第十一話 英雄に潜む獣
「我が子らよ。結界を準備せよ」
「え?」
「急ぐのじゃ!」
獣と成った英雄を見た創造神は令を下す。
始めに動いたのはソルレシアとイリミアスだ。
しかし、他の神々は未だに状況を呑み込めない。
確かに英雄に変化が起きた。だが、それだけで自分たちが動くほどの事は……。
甘すぎた。そして手遅れだ。
ゼレオティールが言葉を発した時には、英雄と武神は同時に動いていた。
「-----------ッ!」
激突する剣と剣。
その一合は嵐だった。
その一合は天界を揺るがし、三界の垣根を超えて響き渡る鐘の音だった。
「……ジーク?」
天界の某所、突風が吹き荒れた。
愛しい男の魔力を感じ、髪を抑えたリリアは不安げに振り返る。
「いかがされましたか、ルージュ殿」
「……お兄ちゃんが戦ってる」
下界、最果ての島ではルージュが雲行きの怪しい空を仰いで胸を抑える。
つられてヤタロウも空を見た。
「……空が、割れておりますな」
暗雲が真っ二つに割れ、空には亀裂が入っている。
その異様すぎる光景は獣王国でも見られた。
「陛下、巫女様も、どうかなさいましたか?」
「……いえ、ただ」
「……ジーク。お前はそうじゃねぇだろ」
獣王国の王宮でオズワンとカレンが異様な感覚に尻尾を揺らす。
彼と親しい者達は嫌な感覚に胸騒ぎを覚え、そして敵もまた。
「世界の境界に皹を入れる魔力の高まり。天界で何かが起きている」
「何が起きてるっていうの? メネスちゃん」
「さぁな。だがこれだけは言える。我が甥がまた一つ、殻を破った」
玉座に座る冥王は、部下たちを従え呟いた。
「英雄が手にしたのは勝利の鍵か。はたまた、破滅への片道切符か……?」
冥界の某所、マグマの中に立つ煉獄の神は吐き捨てる。
「……ッチ。あの馬鹿が」
そしてーー
「……」
孤高を貫く世界最強は、何も言わず佇んでいる。
もちろん、天界で何かが起きている事を察しても彼らに出来ることなど何もない。
同じ天界にいるリリアでさえ彼らの戦いには間に合わないだろう。
三界を超えて鐘を響かせる特異点は、それほどに苛烈だ。
ーー……ブォンッ!!
足元の大地が消失し、戦いの余波で周囲数十キロの森が全て消し飛んだ。
嵐というには生ぬるい、人語を絶した魔力の衝突がそこにあった。
神々に付き従う熾天使たちは大神に守られなければ吹き飛ばされていただろう。
「く、これは……!」
「みんな、ゼレオティール様に従え! 早く!」
ゼレオティールを始めとした大神たちが円を描くように散らばる。
途端、光の膜が円状に広がっていく。戦いの衝撃がその中に納まり始めた。
両手を掲げた彼らが発するのは内と外を分ける結界だ。
絶対防御領域には及ばないまでも、戦いの余波くらいは防いでくれるだろう。
「……本気で天界を滅茶苦茶にする気じゃないでしょうね、あの馬鹿二人」
「当人たちにその気はなくとも、放っておけばそうなるだろうね」
「わたくし、正直舐めておりました。ジークの事も、ラディンギルのことも。死合いといっても所詮は武器と武器の衝突。達人同士の戦いであっても、その範囲を出ないものとばかり……」
「甘いわね、ラーク。甘すぎるわよ。誰があの二人の剣を打ったと思ってるの」
イリミアスは誇らしげに胸を張り、鍛冶神の目で戦場を見つめる。
「アタシが打った至高のどちらに軍配が上がるか……見定めさせてもらうわよ、ラディンギル、ジー坊」
そして、
「なぁ、これがあんたの見たかったものなのかい。アステシア」
「……」
空の神ドゥリンナは複雑な目で眉を下げた。
