第七話 地母神の決断
「あの、お三方はどうしてラークエスタ様を苦手としているのですか?」
木漏れ日が降り注ぐ森の広場で、少女の声が響く。
雪の結晶を額に当てて暑さを誤魔化す彼女の目は、同じような行為をする女神たちに向けられていた。
アウロラにぴったりとくっつきながら、弓を手入れしているエリージアは肩を竦める。
「別に、苦手……じゃない。性に合わない、だけ」
「姉さまは純粋。男の裸を見ただけで顔が真っ赤」
「アウロラ…………余計な事、言わない」
「いふぁいです、れえさま」
じと目でアウロラの頬を引っ張るエリージア。
その耳が少しだけ赤くなっているのを見てアイリスは頬を緩めた。
「あいつの神殿では毎日誰かしら手籠めにされていたからね。
男神たちで身体を重ねたことがない奴はほとんどいないんじゃなかしら」
「そんなに?」
アステシアのため息にアイリスは目を丸くする。
地上において地母神が男性を優遇する傾向があるとは聞いているが、別に彼女は男だけ特別扱いしているわけではない。同僚だったイチカがその代表例だ。ゆるく反対意見を述べるアイリスにアステシアは頭が痛そうに額を抑えた。
「違うのよ……あいつ、女にも手を出すのよ……」
「え」
「特に魔力が自分と同系統……もしくは系統は違うけど強い力を持つ者とかね。
大地の女神の神核がそう命じているのかしら。とにかく行為をしたがるのよね……。
私、初めて会った時に手を出されかけたもの。それ以来、犬猿の仲というやつよ」
「アイリス、行かなくて……正解」
「姉さまに、同意。あの子は、あなたみたいな子、特にタイプ」
「そ、そうですか」
女神たちの言葉にアイリスはたじろいだ。
イチカがそうだから別に忌避感はないが、女神までそうだとは思わなかった。
いや、もしかしたらイチカがそちらに目覚めたのは女神が原因なのかもしれない。
「彼らは大丈夫でしょうか」
「まぁジークだから。どんな敵が来ても大丈夫よ。私たちの花婿だからね」
アステシアは得意げに胸を張った。
◆
一方、その頃ーー
「いぃいぃいいいいやぁあああああああああああああああああ!」
ジークは必死で逃げていた。
肉食獣に追われる兎のように、それはもう必死で逃げていた。
「オズ、何とかしてよ!!」
「無理だっつーの! いや、出来るけど! おれもアレは嫌だ!」
「カレン!?」
「ジーク様、このようなか弱い乙女にアレの相手をさせる気でございますか?」
「は? カレンって全然か弱くないよね。むしろ……いやなんでもない!」
にっこりと微笑まれたジークは背筋を震わせた。
目が笑っていない顔はリリアと同じものだ。怒らせたらやばい。
そんなことを思う彼の耳には今も恐ろしい音が響いている。
わさ。わさわさわさ……わさわさわさわさわさわさわさわさわさわさ……。
蛇のように長い身体に何千本もの足が蠢き、地面を張っている。
継ぎ目のある身体からは焔が漏れていて、頭部からは細い触手が伸びていた。
「ひッ」
ちらりと振り返ったジークは慌てて顔をそむけた。
「む、ムカデだけは、無理ぃいいいいいいいいいいいいい!」
例え神を一瞬で倒せる英雄でも苦手なものはあるのだ。
名前も知りたくないが、あのわさわさ動くアレだけは絶対に触れたくない。
雷が使えれば一瞬で焼き尽くせるのだが今は使えないし、デオウルスの加護で倒しても死体が残ってしまうだろう。その死体から匂いが立ち込めると考えただけで肌が粟立つというものだ。
ーー三人が揃って落下してから十分ほど経っている。
幸いにも穴の深さはそこまでではなく、莫大な陽力を持つジークや、身体能力に優れたカレンやオズワンが怪我をすることはなかった。だが、落ちてきた場所はどこまでも続く迷路。今も三人の背中を追っているムカデや、膨大な数の悪魔、魔獣が蠢く処刑場じみた場所だったのだ。
「なんで、バルボッサ氏族の神殿に、ハァ、ハァ、こんな場所が、あるの!?」
「ここは地母神の寵愛を受けるための儀式場ですわね。成人したバルボッサ氏族はここに放り込まれ、戦士たりうるのかを試されます。三日間生き抜けば試練成功。もしも死ねばそれまで。この試練を実現するために、未踏破領域を彷徨う魔獣や悪魔を苦労して捕獲したと聞いています」
「さっきから思ってたけどバルボッサ氏族って蛮族じみてるよね!?」
