第九話 魔剣の再臨
「……あ、アルが生きてる? ほんとですか!?」
言葉が理解に及ぶにつれ、ジークはイリミアスの肩を掴み返していた。
ガシ、と押されるような勢いにイリミアスはたたらを踏む。
「ちょ、ジー坊」
「ほんとのほんとに、生きてるんですか? 嘘だったらぶっ殺しますよ!?」
「アンタ物騒ね!?」
イリミアスが悲鳴を上げてジークの腕から逃れる。
なぜかアステシアがじと目で頬をつついてきたのだが、ジークは手のひらで防いだ。
そんな未来の夫婦を見てイリミアスはごほんと咳払い。
「生きているけど、生き返らせるには条件があるわ」
「条件……」
「その子は今、強くなりたがっている。より強力な身体を欲しているのよ。
あの外なる神に対抗するために、二度と主を守れずに折られることを防ぐために」
「アルが……」
アルトノヴァが折れたあの瞬間、アゼルクスの攻撃にジークたちは何も出来なかった。絶対防御領域を展開する暇すらなく、魔剣の権能を全開にしても敵わなかった。そのことをアルトノヴァはずっと悔やんでいるとイリミアスは語る。
「なんでそんな事分かるんですか? アルが鳴いてるわけでもないのに」
「アタシの権能は万物の声を聞く。生きとし生けるもの、あらゆるもののね」
「ちゃんと神様だったんですね……」
「失礼すぎるでしょアンタ!?」
思わず口に出してしまったジークである。
無理やり剣を打たせろと迫って来たことを忘れられないから、イリミアスが相手だとどうも気が抜けてしまう。
そんな二人を見かねたのか、アイリスが苦笑と共に話の続きを促した。
「それで、生き返るための条件とは? 強い身体を欲しているという事ですが」
「えぇ。天界の秘境に住まう獣の王……『雷麒獣』の角と、巨大な魔晶石が必要よ。
どちらも超々稀少だし、アタシでさえ滅多に手に入るものではないんだけど、それがあれば……」
「雷麒獣って……」
アイリスが何か言いたげにこちらを見た。
ジークは言いたいことを察して、
「アイリスさん、たぶん違いますよ……イリミアス様、その雷麒獣って強いですか?」
「めちゃくちゃ強いわね。神々でも苦労するくらい。超火力の雷と敏感すぎる気配察知能力。一瞬でも殺気を漏らせば雷を放たれて丸焼きにされるわ。身体も超硬いし、並の剣じゃ歯が立たない」
「そうですよね……やっぱり違いますよね……僕、剣も持ってなかったし……」
アステシアがものすごく何か言いたげにこちらを見た。
ジークはため息を吐きながら鞘から角を取り出す。
「あの神獣、そんなに強くなかったし……」
「そうね。さすがに雷麒獣はアンタでも苦労するわよ。ゼレオティール様の加護もないんだし、アイツを倒すにはみんなの力を結集して倒さないと……って」
イリミアスは顎が外れるくらい口を開けた。
びしぃ!と指を差す。
「ーーそれよっ!!! なんでそこにあるの!?」
「え?」
「それが雷麒獣の角だって言ってんの!」
ジークは首を傾げた。
「これが? いや、違いますよ。だってあの神獣、僕でも倒せましたよ?
