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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
最終章 世界の終焉
223/231

第二十四話 恋人殺しの刃

 

『ジーク、チャンスは一瞬です』


 ラファエルに向かって飛び掛かりながら、ジークはアイリスの言葉を思い出していた。

 リリアを殺して全てを救う起死回生の一手。その達成難度を。


『ほんの僅かな誤差すらも許されません。ゼロコンマなんて世界ではない。

 確率の地平線の向こうに行かなければ、あなたの願いは叶わないでしょう』


 魔剣を傾け、ジークは雷撃を放った。

 久しぶりに使う破壊の具現がラファエルに直撃する。

 その寸前、ラファエルは氷の障壁を張っていた。錫杖が光を放つ。


「『凍土の太陽ソルディア・グラキエス』」


 瞬間、ジークの頭上に氷山が顕現する。

 重量だけで人を押しつぶすに余りある攻撃に、真っ向から突っ込んだ。


「『焔の法衣(イグニス・ドレス)』!」


 超高熱の焔を身に纏い、氷山を直線状に貫く。

 氷山から出た先にアゼルクスが待ち構えていた。


「……っ!」

【大人しくせよ。我が依り代】


 極大の魔力を纏った拳が振り抜かれ、ジークの眼前に迫る。

 直撃していればやられると確信する魔力差に、しかし、ジークは慌てなかった。

 黒い影が割って入った。


 ーードンッ!!


 衝撃波が両者の間に駆け抜けていく。

 ジークはおのれの前に立つ黒衣の男にじと目を向けた。


「時間稼ぎは任せろって言ったよね?」

「だからこうして出向いただろう」

【ぬ……!】


 ジークとアゼルクスの間にメネスは立っていた。

 空間転移と見まがう速さだ。時の神の加護を操るのはアイリスだけではない。

 メネスはアゼルクスの拳を素手で受け止めていた。


【力が入らぬ……!】

「お前の腕力に死を与えた」


 にやり、とメネスは虚空から黒刃を取り出し、


「絶対防御で身を守っていてもオルクトヴィアスの権能は僅かなりとも効果を発揮するようだ」

【…………!】


 黒い斬撃がアゼルクスを呑み込んだ。

 アゼルクスには傷一つ付かないが、衝撃で後方へ吹き飛んでいく。

 メネスは後ろ目に、


「既に三十秒過ぎた。五分だ。それ以上は待てんぞ!」

「分かってるから、そっちの仕事をちゃんとしてよ!」

「全く。どうして私がこんな事……さっさとネーファの仇を討ちたいんだけど」


 オルクトヴィアスが退屈げに髪をいじりながら、眼前の敵に死を放つ。


「私の前に立つなんて不敬よ。愚かで哀れな人形のあなた。死になさい?」

「…………!」


 黒いもやを放出するオルクトヴィアスにミカエルは雷撃を纏ってその場から飛びずさる。それに触れれば死ぬと、本能で理解したのだろう。


【ちぃ……!】


 放っておけないと見たのか、アゼルクスは顔を歪めながらメネスとオルクトヴィアスを迎撃していく。ジークは凍りの玉を撃ってくるラファエルをいなしながら、アイリスの言葉を反芻する。


『ジーク。アゼルクスとて黙って見てはいないはずです。あなたがどういう形であれリリアを救おうとするならば、必ずこれを止めに来るはず。彼ら使徒はアゼルクスの半身ですからね。メネスとて気が長くはない。あなたのわがままに協力してくれる時間は僅か。その間に見つけなさい』


 ーーアゼルクスが気を逸らさざるおえない、その瞬間を。


「舐めないでください。運命の子。私はアゼルクス様の半身。この程度……!」


 攻勢に転じるジークへ、ラファエルが錫杖を煌めかせる。

 周囲が凍り付き、凍り付いた空間にジークは閉じ込められた。

 雪の結晶がふわりと舞う。ジークの肌についた雪は、霜のように全身を覆っていく。


「殺すことは出来ませんが、瀕死ならどうとでもなるでしょう」


 ジークの腕が凍り付く。筋肉が眠り、頭が朦朧とし始めた。

 太陽神の焔で燃やす。無駄だ。霜は焔で燃えた端から這い寄ってくる。


 それでも。


「まだ、まだぁああああああああああああ!」

「……!」


 ジークは雷撃を纏い、稲妻の如く宙を駆け抜ける。

 宙を自在に動くジークに対し、ラファエルは反応できない。


(やっぱりそうだ……速さだけなら、僕に分がある!)


