第二十二話 ずっと、愛してる。
激しい戦闘音が星空に響き渡っている。
ファウザーとガブリエルがぶつかり合う焔と風。
その横で剣戟の音を響かせているのは、二人の女だ。
「なぜですか、イチカ。なぜ裏切ったのですか?」
時を制御する恐るべき加護の前に野生の戦闘勘が煌めく。
おのれの身体が遅滞化される寸前、飛ぶ斬撃を放ち、アイリスを牽制した。
正常化する時の流れ。イチカは獲物を前にした肉食獣のように口元を吊り上げる。
「あはは! なぜ裏切ったのかって!? 当然だろ、決まってんだろ!?」
ガキンッ!!
「あたいは、生きたいんだよ!」
重すぎる戦斧がレイピアとぶつかり合い、激しい火花を散らす。
陽力で強化しているとはいえ、彼女の力は格別だ。
このままでは不味いとアイリスは判断。
戦斧の側面を撫でるように受け流し、アイリスはイチカの足だけを加速させる。
「うお!?」
身体の一部分だけを加速させられたイチカは体勢を崩し、その豊満な胸にアイリスはレイピアを突き出した。細身で身軽な彼女だから出来る芸当だ。速さに劣るイチカでは避ける事は不可能。
ざしゅ、と切っ先が皮膚を抉る寸前、イチカは身体を反転、回転と共に繰り出された蹴りがアイリスの胸を蹴りだす。
「く……!」
「逆に聞くけどさ、アイリス。あんたはアレに勝てると思ってんのかい!?」
イチカ・グランデは戦闘狂である。少なくとも他人からはそう思われている。
だが、彼女がそうなった理由は、戦わなくては生きていけなかったからに過ぎない。
理不尽と暴力が支配するこの世界では、女の身で生きていくにはあまりにも辛すぎた。
女だからと慰み者にされ、あるいは人形のように庇護される人生をイチカは受け入れない。ならば戦おうと葬送官の道になれば、女だからと配属と操作され、女だからと侮られる。戦いこそが自己表現だ。己を強く見せることでイチカは自分と身内を守ってきた。
だが、
「アレに勝てるわけ、ないだろうがッ!」
イチカは知っている。アゼルクスの強大さを。
七聖将として働いていた時、レフィーネに見せつけられたのだ。
終末戦争で神々が敗北する記録映像を。
「降参すればあたいの欲しい世界を作ってくれる。なら、従うしかないだろう!?」
「それが数百万人を犠牲にした世界でもですか!?」
「あぁ、そうだよ。あたいは、自分と身内が助かればそれでいい。他人なんて知ったことか!」
誰よりも自分の為に戦ってきたのがイチカ・グランデだ。
だから他人がどうこうしようが興味ないし、ジークが叛逆した時も何も思わなかった。
「あなたはそうかもしれませんが……私は違う」
「……!」
ギンッ! 鋭い眼光がイチカを貫いた。
背筋に悪寒が奔る。本能がやばいと警告する。
「時よ。停止なさい」
「……………………!」
その瞬間、イチカの意識が停止した。
アイリス・クロックノートには冥王のように世界の時間を停止させる力はない。
だが、膨大な陽力を使えば、相手の脳内時間だけを止める事は可能だ。
分かっていても防げない理不尽な技の権化。
だからこそアイリスは七聖将第一席に選ばれた。
「これで終わりです」
ざしゅ、とアイリスの刃がイチカの心臓を貫いた。
七聖将の頂点に立つ女の、それが同僚に向ける手向けだ。
「あなたが自分の為に生きるように、私にも世界を守る義務がある」
イチカと対照的に、世界の為に身を粉にして戦い続けてきたのがアイリスだ。
一族の想念を受け継ぎ、アゼルクスを降臨させないために生き続けてきた。
そんな彼女にとって自分しか眼中にないイチカの価値観は受け入れがたい。
理解は出来ても共感は出来ない。そんな感慨でアイリスはイチカに死を送るーー。
「ーーあぁ。あんたはそういうと思ったよ」
「!?」
(馬鹿な、心臓を貫いたはず!?)
