表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 神々の狂騒
182/231

第九話 神々の狂騒

 

「死合うって……何を言ってるんですか。なんで、僕とあなたが戦うんですか!」

「決まっているだろう?」


 長剣の峰を使い、ラディンギルはアステシアの顎を持ち上げる。

「ジー、ク」疲労と苦痛に歪むアステシアに、喉がひゅっと音を立てた。


「アスティッ!!」

「婚約者を助けるために剣を取れ、弟子よ。

 そうでなくば、オレは容赦なくアステシアの喉を切り裂くだろう」

「嘘だ、嘘だ嘘だ! だって、二人は友神でしょう? 

 アスティが心を許せる数少ない友達……それが、ラディンギル師匠じゃないですか。

 ラディンギル師匠が、アスティを傷つける事なんて、出来るわけーー」

「試してみるか?」


 ニィ、と武神の口元が三日月に歪んだ。

 瞬間、流れるような動作でラディンギルは剣を動かす。

 つぅ、とアステシアの喉から血が流れーー


 頭が真っ白になった。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおッ!!」


 雷光一閃。

 雷となって煌めいたジークは、流星の如くラディンギルに切りかかる。

 見てからでは反応出来ない神速の剣技に、武神は苦も無く反応した。


「フフッ」


 嬉しそうに剣を引き、ジークの剣を受け止めるラディンギル。

 その瞬間、二人の剣檄に大気が悲鳴を上げた。


 ーーブォンッ!!


 衝撃波が二人を中心に広がり、大量の花弁が舞い上がる。

 舞い散る花弁の雨の中、武神と英雄は睨み合った。


 交錯する視線、吊り上がる口元、鍔迫り合いの火花が弾ける。

 フ、と武神の口から笑声が漏れた。


「フハッ、フハッ、フハハハハハハハハハハ!

 あぁ、待ちわびたぞ、この時を、この瞬間を! ようやくここまで来たかっ!!」


 ガキンッと弾かれるように後ろへ飛び退く二人。

 高笑いを上げた武神とは対照的に、ジークは手の痺れに眉を顰めた。


(重い……いつもの修業よりさらに。これが本気の武神……?)


 たったの一合。

 それだけで気力がごっそり持っていかれそうな一撃だった。

 それなのに、武神は汗一つかかずに涼しい顔だ。


 改めて武神の強さを実感したジークは首を振って怖気を振り払う。


「あなたの目的が何なのかは知らない。けど、アステシア様は関係ないだろ。

 僕と戦う事が目的ならいくらでもやってやる……けど、その人は離せ!」

「ん、あぁ、そうだったな。おい、アステシア。もういいぞ(・・・・・)

「え?」


 ーーちょっと、待て。


「そうね。ジークも本気になってくれてるようだし」


 すた、と。

 人質に取られていたとは思えない、優雅な足取りでアステシアは立った。

 先ほどまで疲労が滲んでいた顔はどこにもない。


 ーーなん、で?


 アスティが無事なことは嬉しい。普通に歩けて何よりだ。

 でも、人質として捕まっていたのに、どうしてあの人(ラディンギル師匠)に対して普通なんだ?

 まるで旧来の友神同士のようなーー神域に集まっていた時のような、やり取りで。


「ごめんなさい、ジーク」


 アステシアはジークを見て眉を下げていた。

 本当に申し訳なさそうにーーそして、恍惚と頬を朱に染めて。

 身体をくねらせた叡智の女神は胸を抑えて苦しそうに告げるのだ。


「でも私、知りたいの。知りたくてたまらないの。

 あなたとギル、英雄と武神、どちらが強いのか。どちらが勝つのか。

 私の神核(ほんのう)が囁くのよ……この戦いを見届ける為に、どんな事でもしろって」

「アス、ティ」


 それは見たことがあるようで見たことがない、アステシアの本性だ。

 叡智の女神はジークの選択の結果を尊重する。

 彼女が知らない未知を味わうためにーーあらゆる苦難を容認する。


 アステシアが逃れられない宿命であり本能。

 神核が、彼女を突き動かす。


「だからジーク。お願い、戦って」

「ぁ」

「例えあなたが死ぬとしてもーー私が、私たち(・・・)が見届ける。証人になる。

 武の頂点を極めた武神と、人の頂点を極めた英雄がぶつかり合うその瞬間を」


 ザ、と。

 アステシアの背後、空間のゆがみから大勢の神々が現れる。

 もはや驚きの言葉も漏れなかった。


 ソルレシアが、デオウルスが、ラークエスタが、イリミアスが。

 ドゥリンナが、ティアが、レフィーネが、そして、ゼレオティールが。

 ジークが天界で友誼を結んだ全ての神々が、そこにいた。


 その瞬間、ジークは全てを理解する。


 あぁ、嵌められた(・・・・・)、と。


 ジークは当初、アステシアを攫ったのは身近な人物ではないかと思った。

 その推測は正しかった。けれど、甘すぎた。


 ()()()()()()()()()()()