 リリアがラファエルになってから二度目に邂逅したあの時。

 ジークが一人で彷徨っていた頃に会ったあの時は、ジークに天威の加護がなかった。

 心の迷いもあったし、どうすれば救えるのか分からなかった。


 だが、その迷いが消えた今では!


「お前は僕に、追いつけない!」


 一条の光と化したジークがラファエルの身体に迫る。

 武神を超える速さを持ったジークには、ラファエルといえど反応できない。

 アルトノヴァの切っ先が胸に吸い込まれーー


「ジーク。やめてください」


 その瞬間、ラファエルの泣きそうな声が耳朶を打った。


「………………っ!!」


 刹那に過る、リリアとの思い出の数々。

 出会った時のこと、喧嘩したときのこと、仲直りした時のこと。

 ありとあらゆる思い出が脳裏に過り、ジークの刃は止まってしまった。


「あぁ、やはり愚かですね。運命の子」


 ラファエルが冷笑を浮かべ、雨のように氷弾を浴びせる。


「が……っ!」

「口先だけで覚悟がない。無駄に犠牲を重ねた道化。それがあなたです。あなたには、何も、救えないっ!」


 右に左に上に下に、空間転移と見まがう速さで動くラファエルにジークは滅多打ちにされた。肩を壊され、肘を打たれ、膝を破裂させられ、見る間に全身の至るところに傷が増えていく。ものの数秒もしないうちの逆転劇にメネスは舌打ちし、オルクトヴィアスはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「この、」


 反撃の(いかずち)を放つ。無駄だ。読まれている。

 ラファエルに直撃した(いかずち)は分身を破壊するだけにとどまり、本体は。


「こちらです」


 後ろに現れたラファエルに、ジークは咄嗟に振り向いた。


 ーーブシャァアアア!


 真っ向から切り裂かれ。噴水のような鮮血が噴き出す。

 ぐっと、奥歯を噛んで倒れることを拒否したジークはラファエルに切りかかった。


「僕は、全部……救うんだ……だから……!」


 二度目となる雷速の一撃。

 本気を出したジークの動きを捉える事など。誰にも出来はしない。

 一息に間合いを詰めたジークだが、それでも。


「……………………っ、くそ、くそ、くそ、動け、動けよ、僕……!」

「あなたには、無理です」


 ラファエルを殺そうとした瞬間、どうしても刃が鈍ってしまう。

 何度繰り返しても同じだ。今のジークに、ラファエルを傷つける事は出来ない。

 だってその身体はリリアそのもので。

 顔立ちも、彼女そのものだから。


 愛する人を傷つける事なんて、自分には。


【……ふ。覚悟をした目をしつつ、やはり恋人を前に刃は鈍るか】


 ラファエルとジークの戦いを横目に見ていたアゼルクスは、ふっと口元を緩める。

 ここまで辿りついた時の気迫は目を見張るものがあったが、所詮はジークだ。

 感情に溺れ、情にほだされる彼に恋人を殺す事など出来はしない。


【それでいい。それがいい。我はまず、邪魔者二人を始末するとしよう】


 アゼルクスは目を逸らした。

 攻勢を強めるメネスとオルクトヴィアスの攻撃に対応を始める。

 そうして、彼が完全に背を向けた瞬間--ジークは口元を吊り上げた。


 ()()()()


 ーー待っていたよ。勝利を前に油断する、その瞬間を!


