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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 神々の狂騒
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第六話 七つの光

 

「邪魔をして申し訳ありませんね、リリア」

「め、滅相もないです……」


 リリアは恥ずかしそうに、恐縮しきった様子で俯いた。

 アステシアには対等に接せられるリリアでも、レフィーネには頭が上がらない。


 世界で最初に生まれた『一なる天使』レフィーネ。

 彼女は神々でさえも無下に扱えない天界の権力者だ。

 虹色の髪を揺らす双眸が、不満げなジークを捉えた。


「何か言いたいことがあるようですね、ジーク・トニトルス?」

「はい。ちょっとお邪魔でした」

「ジーク!? わ、わたしは大丈夫ですから……!」

「だってせっかく良い時間だったのに……」


 慌てて制止するリリアとふてくされるジークである。

 対照的な二人を眺めたレフィーネはくすりと微笑み、


「それは申し訳ありませんでした。ですが、また機会があるでしょう。

 こちらもゼレオティール様の命で来たのです。大目に見ていただけませんか?」

「……ゼレオティール様が?」

「はい。私と共にある場所へ赴き、見てもらいたいものがあると」

「……分かりました。じゃあリリアも一緒に……」

「いいえ」


 レフィーネは首を横に振り、


「熾天使とはいえ、リリアはなり立て。それも最近まで下界で活動していた天使です。今から行く場所はゼレオティール様の領域……あそこに行くには、いささか格が不足しています。いくらあなたがごねても無駄ですよ? 六柱の大神ですら行ったことがない場所なんですからね」

「ジーク、わたしは大丈夫。行ってください」


 リリアが機先を制したことで、ジークは何も言えなくなる。

 本音を言えば断固として拒否したいところだが、これ以上ごねるのはまずい。

 リリアの立場に立って言えば、職場にやってきた恋人が好き勝手言うようなものだ。カッコ悪いにもほどがある。主神の命というならジークも無視は出来ないし、今朝アステシアがゼレオティールに呼ばれていたから、彼女と何か関係があるのかも。


「……分かった。一人で帰れる?」

「問題ありません。ここらの神獣なら、例え襲われても何とかできます」

「ん。じゃあまた後でね」

「はい。ではレフィーネ様。わたしはこれで」


 ぺこり、とお辞儀をして、リリアは去って行った。

 森の茂みに消えた彼女の姿を、ジークは名残惜しそうに見つめる。


「……本当に彼女が好きなのですね、あなたは」


 レフィーネの声に、ジークは頷いた。


「はい。僕を最初に認めてくれた……大切な人です」

「……では、彼女との時間を奪わないよう、手短に用を済ませましょう」


 こちらです、と言って虹色の天使はジークを手招きする。

 彼女がしゃらん、と錫杖を鳴らすと、目の前の空間が扉のように開いた。

 向こう側が何も見通せない、極彩色の渦巻きを見て思わず頬が引きつってしまう。


「あの、この前も思いましたけど……レフィーネ様、天界ならどこでも移動できるんですか?」

「もちろん。大神同様、ゼレオティール様に与えられた権限です」

「……そうですか。便利ですね」


 誇らしげなレフィーネだが、あまり飛び込みたくない空間だ。

 向こう側に何があるか分からないのに、飛び込みたい者もそうは居ないだろう。

 そんなジークを見かねてか、レフィーネが手を伸ばして、


「私について来てください。さぁ、手を」

「……っ!」


 パチン!