普通に真正面から近づいても気付かなかったし、雷麒獣じゃないと思うけど」
「「あなたの普通は普通じゃないわよっ!!」」
アステシアとアイリスが耐えきれないと言いたげに突っ込んだ。
あれ?と首をかしげるジークにイリミアスは呆れた顔で、
「ちなみに聞くけど、アンタ、どうやってそいつを倒したの?」
「え、素手ですけど」
「「「素手で!?」」」
「そ、その角はエーテル超圧縮構造体なんだけど。ダイヤモンドの百倍硬いんだけど、どうやって」
「……? 普通に、えいって蹴ったら折れましたけど」
「「「…………」」」
ついに何も言われなくなってしまった。
困り果てたジークがエリージアを見ると、彼女は肩を竦めた。
「……私はもう……何を言われても、驚かない」
「ジーク、だから。さすがリリアの花婿。どや」
「まぁそうね。私も、やっぱりジークはジークだなって思っただけよ」
「あなたの常識外れは今に始まったことではありませんからね……」
散々な言われようである。
アステシアやアイリスはすぐに立ち直ったようだった。
なぜだか釈然としないが、わざわざ狩りに行かなくてもよかったのは僥倖だ。
アルトノヴァが生き返る。
あの可愛い相棒が返ってくると考えるだけで胸が暖かくなる。
「これで角は揃いました。あとは」
「えぇ。あとは巨大な魔晶石ね。純度100%。天界産のものじゃないとだめよ」
「ソレじゃだめなんですか?」
ジークはイリミアスの横にある魔晶石を指差した。
鉄の街が奉納したものである。なんでも空から降って来たものを削りだしたのだとか。
「…………あるじゃん」
イリミアスがぽつりと呟く。
その口元が徐々に笑みに染まり、
「揃ってるじゃない! よし、今からすぐに始めるわよ!」
「やったっ! あ、あの。どれくらいかかるんですか?」
「鍛冶神を舐めんじゃないわよ、ジー坊」
にやり、とイリミアスは笑った。
「あたしの魔力を全部込めたら、すぐよ。あぁでも、今回はアンタの魔力も貰おうかしら。今、あるだけ全部注ぎ込みなさい、一緒にやるわよ、ジー坊」
「……っ、はい!」
雷麒獣の角、魔晶石、アルトノヴァの神核。
三つを台座に並べたイリミアスはジークを隣に招き寄せる。
二人でその中央に手をかざすと、ぐぐん、と力を吸い取られるような感覚があった。
「く……!」
神核を中心として三つの材料を蒼白い光が包み込み。
それを見て、イリミアスは歓喜したように口元を吊り上げた。
「あはッ♪ 権能も発動していなのに、活きがいいじゃない、アルトノヴァ……!
そんなに主の力になりたかったの? えぇ、いいわ。アタシたちが新しい身体をあげる……!」
イリミアスは手のひらに槌を出現させる。
夕焼けの光が具象化したような、それは輝く槌だった。
目を開けて居られないほどの光を放ち、イリミアスは槌を振りかぶる。
「せーのっ!」
ーードーン……!
重く響き渡る、鐘の音。
この場に七聖将トリス・リュートが居れば歓喜していただろう。
鍛冶神の放つ一振り一振りが、鍛冶師にとって黄金よりも価値のある見稽古となる。
槌の表面に描く繊細かつ流麗な術式、百を超えるそれらにどれ一つとして無駄はなく、全てが覇魔の剣を完成させるための材料となる。
「アタシの全力を喰らいなさい……神核武装『火煉万象』!」
ぶわりと長髪が逆立ち、イリミアスの槌が灼熱色に変化した。
ドン、ドン、と槌を振り上げるたび魔力を吸う力が一段と強くなり、ジークはおのれの魂を注ぎ込む。
(もう一度、会いたい)
戦うための力ではなく、ただ一人の友として。
不甲斐ない自分のせいで折れてしまった友人の身体を、作ってあげたい。
イリミアスもまた、神生最高の武器を作るために全神経を集中していた。
人と神の異なる意思が一つとなり、新たな生命誕生への礎となる。
神獣アルトノヴァは主と作り手に力を求める。
強く、強く、強く。
金剛石を凌駕する硬さを、魔鋼を超える軽さを、世界を斬る力を。
そしてーー二度と、主を残して折れない、神を超える身体を!
『受け、取れぇええええええええええ!』
「……!」
その場にいる者達が目も開けて居られない極彩色の光。
アルトノヴァを中心に渦巻く陽力の波が、鍛冶神の神殿を吹き飛ばした。
光のヴェールの中から、巨大な影が現れる。
「キュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
ヴェールを脱ぎ去って現れたのは、光の竜だった。
白銀の鱗は光を纏って真珠色に輝き、艶めく鱗には魔力が満ちている。
ゆらり、ゆらりと揺れる尾が敵意を纏えばあらゆる敵は粉砕するであろう。
魔を凌駕する王にして剣。
神獣の中の頂点、リヴァイアサンを下した誇り高き竜が再臨する。
「アルっ!!」
胸の奥底から溶岩流に似た熱が沸き上がり、ジークは叫んだ。
翼をはためかせるアルトノヴァは、ジークを見て目を輝かせる。
「キュォオオオオ!!」
「アル、よかった……って痛いっ! 鼻をこすり付けるのめっちゃ痛い!」
