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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
最終章 世界の終焉
219/231

第二十話 最後の関門

 

「ここもずいぶん寂しくなりましたね」


 月の船を見回しながら、アイリスが言った。

 船の中が重苦しい空気になる事は、もうない。

 彼らのことは心配だが、彼らがどうなろうと自分たちは進まねばならないのだ。


「オズワンなら大丈夫だよ、僕の親友だからね」

「ん……オリヴィアお姉ちゃんも行っちゃったしね」


 ルージュが寂しげに笑う。

 リリアを救出するためにこの船に乗った彼女だが、最後は船を降りる選択をした。

 オズワンと共に残る。それが彼女の選択なら、自分たちが言う事はない。


「リリアの事も任されたし。絶対に助けないと」


 前方、世界の深淵はどこまでも続いているように見える。

 星空のような空間。その星の一つ一つが命のきらめきのように見えた。

 その場の空気はピリピリしている。探知レーダーなどに頼らなくても誰もが悟っているのだ。


 決戦の時が近いことを。


「次は私たちの番かもしれませんね」


 オリヴィアの下船を許可した七聖将第一席

 アイリス・クロックノートは先を見据えて言う。


「熾天使の次にダルカナスが現れたという事は、あちらの戦力はそれほど多くないという事です。元より地上の攻略に相当な戦力を使っていましたから、当然と言えば当然ですが……。ジーク。あなたが私たちとの戦いの中で多くの神々を討ち取っていたことが幸いしましたね」

