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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
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第二十話 獣王の帰還

 

 ーー三日後。


 ーー獣王国パルメギア、王都ティティリス。


 国民の九割が王宮前の広場に集まっていた。

 黒い点のように広がる彼らの視線は城壁の上に向けられている。

 夕陽のように赤い鱗を持ち、立派な二本の角が生えた男がそこにいた。


 緊張したように尻尾をぴんと伸ばす男の周りには、この国を支える重鎮たちが見守っていた。男の眼前、暖かな微笑みを浮かべた宰相が朗々と祝辞を述べる。


「--かのものは恐れに立ち向かい、弱きを守る戦士なり。

 そなたの優しき心が地母神を支え、獣王国の栄華とならんことを」


 トネリコの葉を模した金の冠が、男の頭に乗せられる。

 宰相の爪が男の肩を軽く裂き、その血を盃に落とした。

 すると、盃が光を放ち、その光は天に吸い込まれるように消えていく。


「ーー採択は得られた。全てはいと尊き地母神の御心のままに」


 宰相が一歩下がり、膝をついて頭を下げた。

 他の者達も同じようにならう中、男ーーオズワンは立ち上がる。

 街寄りに一歩踏み出すと、わぁぁあああ、と国民たちの歓声が響き渡った。


 ここにいる全ての命を自分が背負うのだ……。

 胃がきゅっと締め付けられる緊張を噛み締め、オズワンは拳を突き上げた。

 後ろから近付いてきた宰相が、戴冠式を締めくくる。


「今ここに、第九代獣王、オズワン・バルボッサの戴冠を宣言する!」

「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 地母神の祝福を得た獣王の戴冠。

 王への信頼を抱く国民の歓声が、彼方の空へ吸い込まれていく……。



 ◆



「動きづれぇ……おい、イラ。もうこれ外していいよな?」

「ダメに決まっています。もう少し我慢してください」

「お前、王になる前より厳しくなってねぇ?」


 大理石の室内の中、さまざまな衣装を着た者達が踊っている。

 花弁が宙を舞い、魔晶石の灯りが照らす室内で、王と臣下はじゃれ合う。


「つーかお前もなんだ……あー、誰かと踊って来いよ。姉貴とか空いてるぞ」

「陛下の護衛任務中です」

「硬いなぁ……姉貴以外にも、女どもとかめっちゃ見てるのに」


 ハァ、とイラは深く長いため息をついた。


「彼女らが見ているのは陛下ですよ。 私ではありません」

「あぁ? あー……そうか。まぁ無理だ。おれには心に決めた女がいるから」


 憮然と告げると、イラは諦めたように肩を竦めた。

 すると、主従のやり取りを眺めていた臣下の一人が悠々と近づいてくる。

 猫顔の男は正面に立つや否や頭を下げた。


「陛下。ご戴冠おめでとうございます。この度は愚息がご迷惑を……」


 オズワンは首を傾げた。


(……誰だっけ?)

(四大氏族が一人、リトナー・ゴラン長老ですよ。今朝教えたでしょう?)

(覚えられねぇよそんなもん……)


 げんなりしていると、リトナーの後ろからひょい、と見知った顔が現れた。

 悪戯に成功した子供のように、彼はオズワンに抱き着いてくる。


「にいさま!」

「おう、セル。怪我はもう大丈夫なのか?」

「はい! 元々、あまり怪我はしていませんでしたので……」


 病弱な幼き第三王子、セル・ゴランは「たはは」と後ろ頭を掻く。

 オズワンが戴冠したことで氏族の長に就任した彼は、国民から賞賛を受けた。

 継承の儀で無様な真似を晒してしまったものの、王族の中で一人残り、兄の応援をした健気さが国民の心を打ったらしい。そもそも彼の年齢は七歳。魔獣を前に恐怖で気絶してしまっても無理はない年頃だ。獣王国では無様ととられるだろうが、これから鍛えていけばいい。


 ちなみに第一王子はあまりの恐怖で頭がおかしくなり、離宮へ隔離されている。第二王子は戴冠式のあと面の皮厚く近づいてきたが、獣王国での居場所はないと悟っているのか商会に専念するようだ。こちらの邪魔をしないならどうでもいいとオズワンは思う。そこまで考えて、王となった兄は弟の頭を撫でた。


