」


 唐突な問いに、リリアが顔色を変えた。


「は、はい!? なんのことですか!?」

「師匠に何か貰ってたよね? それが何かは見えなかったけど、僕には何もくれないんだもん。気になるなー」


(お師匠様~~~~~~~~~~!? なんて爆弾残していくんですか!? なにやってくれてるんですか!?)


 こうなったジークがしつこいのをリリアは夜伽の件で知っている。

 どう言ったものかと悩んでいると、


「ねぇ、何なの? 何貰ったの? もしかしておやつ? 美味しいやつ?」

「……むです」

「え?」

「だからッ! これは、男性と女性が、その…………もうッ! 何言わせようとしてるんですか! ジークの馬鹿! あんぽんたん!」

「あんぽんたん……?」


 リリアはそっぽ向いてジークを無視する。

 ジークはこっちの気持ちには鈍感なくせに、こういう時だけぐいぐい来る。

 もっと別の時にこんな押しを見せてくれたら、素直になれるのに。


 その時、テレサの言葉がリリアの脳裏に響いた。


 ーー後悔しないように、か……。


 アンナの死は、リリアの心にも棘のように残っている。

 少し立っている場所が違えばーー自分が死んでいたかもしれないのだ。


 死はいつだって平等に誰かに訪れて、いつ来るかも分からない。

 葬送官となって、リリアはそのことを痛感している。

 自分もジークも、明日、無事に生きていられる保証なんてないのだ。


 伝えたいこと、

 心に抱えた想いを寝かせておくなんて余裕は、葬送官にはない。


 ーーそう、ですよね。後悔しちゃ、ダメですよね。


 日々を精一杯生きる。

 やり残しがないように。

 万が一が起こった時に、後悔しないように。


 伝えられないことが、ないように。

 リリアは、すー、はー、と呼吸して「よし」とジークに向き直った。


「ジーク。お話があります」

「え、うん。なんでしょう」


 改まった相棒の言葉にジークは居住まいを正す。

 すると、彼女は意を決したように言って、


「明日、一緒に出かけませんか?」



 と、そう言ったのだった。



 ◆



 ーーそして翌日。


 街の噴水広場の前で、ジークはため息をついた。

 広場に座る彼には複雑な視線が向けられていて、ジークの周りだけ人がぽっかり空いている。


「先に待ち合わせ場所に行ってほしいって、言われたけど……」


 急遽街に出かける約束が出来た昨日。

 リリアは様子を見に来たオリヴィアと連れたって、下宿前の家に戻っていた。

 ジークは一人で街に入り、愉快ではない視線を受けて待ち合わせ場所に立っている。

 その事を居心地悪く感じている自分に気づき、ジークは苦笑した。


「……なんか、贅沢になったな、僕」


 こんな視線を向けられることなんて、慣れているはずだ。

 ついこの間まで野宿生活だったし、悪ければ肥溜めの中で寝ていたこともあった。食事なんてまともに食べられなかったし、服だってまともなものじゃなかったのに。


「友達もできて、屋根の下で寝られて、ご飯も食べられる……これ以上ないくらい幸せなのに」


 もっと、もっと欲しいと思ってしまう。

 一度手に入れた温もりを、手放したくなくなってしまう。


「……一緒に街に行きたかったな」


 誰かと見る景色は楽しい。

 誰かと食べる食事は美味しい。

 それが親しい友達なら、なおのことーー。


「ジーク!」


 声が、聞こえた。

 待ちわびた相棒の声にジークはハッと顔を上げ、


「遅いよリリ、ア……」


 愕然と目を見開いた。


 ーー天使が、そこにいた。


 紺色のワンピースドレスに星粒のような白髪がひらりと舞う。

 肩口には刺繍をあしらった穴が空いていて、華奢な肩が見えている。

 フリルの付いた胸元は豊かさを目立たせ、腰のリボンが可憐さと美しさを両立させている。


 ジークはぽかんと口を開けてリリアを見つめていた。

 耳に髪をかきあげた彼女は頬を染め、


「遅れてすいません。待ちました?」

「……」

「ジーク?」

「へ?」


 ジークは我に返る。

 いつの間にかリリアが目の前にいた。


「あ、ご、ごめん! あんまり綺麗だから見惚れちゃってた。すごい可愛い恰好だね。どうしたの?」

「か、かわ……これは、ジークのために見繕って……」

「え?」

「な、なんでもありません! ほら、早く行きますよ!」


 リリアは手を引っ張ってジークを先導する。

 見目麗しい彼女には周りも注目しており、男女問わず視線が向けられていた。

 自分とは大違いだ。ほんとに一緒に歩いていていいのだろうか。


「あの、ごめん。僕、他の服持ってなくて」

「分かってます。あとで一緒に買いに行きましょう。お給料も入りましたし」


 半魔のジークも、先日の姫の一件で葬送官として認められている。

 大侵攻後の経済影響を加味して早めに配られた給料である。


「僕、どんなのがいいか分からないからさ、選んでもらってもいい?」

「はい! うんとカッコいいの選びますから、覚悟してくださいね」

「お、お手柔らかに……」


 リリアは足を緩めて、ジークと二人並ぶ。

 二人の手は繋がれたままだ。

 正直歩きにくいが、この温もりがジークには嬉しい。


 そんなジークは、リリアの耳が赤い事には気付かなかった。



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