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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 胎動
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第二十五話 心の在処

 

 戦いは熾烈さを増していく。

 周りの視線を集めているとは知らず、ジークは吠えた。


「ぉおおおおおおッ」

『フン……!』


 懐に潜り込み、双剣を切り上げようとするジーク。

 それに対し、コキュートスは戦槌を振り上げ、すさまじい速度で振りぬいてきた。


 ーー……ゾクッ!!


 強烈な悪寒が背筋を駆け抜ける。

 あれを食らったらやられる。魔眼で未来を見たジークは咄嗟に攻撃を停止。

 戦槌の下をかいくぐり、滑るようにコキュートスへ肉薄する……!


『なに……!?』


 ジークは跳躍した。

 コキュートスは動けない。


 戦槌はすさまじい重量とリーチを引き換えに小回りを捨てた重装備だ。離れた敵を押しつぶすことには長けるものの、懐に入り込んだ敵に対応が難しい。

 そのことを理解していたジークは、跳躍しながら両手を後ろに下げた。


「トニトルス流双剣術二の型一番……!」


 体重のすべてを斬撃に乗せる、防御を捨てた突貫攻撃。


「『蓮火・塵旋風』ッ!!」


 後ろに宙がえりし、全身の力を剣に乗せる。

 硬い衝撃が剣から手に伝わり、ざくりと、身体にめり込む感触。


『ヌ……!?』


 強固な鎧を突き抜けたジークの剣に、コキュートスが瞠目する。

 だが、ジークの攻撃はこれで終わりではない。

 後ろに宙返りを終えたジークは、両手を振り上げて一閃……!


『ぐ、ぉぉおお!』


 攻撃を終えて硬直する一瞬の隙を、コキュートスは突いた。

 ()()()()()()()()()()


「ーーこっちだ」


 ぐるん、とコキュートスが振り向く。

 だが、振り向いた時にはすでにジークはそこにはいない。


「どこを見てるのさ?」


 ジークはコキュートスの脇腹を切りつけた。


『……こ、ノ……!』


 足元や肩、前後左右を問わない縦横無尽な攻撃。


 ーー加速する。


(何だ……こいつは。この短期間で、何が起こった!? フシュー……ッ!)


 ジークが動いているのは『今』ではない。

 〇.五秒先の未来だ。

 常に未来の動きを予知し、行動を予測。

 同時に一瞬早く剣を仕掛けながら戦う『対の先』に特化した高速戦闘。


 未だ一秒先の未来を見る領域に、ジークはいない。

 だが、油断と慢心を抱えた相手を翻弄するぐらいに、彼の成長は著しかった。

 コキュートスの視界からジークが消える。

 背中に隠れた一瞬に、ジークはオリジナルの型を構えた。


「トニトルス流双剣術抜刀の型一番……ッ!」


 逆手に持った左手の剣を水平に置き、右手の剣で十字を作る。

 ギリ、とバイオリンの弓を引くように、剣をすべらせ、反動で威力を増幅。金属同士が生じる火花を聖杖機(アンク)の放つエーテル粒子がまとめ、剣が炎を纏う……!


「『焔・兜割り』ッ!」

「ぐ、ォォオオオオオオオ!?」


 背後から迫ったジークの剣が、振り向いたコキュートスの眼窩を一刀両断。

 片目を潰されたコキュートスは戦槌を振り下ろすも、ジークは双剣によって力を受け流す。体勢を立て直すため、何度も後ろに飛び下がった彼は「ふぅ」と息をついた。


「……やっぱり、一筋縄じゃいかないか」

『……っ』


 コキュートスの全身を切りつけたジークだが、相手はほとんどの傷を再生している。


 ジークの言葉はその圧倒的な再生速度を見たがゆえだがーー

 それは、コキュートスが呑みこんだものと同質のものだった。


(この半魔……フシュー……二週間前とは……別人……!)