「否定はしませんわ。うふ。でも、そんな氏族からもわたくしのように才色兼備なか弱い乙女が……」
「ーーっ、テメェら、飛べっ!!」
オズワンの叫びと同時に、三人は地面を蹴った。
瞬間、地面が腐食したように崩れ、大崩落が起こる。
「うぉぉおおおお!?」
宙を飛ぶ三人。飛び掛かってくる悪魔たち。このままでは諸共落下だ。
二度同じ手を喰らうジークではない。
「二人とも我慢してね……『海龍の息吹』!」
『!?』
瞬間、宙空に横向きの噴水が現れ、三人の背中を押し出した。
穴に落ちかけていた三人は、なんとか地面に着地、びしょぬれになりながら立ち上がる。
「っぶねぇ……! また落ちる所だった」
「ですがこれで、アレからは逃げられましたわね」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
声なき悲鳴を上げ、数千本の足が蠢く魔虫は落ちていった。
もう二度と会いませんように、と固く願うジークである。
ともあれ、ようやく落ち着いた形だ。呼吸を整えていると、
「おい、ジーク! 今のはなんだよ!?」
「ん? 今のって……あぁ、デオウルス様の加護だよ。さっき貰ったんだ」
「『貰ったんだ』じゃねぇよ!? 聞いてねぇよ!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そういえば外なる神関係の事は話したが、加護の事は話していなかった気がする。
「あはは」と笑うと、カレンは頭が痛そうに額を抑えた。
「これでジーク様はその身に五つの加護を持っている事になりますわね。全くとんでもない……」
「僕だって欲しくてもらったわけじゃないんだよ」
「分かっております。ですが、その加護があるなら、この迷路から抜け出す方策もあるというものです」
「方策って言っても……」
此処に落ちてからかなりの距離を走っているが、同じところをぐるぐる回っているような感覚がある。
松明しか頼りにならない暗い洞窟、岩壁はどこまでも同じものに思えるし、いちおうラークエスタの神気を目指して進んでいるが、ふとした瞬間に穴が空いていたり魔獣が襲ってくるから油断も出来ない、まるで獣の体内にいるようだ。張りつめた緊張という分泌液で、洞窟内に居る者達はゆっくりと消化されていく。ここからゴールに至ることも苦労しそうなものだが、カレンは「問題ありません」と断言した。
ゆっくりと壁を指差し、
「穴を掘りましょう」
「「は?」」
◆
がりがり、がりがり、がりがり。
腕力任せの掘削音が響き、ジークは懐かしい気持ちになった。
辺境のサンテレーゼで冤罪をかけられた際、ルージュに捕まったリリアを救出するためにオリヴィアと地下を掘り進んだことを思い出したのだ。あの時は泥まみれになったものだが、今は身体の表面に薄い水のヴェールを張っているから、服も汚れない。自分も器用になったものだと思う。
「地下迷宮で迷った時に穴を掘るのは、本来下策です」
カレンは淡々と言う。
「ゴールがどこかも分かりませんし、下手に亀裂を入れれば岩盤が崩落する可能性もあります。何より、地下の壁って道具がないと掘ることは難しいのですよ。ただ、今はジーク様の加護とわたくしの精霊術、そして愚弟の馬鹿力があります」
「馬鹿っていうな。おれ、王様だぞ」
ザク、ザク、と穴を掘りながら言うオズワン。
褒めてるのですよ、とカレンは肩を竦め。
「ジーク様の海神の加護で地面に水を染み渡らせ、柔らかくする。わたくしの精霊術で地面を補強し、愚弟が穴を掘る。洗練された陽力操作技術を持つジーク様がいるから出来る芸当です。他の方ではこうはいかないでしょう」
「いやぁ、でもそれを思いつくカレンの方が凄いよ」
ジークは笑って。
「さすが参謀の妻だよね」
「……? 参謀ってヤタロウのことだよな? 姉貴とヤタロウ、そういう仲なのかよ?」
「だから違いますジーク様。それ以上言うなら二人とも蹴り潰しますわよ」
『ナニを!?』
目が笑っていない竜人の姫にジークとオズワンは顔を見合わせ、頷き合う。
この話題はもうこれきりにしよう。そうじゃないと自分たちの身が危ない。
「……ま、アイツが兄貴になるのも……悪くねぇけどな」
ぼそりと呟いたオズワンの言葉は聞こえないことにしたようだった。
カレンは穴を補強すると同時にオズワンの穴掘りを手伝い、やがて、
