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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第一章 神々の狂騒
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第一話 英雄、発つ。

 

 天界。

 それは神々が住まう約束の地であり神聖な領域である。


 死んだ人間が冥界を経て最後に向かう安寧の地ーー楽園(アアル)があるともされ、古来、人類は天界に向かう事を夢見てきた。だが、生身の人が天界に向かうにはいくつもの試練を突破せねばならず、その試練も並大抵のものではない。


 雲の上に広がる幻想郷。

 ペガサスや三又猫、巨狼(フェンリル)と言った神獣たちが闊歩する神の領域。

 終末戦争から五百年、天界に足を踏み入れた人類は片手で数えられるほどだろう。


 今回、ジークは晴れてそのうちの一人となったわけだがーー。


「ーーだからっ、先に私の領域で休んだ方がジークも心が休まるって言ってるの!」

「いいえ。アステシア様の領域は本が多すぎて心を休める余裕なんてありません。ジークなら夜更かしして読書をしてしまいます。その点、アウロラ様の領域は静かで、心を休めるのにこれ以上ない秘境と言えるでしょう。大体、もう三週間も一緒に居なかった()の身にもなってください!」

「最後のが本音でしょうが!? ていうかまだ妻じゃないのに既成事実を作ろうとしないでくれる!?」


 神聖な領域で、見目麗しい二人の女が額を突き合わせている。

 本来なら神と天使という上下関係のある二人だが、彼女らの会話に壁は見当たらない。ことジークに関して譲れないリリアは叡智の女神に真っ向から立ち向かう。


「わたし、すっごく寂しかったんですから! ちょっとは譲ってくれてもいいじゃないですか!」

「私の方が寂しいわよ。たまにしか会えないし。今もぎゅーってしたくてたまらないもの!」


 アステシアの方も譲る気はなく、二人はバチバチと見えない火花を散らしていた。

 ジークはその会話を聞きながら困ったような笑みを浮かべる。

 将来の妻になる二人だが、その会話に割って入る余地はない。


(女の子の喧嘩に男が入ってもロクなことはないって母さんも言ってたしね……)


 つんつん、とつま先で足元に触れる。

 あたり一面が宙に覆われた、雲の大地の上にジークは立っていた。

 ふわふわして沈んじゃいそうだなぁ。なんて現実逃避をしてみる。


「この分からず屋! リリアのばか! あほぉ!」

「アステシア様こそ偏屈じゃないですか! いつも引きこもってるくせに!」

「なんですって!?」

「なんですか!?」


 二人はしばらく互いを睨んでいたが、


「いいわ。こうなったらジークに決めてもらいましょう」

「いいでしょう。久しぶりに会ったんですし、ジークなら私を選んでくれます。ね、ジーク?」

「生身で天界に来るのは初めてなんだし、慣れた私の領域の方がいいわ。ジークもそう思うでしょ?」


 愛しい二人に身体を寄せられ、ジークはたじろいだ。

 ふわり、と花のような香りが広がり、大好きな二人の体温を間近に感じる。

 二人の胸にある双丘がたぷん、と揺れていた。端的に言って心臓に悪い。


「いや、その、えーっと……」


 どこに視線を向けていいのか分からず、おろおろと視線を泳がせる。

 普段なら嬉しい限りなのだが、この状況においては距離が近すぎる。


 ーー周りに、数千人を超える天使や神々が集まっていた。


「あれが噂の運命の子……! あの(・・)アステシア様があんなに……」

「確かにすさまじい覇気だ。英雄と呼ばれるのも頷けるな」

「かーわいい♪ 食べちゃいたいけど、アステシアのオトコなら無理かぁ」

「ていうかゼレオティール様も目をかけてるって本当なの?」

「見ろよ。あそこにソルレシア様やラークエスタ様もいる。本物だ」


 がやがやと集会場のように天界の入り口に集まる神々と天使たち。

 景色に見惚れた後でこれである。こちらの戸惑いも分かってほしい。

 特にティアだ。ゴミを見るような目はやめてほしい。


(ソルレシア様! 見てないで助けてくださいよ! 手とか振られても困りますし!)


 よく見れば「フハハハ!」と笑っているラディンギルや苦い顔をしているデオウルスまで居る。

 とにかく男神は放置を決め込むようだ。見捨てられてしまった。

 こうなったら、ジークが助けを求められるのは一人しかいない。


(トリスさん! 助けてくださいよ!)

