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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 神々の狂騒
187/231

第十四話 六千年前より愛の花束を

 


 男ーー一人の男がいた。

 彼の肌は生まれながらに褐色であった。

 彷徨える民と白き人との間に生まれた男は迫害によって故郷を追われた。


 南へ、南へ、ただ南へ。

 自分たちを受け入れてくれる安住の地へ。

 幼き妹を連れ歩く日々は辛く苛酷なものであったが、男は賢かった。


 決して水辺を離れず水を求めてやってくる様々な獣を狩り、飢えには苦しまなかった。

 妹はそんな兄を献身的に支え、時に歌で励ましてくれた。


 男は決意した。

 この妹の為にも、絶対に安住の地を見つけねばなるまい。

 器量のいい彼女なら、どこかの部族に嫁げば重宝されるだろう。


 ただ一つの願いを胸に、男は南へ歩き続けた。

 幸いにも川が氾濫期に達する前に旅は終わりを告げた。

 辿り着いた場所は砂漠と水の国。自分たちと同じ肌を持つ民族の楽園だった。


 男は安堵した。これでもう妹が石を投げつけられることはない。

 この広い大地の中で寄り添う場所を見つけて、静かに暮らしていこう……。


 そんな甘い願いを、運命は許さなかった。


「何だ、ここは」


 略奪と殺戮の現場がそこにあった。

 部族同士で殺し合い、作物を奪い、女を犯し、男を殺し、子供を奴隷とする。

 人の尊厳を踏みにじり、他者の幸せを許さない。


 冥府の門が開き、大地が血を吸い込むさまを男は見た。


「何なんだ、ここはッ!!」


 ーーようやく見つけたと思った。


 雨を凌ぐ場所さえない、苛酷な日々を生き抜いてきた。

 可愛い妹にどれだけ苦労をさせただろう。彼女が痩せ細っているのは自分のせいだ。

 それも全て、この楽園に辿り着くために耐え続けてきた。


 男は再び決意した。

 この大地を変えねばならぬ。妹が安心して暮らせる土地に。

 奪われる心配のない、穏やかな暮らしが出来る本当の楽園に。


 手始めに、男は村を略奪していた首領を殺した。

 迫害によって暴力にさらされてきた彼は、旅の最中も実戦を積み重ねてきたのだ。

 首領を殺して復讐しに来た兵士も殺した。殺して、殺して、全員を殺した。


 男は殺戮の天才であり、生まれながらの王であった。

 略奪から救ってくれた彼に村人は感謝し、彼は村長として村に定住する。

 だが、そこで穏やかな日々を過ごすことは時代が許さなかった。


「め、メネスさん! またあの者どもがやってきました!」

「うろたえるなッ! この日の為に鍛錬を積んできたのだ。私も出る。蹴散らすぞ!」


 この頃『大いなるナイル』の周辺ではいくつもの部族が勃興していた。

 百を超える部族が争い、南と北に分かれて絶え間ない戦争を続けていたのだ。

 男ーーメネスは最初の村を足掛かりとして、それらを南北統一を始める。


 彼が『彼女』と出会ったのは、そんな最中だった。

 神々を崇める習慣はメネスの集落にもあったが、それらの中でも群を抜いて神への信仰が深い者達。その部族を救った時、族長から神の声を聞く巫女として紹介されたのが『彼女』だった。