 捜索会議など笑わせる。ただ準備を整えるための時間稼ぎではないか。


 これは天界をあげた、壮大な茶番劇。


 そもそもがおかしいと思っていたのだ。

 共存領域の中で()攫いをして、外套を被るだけで正体を隠せることも。

 天界中をあげて捜索しているにも関わらず、その足取りが全く掴めない事も。


「騙してたん、ですね……」


 全てを理解した英雄は音が出るほど歯ぎしりした。


「みんなして、こんな周りくどい事して……騙していたんだッ」

「悪かったとは思っている」


 ゼレオティールが代表して口を開いた。


「じゃが、こうでもしない限りお主は本気にならんじゃろう。

 これは我らが武神に送る鎮魂の儀。お主の英雄としての価値を試す、最後の試練」

「この試練に打ち勝つなら、僕たちは腰をあげ、君と共に不死の都を攻略する」

「証明せよ、英雄」

「あなたが世界の救世主に相応しき男ならーー立ち向かいなさい」

「あたしの最高の武器で、打ち合うのよ。ジー坊」


 好き勝手に宣う神々にジークは剣を握りしめる。

 どいつもこいつも、人の気持ちをもてあそんでそんなに楽しいのか。


「リリア、は」

「あの子には、何も知らされていないわ」


 アステシアが申し訳なさそうに言った。


「さすがにあの子はあなたの前で隠し事なんて出来ないだろうし、

 私たち以外に真相を知る者はいない。他の者は本気で私を探しているでしょうね」

「……っ、でも、どうして。なんで僕がラディンギル師匠と……!」

「武に狂った武神は、同じ武によって打ち勝つまで満足しない」


 悲しげに告げるアステシアの言葉で、ジークの脳裏に嫌な予感がよぎった。

 当たって欲しくないと理性が告げる。

 でも無理だ。


 この世界の理不尽は、英雄に甘えを許さない。


()()()()()()()()()()()()()()()


 冷酷に、冷徹に。

 時をかけて築き上げた絆を叩き壊し、これでも戦うのかと。

 理不尽の権化となった武神ラディンギルは、口元を歪めて。


「この時のためにお前を強くした」

「……やめろ」

「天界でオレの武に敵う者はいない。かつて覇を競った者達は終末戦争で散った。

 ならば、オレはどうなる? 誰よりも先を求めているのに、誰よりも孤独なオレはどうなる?」

「やめて。お願いだから」

「答えは簡単だ。強い者が居ないなら、強い者を自分で育てればいい。

 眷属ではダメだ。神が出来る範疇などたかが知れている、ならば人間か? 論外だ。

 か弱い一生を持つ人間にオレは超えられない。ならば悪魔か? 否だ。

 二度目の生を得た時点で奴らの限界は決まっている。奴らがオレを超える事は不可能」


 一拍の間を置いて、


「ならばーー半魔ならどうだ」


 ニヤァ、と武神は嗤う


「神が手を加えた、この世の理の外から生まれた半魔。

 本来生まれるはずのなかった逸脱者(イレギュラー)なら、オレと渡り合えるのではないか?」

「もうやめてくれッ!!」

「そのために加護を与え、修業に付き合い、試練を歓迎した。

 貴様が強くなるのが楽しみだった。オレと同じ頂きに来ることを心待ちにしていた」


 それは武神の生まれた意味にして本能。

 彼が漢として生まれた瞬間から抱くーー最強への渇望。

 頭を抱えて悲鳴を上げる弟子に、残酷な師は決別を言い渡す。


「さぁ、死合いを始めよう。決めるのだ。オレとお前ーーどちらが強いのかを!」

「……っ」


 剣と剣を合わせる手合わせではなく、

 互いの命と誇りを賭けた、命懸けの戦いをしようと。

 武神の真意を知り、人と英雄の狭間で揺れるジークは俯き、震える唇を開く。


「無理、だよ……だって、あなたは人類の味方でしょう? もしも僕があなたを殺したら、あなたの加護を持つ人は《失われし神の使徒(ロスト・アーク)》に……」

「そんな事はどうでもいいだろう。そもそもオレは、人類の味方ではないしな」

「は?」


 何を、言ってるんだろう。


「オレだけではない。全ての神々がーー」

「ラディンギル」


 ゼレオティールの咎めるような言葉に、ラディンギルは黙り込んだ。

 やがて首を横に振り「余計だったな」と話題を打ち切る。


「まぁ、そんな事はどうでもいいのだ。ジーク・トニトルス、人類の英雄。

 お前にとっていま大事なのは、この戦いに婚約者の命が掛かっているということだけ」


 斬ッ!と剣を持ちあげ、アステシアの首筋へ剣を突きつけたラディンギル。

 アステシアは目を閉じて彼の剣を受け入れる覚悟だ。

 首筋から血が滴る彼女の、あり得ないと言わせない表情。

 人間が理解出来ない、神と人とを隔てる絶対の壁がそこにある。


 自分がこの戦いを受けなければ、アステシアは本当に死ぬだろう。


 そしてーー


「アステシアが終わればリリアを殺そう。お前が大切とする者全てを殺そうぞ」

「……っ」

「だから死合え。大切な者を喪いたくなければ、な」

「ハァ、ハァ、ハァ……」


 ドクンッ! ドクンッ! ドクンッ!