「お前にもこれから働いてもらうからな。勉強頑張れよ」

「うぅ。兄さままで父様みたいなことを言う……」

「セル! 陛下になんという無礼を……ここは公式の場なのだぞ。弁えろ!」

「あー、いいから。取り繕ったもんばっかりめんどくせぇ。もっと気楽にやりゃいいのに……」

「恐れながら陛下。今や獣王国の王となられたからには、相応の威厳を保つ必要が……」


 めんどくせぇなぁ、と臣下の小言を聞き流し、オズワンは天を仰いだ。

 ジークの下で自由に戦っていればよかったあの時とは違い、今や立ち居振る舞いにも気をつけねばならない。これから宰相による鬼のような教育が待っているだろう。そう考えるとげんなりする。


(……あいつは、今どこに居るんだろうな)


 闘技場に乱入したジークたちを思い出す。

 幸いにもイラ以外に彼の正体に気付いた者はおらず、あの事態は獣王国の中で悪魔襲撃事件として終わっている。警備の強化や悪魔対策などが急がれるなか、一人事情を知るオズワンとしては、姿を消した友の所在が気になるところだ。まぁあの男の事だから、怪我なんてもう治ってるだろうが。

 カレンも連れ帰ってもらわなければいけないし、最後に一度会えれば……。


 その時だった。


 ぎぃい、と大広間の扉が開かれ、笛の音が響き渡った。

 王族並みの貴賓が訪れた時に鳴る音に、オズワンは怪訝そうに眉を顰める。

 振り返ると、そこにはーー


「……は?」

「『奇跡の英雄』ジーク・トニトルス様、ご到着~~!」

「!?」


 仲間であり親友である男が、そこにいた。

 その後ろにはきょろきょろする人間たちの姿もある。

 当然、そのなかにはオズワンが懸想する女もーー。


「おい、あれ……!」

「奇跡の英雄……なんでここに!?」


 ざわ、とその場がざわめいた。

 王の戴冠を祝う祝賀会に現れた英雄と部下の登場。

 本来なら獣人以外の参加は断られるはずだが、彼の場合は話が別だ。


 獣人を対等に扱い、人の理不尽から救った慈悲の英雄。

 その勇名を考えればここにいる者達が受け入れてもおかしくはないが。


「いや、なんで……おれは聞いてねぇぞ!?」

「言ってませんでしたので」

「は!? おい、イラ!?」

「中央大陸では、さぷらいず、という習慣があるそうです」


 あんぐりと口をあけるオズワンに、一番の臣下は笑った。


「私からのお祝いです。お喜びいただけますか?」

「……全く、お前は」


 オズワンはため息を吐き、口元を緩める。

 ありがとよ、と口の中で呟き、オズワンはジークを迎えに足を踏み出した。大広間の中央で、英雄と王は向かい立つ。


 一瞬の静寂。

 口元に笑みを浮かべたジークは、胸に手を当てて頭を下げた。


「この度は、このような祝いの場にお招きいただき光栄に存じます。

 そして同時にこの場で謝罪を。先日、我が手の者が獣王国民に失礼を働いたようで……」

(……そういうことか)


 オズワンは頷きながら、内心で納得を得ていた。


 ーー先日の、オズワンがジークを拒絶した時のことだ。


 獣王国に人間が入り込んだことで一時は国中が騒ぎになった。

 悪魔の襲撃で有耶無耶になっていたが、アレをあのままにすれば王国の警備体制に問題があるとみなされるし、そもそも悪魔と人間の間に繋がりを見出すものが現れるかもしれない。人間が悪魔を引き込んだーーそんな風に思われれば、両者の対立は深まるだろう。


 だからイラと宰相はオズワンを喜ばせると同時に、この問題を解決するためにジークに使者を送ったのだ。恐らく、今も広間の片隅で談笑している、カレンあたりが手を回したのだろう。


