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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
最終章 世界の終焉
210/231

第十一話 煉獄の脅威

 

「「「大将っ!!」」」

「今度は誰も殺させない」


 ーーガキンッ!


 剣戟と共に弾ける水の音。

 トニトルス小隊の攻撃でビクともしなかったヴェヌリスの腕は水刃に切り裂かれた。

 刹那、ジークは空中に数千もの水の槍を作り出し、撃ち放つ。


「……っ!」

「串刺しになれ」


 ーーズガガガガガガガがガッ!!


 激しい弾幕の音が響き渡り、ヴェヌリスが蒸気に包まれた。

 その末路を見る事もなく、ジークは振り返り、妹の頭に手を置いた。

 ありったけの魔力を注ぎ込まれた妹の、手首から無くなっていた手が再生し、またたく間に治癒する。


 ぼふん、とルージュはジークを抱きしめた。

 強く、確かに、そこにいる事を確かめるように。


「……お兄ちゃん」

「うん」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」

「うん」

「会いたかった」

「……ん。僕もだよ」

「心配した」

「それも、一緒だ」


 ぐりぐりと、ルージュはジークの腹に頭を押し付ける。

 兄の服で涙を拭くようにして首を振り、そして顔を上げた。


「馬鹿。遅いよ。放置プレイであたしが喜ぶとでも思ったの?」

「うーん、どうかな……」

「あたし。もう我慢できないから。夜になったら覚悟しておいてね」

「ナニを!?」


 ちろり、とルージュは唇を舐めた。

 嗜虐的な笑みが口元に刻まれ、彼女はからかうように言った。


「女の子にそれを言わせるなんて……お兄ちゃん、い・け・ず」

「なんか久しぶりだなこの感じ!?」


 こんな戦いの最中だというのにーーいや、だからこそ妹のいつも通りが有難い。

 苦笑しながら顔を上げると、そこにはトニトルス小隊の面々が居た。


「じ……!」


 ヤタロウが何かを言いかけ、そして首を振る。

 顔を上げた彼は眼鏡をふいて言った。


「おかえりなさいませ、ジーク殿」

「ただいま。ヤタロウ」


 ジークは黙ってヤタロウを抱きしめた。

『ジーク殿ぉおおおおお!』と。

 いつものように叫んで飛び掛かろうとした彼をねぎらうように。


「よくやった」

「……っ」

「よくみんなを導いてくれた。さすが僕の参謀だ」

「……拙者は、当然の事をしたまでです」

「その当然のことは、君にしか出来なかったよ」


 ジークはギルダーンやエマ、トニトルス小隊の面々に目を移した。


「みんなも、よく生きていてくれた。ありがとう」

「……ったく、来るのが遅すぎんだよ。なぁ?」

「ほんとだよ。あたしらがルージュちゃんを宥めるのにどれだけ苦労したと思ってるんだい? こりゃあアレだね。いま雇われている分とは別の報酬が必要だね。そう思うだろ、みんな?」


 エマの呼びかけに、トニトルス小隊が「そうだそうだ!」「遅刻した罰だー!」と騒ぎ始める。ジークは苦笑して、


「じゃあ、どんな報酬をお望み?」

「そうだねぇ……変わり果てたこの世界で、生きる場所を望むかな」


 ジークは目を見開いた。

 エマは続けて、


「聞いたよ。大将。リリアの姐さんのことも、アゼルクスのことも。

 相手がどれだけ強くても、大将なら関係ないよね? 全部、取り戻すんだろ?」


 かつてジークは異端討滅機構に叛逆するためにトニトルス小隊を解散した。

 だが、三界が一つになった今、戦力はどれだけあっても足りない状態だ。


(あたし)たちを使え』


 彼らの眼差しが、心が、そう訴えかけている。

 再びジークの下に集い、今度こそ世界を変えるために戦おうと。

 それこそ、彼らに火をつけた自分の責任であると。


(ほんと……頼りになる仲間たちだよ)