「出口だ!」
ボン、と小さな爆発音が響き、ジークたちは広い空間に出た。
天井には小さな穴が空いており、地上と繋がっているようだ。
木漏れ日のような光が、空間の中央にしつらえられた台座を照らし出している。
「ラークエスタ様の至聖所……久しぶりですわね」
壁面には南方大陸に降臨した地母神ラークエスタや獣人たちが描かれており、古びた調度品や奉納された宝石などがひとまとめに置かれている。空間の中央にあるのはラークエスタが座れるような玉座だ。バルボッサ氏族が興った当初、ラークエスタはたびたびこの至聖所に降臨し、獣人たちに導きを与えたという。
ーーその玉座の上に、彼女は眠っていた。
エメラルド色の結晶に包まれており、今にも起き出しそうだ。
ジークが近づいていくと、結晶が光を放ち、美しい瞼がぴくりと震える。
ゼレオティールの加護に呼応しているのだろう。ジークの胸も雷色に光っていた。
やがて、結晶の放つ光が強くなりーー
「ん……」
柳眉が震え、彼女は目を開ける。
栗色の髪を揺らした彼女はジーク、オズワン、カレンを順に見回し、
「あなた達ですか。起こしてくださりありがとうございます」
ふわり、と地母神の笑みを浮かべた。
いつもと変わらぬ、どこかのんびりとした調子である。
「おはようございます、ラークエスタ様。身体の調子はどうですか?」
「えぇ、問題ありませんわ。このまま寝てしまいたいくらいです」
「そいつぁよかったぜ。ウチの守護神が死んじまったら洒落になんねぇからよぉ」
オズワンが笑うと、ラークエスタは視線を移して、
「オズワン……なるほど。生身で見るとレイモンドに似ていますわね。性格は似ていませんが」
「ハッ! ご先祖がどうとかおれは知らねぇよ」
「ふふ。そういうところは似ているかもしれません。ともあれ、わたくしを起こしたという事はそう言う事ですわね?」
「はい。簡単に状況を説明します」
ジークは六柱の大神たちを救出している現状を伝える。
外なる神アゼルクスが世界を白紙化し、混沌の海に還そうとしていることも。
全てを慈しむ地母神はアゼルクスの名を聞いて眉を顰め、「そうですか」と深刻そうな顔で頷いた。
「話は分かりました」
「じゃあ……」
「わたくしたちと共に外なる神に立ち向かって頂けると、そう言う事でいいのですね?」
ジークの言葉を継いだカレンに、ラークエスタは言う。
「お断りいたします」
その場の空気が凍り付いた。
聞き間違いか、とジークはカレンと顔を見合わせる。地母神は続けていった。
「お断りいたします。わたくしは戦いません」
「……おいおい、おいおい、マジか、地母神さんよ。あんた女神だろ?
それも、六柱の大神ってやつだ。なのに……戦わないだぁ? ふざけてんのかッ?」
相手が神であることも忘れて語気を荒立てるオズワンである。
獣王として十万人規模の命を背負う男の言葉に、しかし、ラークエスタは首を振った。
「何を言われてもわたくしは戦いませんよ、オズワン。
あなたは見ていないから分からないのです……一体どうやってアレに勝つと?」
最後の質問はジークに向けての言葉だ。
気だるげにため息を吐きながら彼女は頬杖を突いた。
「わたくしたち全員の力を以てしても、傷一つ付けることは出来なかったのです。
冥王と、闇の神々、それもジークを加えた総攻撃ですよ? 相手はそれを無傷で受ける怪物です。オズワン、カレン。あなた達はそんな相手にどうやって立ち向かいますか?」
「それは……」
彼らは言葉を返せなかった。
ラークエスタは続ける。
「ジーク。あなたの力も傑出していますが、正直に言って、足りません。
在りし日の破壊神や雷霆神に比べれば、やはり劣る。あの神に敵うとは思いませんね」
終末戦争で主力だった破壊神ネファケレスと雷霆神の力は相当なものだったらしい。
彼らが居たからこそ、終末戦争は痛み分けで済んだのだ。
亡き神と比べられたジークはただ肩を竦める事しかできない。
「僕の力が未熟なのは承知の上です。それでも諦められないからここに居る。
世界も恋人も妹も友達も、みんな助ける。誰一人だってあの神に奪わせやしない」
「その意気や良し。ですが、わたくしは動きません」
地母神ラークエスタはブレない。
「負けと分かっている戦いに臨む意味があるでしょうか?