(はわわっ! イリミアス様と目が合っちゃった! あぁ、もう死んでもいいよぉ)

(トリスさーーーん!? 戻ってきて! どこかに行っちゃダメですって!?)


 恍惚とした表情をしている同行者にも助けは望めないようである。

 そうしてジークが答えを出せないでいると、妻二人の争いはさらに白熱していて、


「大体ですねっ、全てが終わるまでわたしが一番だと決まったはずです!」

「それとこれとは話が別よ。天界では私の方が立場が上です!」


 白熱するあまり魔力まで渦巻き始めた二人である。

 さすがに看過できなかったジークは慌てて割って入った。


「いや、あの、二人とも落ち着いて……」

『ジークは黙ってて!』

「なんで!?」


 どっちがいいのか聞いたのはそっちじゃん!とジークは悲鳴を上げる。

 女二人に挟まれる英雄に周りがはやし立て、神々は酒を持って宴会を始めてしまった。あいつら後で覚えてろよ……なんて思いつつ、天を仰ぐ。


「はぁ。どうしてこうなったんだっけ……」



 全ての始まりは、つい半日前に遡るーー。




 ◆




「いーーやーーだーー! あーたーしーもーいーくーーー!」



 最果ての島の要塞でルージュが駄々をこねていた。

 指揮所の入り口に身体を投げ出し、手足をばたばたと動かす徹底ぶりである。


「お兄ちゃんと離れるなんてイヤ! そうなるくらいなら舌を噛み切って死ぬもん!」

「我慢してよルージュ。さすがに悪魔の君を天界には連れていけないんだって……」


 弱り切ったジークは後頭部を掻いた。

 む、とルージュは起き上がり、ビシ、と指を差す。


「エル=セレスタであたしも神域に呼ばれたじゃん!」

「あれは限られた神域の中で、かつ、アステシア様たちが興味本位で呼んだだけだから……。他の天使が大勢いる中にルージュは連れていけないの。僕だって一緒に居たいのは山々だけど」


