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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 神々の狂騒
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第五話 夜の秘めごと

 


 秘湯から逃げ出してきたジークであるが、天界に居る以上、逃げ場などあるはずがない。秘湯から帰ってラディンギルや他の神々と交流しているとあっという間に夜になり、今度はどの神域に泊まるかで揉めそうになったものの、さすがにそこはアステシアの神域で、と言う事になった。


 ジークとしてはどちらでもいいのだが、ここが天界である以上、主と眷属の立場は弁えられるべきだ。

 人としてはリリアの夫であっても、ジークがアステシアと契約を結んでいるのは変わらないのだから。

 六柱の大神という立場を考えてやれ、というティアの言葉にリリアは素直に頷いていた。


(とはいっても、さすがに身体を重ねることはしないけど……)


 秘湯では色々あったものの、ジークはまだ彼女と一線を超えるつもりはなかった。

 自分のわがままでアステシアと一緒になるのだから、そういうことは全てが終わった後だと決めている。

 先に恋人だったリリアに対しての、それがせめてもの筋というものだ。


「天界の星空は綺麗だな……」


 叡智の図書館の客間から星空を眺めるジーク。

 ルージュには一日で帰ると言ったのに、とんだ長居になってしまった。

 明日はアウロラの神域に行く約束をしてしまったし、トリスなどはイリミアスの神域にハマっている。

 あの人は置いていくにしても、そろそろ帰らなければ妹の機嫌がヤバい。


「小隊も放置できないし……早く帰らないとね」


 そんな事を思ってたジークだったが、


 こんこん。というノックの音で振り返った。

 こんな夜更けに誰だろう?と首をかしげると、


「ジーク。私よ。入っていい?」

「アステシア様!?」


 ジークは慌てて扉に駆け寄った。

 扉の外には、凛とした表情で佇む愛しい女神が居た。


「こんばんは、ジーク」

「あ、はい。夕食ぶりです……ってそうじゃなくてですねっ」


 どうしたんですか?と問いかけると、彼の女神は「えっと……」と答えあぐねている。

 よく見れば、彼女は後ろに手を組んで何かを隠していた。

 まるで悪戯で壊してしまったものを差し出す前の子供のような、こわごわとした表情。

 ちらちらとこちらを見るアステシアに、ジークは首を傾げた。


「アステシア様?」

「ん……そうね、勇気を出しなさい、アステシア。女神の意地の見せどころよ」

「???」


 ぶつぶつと独りごちて。

 やがてアステシアは「これっ!」とジークの前に両手を差し出した。

 見慣れた綺麗な手の上には、藍色の小さな箱が乗せられている。


「これ……?」

「これをジークにあげるわ。契りを結んだ眷属に、叡智の女神から贈りものよ。

 眷属として主の事を忘れないように…………って違う。そうじゃないの。えっと」


 ころころと表情が変わるアステシアである。

 女神のようにキリッとした顔になったかと思うと、不安げに瞳が揺れる。

 彼女は観念したように、その小さな箱を開けた。


「……ジークに、受け取って欲しくて」


 それは小さなペンダントだった。

 夜色の宝石の中に星空のような光が散りばめられている。

 見ていると取り込まれそうな宝石からはアステシアの魔力を感じた。


「これ……くれるんですか?」

「うん。受け取ってくれる?」

「そりゃあもちろん……だけど、どうして?」

「それは」


 アステシアは口を開いて、また閉じた。

 もどかしい思いを胸に抱える彼女は叡智の権能を封じて言葉を選ぶ、


「その、ほら、七聖将になったお祝いよ。まだしてなかったと思って」

(……少しでも、私を覚えていてほしいの。リリアだけじゃなくて、私も居る事を忘れないでほしい)