命を賭してこの世界に殉じる意味がわたくしにあるでしょうか?
もういいではありませんか。諦めて、全て委ねれば楽ではありませんか?」
「テメェ、いい加減に……!」
「オズ」
オズワンがいきり立つが、ジークは手で制した。
何か言いたげな友が唸り、ラークエスタを睨みつける。
(……まぁ、正直なところ、気持ちは分かるよ)
外なる神アゼルクスの力はそれほどに強大だった。
ジークも、リリアがああなっていなければどうなっていたか分からない。
五百年前、彼らが総力を以て封印する事しか出来なかった、文字通りの怪物だ。
「じゃあ、良いですよ。やる気のない人を誘っても無駄だし……あ、その代わり獣王国に行ってくれませんか? 魔獣や神獣がウヨウヨしてるらしいので。あなたが行ってくれれば、少なくとも牽制にはなるでしょう……ね、オズ?」
「ぉ? あー、まぁウチは助かるが、いいのかよ?」
ジークは頷く。
先ほども言ったが、全てを諦めている者に何を言っても無駄だ。
そんな人に戦ってもらってもむしろ邪魔になるし、仲間としては要らない。
外なる神アゼルクスにつく可能性もあるが……そこだけは釘を差しておくべきか。
「心配しなくても、あちらにはつきませんよ。タイプじゃありませんので」
(((そういう問題かよ……)))
ともあれ。
「わたくしは戦いません。戦いませんが」
ラークエスタはゆっくりと腕を上げ、笑った。
「わたくしの代理人が戦えば、何の文句もないでしょう?」
「ぁ、やば」
その瞬間、ジークの胸に緑の光が灯った。
ドクンッ!
「い、づぁ……!」
「ジーク!?」
全身の血流が早くなり、血圧に耐えきれない血管が膨張する。
プシュ、と額の血管が切れた。内臓がぎゅっと圧縮され、頭が割れるように痛み始める。
地面に転がり苦しみ始めた英雄にオズワンとカレンは何事かと駆け寄った。
しかし、彼らに出来る事はなく、当のラークエスタも素知らぬ顔で眺めている。
やがてーー
「ハァ、ハァ……ッ」
ドクン、ドクン、ドクン……とだんだんと落ち着いてきた心臓。
未だに全身が痛みに苛まれるなか、ラークエスタはころころと笑った。
「『大地絶唱』。其は大地であり、大地は其である。好きな時に大地を呼び出せる応用力の高い力ですわ。ジーク。わたくしの代わりに戦ってくださいな」
「また、勝手に加護を……っ」
「いいではありませんか。あなたにも必要なものです。いえ、むしろそのために……」
何かを言いかけたラークエスタは首を振って、
「ともあれ、急いだほうがいいでしょう。まずはここを出なくては」
「そうですね」
痛みが治まって来たジークは疲れたように息を吐く。
おのれの中に新たに芽生えた力を意識して、足元に視線を落とした。
その瞬間、
「うぉ!?」
足元の地面が大きくせり上がり、一同を天高く運んでいく。
飛びあがったオズワンが抗議するように叫んだ。
「テメ、ジーク、やるならやるって一言言えや!」
「あ、ごめん。やるよ」
「もう遅いんだがっ?」
「ジーク様が大地まで操れるようになると……いよいよわたくしの立場が無くなりますわね」
困ったようなカレンにラークエスタの瞳が妖しく輝く。
「……カレン。あなた、なかなかいいお肌をしていますわね。少し触っても?」
「え? はぁ、どうぞ」
「ふむ。これは……カレン、今晩どうです?」
「はいっ!?」
ラークエスタの艶めかしい言葉にカレンの尻尾がぴんと立つ。
美と豊穣を司る彼女は男女問わずどきりとさせられる魅力を纏っているのだ。
思わずと言った様子でこちらに助けを求めてきたカレンを、ジークは努めて無視した。
(ごめん、カレン。下手に助けるとややこしいから)
じゃああなたが相手をしてくれますの? などと言われればおしまいだ。
そうなったら、アステシアがラークエスタを殺しかねない。
