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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 胎動
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第十九話 ともだち

 

 ーーリリアが訓練に出なくなって、はや三日目。


 その日、訓練を終えたジークはリリアの部屋の前に立っていた。

 朝食も夕食も食べない彼女を心配したジークだが、テレサは放っておけと言って訓練を強制した。けれどどうしても気になって、居てもたってもいられなくなったのだ。


「ーー放っておきなと言っただろう、ジーク」


 声が聞こえた。

 振り返ると、階段を上がってきたテレサがため息を吐いた。


「……師匠」

「何があったか知らないけどね。心が折れた人間に何を言っても無駄だよ」

「でも」

「そのうち何も言わずに出ていくさね。あんたも、他人に構ってる余裕があんのかい?」

「それは…………ない、ですけど」

「そうだろう。なら早く寝て、明日に備えてーー」

「でも、放っておきたくないんです」


 ジークはぎゅっと拳を握り、テレサに向き直った。

 眉を顰める師に、ジークは訴えるように口を開く。


「リリアさんは……僕の初めての……友達、だから。諦めたく、ないんです」

「……そうかい」


 ぐび、と酒をあおり、テレサは口元をぬぐう。

「ごほ、ごほ、」と咳をして、


「なら、もう好きにしな。私はどうなろうが止めやしないよ」


 そう言って去っていくテレサ。

 彼女の口元が緩んでいることに、ジークは気付かなかった。


「……ふぅ」


 途端に静かになった室内でジークは息をつき、扉に向き直る。

 数秒ためらい、意を決してコンコン、と扉を叩いた。


「リリアさん、いる?」

「……」


 リリアは応えない。

 息遣いは聞こえるし、気配はするから、部屋の中にはいるのだとジークは察する。夕食は手つかずのまま扉の前に置かれていて、ジークは寂しくなった。


「あの……この前のことなんだけどさ」


 リリアの様子がおかしくなったのは哨戒任務の時からだ。

 おそらく彼女のトラウマか何かが刺激されて、心に皹が入ってしまったのだろう。あの時のリリアは、人里から追い出されたの自分と同じ顔をしていた気がする。


 だがーー先へ進まなければ、未来はないのだ。

 ジークはそれを、誰よりも知っている。


「あの、僕、任務が初めてで……その、連携もうまく取れなくて、知らないことばかりで……ごめんね。嫌だったよね」

「……」

「でも、次は頑張れると思うんだ。辛いのは、分かるよ。でも、師匠との訓練も順調なんだし、その……」

「……分かる? あなたに、何が分かるんですか」


 低く、唸るような声が扉の向こうから響いた。

 ジークはひゅっと息を呑む。


「努力したら結果が出るあなたに、わたしの何が分かるんですか」

「それは、その……」

「どれだけ頑張っても結果が出ない。努力しても報われない。いるだけで周りに迷惑をかけて、葬送官になったばかりのあなたを危険に晒して……わたしがどれだけみじめな気持ちか、あなたに分かるんですか!?」


 声はすぐ近くから聞こえた。

 扉の向こうに、リリアはいる。

 すぐに触れられる距離にいるのに、二人の距離は天と地ほど離れていた。


「あの、僕、」

「ジークさんはいいですよね。神様に愛されて、両親から愛されて、お師匠様から目をかけてもらって……! わたしにないもの全部持ってるあなたに、何が分かるっていうんですか!?」

