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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
168/231

第十八話 オズワン・バルボッサ

 

 ーー憧れを追うばかりの、人生だった。


 冬が近づいた凍えるような夜空の下で火花が舞っている。

 丸太を組んで作られた舞台は『彼女』の為の特別製だ。

 大勢の老若男女が舞台を見つめる中、ひらり、ひらりと女がステップを刻む。


 彼女が腕を振り上げるたびに、どどん、と戦太鼓の音が鳴り響いた。

 風に揺れる梢までもが反応し、小さな光がどんどん彼女に集まっていく。

 夕陽色の粒子が夜の闇を照らす。神聖な光が尾を曳いて彼女をさらに彩る。


 その瞳が悩まし気に揺れるたび、男たちの胸が締め付けられた。

 その手が虚空を裂くたび、男たちの劣情が燃え上がった。

 スリットが入った透き通った絹から見える太ももには玉のような汗が浮かぶ。


 僅か十歳にしか満たない少女の、歳に似合わぬ並外れた美貌。

 雄々しい角と女性的な美しさを両立させる器量に誰もが目を奪われていた。

 精霊すらも虜にする彼女は世界で一番輝いていた。


あの子(カレン)をよく見ていなさい、オズワン」


 五歳のオズワンの頭に手を置いて、先代巫女の母は口癖のように言った。


「あれがお前が超えねばならぬ壁です。姉を守れるよう、あの子のように強くなりなさい」


 そんなのが本当に必要だろうか、とオズワンは思った。

 姉は母と同じように一族の中で精霊と意思を交わせる特別な巫女だ。

「神が与えた奇跡」「ラークエスタの写身」などと周りがはやし立てている。

 そんな彼女は美しいだけではなく、強かった。


 どどん、と太鼓の音が鳴り響いた。

 踊りは終わりを迎え、武器を構えた男たちが舞台に上がっていく。

 大小異なる尾を揺らした彼らは巫女が奉納する舞いの相手だ。


 男たちが巫女を打ち倒せば一族の精強さが約束され、

 巫女が彼らを打ち倒せば今年は飢えないことが約束されている。

 そう神々が決めたのだと、母が言っていたことを思い出す。


 ーー姉が負けるところなど、想像もできなかった。


 尻尾の先端をちょいちょいと揺らして挑発する巫女。

 戦士の矜持を穢された男は目を血走らせながら懐に踏み込んだ。

 目にも止まらぬ速さに、しかし、カレンは既に反撃を終えていた。


「が……!?」


 華麗なステップ。繰り出された槍を躱し、男の尻尾を掴む。

 続けて掴んだ尻尾を振り回し、自分を仕留めに来た援軍を薙ぎ払った。

 熟練の戦士が感心するほど鮮やかな手並み。この間一秒も経っていない。


 儀式の盛り上がりは最高潮に達し、次々と男たちがカレンに挑戦する。

 しかし、夜が明けるまで戦い続けてなお、姉は無傷で戦士を倒し続けた。

 気絶した戦士たちの屍の上に立つ姉は凛々しく、美しく、自信に満ち溢れていた。


 その圧倒的な姿に憧れると同時に。


『姉を守れるほど、姉のように強くなりなさい』


 何度も聞かされるその言葉が、呪いのように心に突き刺さっていた。



 ーー南方大陸。獣王国パルメギアより東へ三百キロ。


 ーー未踏破領域『天轟巨樹領域』


 うっそうと生い茂る密林の中に集落が佇んでいる。

 樹々のうろを改造し、木の上に家を作って人々は生活していた。

 初代獣王の末裔、バルボッサ氏族の集落である。


 季節は巡り、樹々がその色を変えても彼らの暮らしは単純だ。

 地母神に祈りを捧げ、巫女を担ぎ上げ、祭りを始め、冬に備えて、春を迎える。


「--うわぁぁっ!?」


 溶けかけた雪と泥がまざった塊が、オズワンの頭に直撃した。


 視界が泥で塞がれ、口の中が土の味で満たされていく。

 うえぇえ、とえづくオズワンの頭上から、嘲笑が浴びせられた。


「あっははははは! ダセェ! クソダセェな、ヨワオ!」

「おら、これでも喰らえ!」

「がはッ」


 みぞおちに突き抜けるような痛みが走った。

 腹を思いっきり殴られたオズワンは吹き飛び、樹々にぶつかって崩れ落ちる。

 ぐぐ、と力なく顔を上げれば、同い年の少年が拳を振り上げているところだった。


「おら、さっさと起きろ。でねぇと……もっとひどい目にあわすぞ、ヨワオ!」


 頭を掴まれて膝を叩きこまれ、地面に押し付けられて泥水を舐めさせられた。

 冷たい雪と血と泥が混ざった味は口の中をぐちゃぐちゃにして、意識をかき乱す。

 反抗しようと、足に力を入れた。

 でも無理だった。


「う、ぅうう……!」


 ただ泣きわめき、力なく拳を握る事しかできない。

 何度も振るわれる暴力が、彼から反抗する力を奪っていた。


「マジでだせぇなぁ……ほんとにあのカレンの弟なのか?」

「実は血が繋がっていなかったりしてな!」

「ありえるー! だからそんなに落ちこぼれてるんだよ。な、ヨワオ!」


 弱い男、もしくは弱いオズワン。

 略してヨワオ。それが同年代につけられたオズワンの呼び名だ。


「落ちこぼれ」「最弱の男」「一族の恥晒し」「姉に才能の全てを奪われた愚かな弟」

 周囲からのオズワンの評価はこんな所で、子供たちのいじめの対象になっていた。