その瞳には憂いが滲んでいる。
「……これじゃ、本当にただの獣だ」
視線の先には。
「がぁぁああああああああああああああああ!」
「フ……!」
真っ向から突っ込んだ獣を武神が迎え撃つ。
咆哮を上げた彼の口から雷が放たれた。
「……!?」
ラディンギルは長剣を振り上げ、雷を正面から切り裂く。
縦二つに割れた雷--その中から、獣は現れた。
自らの身体が黒焦げになる事もいとわない。
頭を奔る痛みも全て無視だ。どうせ治癒する。ただ前へ。敵の喉元へ。
「ぉおッ!」
剣を振り上げた体勢のラディンギルに、ジークは剣を向ける。
……剣? なんでだ。こんなもの要らない。ただ敵を喰らう武器があればいい。
そう思った途端、水晶色だった魔剣は赤黒く染まり、茨のように先端が分裂した。
「!?」
魔剣アルトノヴァは使い手の意思に応えて姿を変える生きた剣。
双剣はジークが初めて聖杖機を貰った時に変形したもので、ずっと愛用していた。
しかし、獣と成った今のジークには剣の形など意味をなさない。
「……っ、ちぃッ!」
双剣を受けるつもりだったラディンギルは驚愕、しかしすぐに反応した。
無数に迫る茨の棘を叩き落とし、続いてジークの腕を切り落とす。
だが、腕を切り落とされてなお、獣は。
ニチャァ、と嗤って。
「ぐぁあ!?」
加速する。
足元から雷を放出し、ジェット噴射の如く勢いを増す。
宙で急加速した獣の身体は、ラディンギルの肩口に剣を突き立てた。
そして、
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
肉を貫いた剣が内部で形状変化。そのまま腕を切り落とす。
「ちぃッ!」
そうなる寸前、ラディンギルはジークの腕を切り落とし、後方へ回避する。
見れば、斬り落としたジークの腕は時が巻き戻るように元の位置に戻っていた。
ラディンギルの眉間にしわが寄っていく。
(この男……剣技を捨て、戦闘本能だけでオレに傷をつけたッ……!)
腕を切り落としてなお怯まない、獲物だけを追い求める獣の本能。
今まで理を相手にしてきたラディンギルにとって、これ以上ないほどやりづらい相手だ。
理性を捨てる。
口で言うのは簡単だが、これまで培ってきたものを捨てるのは容易ではない。
しかもそれを戦闘の最中にやってのける胆力。飽くなき進化への渇望。
これが、これこそがジーク・トニトルスの本能!
「とんでもない力だね……全く」
空の神ドゥリンナは二人の対決を見て呆れ交じりの吐息をこぼす。
彼女が空間断絶に一役買っていなければ、このあたり一帯が消し飛んでいたはずだ。
冥王にも迫るジークの魔力、そしてラディンギルの剣武は尋常を逸脱している。
それでも。
「なぁ、もう一度聞くよ。アステシア」
空の神ドゥリンナは哀れみを込めて眷属の息子を見ていた。
「あんた、これが見たかったのかい?」
「……」
確かに闘争本能に身を任せたことで彼の力は跳ね上がった。
三千世界の彼方まで響かせる力を持つのは世界に数えるほどしか居まい。
だが、血まみれの身体で敵に喰らいつくその姿は、決して『人』ではない。
「ぐぅうう…………!」
吼えるように魔力を迸らせるジーク。
もはや化け物でもなければ逸脱者でもない。
それはもっと破滅的でどうしようもない、堕ちたナニカだ。
誰しもが生まれた時から持っている、破壊衝動。
これまで理性で蓋をしてずっと封じ込めていた化け物が顔を出している。
それは神々が神核を律しきれず、狂い神となって暴れる姿と似ていた。