 嫌な鼓動が続き、呼吸が荒くなる。目の前がチカチカと点滅していた。

 今、目の前にいるのは本当に武神ラディンギルなのか。

 あの厳しくも優しい彼は、一体どこに行ったのだろう。


「アスティ……」


 アステシアもアステシアだ。

 自分の命を賭け金にして戦うように促す彼女はあの夜と同じ人なのか。


ーー最初は姉のようにしか見られなかったけど、いつの間にか愛していた。


 言葉を交わすたびに好きになって、愛おしさが増していった。

 彼女と過ごせるなら、死んだ後も悪くないなと思えるくらい、大好きだった。

 それなのにーー


(いや、違う)


 唇を噛み締め、目を逸らすなと自分を叱りつける。


 ーーあの人は道具じゃない。都合のいい女なんかじゃない。


 自分を好きだと言ってくれていても、彼女は一柱の神だ。

 神核に突き動かされ、本能に身を委ねても、あれもアステシアの一側面なのだ。

 都合のいいところばかり見て、嫌な面を見たら嫌悪感を抱くのはやめろ。

 それは自分を半魔だからと決めつけて迫害した者と同じことだ。


『答えはいつだって、あんたの中にしかないんだ』


 ーー僕が感じたことが全てだ。そうだよね……テレサ師匠。


 例え彼らにどんな目的があろうが、自分が良くしてもらった事実は変わらない。

 二人が居なければ、自分はサンテレーゼで死んでいただろう。

 否、それ以降だって、生き残れたかは分からない。


 アステシアのこともそうだ。

 今はあんな面を見せているけれど、また別の時は新しい顔を見せてくれるはず。

 誰もかれもが違う顔を持っている。だからこそ、愛おしいと思う。



 けれど(・・・)



「ぁぁ……ッ」



 過去の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。

 初めて双剣を教わった時の事、何度も手合わせたした血みどろの訓練。

 フハハハ!と高笑いしながらジークの頭を乱暴に撫でてくれた武神の手。


 自分に兄が居れば、こんな感じなのかと思っていた。

 暖かくて、厳しくて、それでも自分を強くしてくれる剣の師。

 いつだって届かない高みに彼が居たからこそ、ジークは慢心せずに済んだのだ。


 どれだけ割り切っても積み上げてきた時間の重みは変わらない。

 自分が感じたことが全てでも、彼に裏切られた痛みは変わらない。


 ーー本当は、心のどこかで分かっていた。


 そもそも、ラディンギルとの出会いからしておかしいだろう。

 強さを求めている時に、都合よく助けてくれる存在が現れるなんて。

 この世界がそんな風に優しく出来ていないことは、身に染みて分かっていたはずだ。


 いつだって世界は、自分に理不尽を押し付けて来るのだから。


「ぁ、ぁああああああああああああああああああああああああッ!!」


 少年の口から咆哮が迸った。

 頭を掻きむしり、過去の幻影を振り払った男は魔剣を持ち上げる。


「ふ、ぅ……」


 --覚悟を決めろ、僕。

 --逃げるな。立ち向かえ。こんな理不尽、慣れてるはずだろ。


 長剣が二つに分かれ、彼は両手で剣を構えた。

 少年から英雄へ、弟子から敵対者へとおのれを律したジークは顔を上げる。

 ぎらりと、紅色の眼光が煌めいた。


「……お前が(・・・)、そのつもりなら」


 覚悟を決めた顔。

 師に向ける者ではない、刺すような剣気が迸った。


「僕はお前を倒して、この未来(さき)へ行く。覚悟しろ、武神ラディンギル!」

「あぁ、待っていたぞ。英雄よ」


 名乗ろうか、と。

 長剣を肩まで持ち上げ、突きの姿勢を作った漢は声を上げる。


「我が名は武神ラディンギル。三千世界の猛者にしてあらゆる武の超越者。

 貴様を倒し、オレはさらに高みへ行く。名乗れぃ! 神に挑みし半魔の英雄()よ!」


 ジークは応えた。

 バチバチと全身から雷を迸らせ、双剣を構える。


「ジーク・トニトルス」


 血の涙を流して、英雄は名乗った。


「武神ラディンギルの弟子にして友。叡智の女神が眷属。

 トニトルス小隊を率いる者にして、世界を変える英雄。(おまえ)をーー超える男だ!」


 もう言葉はいらなかった。


『いざ、尋常に』


 目と目で語り合い、剣と剣で本心を伝え合った師と弟子は互いを見据える。

 創造神を始めとした全ての神々が固唾を呑んで見守る中、二人は同時に叫んだ。


『--推して参るッ!!』



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なんかモヤモヤするぅ〜。神様達が人間基準でむっちゃ壊れてる。特にアスレシア様が。自分の見たいものを見るために自分の命を犠牲にする覚悟があるとか、結構壊れてると思う。いや、あくまで人間···…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