第十四話 最後の会議
「ーーさて」
人類と悪魔の戦いを止めたジークたちは天幕の中で向かい合っていた。
ルナマリアが楽園へ旅立ってから一昼夜開けた夜である。
四角の机に天界、冥界、人界、三つの勢力がそろい踏みしている。
そのどれにも所属していない第四の勢力として、ジークはここに立っていた。
「お互いに言いたいことは山ほどあるだろうし、殺し合いたい気持ちも分かるけど。
いまは、話をしましょう。あのくそったれな神をぶっ飛ばすためにーー僕たちの世界を取り戻すために」
「あらかじめ言っておく。停戦には同意するが、和睦に同意したわけではない」
アレクが鋭い目を冥王に向けた。
「全てが終わったら、貴様を殺す。覚悟しろ、冥王メネス」
「やれるものなら、やればいい。やれるとは思わんが」
「……っ」
ギリ、と奥歯を噛みしめるアレクだが、それ以上は何も言わなかった。
先ほどの戦いでも感じていたのだろう。彼と冥王の間にそびえる、天と地ほどの差を。
挑発的なメネスもたちが悪いが、戦いが始まらなかったことに安堵すべきか。
「じゃあまず、戦力の確認だね。包み隠さず教えるように。じゃあおじさんから」
この場で一番信頼されていないのが冥王メネスだ。
信頼を示してもらうためにも、一番に話を振った。
ジークとしても彼には言いたいことが山ほどあるのだが、世界の為に呑み込んでいる。
いや、世界の為ではないーー正確には、リリアのためだが。
彼女を救出するために冥王メネスという戦力は欠かせない。
「教えてくれるよね?」
「無論だ」
メネスは頷き、横を見る。
四角の机の各辺に、各勢力の主だった者達が座っている状態だ。
メネスの隣にはオルクトヴィアス、サタナーン、エリージア、第一死徒ニアが居る。
「我らの総戦力はここに居る者達と……悪魔たちの数が一〇〇万ほどだ」
ジークは目を瞬かせた。
一〇〇万と訊けば多いように聞こえるが、不死の都の総勢を考えればかなり減っている。
どうしたのかと視線で問えば、彼は言った。
「カルナックの攻略と元老院の討伐にかなりの戦力を投じた。
ジーク。貴様に殺された者達も多いし、世界が変わったのち、アゼルクスに半分近く減らされたのだ」
「死徒は? 確かまだ残ってたよね?」
「元老院の討伐の折に死んだ。ルナマリアの配下……メイドと相討ちになってな」
「……そう」
アレクを見れば、メネスの言葉が真実だと頷いていた。
どの道、ここで彼を疑ってもキリがない。ジークは割り切って、
「分かった。じゃあ次に……アレクさん」
「葬送官の総勢は五〇〇〇ほどだ。カルナック攻防戦の折、結界で悪魔たちを退けていたことが幸いした。先の戦いで死んだ者も多い……七聖将の中で生き残っているのは、私、トリス、アイリスだけだ」
アレクの隣にはアイリスやトリスが座っていた。
頭に包帯を巻いたトリスは小さくこちらに手を振ってくる。
彼女の隣には猫の尻尾を揺らす先輩もいた。
「いやぁ、大変なことになったねジーくん。イズナちゃん参っちゃうよ」
「イズナさん。無事だったんですね」
「そりゃね。イズナちゃん、逃げ足には定評があるからにゃあ」
なはは、と笑うイズナに無駄口を叩くなとアレクが叱りつける。
そんなやり取りに微笑みながらも、ジークはここには居ない一人を思う。
「あの、シェンさんは」
「……」
アレクは首を横に振った。それが答えだった。
「……っ、そう、ですか」
ジークはきつくまぶたを閉じた。
こみあげてくる悲しみを振り払うようにかぶりを振る。
「じゃあ次に……ソルレシア様」
「ん。僕だね」
ごほん、とソルレシアは咳払いした。
「まず言っておく。天界の神々のほとんどは敵に回った」
「……!」
アレクが顔色を変えた。メネスはさもありなんという顔をしている。
「ゼレオティール様の神核が取り込まれたんだ。六柱の大神や……アウロラを含めた一部の神々以外は彼に逆らえないよ。実際、炎と水の双子神も敵に回ったし……まぁあれらはジークが瞬殺したんだけど。ともかく、こっちの戦力はラークエスタを除いた六柱の大神と、地上に残っていた下級天使たちだけだ」
「まぁ、人類の総戦力よりはマシか。それも時間の問題だが」
「どういう意味だ」
アレクが敵意を剥き出しに問う。
メネスは鼻を鳴らした。
「世界の白紙化が始まっているのだ。それも、人類の少なくない数がアゼルクスを信仰している。神々の信仰が奪われているという事だ。神々にとって信仰は力。今のまま世界が掌握されてしまえば、早晩、大神たちは力を失うだろう。人類以下の、やかましいだけの愚図に成り下がるというわけだ」
「愚図は言いすぎだと思うけど?」
ジークの鋭い視線にメネスは肩を竦める。
「事実をオブラードに包んでも現実は変わらんぞ。我が甥よ」
「アスティは力なんてなくても僕のお嫁さんだし、エリージアさんやアウロラさんはとっくに友達だ。他の神々も友達の範疇だよ。僕の友達を馬鹿にするのは止めてもらえるかな」
殺したくなる。と呟くと、メネスは諦めたようにため息をついた。