大神同士が殺し合う事態を避けるためにも、ジークはカレンを見捨てるしかないのだ。断じて彼女が苦手だからではない。断じて。
そうこう話しているうちに一行は地上へ脱出する。
しかし、彼らを迎えたのはアステシアを始めとした仲間たちではなく。
「魔獣……!」
数千、数万にも届こうかという獣たちの姿だった。
森の中にむせかえるような獣臭がたちこめ、敵意と殺意が突き刺さる。
「まぁ。手荒い歓迎ですわね」
「アステシア様たちは……」
「ーージークっ!」
空から女の子が降って来た。
アウロラの氷に運ばれてきた叡智の女神はすっぽりとジークの腕におさまった。
「良かった、ジーク。無事だったのね」
「うん。でもアスティ。いきなり飛び降りるのはやめようね?」
「えへへ。一度こうして見たかったの。お姫様抱っこっていうらしいわよ」
そんな子供のみたいな顔で笑わないでほしい。可愛すぎて怒るものも怒れないから。
そんな事を思ったジークをよそに、アウロラやアイリス、エリージアが降りて来る。
「まぁ、皆さま勢ぞろい……とはいかないようですわね」
「あなたは……相変わらず、ね。ラーク」
「エリージア。冥王についたあなたに言いたいことはありますが……今はやめましょう。もはやわたくしには何も言う資格はありませんし……もはや意味のないことでしょうから」
それよりも、とラークエスタの視線がこちらに向いた。
「殿方に抱きかかえられるアステシア……羨ましいですわ。
カレン、わたくしをあのように抱きかかえてくれませんか? 今、女子に抱かれたい気分なのです」
「か、構いませんが。そちらのお供はできませんよ?」
「あら、そうかしら。あなたもきっと気に入ると思いますけど。女同士もなかなかいいのですよ」
「神ラークエスタ、生々しい話はやめてくれませんかっ?」
アイリスが顔を真っ赤にして抗議する。
そうしている間にも魔獣たちは迫っているのだが、彼らには危機感はまるでない。
ラークエスタはそっと息をつき、
「そうですわね。では、わたくしはあなた方の道を切り開きましょう」
地母神の権能が牙を剥き、足元が震動を始める。
次の瞬間、獣が顎を開いたかのように、大地がぱっくりとひび割れた!
何千体もの魔獣たちが亀裂の底へのまれていくさまを、オズワンたちはあんぐりと見つめる。
だが、彼女の強さを理解するほど、もう一つの事実も浮き彫りになる。
「……おい、こんな力を持ってても諦めるくらい……」
「外なる神アゼルクスというのは、それほどに強大なのですか……?」
震撼するオズワンやカレンをよそに、ジークは「そういう使い方もあるのか……」と納得する。地母神の加護を得たばかりの自分はまだまだ使い方が甘い。
もっと大地についての理解を深めねば、真に加護を得たとは言えないだろう。
デオウルスの加護についても同様である。
「諦める……? そう、あなたはそちらを選ぶのね、負け犬」
ジークの腕の中で、アステシアが咎めるような目を向ける。
当のラークエスタはけろりとした顔だ。
「何とでもおっしゃい。わたくし、負け戦はしません」
「そ。なら、舞台裏で見ているといいわ。私たちがあの神をぶっ飛ばす瞬間をね」
アウロラやエリージアも諦めたように肩を竦めるだけで、彼女の不参加には何も言わないようだった。何のために大神たちを救出しているのか分からなくなるが、獣王国の守護者が出来たのは僥倖か。アイリスは「あなたの意思を尊重します」とのことだった。
「じゃあオズ、カレン。あとは任せた」
「おう。行ってこい。おれたちも後で合流する」
「ちょ、待ってくださいませ、ジーク様っ、わたくしは……」
「さぁ行きましょうかカレン。わたくし、今夜はあなたの部屋に泊まろうかと」
「絶対にお断りしますっ!?」