ニィ、とイチカは嗤う。
その瞬間、アイリスの胸を戦斧の切っ先が切り裂いた。
ぶしゃぁぁああ! と鮮血が噴き出し、アイリスはたたらを踏む。
(まずい、血を流しすぎてる……!)
アイリスは陽力で治癒力を促進させ、さらに時を加速。
荒業でまたたくまに治癒したアイリスは、イチカの胸を見て柳眉を顰めた。
「……イチカ。人間を止めたのですか!?」
アイリスが貫いたイチカの胸はがらんどうだった。
その胸の中には、虹色の混沌が渦巻いている。
イチカは嗤い、
「アゼルクスがくれた力だ。いいだろ、アイリス?」
「全く羨ましいとは思いません。あなた、それがどういう意味か分かっているのですか!?」
「あぁ分かってるよ。あたいはもうアゼルクスの眷属だ。でも、それでも、あたいは生きたいんだよ」
飽くなき生への執着。
ただ生きるために世界を裏切った女は凄惨に嗤う。
「だから、これで終わらせよう。アイリス・クロックノート」
イチカの身体から虹色の光が立ちのぼり、纏う衣が変化する。
褐色の肌は妖しく艶めき、虹色に染まった髪が豊かな双丘に流れている。
それでいて、手に抱いた長槍斧は凶悪が美女に力強さを与えていた。
「使徒化……ですか」
「ははっ! あんたは出来ないんだっけ、アイリス?」
イチカの嘲笑に、アイリスは唇を噛み締めるしかない。
そう、七聖将第一席の座を預かるアイリスは、使徒化が出来ない異端の女傑だ。
理由は単純。
時の神クロスディアが死亡し、身体に降ろすべき神の情報が消失しているため。
しかし、使徒化が出来ずとも最強だからアイリスは第一席の座を預かっている。
混沌の力を受け入れたアイリスの使徒化にも、対応する手段は当然あった。
「……ここが私の旅の終わり……ですか」
寂しいような、やり遂げるような声音でアイリスは息をつく。
一族として生を受けてから長い時が過ぎた。もう充分すぎるほどに生きた。
「ならば私も、身命を賭して応えましょう」
アイリスはレイピアを構えた。
前哨戦を終えた二人は命を賭けた戦いに挑むため名乗りを上げる。
「混沌の神アゼルクスが眷属『華麗なる大鬼』イチカ・グランデ!」
「七聖将第一席『時空の花嫁』アイリス・クロックノート」
静寂は一瞬。
二人の全てを懸けた戦いが始まりーーそして一瞬で終わる事になる。
◆
ーー同時刻、同所。
「ハァ、ハァ……あぁ、クソ。やになっちゃうなぁ、もうっ!」
星空のような空間を飛び回るルージュは口にたまった血を吐き捨てた。
その瞬間、血が蒸発し、乾いた喉が干からびていく。
口を開くだけで体内の水分すら蒸発させる超火力の具現が目の前にある。
「ぶっ飛べッ!!」
ルージュは影の触手で相手を引き寄せ、重力の渦で押しつぶそうとした。
だが、ウリエルはさらに火力を上げ、蒼い焔で重力を相殺してみせた。
技術ではない。単純な出力差だ。馬鹿みたいな魔力を使っている。
「……あぁ、ほんとに。やってくれたね、あのクソ神ッ」
吐き捨てながら、ルージュは後ろに飛んだ。
どん、と大きな背中にぶつかる。背後で戦っていたファウザーだ。
「苦戦しているようだな。セレスの写し身よ」
「うるさいなぁっ! そっちだってまだ倒せてないじゃん。あたしはもう一柱倒したんだけどっ?」
「倒す順番を間違えたようだが?」
「それは……その通りだけどっ」
背中合わせになりながら、ルージュは唇を尖らせた。
ーーナシャフを倒したところまでは順調だった。
ウリエルの攻撃は単調で避けやすい。
このままなら力を残して兄と共に行けるのではないかと思っていた。
甘かった。