「……ごめん」


 ハッ、と。扉の向こうで息を呑む気配。

 ジークは扉に手を当てて、ただ彼女に謝った。


「そうだよね……こんな半魔に分かるなんて言われても、気持ち悪いよね」

「あ、ちが、わたし……」

「でも僕、嬉しかったんだ」


 ジークは姿の見えないリリアの姿を思い浮かべ、口元に笑みを浮かべる。


「リリアさんが、僕を人間扱いしてくれたこと……半魔の僕と、対等に接してくれたこと」

「……」

「嬉しくて、でも、踏み込むのが怖くて……あまり、リリアさんのこと、聞けなかったけど」


 それでもジークは、このつながりを断ちたくなかった。

 ずっと求め続けていたものが、すぐそばにあるかもしれないと、思いたかった。

 本当ならこの扉を開けて、話を聞いてみたい。

 リリアの話を聞いて、二人の距離を近づけたい。


 けれど出来ない。

 裏切られるのが、ジークは何より怖いから。


「……僕、行くね」

「ぁ」

「今度はリリアさんを守れるように……もっとずっと、頑張るから」


 ジークはその場を後にした。

 リリアの苦しみを取り除けるような力は、今の自分にはない。

 ならせめて、もっともっと努力して、彼女の悩みを聞けるような、強い自分にならなければ。


「……もうひと頑張り、しよ」


 そぉ、っと訓練場の中に忍び込み、ジークは息をつく。

 本当なら休憩すべきだし、テレサから休息も訓練のうちだと言われているがーー

 ジークの胸には、かつてない熱があった。

 この熱を抱えたままベッドに入っても、寝付けそうにない。


「……よろしくお願いします」


 魔導機械にぺこりと一礼し、ジークは剣を構えた。




 ◆



 遠ざかっていく足音を聞きながら、リリアは崩れ落ちていた。


「わたし……最低だ」


 自分の吐いた言葉を思い出す。

 出来るなら時を戻して取り消したいほど、最悪の言葉だった。


「訓練を投げ出したのは、わたしなのに……」


 最初は訓練に出るつもりだった。

 けれど服を着替えて用意して、聖杖機(アンク)を持ったら、途端に動かなくなったのだ。


『ーーお前のせいだ!』


 脳裏に刻まれた言葉が、まざまざと蘇る。


『この役立たずの落ちこぼれめ! お前なんか生まれなきゃ良かったのに!』

『ブリュンゲル家の恥さらしめ!』


 過去に追い詰められ、リリアは奥歯を噛みしめた。


 ーーリリアは、葬送官(そうさかん)の名門、ブリュンゲル家の妾の子として生まれた。

 正妻からの当たりはきつく、幼い頃に母が死んでからは、父の対応もそっけなくなった。


 リリアに優しくしてくれたのは、姉のオリヴィアだけだ。

 姉は暇を見つけては遊んでくれたし「ねえさま」と呼ぶ自分を可愛がってくれた。


 いつか姉のようになりたかった。

 姉のように、誰かを救える立派な人間になって、姉の背中を守りたかった。

 歳を経るごとに疎遠になっていく姉に、少しでも近づきたかった。


 だからリリアは葬送官(そうさかん)になった。

 オリヴィアは猛反対したけど、それでも彼女は姉の近くにいたかった。


 初めての哨戒任務でバディを喪ったのは、そんな時だ。

 なんて事のない、街の外から侵入した下二級悪魔の討伐。