「答えな。愛する男が魔に堕ちる姿を、本気で見たかったのか?」
「……」
アステシアは何も答えない。
ただ武神と獣の衝突を食い入るように見ている。
しかし、隣に居たドゥリンナは、彼女の手が震えているのに気づいた。
「ぁ」
彼が傷つくたびに肩が揺れ、手を伸ばし、彼が武神に傷を加えるたびに身を乗り出す。それは神と人との間で苦しむ、アステシアという女の苦悩そのものだった。ドゥリンナは目を見開き、
「……全く。度し難いね」
言いたいことを呑みこみ、ため息を吐いた。
(見守るしかないのか。この凄惨な戦いを……英雄が堕ちる瞬間を)
神々の中で一人、ドゥリンナは冷静にジークを見つめる……。
「ぉぉおおっ!」
「がぁああああああッ!」
武神と獣がぶつかり合う。
鮮血が噴き出し、腕が飛び、足が千切れ、それでもなお獣は諦めない。
求めるは勝利。その一点のみ。
人の身体も窮屈だ。爪も伸びる。牙が欲しい。
悪魔化したジークの身体は心に応え、爪が伸び、牙が生えてきた。
大罪異能『愚者の叛逆』。
周りの魔力を吸い取り、おのれの力に変える仇敵の業を試行する。
全身から赤黒い魔力を立ちのぼらせた獣に、武神は荒立てた息を整えた。
そして、
「ハァ、ハァ……ふぅ。なるほど。これが英雄に眠る獣か。
このままでは不味いと見える……だが、オレはまだ全てを見せていないぞ?」
「……?」
「一つ、予言しよう。獣よ」
鮮血を振り払い、武神は嗤った。
「お前はもう、オレに傷一つ付ける事は出来ない」
「……」
獣は睨みつけるように武神を見た。
全てを見切ったと言いたげな武神は、愉しげに剣を揺らす。
「神の真髄を見せてやる……」
ドクンッ、とラディンギルの心臓が脈打った。
身体の中心から紫色の塊が顕れ、その身体に黒い金属が広がっていく。
ーー神核武装という業がある。
神々の本体というべき概念を表出させ、魔力の循環速度を百倍に引き上げる業だ。
概念を前面に出すことで、権能の強さも否応に増す。
やがて概念は鎧となり、ラディンギルは黒衣の戦士となった。
「神核武装『無限の高みへ』。ほら、来い」
「…………ッ!」
武神の挑発に、獣は応えた。
「がぁああああああああああああああああああ!」
真正面から突っ込むと見せかけて後ろへ回り込む。
爪を鞭のようにしならせ、同時に上空から雷撃を放った。
避ける暇もない連続攻撃に、しかし、ラディンギルの対応は単純の一言。
「つまらん」
ーー……轟ッ!!
無数の剣閃を以て、悉くを斬り伏せた。
雷撃も、爪も、剣も、何もかも。
ただ一撃のもとに圧倒した武神は居丈高に告げる。
「そんなものか、貴様。これなら先ほどの方がマシだったぞ」
「……っ!」
神核武装は強力な反面、弱点を晒すことで死のリスクが増す。
だが、極限まで高みに登り詰めた力の前で、立っていられる敵などいない。
理を捨て、常識外の動きをする獣の中にもラディンギルの権能は『武』を見出す。
先ほどは頬にかすり傷一つ負わせることで手一杯だったジークの攻撃。
獣と成ってからの方が傷を負わせているにも関わらず、武神の評価は辛辣だ。
「それでは、オレには勝てない」
「……!」
武神が獣に迫る。
攻撃を受ける一方だった武神が放つ猛攻撃。
縦横無尽に放たれた剣閃を、獣は雷撃で迎え撃った。
だが、森を灰燼に帰す雷撃の悉く、ラディンギルには通じない。
「例え理に反した攻撃でも、手札が分かっていれば怖くはない」
雷撃を切り裂いて、目の前にラディンギルが居た。
「それが貴様の限界だ」
「が、ぁ」
ぶしゃぁぁああああッ!!