 そう、これまでの全ては罠だ。

 寸前で剣を鈍らせて弱ったふりを繰り返したのはこの時のため。

 ジークがリリアを殺せないと確信させる、この時のために全てはあった。


 軽くない負傷を負ってしまったが、リリアの為ならこの程度、かすり傷だ。

 待ち望んでいた瞬間に、ジークは莫大な陽力を燃焼させる。


「行くよ……リリア」


 呟き、魂に火を灯す。


(いかずち)+ 太陽 + 大地。三つの加護を、同時発動!)


 (いかずち)で大幅に身体能力を向上させ、脚力を引き上げる。

 次に太陽神の加護で足元から火焔を放射し、ジェット噴射の要領で加速を重ねる。

 同時に足元に大地を呼び出し、隆起させた大地でジーク自ら弾丸と化す。


 三つの加護を合わせた荒業は、(いかずち)だけでは出せない速度を生み出す。

 最短最速を凌駕し、速度の地平線を超える。


 すなわち、神速の一撃!


「ぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ーー……は?」


 距離の概念を殺したジークの剣が、ラファエル(リリア)の胸を真っ向から貫いた!


 心臓を貫いた一撃は、まぎれもなく致命傷。

 ラファエルどころかリリアすら殺す、ジークの覚悟がこもった一撃。

 だが、ジークは本当の意味でリリアを殺すつもりなんてなかった。


『ほんの僅かなズレも許されませんよ、ジーク』


 アイリスの言葉を反芻し、ジークは高速で思考を回転させる。


『もしもアゼルクスの気を逸らせたなら、そこからが力の見せどころです。彼女を救うチャンスがあるのは、リリアとラファエルが混ざり切っていないという、この一点。アゼルクスの神核はリリアの魂の表面に付着しているので、世界はまず、神核の死を認識する。だからジーク。あなたはラファエルの死が確定した瞬間、世界がリリアの死を認識する前にーー』


(太陽神と海神の加護で、リリアを凍らせるッ!!)


 ラファエルの黒い染みが消え、リリアの真っ白な美しい姿が現れる。

 それが網膜を通って現実を認識する寸前、刹那のタイミングでジークは加護を発動。


 ーーぶぉん!


 リリアの全身は凍り付き、ジークはその身体を混沌の海に投げ捨てた。

 本質はサンテレーゼでリリアが行った事と同じことだ。

 世界がリリアの死を認識する前に彼女を仮死状態にさせ、混沌の海で情報に還す。


 そして全てが終わってから彼女の情報を取り出し、再生するのだ。

 奇しくもラファエルがリリアの魂を侵していたことが幸いとなった。

 リリアに埋め込まれた権能触媒が、ラファエルの死をきっかけに発動する!


「…………っ」


 だがそれでも、愛する人をおのれの刃で貫いたという事実は変わらない。

 彼女の胸を貫いた時の嫌な感触がジークの手に残っている。

 本当は嫌だった。今も息が出来なくなるくらい苦しくて仕方がない。

 でも、それしか救う方法がないから、リリアがそれを望んだから。


「……リリア」


 ジークは混沌の海に堕ちゆくリリアを見た。

 彼女の顔はどこかほころんでいるように見える。


『信じていました、ジーク』


 伝わる思念に、ジークは泣きそうになりながら頷いた。


「うん。頑張ったよ、僕」

『あとは、お任せしますね』

「うん」


 伝わる想いに、胸が暖かくなる。


「待ってて。必ず君をーー迎えに行くから」


 呟き、ジークは踵を返した。

 その瞬間、アゼルクスの片翼がもげた(・・・)


【!?】


 それだけではない。

 外なる神の身体を覆っていた不可視の光が剥げ落ちた。

 此処まで一瞬にも満たない出来事。

 アゼルクスはジークがリリアを殺した瞬間も見ていなかった。


(これは、絶対防御が……!)