 その最中、相手を甘くみたバディが悪魔に殺されてしまったのだ。

 押し寄せる悲しみと後悔を振り払い、リリアは悪魔になったバディを殺そうとした。

 だがーー


『タス、ケ、タスケ、テ……』

『……っ!』


 悪魔にされかけた相棒の言葉が、リリアを狂わせた。

 リリアはバディを殺せなかった。

 悪魔になったバディが貧民街を襲い、民衆の何人かを殺し、あやうくパンデミックになるところだった。

 姉のオリヴィアが駆けつけてくれなければ、そうなっていただろう。


 それ以来、元は人間である悪魔を殺すことに躊躇いを覚えるようになった。

 悪魔を倒そうとすると、バディの顔が頭にちらつくのだ。

 任務を失敗しただけではなく、悪魔を殺せなくなったリリアに居場所はない。

 ブリュンゲル家はリリアの追放を決めた。


 ーー父の失望の眼差しを覚えている。

 ーー姉の嘆息が忘れられない。


 バディの家族から罵声を浴びせられ、嫌味な正妻から存在を否定された。


 ブリュンゲル家の家名を名乗ることは許されず、

 リリアは母の姓である、ローリンズを名乗るようになった。


 なんとかしなきゃ。

 なんとかしなきゃ自分に居場所はない。

 なんとかなんとかなんとかなんとかなんとか……。


 そんな風に頑張って、努力が実らなくて。

 どうしても悪魔を倒せず、役立たずの烙印は刻まれたまま。


 殺されかけたその時に、ジークに助けられたのだ。


 そして、今回。

 以前の記憶があふれだして止まらなくて、また同じことで失敗して。


 気づけばリリアは心が折れていた。

 訓練などやる気になれなかった。


 ーーだが、リリアはわかっている。


 リリアの事情も何もかも、彼には全く関係がないものだ。

 あんなもの、ただの八つ当たりだ。

 彼からすれば、リリアほど勝手な女はいないだろう。


 勝手に絶望して、

 勝手に消沈して、

 勝手に放り出して。


 才能のない自分が彼に嫉妬して当たり散らしただけだ。


「……っ」


 醜い自分を殴り飛ばしたい。

 弱い自分が大っ嫌いだ。わたしなんか早く死ねばいいのに。


「わたし、なんでここにいるんだろう……」


 リリアはぎゅっと瞼を閉じ、逃げ場を求める。

 何かが、変わると思った。

 テレサに連れられて、ジークと出会って、変われると思った。


 けれど結果はどうだ。

 後輩の葬送官にかばわれ、実力でも追い抜かれ、挙句の果てに足を引っ張る役立たずだ。


「……ごめんなさい、ジークさん」


 何より嫌なのは、自分の発言の半分以上が本音だったということ。

 勢い任せであっても、リリアの言葉はほとんど思ったままの言葉だ。


 ーー彼には才能がある。


 自分にはない。


 ーー彼は愛されている。


 自分は愛されていない。


 めきめきと成長する彼がまぶしい。

 頑張れば頑張るほど結果が出る彼が妬ましくてたまらない。

 それは紛れもないリリアの本音で、醜い自分の本性。


「だいっきらい……」


 呟き、リリアは膝に顔をうずめた。

 こみあげてくる涙が膝を濡らし、嗚咽を漏らす。


(もう……ダメだ。あの人に、合わせる顔がない)


