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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 英雄の叛逆
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第三話 決戦当日、出陣

 


「最終確認だ。みんな、気を引き締めていこう」


 決戦当日。

 指揮所の中で主だった面々を集めながら、ジークは会議の口火を切った。

 室内の中央に置かれたテーブルを囲むように、最果ての方舟や小隊員、そして神霊たちが陣取っている。


「戦力の確認をいたします」


 投影映像を出しながら、ヤタロウは言った。


「まず、トニトルス小隊の人員112名。獣人部隊が1000名。天使部隊が500名。

 それから人類側から上級以上の人員が二百名。これに加え、現地に着いてから50柱の神々が加わる予定です」

「んだよ。ウチが一番頭数出してんじゃねぇか。もっと頑張れよ人類よぉ」


 オズワンは背もたれに背を預けながら後頭部で手を組む。

 不満そうな友の言葉にジークは苦笑した。


「下手に人数を増やしても、死んだらあっちの戦力になるわけだから……獣人の方が強いって事だよ、オズ」

「……ハッ! ま、そういうことにしてやらぁ」

「陛下、チョロいです。もう少し威厳を保ってください」

「誰がチョロいだイラ!?」


 仲のいい主従に室内が笑いに包まれる。

 指折り数を数えていたルージュが話を進めた。


「獣人部隊に、人間の部隊、それから天使の部隊、神々……。

 うん、これだけの戦力があれば、不死の都と戦うには充分じゃない? お兄ちゃんもいるし」

「えぇ。ですが忘れてはなりません。拙者らの目的はあくまで暗殺にござる」


 今回、彼女は隠密部隊を束ねる隊長だ。

 斥候と仲間のサポートを兼任する彼女にヤタロウは肩を竦める。


「何度も言いますが、不死の都の戦力は膨大です。文字通りケタが違う。

 あれと正面から戦うのは自殺行為に外ならない。これらの戦力の大部分は陽動です」

「けどよ、どうやって不死の都に潜入するんだ? こんな人数を隠しておけねぇだろ」

「良い質問ですギルダーン殿、ですが問題ござらん。隠し神インクラトゥスを利用しますれば」


 悪魔教団の本拠地、『常闇の都』で五百年も天界を欺き続けたインクラトゥスだ。

 彼を利用すれば、どれだけ大規模な軍隊でも存在を悟られることなく近づける。

 最も、彼が隠せるのは箱や場所であって、数千人規模の人間ではない。


「我ら全員を収容できる移動要塞があります。トリス殿に建造していただきました。

 さすがに元老院にバレてますが、もうこの際、出来ることは何でもやりまする」

「まぁ大丈夫だろ。こっちが勝手に攻めんだからアイツらに文句は言わねぇはずだ」


 それはどうだろうか、とジークはオズワンの言葉に首をかしげる。

 保守的な元老院の事だ。

『下手にメネスを刺激すれば人類に危害が及ぶ』などという理由で邪魔してもおかしくない。


「彼らの事は放っておきましょう。いざとなれば全部凍らせますから」

「リリア様は相変わらず、変なところで振り切っていますわね……」


 天使部隊を束ねるリリアの過激発言だ。カレンは頭が痛そうに苦笑いした。

 慎重なように見えて、肝心なところではその場の勢いに任せる。それがリリアである。


「そう言うところが可愛いんだよ。うん」

「ジーク……」


 ほう、と熱い息を吐いて見つめ合うジークとリリア。

 二人の間にルージュが割って入った。


「隙あらば二人の世界を作らないくれるかなっ? 今、大事な作戦会議中なんだけど!」

「と言いつつ、ルージュ様もジーク様の膝に移ろうとしてるではありませんか……」

「あたしは良いの! 妹だから!」

「ふふ。じゃあ間をとってわたしの膝に座りましょうか、ルージュ」

「むぅうう。しょうがないな……」


 ルージュは渋々リリアの膝に乗り、ふてくされたように頬を膨らませる。

 場の空気を和ませるマスコットの立ち位置だが、それでいいのだろうか。


【ふふ。じゃあジークは私の膝に座りましょうか。おいで】


 鈴の音を鳴らすような声が響き、一同の視線が緊張気味に集中する。

 ジークの後ろに立った神霊アステシアは愛おしそうにジークの首に手を回していた。


「いや、アスティは神霊だから触れられないじゃん……」