 思わず、その手を払っていた。

 手を払われたレフィーネから無意識に距離を取り、手を守る。

 目を丸くしている熾天使に、我に返ったジークは慌てて、


「ぁ、ご、ごめんなさい。今のはわざとじゃないというか、なんというかその」

「……いえ」


 レフィーネは気にした風もなく、


「こちらこそ申し訳ありません。恋人がいる男に女の私が触れるのは軽率でした。

 あなたがそのように拒絶しても無理はないでしょう。気にしなくて構いませんよ」

「……あ、はい。そう、ですか。そう言ってもらえると、助かります」


 言いながら、ジークは自分の行動を俯瞰した。


 ーー今のは、何だったんだろう。


 ティアやリリアといった熾天使に触れても何も思わなかった。

 けれど、この人に触れられる瞬間、どうしようもなく『怖い』と思ったのだ。


 例えるなら全てを呑みこむ大海原。

 触れた瞬間、どこまでも吸い込まれそうな、隔絶した存在の壁がそこにある。


(リリアがレフィーネ様に頭が上がらない理由が分かった気がする)


 そういえば、ゼレオティールにも直接触れられたことはない。

 創造神である彼に触れられても、同じように思うのかもしれない……。


「さぁ、手を触れることは出来ませんが……いけますか?」

「あ、はい。もう大丈夫です」


 思考を寸断されたジークは意を決してレフィーネの後に続く。

 虹色の渦に飛び込むと、上下左右が目まぐるしく入れ替わる感覚に襲われた。

 昨日ぶりの転移の感覚にジークはぎゅっと目を瞑る。


 そして、


「わ!」


 転瞬、ジークはどことも知れない地面に着地していた。

 脳を揺さぶられて足元がおぼつかない。

 何度経験しても慣れない転移酔いに、思わず口元を抑える。


「うぷ、気持ち悪い……」

「空間の位相がずれて居ますからね。それも致し方ないかと」


 レフィーネの涼しげな言葉に誘われて、ジークは顔を上げる。


 ーーそこには全てがあった。


 そこは山であり海であり川であり空だった。

 動物たちが戯れ、植物が咲き誇り、雲が流れる無窮の空間。

 あたりに漂う光のもやがあらゆるものに変わる不思議な場所、形のない不定形の大地。


 その光景には見覚えがあった。


「ここ……もしかして、原初の間?」

「よく分かりましたね。ここは原初の間のさらに下層。世界の深淵とも言える場所です」


 混沌領域と言います。とレフィーネは言った。


「ゼレオティール様がここに誰かを招いたことは、神々を含めても居ません。

 世界が生まれてから、人類であなたがはじめて足を踏み入れたのです。誇りなさい」

「はぁ。ありがとうございます……?」


 別に望んだことではないから、嬉しいという実感は沸かない。

 ただ、この場所は人が足を踏み入れてはいけない領域のような気がする。

 ただらぬ緊張感を抱く英雄を尻目に、レフィーネは「こちらです」と先導し始めた。


「……この奥に何かあるんですか?」

「はい。ゼレオティール様がぜひ見せてやってほしいと」

「へぇ……」


 物珍しげに周りを見渡すジークだが。そこあるのは光の靄だけだ。

 空に、海に、山に、川に、動物に、植物に、霧に、樹々に、

 あらゆるものに変わるものを見ていると、頭がおかしくなってしまいそうである。


「あまり覗き込まないでください。世界に呑まれますよ」

「……肝に銘じます」


 その言葉が冗談ではないような気がして、ジークは背筋を伸ばした。

 世界の深淵などと言われる場所だ。どう見ても普通ではない。


「どうしても視界に入るようなら、目を閉じて私の翼を掴んでください。楽になりますから」

「……じゃあお言葉に甘えます」


 いくら人外の力を持っていても世界の荒波の前には無力だ。

 頭が痛くなってきたジークは目を閉じてレフィーネの翼を掴む。

 彼女の言葉通り、目を閉じると頭の痛みは嘘のように引いて行った。


「凄いですね。どういうことなんですか?」

「人は情報の八割を視界で読み取っていますからね。

 特にこの場所は視界に叩き込む情報量が桁外れ。脳の負荷を軽くしたまでですよ」

「へぇ……」


 先ほどのやり取りも忘れて、ジークは話に聞き入った。

 レフィーネの話は自分の知らない事ばかりで、それでいて彼女が理論立てて説明するから、頭にするりと入って来た。最初は怖い雰囲気を抱いていたけれど、今は少し厳しめのお姉さんといった感じだ。触られるのは怖いけれど、こちらから触れる分には問題なさそうである。