 既に再生を終えているが、彼に削られた魔力は馬鹿にできない。

 このまま攻撃を食らい続ければ、倒れるのは自分になるだろう。


(冥王様から頂いたご下命。果たさねば恥さらしとなるのは我……!)


『何があったかは知らぬが……』


 コキュートスは理解する。

 先ほどまで怯えて何もできなかった半魔は、どこにもいない。

 こいつは自分が相手に値する男であると。

 全力で戦わなければ、やられるのは自分であると。


『フシュー……! 認識を、改めねばなるまい』


 ドン! とコキュートスは戦槌を地面に打ち付けた。

 短期間で劇的な成長を見せた男への、それはコキュートスの最大の賛辞。


『我は冥王メネス様直下、第六軍団長煉獄の神ヴェヌリスが眷属! 森葬領域アズガルドを預かる氷刃の守り手! オルテマギア・コキュートス! 名乗れ、小僧! 人と魔の血をひく穢れたともがらよ!』

「……っ」


 半魔として、悪魔としてではない。

 それはコキュートスの中に残る、冥府の守り手としての矜持。武人の片鱗。

 先ほどとは打って変わった態度を受け、ジークは応えた。

 右の剣を前に、左手を後ろに下げ、構える。


 それはジークが最も得意とする、

 攻防一体、全方位をカバーする『碧雷』の構え。

 友を守るという無垢なる想いを乗せ、少年はカッと目を見開いた。


「女神アステシアの加護を受けた半魔、異端討滅機構序列最下位、下二級葬送官ジーク・トニトルス!」


 戦場に似つかわしくない、高らかな名乗り合い。

 互いに倒すべき敵と認め、視線の火花が散る。


『いざ、尋常に』


 世界に満ちる音を置き去りにし、二人は同時に動いた。


『ーー勝負ッ!』


 ジークは時間が引き延ばされるような感覚を覚えた。

 見上げるほどの巨体に真っ向から突っ込んだ刹那、氷の雨が降り注ぐ。


 縦横無尽、視界を覆うほどの雨を受け、ジークは加護を発動。

 魔眼で〇.五秒先の未来を視認し、雨粒を一滴残らず避けていく。


(訓練で受けた時の剣の方が……速く、鋭かった……!)


 相手は巨体。こちらは象に飛びかかる猫のようなもの。

 パワー勝負はダメだ。先ほどと同じように、速さと手数で翻弄する。


 一撃でダメなら次、

 その次、

 そのまた次だ。

 愚直なまでの思考と試行こそ、ジークが訓練で培ったものの真骨頂ーー!


「ぁぁぁああああああああああッ!!」

『ヌゥン……!』


 瞬く間に氷の雨を掻い潜り、ジークはコキュートスの懐に飛び込んだ。

 巨大な戦槌を振り回すコキュートスは避けられない。

 右手、左手、脇腹、膝、肘、首、心臓、

 細かな斬撃を繰り出し、ジークはコキュートスの喉元へ剣を突き立てる……!


 ……あれ?


 違和感が、あった。

 音が聞こえない。視界に映る全てが緩慢な動きで流れている。

 ジークはこの感覚を、極限状態の集中がなせるものと考えていた。


 だが違う。

 なんだこれは?