 オズワンは口元を緩め「ごほん」と咳払い。


「あー……遠路はるばる、ご苦労……ご足労痛み入る。英雄殿。謝罪は不要だぜ。

 今後も我が獣王国はお前……あなたと、仲良くやりたい。気軽に楽し……楽しまれよ」

「ありがとう」


 辿々しくも歓迎の言葉を述べたオズワンにジークは笑う。

 獣人たちを救う奇跡の英雄の登場に、会場は再び興奮の渦に叩き込まれるのだった。



 ◆



 真夜中、パーティーで酔い潰れた者たちが運び出されている。

 王宮のバルコニーで慣れない礼装を着崩した彼はため息をついた。


「ふぅ……」

「お疲れさまでした、オズ」

「ん」


 頬に冷たい感触を感じて振り返れば、姉が冷えたガラス瓶を頬に当てていた。


「差し入れです。水ですけどね」

「おう。ありがとよ」


 酒で火照った体に冷たい水はありがたい。

 ごく、ごく、と勢いよく呑み干し、オズワンは口元を拭った。


「ぷは……っ、おい、姉貴。いつ出ていくんだ」

「……」

「ジークたちと出ていくんだろ。つーか出ていけよ。

 あんたがいなくても国はやっていけるし……巫女も、いないわけじゃない」


 ましてやオズワンが嫁に取る事などないのだから。

 ずっと縛られ続けていた姉には、国など気にせず自由に生きてほしい。

 そんなオズワンの言葉に、しかし、カレンは困ったように頬に手を当てた。


「それなんですけど、オズ。わたくしは……」

「カレンは残るってさ」

「!」


 背後、パーティーから抜け出してやって来たのはジークだ。

 彼の後ろにはオリヴィアやヤタロウも立っていて、オズワンの目は彼女に釘付けになる。すかさず抗議の声が上がった。


(ちょっと、オリヴィアお姉ちゃんの胸ばっかり見ないでよね変態。

 お兄ちゃんが来たんだしちゃんと話を……ていうかあたしも居るし!)


 どこからともなく響いた声にオズワンは鼻を鳴らす。


「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ、馬鹿ルージュ。黙ってろ馬鹿」

(はぁ!? あんたに馬鹿って言われたくないんだけど、このシスコン!)

「誰がシスコンだオラ!?」


 ジークの影に対して怒鳴るオズワンに対し、オリヴィアは苦笑した。


「仮にも一国の王がそんな口調でいいのか? ルージュもだ。誰が聞き耳立てているか分からない。影の中で少し苦しいだろうが、この場は黙っておいた方がいい」

「そんな事言いつつ、ちゃっかりフルールの加護で音を遮断したオリヴィアさんなのでした。さすがの早業だよね」

「なるほど。これがクーデレというものでござるな?」

「~~~っ、ば、ジーク、そんな事は言わなくていいのだ!」


 風を操る女傑は顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。

 一同の口元に笑みが咲くなか、オズワンはジークの背後に目を向ける。


「テメェ、他の奴らはどうしたよ?」

「ん。みんな美味しそうにご飯食べてるよ。イラって人が面倒見てくれてるから大丈夫でしょ」

「あぁ、そりゃあ大丈夫だな」


 目を凝らせば獣人の中に混じる人間たちが盛り上がっているのが見える。

 めちゃくちゃな量を平らげようとする男二人と獣人を女性が窘め、

 参加者をナンパしようとする二人をもう一人の男とイラが引き止めている。

 どうでもいいが、大男の方が女言葉をしゃべっているのは何故だろうか。


「まぁアイツらは放っておくか……で、姉貴も残るってどういうこったよ」

「言葉通りですわ。あなたが王としてここに残る以上、わたくしもあなたと共に居ます」

「……要らねぇよ。邪魔だし口うるさそうだし出て行けよ」


 カレンは柳眉を吊り上げた。


「姉に対してその口の利き方はなんですか! そこにお座りなさい!」

「いや、おれ仮にも王様だから……」

「どんな立場になろうと愚弟は愚弟です。わたくしにはあなたを更生する義務がある」

「カレンも過保護だよねぇ」


 王になるための教育をまともに受けてこなかったオズワンにとって、これからが本当の戦いと言えるかもしれない。権謀術数が渦巻く王宮の中を戦い、理想とする政治を行うためには少しでも味方が多い方がいい。カレンはそう考えているのだろう。姉の為に王になった弟も大概だとジークは思った。