 薄いヴェールを脱いで現れたのは、白髪の美貌。

 雲のように白く、日に焼けていない、集落の中で異質な美女。


「ルナテラ=マリアラーン。ルナマリアと呼んでくれて構わぬぞ、メネス殿」


 理知的な瞳はメネスの心を一瞬で絡め取ったが、この時、彼自身は気付かなかった。

 神という存在が心に鎖をかけたのだ。メネスは神を信じていなかった。


 本当に神とやらが居るなら、幼き妹にひもじい思いをさせたのはなぜだろう。

 神が作りたもうた人間が争っているのに、戦争を止めないのはなぜだろう。

 なぜ神々は人に試練を与え、天候を狂わせ、農作物を奪うような真似をするのか。


 あらゆる疑問を抱いていたメネスだが、ルナマリアの平和を望む心には共感した。

 当初こそ反発していた二人は次第に惹かれ合い、寝所を共にするようになった。

 妹のセレスがルナマリアになつき、彼女に背中を押されたというのも大きいだろう。


「神がいるというなら、俺とお前と出会わせたことが唯一の功だ。ルナ」

「そんな事を言ってはならぬよ、メネス。神は全ての者を見ているのじゃ。

 其方にもいずれ分かろう……我らは、神々に生かされているのだと」


 メネスがその言葉の意味を知ったのは、南部の部族を統一しようとしている時だった。

 北部で強大な勢力となっていたメネスを排除しようと、南部の部族が手を組んだのだ。

 南部に侵攻した際、初めに併合した部族に裏切られ、メネスの軍団は四方を包囲された。


 あわや死を覚悟した時、脳裏にルナマリアの声が響いた。


『いと尊き神々よ。どうか我らをお導き下さい。我が愛する夫に神の祝福を与えたまえ!』


 なぜその声が響いたのか、メネスには分からない。

 分かったのは、声が響いた途端にナイルの上流から濁流が流れ、敵軍を襲った事。こちらにも多少の被害は出たが、敵軍の一部が分断され、各個撃破がしやすい状況になった。


 メネスはこれを利用せずにはいられない。


「神は我らにあり! いざ行かん、同胞たちよ。今こそ命を懸ける時ぞ!!」

「「「応!!」」」


 この戦いでメネスは南北の部族を統一し、神の巫女ルナマリアとその守護者メネスの名は大陸中に広まった。やがて二人は国家を作り上げ、後の世にメン・ネフェル(永遠の美)と呼ばれる黄金都市を建造する。このころになるとメネスも神の存在を信じ始めていて、ルナマリアと共に祈りをするようになった。


 だが。

 メネスにとって神々はあくまで『国家に利益をもたらすための存在』であり、

 ルナマリアにとって『敬愛すべき隣人であり貶めてはならない創造主』だった。

 この違いに気付けなかったこそが、後の歴史を変えることになる……。



 ーーメネスが国家を作り上げて一年後。



 ルナマリアが病に倒れた。

 元々、先天性白皮症(アルビノ)である彼女は身体が弱く、時々寝込むことがあった。

 砂漠と水の厳しい大地は彼女にとって苛酷すぎる場所だったのだ。


 メネスやセレスは必死に介抱した。

 毎朝毎晩神の祈りを捧げ、供物を進呈し、神殿を大きく作り替えた。

 しかし、その必死の支えもやむなくーールナマリアは死んだ。


 敬虔に神へ仕えた女の早すぎる死に国中が悲しんだ。

 だが、メネスだけは諦められなかった。


 彼女の身体から内臓を摘出し、魂が肉体に戻ってこられるようにした。

 心臓を除いた遺体を洗い、内臓・脳を取り出して薬に漬け込んだ。

 美しかった身体が干からびるのに構わず、化粧し、整髪し、装飾品で恋人を飾る。


 ルナマリアから聞いたことがあったのだ。

 創世記、死の神オシリスは手足をばらばらにされても、肉体を元に復活したのだと。


 ならばこうして肉体を残しておけば、魂を呼び戻せば。

 神の力であればーールナマリアが蘇るのではないかとメネスは考えた。

 これは後の世に多くの者達が真似る、ミイラと呼ばれるものの始まりだった。



 北方から黒魔術師を呼び、|三角錐の大規模魔術装置ピラミッドを作り上げた。

 太陽と月の重なる、月蝕の魔力を以てしてもルナマリアは返ってこなかった。


「兄さん。もうやめて……姉さんは死んだのよ」

「諦めるものか。私はどんなことをしてもルナマリアを取り戻す」


 ーーもう一度会いたかった。

 ーーもう一度触れたかった。


 そのためならどんな事だって出来た。

 信じていなかった神を盲目的に信じる事も出来たし、何万回と祈りを捧げた。


「神よ! 死を超越せし偉大なるオシリスよ!

 我が妻、ルナマリアを蘇らせたまえ! 必ずや御身の力になるだろう!」


 そして神は。

 何十万回という狂気の祈りを続けた男に、嘲笑で応えた。


【あはっ、あっははははははははははは!】


 暗雲が蠢き、ごうごうと鳴り響く雷鳴が世界を震わせる嵐の夜。

 崖の上で祈りを捧げるメネスに、ついに神はその声を届かせたのだ。


【馬鹿な男。何度祈り続けても同じよ。あなたの恋人は生き返らないわ】

「なぜ、なぜだっ! オシリス、お前なら……!」

【人間が作った名前で呼ぶのは止めて。私はオルクトヴィアス。

 死と安寧を司る者。あなたの恋人は確かに優秀な巫女だったけど、それだけよ。

 塵芥の声に耳を貸す神がどこにいるの? あなたたちは蟻が死んで悲しむのかしら?】


 どんな人間も神にとっては同じものだ。

『奇跡の王』『神に近き者』と言われていたメネスでさえ例外ではない。

 メネスは目の前が真っ暗になるような感覚を覚えた。


「私は、お前たちに、貢献して……神殿にも、何度も、供物を」

【それこそ何の意味もないわよ。供物なんて捧げるより、周りに目を向けたら?

