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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
最終章 世界の終焉
204/231

第五話 海神の試練

 

 ーー中央大陸南東部。


 ーー海洋国家シュゼルク。


 海の上に存在する街であり、海神デオウルスを崇めたてる宗教国家である。

 否、正確には海の上に存在していたーーというべきか。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 三界が一つになった今では街は海の底に沈み、水面から突き出ている街並みは海龍の巣と化していた。空では飛魚竜(リガーリア)が飛び回り、風光明媚な街並みは潮風に晒されて軋んでいる。

 街の上からあたりを見回したジークは一言。


「……次に助けるのはデオウルス様かぁ……あの人、後回しにするとか出来ません?」

「ダメに決まっているでしょう、ジーク。彼は重要な戦力ですよ」


 アイリスに続いてアステシアが頷く。


「そうよ、確かにアイツはムカつく理屈屋だしブラコンだし慎重すぎて気持ち悪いくらい石橋をたたいて渡る男だけどーー」

「アスティ。割とひどいこと言ってるけど大丈夫?」

「それでも、戦いにおいては頼りに……ならなくもないわ。そうよね、エリージア?」

「私、あいつ、嫌い」

「片言のお姉さま、可愛い……」


 駄目だこの人たち、もうどうしようもない。

 自分よりひどい意見を言う神々に苦笑をこぼし、ジークは眼下に目を向ける。

 見たところ既に人間の姿は見当たらないが、街中に神獣や魔獣が跋扈している。

 アゼルクスに支配された神々や天使が見当たらないのは僥倖か。


 だが、問題はーー


「水に埋まってますね……」


 そう、デオウルスの神殿は水の中にあったのだ。

 より正確に言うなら、街の中心……空中に浮かんだ水玉の中に、である。

 直径何十キロもありそうな水玉の周囲にはおびただしい数の魔獣が徘徊しており、アレに近付くのは容易ではない。

 よしんば近づけたとしても、水の中でどうやって神殿までたどり着けるかも不明だ。


「……あのブラコン男、たぶん、自力で封印を解いたわね」

「え、そうなんですか?」

「えぇ。デオウルスの権能は水に近ければ近いほど真価を発揮する。海上でアイツに敵う敵はそういないわ。アゼルクスの封印も、魔力を水に見立てて分解を続ければどうにかできるはず。恐らく封印の直前に権能を組み立てて行使したんでしょう……けれど封印を解くのにかなりの魔力を使った」

「アレは『海神の試練』」


 エリージアが空中に浮いた水玉を指差しながら、


「魔力を使いすぎたデオウルスは……恐らく、身を守るために、試練を発動した。

 本来は……人間に強い加護を与える時に使う儀式型の権能……でも、あの試練中はいかなる干渉も防ぐ」

「アレを突破すれば、デオウルス解放につながる……ジーク、がんばって」

「え、っと。アウロラ様も手伝ってくれるんですよね?」


 アウロラはつい、と視線を逸らした。


「私は周りから、応援するだけ。水の中は……嫌い」

「私も、パス…………泳げないし」


 月と冬の姉妹は揃ってそんなことを言う。

 ジークが首を巡らせれば、アステシアは分かっていたかのように肩を竦めた。


「ま、しょうがないわ。ジーク。お願いできる?」

「はい。頑張ります」


 そう言えば水中で戦ったことはないな、とジークは思う。

 放浪生活の最中、ルプスに滝壺へ突き落されたことがあるから、泳ぐこと自体は問題ない。ただそれを戦闘に応用できるかと言われると、首をひねらざるおえなかった。


「……まぁ、大丈夫か」


 アステシアが復活したことで、ジークにも先視の加護が戻って来た。

 一秒先の未来を見ていれば大抵の敵には負けないはずだ。

 今の自分の調子では特に。


「じゃあ援護お願いします、アウロラ様」

「了解」

「アイリスさんはエリージアさんのお手伝いと、アスティを守ってくれますか」

「えぇ、そのつもりです」


 アステシアの未来決定能力はすさまじい力を誇るが、魔力を消費しすぎる。

 三界が一つになった今、神の魔力がどのような形で回復するのか分かったものではないし、大神であるアステシアが弱った結果、アゼルクスに付け込まれる可能性もある。決戦の時まで大神たちが本気で戦うのは避けたいといのがジークとアイリスの共通見解であった。