 胸の中にじんわりと広がる温もりを噛み締め、ジークは顔を上げる。


「僕がヴェヌリスの相手をする。お前たちは後方に下がり、雑魚を近づけるな!」

「「「了解!」」」

「アスティ!」

「はいはーい」


 ふわりと、空から舞い降りてきた叡智の女神にジークは告げる。


「仲間たちをお願い」

「分かったわ。あなたも気を付けて。もしもの時は使徒化するのよ」

「ん」


 ジークが頷くと、空から竜が降って来た。

 ずがん、と着地したアルトノヴァから、アウロラやエリージア、アイリスが降りて来る。ルージュは目を見開いて、


「アル……! 生きてたの!?」

「キュォオオオオオオオオ!!」

「ふーん……そっか。お互い、悪運が強いみたいだね」


 顔を寄せるアルトノヴァに手を触れながら、ルージュが笑う。

 名実ともにジークの相棒である一人と一匹は知らない間に絆を紡いでいたようだ。

 一方、神々やアイリスが降りてきたのを見てヤタロウたちは目を見開いた。


「冬の女神と月の女神……アイリス殿まで。そうそうたる顔ぶれですな」

「人間……怪我人を、治癒する……案内」

「かしこまりました。アウロラ様は……」

「ジーク、援護、いる?」


 アウロラの問いに、ジークは首を振った。


「いえ。ヴェヌリスの相手をしたらアウロラ様が危険かもです。何となくですけど」

「そう、ね。私とは……相性、悪いかも」

「アウロラ様とアイリスさんはみんなの護衛をお願いします」

「了解」

「武運を。ジーク」


 アウロラやアイリス、エリージア、アルトノヴァがトニトルス小隊と共に去って行く。

 ずっとジークに抱き着いて離れなかったルージュも、頬に顔を寄せてきて。


「勝ってね、お兄ちゃん」


 ちゅ。と頬に口づけた。

 甘えん坊な妹にジークは苦笑しつつ、無言でうなずきを返す。

 アステシアがルージュの手を引いて去って行った。


「ルージュ。私の事はお姉ちゃんって呼んでくれていいのよ」

「む……あたし、アステシア様のことあんまり知らないからまだ無理かも。お兄ちゃんと違ってずっと一緒にいるわけじゃないし」

「そう? なら、これから知って行けばいいわ。私の()になるんだもの」

「むぅ……あたしはまだ諦めてないんだからねっ」


 背後からそんなやり取りが聞こえてジークは頬を緩める。

 仲が良くて何よりとジークは思うのだが、実際のところ彼女たちは水面下で牽制しあっている。妻になる女とその間に割って入りたい女は見えない火花を散らしているのだった。


 そんな事に気付かない英雄の隣から、最後の一人が声をかけてくる。


「ジーク、僕はどうしようか? ていうか僕の存在忘れてない?」

「ソルレシア様、居たんですか?」

「ひどくない!?」

「冗談です。予定通り、ソルレシア様はトニトルス小隊以外の動向を探ってください。冥王と、あと七聖将の人たちも生き残っているはずです。アゼルクスを倒すために彼らと合流しないと」

「ん。了解だ。そのためにも」

「はい」


 蒸気のヴェールを切り裂いて、煉獄の化身が現れる。

 ほぼ無傷の彼に射殺すような目を向けながら、ジークは言った。


「あいつは、僕が倒します」

「ヴェヌリスは強いよ。冥王の下に居た時からずっとね」

「分かっています。身をもって知ってますから」

「そうだったね。じゃ、よろしく頼むよ」


 ソルレシアがその場を後にする。

 それを見計らったように、ヴェヌリスが口を開いた。


「キヒッ! 会いたかったぜ、ジーク・トニトルス。やっと来たか」

「僕は会いたくなかったけど」

「つれねぇじゃねぇか。せっかくお仲間が離れるのを待ってやったのによ?」

「その仲間を殺そうとしたのは誰だ」

「オレだが?」


 ジークの額に青筋が浮かんだ。


「何なんだお前……何のためにこんなことするんだッ」

「くだらねぇこと聞きやがる。戦いたいからに決まってんだろ?

 戦って戦って戦って戦って、テメェの全てを懸けてこそ、生きてる実感が沸くってもんだ!」

「なら、死ね」


 転瞬、ジークはヴェヌリスの懐に入り込んでいた。

 ヴェヌリスは拳を振ろうとする。体勢がブレた。

 足元から飛び出した土塊が、彼の膝を折ったのだ。


「戦いに生きたいなら、戦いに死ねッ!」

「キヒッ!」


 だが、そこは煉獄の神ヴェヌリスである。

 袈裟斬りにー振るわれたジークの剣を、彼は口だけで受け止めた。

 すぐさまアルトノヴァの権能が発動。

 魔力を吸う力がヴェヌリスに働きかけ、デオウルスの加護が体内の水分を吸い尽くす。

 それでこの戦いは終わりのはずだった。


 ジークは顔色を変えた。


(体内の水分操作が効かない……いや、この感じ……魔力が)

「ラークエスタ、デオウルス、アステシア、イリミアス……くはッ、よくもまぁそんなに加護を集めたなぁ!」


 おそるべき咬合力で魔剣を受け止めながら、ヴェヌリスは喜悦を上げる。

 彼の感情に呼応して煉獄のマグマが沸き立ち、ジークの足元から噴水の如く噴き上がる。


「お返しだ、ジーク。ぶっ飛べやッ!!」

「……っ」


 デオウルスの加護で足元に水を生成し、マグマを消火していくジーク。

 視界が白い蒸気に包まれる中、空気がゆらめいた。

 後ろに敵。いや、前にも。囲まれてる。ならばーー!