 アウロラの冬の権能である。

 熾天使の命と引き換えにアゼルクスの権能の一端を停止させたのだ。


【まさか】


 アゼルクスがくわっと目を見開き、振り返る。

 戸惑いと激しい怒りが彼の瞳を支配していた。


【ジーク、貴様……っ!!】

「言ったはずだ。僕はリリアを殺して、取り戻すって」


 ニヤァ、と不敵に笑って見せる。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

【………………!】


 アゼルクスは舐めていた。ジークの覚悟を。

 アゼルクスは侮りすぎた。リリアとジーク、二人の絆の深さを。

 アゼルクスは油断しすぎた。彼が相手をしているのは、ジークだけではない。


「大体、僕が本当の意味でリリアを殺せるわけないだろ」

「よくやった、ジーク」

【しま】


 彼が相手をしているのは愛する女を手に入れるため世界をひっくり返した冥王である。

 ジークがアゼルクスの隙を突いたように、アゼルクスが気を逸らした瞬間を突くことは造作もない。

 たかが一瞬。されど、五百年越しの侵略が成る油断をつくには充分すぎる。


「死の安寧に沈むがいい……『死刃一閃(デス・スパイラル)』!」


 冥王の黒き刃が唸りをあげ、ガブリエルの身体を一刀両断する。

 断末魔の叫びすら上げさせない、それは死を確定する恐るべき斬撃だ。

 世界がガブリエルの死を認識した瞬間、アゼルクスの片翼がもげる。


【ぬぅ……!】


 苦痛に顔を歪めたアゼルクス。

 絶対防御領域がほどけ、全ての翼がもげた(分霊が死んだ)今、彼を守るものは何もない。


「これでようやく、お前を斬れる」

【…………!】


 雷光一閃。

 間合いを殺したジークの剣が、アゼルクスに迫る。

 先ほどは光の膜に弾かれた斬撃。だが、分霊が死んだ今では。


 ーーブシャァアアアァアアア!


 鮮血が噴き出し、アゼルクスは顔を歪めながらたたらを踏む。

 続いて間合いを詰めるジークに対し、アゼルクスは雷撃を浴びせてきた。

 しかし元はゼレオティールの能力だ。そんな使い慣れた力を喰らうジークではない。


「行くぞ、アル!!」

「キュォオオオオオオオオオオオオオ!」


 咆哮をあげたアルトノヴァが鎧と化し、二対一体となったジークは追撃する。

 雷撃を浴びせてくるなら好都合。第三の力を使うために吸収させてもらう。

 七つの加護を使いこなすジークに死角はない。


 そして、アゼルクスが相手をするのはジークだけではなく。


「--五百年。五百年だ。この時を待っていた」


 冥王メネスは抑えきれない喜悦を浮かべ、斬撃を飛ばす。


「愛しき妻を神々が弄ぶきっかけとなった元凶、決して許すまじ!!」

【世界の理から外れた……異端者(イレギュラー)共が……!】


 死の神の加護を纏う黒き刃に、アゼルクスは防戦一方だ。

 ジークとメネス。人と魔の頂点をいただく彼らの攻撃は絶対防御領域なしに対処できるものではない。

 故に、アゼルクスが彼女(・・)に目を向けるのは必然であった。


【全ての分霊が消えた今、貴様を糧とさせてもらおう!】

「……!」


 原初の間が光を放ち、夥しい数の『目』が現れる。

 それは世界の目でありアゼルクスが神々を支配する服従の魔眼。

 世界を白紙化していた力を止め、その力が全て、オルクトヴィアスに牙を剥く!


「あはっ。()()()()()()()()()


 だが、その攻撃は読んでいた。

 世界の支配が届く前に、オルクトヴィアスは仕事を終えている。


「祝福をあげましょう、アゼルクス……神核武装『慈悲なき女王の託宣モルトゥム・クインベルト


 オルクトヴィアスが手を掲げる。

 その瞬間、黒い靄がオルクトヴィアスとアゼルクスを結び、二人の間に線を奔らせた。


【…………っ! これは、まずい!!】


 アゼルクスは慌ててオルクトヴィアスの支配を諦めた。

 しかし、一度伸ばされた死の魔の手は、彼の力にどうしようもない亀裂を与える。

 アゼルクスの四本腕。そのうちの半分が消滅する!