 素直になれない言葉。

 本当に言いたいことが言えず、アステシアは消え入りそうな声で呟く。


 ーー今日の秘湯の件で、思ってしまったのだ。


 自分は、ジークとリリアの絆を超える事が出来ないんじゃないかと。


 リリアのようにジークの心が手に取るように分かったり、

 宴会で目が覚めた時に彼がどこにいるのかすぐに思い至ったり。

 言葉なく伝わる想いに、二人の積み重ねた絆を思い知らされる。


 ーーきっと私は、あなたたちの積み重ねた時間を超える事が絶対に出来ない。

 ーー二人が下界で寝食を共にして戦っているのに『力』を貸す事しか出来ない。


 ジークなら自分もリリアも対等に愛してくれると思う。

 今日の秘湯の件でリリアが許してくれたことは嬉しかったし、ジークだって、自分に強い気持ちを向けてくれていることは分かっている。それでも、ふとした時に不安になる。もしも自分が消えても、リリアが居れば、きっと彼は立ち直れるかもしれないと。

 もしも立場が逆だったら、私は彼の支えになれるのだろうかとーー。


「これ……アステシア様の瞳と同じ色ですね」

「……引いた?」

「いいえ。むしろ嬉しいです」


 ジークは無邪気に笑った。


「だってこれを付けてたら、アステシア様がもっとそばにいるみたいじゃないですか」

「……っ!」


 アステシアは弾かれるように顔を上げた。

 ジークは本当に嬉しそうに笑っていて、無造作にペンダントを持ち上げる。

 それを首にかけると、照れくさそうに胸に手を当てて、


「へへ……アステシア様の魔力、なんか安心します。似合ってますか?」

「……うん。似合ってる」


 もしかしたら受け取ってくれないんじゃないかと思っていた。

 ジークとリリアは、まだお互いに贈りものをしていないから。

 彼女がまだなのに、自分のものを先に受け取ることは出来ないと言われるんじゃないかと……。


「……」


 顔が熱い。声が震えて涙の堤防が決壊しそうになる。


 ーー駄目だ。今は笑う時だ。

 ーー女神の意地を見せるのよ。気張りなさい、アステシア。


 涙を無理やり押さえつけ、心の中にじんわり広がる喜びを噛みしめる。

 自然と口元がほころんだアステシアは頬を染め、華のように微笑んだ。


「すごく、似合ってる」

「……っ」


 その、美の女神を凌駕した婚約者の微笑みに。

 ドクンッ、と心臓が高鳴ったジークは思わず魅入ってしまう。

 アステシアは大仕事を終えたように肩の力を抜いて、


「良かった……じゃあ、入ってもいい?」

「え、ちょっとっ?」

「入るわね」


 慌てるジークの横を抜けてまっすぐベッドへ向かうアステシア。

 まさか一緒に寝る気では……と思ったが、そのまさかだった。

 アステシアは欠伸をしながら、ベッドに横になったのだ。


「ふぁ……安心したら眠くなっちゃった」

「あ、アステシア様? そこ、僕のベッド……」

「だからいいんじゃない。一緒に寝ましょ、ジーク」

「いや、でも……」


 そういう事はしない、と先ほど決意を固めたばかりだ。

 一緒の布団に入ってしまえば、それはもう身体を重ねるのと変わらないのではないか。

 大体、である。


(アステシア様の服、可愛すぎるんだけど……)


 柔らかな素材で揺れる、少し透き通ったネグリンジェ。

 白を基調としたワンピースはレースで飾られて、お風呂上がりのほっそりとした首筋や大胆に見えている胸元が大人の美しさを際立たせている。これでは、襲ってくれと言っているようなものだとジークは思う。そんな眷属の心中を知ってか知らずか、アステシアはくすりと微笑んだ。


「あなたの頑固さは知っているわ。私、そう言うところも好きだもの」

「……っ、だから、そう言うところがですねっ」

「一緒に寝るくらいいいじゃない。リリアからも許可は貰っているわ」


 それとも、嫌? と上目遣いで見られて、断れる男は存在しない。


「……嫌なわけ、ないです」


 ジークは諦めて無心に徹することにした。ゆっくりとベッドに上がり、アステシアと向かい合う。

 布団をかぶると、互いの体温が一つとなって、顔に熱がのぼってきた。


(うぅ、やっぱり恥ずかしい……)