袈裟切りにされた身体から、間欠泉のごとく血が噴き出した。
ぼたり、ぼたりと鮮血が流れ落ち、獣はたたらを踏んで後ずさる。
揺らいだのは一瞬。すぐに苦痛を消し、獣は魔剣を伸ばした。
「ぁぁッ!」
「無駄だといった」
ーー武神が消えた。
素早く視線を巡らせた獣は背後から切り裂かれる。
そこからは一方的だった。
右に振りむけば左を、左を向けば右を。
ラディンギルは獣の予測を全て裏切り、猛攻を続ける。
「ハァ、ハァ……ぐぅうう……」
おのれの血で赤い塊になった獣は、力なく膝をついた。
内側に意識を張り巡らせ、身体を治癒する。魔力が足りない。
いや、まだだ。まだ、この手には魔剣がある。
切りつけた相手から力を吸い取るアルトノヴァなら、この程度ーー
その瞬間だった。
「…………!?」
魔剣の柄から棘が生え、主の手のひらを貫いた。
武器に背かれた獣は反射的に剣を手放す。
からん、と音を立てて転がる魔剣は灰色になって沈黙していた。
「……剣にも見放されたか」
「……」
哀れみを込めたラディンギルだが、しかし、アルトノヴァは主を諦めない。
灰色になっていた魔剣が神獣形態に変化し、空に飛びあがる。
「キュァアアアアア!」
アルトノヴァは怒りの咆哮を上げ、獣に飛び掛かった。
両手を交叉させた獣は神獣を振り払おうとする。
だが無駄だ。主を愛する相棒は、どんなに拒絶されても諦めない。
「キュァ! キュァアア!!」
肩に噛みつき、主の魔力を吸い取る神獣に、
獣は。
「がぁあああああああああああ!」
鬱陶しそうに雷撃を放ち、アルトノヴァに放つ。
雷撃に呑まれた神獣は黒焦げとなり、力なく地面に落ちた。
『……』
大神たちも、ラディンギルも動かない。
主と対峙する神獣に敬意を払うかのように、じっと見守っている。
ぐぐぐ、と翼爪を地面に突き立て、アルトノヴァは起き上がった。
「きゅう」
懇願するように鎌首を上げ、主を見つめる。
獣はアルトノヴァを敵とみなし、山を消し飛ばす雷撃をぶつける。
「がぁああああああああああああああああ!」
「------っ!」
声なき悲鳴を上げ、雷撃に呑まれたアルトノヴァ。
再び黒焦げになった神獣は、それでも立ち上がる。
「きゅう……きゅー」
黄金色の瞳に涙を溜め、主を見つめる。
けれどーー
「ぐぅううう……!」
獣は一顧だにしない。
もはや飛ぶ力も失ったアルトノヴァに見向きもせず、倒すべき敵を見つめる……。
自分に見向きもしない相棒に、神獣は怒りと共に地面を蹴った。
「キュァアアアアアアアアアアアアアアア!」
ーー……がっこんッ!!
真正面から突っ込み、神獣の額と獣の額が激突する。
激しい頭突きを喰らった獣はたたらを踏み、星を散らした。
その場にいる誰もが呆気にとられる中ーー
「……あれ、僕……いづッ」
我に返ったように顔を上げ、ジークは周りを見渡す。
獣から人へと帰化した英雄はめちゃくちゃになった景色に目を剥いた。
「うわ、なにこれ!? ていうか身体いたすぎ……っ」
「きゅぁあああああああ!」
「わ、アル!?」
アルトノヴァがジークに飛び掛かり、頭にかぶりついてきた。
牙が食い込む。爪で耳の裏をひっかかれた。めちゃくちゃ痛い。
「ちょ、やめ、いだ、ごめ、何が何か分からないけどごめん!?」
「キュゥウウ!」
許すものか! と言いたげに尻尾で背中を打ち付けるアルトノヴァ。
相棒の凶行に苦しむジークは、心地よい痛みに身を委ねて。
先ほどまでの記憶を思い出しながら、アルの頭をそっと撫でていく。
「そっか……僕、無我夢中で……ごめん。助けてくれたんだね」
「きゅうう」
「うん。ごめんね。ほんとにごめん……君のことを、ないがしろにした」
アルトノヴァの身体からだんだんと力が抜けていく。
やがて主に逆らった神獣は、ぺろぺろと頬を舐め始めた。
ざらざらとした舌の感触を噛みしめながら、アルの背中を撫でつける。
「……ありがとう、アル」
「きゅぅう……」
直前までの記憶を全て思い出し、ジークは嘆息した。
ーー闘争本能に身を任せて、負けた。
ぐうの音も出ないほどの完敗だった。
完膚までに叩き潰されていた。
アルトノヴァが止めて居なければ、自分はそのまま死んでいただろう。
確かに理性を保っていた時より力は出ていたかもしれないが……。
腕を犠牲にしたり足を潰されても食らいつくなんて、どうかしてる。
剣技で勝てなかったからといって、力任せに暴れても意味はないだろうに。
「ハァ……」
視線を、上げる。
アステシアを人質にとったラディンギルは興味深そうに待っている。
諦めるのか、続けるのか、こちらが選ぶ道を見定めようとしているのだ。
ーー諦める事はしない、けど。
理性を残したまま戦っても勝てなかった。
ラディンギルから教わった剣技では、果てなき頂きに君臨する武神に勝ち目はない。
かといって本能でも勝てなかった。
あの破滅的な戦い方は愚の骨頂。
相棒にも怒られたし、二度としないとジークは誓う。
ーーくそ。勝てる気がしない……。
頭の中で想像を繰り返しても、勝てない。
積み上げてきた経験で負け、力押しでも負けた自分はどうすればいい?
