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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 胎動
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第二十三話 約束された再会

 

 ーー同時刻、サンテレーぜ外周区南東地区。


 アンナとオリヴィアは哨戒任務に着いていた。

 夜風に赤髪をなびかせながら、アンナが唇を尖らせる。


「師匠、本当にいいんですか」

「何がだ」

「決まってます。ジークのことです。本当に葬送官(そうさかん)にするつもりですか?」


 アンナの脳裏によぎるのは今朝がた聞いた、ジークの陽力値更新の話だ。

 異端討滅機構(ユニオン)創設以来、歴代最速最高の記録をただき出した半魔。

 未だその数値は上級葬送官に及ばないものの、その伸びしろを考えれば期待値は計り知れない。


(なんで、あんな奴が……)


 苦々(にがにが)し気なアンナの言葉に、オリヴィアはため息を吐いた。


「またその話か。今朝から何度するつもりだ?」

「重要な話です!」

「全ては特級悪魔を倒してからだ。もしも本当に特級を倒せる実力があるなら、検討の余地はあるだろうな」

「けど、あいつは半魔ですよ!?」

「特級を倒せる戦力が今の異端討滅機構にどれだけ貴重か、分からんお前ではあるまい」

「それは……」


 アンナは奥歯を噛みしめる。

 全部で十万人以上いる葬送官の中でも、特級まで登り詰めた者は全体の一パーセントにも満たない。彼らは全員が修羅場を潜り抜けてきた猛者であり、有事の際に指揮官にも徴用される貴重な存在だ。


(半魔であってもそれは変わらない。本当に戦力になるなら、首輪をつけた上で飼い殺しにしたほうが得策)


 そのように上層部は考えるだろう。

 研究所内で切り刻むより、そのほうが人類のためになるのだから。

 ーーそれでも。


「あたしは……納得、できません」

「……十年前の話か」

「はい」

「本当は、お前も分かっているんじゃないのか?」

「…………」


 アンナは答えない。

 オリヴィアは嘆息し、


「恨むなとは言わん。怒りと憎しみは時にエネルギーとなる。だがな、我らは葬送官(そうさかん)だ。私情よりも人類全体の貢献を考えねばならん」

「……はい」

「何よりお前は私の弟子だ。約束事を守らないようでは、他の葬送官に示しがつくまいよ」


 話がひと段落したところで、オリヴィアの聖杖機(アンク)が光った。

 彼女は陽力を流し通信回路を励起する。


「私だ」

『こちらサンテレーゼ支部分析班。至急ご報告したいことが。今お時間は?』

「問題ない。なんだ?」


 分析班が内容を告げると、オリヴィアは眉を顰めた。


「なに? 悪魔の報告数が激減している?」

『はい。現在報告をまとめていたのですが、ここ三日、散発的に出現していた悪魔の出現報告が五分の一以下に減っています。森葬領域アズガルドに隣接する王都にあって、この数字は異常です。しかも、報告される悪魔は土竜型、小鬼型など下級悪魔ばかり。まるで……」

「まるで王都を偵察しているようだ、か?」


 分析官の言葉を先取りしたオリヴィア。

 師の言葉を聞いたアンナにも緊張が走る。


『いかがいたしますか』

「そうだな……大侵攻の予兆に似ているが、さすがにこれだけで動くわけにはいかん。悪魔たちは狡猾だ。こちらに緊張状態を維持させ、疲労させる事が目的かもしれん」


 オリヴィアは顎に手を当てて、


「森葬領域アズガルドへ潜入した斥候の報告は?」


 そうオリヴィアが問いを発した時だ。

 ピピ、と小さな着信音と共に、アンナの聖杖機が光った。

 相手を選ばないその通信信号は緊急時における無差別の応援要請。


『…………!』


 さっきの今での出来事だ。二人は目を見合わせる。

 アンナは素早く聖杖機に陽力を通し、エーテル粒子を経路に飛ばされた音声を受信。


「こちらアンナ・ハークレイ上級葬送官。どちらに?」

『こちら第一斥候小隊、至急応援を求む! あ、あいつ、あいつが出た……!』

「落ち着いてください! 報告は簡潔かつ明瞭に!」

『上一級悪魔!変異種です! 一千以上の軍勢を率いてサンテレーゼに向かってます!』

「……ッ!?」

『し、至急応援を!!今にあいつがき、ぎゃぁああああああ!!!』

「部隊長、応答してください! 部隊長!」


 聖杖機からの通信は途切れている。

 水を打ったような、嫌な静寂がその場に満ちていた。

 聖杖機をしまったアンナがオリヴィアを見る。


 分析班の方も受信していたのだろう。

 オリヴィアの聖杖機は不気味に沈黙している。

 一拍の間を置き、オリヴィアは柳眉を吊り上げ、聖杖機(アンク)に怒鳴り散らす。


「ーー王都に第一種戦闘態勢を発令! 葬送官は直ちに戦闘準備に移行! 事務官は住民の避難を誘導しろ!」

『はッ!』

「それと分析班、外壁に設置された小型カメラの映像を解析し、悪魔の配置、種類、規模をまとめ、直ちに私に報告せよ!」

『今やっています!』




 ブゥウウウウウウウウウンーーーーーーーーーー! 