 民の農地を増やして信仰を増やしてくれる方が、ワタシたちにとってはありがたいわ。

 試しに神殿を覗いてみなさいよ。私、あなたがどんな顔をするかとっても楽しみ】


 声が途絶え、呆然としていたメネスは幽鬼のような足取りで歩き出す。

 向かう先はオルクトヴィアスの言った神殿だ。

 この時のメネスには、彼女の言葉に従うことしか考えられなかった。


 そしてーー


「神殿長。今月の供物の総量が出ました。一万デベン(約一トン)です」

「ふほほ。今回もたいそうな量を奉納したものだな。宮殿の宝物庫を空にするつもりなのかね? まぁ我らとしては構わんが。巫女を喪った今、神殿の求心力は低下しつつある。王が我らを支持してくれるなら。これ以上心強い味方はおるまいて」


 人目を忍んで神殿を訪れたメネスは、そこに現実を見た。


 ーー私欲を貪り、肥え太った神官たち。


 神殿に奉納した莫大な金銀財宝、麦の数々を、死者の供物として民に分配するわけでもなく、全ておのれのものとして取り込み、権力欲を肥大化させていく屑共。


「ここまで溜め込めば、我らが王にとって代わることも可能かもしれぬな」

「しかり。後は神殿の方で兵士を育て上げれば、メネス王も相手ではありません」

「所詮は武力の塊。神の名の元に兵を集めようではないか。正義は我らにある」


 ーーこれが、ルナマリアが信じていた神の現実。


 もちろん一部に過ぎない。彼女と同じように敬虔な信徒も多く居る。

 そう分かっていても、メネスは腹の底から湧き上がる怒りを抑えられなかった。

 あろうことか奴らはルナマリアの遺体を神遺物(セイクリッド)などと呼び、バラバラにして取り分けようと計画していたのだ。


「ははッ……ははッ、はっはははははははははははッ!!」


 全てが馬鹿馬鹿しくなった。

 手始めにこの神殿に住まう者達は野盗を雇って皆殺しにした。

 神殿への供物を従来の十分の一に減らし、メネスは自らを神の子(ファラオ)と名乗った。


 そうすることで神々への求心力を減らし、自らに権力が集まるようにしたのだ。

 ルナマリアを取り戻せなかったメネスのせめてもの復讐だった。


 しかし、愚かな人間が神に抗う事を、運命は許さない。

 神殿への供物を減らし始めてから一か月後、日照りが続き、干ばつが国家を襲った。

 口だけは立派な民の不満が国王へ向き始め、敬虔な信徒だけが生き延びるようになった。


「……兄さん、ごめんね」


 最愛の妹もまた、死んだ。

 ルナマリアと同じ病だったのは、何の皮肉だろう。

 守るべきものを全て喪ったメネスは腹臣の部下に裏切られ、失意のうちに毒殺された。


 そして死後。オルクトヴィアスの神域に招かれた。

 あたりが闇に包まれた神殿の中、女神は口元を歪めたのだ。


「あはっ、どう? 神の偉大さを思い知ったかしら。 人の業を甘く見たあなた。ねぇ、教えて? 必死に守ってきた民に糾弾され、信じていた神に裏切られ、全てを喪った今の気持ちは?」

「……れろ」

「……なんですって?」


 メネスは呪詛を吐き、顔を上げる。

 その瞳にオルクトヴィアスは思わず戦慄する。

 それは底のない深淵のようだった。

 どろどろに闇を煮詰めても足りない、汚泥のような暗い憎悪がそこにあった。


「呪われろ、呪われろ、呪われろ! オルクトヴィアス。そして神々よ、呪われ果てるがいい! 人の業を甘く見ているのは貴様らの方だ。私の呪いが貴様らを呑みこむだろう、いいや、滅ぼすぞ、貴様ら全てを!」

