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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 英雄の叛逆
193/231

第四話 人類救出作戦

 


「め、冥王が攻めてきたってどういうことですか!?」

『!?』


 思わず大声を出したジークは直後に失策を悟る。

 自分の声を聞いた小隊員たちが顔を見合わせ、艦内に混乱が広がったからだ。

 口々に囁き合う彼らを見てジークは通信を切り替えた。


「通信室。トリスさんとの通信を艦内に放送しろ」

『総大将、ですが』

「混乱は承知。どうせすぐに広まる話だ。全員に情報を共有する」

『……っ、了解しました!』


 ザザ、という音と共にジークの声が艦内に響き渡る。


「それで、冥王が攻めてきたっていう意味は? どういう状況なんですか?」

『え、えっとね。まずはね……』

『私が説明する。代われ、地平線の鍛冶師(マスター・スミス)


 トリスの声に取って代わったのは聞き慣れない男の声だった。

 『元老院議長セルゲン・ローゼリア』だと男は言った。


「元老院……」

『貴様が我らにいい感情を持っていないことは知っている。だが今は捨て置け。世界の危機だ』


 セルゲンはそう前置きして、


『現在、中央大陸の主要国家に死徒率いる冥王軍が攻め込んでいる。

 軍勢の総数は不明だが、一国家あたり二十万はくだらんと考えている。カルナックは現在包囲網の真っただ中だ。貴様には早急に中央大陸に戻り、各国家へ救援に行ってもらいたい』


 真剣な声音にジークは奥歯を噛んだ。


「国家の救援……でも、いまこっちは」

『貴様の暗殺作戦はこちらも情報を掴んでいる。だが、中央大陸が滅べば冥王を倒しても人類の負けだ。今、国家を救えるのは貴様しかいない。カルナック以外の人類を守れ。これは命令だ』

「……」


 ジークは高速で思考していた。


(冥王不在の軍勢が各国家に侵略……おじさんは僕を戦場から遠ざけるつもりだ)


 ジークたちが暗黒大陸へ出発してすぐの知らせだ。

 こちらの作戦が漏れていたのかは不明だが、ジークがカルナックへ戻る前に決着をつけるつもりだろう。

 そうと分かっていても、異端討滅機構としては各国家を見捨てる事は出来ない。


 カルナックは確かに最重要拠点ではあるが、あの都市だけで三十万人以上の食糧を生産できるわけでもない。

 魔晶石の採掘や各種資源については他の街に依存しているのが現状だ。

 これを見捨てれば、この戦いを凌いでも各都市の補給を断たれてカルナックは自滅する。


 かといって他の七聖将を向かわせることは出来ない。

 冥王を相手にするには七聖将全員でかかっても相手に出来るか分からないからだ。

 それに比べ、機動力のあるジークがアルトノヴァを飛ばせば、各国家へ向かう時間は一時間未満で済む。


 ーー断る選択肢はない、か。


「分かりました。すぐに向かいます」

『救出国家は一つずつ送る。随時通信を受けるように。以上だ』


 ぶつ、と通信が途切れ、嫌な沈黙が艦内に広がっていく。

 誰もが不安そうに顔を見合わせ、こちらへ視線を送る中、ジークはまず機関室へ伝令。死の海の上空で巨大戦艦が停泊する。続いて通信室へ赴き、


「総大将……今の放送は」

「艦内全体に放送する。繋げ」

「……はっ」


 ジークは通信を受け取り、艦内へ通達。


「ジーク・トニトルスだ。皆も聞いた通り、こちらの裏をかき、冥王が中央大陸へ侵攻した」

『……』


 いつもならやかましいぐらいに返ってくる言葉はない。

 艦内の異様な沈黙がこちらに伝わってくるようだ。

 唇を湿らせたジークは慎重に言葉を選ぶ。


「本艦は現在、死の海の直上に進行している。暗黒大陸までの距離は半分といったところだ。しかし、冥王軍の侵攻を見逃すわけにはいかない。僕はこれより、中央大陸に戻って国家救出作戦に入る。ついては、艦内に居る者達でドラグーン部隊を編成し、僕と共に人類を……」