 ジークがアステシアに冥界行きの許可を得たときの事を言っているのだろう。

 確かにあの時はルージュも魂だけ呼ばれていたが、今回は生身で天界へ行くのだ。

 もしもルージュを連れて行けば、最悪、天界の天使たちが襲ってくるかもしれない。


 そう言っていたのは、他ならぬリリアである。


「リリアを見つけたらすぐに帰るから。だから待ってて?」

「ふん。お兄ちゃんはあたしよりお姉ちゃんのほうが大事なんだ。

 そうだよね。妹より妻の方が大事だもんね。あたし、こんなにお兄ちゃんを愛してるのに……」


 うぅ、と涙を流して顔を覆ってしまうルージュである。

 さすがに見かねたのか、その場にいたエマが咎めるような目を向けて来る。


「大将。なんとかならねぇのかい」

「甘いよエマ。甘すぎるよ。ルージュのこれは嘘泣きだよ。

 ほら見て、泣きながらこっちの方がチラチラ見てる。指の間から目が見えるでしょ」

「は? 何言ってんだい。普通に泣いて……うわ、マジか。ルージュちゃん……」

「ちぇ。バレたか」


 ルージュはすねたように唇を尖らせた。

 涙は跡形もなく消え、すまし顔の小悪魔は足をばたばたと動かす。


「泣き落とし作戦も失敗……お兄ちゃん、ほんとにあたしを置いていくんだ」


 ずっと一緒って言ったのにと呟くルージュ。

 実のところ、ジークはそんな風に言われるのが一番困る。


「ルージュ殿。ジーク殿も苦渋の決断なのです。ここは折れましょう」

「うるさいよバカタロウ。あんたの部屋にえっちな本隠して女子隊員に見つけさせてやる」

「ジーク殿、兄は妹の頼みを聞くものでござるよ? なんとかするべきです。いいえ、なんとかしてください!」

「君の手のひら返しも清々しいね……」


 蒼い顔で汗を流すヤタロウにジークは苦笑する。

 ルージュもルージュだ。そんなえげつないこと、どこで覚えたんだ。

「ハァ……」と彼女は深く大きなため息をついた。


「いいよ……あたしも子供じゃないんだし。仕方ないから待ってあげる」

「ほんと?」

「その代わりっ! ほっぺたの両方にちゅーすること! これ、絶対だから!」

「まぁそれくらいなら……」


 思い返せば、ルージュと離れ離れになるのは戦争の時を除けば数えるほどしかない。

 悪魔教団の時もほとんど一緒に居たし、妹が寂しがっても無理はないだろう。

 最果ての島でしっかりと留守番できるよう、甘やかしておくのも兄の努めである。


「しょうがないな……」


 ジークはルージュの傍にしゃがみ込み、その頬に顔を寄せた。

 愛する妹の、暖かな吐息がふきかかる。

 思わずドキリとしてしまう鼓動を無視して、任務を遂行。

 生まれたての赤子のような頬に口付けるーー。


 その瞬間、ルージュの顔が動いた!


「「「!?」」」


 兄が妹の頬に口づける寸前の出来事。

 ぐりゅん、と顔を突き合わせた兄妹の唇が合わさる事を誰もが直感する。

 さらにルージュは兄の首に手を回し、ちろりと舌を覗かせた。


「はわわわわ!?」


 頬に口づけるだけで終わらせるなんて、とんでもない。

 兄の弱みに付け込み、動揺を誘い、譲歩したように見せて最大の効果を生み出す(深いキスを実現する)

 これが、これこそがルージュの本当の狙い!


 その場にいた全員が小悪魔()の策に戦慄した。

 兄の愛を得る為なら百の嘘をつき、千の策を巡らせる妹に敬服(ドン引き)した。


 ちゅ。と。

 ジークはルージュの左()に口づけた。


「へ?」


 唖然としたルージュが振り向いた瞬間、ジークはその背後に立っている。

 ちゅ、と反対の右頬にも口づけ。

 立ち上がり、ジークは笑った。


「これで約束完了。ヤタロウ、留守は任せた」

「お任せください。どうかお気をつけて」

「ん。行ってくる」


 ルージュには陽力を充分渡しておいたし、これで大丈夫だろう。

 そう満足したジークはアルトノヴァに乗り、バルコニーから飛び立った。

 ばさり、ばさりと音を立てて、白き龍が飛び去って行く。


 残されたルージュは「むううう」と頬を膨らませて、


「もうっ、お兄ちゃんのばか~~~~~~~!」

「あっはははは! 今回は大将が一枚上手だったね!」

「ま、まさかルージュ様の策を読んでいるとは……さすがジーク大将様ですぅ」


 エマが快活に笑い、ファナが苦笑気味にそう言った。

 男性陣はどう反応していいやらと困ったものだ。下手に口を出してルージュを敵に回すのは避けたい。「まぁまぁ」とヤタロウだけは無遠慮に、


「次はもっとうまくやりましょう、ルージュ殿。

 ジーク殿に逃げ場がないような、絶対不可避の状況に追い込むのです」

「むー……あのお兄ちゃん相手に?」

「どんな壁があっても諦めないのがルージュ殿でござろう?」

「……バカタロウの癖に、ずるい事言うよね」

「大丈夫ですよルージュ様! わたしも協力しますから! それにそれに、ジーク様が留守の今なら、沼に引きずり込めますし……腐腐腐……!」

「あんたは自重しなよファナ……まぁでも、そういうこった」


 エマがルージュの頭に手を置いて、


「あんたは一人じゃない。兄貴の代わりは出来ないけど、傍にいるからね」

「おう。今夜は一緒に呑もうぜ」

「つーか姐御って酒飲めるのか?」

「いいんだよ、こういうのはノリだ、ノリ!」

「ギルダーン殿、お主、酒が好きでござるなぁ……」


 男性陣も騒がしくなってきた。

 指揮所の中に残された妹は周りを見渡す。

 ジークでなければリリアでもオリヴィアでもない、知り合ったばかりの人間たち。

 けれど彼らは、悪魔の自分をちゃんと受け入れてくれている……。


「……しょうがないな」


 思わず頬が緩んでしまう自分を諫めつつ、ルージュは立ち上がる。


「お兄ちゃんが居ない間、あたしが仕切ってあげるから、覚悟しなさいよね!」

「「「おぉ!」」」


 日の当たる場所で、ルージュは嬉しそうに笑うのだった。


Next→9/24 21:00頃

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