【……そうね、残念だわ。やっぱり本体で降りて来るべきじゃなかったかしら】

【ダメに決まっているだろう、貴様。恋人と戯れるために来たのか? 帰れ】


 アステシアの神霊に文句を言うのは、反対側に居るデオウルスの神霊だ。

 神々を代表してのこの場に居る彼は出来るだけ口を出さないようにしていたそうだが、ここに来て我慢の限界に来たらしい。


【重要な作戦会議をすると聞いたから神霊を降ろしたのに、なんだこの体たらくは。おいジーク・トニトルス、貴様本当にやる気があるのか?】

「デオウルス様は固すぎるんですよ。もっと肩の力を抜けって言われませんでした?」

【……ぐ、ぅ】

「よく聞いててくださいね、今から説明するんで。ヤタロウが」

【そうよそうよ、黙ってなさいブラコン】

【誰がブラコンか貴様ぁ!】

「アスティもちょっと静かにしようね……」


 神々を相手に不遜な物言いのジークに周りの者達は戦々恐々とした様子だが、この状態の神々に威厳なんてあってないようなものだとジークは思う。ジークが促すと、ヤタロウが「では僭越ながら」と咳払いし、投影映像を操作。巨大な都市が空中に映り、彼は中央にある城を指差した。


「本作戦の要は『いかにジーク殿を無傷で冥王の元に届けるか』にかかってござる。

 まず、陽動として不死の都の十六カ所から攻め、城に在中する兵士を引きずり出します。その後、ジーク殿率いる暗殺部隊が城へ侵入。我ら隊長たちが死徒や神々を相手取り……」

「僕がメネスを討つ。そしてオルクトヴィアスに接触して、歪んだ死の理を元に戻させる」

「そこで問題となるのがーー」

孤高の暴虐(ベルセルク)……貴様の父だな】

「その通りです、デオウルス様」


 そう、結局はそこに行き着いてしまうのだ。

 どれだけの戦力を揃えようと、どれだけ作戦を練り上げようと。


 世界最強、ルプス・トニトルスは全てを覆してしまう。


「たぶん、あの人の相手が出来るのは人類で僕だけです。

 でも、僕は冥王と戦う為に力を温存しなきゃいけない。だから……」

【私たち神々の出番というわけね】


 アステシアが眉を下げて、


【ジーク。あなたはそれでいいの? 父との決着を……】

「いいです……いや、ごめんなさい。やっぱり良くはない」


 ジークは苦笑を返した。


「本当は僕が父さんと戦いたい。師匠の仇を討つために……僕自身の為に。

 でも、それは僕のわがままだから。僕が我慢することで世界を変えられるなら……それでいい」

【まぁ、貴様がメネスに勝てるとは限らぬがな】


 デオウルスは吐き捨てるように言った。

 それはジークを貶す言葉ではなく、冥王メネスの強大さを忌む言葉だった。


【終末戦争から五百年経った今も、奴は着実に強くなっている。

『死』という信仰を力に変えたオルクトヴィアスはそれほどに強大だ。

 安心しろ。冥王戦にはゼレオティール様も参戦する。貴様はただ全力を出せばいい】

「はい、分かっています」

「ーーちょっといいかね」


 その時、隊長たちの中からエマが手を挙げた。


孤高の暴虐(ベルセルク)を神々が相手取る事は分かったけどさ。

 50(にん)全てを奴に集中させるわけじゃないだろ? 闇の神々はどうすんだい?」

【いい質問だ。人間】


 デオウルスは頷き、


孤高の暴虐(ベルセルク)を相手にするのはいと尊きソルレシア兄上とラークエスタ、イリミアス、ドゥリンナが当たる。貴様らの作戦と被るのは業腹だが……それ以外は陽動だ。我が一軍を率い、冥界に攻め込む】

【冥界には冥王軍の要となる神々の本体が居るはずよ。奴らにあなたたちの邪魔をされたら厄介だわ】


 今回、神々はジークたちが不死の都に侵入した時点で本体を降ろす予定だ。

 五百年ぶりとなる神本体の降臨に誰もが息を呑むが、それほどの戦力をもってしても勝敗は怪しい。神々の本体同士がぶつかれば勝負の行方は誰にも分からない。


「なるほどね……よく分かったよ」


 エマは神妙な面持ちで頷いた。

 ジークは周りを見渡し、他に質問がないか投げかける。

 それからいくつかの質疑を繰り返し、一同は作戦の要となる移動要塞に向かった。


 最果ての島の裏側、戦死者たちを祀る慰霊碑の横に巨大な船が浮かんでいる。

 ーーいや、これはもはや、一つの島だ。


 銀色の外装には1000門に渡る砲門が取り付けられ、先端は棘のようにとがっている。排水量20万トン。時速50ノットのバケモノ空母だ。この半分のスペックでも超大型戦艦と呼ばれるのだから、その異常性は察して余りある。