ふんす、と鼻息を出しながらジークにすり寄るアルトノヴァ。
思わず抗議した主の声を受け、光を纏った竜はまたたくまに小さくなった。
「きゅぁああ!」
「アル……」
ジークはアルトノヴァを抱きしめた。
覇魔の竜と額を合わせ、懺悔するようにつぶやく。
「ごめん……僕が不甲斐ないばっかりに、痛い思いをさせたね」
「きゅう」
「うん……分かってる。僕たちは二人で一つ。もう言わない。
でも、これだけは言わせて……僕、ずっと寂しかった。友達が死んだと思ってたから……」
ジークとアルトノヴァの関係はリリアやルージュやアステシアとも違う。
言葉も通じなければ種族どころか生き物の在り方が違う。
それでも、神核と魂で意思を疎通する二人は相棒よりも近く、家族よりも遠いナニカだ。斬っても切れない縁で結ばれた二身一体の英雄は、涙を浮かべながら告げる。
「おかえり……アル」
「きゅー!」
「あはは! くすぐったい! くすぐったいってば、アル……!」
アルトノヴァが頬を舐めてくる。
ざらざらとする舌に雷が纏うアルトノヴァである。
生まれ変わった身体から抑えきれない力があふれているのだ。
「ぜぇ、ぜぇ……なんとか、完成したわね」
イリミアスは息を落ち着かせながら口元を緩める。
「アタシ一人じゃここまでは出来なかった……二人で一つのものを作るのも、悪くないわね」
「イリミアス様……」
「悪いけど、アタシの戦いはこれで終わりよ。それでいいわよね、お姉さま?」
「えぇ。よくやってくれたわ、イリミアス」
封印からの起き抜けに神核武装まで使ったイリミアスの消耗は激しい。
身体を維持する以外の、ほとんどの魔力を使い切ったのだから当然だ。
当然、ジークも同じような状態なのだが、相棒が生き返ったことで無限の力が溢れている。アステシアは友神を労い、彼女の頭を優しく撫でた。
「あとはこの姉に任せて、寝ていなさい」
「……っ! えぇ、分かったわ!」
イリミアスは子供のように微笑んだ。
アステシアはジークと戯れるアルトノヴァを見やり、目を細める。
(とんでもない魔力……イリミアスの神核武装とジークの力を使って生み出された子、か。混沌の化身であるジークの陽力量は神をも超える……あの小さな身体に、一体どれほどの力を秘めているというのかしら)
実戦経験が少ないアステシアでさえそう思うのだ。
七聖将第一席、アイリス・クロックノートはアルトノヴァを見て戦慄していた。
(ジーク……絆があるとはいえ、どうしてその子に気安く触れるのですか……?
その子がその気になれば、この鉄の街なんて軽く吹き飛びますよ……!?)
絶対にアルトノヴァを怒らせないようにしよう。そうしよう。
アイリスは固く心に決め、アルトノヴァに好きな食べ物はないかイリミアスに聞き始めた。そんな周囲のやり取りを見守っていた神々は囁き合う。
「イリミアスも解放した……魔剣も再び彼の元へ。お姉さま、あとは」
「えぇ……アウロラ。あとは……あの、ソルレシア、だけ……あいつさえいれば……」
その会話はジークにも聞こえていて、
「アスティ、ソルレシア様ってこの街の南に浮いてる天空の離宮にいるんだっけ?」
「えぇ。恐らくね。ジーク、疲れているところ悪いけど、時間がないわ。もしも敵がいたら私たちで片づけるから、あなたは休んで……」
「いや、大丈夫。むしろ、アルが戻ってきて元気百倍だし」
だから、とジークはアルトノヴァと顔を見合わせた。
主の意を汲んだ竜が「キュォ!」と嘶きをあげる。
その姿が再び巨大化し、彼はどこか楽しげに翼を広げ、宙に浮かび上がった。
「……!? ジーク、何をするつもりですか!?」
ただでさえ神殿が吹き飛んだことで鉄の街の視線がここに集まっている状態だ。
というより、今も外から騒がしい声が聞こえている。
そんな時にアルトノヴァを見せつければ、彼らに混乱を与えることになる。
そう憂慮するアイリスに対し、ジークは好戦的に口元を歪ませた。
「いいんですよ。どうせバケモノだ怪物だと恐れられているんです。
どうせならもっと派手に行きましょう。バケモノはバケモノらしく、好き勝手にっ」
たん、と地面を蹴り、ジークはアルトノヴァの背に飛び乗った。
街の南方、雲の大地の上に浮かぶ離宮を指差し、
「ぶっ飛ばしちゃえ、アル!」
「「「!?」」」
「キュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
アルトノヴァが大きく息を吸い、その喉元を膨らませた。
凝縮していく魔力量を見てアイリスは頬を引きつらせる。
あれは不味い。余波だけでも街が崩壊する。
「神アウロラ、神エリージア!」
咄嗟に呼び掛けると、二人の姉妹神はすぐに反応する。
エリージアは弓を引き、アウロラは雪の結晶を周囲に散布した。
その瞬間、世界が真っ白に染まった。
「……っ!」
覇王の息吹が奔る。
大気を穿ち、触れたあらゆるものを破壊する王の蹂躙。
空を飛んでいた神獣は見ただけで気絶し、雲の大地は砕け、そして。
ーードゴォオオオォォォン!!