 土台、無理な話だったのだ。

 役立たずの自分が、雲の上の存在の教えを受けて伸びるはずがない。


 ジークに受けた恩は、すでに返したはず。

 ここに居ても邪魔なだけだ。


 ーー役立たずの自分は変われない。

 ーー無力でちっぽけで醜い自分に変わる資格はない。


 そうだ。葬送官もやめてしまおう。

 ここを出て、普通の仕事をして、生きていこう。

 そうしなければ、自分はーー


「そのままお聞き」


 声が、した。

 聞き覚えのある声にリリアは拳を握り、俯く。


「……お師匠様、わたし」

「あんたが過去に何をやらかしたのかは知っている」

「……!」

「その上で言うよ。過去は取り消せない。失ったものは戻らない」

「……っ」

「それでもーー人は、前に進むしかないのさ」



 師の言葉には重みがあった。

 これまで数多の修羅場をくぐった者がだけが出せる重み。

 それだけに、リリアには分からない。


「……どうしたら、前へ進めるんですか」

「……」

「あんなに眩しい光に、才能に当てられて……何も持たない人は、どうしたらいいんですか?」

「才能、ねぇ」


 テレサが鼻を鳴らしたような気がした。

 扉に背を預けて、腕を組みながら彼女は言う。


「才能なんてのは、培ってきた時間の重みでしかないよ」

「……え」

「あの子はそれだけの時間を積んできたんだよ。確かにあの子は『持っている側』かもしれない。けどそれ以上に、どうしようもないほど悲しいやつなのさ」

「……それって、どういう」

「なぁリリア。あんたはなんで、葬送官になったんだい?」


 リリアは息を呑んだ。

 久しく思い出せなかった思いが、胸の奥からこみあげてくる。


「序列も、強さも、才能も関係ない。あんたはなんで、葬送官になりたかった?」

「わた、し……」


 服をぎゅっと掴む。

 こみあげてくる思いは、尊敬と憧れ。

 そしてーー


「わたしは、お姉さまみたいに……誰かを守れる人に、なりたかった……」

「……」

「みんなの役に立てる、『わたし』を必要とされるような人に、なりたかった」

「……そうかい」


 扉越しに、テレサが笑った気がした。


「今、あんたを必要としている奴がいる。私としては、あんたがそいつの隣に立ってくれたら嬉しいんだが」


 テレサが扉から離れる。

「ごほ、ごほ、」と咳をしてから、


「何も一人で頑張らなくていい。けど二人なら、乗り越えられることもあるさね。だからアタシはお前を弟子にしようと思ったんだ」

「……お師匠様、わたし……っ」


 意を決して、リリアは扉を開けた。

 テレサは既にいない。誰もいない廊下がリリアを迎える。

 俯いたその時、かん、かん、という音が聞こえた。


「……これ。訓練場から? でも、訓練はもう終わりじゃ……」


 ごくり、と息を呑み、リリアは上着を掴んで歩き出す。

 リビングには誰もおらず、外に出ると、訓練場のある納屋から光が漏れていた。


 リリアはそぉ、と扉に近づき、中を覗き込む。

 息を呑んだ。


「三十一、三十三、三十五……四十ッ」


 眼前、訓練場の奥にいるのはジークだ。

 日に日にそぎ落とされていく無駄な動き。

 理と直感を合わせ持つ洗練された剣舞を、彼は披露している。


 それは才能ある者の動きだ。

『持っている』者だけが出せる、努力の結果だ。


 いつものリリアなら、そうやって僻んでいた。

 だがーー露わになったジークの肌が、そんな言い訳を吹き飛ばす。


「なに、あれ」


 汗でびしょぬれになった服が横に転がっている。

 魔導機械の中で剣の乱舞を避けるジークの肌は、傷だらけだった。

 およそ、傷のないところを探すのが難しい。

 首、肩、腕、肘、足、膝、服に隠された肌は拷問を受けた者以上の悲惨な傷を見せている。


 軽い傷だけではないことは、傷跡の深さから見て取れる。

 どうすればあんなに傷だらけになるのか、リリアには想像もできない。

 思わず、聖杖機(アンク)を取り落とした。

 カラン、と音が響き、その音でジークの集中が途絶えた。


「五十一……ってリリアさん? ゎ!?」

「ぁ……!」


 魔導機械の中から吹き飛ばされたジーク。

 慌てて近づくと、鼻から血を流す彼は「あはは」と後ろ頭を掻いて、


「失敗しちゃった。次はもっと頑張らないと」

「ごめんなさい。わたしのせいで」

「リリアさんのせいじゃないよ。それで、どうしたの?」


 首をかしげる彼の無邪気な問いに、リリアは意を決して問いかけた。


「あの、その傷……」

「え?」


 ジークは体を見下ろした。

「あ」と今更気づいたように服を引き寄せ、


「ご、ごめん。気持ち悪かったよね。こんな身体」

「ち、ちがっ! そうじゃなくて、どうしてそんな傷……」


 ジークは『持っている側』ではなかったのか。

 努力は知っている。

 頑張っていることも、彼の人柄も知っている。

 けれど、そこまでの傷を負うほどのことが、彼にはあったというのか。


 リリアの内心に気づかず、ジークは懐かしそうに傷跡に触れた。


「コレ……父さんとの修業と、悪魔との戦いで……ね」

「修業?」

「うん。僕、物覚えが悪くてさ。父さんからも才能ないって言われてて……それでも強くならないと生きていけなくて。ずっと殴られたり、蹴られたり、斬られたりして、悪魔と戦って死にかけて……その時についた傷かな。あ、これは最近の傷だ。あはは」


 たどたどしく、けれど語られた言葉は凄惨だ。

 自分とそれほど変わらない年なのに、彼が積み重ねた『年月の重み』はリリアとはわけが違う。


「お父さんにって……それって、虐待じゃ」

「ギャクタイが何かは分からないけど……いじわるとか、そんなんじゃないよ」


 ジークは首を横に振った。


「父さんは……僕が死にかけた時、絶対に助けに来てくれたから。『鈍臭ェな。ったくよう』とか、『面倒くせェ。さっさと強くなれよボケ』とか。なんだかんだ言って、最後には絶対に助けに来てくれた。僕がお腹を空かせたとき、猪を狩って食べさせてくれた……不器用なだけなんだ」