「あの女、ナシャフが居た時は手加減していたなんて……!」
実際の所、手加減していたのではなく、せざるおえなかったのが実情だろう。
ウリエルの真価は超々高熱による焼却性能にある。
この蒼い焔はあらゆるものを滅殺する、ラナの本能が反映されたものだ。
しかし、ウリエルはラナだった時の記憶を消されている。
今や理性なく相手を焼却する、ただの焔の怪物へと成り果てていた。
ナシャフによって魔力を交換させられ、再生に力を使ったルージュは疲れ果てている。
暴走機関車と化したウリエルを相手にするのは厳しい。
ぶつぶつと、ウリエルは呟いている。名を呼んだことで生前の感情が呼び起こされたのか。
「悪魔は……殺さねば、殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「ねぇアレ怖いんだけど!?」
「そなたの相手だ。悪いが、僕は嫁を相手にするので忙しい。見ろ、あの愛くるしい顔を。アゼルクスの分霊と成り果てても我が嫁は美しい」
「こんな時に惚気ないでくれるかな!?」
言いながら、二人は同時に星空を蹴った。
転瞬、一瞬前まで二人が居た地面を、蒼い焔が舐め尽くす。
「ほんとにあっついなぁ……ハァ、ハァ、ねぇ、ラナさん、あんたそれでいいの?」
「黙りなさい。私はウリエル。主から賜った至高の御名がーー」
「良いように使われて使い捨てにされる道具でいいんだ。さすが負け犬は違うね」
ピク、とウリエルの眉が震えた。
ルージュはさらに言葉を重ねる。
「だってそうでしょ?悪魔が、悪魔がーってあんだけ言ってたくせに。死んだ人間を無理やり天使に変えるアゼルクスに忠誠を誓うなんてさ。ばっかみたい」
「なん、で、す、」
「結局あなたは八つ当たりがしたかっただけなんだよ。自分が無力だから。何も守れなかった自分が苛立たしくて仕方ないから、当たり散らしていたんだよね。かわいそ」
「黙りなさいっ!!」
ウリエルが取り乱し、焔を撒き散らす。
ルージュはその間隙をぬって懐に入り込んでいた。
「安い挑発に乗せられて接近を許す。ほんと、哀れだね、ラナ・ヘイルダム」
「……っ」
「『虚無の剣』!」
ルージュがその手に発生させた虚無の剣が、ウリエルの胸を真っ向から貫いた。
蒼い焔がルージュの肌を舐める。凄まじい激痛。肌が一瞬で炭化するほどの熱だ。
だが、ウリエルが動揺している隙を狙わねば、もはや勝機はない。
(あたしの魔力もそろそろ限界……これで決める!)
ルージュの重力剣がウリエルの身体を蹂躙する。
ウリエルの焔がルージュの全身を舐めるように焼き尽くす。
これは互いが互いを滅ぼすまで止まらない、我慢比べ。
「はぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、悪魔は、死ねぇええええええええ!!」
ラナの憎悪だけを体現したウリエルに対し、ルージュは裂帛の咆哮を浴びせる。
再生、焼却、再生、再生、焼却、再生、再生、焼却、焼却、焼却、
焼かれては傷を再生し、再生しては傷を焼かれる。
無限の苦しみの中、それでもルージュは攻撃の手を緩めない。
足元で影の槍を生成し、ウリエルの全身を切り刻んだ。
翼を喪ったウリエルの焔は勢いを増すが、構うものか。
焔で血が蒸発する。その蒸発した血液すらも武器にする。
ーーお兄ちゃんが見てる。
ーーお兄ちゃんを先に行かせるために。
「負けて、たまるかぁああああああああああああああああああ!!」
「!?」
我慢比べを制したのは、ルージュだ。
ルージュの重力剣が、ウリエルの身体を真っ二つに切り裂いた!