「オズは僕に勝ったんだよ、カレン。そんなに気を遣わなくてもいいんじゃない?」

「ジーク様に勝ったといっても……大罪異能を使って疲労困憊の状態であり、

 かつ、魔剣の権能も第二の力も使っていませんでした。これでは力の半分も……」

「うるせぇな。姉貴に言われなくても分かってるよ。おれだって正面切って勝ったと思ってねぇし」


 ジークは「むぅ」と唸った。


「それでも勝ったのは本当だけどね……ねぇ、なんか悔しいからもう一回やらない?」

「やらねぇよ馬鹿。勝ち逃げさせてもらうっつーの」


 憧ればっか追うのはもうやめたからな。とオズワンは内心で笑って、


「けどまぁ」


 やり遂げたように息をつき、ジークと向き合った。


「王にはなった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ジーク」


 一瞬の沈黙。その場にいた誰もが目を見開いた。


「「「はい?」」」


 満足げなオズワンだが、ジークを含む全員が首を傾げている状態だ。

 それも当然である。

 オズワンが王になろうとしたのはカレンを自由にするためだったはずだ。

 その手助けをするためにジークたちは戦ったのだから。


 ふと、ヤタロウだけは何かに気付いたように、


「少し待ってくだされ」


 額に手を当てて、小隊の参謀は問いかける。


「まさかとは思いますが、オズワン殿が頑なに王になろうとしたのは……」

「ぁ? この国の獣人を部下にしてジークと一緒に戦う為に決まってッだろうが」

「「「はぁ!?」」」


 驚愕の声が響き、


(か、カレンの為じゃなかったの!?)

「テメェは馬鹿か。いや馬鹿だろ、ルージュ。おれはお前みたいにブラコンこじらせてねぇんだよ。姉貴の事はまぁ、家族として大事に思っちゃいるが、それだけだ。逃亡の手助けをしたら後は勝手にやんだろ。こいつを誰だと思ってやがる。姉貴だぜ?」


 オズワンはカレンを親指で差して、


「この姉貴(天才)がおれの助けなんて要るわけねぇだろ。

 最初からおれは、お前の力になるために王になりたかったんだよ」


 そもそもオズワンがただ戻ったところで戦力増強は微々たるものだ。

 敵は強大だし、何よりもあちらには『数』が居る。

 ならばこちらも獣王となって援軍を送れば、数千単位で戦力を増やせるという考えだ。

 オズワンらしからぬまともな答えにジークはおろかカレンさえも唸ってしまった。常に自分の実力不足を嘆く彼だからこそ、その発想が出てきたのかもしれないが。


(ば、馬っっっっ鹿じゃないの!? なんでそれを最初に言わないの!?)