「……はっ。何を言いだすかと思えば」


 気を取り直し、オルクトヴィアスは哄笑する。


「私たちが滅びる? あなたの手で? 馬鹿なこと言わないで」

「馬鹿なのはどちらだろうな。()()()()()()()()()()、女神」


 この世の闇を見てきたメネスは高笑いをあげる。


「いずれ人は、神を必要としなくなる。神々の存在を信じなくなり、大地を破壊し続ける! 女神よ。今だけはのうのうとしているがいい。存在が危うくなって初めて思い出すのだ。私の言葉を。私の呪いを! 私の怒りを! 神と人とを繋いだ我が妻の偉大さを思い知るのだ!」

「……その傲慢。気に入らないわね」


 オルクトヴィアスが手を掲げた。

 その瞬間、足元が黒い沼へ変わり、無数の手がメネスを引きずり込んでいく。


「感想を聞かせてもらってから楽園(アアル)へ行かせてあげようと思ったけど。

 やっぱりやめるわ。あなた、気に入らない。私の手で冥界の煉獄へ突き落してあげる。

 無限に共鳴し合う魂の中で、あなたはどれだけ自我を保っていられるかしら……?」

「ははッ! 何を言いだすかと思えば、そんな事か」


 常人であれば恐怖で発狂しそうな無限の拷問。

 されど、現実でこれ以上ない地獄を見てきたメネスにとっては。


「我が怒り、有象無象ごときにかき消せるほど甘くはないぞ」

「……」

「だが私は寛大だ。チャンスをやろう」


 身体の下半分が闇に呑まれながらも、メネスは態度を変えない。


「オルクトヴィアスよ。人々の信仰が薄れ、存在が危うくなった時、再び私を呼び戻すがいい。我が妻を蘇らせるというなら貴様らを助けてやる。貴様の堕とす闇の底で、醜くも生き足掻いてやる!」


 顔のほとんどが埋まりながら、男は哄笑を上げた。


「その時を楽しみに待っているぞ、はは。ハーッハハハハハハハ!!」


 ぴたり。と闇に呑まれて消えた男を見届けるオルクトヴィアス。

 哄笑をうけてなお、女神の態度は辛辣だ。


「そんな事ありえないわ……さようなら、愚かな人間。二度と会う事はないでしょうね」


 言いつつ、女神の胸にはもやもやとした不安がわだかまっていた。

 何も持たない身から王に成り上がった男の言葉はそれほどに強烈だった。



 ーーそしてその不安は、五千年の時を経て現実の元となる。



 カガクの発展だ。



 古来より大自然の中に神の意志を見出してきた人類だが、カガクの発展で神秘的だった自然の正体は解剖され、白日の下にさらされた。神々が人界を放置していたこともあって、カガクの発展は急速に進み、神々が不味いと思った時には全て遅かった。神々に対する信仰は絶望的なまでに薄まり、自我が消滅する神々が現れ始めたのだ。


 そもそも、この世で本当に神と呼べるのはゼレオティールのみ。

 神々とは彼に概念を分け与えられて生まれた仮初の存在だ。

 その仮初の幻が長い時を経て自我を得て、人々の集合無意識が彼らを育てた。


 それがゼレオティールを除いた神々の正体であり、

 信仰の多寡によって力の強弱が決まるのはそういう理由である。


 この事態にゼレオティールは危機感を抱いた。

 神が信仰を力としているのを真似て、彼もまた人々の想いをおのれの力としていたからだ。このまま神々が消滅すれば、自分の力も危うくなる。


 もしも自分が力を喪えば、世界の運営が出来なくなってしまう。

 そうなれば魂の浄化装置である冥界は消え、三界のバランスは崩れ去る。

 均衡が崩れた世界がどうなるのか、赤子でも分かる話だ。


 ーー絶対神の意を汲んだ神が動くことも、必然だった。


 オルクトヴィアスは六千年前に出会った男を思い出す。

 傲慢な男の言葉が現実となったが、出来れば頼りたくない相手だった。

 さりとて他に手段も思いつかずーー


「……あぁ、ようやく会えたな、オルクトヴィアス」


 死を司る女神は古の王を呼び戻した。

 足元まで伸びた髪、血と泥で汚れ切った身体。

 幽鬼などという言葉では足りない、煉獄の闇を生き抜いた姿がそこにあった。


「……あなたの言う通りになったわ」


 オルクトヴィアスは歯噛みしながら現状を説明し、問う。


「愚かな人間ーーいいえ、メネス、だったわね。煉獄の闇の中で、五千年もの長きにわたり自我を保ったあなたを私は賞賛する。答えなさい、メネス。人間の中でも強靭な精神力を持つあなた。私たちが力を取り戻すには、どうすればいい?」