「ーー悪いが、おれたちは行かねぇぞ、ジーク」


 声が、した。

 振り返れば、レギオンの主だった面々が通信室に集まっている。

 その中からオズワンが一歩踏み出してきて、複雑そうな顔で言った。


「オズ」

「おれたち獣人は人類を助けに行かねぇ。理由は分かってるよな?」

「……」

「おれについて来てくれた奴らは迫害を受けて獣王国まで逃げてきた奴らばっかりだ。

 そんな奴らに人類の為に死んでくれなんて、おれは言えねぇ。例え仲間の故郷でもな」


 獣人たちの多くが同じ気持ちなのだろう。

 残念ながら通信室に居る獣人たちは気まずそうに俯いていた。

 ジークはおどけるように肩を竦め、


「元々、救出作戦に獣王国の戦士を連れていくつもりはないよ。

 居れば心強いけど、混乱した人類が獣人を傷つけないとも限らない。

 今回は監獄島(アルカトラズ)出身の小隊員だけで編成しようと思う。君たちは一旦拠点に戻ってほしい」

「……あぁ、分かってる」


 オズが頷いたのを見てから、ジークは無線に向き直った。


「というわけだ。監獄島(アルカトラズ)出身の小隊員は、今すぐ竜舎へ集合せよ」

『応ッ!』


 無線から野太い声が返り、ジークは踵を返した。

 通信室を出る間際、オズが「悪いな」と言った。「いいよ」とジークは返した。

 彼は仲間であると同時に獣王国の王。獣人たちの意を汲む彼の判断は間違っていない。彼自身の気持ちは、握りしめられた拳から伝わってくる。それで充分だ。


 廊下に出ると、主だった面々がジークの後ろへ追従する。


「ジーク、神々にはわたしの方から連絡を。恐らく既に事態を把握しているかと」

「お願い、リリア」

「ジーク様、獣王国の戦士は付いていけませんが、わたしは別です。わたしだけでも……」

「いや、カレンもここに残ってオズを支えてほしい。万が一悪魔たちが攻めてきても守れるように」

「……承知しました。いってらっしゃいませ」


 カレンが口惜しそうに離脱し、通信室へ離脱する。

 後ろ目でその背中を見送ると、ルージュが並んだ。


「お兄ちゃん、あたしは行くからね?」

「分かってる。隠密部隊はここに置いていくから、ルージュは来て」

「そう来なくっちゃ」


 ルージュは嬉しそうに笑った。

 続いてヤタロウが横に並び、


「ジーク殿。救援国家の位置は拙者が把握しております、騎手に指示を」

「うん。ヤタロウ、今回の作戦が漏れていた可能性は?」

「……ないとは言い切れませんが、恐らくこのタイミングは狙ったものではござらん」

「その心は?」


 ヤタロウは丸眼鏡を光らせ、


「まず、規模が大きすぎます。暗黒大陸から数百万規模で動いたとすれば、

 死の海の真っただ中にある最果ての島の観測を逃れることは難しいでしょう」

「インクラトゥスが裏切った可能性は?」

「ありません。数百万の軍隊を隠すにはこの巨大戦艦と同じ箱が十隻以上必要となります。鍛冶神の加護の助けなく、この規模の箱を建造できるとは思えない。相手の足は徒歩、もしくは魔獣です」


 ましてや、冥王軍の運び手であったリヴァイアサンはジークたちが倒している。

 あの堕ちた神獣が居なければ冥王軍の機動力は半減するはずだとヤタロウは語る。


「何より、本当に我らを出し抜くつもりなら不死の都に誘い込んだ方がいい。

 空っぽの都市に誘い込んだところでカルナックに仕掛ければ、いかにジーク殿でも間に合わない。それをしないという事は、今回の侵攻はかなり前から仕込まれていたものと考えられます」

「確かに……なるほどね。そういう事か」


 さすがヤタロウである、この短時間でそこまで推測するのは自分には無理だ。

 頼りになる参謀と「作戦は任せる」「御意」とやり取りを交わしつつ、騎竜発着場へ。戦艦内部にはドラグーン部隊の乗る赤燐竜が飼われており、いつでも出発できるように準備してあるのだ。