「じゃ……やろっか」


 短い呼気と共に、エリージアの手に神弓が生まれた。

 天界で並ぶ者のない弓の名手と呼ばれた彼女の腕が、弓弦を引き絞っていく。


「合図で行く。三、二、一……」


 ゼロが呟かれた瞬間、矢が放たれた。

 一つの矢は魔獣の頭を正確無比に貫いた。

 いや違う、三本だ。

 一本の矢から別れた三本の弓が、全く違う方向にいる魔獣を貫いている。


 その隙を逃さず、アウロラは阿吽の呼吸で氷の足場を動かす。

 滑空する一行の周りにイナゴの群れのように魔獣が襲い来る。

 だが、エリージアの神弓は的確に魔獣を牽制し、目に見えない速さで矢をつがえていた。


(相変わらず、この人の弓の腕はヤバいな……)


 かつて冥界で彼女の弓を受けたことのあるジークは引きつった笑みを漏らす。

 あの時も本体で攻撃されていたし、手加減のない攻撃だと思っていたが、この弓術を見る限りそれも疑わしいところだ。あるいは彼女も、ジークを殺すのかどうか迷っていたのかもしれない。


(そういえば、ルージュの頭もエリージアさんにやられてたんだっけ。

 ……まぁ、別にもういいんだけど。ルージュに謝ってもらおうかな、けじめとして)


 というか。


「ものすごい数ですけど、大丈夫ですか!?」


 魔獣や神獣の勢いは、エリージアの弓でも止まらない。

 数百本の魔力矢を乱れ討つ彼女の攻撃をうけてなお、勢いは増すばかりだ。

 しかし、


「問題ありません。私がいます」


 七聖将第一席アイリス・クロックノートは両手を広げる。


「時よ。静まりなさい」


 その瞬間、周囲の時間が一気に遅滞化した。

 ジークたちをかみ砕こうとしていた飛竜が大口を開けた間抜けな体勢のまま、後方に流れていく。四方を取り囲む獣たちもまた、同じようにジークたちに追いつけない。


「時の神クロスディアの加護『ゆらぎの砂時計』。私もジークに負けませんよ」


 アイリスは得意げに笑った。

 失われし神の使徒(ロスト・アーク)が持つ、もはやアイリスのみが受け継ぐ力。

 周囲の空間・対象を指定し、認識領域の時間を操作するクロスディアの加護は絶大だ。

 さすがに冥王のように世界ごと時間を止めることは出来ないが、加速や遅滞化を駆使する彼女の戦術は、並の強者にも止めることは不可能。


「アイリス……ナイス」

「これなら私も役に立てるわ。ジーク、ちょっとだけ魔力を分けてくれる?」

「はい、どうぞ」


 動きが遅くなった魔獣たちを撃ち落とすのはエリージアでなくても可能。

 アウロラが氷の礫を放ち、アステシアが手のひらから魔力の弾丸を撃ち出す。

 自然回復量が消費量を上回るジークの魔力を受ければ、力の消耗も防げるという寸法だ。


「本気で戦うのはやめてね、アスティ」

「分かってるわ。でも、ふふん。やっと私もジークと共闘出来ているのね。

 いつもリリアが羨ましかったから……戻ってきたら、たっぷり自慢してやるんだから」


 そうですね、とジークは返した。

 リリアとアステシアの言い争いという名のじゃれ合いも、今となっては懐かしい。

 必ずあの光景を取り戻す、と固く誓って、ジークは水玉を見つめた。


 だんだん近づいてくる。

 目の前まで来た。


「……いきますっ!」

「いってらっしゃい!」


 息を吸い込んだジークは氷の足場を蹴り、水玉の中に飛び込んだ。

 冷たい水が全身を包み込み、服に染みた水が身体を重くさせる。


(し、しまった。服くらい脱いでおくんだった……!)


 失敗を反省しながらもジークは前を向く。

 ぼやけた視界に映るのは神殿の入り口だ。

 その周囲には竜巻のような渦がいくつもあって、その先が神殿に続いているようだった。


(この中に当たりがあって、どれかを選べばいいって事かな……?)


 もしも外れを引けば何が待っているのか分かったものではない。

 ジークは陽力を目に集め、竜巻の性質を見極めようとしたが、どれも同じに見える。

 悩んでいては息が続かない。決心し、彼は左にあった入り口に飛び込んだ。

 その瞬間、


(うわぁぁああああああああああ!?)


 ジークの身体はぐるぐると回転し、何が何だか分からぬままに竜巻の中を回り始める。

 数秒後、ジークは再び水玉の入り口に放り出されていた。

 体勢を整えたジークはだんだんと苦しくなる肺を抑えながらじと目になった。


(…………ねぇこれ、もしかして全部外れって事じゃないの?)