 と。警報音がサンテレーゼの街並みに響き渡る。


 居酒屋帰りの会社員たちは動きを止め、道路を走っていた魔導自動車はクラクションを鳴らし、犬猫は空を見上げる。

 神官たちは神に祈りを捧げ、夕食後に談笑していた家族は外を見つめ、貴族官僚は我先にと逃げる準備を始めていた。


 だが、彼らにはそこまでの緊張感はなかった。

 十年以上前からサンテレーゼに住まう住民にとって、『大侵攻』を経験するのは二度目だからだ。


「まぁ、大丈夫じゃね?」 


 居酒屋帰りの会社員がつぶやくと、同僚の男性が同意する。


「あぁ。なんたってこの街には『戦姫』がいるからなぁ。世界で二百人もいない葬送官の精鋭中の精鋭。この前も大活躍だったし」

「あの人、たった一人で悪魔に占領された街を解放したバケモノ中のバケモノだからな。前も大丈夫だったから、いけんだろ」

「よーし! もう一軒呑みに行くぞー! 『戦姫』の活躍を間近に見るチャンスだ!」


 危機感のかけらもない会社員の言葉に周囲は呆れの視線を向けるも、その言葉自体を否定しようとはしなかった。


「そうよね……『戦姫』がいるんだもの。大丈夫よね」

「えぇ。それにいざってときは元序列七十五位の『時空の魔女』までいるんだし、余裕よきっと」

「うん。でも、一応避難だけしておこっか。一応ね」


 そんな呑気なやり取りをしていたのは、何も住民たちだけではない。

 葬送官本部であわただしく動いていた葬送官たちも、どこか緊張感に欠ける言葉を交わしていた。


 彼らの言葉にたびたび上がるのは『変異種』という言葉だ。

『変異種』はエルダー以外の悪魔が人の魂を重ねて食らったことで進化した異能知性体である。

 通常の悪魔があくまで生物の範疇にとどまっているのに対し、『変異種』は人間が使う加護と変わらぬ超常の力を扱い、強力な力を持っている。


 当然、『変異種』の階級は通常の一段階、あるいは二段階引き上げられる。

 例えば上級の悪魔が変異した場合、特級相当の力を持つ。



 ーーとはいえ、だ。



 サンテレーゼ史上、大侵攻は二度目。

 一度目を凌いでいる事もあって、二度目となると気が緩む。


「まぁ、『戦姫』がいるしな」

「あの人クソ強いからなぁ。オレ、絶対大丈夫だと思う」

「つーか、いざとなったら『時空の魔女』もいるし。二人だけで全部倒しちゃうんじゃね?」

「言えてる。俺らの役目はあの人らの討ち漏らしを倒すだけだよ」


 ーー誰もが期待していた。


 ーー誰もが頼りにしていた。


『戦姫』オリヴィア・ブリュンゲルの活躍を。

『時空の魔女』テレサ・シンケライザの蹂躙劇を。


 ーー大侵攻。それがなんだ?


 ーーこっちには戦姫がいる。魔女がいる。来るなら来てみろ、悪魔ども。


 ーー返り討ちにしてやる。


 そんな空気は、原野にいるオリヴィアには伝わっていない。

 彼女は聖杖機をしまい、緊張した面持ちでいるアンナを見た。


「アンナ。お前は哨戒任務中に当たっている全ての葬送官に通信を飛ばし、撤退を援護しろ」

「了解。師匠は?」

「私は街に戻って指揮を執る。お前も撤退が終わり次第合流しろ」

「分かりました」


 アンナはオリヴィアと別の方向に走り出す。

 今日、偵察任務に就いている葬送官のペアは確か二十四組。

 ここからだと一番近いのはーー


(あいつらか……なんかちょっとやだけど)


 ジークとリリアのペアだ。

 落ちこぼれと半魔のバディを助けるのは気が進まない。

 とはいえ、先ほど師から釘を刺されたばかりだから、アンナは仕方なく足を進めた。

 聖杖機を起動し、通信回路を励起。

 口を開いてすぐに撤退を伝えようとしてーー。


「え?」


 氷の矢が、天から降り注いだ。




 ◆




「なんか、変な感じがする」


 ジークが異変に気付いたのは、哨戒任務開始から二時間ほど経った頃だった。

 土竜(もぐら)型悪魔との遭遇以降、何度か悪魔との戦闘があり、一休みしていた時である。立ち上がったジークは眉を顰め、じぃっと森葬領域アズガルドを見やる。


「ジーク?」


 土竜型悪魔との戦闘においてジークの直感に助けられたリリアだ。

 彼の言葉に不穏な気配があることに気づき、聖杖機を握りながら問う。

 前方、後方、どこを見ても悪魔の姿は見えないが……。


「来ますか?」

「……うん。でも、なんか……変」


 首の後ろがひりひりするような感覚を、ジークは感じていた。


(僕は、これを感じたことがある)


 幼き頃、父に落とされた穴で悪魔たちに取り囲まれたとき。

 あるいは出口を塞がれた魔獣の巣で魔獣にひと呑みにされたとき。


 これはーー『死』の、感覚。


「……逃げよう。リリア」

「え?」

「この感じは、ダメだ。良くないことが起こる。今すぐ逃げたほうがいい」


 ジークはリリアの手を取り、王都に向かおうと踵を返した。

 夜を切り裂く警報が響き渡ったのは、その時だった。


 ブゥウウウウウウウウウンーーーー!