「こんなもの、よく用意できましたね……」


 感心したようなリリアにヤタロウは首を振り、


「さすがにこれを半年で建造することは不可能でござるよ。元々トリス殿が私有地を借りて趣味で作っていたものをもらい受けたまででござる」

「もらい受けたって、あの、ヤタロウ。これお金はどこから……」

「なんでも『イリミアス様に鍛冶指導をしてもらった恩』でチャラとのことです」

「太っ腹どころじゃねぇなオイ……」


 ほんとにね、とオズワンの言葉に同意するジークである。

 軽い気持ちでイリミアスとの謁見を請け負ったが、まさかこんな形で返ってくるとは。人生何があるか分からないものだ、と思っていると、アステシアが感心したように、


【……人間は本当に……こんなものまで作ってしまうなんて】

【海への冒涜だ。普段なら迷わず沈めている】

「絶対に止めてください」


 真顔のデオウルスに突っ込んだジーク。

 ……この(ひと)が言うと冗談に聞こえないんだよなぁ。

 そんな事を思っていると、上甲板から小隊員たちが身を乗り出して、


「大将、まだ会議なんてしてんのかよ! 早くしねぇと怖くて逃げ出しそうなんだが! 俺が!」 

「早く行っちまおうぜ大将兄貴!」

「俺たちゃ待ちくたびれたぜ大将大兄貴!」

「むさくるしいです~!! 誰か助け……あ、でもあの獣人と美少年のカップルはなかなか……!」


 個性が強すぎる声を聞いてジークは仲間たちと顔を見合わせた。

 肩を竦め、乗艦入り口の階段から空母に乗り込む。

 金属質の内部は機関室を始め、隊員たちの宿舎や食堂、物資倉庫、竜舎、武器庫、理容室、娯楽室、談話室、学習室、植物プラント、などなど……軍艦らしからぬ場所まで用意されてあった。このあたりは元々のトリスの趣味が反映されている形だ。決戦までみんながゆっくり出来ればいいとジークは思う。


「さて、と」


 壇上に上がったジークは緊張気味に唾を呑んだ。

 上甲板には1000人を超える仲間たちが居並んでおり、

 此処には居ない者達も機関室やボイラー室、観測室などで聞いているだろう。


(うーん。さすがに緊張する……100人ちょっとだった時が懐かしいよ……)


 何をしゃべればいいんだろう。

 困ったように周りを見渡せば、みなが自分の言葉を待ち望んでいる。

 隊長たちのみならず、末端の隊員たちまで自分を信頼している様子だ。


(ありのままを喋ればいいんだよ、お兄ちゃん)


 頭の中に声が響いた。

 見れば、隊長たちの中に並ぶルージュが「にしし」と言葉なく笑みを浮かべている。


(ほら急いで、みんなが待ってる)

「ん……」

「大将、これを」


 ギルダーンが渡してきた拡声器を受け取り、ジークは深呼吸。

 それから拡声器に口を近づけて、思いのたけを口にする。


「……いよいよ決戦の時が来た」

「--」


 ジークがしゃべりだした途端、喧騒の波がぴたりと止んだ。

 波の音、風の音、全部が聞こえなくなって、ただ自分の声だけが世界に響く。


「ここまで色んな事があった。いじめられたり、騙されたり。大事な人を殺されたり……。悪魔になった父と戦って……この手で師匠を殺した事もあった。人と悪魔の差に押しつぶされそうになった」