人外だなんだのと言われても、ここで勝てなければ全てが……。
「キュウアア!」
「いだ!?」
考え込む主の頭を、魔剣の化身が小突いた。
小突いた、と呼ぶには少々強すぎるが……ともあれ。
「アル……?」
「きゅう!」
神獣はじっと主を見つめる。
言葉なく意思を伝える相棒に対し、ジークはおのれのバカさ加減を呪った。
「……そっか。そうだね。僕は独りじゃないんだった」
ーーなんで、気付かなかったんだろう。
いつだって自分には、こんなにも近くで共に戦う相棒が居た。
この子が居なければ勝てなかった場面が、何度あった事か。
「……武神ラディンギル」
声音を変えた英雄に、武神は眉根を上げた。
「なんだ」
「僕の負けです」
『!?』
突然の敗北宣言に耳を疑う神々。
驚くのも無理はない。
あれほどの激戦を繰り広げた後でも、ジークにはまだ余力がある。
それなのに、死力を尽くさず戦わず負けを認めるなど……。
いや、例え認めても、それでラディンギルが引き下がるはずがないだろう。
武神が厳しい表情で口を開こうとする前に、ジークは続けて、
「僕よりもあなたの方が強い。それは認めます。
生まれてからずっと自分を鍛え続けてきたあなたに僕が敵うわけがなかったんだ」
でも、とジークは晴れ晴れしい表情で言った。
「力比べでは負けても、勝負では負けません」
「……!」
「アルはイリミアス様に生み出された魔剣……。
でも、僕の一部であり、友達です。一緒に戦っても文句はありませんよね?」
「無論」
ニィ、とラディンギルが口の端を上げる。
周りの神々が呆気にとられるなか、一人、アステシアは興奮気味に身を乗り出していた。そんな周囲を一顧だにせず、ジークはアルトノヴァを両手で持ち上げて、
「二人で戦おう、アル。僕たちは二人で一つだ」
「きゅぅ!」
ようやく分かったか、と言いたげに鼻を鳴らすアルトノヴァである。
ばかな主でごめんね、と苦笑しつつ、ジークは相棒と額を合わせる。
ーー理性では勝てなかった。
ーー本能でも勝てなかった。
ーーだけど僕は、一人じゃない。
その瞬間、アルトノヴァが光を放った。
「……!」
ドクンッ!
光はやがて英雄を呑みこみ、魔剣が溶け始める。
神獣の力強い波動が主に流れ込み、二人の姿が重なっていく。
ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!
重なる鼓動。伝わる意思。紡いだ絆が常識を覆す。
魔剣アルトノヴァは鍛冶神イリミアスが作った生きた武器。
使い手の成長と共に成長し、主が思うあらゆる形に変化する。
だから、武器以外にもーー
「なるほど……鎧か」
光が晴れた時、そこにいたのは白銀の竜騎士であった。
顔を除いた、全身を覆う銀色の鎧は鱗のように連なり、鋭角に尖っている。
背中からは四対の翼が生え、腰からは尾が揺れて、水晶色の燐光を纏う。
奇しくもおのれの神核武装と似ている装い。
だが、その本質は似て非ざるものだ。
ラディンギルは喉を唸らせつつも、懐疑的に問いかける。
「鎧を纏ったところで、お前自身は変わるまい。それでオレに勝てるのか?」
「確かに僕はお前に勝てない。でも忘れるな。僕たちは二人で一つだ」
ジークはニィ、と笑って、
「お前に勝てないのが運命だというなら、僕たちが、そんな運命ぶっ壊してやる」
「……フハッ!」
堪えきれず、武神は笑った。
「あぁ、そうだ。お前はそうだったな、ジーク」
そして応える。
「では、共にぶつけ合おうではないか、互いの全てをーー!」
静寂は一瞬。
最後の戦いが、始まる。