『……ッ!?』


 その音を聞いたリリアはビクッ!と肩を跳ねた。


「この音……第一種戦闘態勢!? ジーク! 急ぎましょう!」

「う、うん。何かわかった?」

「大侵攻です……! 悪魔たちが攻めてきます!」

「やっぱり……!」


 走りながらジークは歯噛みした。

 もう少し早く気づいていれば安全な地点まで戻れたかもしれない。

 せめて都市の防壁から援護が届くような距離であれば、リリアを危険に晒さずに済んだのに。


「でも勝手に戻って大丈夫? 悪魔が攻めてくるなら足止めとか……」


「問題ありません。『異端討滅機構条例・緊急時に対する対応第十二項。大侵攻の際に哨戒に出ていた葬送官たちはすぐさま配属されている都市へ帰投し、上官の指示を仰ぐべし』と書いてあります。むしろ早く帰らなきゃ怒られちゃいますよ」


「そっか。なら」


 その瞬間、悲鳴が響き渡った。


『え?』


 空に咲き誇る爆発の花。

 炎をかき消すほどの猛吹雪。


 激突する熱と雪が衝撃波を生み出し、サンテレーゼの原野に広がる。



「……っ、今のって」

「えぇ。誰か戦っていますね」

「急ごう!」


 ジークたちは頷きを交わし、南東の方角へ走っていく。

 そうしている間にも森葬領域から次々と悪魔が現れ、王都の方へ向かっていた。

 その数、一万はくだらない。


(これが、大侵攻……!)


 そしてその中心にいるのがーー


「アンナッ!?」


 苦しげに腹を抑えるアンナと、大槌を振りかぶる氷の巨人。

 ジークは迷わず、二人の間に真っ向から切り込んだ。


「ぁああああああああああああああああああ!!」


『……ッ!』


 大槌をはじき返し、すれ違いざまに斬撃を加えたジークは宙返り。

 そのままアンナと巨人の間に着地し、氷の巨人を見据えた。

 そして愕然と目を見開く。


「な、なんで……」

『フシュー……貴様は……そうか。探す手間が省けたぞ』


 氷の巨人ーーコキュートスはニヤァと嗤う。

 そして背後のアンナは戸惑いに瞳を揺らした。


「なんで、あなたがあたしを助けるのよ!? なんで、半魔のあんたが!」

「助けを求めてたから」

「……っ」


 アンナはくしゃりと顔を歪める。

 ジークは振り返った。


「見捨てたら僕が僕じゃなくなるから。僕のために、君を助ける」


 見たところ、アンナの傷は深い。

 脇腹が凍り付いているし、足や腕に深い裂傷が刻まれている。


(……やるしかない)


 戦闘は無理だと判断し、ジークは追いついてきたリリアに言った。


「ここは僕に任せて、アンナを連れて行って、リリア」

『なッ』


 二人は同時に目を見開いた。


「無茶です! 相手はコキュートス……しかも人語を解する……あれって『変異種』でしょう!? いくらなんでも無謀すぎます!」

「そうよ! ちょっとは強くなったみたいだけど、調子に乗るのも大概にしなさい!」

「でもこのままじゃ、誰か一人は確実に死ぬ」

『……っ』

「上級葬送官のアンナを治療したほうが大侵攻にも備えられるでしょ。それにアンナは僕のことが嫌いなんだし……いいじゃん、別に」

「それは、そうだけど……」


 ぎゅっと拳を握り、アンナは俯く。

 これ以上会話している時間はない。ジークはリリアに告げる。


「お願い、リリア」

「……絶対に戻ってきます。死んだら許しませんから」

「うん」


 リリアはアンナを背負い、足元に氷の膜を作り出す。

 それをスロープの要領で中空に伸ばし、王都の方へ去っていった。


『フシュー……話は終わりか。穢れた半魔よ』


 震える膝を叱咤し、ジークは因縁の相手と向かい合う。


「……黙って、見てたんだね」


 上級悪魔コキュートス『変異種』。

 その手に戦槌を握りしめ、ゴウ、と紫色の炎が眼窩に燃え上がる。


『どのみち、この国を全てを滅ぼすのだ……フシュー……ならば、死期が少し伸びただけのこと……』

「……っ」


『我が主の主命により、半魔。貴様を抹殺する』




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