 彼がこれまで受けてきた迫害と地獄はここに居る者達の多くが知っている。

 そしてそれは、ここに居る者達の多くが体験してきたことでもある。

 誰もが過去の想いを噛み締め、俯き、拳に力が入った。


「だから」、と。

 ジークの言葉で、彼らは顔を上げる。


「全部、終わらせよう」

「--」


 言葉に宿る熱が、巨大戦艦の隅々まで浸透していく。

 紅蓮の瞳をギラリと煌めかせ、英雄ジーク・トニトルスは叫んだ。


「全部、終わらせるんだ。大切な人同士が殺し合う理不尽な地獄を。

 エルダーになった人が苦しむ悲しい世界を。この狂った死の概念を、元に戻す!」

「……っ!」

「そのために力を付けた。50()の神々も味方に居る。お前たちのような心強い仲間たちがいる。どれだけ相手が強大であろうと、僕たちが負ける要素なんて、一つもない!」


 緊張した声音から一転、未来への熱を帯びたジークの言葉は鯨波となって伝わっていく。誰もが顔を上げ、英雄の熱を受け取り、生きる覚悟を胸に、彼らは往く。


「たくさんの言葉なんて要らない。伝えたいのはただ一つーー」


 息を吸い込み、彼方まで響き渡る声でジークは叫んだ。


「勝つぞッ!!」

『『『応ッ!!!』』』

「出航!!」

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 ぶぉおおん、と汽笛を響かせ、動き出す巨大戦艦。

 時速50ノットのスペックを誇る戦艦はゆっくりと加速し、やがて景色を置き去りにする速さで動き始めた。戦艦下部ブースターが唸りをあげ、5000トンの巨体が浮かび上がっていく。


 同時、隠し神インクラトゥスの権能が発動。巨大戦艦の姿は景色に紛れて消えた。

 これでここに居る者以外に、この戦艦の存在を感知することは出来ないはずだ。


「不死の都到着まで3時間! 戦闘員は各自、自由に過ごせ!」

『『応!』』


 上甲板に集まっていた者達が続々と去って行く中、ジークは息をついた。

 仲間たちも次々にジークの肩を叩いて、いい演説だった。よかったですわ、と励ましてくれる。頬を緩めて返すと、ルージュがぐっと親指を立てていた。


(全く……頼りになる妹だよ、ほんとに)


 内心で呟き、ジークは顔を上げる。


【いよいよね、ジーク】

「……だね」

「必ず生きて帰りましょうね」


 リリアやアステシアが隣に立ち、ジークを励ます。

 本音を言うなら彼女たちには戦わずに拠点で待っていてほしいが、

 叡智の女神であるアステシアも、熾天使であるリリアも重要な戦力だ。


 戦力減を無視して、自分だけ大切な人を安全な場所に避難させることは出来ないし、

 彼女たちもそれを望まないだろう。


 自分に出来る事は、出来るだけ早く冥王を倒し、この戦いを終わらせる。

 そうすることが彼女たちを守る事に繋がると信じるしかない……。


「二人ともありがと。たぶん、人生で一番早い三時間だろうね」

【私もそろそろ準備するわ。現地で落ち合いましょう、ジーク】


 そう言って、アステシアの神霊は姿を消した。

 デオウルスなどはジークの演説を聞く前に神霊を戻している。

 今、天界では神々も天使たちも戦いの準備をして待っているはずだ。


「絶対に勝とうね、みんな」


 またたく間に過ぎる景色を見ながらジークが呟いたその時だった。


 プルプルッ! プルプルプルッ! とけたたましい音が響いた。

 見れば、通信室と繋がる小型無線機が光っている。

 何だろう?と思いながら懐に手を入れ、無線機に応えた。


「どうした? 何かあったか?」

『大将っ! それが、七聖将のトリス・リュートから通信が入っていて……』

「トリスさんが? 分かった。繋いで」


 ジークとリリアは目を見合わせた。

 トリスからの用など戦艦くらいしか思いつかない。もしかしたら、戦艦の不備が見つかったのかも。そんな嫌な予感をしたジークの耳に、すぐトリスの声が響いた。


『ジークちゃん~っ! やっとつながったよ、も~ッ!!』

「トリスさん、どうしたんですか慌てて。珍しいですね」


 ジークは首を傾げた。

 彼女が慌てるなんてよっぽどのことだ。

 もしかしたら本当に重大な欠陥があったのかも知れない。

 蒼褪めたジークは周りに混乱を伝えないため、口元に手を当てて声を落とした。


「落ち着いて下さい。あの、今すぐ沈没するなんてことないですよね……?

 航行中に空で分解するとか笑えない冗談はやめてくださいよ……?」

『何言ってるの!? 違うよ、とにかく大変、大変なんだよ!』


 怪訝に眉を顰めるジークの耳に、トリスの声が響く。

 それはジークが予想していた何十倍も最悪な事態だった。





『冥王が攻めてきたの! カルナックは今、囲まれてるっ!』

「……………………………………は?」


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― 新着の感想 ―
[一言] マジで増えましたねぇ。最初期からしたら何倍になったんだろ? そしてやっぱり怒涛の展開ですね。いきなり攻めてくるとか。冥王なら冥界で待ち構えてればいいのに···。エレちゃんだってずっと一人で…
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