 あり得る。

 なにせ相手はあの海神デオウルスだ。

 彼の事はあまり知らないジークでも、人類に対しての厳しさは知っている。

 生半可な実力で強力な加護を与えるほど、あのいじわるな神は甘くはないだろう。


(よし……!)


 もう呼吸もあまり続かない。

 ジークは用意された道を全て無視して、まっすぐに神殿へ泳ぎ始めた。

 神の意に反する挑戦者を、海神は許さない。


「!?」


 ジークが竜巻の横を泳ぎ始めた瞬間、周囲の水に変化が起こった。

 極小の竜巻だ。槍のように先が細い竜巻はジークに向けてその穂先を向けている。


(まさか)


 そのまさかだった。

 槍はばね仕掛けのように飛び出す未来が魔眼に映る。

 ジークは避けようとした。

 だが遅い。

 槍が身体を貫いた。


「が、ぁ」


 炎にあぶられているような熱が全身のあちこちに発生する。

 赤いもやが視界を覆い、手足の力が抜け始めた。

 それだけではない。


(いき、が……!)


 水中で攻撃される慣れない事態に、思わず口を開けてしまったことが仇になった。

 かろうじて持たせていた息が一気に苦しくなり、ジークは喉を掻きむしる。

 並の神を瞬殺できるジークの弱点を突かれた形だ。


 どれだけ人外の力を持っていても、ジークのベースは人間である。

 水中でも呼吸は必要だし、腹が減れば動けなくもなる。

 慣れない水中で攻撃をされて呼吸がおぼつかなくなるのも無理のない話だ。


(くそ、どうすれば……!)


 竜巻に入り直すという選択肢は、ない。

 どれが当たりなのか分からない以上、息が続かない今では悪手にすぎる。

 かといって、先ほどのように正面突破しようとして迎撃されるのは避けたい。


 悩む時間すら許されない。

 あっという間にジークの息は限界を迎え、英雄は口から泡を出す。

 ふわりと水中に浮かんだ彼の視界、光の先に、影が現れた。


(え)


 愛する女神はこの未来を見通していたのか。

 微笑を浮かべる彼女の目には何の焦りもなく、不安など欠片も見当たらない。

 水の中を泳ぎきり、ジークの元へ辿り着いた彼女の唇が、ジークのそれと重なる。


「……!」


 重なった唇から送られる、空気の泡。

 僅かな時間を稼ぐそれを送り届けた女神は口を離し、再び微笑んだ。

 言葉はない。けれど、その想いは確かに。


(……そっか。うん、そうだね)


 ジークが微笑み返すと、アステシアは頷き、水玉の外へ去って行く。

 今も激しい戦いを繰り広げる外からは、激しい光がぶつかり合う様が見えた。

 ジークは婚約者が作ってくれた僅かな時間を利用し、前を向く。


(そうだ……これはデオウルス様が加護を渡すために使った儀式権能。

 だとしたら、竜巻のどれかを選ぶとか、単純に水中を突破するのが正解じゃない)


 きっとこれは、加護を得るための訓練も兼ねている。

 デオウルスが司るのは海。

 万物の生命の源であり、時に人に暴威を振るう気まぐれの化身。

 その気まぐれに付き合う必要なんて、どこにもない。


支配しろ(・・・・)……!)


 ジークは陽力による知覚を極限まで意識する。

 揺らめく水、渦を巻く竜巻の音、それらを構成する分子……

 元素の深淵まで意識を広げる。

 いま、自分の周りにあるのは一面が水の世界。つまり、水こそ世界だ。


 人の構成物質の六割は水で出来ているという。

 だとしたら、水と同化すれば世界を牛耳る事も可能ではないか?


(アスティはヒントを出していた……デオウルス様は魔力を水に見立てて分解し、封印を解いた。なら僕も逆に、水を陽力に見立てて、僕の力で海神の支配を奪い取ってやればいい!)