 手応えがない。

 斬っているのに、斬っている気がしない。


 知っている。

 僕はこれを知っている。


「ぁ」


 そうだ。

 これは。







 まるで、走馬灯を見ている時のようなーー









 その直後だった。



『フシュー……認めよう。貴様は強くなった』


 首筋を斬られかけたコキュートスが、縮む。

 まるで甲冑を脱ぎ捨てる武者のように、彼の体積が一気に目減りする。


『だが、これまでだ。我が異能の神髄、ご覧に入れようーー』


 瞬間、〇.五秒後の未来。

 ジークは前方が塞がれているのを見て取った。


 斬り抜ける? ダメだ。間に合わない。

 咄嗟に右、後ろと流し見る。そこも同じだ。塞がれている。


 突破口は左にしかない。

 正直で愚直なジークにはそこに飛び込む以外の選択肢がない。

 〇.五秒先の未来でも攻撃は来ていない。だから唯一安全なはずーー

 その筈、だったのに。


「…………!?」


 ガツン、と強烈な衝撃がジークを襲った。

 身体が粉々になるようなを痛みに耐え、ジークは二度、三度地面を跳ねる。

 決河のごとく吹き飛ばされ、コキュートスが作った壁にぶつかった。


「が、は……ッ」


 口から大量の血を吐くジーク。

 身体中が痺れ、頭が割れそうな痛みが彼を襲う。


「ぁ、ぁぁああああ!?」


(どうして、一体、何が。僕は、ちゃんと避けたはずなのに……!)


『フシュー……何がどうなったか分からぬという顔をしているな』


 ズシン、とコキュートスが歩み寄ってくる。

 巨体だった武人の身体は縮んでいた。

 身長は百七十センチほどだろうか。引き締まった氷の武人がジークを見下ろしている。


『どうやら貴様は、我の反応を見て動いているようだが……我が異能『怒れる吹雪』は我が周囲のどこにでも氷を作れる。その形成スピードはコンマ一秒。貴様が反応できなければ、意味はない』

「ぅ、ぁ」

『反応は認める。強さも認めよう。だが、圧倒的に経験が足りない』


 未知の敵に対する判断力は、数多の戦いを経てのみ培われる。

 どれだけ才能にあふれようと、ジークは未だ原石。

 特級相当の『変異種』と戦うのは早すぎた。


(勝て、ない……)


 たった一撃で、ジークは実力差を思い知らされていた。


 それはテレサと初めて訓練をした時にも感じた絶望感。

 どれだけ工夫を凝らしても、覆せない圧倒的な差。


 カチカチ、とジークは歯を鳴らした。

 全身から血の気が引く。意識していないと、剣を取り落としてしまいそうだ。


 ーー怖い。


『……手間がかかったが、これで終わりだ』


 ーー怖い。


『氷の中で眠るがいい。穢れた半魔よ』


 ーー怖い。怖い、怖い、怖い。


「く、くるな、くるなぁあ……ッ!」


 無様に身体をよじらせ、剣を振り回そうとするジーク。

 だが、コキュートスから受けた恐怖はあまりに大きく、身体が動かなかった。


『哀れな。せめて潔く捕まるがいい……』


 死が、迫ってくる。


 彼に捕まればどうなるのか。

 アーロンに捕まった五年間が、ジークの身体に恐怖を呼び起こす。

 良くて奴隷。悪ければ死。

 半魔として生きてきた自分を悪魔が受け入れるはずがない。


 いやだ。

 いやだ、いやだ。いやだ。死にたくない!


 臆病な心が顔を出す。

 苦痛に耐え、寂しさに耐え、悲しみに耐えた心の闇が囁いてくる。


 ーーそんなに怖いなら、逃げればいいじゃないか。


(にげ、る……?)


 ーー何をためらう。人間を守るために戦う義理なんて、君にはないだろう?


(でも、でも、今、ここで逃げたらリリアが)


 ーー馬鹿め。あんな上っ面の言葉を信じているのか? どうせ裏切られると決まっているのに。


 人間に虐げられ、悪魔に追われ続けた二年間が脳裏に蘇る。

 今まで何を受けてきた。今まで何を見てきた?