「はい。アイリスさん。でもまだ……」

「えぇ、まだ彼女が残っている。彼女の相手は私がやります」


 七聖将の身でありながら同僚を殺した裏切り者。

 イチカ・グランデを討つのは七聖将のトップである彼女の役目だ。

 そして、ここにもまた、見定めた敵を逃さない男が一人ーー


「第二使徒の相手は任せてもらおう」


 紅の英雄ファウザーであり、第一死徒ニア。

真なる悪魔(トゥルー・デーモン)』。死徒最強の男は殺意に愛を込める。


「彼女は(やつがれ)が殺す。それが騎士としての役目だ」

「みんなそれぞれ戦いたい奴がいるんだ……あたしは別に誰でもいいかな」


 ルージュがおどけたように肩を竦めた。


「お兄ちゃんを守れるなら、例え火の中水の中、だよ。ね、アル?」

「きゅ、きゅー!」


 魔剣から神獣形態に変化したアルトノヴァが同意を示す。

 ご機嫌に尻尾を揺らす相棒に目を細めて、ジークは前を見た。


「というか、そろそろ……」

「貴様ら、あれを見ろ」

「!」


 星空のような空間に巨大な門が現れた。

 宙に浮いた門の前には、四人の強大な存在が待ち受けている。


「なるほど……正真正銘、最後の関門というわけですか」

「ーーよぉ。よく来たな、お前ら」


 褐色肌の裏切り者は好戦的な笑みを浮かべる。

 七聖将第三席イチカ・グランデは戦斧を揺らして告げた。


「悪いがこっからは通行止めだ。あたいらが死ぬまで門が開く事はねぇぜ」

「イチカさん……」

「元より殺し合いは覚悟の上。あなたを殺して先に行かせてもらいます」


 イチカの裏切りに思うところがあるジークとは違い、アイリスは割り切っている。

 彼女が一族から受け継いだ想念と決着をつける時が、今なのだ。

 世界を救う。そのためならば、裏切り者には容赦ない報いを受けさせる。


 そしてーー


「最優先捕縛対象発見。任務を遂行します」

「テレジア」


 緑髪を揺らす第二使徒『終天なりし風(ガブリエル)』。

 恋人から受けた傷は切除され、今はただ、アゼルクスに従う眷属である。

 愛する者を殺すと覚悟したファウザーは、容赦のない言葉を浴びせる。


「過日はいま一歩のところで逃したが。今度こそ逃さぬ。我が妻よ」

「第二優先排除対象、第一死徒ニアを確認。戦闘準備完了」

「あっははは! かつての恋人同士が殺し合うか。いいねぇ。愉しいじゃないか」


 ころころと笑うのは世界を弄ぶ邪悪の権化にして観察者。

 端正な顔立ちを嗜虐的に歪ませ、遊戯の神ナシャフは愛を嗤う。


「どうせ全て無駄なのに。ご苦労なことだよ」

「ナシャフ……!」


 何度も彼の思惑に振り回されたことのあるジークは射殺すように神を睨んだ。

 今すぐ斬り殺してやりたいが、力を温存しなければいけない今は手が出せない。

 そんな兄の代弁者として、妹が口を開く。


「あんたは滅茶苦茶にしてあげるよ。ナシャフ。絶対に殺してやる」

「ははは! 元気良いねぇ。でも、俺の前にこの子の相手をしてあげて?」

「……」


 最後の一人は真っ白な身体に炎を纏う天使だ。

 虚ろな瞳は何の感情も移さず、ただ命令を実行する機械のように見える。

 ラナを素体とした第三使徒ーー『永劫なる焔(ウリエル)


 言葉を発さない使徒に呆れつつ、イチカが斧を繰り出す。


「さて。誰が出る? ジーク、お前か? それとも冥王、お前か?」

「決まってんじゃん」


 船の帆先へ進み出たのはルージュ、アイリス、そしてファウザーだ。

 ジークとメネス、オルクトヴィアスを除く、三勢力の超戦力が彼女たちと向かい合う。


「お兄ちゃんに無駄な力は割かせない。雑魚と裏切り者相手はあたしたちで充分だよ」

「雑魚は言い過ぎかもですが、ルージュに同意です」

「我が妻を愚弄することは誰であっても許さんぞ、ルージュ・トニトルス?」

「もうっ! ちゃんと足並み揃えてよ!?」


 ルージュが地団駄を踏んで言った。

 この三人、我が強すぎてまとめるのは無理そうだとジークは思った。

 最終決戦にも関わらずどこか気の抜けたやり取り。思わず苦笑した兄の頬に、ルージュは口づけた。


「お兄ちゃん、行ってきます」

「うん。無事で」


 ジークはルージュを抱きしめた。

 背中に手を回した妹の、暖かな体温が冷え切った身体を癒してくれる。

 ルージュは幸せそうに抱きしめ返して、想いを振り切るように踵を返した。


「アル。お兄ちゃんを頼んだよ」

「きゅー!」

「ジーク。私たちを信じてください」

「はい。アイリスさん、任せました」

「冥王様、行ってまいります」

「あぁ、行ってこい」


 三者三様の言葉を残し、彼らは船から飛び降りた。


「三人で相手をするつもりかい? もう一人くらい降りてきたらどう?」

「あんたの相手はあたしたちで充分だよ、雑魚」


 ナシャフの挑発的な言葉にルージュが冷たく返した。

 すると、遊戯の神はニヤァと嗤って、


「あぁそっか。また切り捨てるんだねぇ、ジーク」

「……っ」


 冷酷に、煽るように。


「人類やアステシアを含めた大神たち、小隊の仲間たち、オズワン、オリヴィア。それで今度は彼らというわけだ」


 今のジークが嫌がる言葉を選んでくる。

 離れた場所にいるというのに、耳元でささやかれているようだった。


「満足だろうねぇ。自分だけ幸せになるために周りの全てを犠牲にしてさ。戦いが終わったら存分にリリアと愛し合えるもんねぇ。あはは! 何が英雄だよ。君はどうしようもない偽善者ーー」

「もう喋んないでくれる? 息が臭いんだよ。雑魚」


 最後まで言わせず、ルージュが飛び込んでいた。


「あんたはあたしがぶっ殺してやる」


 それが戦闘開始の合図だ。


「『黒の滅塵(ニルヴァーナ)』、部分展開」


 ナシャフの胸に局所的に発生した強い重力の渦。

 光を呑み込むほどの重力圧はナシャフの身体を粉みじんにするはずだった。

 ルージュの身体に白い天使が突っ込んできた。


「……っ、邪魔っ!」


 影の触手でウリエルの手足を縛り、ぐい、と引っ張ってナシャフにぶつける。

 二人まとめて血の槍で押しつぶそうとしたルージュの頭上に、影が飛び出している。


「はーっはーっ! イキが良いのは嫌いじゃないよ!!」


 戦斧を回転させてルージュの頭を叩き割る、イチカの眼前、


「あなたの相手は私です」

「アイリス……! うひっ、頑なにあたいを避けていたあんたがさぁ……!