 大広間のような空間の左右には赤燐竜が嘶き、中央にはトニトルス小隊の面々が集まっていた。こちらに気付いた強面の男が近づいてきて、


「おう大将」

「ギルダーン。話は聞いたよね?」

「あぁ、まぁ。しょうがないわな」


 ギルダーンは肩を竦めてそう言った。

 しょうがない。確かに、その一言に全てが集約されている気がした。

 ジークは周りを見渡し、


「ごめん、みんな。冥王を倒すために残ってくれたのに」

「何言ってんだ大将! これを片付けたらすぐに冥王をぶっ倒しに行くんだろ?」

「そうだそうだ! 俺たちゃ諦めたわけじゃねぇぞ!」

「ま、死徒ぐらいさっさと片づけねぇと、大将の訓練を生き抜いた甲斐がないわよね」

「ちげぇねぇ、わはははは!」


 どっと沸くトニトルス小隊である。

 暖かい彼らの言葉に、ジークも口元を緩めた。


「ま、そういうことだ。あたしらも異存はないよ」

「えぇ、人類も助けて冥王も倒す、それがアタシたちの大将だもんね?」

「あ、あのぉ。わたしは獣人なので残っていいですか? え、だめ? ですよね~」

「おれも逃げてぇんだが……ま、逃げられる状況でもねぇしな」

「さっさと行って、さくっと終わらそうぜ!」


 エマやクラリス、ファナやロレンツォ、そしてギルダーンが頷く。

 ジークは彼らの気持ちありがたく受け取って、


「分かった。じゃあ行くぞ。トニトルス小隊、出陣!」

『応!』


 戦艦下部のハッチが開き、ごう、と風が流れ込んでくる。

 魔剣アルトノヴァが主の意を汲んで神獣形態に変化。

 ジーク、リリア、ルージュ、ヤタロウを乗せて出発し、他の面々もドラグーンに乗り込んだ。


 総勢五十騎におよぶドラグーンが空中に踊り出す。

 暗黒大陸から反転。

 英雄率いるトニトルス小隊は、一路、中央大陸を目指して直進する……。



 ◆



 中央大陸には大小さまざまな国が存在しているが、それらの大部分は都市国家だ。

 終末戦争が終結して間もないころは国の下に州や領地が存在していたが、

 街道を行き交う過程で魔獣による人的被害が増加、それに伴う悪魔の発生。ついには街一つ滅ぶ悪魔災害(パンデミック)が起こった事案もあって、ほとんどの国家で封建制が崩壊。リエッタ村のように、今では国という形をとらず、村や街ごとに運営し、異端討滅機構に所属しているところも少なくない。