「あぁ? そりゃあ……」


 オズワンは気まずげに目をそらして。



「その方がカッコいいだろ」



 ひゅぅうう、と夜風が吹き抜け、一同の間を駆け抜けていく。

 誰の為でもなく、ただ見栄の為に意地を張った男に誰もが言葉を失っていた。

 そんななかーー


「ぶ」


 突如、オリヴィアは噴き出した。

 堪えきれないと言いたげに、彼女は腹を抱えて笑いだす。


「あっはははははは! ははははははははは!」


 ジークとルージュはギョッとした。


「え。オリヴィアお姉ちゃんがこんなに笑ってるのって……」

「うん、初めて見た」


 何がそこまで彼女の琴線に触れたのか。

 珍しい義姉の様子を見るジークだが、彼女には一人の男しか目に入っていないようだ。

 笑い涙を拭き取りながら、オリヴィアはオズワンに話しかける。


「貴様、見栄のために仲間に何も言わなかったのかっ、ジークに頼ればもっと楽に王になれただろうに……!」

「それじゃ意味ねぇだろ。いい加減、誰かの背中を追いかけるのも飽きたんでな」

「ふふっ、あぁ。嫌いじゃない」


 笑いをひっこめ、オリヴィアは楽しそうに笑う。


「私は好きだぞ、貴様のそう言うところ」

「え。つまりおれのこと……」


 途端、オリヴィアの顔が真っ赤になった。


「ばっ、何を言ってるのだ貴様っ! そう言う意味ではない!」

「いやそういう意味だろ! お前、絶対おれのこと好きだろ!」

「断じて違う。貴様のような変態など誰が好きになるか!」

「んだと!? なら決闘すっか!?」

「望むところだ! 私が勝つがな!」

「いいやおれだ!」「私だ!」

「あのー、お二人さん、夫婦喧嘩はそれくらいにして。あんまり大声だと周りに聞こえて………」

「誰が夫婦だ!?」


 どう見ても夫婦にしか見えません。

 そうこぼしたジークだが、もはや二人はこちらの話を聞いていなかった。

「大体貴様は……」「お前こそ」と互いをけなしているのか褒めてるのか分からない。

 振り返ると、カレンは処置なし、と言いたげに肩を竦めていた。


「ごほん。あー、じゃあ、あれだ。その、王として、誘ってやるよ」


 オズワンは居住まいを正し、誰もが見ている中、一人の女を見つめる。

 一世一代の告白をするかのように、意を決して手を差し伸べた。


「『戦姫』オリヴィア・ブリュンゲルとお見受けする。おれと一曲、踊ってくれ」


 オリヴィアは目を見開き、ふっと微笑む。


「あぁ。喜んでお受けしよう。『獣王』オズワン・バルボッサ殿」


 そっと、オリヴィアは王の手を取る。

 軽く手を握り合う二人はバルコニーから広間へ戻っていく。

 獣王と人間の組み合わせを見て、来賓たちにざわめきが広がっていった。


 しかし、近衛隊長のイラは何かを察したように微笑み、演奏係へ合図。

 抑揚のある縦笛(スリン)の音が大広間に染みわたり、人々の気分を高揚させる。

 前に、後ろに、左に、右に、ステップを刻む二人を周りが暖かな眼差しで見守る。


「……ねぇ、あの二人って付き合ってないんだよね?」

「どう見ても想い合っている恋人同士でござるが。オズワン殿は仲間だと思っていたのに、裏切られた気分でござる……」

(……でも時間の問題じゃないかなぁ。オリヴィアお姉ちゃん、意外とチョロそうだし)

「それは言っちゃダメでしょ」


 苦笑し、ジークはカレンの肩に手を置いた。


「君もちょっとは弟離れしたほうがいいかもね、カレン」


 生まれた時からずっと弟を守ってきた姉は成長した弟の晴れ舞台を見て、


「……わたくし、初めて弟の心を読み違えました」

「うん」

「ずっとわたくしの後を追いかけて……『姉たま』と呼んでくれた時は嬉しかった。

 わたくしはこの子を、生涯をかけて守らねばならないと、そう思って……」

「うん」


 カレンは眩しそうに目を細めた。


「救うだなんて、傲慢だった過去の自分が恥ずかしいです。

 いつの間にか、あんなに大きな男になっていたんですね……」


 少しだけ寂しいです。そう言って、カレンは溢れてきた涙を拭う。

 視線の先には、王として成長した男が女と手を取り合って踊っている。

 人と獣。異なる種族の二人は口元に笑みを浮かべていた。


「なぁ、いつか本当に決闘しようぜ」

「フン。望むところだ」

「おれが勝ったら、番になってくれ」


 足元を見ていたオリヴィアは目を丸くする。

 ハッ、と顔を上げれば、オズワンは真摯な眼差しで自分を見つめていた。

 ふざけているわけではない。本気の言葉だと彼女は悟る。

 きゅん、と胸が締め付けられたオリヴィアの顔が沸騰したように赤くなった。


「……か、勝手にしろ。私が勝つがなっ!」

「言ったな。絶対だぞ。絶対だかんな」

「私が勝つと言っているだろう!」


 絶対に負けないと決意を新たにするオズワンと、

 勝負に負けることは嫌だが、同時に負けてもいいと思っている複雑なオリヴィア。

 二人の声は舞踏会の音色に紛れ、ジーク以外の誰にも聞こえなかった。


「やれやれ。どうなる事やら……」


 獣王国の夜はまたたく間に過ぎていく。

 人知れず交わした二人の約束はやがて恋物語として広がり、

 人と獣人の架け橋として語り継がれていくことになるのだが……


 それは、もう少し後の話だ。


Next→9/21 0:00

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告なんですが、オズの「ぁ? この国の獣人を部下にしてジークと一緒に戦う為に決まってッだろうが」が変でした違っていたらすいません。 [一言] おおぉ~。いい。実にいい。オリヴィアさ…
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