「分かった。悪かったと言っておこう」
「あらら。うふふ。あなたが言い負かされるなんて……。
珍しいこともあったもんだわ、ねぇ、メネス? 甥っ子に責められた気分はどう?」
「あはは! 面白いこともあったものかしら。かしら!」
オルクトヴィアスが口元を抑えて笑い、サタナーンが面白がって指をさす。
やたらににぎやかな闇の神々と同様、天界の神々の反応も様々だ。
「お、お嫁さん……改めて言われると、その、照れるわね」
「あれだけイチャコラしておいて今さら何を言ってるのだこのダ女神は」
「ん。ジーク、私も、友達。ないす」
「友達ね……まぁ、ジー坊ならいいかもね。一緒に剣を打った仲だし」
「僕も友達に入れてくれるなんて、光栄だね」
アステシアが頬を赤く染めて俯き、デオウルスが呆れ顔。
アウロラはぐっと親指を立て、イリミアスは訳知り顔で頷き、ソルレシアが微笑む。
そんな彼らを順に見やったジークは「じゃあ次は僕たちだ」と話しを続けた。
「僕たちの戦力はトニトルス小隊とオズワン、カレン。獣王国の戦士が二十人。
人数は少ないけど、人類に負けないくらいの戦力はあるよ。ルージュも居るしね」
「ふふん。あたし、割と強いからね」
「腕っぷしなら任せとけ」
「この面子に並べられるのは恐縮ではありますが……」
南方大陸から合流したオズワンとカレンがそう言った。
ヴェヌリスとの戦闘で疲労したジークに代わり、アルトノヴァが迎えに行ってくれた形だ。獣人の戦士が少なくなったのは残念だが、こればかりは仕方ない。
「人類に負けないくらい、か」
よく言う、とメネスは思う。
(アステシアを含めた天界の神々は貴様の勢力も同然だろう。
それに、いざとなれば人類側のアイリスやトリスも味方になる恐れがある)
四つの勢力に分かれているようにみえるが、実質的に向こうは一つの勢力だ。
その巨大さと戦力の充実度で言えば、こちらに勝るとも劣らない。
いや、アゼルクスに対する切り札がジークであることを考えれば、あちらの方が上とも言える。
「じゃあ戦力の確認も出来たところで、作戦をーー」
「我が甥よ。一つ問いたい」
ジークの話を遮り、メネスは口を開いた。
「貴様の準備は出来ているのか」
ジークは目を見開き、
「……あなたは、どこまで知ってるの? まだ仲間にも話してないのに」
「私からすればアゼルクスもゼレオティールも等しく理不尽な存在にすぎん。
あの忌まわしい知恵を持つ創造神が、ただでアゼルクスに取り込まれるとは思わなかっただけだ」
「……そう」
「ジーク。どういうこったよ」
オズワンの問いに、ジークはため息を吐いて。
「作戦の内容で説明するつもりだったんだけど……」
「ジークにはアゼルクスに対抗するための切り札があるんだよ」
言いよどむジークにソルレシアが言った。
無視できない発言にその場にいる者達がどよめく。
「切り札? そんなのあるならなんであの時使わなかったのかしら。かしら?」
「使うに使えなかったからですよ。サタナーン様」
ジークが溜息をつくと、アステシアが解説した。
「その切り札が目覚める条件は、六柱の大神の加護を全て集める事。ゼレオティール様を含めれば七つね。その七つの加護が揃って初めて、アゼルクスを滅ぼす力……天威の加護第三の力が目覚める。あの時のジークは七つのうち四つしか持っていなかったし、七つの加護を受け入れられない状態だった。混沌の時代が訪れるまではね」
アウロラやエリージア、アイリスもこのことを知っていたようだ。
だから彼女たちは、ラークエスタが参戦しないと分かった時も特になにも言わなかった。ジークが加護を得た時点で、彼女たちの大神救出作戦は成功したも同然だからだ。
武神を継いだテュールを救出しなかったのも同じ理由である。
「天威の加護第三の力……そんなものが」
ヤタロウは何か言いたげに呟いた。
ソルレシアは一同が納得したのを見て話しを続ける。
「というわけで。アゼルクスに対抗するための作戦を説明したい。
奇しくも、ヤタロウ・オウカ。これは君が不死の都を攻める時に立てたものと同じだけど」
「……では」
「うん」
六柱を束ねる太陽神は断言する。
「ジークに一切の力を使わせずアゼルクスの所まで送り込む。それが勝利条件だ」
「…………」
誰もが希望を見つけて喜ぶ、というわけにはいかなかった。
むしろ、そのミッションの達成難度に誰もが絶句し、言葉を失っていた。
「た、大将抜きで、混沌の神の所まで……? そりゃあ……」
「例え冥王が居たとしても……困難。私たちのどれくらいが……生きて、帰れるか。分からない」
ギルダーンの悲嘆にかぶせる、エリージアの言葉が全てだった。
こうしている今も世界の白紙化が進んでいるし、敵になった神々や天使は攻勢に出ている。こちらが打って出るとなれば、あちらも相当の戦力を差し向けて来るはずだ。
「なんてものを解き放ったんだ、貴様は……!」
アレクの恨み言がメネスに向けられるが、彼は素知らぬ顔だ。
「私が封印を解いていなければどうなっていたと思う?