 笑顔で差し出されたパンは毒入りだった。

 森の中で罠を仕掛けられて待ち伏せされた。

 背中に矢を浴びせられてハリネズミにされた。


 ジークは何もしていなかった。

 ただ、普通に生きたかっただけだった。


 ーーそうだ。お前は何も悪くない。お前を裏切る世界なんてクソだ。


 躊躇う必要なんてない。

 一人で逃げろ、強いやつと戦わなくたっていい。


(そうだ。僕は、何をためらっていたんだろう)


 ずっとこうしてきたじゃないか。

 足止めは充分に果たした。もう義理は果たしたはずだ。


 本能が告げる。こいつと戦わなくていいと。

 理性が告げる。逃げることが最適解なのだと。


(そうだ、逃げよう。逃げて、どこかに隠れればいい。そうすれば全部ーー)


 後ろ向きに、

 生きるために、ジークが本気で逃走を選択したその時だった。


『ジークさん』


 声が、聞こえた。


「ぁ」


 心に立ち込める闇の中を、一筋の光が照らし出す。


『もう、食べすぎですよジークさん。そんなに美味しいんですか?』

『ジーク。一緒に頑張りましょうね』

『あなたに出会えてよかった』


 ただ一人の友の声が、笑顔が、ジークの心に火をつけた。


「リリア」


 そうだ。僕は、負けられないんだ。

 リリアのためにも、こいつを倒さなきゃいけないんだ。


『ヌ……?』


 ガクガクと震える膝を無理やり動かして、ジークは立ち上がる。


 ーー何をしている。逃げろ、逃げないとまた傷つくだけだ!


(そうだ。僕は、怖いんだ。また傷つくのが、何より怖いんだ)


 言葉を交わし、親しくなればなるほど怖くなった。

 いつかあの人が武器を持って自分を追いかけてくる未来が怖かった。

 対等に言葉を交わすことで、あんなに暖かい気持ちを貰えるなんて思わなかったから。

 その関係が無くなるのが怖かった。


(君も、同じだよね)


 ーー僕は。


(傷つくことが怖い。死ぬことが怖いんだよね。でも、でもさ……)


 ジークはぎゅっと剣を握りしめた。


「ここで逃げて、何になるの?」


 逃げて逃げて逃げ続けて、何かが変わったことが、今まであったのか?


「なかった。立ち向かって、泥だらけになって、決断して、僕は師匠やリリアと出会ったんだ」


 ーー敵は格上。勝てる見込みはない。


「だからなんだ。今までずっとそうだったじゃないか」


 ーー知識も経験も力も何もかも足りない。自分は弱い。


「そうだよ。僕は弱い。弱いからこそ、譲れないものがあるんだ……!」


 カッ!と目を見開き、ジークはコキュートスを睨みつけた。


 どれだけ自分を奮い立たせてもぬぐえない恐怖。

 怖くて怖くて、今にも逃げ出したいのは本心。


 けれど、そのたびに思い出す。

 守りたいものを。


「あの笑顔を、友達を見捨てて逃げるくらいなら、死んだほうがマシだ!」


 それもまた、ジークの本心だった。


 ジークは叱咤する。

 臆病な心を、逃げたくなる自分に、前を向けと叫んだ。


『……っ!』


 目つきが変わったジークに、コキュートスが目を見開く。

 膨大なエネルギーを圧縮した氷の武人は、戦槌を地面に打ち付けた。


『最期まで戦おうとする気概、見事! 半魔よ、その生き様、我が記憶に刻もうぞ!』


 コキュートスが戦槌を振り上げた。

 意識を刈り取る一撃が、ジークの頭に降りかかってくる。


「う、ぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 全身の力を限界まで振り絞り、ジークは恐怖の象徴に立ち向かう。

 だが、闇雲な一撃ではコキュートスは倒せない。

 容赦なく、ジークの意識は刈り取られる。

 その寸前だった。



「『氷樹降誕(アディナ・スティーラ)』ッ!!」


『ヌ……!?』


 ぐぉぉおお、と地面から樹が生えてきた。

 ジークとコキュートスの間に割って入った樹が、戦槌を受け止めた。


 突然の事態に、氷の武人は後ろに飛びのく。

 ジークは愕然と目を見開き、振り向く。

 白雪のような髪、荒立てた息を整え、彼女は言った。



「私の友達は、絶対に殺させません」



 リリア・ローリンズは、再び戦場に降り立った。





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