胴体と足を切り離されたラナは、ばたん、と倒れた。
瞬間、支えを失った炎が爆発し、ルージュは吹き飛ばされた。
「あが……!」
吹き飛ばされた先は、月の船の甲板だ。
がん、と甲板に堕ちていくルージュを、暖かい手が受け止めた。
「ルージュ……!」
「げほ、げほ……あぁ、おにい、ちゃん……?」
息も絶え絶えなルージュの言葉に、ジークはひゅっと息を呑んだ。
ルージュの全身は黒く焼け焦げ、今や顔半分も激しいやけどを負っている。
再生する魔力がないのだ。咄嗟に手を伸ばしたジークの手を、ルージュが止めた。
「だめ、だよ……おにい、ちゃん」
「ルージュ……でもッ」
「それをしたら、本当に意味が無くなっちゃう……だから、ダメ」
「……っ」
叫び出したいほどの怒りにジークは支配されていた。
あれほど暖かったルージュの身体は冷たく、腕から先は消えている。
息をするだけでやっとの有様だ。いつ死んでもおかしくない。
「ルージュ……もういい。喋らなくていいから……!」
「ダメ……ちゃんと、聞いて……」
ウリエルの焔はルージュの身体の髄まで焼却していた。
もはや再生することはかなわず、この身を維持する事しかできない。
ルージュは兄の頬に手を当てて、愛おしげに囁いた。
「ねぇ……おにい、ちゃん。あたしが、死んだら、さ……」
「喋るな。喋るな。お願いだから……!」
自分の言うとを聞いてくれない事がこんなに恨めしいと思ったことはない。
彼女は分からないのだ。今にも消えそうな自分の身体を。
ジークはおのれの意志を伝えようと、ルージュの身体を力いっぱい抱き寄せた。
「あたしが、死んだら……覚えてて、くれる?」
「当たり前だろっ!」
忘れられるはずがない。こんな可愛い妹を。
ジークの中でルージュは無くてはならない存在で、かけがえのない一人で。
「生まれ変わったら……お嫁さんに、して、くれる?」
「する。絶対にする。だから、お願い。死なないで……」
どんな言葉を尽くしても足りないほど、彼女が愛おしい。
傍にいないなんて考えられない。
リリアやアステシアを説き伏せてでも一緒に居る覚悟がある。
生まれ変わらなくてもいい。
今、生きててくれるなら彼女を花嫁にすることも迷わない。
だって、自分の心はとっくに。
「ーー言質、いただきました」
「ほえ?」
ジークの腕から抜け出し、すた、とルージュは立ち上がった。
死にかけの気配など感じさせない。元気な足取りで。
「ぇ、ぁ」
「これでもう、思い残すことはないかな」
ニッコリと、ルージュは満開の花が咲くような笑みを浮かべた。
「必ずあたしを、お嫁さんにしてね? お・に・い・ちゃん♪」
「ルージュ、君は」
ジークは二の句を告げなかった。
してやられたとも、なんて妹だと頭を抱える事も出来なかった。
だって、彼女の魔力は消えかけのままだ。
今にも死にそうなのは変わっていない。それなのに、
「ごめん。あたし、仕留め損ねてた」
「え」
ーードンッ!!
激しい震動が月の船を揺らした。
ぐらぐらと揺れる甲板、警告音が船内に鳴り響く。
『警告。警告。異常な熱エネルギーを感知。船底損傷80%。機関部一部破損。
次元消滅の危険あり。総員、船内から退避してください。繰り返します……』
「死に際の悪あがきか。面倒な」
ルージュに敗北したウリエルが船底に取り付き、自分もろとも自爆しようとしているのだ。混沌の神の現身が放つ自爆攻撃である。この空間ごと破壊しかねない。
そうなれば、アゼルクスに繋がる門は破壊され、永遠にたどり着けなくなるだろう。
「誰かが船を門から遠ざけなきゃ」
果てしなく嫌な予感がした。
ただ一人、全てを悟っていたルージュがジークを見つめる。
ナシャフを倒し、ウリエルすら屠った至高の妹は愛を込めて告げるのだ。
「だから今のあたしは、これでお別れだよ。お兄ちゃん」
「いやだ」
ジークは思わず手を伸ばしていた。
離れていく妹を繋ぎとめるように、これ以上喪う事を恐れるように。
そんなジークにルージュは離れるでもなく、むしろ近づいて。
「愛してるよ、ジーク」
両手で頭を挟みこみ、熱く接吻た。
万感の思いがこめられた熱い唇は、甘いクリームの味がした。
永遠にも思える一秒が過ぎ、ぷは、とルージュは唇を離し、満足げに笑う。