 ーーそれから、ほどなく。


「……ここです。もう目を開けて良いですよ」

「はい」


 言われて目を開けたジークは首を傾げた。


「……? これは……」


 目の前に、透き通った石碑(オベリスク)があった。

 石碑の周りには虹色の鎖が張られていて、結界のようになっている。


 ーー聖域。そんな言葉がジークの頭に浮かぶ。


「あれを御覧なさい」

「……?」


 言われて視線を向ける。

 レフィーネが指を差した場所には鎖に切れ目が出来ていて、そこから石碑に近付けるようになっていた。


「あの、これ、何なんですか?」

「さぁ。ゼレオティール様が言うには、あなたが求めるもの、と言う事でしたが」

「僕が、求めるもの……」


 首を傾げ、もう一度石碑をよく見てみる。

 その瞬間、ジークの脳裏に電撃が走った。


 ーー石碑の表面には、七つの窪みがあったのだ。


 周りの鎖は虹色の光を放っている。虹の色は七つだ。

 それは、ゼレオティールが言っていた『七つの光』そのものではないか。


「もしかして、ゼレオティール様は僕にヒントを……?」

「どうでしょうね」


 そう言いつつも、レフィーネは得意げだ。

 ゼレオティールは、自分では何も言えない代わりに彼女を派遣してくれたのかも。

 そんな考えが脳裏をよぎって、けれど、違和感がジークを引き止めた。


(ん? なんだろう。僕、今、何を思った?)

「さぁ、行ってください。あの石碑に触れることが我が主の命です」


 けれどその違和感は、先を促す天使の言葉でどろどろに溶けてしまう。

 ……気になる事はあるけれど、あんまり長くここに居るのは良くない気がする。

 そう考えて、ジークは言われた通り石碑に近付いていく。


 鎖の切れ目から中に入ると、ふっと身体が軽くなった。

 膝に巻かれていた重石から解放された気分で、ジークはゆっくりと手を伸ばす。

 そしてーー


「わ!?」


 石碑がまばゆい光を放った。

 視界を覆うほどの白い光。徐々に光が収まってから、目を細めてそれを見る。


「これは……」


 窪みのうち、四つが光っていた。

 蒼、黄、紫、橙の色で、それ以外の窪みは何の光も示さない。

 しばらく待ってみるが、これ以上に何も起こらないようだ。


「……何だったんだ?」

「……やはり、まだ無理ですか」


 いつの間にかレフィーネが隣に来ていた。

 ジークは首をかしげて、


「どういう意味ですか?」

「近道は良くない、という意味ですよ」

「近道……」


 つまりこれは、第三の力を目覚めさせるための儀式のようなものだったのだろうか。

 七つの光、という言葉が脳裏に過る。


 ーー蒼、黄、紫、橙。これらは全て、虹の色だ。


 残る赤、緑、藍色といった色が残っている。

 ゼレオティールの言葉を信じるなら、残る三色を集めろと言う事か。


(でも、なんであの四色が光ったんだろ? 何かきっかけがあるのかな……)