「やはり外なる世界の神……私の死では、半分が限界みたいね」


 オルクトヴィアスは薄く笑った。


 神核武装『死の悲嘆モルトゥム・クインベルト

 それは世界のどこにあっても対象を必ず死に追い込む必殺の技だ。

 本来、命あるものがこの技を喰らって生き延びることはあり得ない。

 ただ一柱の例外を除いては。


「あぁ、ネーファ……ようやく、あなたの仇が取れるわ」


 オルクトヴィアスの手足から先が光の粒子と変わり、消えていく。


「最後まで見届けられないのは残念だけど、もう大丈夫でしょう」


 五百年間、死の概念を歪め続けてきた冥府の女主人は陰惨に嗤う。


「ジーク、そしてメネス。あなた達二人が何を選ぶのか……楽しみにしているわ」


 そう言い残し、オルクトヴィアスは混沌の海に消えていった。

 目論見が外れたアゼルクスは、ギリッと音が出るほど奥歯を噛みしめた。


 ーー分霊に出来るのは神々と深く交わる者だけだ。


 神々や熾天使、人の巫女などがそれに当たるが、今、この場にはジークとメネス以外にいない。

 ジークには分霊の資格があるものの、彼を分霊にすればアゼルクスが依り代となるのは不可能。世界の白紙化が完了しても、アゼルクスは世界に根付くことが出来ず、混沌の海に消えるだろう。そうなればこれまでの計画が全て水の泡だ。


【まさか、オルクトヴィアスに自刃させるとは……!】


 先ほどオルクトヴィアスと繋がった線は消えている。

 アレは、二人の命を共有する直死の線だ。


 あのままアゼルクスがオルクトヴィアスを分霊にしていれば、オルクトヴィアスの死と同時にアゼルクスも消滅していただろう。よしんばそれを防いでも、一瞬でも繋がった死はアゼルクスの身体に大きなダメージを与える。奴らの狙いはそれだったのだ。


「このためにオルクトヴィアスを連れてきたのだ。貴様にもう逃げ場はないぞ」

【…………!】


 本来、オルクトヴィアスが死を与えるのに神核武装など必要はない。

 だが、自身を殺す力となれば話は別だ。アゼルクスの力を削ぐためにも、絶対に死をもたらす必要があった。


【……愚か、愚かなり!】


 ドン! と槍の石突を打ち付け、アゼルクスは反撃する。

 槍の穂先に太陽を生み出し、直線状に真空の穴を穿った。


【我が息子よ。貴様は自分が何をしているのか分かっているのか!? 我がこの世界に君臨すれば、全ての種族が我に忠誠を誓い、争いが消えうせる! 生まれも育ちも何もかもが平等な世界。それこそ貴様が目指した理不尽なき世界だろう!】

違う(・・)


 斬撃を浴びせながら、ジークは猛る。


「確かに僕たちは理不尽のない世界を目指した……でも、それは僕たちが僕たちで在れる世界だ! お前に全部洗脳されて平等? ふざけるな! そんなの、生きてるなんて言わない!」


 (いかずち)と焔と水を合わせ、攻勢を強めていく。

 オルクトヴィアスの加護が弱まったメネスも、影や闇の加護を使って戦い始めた。


「誰もが平等になっても絶対に迫害は無くならない。誰かにとっての理不尽を失くすことは出来ない! 僕が、僕たちが目指したのは、理不尽を受けても誰かと一緒に前を向ける、優しい世界だ!」

【そんなものは存在せぬ。理想を語って現実を見ないのは愚の骨頂だ!】

「それを、お前が決めるなっ!!」


 ダンっ!と爆発的な速度で踏み込み、ジークはアゼルクスの肩を切りさいた。

 確実に追い込みつつあるが、アゼルクスが持つ膨大な魔力はまだ残っている。

 オルクトヴィアスが死を与えてもなおこれほどの力を残しているのだ。

 またたくまにに傷が再生され、ジークは歯噛みした。


(第三の力を使うには時間がかかる。しかも、まだ全然気を抜ける状況じゃない……!)