 領主という名で異端討滅機構に従属している国すらある。


 そして各都市は輸出入の警備費にかなりの金と人材をかけている。

 逆に言えば、人類を繋ぐ血管とも呼ぶべき輸出路を潰せば人類は自然に全滅するのだ。だから、冥王メネスが貿易で栄えた都市を狙うのは必定であった。


 ーー中央大陸南部。


 ーー『黄昏の街』エル=セレスタ。


「……ついた、けど」


 それは、白い街だった。

 丘の中腹から海岸線へ段々状に広がる家々の連なり。

 青く塗られた屋根が陽光を反射して輝き、街の上空をたくさんの飛竜が飛んでいる。

 活気ある港には野太い漁師の声が響いており、吹きすさぶ潮風が来た者を楽しませる。


 そんな街が今、目の前でーー


「……間に合わなかった」


 ーー燃えていた。


 灰の混じった黒煙が立ちのぼり、綺麗だった家々は黒焦げの廃墟と変わっている。

 活気のあった港は悪魔の巣窟へ変わり、自我を失った悪魔たちが徘徊していた。

 内臓の焼ける嫌なにおいが立ち込め、助けを求めた子供の手が廃墟から上に伸びている。濃密すぎる死の気配。酸っぱい味が口の中に広がり、ジークは眉を顰めた。


「……ひどい。何もここまで」

「向こうからすれば、どのような手段であれ人類を殺せば勝ちですからな……。

 しかも、一人殺せば戦力が増えると来ている。火災は人類を殺すうえでこの上なく有効でしょう」


 胸糞は悪いでござるが。と冷静に締めくくるヤタロウ。

 上空、ドラグーンに乗っているトニトルス小隊の息を呑んでいる。

 その凄惨な光景は、今まさに彼らの故郷で繰り広げられているものかもしれないのだ。


「……それにしても、悪魔の数が多すぎます。一体どうやって……」

「冥界の入り口だ」


 リリアの疑問に、ジークは応えた。

 ヤタロウではなくても分かる。この街がこの状態になっている事が答えだ。

 ジークは拳を握りしめ、絞り出すように呟いた。


「あいつ等、冥界を経由してきたんだ……!」


 どうして気付かなかったんだろう。

 他ならぬ自分たちが取った手段ではないか。

 リリアを救った際、ジークたちが母の墓から冥界を経由してエル=セレスタに戻ったように。冥王メネスは悪魔の軍勢を冥界経由で中央大陸へ送りこんだのだ。


 そうすれば、隠し神インクラトゥスの権能がなくても人類には察知できない。

 冥界の入り口は厳重に封じられているが、メネスであれば壊すのは容易だろう。

 しかも、冥界の入り口はここだけではない。大陸各所に存在している。

 ともすれば、相手に迎撃の準備をさせることなく、数の暴力で国を滅ぼす事も……。


「おい、大将、あそこ!」


 ロレンツォの声が響き、ジークはそちらに目を向ける。

 見れば、異端討滅機構の支部と思しき場所で葬送官たちが奮戦していた。

 要塞じみた場所の内部から何条もの火や(いかずち)、大砲や矢が打ち出されており、悪魔たちを押しとどめている。

 ジークが加護で感知をしたところ、その中にはかなりの人間たちが立てこもっていた。


「まだ生き残っている人が……!」


 ジークは素早くアルトノヴァを方向転換。

 魔剣を振り上げ、(いかずち)の雨を降らせる……。

 その寸前だった。


『退け、ジーク・トニトルス。エル=セレスタは放棄する』

「は?」


 無線機から声が響き、ジークは硬直する。

 慌てて懐から取り出せば、先ほどトリスと代わった元老院議長ーーセルゲンは続けて言った。


『聞こえなかったか。エル=セレスタは放棄する。

 既に要所として使い物にならない都市に力を割く必要はない』

「ふざけるなッ! まだ生き残っている人がいるんだぞ!?」

『承知の上だ。各都市に設置しているカメラで状況は把握しているのでな。既に葬送官たちにも退避命令は出している。あそこは終わりだ。他の都市にもっと大勢の者達が生き残っている。そちらを優先しろ。次の都市を位置情報を送る。以上だ』


 ブツッ、と声は途切れた。

 用件だけを告げて音が消えた無線機にジークは射殺すような視線を送る。

 だが、相手のいない無線機はただ沈黙するのみだ。


 カッ、と頭に血がのぼった。


「この……ッ」

「大将、どうすんだ?」

「無視する。元老院の言う事なんて知ったことか」


 ギルダーンの言葉に簡潔に答え、ジークは魔剣を振り上げた。

 元老院の言っている意味は分かる。分かるが、目の前の人を救えなくて何が英雄だ。

 幸いにもエル=セレスタはそこまで大きな都市ではない。

 この魔剣を一振りすれば、悪魔の大部分を倒せるはずだ……。


「アルトノ……」

「いけません、ジーク殿ッ!」


 瞬間、ヤタロウの手がジークの手首を掴んだ。

 鍛えられた武人の力は強く、動かそうとしてもビクともしない。

 ジークは参謀を睨みつけ、


「ヤタロウ、なぜ止める!?」

「ここで彼らを助ければ、冥王の思うつぼです!」


 ヤタロウはジークを羽交い絞めするように体勢を変える。

 じたばた藻掻く主の耳元に、参謀は懇願するように叫んだ。


「各地に散らばった軍団を処理させ、あなたの力を削ぐ!