 脳裏を何かがかすめた。

 歯の中に詰まった食べかすが取れそうな、もどかしい感覚がジークを襲う。

 あと少しで何かが掴めそうだ……そう思ったのだが、


「帰りましょう。これ以上ここに居てはあなたの身体が危険です」

「あ、はい」


 レフィーネの言葉で思考が途切れ、掴めそうな何かは遠くへ行ってしまった。

 若干の名残惜しさを感じつつ、ジークはレフィーネの後を追う。

 振り返ると、石碑は音もなく、ただそこにあった。


 ーー何かを待ちわびるように、じっと。



 ◆



 混沌領域から戻ると、天界は夜になっていた。

 朝方にリリアと一緒に出掛けたのにかなり長い時間居たことになる。

 世界の深淵と言われるあの場所では、時間の概念が狂っているのかもしれない。


「ふぅ。今日はもう一晩泊まらないといけないかな……」

「長く付き合わせてしまいましたね、運命の子」

「あ、いえ。ゼレオティール様の命ですから……仕方ないですよ」


 レフィーネに答えながらジークは周りを見る。

『大いなる森』とは違う、果樹園の中に居るようだった。

 見上げれば、樹々の上には色とりどりの果実が実っている。

 甘い香りが鼻腔を刺激し、ぐぅう。と思わず腹の虫を鳴らしてしまった。


 じっとこちらを見下ろすレフィーネ。

 慌てて意識を逸らそうと、ジークは水を向ける。


「あ、えっと、ここは……?」

「ラークエスタの神域近く、『花の森』ですね。ちょうどお腹が空いてるようですし、一ついかがですか?」


 そう言ってレフィーネがもぎとったのは、瑞々しいマスカットだ。

 勝手に貰っていいのかなと思いつつ、一つ手に取って口に含む。

 その瞬間、マスカットの爽やかな甘みが口腔を蹂躙した。


「~~~~~~~~~~っ! うま! これ、めちゃくちゃ美味しい!」

「ふふ。そうでしょう。ラークエスタの果実は天界でも評判なんですよ」

「さすが地母神ですね……!」


 ぷりっとした果実を噛むと果汁があふれ出でてくる。

 マスカット独特のぷりっとした食感が楽しい。いくらでも食べられそうだ。

 もう一つだけ、と頂こうとしたジークは、ふと手を止めて。


「……あの、これ、お土産に持って帰っていいですか?」

「構いませんが……腹を空かせていたのでは?」

「そうですけど。一個食べたら誤魔化せますし。

 残りはアステシア様……アスティとリリアと一緒に食べたら楽しいかなって」


 レフィーネは納得したように頷いた。


「良いですよ。美しい夫婦愛です。その調子で居てくださいね」

「はいっ」


 特にアステシアは一日放置してしまったから、そのお詫びもかねてだ。

 アウロラやリリアも誘って、叡智の図書館で晩餐会を開こう。

 何なら自分が料理をしてもいいな、などと楽しい想像を巡らせ、


「ちなみにそのマスカット、衝撃に弱いので少し落としただけで潰れてしまいますから、持ち運びには注意するように」

「はいっ、あの、レフィーネ様。申し訳ないんですけど」

「転移ですね? 構いませんよ、今、空間を繋げてーーいえ、待ってください」

「……? あ……誰か来る?」


 レフィーネに続いてジークも気付いた。

 一キロ以上離れた空の上で誰かが飛んでいる。

 その誰かはこちらに気付いて、猛スピードで向かってきた。


「アレは……ティアさん?」

「ジーク!」


 アステシアの一の眷属、ティアが弾丸のごとく目の前に着地する。

 レフィーネに気付いた彼女はおごそかに一礼した。

 よく見れば彼女の身体は汗だくで、あちこちを駆けまわったことが見て取れた。


 常に冷静なティアの変わりように、ジークは目を剥く。


「ティアさん、どうしたんですか?」

「ティア。急ぎの用だとは思いますが。熾天使たるもの常に落ち着きをーー」

「それどころではないのです、レフィーネ様。無礼を承知で言います。今は黙ってください」

「……ティア?」


 怪訝そうに眉を顰めるティアはジークに向き直った。


「あの、何が……」

「落ち着いて聞いて下さい、ジーク」


 いつになく焦った顔で、ティアは言う。












「アステシア様が(さら)われました」










 一瞬の静寂。

 言葉の意味を理解したジークは、呆然と目を見開いた。


「……………………え?」


 身体から力が抜けて。


 ぐしゃり、と果実が潰れた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 七つの光って強さとかですかね?勇気とか根性とかそんな感じの。 アステシア様が攫われた···だと?そんなバカな···。ジーク!攫った奴ぶっ○したれ!たとえ神が許してもこの俺が許さん!今なら…
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