レフィーネの洗脳により世界は緩慢な死を迎えたはずだ。そうだろう、時読みの一族」
「……否定はできませんね」
これまで影ながらアゼルクスの信仰を排除し続けてきたアイリスだ。
その強大さも、時が経つにつれて増えていく信仰も、彼女は人一倍よく分かっている。だからこそジークという切り札が育つのを待ち望んでいたのだから。
「ーーま、それが必要だってんなら、やるしかねぇわな」
悲嘆にくれる事もなく、過去を悔いる事もなく。
今を生きる獣王は、ただ好戦的な笑みを浮かべた。
「どの道、おれらが冥王にやろうとしていたことと同じなんだろ?
あれだって、生きて帰れるか分からなかった。それはみんな同じだろ。なぁ、ギル」
「……オズ。お前」
話を振られたギルダーンは「くはッ」と思わず笑った。
「あぁ、そうだな。確かにそうだ。俺らのやる事は変わらねぇ」
絶対の信頼を宿し、ギルダーンがジークを見る。
「俺たちぁあんたに賭けたんだ。この命に懸けて、あんたを送り届けるぜ、大将」
「……ん。よろしくね」
死なないで。そう言いたくなるのをジークは堪えた。
さすがに今ここでそれを言うのは野暮というものだ。
ただ彼らの信頼に応えるべく、ジークは静かに呼気を整える。
覚悟の決まったトニトルス小隊を見て、人類側も納得したようである。
「大きくなったね~オズワンくん。ちょっと前はやんちゃな子供だったのに~」
「るっせぇよ、おれだって色々あんだよ」
トリスの言葉にオズワンがむくれたようにそっぽ向く。
一同がどっと笑ったところで、アレクが冷静に先を促した。
「それで、問題はどうやってアゼルクスの所に向かうかだ。
奴の居場所に見当は付いているのか? その場所に向かう手段は?」
「問題ありません」
応えたのは冥王の側近、第一死徒ニアだ。
「既に我らの方で調査済みです。そこに行く手段も用意してあります」
「……随分用意がいいな。あの場でアゼルクスを倒そうとした貴様らとは思えん」
「あの場で倒せなかった場合の保険だ。次善策を用意するのは貴様の十八番だろう」
「……フン」
アレクとメネスが言い合うのを横目に、ニアは話を続けた。
「奴は世界を白紙化させるため、世界の深淵……混沌領域に居ます」
「混沌領域……あぁ、あそこか」
この場で唯一行ったことがあるジークだ。
見ているだけで気分が悪くなった場所を思い出してげんなりするが、
「心配は無用よ。世界を白紙化している都合上、あの場所はあなたの時とは違うと思うわ」
「ん、そっか。ならいいや」
ジークから混沌領域の事を聞いていたアステシアが保証してくれた。
あの気持ち悪さがないなら多少はマシだろう。その分、強敵が待ち受けている可能性はあるが。
「場所は分かった。で、次は手段だが……?」
「それも問題ありません。我が君はこの時に備え、五百年かけて船を建造しました。
既に七聖将トリス・リュートによる調整は済んでいます。間違いないですね、トリス・リュート?」
アレクが「聞いていないぞ」という顔でトリスを見た。
トリスは「なはは~」と気の抜けた顔で、
「ぶっちゃけウチ、アレクちゃんと合流する前に冥王の所に飛ばされてたからさ~。
事情を聞いて、じゃあしょうがないかってなって。手伝ったんだよ~……許して?」
「嘘をつくな。どうせ、未知の技術に興奮して飛びついたのだろう」
「なはは~…………バレたか。さすがアレクちゃん」
全く反省の色が見られないトリスにアレクが嘆息する。
ともあれ、混沌領域へ行く手段があるのは僥倖だ。
さすが外なる神の存在を最初から知っていた勢力は用意周到である。
「トリス。私にも設計図を見せてくれるかしら。気になるわ」
「もちのろんですよ、イリミアス様~! あとで一緒に見ましょう」
「やめろ。鍛冶馬鹿二人が揃ったらロクなことにならん」
「なんですって!?」
イリミアスとデオウルスがやいやいと言い出す。
それからいくつか段取りを決めて、その場は解散となった。
出発は明朝である。それまで英気を養うという話になった。
最後の夜が訪れる。