 秘湯で裸を見ているとしても、それとこれとは別なのである。

 むしろ隠されているからこそ彼女の太ももの感触や胸元の色気が倍増している。

 平常心、平常心……とおのれに言い聞かせ、抱きしめたくなる腕を抑えた。


 アステシアはジークの頭を優しく撫でて、


「えへへ。やっと一緒に寝られるわね」

「……っ」


 少女のように微笑み、頬を赤くする。

 凛としたお姉さんから一転。その無垢な笑みに理性が崩壊しそうになった。


「あ、アステシア様。その笑顔は反則ですよ……!」

「ジークと一緒に居られることが嬉しいんだもの。しょうがないわ」

「だからぁ……!」


 どうしてこうも伝わらないんだろう。

 普段は凛としていて頼りになるお姉さんなのに、こういう時だけ鈍感になるのはやめてほしい。

 しかも、それが全然わざとらしくないんだから困ったものだ。


「そんな事よりジーク。私、寝る前にお話があるのだけど」

「? このペンダントとは違う話ですか?」

「もちろんそうよ。えっと……」


 アステシアはもじもじと指と指を合わせ、顔をそむけた。

「ほら、その……」と言いづらそうに、けれど決心した声で彼女は言う。


「あの、あれよ。私たち、そろそろ長い付き合いになるじゃない? リリアに遅れてとはいえ、私も婚約もしたわけだし……いずれは妻になるわけだし……。だからその、様付けは、ね。そろそろやめてほしいかなって……出来れば敬語も……ね。どう?」

「……あぁ」


 どんな話かと身構えていたジークは思わず納得してしまう。


 ーー確かに、アステシア様だけ様付だし、敬語もそのままだなぁ。


 契約を結び、眷属となり、同衾までした仲である。

 敬語はとってもいいかもとは思うが、そういえばリリアも敬語であることを思い出す。

 彼女は実家でひどい目に合ってきたから、そのせいなのかもしれないが。


「うーん……じゃあ敬語はなしでい……いき……いく……ます」

「片言!?」

「だってずっと敬語使ってきたから、慣れないよ……ですよ!」


 変えようとしても、どうしても敬語になってしまう。

 別に敬語に固執しているわけではないのだが、アステシアに関しては婚約者よりも神々のイメージの方が先に来てしまって、どうにも定着しない。頭を悩ませたジークは問題を先送りにして、違う話題を振ってみた。