 ようやくあたいを見てくれんだねぇ……嬉しいよ、嬉しいから、殺し合おうっ!!」


 イチカ・グランデの剛力はアイリスの小柄な体を吹き飛ばした。

 いや違う。アイリスは自分から飛んだのだ。宙を回転、難なく着地したアイリスは地面を蹴った。


「時よ、加速しなさい」


 自身の時を加速して、アイリスは距離の概念を殺す。

 一足の間合いにまで踏み込んだアイリスは、誰にも知覚できない速度でレイピアを突き出した。だが『華麗なる大鬼(アマゾネス・オーガ)』と呼ばれたイチカの戦闘勘は伊達ではない。


 ーーガキンッ!!


 レイピアの軌道を読んでいたイチカの戦斧が、鋭い切っ先を受け止めた。

 激しい金属音が鳴り響き、火花の向こうでアイリスとイチカは睨み合う。

 またたく間に戦う相手が決まりつつある両者をよそに、ファウザーはガブリエルと向き合っていた。


「テレジア」

「否。私はガブリエル」

「それでも、お前はテレジアだ」

「……戯言を」


 第一死徒ニアは兜を脱ぎ捨て、紅髪を露わにする。

 それは彼が死徒ではなく、ファウザーとして戦う事を決意した証。


「ならば(やつがれ)の太刀、受けて見よ」

「……!」


 するりと、ファウザーはガブリエルの間合いに入り込んでいた。

 速さではない。呼吸と瞬きの合間を縫う、それは類まれなる達人の技術だ。

 居合いの型から抜き放たれたファウザーの太刀が火焔を帯び、奔る。


「風よ、巻き取りなさい」


 おのれの胸を焼く凶悪な火焔を、ガブリエルは風でいなしていた。

 激しくぶつかり合う風と火のせめぎ合いは、眼下で戦うルージュにも届いていて。


「あつっ! あっちも熱いしこっちも熱いし、なんなの、もう!」

「……」


 ナシャフを守る、ウリエルの無言の攻撃がルージュを襲い続けている。

 触手のように自分を絡め取る焔の舌を、ルージュは影の触手で弾いていた。


「あたしの真似ってわけ? タチ悪いね、あんた……!」

「……」

「なんとか言えば? 悪魔嫌いのラナ・ヘイルダム!」

「あぁ、無駄だよ? ラナくんは死の記憶に耐えられなかった。ここに彼女はいないさ」


 ウリエルをぶん殴ろうとしたルージュの眼前にナシャフは立ち塞がった。

 構わない。そのムカつく鼻っ面を叩き折ってやる。

 より一層拳に力を入れたルージュをよそに、全てを翻弄する遊戯の神は手を掲げる。


「『遊転楽転(リーバ・リーラ)』、発動」

「!?」


 ぽふん、と。

 ルージュの拳がナシャフに直撃する。

 だがそこにかつてダルカナスと渡り合った威力は皆無だ。

 まるで子供が親の頬を叩いたようなか弱い力にルージュは目を見開いた。


(あたしの魔力が……!)

「ルージュ、君は強い。ジークや冥王に次ぐ強さと言っても過言じゃあない」


 だからさ、とナシャフは嗤った。


「君の強さ、貸しておくれよ」

「……!」


 ナシャフの拳に黒いもやが集まる。見慣れた魔力。見慣れた力の波動。

 ルージュは咄嗟に飛び退った。遅い。身体が重すぎる。


 ーー直撃。


「が、は……!?」


 ルージュの下半身が粉々に砕け散り、血と臓物が撒き散らされた。

 叫びだしたくなるような痛みを堪え、脂汗を浮かべたルージュは瞬時に身体を再生する。その瞬間、ウリエルの放った蒼い焔がルージュの身体を丸焼きにした。


「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 絶叫、絶叫、絶叫、絶叫、絶叫。

 皮膚が焼けただれ、骨が溶け、眼球が蒸発し、髪の毛が消失する。

 痛みと呼ぶには生ぬるい、人語を絶した地獄を浴びた妹に、


「ルージュッ!!!!」


 ジークは堪らず魔剣を引き抜いていた。

 この距離なら外さない。アルトノヴァに光線を撃たせる。

 その寸前、


 ギンッ!