「……そんなになってまで、あなたはどうして努力出来るんですか?」


 それは、リリアにとって素朴な疑問だった。

 彼が経験したのは、リリアには想像ができない地獄だ。

 葬送官にならなくても生きる道があるリリアとは、正反対の世界。


「何を目標にしてるんですか?」


 それでも彼は、葬送官になってまで成し遂げたいことがあるという。

 持たざる者が努力を積み重ねた先に望むものを、リリアは知りたかった。

 ジークは恥ずかしそうに言った。


「僕、普通に生きたくて」

「……!」

「ただ普通に生きたい。葬送官になって、特級を倒して……ただの人間みたいに……普通に、生きてみたい」

「……そう、ですか」


 リリアは内心で息をついた。


(あぁ。敵わない、なぁ……)


 耐えがたい地獄を経験して、彼はそれでも前に進もうとしている。

 才能がない自分を自覚して、彼はずっと努力を続けている。


 目標から挫折した自分とは違う、明確な差。

 持たざる者であるが故に、死ぬまで諦めないその姿勢ーー

 リリアには真似できない。

 こんな風に、強く在れることなんて。


「ーーでもさ、僕、リリアさんが居なかったら折れてたと思う」

「え?」


 思わぬ言葉に、リリアは顔を上げた。

 ジークは照れ臭そうに頭を掻きながら、


「いくら頑張らなきゃ自由がなくなるかもって言ってもさ……一人じゃこんなきつい訓練、頑張れないよ。絶対に折れてた。ずっとそばで頑張ってるリリアさんが居たから……僕も、頑張ろうって思えた」


「……ぁ」


「あ、その、誰でもいいってわけじゃないよ? リリアさんだから……僕を人間として接してくれた君だから、頑張れたんだ」

「わたし、だから……」

「うん。こんな僕に言われても、気持ち悪いかもしれないけど……」

「そんなこと……そんなの……」


 リリアだって、同じだ。

 一人でテレサの指導を受けていたら、初日で心が折れていた。

 それでも頑張れたのは、隣で自分以上に頑張る人の存在があってこそだ。

 でもまさか、彼も同じように思っているとは思わなくて。


「……っ」


 こみあげてくる涙を見られたくなくて、リリアは俯いた。

 胸の中から溢れ出る、熱い想いが止まらない。


『何も一人で頑張らなくていい。けど二人なら、乗り越えられることもあるさね』


(こういう事だったんですね。お師匠様……)


 リリアはとっくに一人ではなかった。

 辛い事もあったけど、それ以上に、かけがえのないものを得ていたのだ。


 心の中の闇が、サァ、と吹き飛ばされていくようだった。

 灰色だった世界が極彩色に色づき、凍った心が溶かされていく。


「だからさ、その……あの、あのさ」


 たどたしいジークの言葉に、リリアは顔をあげる。

 ジークはなんとか言葉を紡ごうとするが、なかなか喉から出てこなかった。


「ぼ、僕と、と、とと……」

(うう、前は勢いで簡単に言えたのに……)


 たった一言が、すごく気恥ずかしい。

 ジークは熱くなった頬をパタパタと手で仰ぎ、意を決して拳を握る。

 不思議そうに首を傾げるリリアに、ジークは言った。


「ぼ、僕と、友達になってくれないかなっ?」

「……」


 リリアはしばし目を丸くして、くすくすと笑い出す。

 そしてゆっくりと首を横に振った。


「私たち、とっくに友達じゃないですか」

「え、え!?」

「これからも、よろしくお願いしますね。わたしのことは、リリアと呼んでください」


 花が咲くような笑みを浮かべるリリアに、ジークは勢いよくうなずいた。


「う、うん! こちらこそ、よろしく! 僕のこともジークでいいよ!」


 やったー!とジークはガッツポーズ。

 友達。初めての友達だ。人生でこんなにうれしい事があっただろうか。

 普通に生きるという目的に着実に近づいていて、ジークは喜びをかみしめる。


「リリア。リリア。うん。でも、呼び捨てにするのはちょっと恥ずかしいかも」

「きっとすぐに慣れますよ、ジーク」


 彼女の頬が朱に染まっていることにジークは気付かない。リリアはパタパタと手で顔を仰ぎ、せわしなく髪を整えるのだった。





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