 ぐっと身体を縮め、そして一気に解き放つ。

 左右から迫る壁を両手で押しのけるように、ジークは力を解き放った。

 次の瞬間、ジークに支配された水が居場所を開け、円形の空間が出来上がる。


「……ぷはッ、げほげほ……ッ、あぁ、出来た!」


 空気を得たジークは喝采を上げ、調子を上げて水中を突き進む。

 一度要領を掴めば、後は簡単だった。


 押し寄せる水の槍を雷獣の角で打ち払い、空気を維持しながら前へ。

 水中にも関わらず悠然と闊歩する英雄の前に、獰猛な牙を見せる神獣が姿を現す。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 絶死海龍(リヴァイアサン)の眷属と呼ばれる獰猛な獣、水龍(レヴィアタン)だ。

 ジークの支配する水を呑み込もうと、獣は大きく水を吸い上げた。

 しかし、その未来は既に見えていた。


 カッ、とジークは空気の層を蹴る。そして放った。


「どけ」


 水龍が水を吸い上げる直前、一瞬にも満たない隙。

 その間隙を縫うようにして振り上げた角が、水龍の頭を一刀両断する。

 ぶわりと水中に広がる水の花弁を乗り越え、ジークは難なく神殿の入り口に到着した。

 そしてそこには、神殿の主である男の姿があった。


「遅い、待ちくたびれたぞ」


 筋骨隆々の体躯に蒼い長髪を海中で揺らす男。

 海を司る男が開口一番に放った言葉に、ジークは無言で背を向けた。

 男は慌てたように、


「あ、ちょ、待て! 貴様が試練を超えねば我が外に出られぬではないかぁ!」

「いや、こんな面倒な試練を始めた人が何を言ってるんですか……。

 見てくださいよこれ、服、びしょ濡れなんですよ。どうしてくれるんですか?」

「そんなものすぐに乾かしてやる!」


 男ーー海神デオウルスはジークの服から水分を吸い取り、ほっと一息。


「全く……試練くらいでぶつぶつ言いおって。全く面倒な……」

「あ、外でアスティたちが待ってるんで。僕はこれで……」

「だから待たんかぁ! 貴様、アゼルクスへの対抗手段が欲しくはないのか?」

「……? 何言ってるんですか?」


 振り向くと、デオウルスは怪訝そうな顔をした。


「……? 奴らから何も聞いていないのか」

「だから何を?」

「…………いや、いい。後が怖いからな。ほら、さっさと受け取れ」

「は?」


 ジークが眉を顰めたその時だ。

 デオウルスが指を向け、ジークの胸に熱が発生する。


 ーードクンッ!


「かっ……!」


 全身が沸騰するような感覚。

 血流が異常活性し、凄まじい速度で血が巡る。

 あふれ出す力の奔流にさらわれ、身体が破裂してしまいそうだった。

 ごふ、と血を吐く。内臓が破れている。骨が折れた。


「~~~~~~~~~っ、なにを、する……!」

「試練を超えた者に加護を与えたまで。喜べ。この加護を与えるのは人類で五人目だ」

「結構、多い……!」


 ジークは思わず膝をつき、荒立てた呼吸を落ち着けていく。

 身体中に意識を張り巡らせ、破れた内臓や折れた手足に治癒を促す。

 だんだんと加護が馴染んできたため、水中で空間を維持するのが簡単になって来た。


「ハァ、ハァ……ふぅ……」


 なんとか立ち上がり、ジークは射殺すような目でデオウルスを見た。


「いきなり加護を与えるなんて何考えてるんですか!? アレ、めちゃくちゃ痛いんですよ!」

「痛いだけで済んでいるのが恐ろしいのだがな……」

「てゆーか! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 最初こそ手こずってしまったものの、コツを使えば余裕で越えられる試練だった。

 アステシアの助けがなくてはどうなっていたか分からないが、それはそれ、これはこれだ。猛然と抗議するジークに、一方のデオウルスは渋い顔だ。


(簡単か。死亡率99パーセントの試練をよくもそのように言ってくれたものだ)


 人類の歴史上、何百万人が挑んでたったの五人しか超えられなかった試練が簡単なわけがない。大抵の人間は一つの竜巻に呑まれた時点で呼吸を維持できずに死亡する。


 あの竜巻がデコイだと気づいたとしても、無理やり突破しようとすれば海の試練が待っている。水中で思うように動かない身体を使い、音の速さで飛来する槍を避けるのは至難の業だ。


(こやつが使った攻略法……水を陽力で支配するやり方は、我の加護そのものだ)


 海神デオウルスの加護、その本質は水の操作ではなく、宿主の性能を底上げする事にある。何も知らないものが加護を得ても水球や水槍を作る出来るが、水の性質を理解し、陽力で水に干渉する事を知る者が加護を得れば、翼を得た魚のように能力が飛躍するだろう。力で水を支配下に置くジークが加護を得れば、一体どれほどの力になるのか想像もできない。


(大体、水龍(レヴィアタン)絶死海龍(リヴァイアサン)には劣るものの、神獣の中でも上位に位置する怪物だぞ! それをたったの一撃で……しかも、陽力で水を支配しながら一刀両断するなど、何が簡単だバカ者がッ)