 と、射殺すような眼光がジークを貫いた。

 焔の中で眼球を再生したルージュの心の叫びが伝わってくる。


 絶対に手を出さないで。あたしを信じて、と。


「………………っ」


 ジークは血が出るほど奥歯を噛みしめた。

 いつまでこんなことを続ければいいのだろう。

 トニトルス小隊を喪い、オズワンを残し、今度はルージュを喪うのか。


 大切な人たちを守るために立ち上がったのに、これじゃあ、戦う意味なんて。


「目を逸らすな。我が甥よ」

「……おじ、さん」

「立て。立って見続けろ。それが兄である貴様の義務だ」


 それに、とメネスは言う。


「見ろ。奴の目はまだ死んでいないぞ」


 ぶわんっ! と焔を散らし、ルージュが飛び出した。

 瞬時に再生した身体は何ともないが、魔力は見る影もない。

 生まれたままの姿を影のヴェールで覆い、黒いドレスを纏った妹は息を荒立てている。


「はぁ、はぁ……ナシャフ。薄汚いブタ。あんた、あたしの魔力を盗んだでしょ……!」

「盗んだなんて人聞きが悪いな。代わりに上げたじゃないか。俺の魔力を、さ」


 ナシャフはおどけたように肩を竦める。

 遊戯の神の権能『遊転楽転(リーバ・リーラ)』の反転効果だ。

 対象を定めた相手の魔力を交換し、相手の能力を貸し受ける。

 空の神ドゥリンナの能力を借り、空間転移を繰り返して世界の裏で暗躍したのもこの業である。


 本来ならナシャフほどの魔力を与えれば、相手はすさまじい力を得るデメリット付きだ。

 上級葬送官並の実力でも、神の魔力を得れば特級以上の実力に引き上げられるだろう。


 しかし、並みいる神々に比べ、ナシャフの魔力量はそれほど多くない。

 ジークに比類するほどの潜在能力(ポテンシャル)を持つルージュにとってはデメリットだ。

 今のルージュは、元々持っていた魔力の半分ほどしかない状態である。

 それも、再生に魔力を使ったせいで三分の一にまで減ってしまっていた。


 嗚呼。それでも(・・・・)


「舐めてくれるよね。あたしの力を奪った程度で勝てると思った?

 バーカ。だからあんたは卑しい豚なんだよ。そんなにあたしに虐められたいの?」

「なんだって……?」


 ルージュの相手は遊戯の神ナシャフ、そして永劫なる焔(ウリエル)

 アイリスやファウザーと比べて一体多いが、それでもルージュには問題にならない。


「あたしを誰だと思ってるの?」

「……!」


 背後で息を呑む気配。大切な兄に向け、妹は愛を叫ぶ。


「あたしはルージュ・トニトルス! 人造悪魔創造計画最後の生き残りにして三人の姉を持つ妹! 立ちはだかる運命を痛めつけて、どれだけ振られても愛を貫く、お兄ちゃん(英雄)の相棒だ!」


 ルージュの身体から黒いもやが迸り、その身体を黒い鎧が覆っていく。

 常闇の都でリリアと相対した時に見せた、恐るべき魔力を身に纏う。

 ちろり、と艶めかしい舌が唇を舐めた。


「見てて、お兄ちゃん(ダーリン)。あなたの妹が、このブタたちを躾けてあげるから!」

「あはは! ほんと君は面白いねぇ……ジーク同様、見てて飽きないよ」

「……」


 ルージュに倣って、黒い鎧を身に着けるナシャフ。

 高笑いをあげながら、彼は告げる。


「じゃあ決めようか。君の愛と俺の遊び()、どっちが上か!」

「え? 決めなくていいよ。だってあたしの方が上だし。あんた雑魚だし」


 きょとん、と首を傾げたルージュ。

 一瞬の静寂。

 あまりにも神を愚弄した悪魔の態度に、さすがのナシャフも堪忍袋の緒が切れた。


「ちょっと舐め腐ってるよね……いいさ。この際、遊び倒してあげるよ」

「あはっ♪ 遊ばれているのはどっちなのか……思い知らせてあげるよ」


 激しい戦闘音が響き渡る混沌領域で、両者は睨み合う。

 ナシャフに付き従うウリエルは、ただ蒼い焔を撒き散らすのみ。


「「ぶっ潰す」」


 神と悪魔の激突が、始まった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ルージュが「三人の姉を持つ妹!」って名乗ったところめっちゃ感動した。・・・一応確認しときますけど三人の姉ってリリアとルージュ(別)とアステシアですよね? あとナシャフがくっそムカつくキャラ…
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