空に浮かぶ離宮を、粉々に吹き飛ばした。
キノコ雲が大気圏まで立ちのぼり、瓦礫の残骸が地上へ堕ちていく。
そんな馬鹿げた威力の発射地点では、アイリスたちが奮闘していた。
「全く、とんでもない横着ですよ。私たちの気も知らないでっ」
「ジーク……あとで……お仕置き」
「怒ってるお姉さま、可愛い」
アイリスが衝撃の時を遅らせ、エリージアが数千を超える矢を放つ。
アウロラが散布した氷の結晶が力の余波を眠らせ、この場は静寂を取り戻していく。
一方、イリミアスを介抱するアステシアは空から落下していく離宮の無残な姿に頬をひきつらせた。
「えっと……ジーク? あの、ソルは……無事よね?」
「たぶん」
「たぶん!?」
「ちょっと待って。今、デオウルス様の加護で……あ、居た」
海神の加護で大気中の水分と自分を同期し、感知範囲を広げたジーク。
およそ百キロ離れている場所を一瞬で感知する彼にアイリスがさらに頬をひきつらせたのだが、彼は気付かない。
「アル」
「キュォ!」
ひゅんッ! とアルトノヴァが放たれた矢の如く飛び出した。
瞬間移動とみまがう速さで離宮があった場所に到着し、再び鉄の街に戻ってくる。
その背にはとんでもない解放のされ方をしたソルレシアが乗っていた。
「……みんな、助けてくれてありがとう」
涙目で彼は言う。
「でも、起きたら空を落ちてた僕の気持ちもちょっとは考えてほしかったな」
ソルレシアに同情の目が集まる。
アステシアとて、もし同じような起こされ方をしたら怒っていただろう。
助けてもらった分だけありがたいとも言えるが、それはそれだ。
「ごほん。まぁ、良かったじゃない、職場が無くなって。悠久休暇が取れるわよ」
「その代わり、別の大仕事が待ってるんだろう?」
「さすが……ソルレシア。よく、分かってる」
「やぁエリージア。相変わらず君は美しいね。ラークよりも綺麗だよ」
「世辞は……要らない」
ぽ、と頬を染め、アウロラの後ろに隠れるエリージアである。
最近、この神がやたらに可愛いのは気のせいだろうか。愛玩的な意味で。
ジークは首をひねった。
「あの、アスティ、あの二人って……」
「ジーク。それ以上は野暮というものよ」
「あぁ、まだそういう……」
暖かい目でエリージアを見守るジークとアステシア。
と、そんな呑気なやり取りをする英雄の肩に、アイリスが手を置いた。
がし、と獲物を逃すまいとする強さである。
「ジーク。私、言いたいことがあるのですが」
「は、はい。なんでしょうか」
何か怒られるようなことしたかなぁとジークは首をひねった。
ほぼ全ての力を使い切り、アルトノヴァを復活させた。
少し乱暴だっただけで、ソルレシアだってすぐに助け出した。時短にもなるし万々歳だ。
(うん、やっぱり怒られることはないよね)
「あ、お腹すきました? 待っててくださいね。今、料理を……」
アイリスは目が笑っていない顔で言った。
「そんな速さで離宮に行って帰ってこれるなら、普通に行けばよかったのでは?」
一瞬の静寂。
その場の誰もがジークに視線を向けた。
ジークは間の抜けた声を出した。
「…………………………………………………………ぁ」
居心地悪く視線を逸らし、アイリスに視線を戻して、一言。
「えへへ。やっちゃいました」
「やっちゃいました、じゃないですよ!? どうしてくれるんですかこれ!」
アイリスは滅茶苦茶になった鍛冶神の神殿を見る。
もはや神殿として機能していない状態だ。自分たちが入ったことで神官たちが退去していたのが幸いか。彼らもジークの事を恐れていたとはいえ、それは知らないがゆえの恐怖だ。このような有様では、バケモノだと罵られても仕方ないかもしれない。
「それに、賠償金とか、慰謝料とか、諸々の費用が……!」
「アイリスさん、こういう時、どうすればいいか知っていますか?」
ジークはアルトノヴァの背中に乗り込んだ。
眼下に居並ぶ神々と同僚を見て告げる。
「逃げ一択です」
「どや顔で言わないでください!?」
「ジークも男の子だもの。多少やんちゃなのは仕方ないわよね」
「アステシア様、あなたとリリアが甘やかすからジークは……!」
「……ソルレシアも復活したし、イリミアスの家がどうなろうと……私は、無関係」
「アウロラに同意」