「えへへ。兄妹でしちゃったね」
「ルージュ、いやだ……行かないで。お願いだから」
ルージュは首を横に振った。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん。あたしは死ぬんじゃない。生まれ変わるの」
この戦いで死ぬかもしれないとは思っていた。
なんとなく、死ぬだろうなという予感があった。
だから、ルージュは決意した。
ジークには悲しい思いをさせるが、死を利用しようと思ったのだ。
どうせ死ぬなら、別の身体で生まれ変わりたい。
妹としてではない。女として愛してもらうためにーー。
だからこれは予定通り。そんな覚悟を固めるルージュに対し、
「ーー生まれ直しても前世の記憶は引き継がれないわよ?」
哀れむように、死の女王は告げる。
「私が祝福をあげてもいいところだけど。今、輪廻の理はアゼルクスに消されてるから、無理。あなたが前世の記憶を保ったまま生まれ変われる可能性はゼロ。それが運命よ。それでもいいの?」
「あはっ。運命? 上等じゃん。あたしを誰だと思ってるの。お兄ちゃんの妹だよ」
胸を張り、ルージュは告げるのだ。
「そんな運命、ぶっ壊してやるんだから♪」
「ルージュ……!」
ジークは手を伸ばした、ルージュは今度こそ離れた。
伸ばした手は虚空を掴み、その手を、メネスが掴む。
「行くぞ。ジーク。妹の想いを無駄にするな」
「……ルージュ。兄を想う健気なあなた。あなたに安らぎがありますように」
「いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ、ルージューーーーーっ!」
メネスとオルクトヴィアスがジークを連れて退艦し、門を目指す。
残ったのは、神獣形態となった相棒の片割れ。
「アル、お兄ちゃんをお願いね」
「きゅう」
アルトノヴァはルージュと額を合わせた。
それだけで十分だった。アルトノヴァは主を追って去って行く。
ルージュは操舵室に向かい、ふんす、と鼻息を吐いた。
「さぁ、ルージュ・トニトルス最後の大一番、行くよ!」
機関部が唸りを上げ、舵を握ったルージュは船を動かす。
目指すは兄とは別方向。星空の彼方まで飛んでいく。
ふと上を見上げれば、アイリスやファウザーの方も決着をつけているようだった。
「……が、ぁ」
「あとは、頼みましたよ、ジーク……」
アイリスとイチカは胸を貫き合い、
「共に逝こう。我が妻よ」
「……はい。あなたと共に」
ファウザーとガブリエルは無限の業火に呑まれていく。
役目を果たした仲間たちを見届けて、ルージュは操舵席を握った。
「あぁ、やっぱり怖い……怖いなぁ」
死ぬのは怖い。本当に怖い。
これが必要なことだと分かっていても、怖さは抑えきれなかった。
手が震える。膝が震える。今すぐ引き返したくてたまらなくなる。
兄のぬくもりが欲しくて、寂しくて、視界が涙で滲んだ。
『大丈夫』
そんなルージュの元へ、双子の姉が語り掛ける。
身体の中から出てきた光が、小さな少女の姿をかたどった。
透明な手が、舵を握るルージュの手に添えられて。
「ルージュ……」
『あなたは一人じゃない。だから、大丈夫だよ、ローズ』
「ねぇ、お姉ちゃん。死ぬのって、こわく、ない?」
『怖くない。きっとまた会えるから。ね?』
「……そう、だね」
わたしも一緒だよ。そんな姉の想いを胸に、ルージュは後ろを振り返る。
もはや何キロ離れているか分からない彼方、門が開いている。
小さな三つの影がそこに入ろうとしているのが見えた。
トニトルス小隊、オズワン、オリヴィア、そして自分たち。
ようやく無事に、この作戦をやり遂げたのだ。
「……良かった。もう、大丈夫だね」
あの兄なら、きっと何とかしてくれる。
立ちはだかる運命をぶっ壊し、きっと世界をいい方向に導いてくれる。
月の船が焔に包み込まれ、爆発寸前の白い光の中で、涙ながらにルージュは呟いた。
「生まれ変わったら、また会おうね」
彼女の心には、一片の悔いもない。
生まれてからこれまでの全てが泡沫のように脳裏に浮かんでは消えていく。
大事なものを抱きしめるように、胸に手を当てて微笑む。
「大好きだよ。お兄ちゃん」
星空の彼方でまばゆい光が収縮し、弾け、そして消えたーー……。