「ちなみにアステシア様はどんな名前で呼ばれたいんですか?」

「そうねぇ……」


 さすがにアステシアと呼び捨てにするのは憚れる。

 何か愛称の希望があるなら言ってほしいと伝えると、


「実は私、愛称で呼ばれたことないのよね……」

「そうなんですか?」

「うん。だからどういうものがいいのか分からなくて……」


 それは困りましたね、と返してジークは思考を巡らせる。

 そうなると自分が愛称を付けることになるのか。

 ……彼女に初めての愛称をつけてあげることは、男として嬉しい。

 正直に言って心が躍るが、半端な名前を付けるのは嫌だから悩ましくもある。


「うーん……アステシア様だから……シアとか、アステルとか……」


 どれもしっくりこない、と頭をひねる。

 そんなジークをアステシアは愛おしそうに見ているのだが、ジークは気付かず、


「じゃあ……アスティ、はどうですか?」

「アスティ」

「ちょっと安直かもしれないですけど」


 アステシアは首を横に振った。

 繰り返し「アスティ」と噛みしめるように呟いて、その口元に笑みが広がる。


「うれしい」

「……っ」

「アスティ……いいわ。とってもいいと思う。あとは敬語が無くなれば完璧」

「それは……うん、がんばるよ。アスティ」

「~~~~~~~~~~っ」


 アステシアの顔が瞬く間に真っ赤になって、彼女は俯いた。

 それから何も言わず、ぐりぐりと頭を胸にこすり付けて来る。

 自分より背の高い女性にそんなことをされるのはジークにとって初めて。


 布団で顔を隠そうとして同じ布団に入っている事に気付いたり、

 躊躇いがちに首の後ろに手を回そうとして、やっぱり諦めたり。

 照れを隠す仕草が愛おしくてたまらない。なんなんだこの可愛い生き物。


 さっきのペンダントもペンダントだ。

 嬉しいサプライズというだけじゃなく、これを自分の為に用意してくれたと思うだけで胸が熱くなる。

 アステシアを好きな気持ちがどんどん強くなって、抑えきれなくなってしまう。


「……一生大切にするわ。ジーク以外には呼ばせないから」


 ゆっくりと顔を上げて、華のように笑うアステシア。

 うるうると瞳に涙を溜めた婚約者の、熱を孕んだ瞳が突き刺さった。


 一瞬の静寂。

 顎に手が添えられ、彼女の瞳に魅入られて。

 何が起こるか分かっていても、ジークは避けなかった。


「「ん……」」


 二人の顔が近づいて、距離がゼロになる。

 吐息も体温も何もかもが混ざり合って、目の前がアステシアだけになる。


 唇が触れるだけの、甘いキス。

 息が出来なくなるくらい、熱い口づけ。

 その一線を超えないようにするだけで、理性を総動員しなければならなかった。


 ーーどれくらい、そうしていただろう。


 ぷは、と。

 どちらからともなく顔を離して、荒い吐息を交換する。


「……えへへ。しちゃった」

「……アスティ」

「これ以上はダメだけど、これだけならいいでしょう?」

「……うん」


 元々、リリアと同じくらい好きな婚約者と一緒のベッドで何も起きないはずがなかった。

 だけどここまで。これ以上は、ジークは絶対に踏み込まない。

 正直にいえば今すぐ抱きしめて首筋に顔を埋めてめちゃくちゃにしたい衝動が沸き起こっているが、これだけは理性でねじ伏せる。でも無理だから、思いっきり膝をつねって痛みで本能を抑えた。顔を上げると、催促するように見つめながら、アステシアが手を重ねてきた。


「……ね。ジーク。もう一度呼んでくれない?」

「……アスティ」

「もう一回」

「アスティ」

「もっと」


 悪戯をたくらむお姉さんは口元がにやけている。

 慣れない呼び方をするジークを見て楽しみながら、愛称で呼ばれるのを楽しんでいる。

 まるで誘惑の女神だ。

 ぎゅっと手を握った彼女の体温が、布団の中でジークを包み込んでいて……。


「ね、ジーク。もっと。もっと呼んで?」

「アス……うぐ……や、やっぱりこれ以上は無理……」

「えぇっ、な、なんで!?」


 可愛すぎて襲っちゃいそうだからです! 


 などと言えるわけもなく。

 ジークは元の口調に戻して、アステシアの首筋に顔を埋めた。


「あ、アステシア様はアステシア様ですよ……愛情込めてそう呼んでますので……!」

「むぅ」


 アステシアの吐息が首筋をくすぐった。

 花のような香りが鼻腔を満たし、むくむくと本能が元気を取り戻す。

 今さながらなんて事をしているんだ僕、と思いつつ、ジークは呟く。


「徐々に、その、頑張るから……」


 ぎゅっと抱きしめる力を強くする。

 手汗が気持ち悪くないか心配だけど、彼女の方も少し息が荒い。

 柔らかな胸がふにゅんと形を変えて密着し、その感触を出来るだけ忘れようとする。


 欲望と戦うジークの耳元で、アステシアは笑った。


「……ふふ。そうね。今は、これでよしとしましょうか」


 そう言って、アステシアは笑う。

 しばらく何も言わない時間が続いて、やがて穏やかな寝息が聞こえ始めた。


(もう寝たのかな? よっぽど疲れてたんだ)


 ……けれど。


 この前も思ったが、少し無防備すぎないだろうか。

 その信頼がありがたくて、より一層がんばろう、と思うのだけど。

 今、抱き着いているのは性欲さかんな十代の男の子なんですよ?


(あの、この密着した体勢、めちゃくちゃきつい……)



 一睡もできなかった。



今日の投稿分を間違えて昨日の更新分に上書きしてしまっていたので、

慌てて掲載し直しました。なので本日は二話更新となっていますが、

正確にはこの一話のみ更新で、最新分です。混乱させてしまい申し訳ありません……!


Next⇨9/28 21:00

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― 新着の感想 ―
[一言] アステシア様···かわいい!!どうしよう!めっちゃかわいい!!最高かよ! 「アステシアの顔が瞬く間に真っ赤になって、彼女は俯いた。  それから何も言わず、ぐりぐりと頭を胸にこすり付けて来…
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