 そうして疲弊したあなたを討つことが冥王の狙いなのです! 堪えてください!」

「今、殺されそうな人たちが目の前に居るんだ、彼らを見捨てろって言うのか!?」

「ここであなたが力を振るえば、人類は全滅しましょう!」


 ガンッ! と額をぶつけ、ヤタロウはジークを真っ向から見つめる。

 間近で見る武人の瞳に、ジークは思わず息をのんだ。


「お忘れなさるな。あなたの目的は世界を変えること。

 短期的な目線ではなく、長期的な目で戦いに臨むべきでござろう!

 思い出してください。何のために彼らを集めたのかを。あなたが倒すべき相手を!」

「……っ、言っていることは分かる。分かる、けど……!」


 それでも、見捨てることはしたくない。

 だって今も、要塞の中から泣いている子供の声が聞こえるのだ。

 実際には聞こえて居なくても、彼らが苦しみ、悲しんでいることは伝わってくる。

 今も奮戦している葬送官たちが上空を見て、希望を抱いているのが分かる。


 ーー誰でもいい、助けて。

 ーー神様、デオウルス様、どうか我らにご加護を……!


 半ば来ないと分かっている救援に縋りつき、希望を抱く。

 そうしなければ自分を保っていられないのだ。絶望に屈してしまうのだ。


「僕は……!」


 半魔として生きてきた半生を思い出す。

 自分が苦しい時、悲しい時、誰も助けて何てくれなかった。

 騙され、餌にされ、死にそうな時、目を背けていった人たちの顔は忘れもしない。


 だから、自分だけは。

 目の前の人を助けられたらと、そう思って英雄になったのに。


「本当に彼らを助けたいなら、一つ、献策いたし申す」


 ヤタロウは身体を離し、言った。


「トニトルス小隊の半数をここに残し、葬送官と共に戦わせるのです。ほとんどが死にますが、避難の時間を稼げばエル=セレスタに残った民衆たちは助かーー」


 パチンッ!

 ジークは思わずヤタロウの頬を叩いていた。

 頬を腫れ上がらせた参謀に、吐き捨てるように告げる。


「……二度と、言うな」

「……申し訳ありません」


 気まずい沈黙。

 それを振り払うように、ルージュが口を開いた。


「お兄ちゃん、ぐずぐずしている時間が惜しいよ。早く決めて」

「ジーク」


 判断を急かすルージュと、苦虫を噛み潰したような顔のリリア。

 彼女らの言葉を聞いて、ジークは感情を押し殺すことを決意する。


「………………っ、全員、旋回。次の都市の救援へ急ぐ!」

『……応!』


 若干の間を明けつつ、隊長の苦悩を察して応するトニトルス小隊。

 だが、彼ら全員が納得したわけではなく、チラチラと後ろ髪を引かれている者たちも居た。

 ジークも彼らの気持ちは痛いほど分かる。分かりすぎて胸が張り裂けそうだ。

 こんな痛みに耐えるくらいなら、いっそのこと。


「あ……っ」


 アルトノヴァと呼びかけたジークは理性を総動員して唇を噛み締めた。

 神獣の力を以てすればエル=セレスタを救えるかもしれないが、それではジークの消耗は避けられない。

 魔剣アルトノヴァの権能で魔力を吸ったとしても、エル=セレスタを襲っている下級悪魔の魔力は微々たるもので、消耗する魔力の方が桁違いに大きい。それでは、何のために多くの人々を見捨てたのか分からない。ヤタロウが悪役に徹してくれた事が無駄になってしまう。


(あんな言葉を言わせてしまったんだ……ヤタロウの献身を無駄にするなッ)