「答える前に私と契約を結べ、女神。せっかく呼び戻されたのだ。

 答えてすぐに戻されては堪らん。私が協力すれば、我が望みを叶えると誓え」

「……いいでしょう」


 オルクトヴィアスのメネスは手を合わせた。

 魂と神核を結ぶ魔力弦を繋ぎ、決して逃れられない契約を結ぶ。


 だがメネスが提案した答えは、オルクトヴィアスの常識の外にあった。


「神々の信仰を増やすなど簡単だーー()()()()()()()()()()()()

「は?」

「お前が言ったカガクとやらの発展が人類から神々を奪ったのなら、それ以上の理不尽で塗り替えればいい。カガクなどでは到底説明が出来ないーー例えば、死んだ人間が悪魔として蘇るような奇跡をな」

「………………頭、おかしいんじゃないの。そんな事をすればーー」

「世界は大混乱に陥る。そこで私とお前たちの出番だ。私が生き返った人々を率いて全世界に戦争を仕掛ける。お前たちは人界に降り立ち、人類の味方をしろ。その超常的な力を以て敵を薙ぎ払い、人類に甘い言葉を囁けば、神の信仰など面白いように増えるだろう。どうせ現代の民衆も、考える頭のない腐った愚物共だ。操るのは容易い」


 ーー狂っている。


 オルクトヴィアスは初めてメネスに恐怖を感じた。

 否、狂っていて当然なのかもしれない。

 無限に広がる闇の中、他者との境界がない魂の中で五千年も過ごしてきたのだ。

 例え人類がどんな地獄に叩き落とされようと、彼には知ったことではないのだろう。


 だからこそ、()()()()()()()()()


 むしろこれなら自分の司る概念を有効活用できるし、やろうと思えば可能だ。

『死』はカガクでは説明がつかないため、オルクトヴィアスの力は神々の中でも抜きんでていたのだ。


 だから、彼女は同胞たちに進言した。


「私が死の概念を狂わせるわ。だからみんな。人類で遊ばない?」


 これに対し、ゼレオティールは承諾した(・・・・)

 とはいえ、さすがに世界の理を歪めるとなると時間がかかる。

 そのための準備期間があった。その期間で、メネスはおのれの願いを叶えた。


 現世で受肉し、手始めに愛しい恋人を蘇らせることにした。

 神々にとっては死を覆すことを世界に受け入れさせる、予行演習のようなものでもあった。


 ルナマリアは五千年前に死んだ人間だが、問題はない。

 人の身体は名前、魂、肉体で構成されている。

 このうち肉体の方はメネスが砂漠の地下洞窟に隠していたし、

 魂の方は何の因果か、魂の泉にとどまっていた。


 ルナマリアを蘇らせることは簡単だった。

 しかしーーそのあとこそが、問題だった。


 光の中から蘇ったルナマリアをメネスは抱きしめた。

 五千年もの長きにわたり求めて続けてきた愛しい女の身体がそこにあった。


「あぁ、ルナマリア……! ようやく会えた……!」

「メネス……」


 ルナマリアはしばらくされるがままになった。

 けれど、彼女はしばらくしてから、意を決したように身体を離して言ったのだ。



「どうして、妾を生き返らせた?」



 一瞬の静寂。メネスは眉根を寄せた。


「は?」


 メネスには彼女が何を言っているのか分からなかった。

 だって、こんなにも会いたくて。

 ずっと一緒に居たかったから、こうして、生き返って。


「妾は生き返りとうなかった。これは禁忌なのじゃよ、メネス」

「ルナ……違う、私は!」

「どんな理由があろうと……例えどんなに互いを愛していようと、死は覆してはならぬのじゃ。死は別れであり旅立ち。そして安寧なのじゃよ。メネス。妾は五千年前に死んだのじゃ。お主もまた死人。神々の創りたもう世界に背くことは許されん。分かっておくれ、メネス」

「……なぜだ」


 メネスは激怒した。

 何のために五千年もの長きにわたり耐え忍んできたのか。

 全てはこの時の為だ。お前と再会するために全てを賭けてきたのだ。


 それなのにーー何故、そんな事を言うのか。

 二人は激しい口論を交わし、一昼夜に渡って話し合いを続けた。


「お前の気持ちは……良く分かった」

「なら」

「だが、許さぬ」


 メネスに退く気など毛頭なかった。


「お前が死を拒むというなら、私はこの世界の全てに死をくれてやろう!