 それはメネスも分かっているだろう。


「おじさん!」


 切迫したジークの声に、メネズも額から汗を流しながら呟いた。


「分かっている。どれほど必要だ?」

「三十秒……ううん、十秒あれば」

「十秒か」


 たかが十秒。されど十秒だ。

 絶対的な力を持つアゼルクスとの戦闘はゼロコンマ一秒の隙が命取りとなる。

 しかも、今は二人揃って攻撃を凌いでいる状態だ。どちらかが抜けても詰むだろう。


 創造神ゼレオティールを取り込んだ彼は、世界そのものといっていい。

 第三の力なしにアゼルクスを倒すことは不可能だ。


「私も腹をくくらねばならぬ、か」


 呟き、メネスは長剣を握りしめた。


「甥の頼みだ。貴様が欲する十秒、私が稼いで見せよう」

「うん、お願い」


 戦闘音でかき消えるような声音で話を終えたジークとメネス。

 アゼルクスの攻撃をいなしながら戦う二人の眼差しに、アゼルクスは舌打ちした。


【人と魔の頂点が手を組むとこれほど厄介とは……】


 ジークの第三の力もある。警戒に警戒を重ねて損はないだろう。

 アゼルクスとてまだ手はあるが、いかんせん、戦闘経験が不足している。

 混沌の力であらゆる世界を侵略してきたアゼルクスにとって、力押しで潰せない敵は初めてだ。


 ジークやメネスのような修羅を相手にするには経験値が足りなすぎる。


【ならば、出来る者にやらせればいい】


 ジークやメネスに負けず劣らず戦闘が達者な暴虐の具現。

 外なる神に肉体を提供してなお自我を喪わない強すぎる男をアゼルクスは知っている。


カカッ!(・・・・) ようやく出番かよ】


 ニィ、とアゼルクスの口元が吊り上がった。

 否、外なる神ではない。その獰猛な笑みは、肉体の気性を色濃く表している。

 黒き稲妻が、ジークとメネスの間を駆け抜けた。


 二人は咄嗟に振り向き、剣を振るう。

 ガキンッ! 激しい金属音が木霊した。

 両腕でメネスとジークの剣を受け止めたのは『孤高の暴虐(ベルセルク)

 まぎれもない世界最強を冠する男は凄惨な笑みを浮かべて告げるのだ。


【いいぜ。暖まってんじゃねぇか。カカッ! 面白れぇなぁ!】

「その口ぶり、その動き……父さん……!?」


 硬いもの同士がぶつかる音を響かせ、二人は咄嗟に飛び退いた。

 燃やす対象を識別する蒼き焔が、一瞬前まで居た場所に火柱を立てる。

 メネスは深刻そうに眉根を寄せた。真理を見通す瞳が紅く輝いている。


「なるほど。自身を『力』そのものと割り切り、戦闘の全てをルプスに譲るか」

【そういうこった】


 蒼き焔を切りさき、ルプスが進み出て来る。

 ジークが纏っているアルトノヴァのように、彼は黒い鎧を着ていた。

 腰から先に蛇の尾を揺らし、魔力で編んだ二対の翼を広げている。


 ニィ、とルプスは嗤う。


【さぁ、決着をつけようぜ。これまでの、全てに!】



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― 新着の感想 ―
[一言] リリアを殺すってそーゆーことだったのね。とゆうよりこんなにも仮死状態になるヒロインいないと思う。 やっぱりジークとメネスが共闘してるのいいな。 次の更新待ってます!
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