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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
最終章 世界の終焉
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第二十八話 ありがとう

 

 泡沫が浮かんでは消える、追憶の光の中から引き戻されていく。

 父の記憶を体験したジークは現実に帰還し、身体にのしかかる重みに気付いた。


 ざしゅ、と。

 引き抜かれた剣から光が漏れ出し、父がゆっくりと倒れていく。

 その口元は、満足げに緩んでいて。


「ぁ」


 信じられないほど軽いその身体を、ジークは抱き留めた。

 今体験した全ての記憶が脳に染みわたり、父との思い出が走馬灯のように駆け巡る。


「とう、さん……?」

「……」


 全て、自分の為だった。

 悪魔になったことも何度も敵として立ち塞がったことも。

 厳しくて怖い父の拳は息子を心配する愛に満ち溢れていた。


「父さん……父さんッ!!」


 ごほ、とルプスが咳き込んだ。


「……カカッ、うるせぇなぁ……」


 生きてる。まだ生きてる。

 身体は足の先から崩壊していっているけれど、それでも。

 ジークは涙ながらに手を掲げ、海神の加護で原型をとどめようとする。


「ぁ、ぁあ、なんで、治れ、治れ、治れ……!」

「バーカ……治らねぇよ……俺様はもう、死んでる……」

「うるさい! うるさい! そんなの、そんなの知らないっ!!」


 手を掲げて力を使おうとするジークの手を、ルプスはそっと握った。

 弱々しくて、けれど力強い、それは父の手だった。


「やめろ……オメェの方も限界だ……力を、使うな」

「でも、でも、でも! 父さんが……なんで……なんでだよぉ」


 ジークはルプスの胸を打ち付けた。

 子供が父にするように、当たり前の親子のように。

 十五年の時を経て、二人はようやくただの父子になれたのだ。


「僕は……僕はただ、生きていてほしかった。傍にいてほしかった。

 二人が傍にいてくれるだけで、何も要らなかった! ねぇ、なんで、なんで……」

「カカッ! 分かってんだろ……言わせんな……ったく。ルナの馬鹿が、お節介焼きやがって……」


 ルプスの手がジークの頭を優しく撫でる。

 何度も、何度も。暖かさに、もう涙の堤防が決壊した。


「……とう、さん」

「おう」

「父さん、父さん、父さん……!」

「あぁ。俺様だ」

「僕、僕……僕ね……!」


 言いたい事は山ほどあった。言わなきゃいけない事もあった。

 友達が出来たこと。仲間が出来たこと。恋人が出来たこと。

 全部あなたのおかげなんだよと伝えたかった。あなたと、母と、テレサのおかげなんだよと。


 けれどその全ては言葉にならなくて、ただ涙を流す事しか出来なくて。

 唇を結んで俯いてしまうジークの頬を、ルプスの手が撫でた。

 父はただ頬を緩めて、穏やかに笑った。


「大きく、なったなぁ……」

「……っ!」

「全部、見てたよ……オメェは、俺様の誇りだ」

「ぁ、ぁああ、ぁああああああっ」


 こんな時に言葉が出てこない自分が恨めしかった。

 涙を流す時ではない。きっとこれが言葉を交わせる最後の時なのに。

 父の身体は、もう腰から下が消えていた。


「いやだ、いやだ、いやだ消えないで……消えないでよ……父さんっ」

「無理だ……セレスが、待ってる」


 ひゅっとジークは息を呑んだ。

 そんな息子の頬に手を当て、彼は告げるのだ。


「それに、オメェはもう一人じゃない……そうだろ?」

「うん……うん……!」

「大事なことは、全部……オメェの胸に、あるからな」

「分かってる……分かってるよ」


 不器用な父と交わせる言葉は少なかった。

 きっともう十二分に、彼は言葉を尽くした後だった。

 ジークは悩んだ。

 ずっと守ってくれた父が旅立つ時に、息子が何を言えるだろう。


「に、にしし。僕はもう大丈夫だよ、父さん」


 ごしごしと袖で涙を拭いて。

 ジークは無理やり口元を吊り上げた。


 ーーあぁ、そうだ。胸を張ろう。


 涙や鼻水でぐしゃぐしゃな顔を、くしゃ、と歪めて。


「僕を誰だと思ってるの」


 万感の思いを込めて、ジークは言葉を紡ぐ。


「ぼ、僕はジーク・トニトルス。父さんと母さんの、たった一人の息子だよ。

 世界最強を打倒した、英雄ってやつなの。父さんなんて居なくても平気だよ」

「おう。そうだな」


 ーーずっと見守ってくれてありがとう。


「友達も、出来たんだ。オズワンと、ヤタロウと、カレンと。それから、トニトルス小隊も……ねぇ聞いて。僕、大将って呼ばれてるんだ」

「そりゃあすげぇ。俺様は呼ばれなかったな……」


 ーーずっと、鍛えてくれてありがとう。


「みんな気の良い人たちなんだ。みんなでバカ騒ぎして、お酒飲んで、酔っ払って……。それから、とってもきれいなお嫁さんが出来たんだよ。それも、三人もっ!」

「カカッ! 知ってる、見てた。オメェ、女たらしだよな。誰に似たんだか」

「ひどい。そんなつもりじゃないし。僕だって迷ったんだし」


 ルプスは笑った。左腕が消えた。


「ま、セレスの方が美人だけどな」

「はぁ? そ、そんなことないし。アスティやリリアやルージュの方がきれいで可愛いしっ」

「いいやセレスだ」

「三人の方だし」


 一拍の沈黙。顔を見合わせて、二人は笑い合った。右腕が消えた。


「……」

「……」

「ねぇ、父さん」

「おう」

「僕、僕さ……幸せ、だったよ」

「……」

「父さんと、母さんの息子に生まれて、幸せだったよ……!」


 ルプスの瞳から涙が流れた。

 止まらない涙を拭う腕は既になく、彼はくしゃくしゃに顔を歪めた。


「……おう」

「だからさ、だからさ……!」


 きっとこれが最後の言葉になる。

 消えかけている父の身体を抱きしめながら、ジークは俯いた。

 俯いて、涙を堪えて、笑顔を作って、顔を上げる。


「ずっと、愛してくれて、ありがとう……!」

「……っ」


 ルプスは滂沱の涙を流した。

 いつだって弱みを見せなかった父の、初めて見る姿だった。

 ルプスは満足したように口元を緩め、呟いた。


「あぁ……充分だ」

「……」

「俺様、もう何も要らねぇや……」


 白い光の中にルプスが溶けていく。

 溶けだした魂は光の粒になり、天に登っていく。

 ジークは顔を上げた。


「ぁ」


 透き通った身体をした父の隣に母が立っていた。

 待ち望んだ再会を果たした彼らは仲良さげに腕を組み、自分を見ている。


『……』


彼らに言葉はない。

言葉よりも雄弁な想いを彼らの笑みは伝えていた。


「父さん、母さん……」


 手を振りながら去って行く二人に、ジークは手を振り返した。

 もう大丈夫だよと、ちゃんと伝えられるように。


「さようなら」


 二人はジークの姿見えなくなるまで、ずっと見ていた。

 名残惜しむように、息子の姿を焼きつけるように。


 ーーずっと、見ていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めてなろうで泣きました。やばかったです。涙腺大崩壊。ルプスがカッコよすぎる。もうほんとに最高です。
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