 ジークは内心で葛藤しながらも、アルトノヴァで空を駆ける。

 後ろ髪を引かれる自分を諦めさせるかのように、その速度を徐々に上げて行った。

 背後、そんな大将の背中を眺めながらギルダーンは呟く。


「おい、ヤタロウ。分かってんな?」

「……ギルダーン殿」

「遠慮はいらねぇ。気遣いも要らねぇ。俺たちが欲しいのは勝利。それだけだ」

「分かっております。あなた方の命、預かり申す」


 ヤタロウの意思がトニトルス小隊全員に伝わり、彼らは次々と頷きを交わす。

 ともすればジークと同じくらい彼らに馴染んでいるヤタロウだ。

 酒宴を共にする仲の彼らには、ヤタロウの言葉に悪意がないことが分かっている。


 しかし、だからこそ。

 仲間を殺せと主に献策しなければいけないヤタロウの心中は察して余りある。

 リリアやルージュは言葉なくヤタロウの肩を叩き、心優しい参謀の背中を押した。


(……かたじけない。お二方)


 決意を新たにし、ヤタロウは脳裏に次の街の地図を描き始める。

 そうして参謀が策を練り始めてから十分後、一同は中央大陸東部にやって来た。


『鉱山都市』フォルディン。

 異端討滅機構に所属する国家の中で最大規模を誇る魔晶石の採掘地だ。

 山肌に沿うようにして作られた都市では葬送官が奮戦し、悪魔たちを押しとどめていた。


 山の中腹から巨大な壁がせり上がり、街を分断しているのだ。

 それもただの壁ではない、大砲や対魔獣レーザーなどが完備された魔導兵器である。


「今度は間に合った……!」


 ほっと安堵の息をつくジークたち。

 ヤタロウが頷いて、


「『鉱山都市』フォルディンは異端討滅機構が誇る魔晶石の一大産地。

 この土地があればこそ南方大陸に依存せず魔晶石を賄えるように申した。

 もしもこの場所を落とされれば、異端討滅機構の魔導兵器生産能力は著しく低下するでしょう」

「参謀! あそこ、壁が壊されかけてる!」


 小隊員の言葉に頷くヤタロウ。

 彼は上空から一瞬で状況を把握し、ジークに献策する。


「隊を三つに分けましょう。街の中央、悪魔の勢いが最も強い場所にジーク殿が担当、恐らく中央から左右に逃げるように戦力が分散するので、そこをリリア殿、ギルダーン殿、続いてクラリス殿とルージュ殿が各個撃破します。ジーク殿は数の多い方をアルトノヴァで減らすのです」

「……ん、異論はない。それで行こう。皆、聞こえていたか?」

『応ッ!』

『んふ。重要な役目ね。張り切っちゃうわよん♪』


 上空で待機する五十騎から声が響いてくる。

 ジークに渡された無線機から伝わる彼らの声は気合十分だ。

 エル=セレスタで戦えなかった分、今こそ彼らの力を発揮するとき。


 だからジークは声を張り上げて、


「作戦、かい……」


 ーーだが、運命は残酷だ。


 決意も、策謀も、勇気も。

 年月をかけて積み上げてきた絆でさえ。


 世界最強の暴虐の前では、何の意味もなさない。


 ーー……バシィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


「……!!」


 雷鳴が、ジークの声をかき消した。

 真っ白に染まる視界、大気を赤黒い稲妻が奔り、ドラグーンたちが悲鳴を上げる。

 覚えがありすぎる魔力に、ジークはハッと顔を上げた。


「まさか……」

「ーーよぉ、クソガキ」


 予想違わず、そこに居たのは獅子のような男だった。

 無造作に伸びた黒髪を風になびかせ、孤高の暴虐(ベルセルク)は空に浮かんでいる。


「父さん……!」

「半年ぶりか? カカッ! 来ると思ったぜ。早速だが、遊ぼうや」

「……っ、悪いけど、お前と遊んでいる暇なんて、」

「おいおい。テメェに拒否させる俺様だと思うのかよ?」


 ルプスは手のひらに太陽の如く巨大な(いかずち)を発生させた。

 戦争の際、山を消し飛ばした時と同等の魔力だ。

 顔色を変えたジークを見て世界最強はニヤァ、と嗤い、


「ーーっ、やばい、全員、急速転回ッ!!」

「遅ぇ」


 天を喰らう雷が、トニトルス小隊を呑みこんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ジークはいっつも苦渋の決断ばっかりしてる気がする。あと、やっぱりジークの運命激動なんですねw 次の更新待ってます!
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