 蘇りが罪だというなら、その罪が当たり前になるように、世界の方を変えてやる!」

「メネスッ!!」


 二人は決裂した。

 激昂したルナマリアをメネスは捕え、人目のつかない場所に隠した。

 そして自らは現代世界の情報を仕入れ、戦争を仕掛けるための準備を行った。


 オルクトヴィアスの繋がりを以てすれば、隠し神インクラトゥスの権能を借りることは容易。大国に潜入し、核兵器の場所を確認し、暴発させることは容易であった。


 そしてついにーー神々は計画を実行する。


 オルクトヴィアスの力を用い、メネスは『冥王』と成った。

 死んだ人間が悪魔になるという異常事態に世界中が混乱と恐怖に陥るなか、誰もが神に祈った。しかし、人類の八割が悪魔となるまで神々は動かなかった。


 当然だ。これは信仰を得るために神々が仕組んだ自作自演なのだから。

 そして、世界の半分が死にまみれた頃、メネスは再びルナマリアと面会した。


「世界は変わった。お前も変わるべきだ」

「……嫌じゃ」

「なぜそこまでこだわる。そんなに私と一緒にいるのが嫌なのか……!?」

「一緒に居たかった。だからこそ、妾は死を受け入れたいのじゃ」


 ルナマリアの心は変わらなかった。

 快適に整えられた牢屋の中、彼女は毅然と告げるのだ。


「人は『死』があるから輝くのじゃ。いつか来る終わりに向けて精一杯生き、やがておのれの中に神を見出す。例えその姿が見えずとも、例えどれだけ理不尽な目に遭おうと、おのれの意思で人生を切り開くことが出来るのだと確信する時が来る。その生き様こそ、妾は愛しいと思うのじゃ」

「……だが、神はッ」

「例え理不尽な存在であろうと、我らを作りたもうたことは間違いない。

 この大地に住まう生きとし生けるもの、命なきものまでも、神がいるから成り立っている。その世界を妾たちが崩してどうする。おのれへの信仰なき世界など、滅んでいるのも同然じゃ!」


 毅然と言い放ったルナマリアに、メネスは言い返そうとしてーー


【信仰はここにあった】


 厳かな声が、響いた。

 同時、彼女の頭上から光が降り注ぎ、麗しき姿を包み込む。


「な」


 呆然とするメネスの前で、事態は動き続ける。


【おのれの願いを封じ、世界を優先するその覚悟、確かに受け取った】


 聞いたことがない声。知らない男の声。

 しかし、メネスはその声が他ならぬ絶対神のものであると気付いていた。


「ぁ、やめろ、やめ、ろ」

【麗しき乙女よ。神の巫女となり、おのが恋人を討ち取るがいい】

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 光の中で、男が愛した美貌の女は幼女へ変わった。

 その背中には四対の翼が生えている。


 この時のメネスには知り得なかったがーー。

 まさにこの瞬間、天界の神々は真っ二つに割れていたのだ。


 すなわち。


 メネスを王として頂き、人類を悪魔化させて神が地上を支配すべきという闇の神々と。

 信仰は充分だとしてメネスを適当にあしらいつつ、下界を見守るべしとする光の神々。

 彼らの対立はとどまる事を知らず、オルクトヴィアスを始めとした神々は天界を離反した。

 メネスを王として、全てを支配する事を決めたのだ。


 そしてゼレオティールはメネスに代わる、人類を導く存在を決めた。

 それがルナマリアであり、神の巫女の正体だ。


 怒りに支配されるメネスからルナマリアは逃亡し、世界に散らばる異能者七人を集めて使徒にした。

 メネスはゼレオティールからルナマリアを解放するため戦い続ける事を決意する。

 今度こそ恋人の心と共にあるために。


 対し、ルナマリアは恋人であるメネスの凶行を止めるため奔走する。

 今度こそ恋人と共に死を受け入れ、来世での再会を誓うために。


「必ずお前を救ってみせる。待っていろ、ルナマリアーー!」

「必ずお前を止めて見せよう、我が最愛の男、メネスーー!」


 そして神々は下界に降り立ち、旧世界は滅んだ。

 天界のエーテルが流出し、カガクは衰退。新世界へと生まれ変わったのだ。



 ーーこれが、終末戦争の真実。


 ーー神々と運命に翻弄され、悲しくもすれ違う、恋の物語だ。


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― 新着の感想 ―
[一言] つまり···元凶は神様達ってことですよね?なんという盛大なマッチポンプ。これでゼレオティールは俺からの信用失いましたよ。うん。 あとメネスめっちゃ良い奴!冥王になった原因はオルクトヴィア…
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