「『太陽の威光(ソルティ・レイ)』!!」


 太陽神の加護が発動。ジークの背後から後光のような光が迸った。

 光は蒸気を吹き飛ばし、至近にいたヴェヌリスの分身(・・)が焔となって消える。

 本体は、


「お前のやり口は、もう分かってるんだよ!!」

「キッヒヒヒヒヒッ!!」


 上から降って来たヴェヌリスの拳を、ジークは真っ向から受け止めた。

 弾ける火花、迸る鮮血、両者のぶつかり合う衝撃がカルナックのビルを吹き飛ばした。


「今度はソルレシアの力か。どれだけオレを喜ばせるんだ、お前ッ!」

「うるさい!」


 ガキンッと剣を弾き、ジークはちらりと周りを見る。


(ここじゃ不味い……みんなを巻き込みかねない)


 ジークは地面を飛び出し、迷わずカルナックの外へ。

 元々は荒野が広がっていた場所には冥界の湿地帯が広がっていた。

 枯れた樹々が連なる場所の一つにジークは降り立つ。

 振り返れば、大人しくついてきたヴェヌリスが自分と向かい合っていた。


「やっぱ戦うには広々とした場所が良いよなぁ。キヒッ!気が合うじゃねぇか、ジーク」

「うるさい。僕は仲間を巻き込みたくなかっただけだ」

「キヒッ! 理解はしてるみてぇだな。オレはこれまでお前が倒した神とは違うってことを。強いて言うならラディンギルの野郎に近いか? 要はーーオレの方が強いって事だ」

「それはどうかな」


 ジークは挑発的に剣を揺らし、


「確かにお前は僕が戦ってきたアゼルクス配下の神々とは違う。

 でも、僕だってお前と戦ったあの時より、ずっと強くなってるんだよ」


 今や六柱の大神の加護を宿すジークである。

 天威の加護は未だに目覚めないが、それでも並の神々なら瞬殺は可能だ。

 焔、水、大地、未来、剣、武、六つの力を使いこなす自分にヴェヌリスはどう戦うつもりなのか。


 煉獄の化身の一挙一動を見逃すまいとするジークに、ヴェヌリスは笑いながら手を広げた。


「あぁ。お前は強ぇよ。オレが認めた男だ。そうでなくっちゃいけねぇ。

 なにせラディンギルを倒した男だ。最初から全力全開でいくのが神義ってもんだろう」

「なにを……」


 空気が変わった。

 呼吸するだけで喉が焼けるように熱い。周りの景色が、どんどん歪んでいく。

 魔力の流れを見定めていたジークでさえ追いつかぬ、それは神の領域。


「この世は煉獄。神罰の時来たれり」


 呟きが世界を変える。景色を歪め、おのれの領域に引きずり込む。

 それはヴェヌリスが持つ固有権能。

 冥界の煉獄領域を司る彼だから出来る、領域型の力。


「神核武装・固有領域『煉獄の宴(ヘル・ダイナー)』」


 ーー轟ッ!


 ジークの真横でマグマが噴き出した。

 後ろからは凍えるような冷気が吹きすさび、焔と氷が襲い掛かってくる。

 剣を振るう。巨大な氷塊が真っ二つになった。


「これは……!」

「煉獄領域へようこそ、だ。ジーク・トニトルス」


 焔と氷がせめぎ合う中にありながら、ヴェヌリスは悠然と立つ。

 彼の身体から迸る恐るべき魔力が、地面に放射状の亀裂を走らせた。


(さっきとは比べ物にならない力……! 手を抜いていたのか!)


 思考を回しながらも、ジークは剣を振るっている。

 先ほどから縦横無尽に、マグマの玉や氷の塊が襲い掛かってくるのだ。

 さらに驚くべきはーー


「この領域において、オレの力は絶対だ」


 ジークが持っていた莫大な陽力。

 その力が、ヴェヌリスと同等にまで引き下げられている。


「第一神罰執行。『汝、過ぎた力を持つことなかれ』」

「……!」


 ニィ、とヴェヌリスは笑う。


「オレより過ぎた力を持つ奴を、オレと同等まで押し下げる。

 これで混沌の影響ってやつもねぇ。正真正銘ーーガチンコってやつだぜ」


 さぁ。名乗ろうか、と。

 待ち望んだ敵手を前に、煉獄の神ヴェヌリスは声をあげる。


「我が名は冥界の一番槍、煉獄の神ヴェヌリス! テメェを殺す男だ」


 ジークは応えた。

 状況の把握も相手の脅威も全て脇に置く。

 いずれ超えねばならぬ壁。かつての因縁を背負い、魔剣を構える。


「『最果ての方舟(オルトゥス・アーク)』が一人、ジーク・トニトルス」


 吹きすさぶ冷気と熱波を浴びながら、英雄は叫んだ。


(お前)を超え、全てを取り戻す男の名だ!」

「キヒッ! いいぜ、いいじゃねぇか。それでこそだ、ジーク!

 さぁやろうぜ。血沸き肉躍る戦いを。最終戦争(ラグナロク)の初戦ってやつを!」


 二人は同時に地面を蹴った。


『いざ尋常にーー勝負ッ!!』



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