 だんだんと腹が立ってきたデオウルスである。

 今なら第三次人魔大戦で神霊をやられた神々の気持ちが分かる。

 ともあれ、


「……試練は終了した。儀式権能も終わりだ」


 デオウルスが権能を解除すると、神殿を包んでいた水が一気に落ちた。

 途端、外の喧騒が届き、ジークとデオウルスを見たアステシアが歓声を上げる。


「ジーク! やったのね!」

「遅い。全く……ほら、デオウルス……さっさと、片づける」

「エリージア。貴様も居たのか。まぁいい。よく見ていろジーク。我の力を見せて……」

「その必要はありません」


 ニコ、とジークは笑う。

 神殿を取り囲むおびただしい魔獣、神獣、怪魚、その群れの数、一万体は下らない。

 それでも。


「肩慣らしにはちょうどいいです」

『!?』


 呟いたその瞬間、ジークは宙を撫でた。

 神殿の前方に巨大な剣が現れた。直径一キロは下らない、巨大すぎる剣だ。

 水で出来た透明な剣は表面が振動しており、高速で回転。触れたものを切り裂くのこぎりのようになっている。

 ジークはデオウルスの神殿を包んでいた水の玉に空中で干渉していたのである。唖然とするアステシアたちだが、アイリスは慌てて「アウロラ様、急いで神殿へ!」と促し、


「ぶっ飛ばせ、『海龍剣』」


 彼女たちが神殿に飛び込んだ瞬間、ジークは剣を回転させる。

 巨大な剣が大気を薙ぎ払いながら回転し、一万体の獣たちを粉々に切り刻んだ!


「は、ぁ……?」


 デオウルスが間の抜けた声を出す。

 それもそのはず、ジークはつい一分前に加護を得たばかりだ。

 それなのに、巨大な剣を形作るその陽力、そして水の表面に振動を与えることまでやってのける陽力操作能力。

 呑み込みがいい、という言葉では言い表せない、人語を絶した力の化身がそこにいる。


(怪、物……!)


 これが、これこそが混沌の化身。

 あの外なる神が依り代として欲する、あらゆる力を内包し無限進化の可能性を秘めた怪物なのか。思わず身震いするデオウルス。どこか達観したようなアイリスは深く息を吐き、


「……私、もうジークが何をやっても驚かない自信があります」

「……全く、この子は」

「さすが、うちの眷属が選んだ花婿」

「どう? これが私たちのジークよ? かっこいいでしょ? 最高でしょ?」


 獣たちが居なくなり、神殿の安全は確保された。

 陽力で周囲を感知したジークは動くものがいない事を確かめ、振り向く。


「よしっ、じゃあ次に行きましょうか」

「えぇ。そうね。デオウルス。あなたも……」

「悪いが、我は共には行けん」

「え?」


 デオウルスは面倒そうに肩を竦め、神殿の奥を見やる。

 見れば、そこにはおずおずと顔を見せる、人類の子供たちが居た。

 子供たちの後ろにはこわごわと様子を見守る老人や女たちの姿もある。


「アレは……」

「この都市の生き残りだ。男たちがせめて子供だけでもと運んだのだろうな。戦えない女や老人もいる。我は奴らを率い、カルナックへ向かおうと思う。貴様らは先に行け」


 海を経由するからすぐに追いつく。というデオウルスに、一行は。


「あ、そう。分かったわブラコン」

「じゃあ、ね」

「お気を付けて」

「さようなら」

「ちょぉぉっと待てぇい!」


 デオウルスは叫んだ。


「もうちょっとこう、あるであろう! 引き止めるとか! 色々と!」

「ないわよ。別にあんたが居なくても困らないし。大神として必要なだけで」

「喋らないで……セクハラ、よ」

「妹に同じく」

「彼らをよろしくお願いします、デオウルス様」


 一人だけ礼儀正しいアイリスに、デオウルスはがくりと肩を落とした。


「うぅむ……任された」


 こうして海神の救出に成功した一行は、海洋国家を後にする。

 ジークは胸に刻まれた紋章に複雑そうに眉根を寄せながらも、前を向いた。


「あと四人……待っててね、ルージュ、ヤタロウ……みんなっ!」



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― 新着の感想 ―
[一言] 「結構、多い……!」 ジークのこのセリフ好きw それと、ジークまたお前は強くなりおってからに。 ほんとに君はどこまで行くんだい? あとジークの事でドヤってるアステシア様めちゃ可愛い。 「ど…
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