「アンタたち、あとで覚えておきなさいよ……!」
疲労困憊の状態で悪態をつくイリミアスである。
残念ながら彼女もアルトノヴァの状態に満足しているので同罪であった。
「……ソルレシア様、この中で常識人は私たちだけです、頑張りましょう」
「あぁ、うん。そうだね……………………いやこの面子は無理だろ」
諦めの笑みを浮かべるソルレシア、アイリスがアルトノヴァに乗り込む。
全員が乗り込んだのを見て、ジークはアルに合図。覇魔の竜が宙に浮かび上がっていく。地上の民衆たちが何か言っているような気がするが、もうどうでもいい。
アルトノヴァが戻ってきた。それだけでジークは心が満たされている。
「ちょっとはしゃいじゃったけど。まぁしょうがないよね」
「「「ちょっとじゃない!!」」」
「いだぁ!?」
この後、ジークはソルレシアとアイリスとエリージアからお説教を喰らう事になった。
罰として加護を与えられたのが滅茶苦茶痛かったジークである。
神殿を壊したことは悪いと思ってるが、あれは仕方ないのではないか。
「でも私、そんなジークも好きよ。男は少しくらい奔放じゃなくっちゃね」
「アスティ……」
「あの、こんなに近くでいちゃいちゃしないでくれますっ?」
キュォオオ、とアルトノヴァが咆哮する。
抗議するような叫びにジークとアステシアは目を合わせて笑った。
「なんにしても、あと一人ですね。あとは武神を継いだテュール様が揃えば……」
「その必要はないよ」
「え?」
六柱の大神が揃う、そう言おうとしたジークの言葉をソルレシアは遮る。
(……どういうことだろ?)
外なる神アゼルクスと戦うためには六柱の大神の力が必要なはずだ。
だからこそジークたちは世界中を回って大神たちを助けて回っていたのだから。
テュールの実力は知らないが、あの武神ラディンギルが指名するくらいだ。
「実力も相当なもの……ですよね?」
「確かに、テュールは強い。でも、君には及ばない」
「???」
ジークには訳が分からなかった。
よしんば自分に劣るのだとしても、戦力になるなら助けるべきではないのか。
そう目で訴えると、ソルレシアが周りを見渡して、
「まさか、まだ言っていないのかい?」
アイリスが気まずげに目を逸らし、アウロラやエリージアは肩を竦める。
アステシアが溜息をつきながら言った。
「奴に聞かれるんじゃないかと思ってね」
「いや、大丈夫だろ……まぁ念のためにアウロラに結界を張ってもらおうか」
「了解」
アウロラが散布した雪の結晶が周囲のエーテルを停滞させる。
雪の中に止まったアルトノヴァの上で、ソルレシアはジークと向かい合った。
「ジーク、上着をめくってごらん」
「え? はい」
上着をめくる。
そこには大神たちから与えられた加護の紋章があった。
「まだ気付かないかい?」
「…………?」
「やれやれ。君は戦いに関して頭は回るのに、それ以外の事になると鈍いね」
ソルレシアは苦笑し、とん、とジークの胸をつついた。
「創造神、叡智の神、武神、鍛冶神、海神、地母神、そして僕こと太陽神。世界を支える僕たちの力が全て合わさる時、新たな理は拓かれる。七つの光によって」
「七つの光………………ぁッ!!!」
「気付いたようだね」
ソルレシアは笑って告げるのだ。
「君が目覚めていなかった天威の加護、第三にして最後の力。
混沌の王を倒すためにゼレオティール様が託した切り札は、既に君の手にあるのさ」
◆
ーー同時刻。
霊峰と名高い山の頂上で二つの存在が対峙していた。
黒い鎧を身に着けた男は紅の髪をなびかせ、宙に浮かぶ。
「……来たか」
彼に相対するのは、森のような短髪の天使だ。
【不穏分子第三号。第一死徒ニア。抹殺を遂行します】
ニアは息を詰まらせた。
待ち望んだ時を迎えた時のような、万感の笑みを浮かべる。
「再びその声が聞けて、よかった。テレジア。我が愛する春の乙女よ」
見る者を虜にするような笑み。それは彼の美貌もさることながら、瞳に込められた情念を示す。数百年間、ずっと追い求めてきた存在がそこにある。
「そして、お別れだ」
第一死徒ニアはーー『紅の英雄』ファウザーとして剣を抜く。
その目には覚悟があった。
「其方の夫として……今度こそ、僕はお前を殺す。覚悟せよ」