 どれだけいじめられても音を上げず、さりとて反抗もしない少年は格好の餌だろう。

 少年たちがさらに声を上げようとしたとき、


「コラ、何をしているのです!」

「げ、カレンだ」

「か、カレン様……逃げろ!!」


 柳眉をいからせた姉の登場に、少年たちはすっ飛んでいった。

 迷うことなく逃走を選んだ子供たちをつまらなそうに一瞥し、

 カレンは泥だらけになって地面にねそべる弟へ叱咤を飛ばす。


「お前もいつまでそうしているのです、立ちなさい!」

「……むり、だよ……立てないよ……」

「それでもバルボッサ氏族の末裔ですか! 立ちなさい、この愚弟!」


 容赦のないカレンは弟を掴み上げ、森中に響き渡る声を上げる。


「あなたが強くならないから、いつまでも馬鹿にされているのです。

 その角は飾りですか!? 立派な尻尾は何の為についているのですか!」

「うぅ、ひぐっ、むり、だよぉ……」


 泣き喚く弟に、一族の未来を背負う姉は容赦しない。


「立ちなさい!」


 パチン、と平手打ち。

 パチン、パチン、パチン、と両頬が赤く腫れあがるまでカレンは弟を叩き続けた。

 いじめをしていた者達までもが気の毒に思う有様だ。

 やがて一族の者たちが止めに入り、カレンとオズワンは母に迎えられて夜を過ごす……。


 それが幼きオズワン・バルボッサの日常だった。

 しかし、辛いと思ったことはない。ましてや姉を嫌うなどとんでもない。


「……昼間はごめんなさい、オズワン。大丈夫でしたか?」

「……うん、だいじょうぶ」


 夜、誰もが眠りの世界に旅立っている時間。

 魔晶石の光が真っ暗な部屋を仄かに照らしていた。

 お手製の塗り薬を指につけ、弟の頬に塗るカレンは物憂げに、


「少し、やりすぎてしまいましたね。一族の者を納得させるためとはいえ……。

 あなたも少しはやり返してくれたら、つり合いが取れるのですが」

「姉ちゃんに手を挙げるなんて……むりだよ」


 オズワンは諦め交じりに苦笑する。

 集落の者達が見ている中で、カレンは強く厳しい冷酷な姉である。

 弟が虐められても限界まで見て見ぬふりをするし、怪我をしても何も言わない。

 それどころか、自分から弟を叱咤し、平手打ちすら浴びせる様だ。


 けれど家族だけの時、姉はこの世の誰よりも優しかった。

 母に叱られれば慰め、いじめられれば背中を押し、夜な夜な弟に武術を教える。

 その二面性は家族だけが知る、カレンの本当の姿であった。


「……大人たちが不穏な動きを見せています。

 次の冬が来る前にまた子供が減らされるかもしれない。次は……あなたかも」

「……うん」


 バルボッサ氏族は二代目獣王によって放逐された一族である。

 彼らの追手は厳しく、人の住める土地を探すことは困難を極めた。

 そこで初代獣王が目をつけたのがこの未踏破領域なのだが、狩猟生活を送るにはあまりに厳しすぎる環境だ。

 戦士が狩りに行って帰ってこない事や、動物が原因で病が発生したり、

 食糧が尽きて口減らしのために子供が捨てられるという事もあった。


 そして慣例的に、捨てる子供は一族の中で一番弱い者と決まっていた。

 もしもカレンが昼間オズワンを甘やかしてしまえば、

『巫女の立場を利用して弟を甘やかしている』とみなされるだろう。

 厳しく接することで、カレンは周囲にオズワンを『巫女が鍛えている弟』と見せており、少なくともその間はオズワンを捨てさせない示威行為でもあったのだ。


 オズとしては姉に守られることが嬉しくもあり、そして悔しくもあった。

 未熟すぎる自分と天才の姉では、何もかもが違いすぎる。

 本当に母の言う通り姉を守れる男になれるのか分からなかった。


 それでも。


「あなたには才能が有ります。今はまだ、花が開いていないだけですよ」


 カレンは頭を優しく撫でて、背中を押してくれる。


「だってあなたは、どんなに虐められても逃げない。どんなに怖い魔獣にあっても決して背中を向けない。それを短所だという者もいるでしょう。ですがわたしは、あなたを誇りに思います。いつか、あなたのその姿勢が、氏族を救ってくれるかもしれない……そう信じています」


 時に優しく、厳しく、家族を大切にし、氏族を思いやれる姉に憧れていた。

 美貌も知恵も武力も何もかもを持って生まれたこの姉を、ずっと見ていたかった。


「我ら二人、戦う場所が違えど心は一つです。強くなりなさい、オズ」


 ーー王族に迎えられた後もそれは変わらなかった。


 王国の近衛隊や国境警備隊の全員と仕合ってカレンは圧勝した。

 誰も彼女に膝を付ける事すらかなわなかった。


 オズワンはいつまでも姉の背中を追い続けた。

 どれだけ他の王子にいじめられても、どれだけ周りから金魚のフン呼ばわりされようと、憧れた背中に隠れていれば、本当の自分を隠していけると思っていたから。


 弱くて情けなくて逃げ出したい泣き虫な自分。

 憧れを追い続けてさえいれば、そんな自分を直視せずに済む。

 それは父を知らず母と姉に育てられたオズワンの、

 天才の姉と比べられる愚かな弟の、情けなくも精一杯の処世術だった。


 ーー姉が、病気になるまでは。


 強く美しかった姉の身体が紫色の不気味なものに変わっていった。

 眼差しの一つで男を虜にしていた美貌が陰っていくのを見ていた。

 病気が進むにつれて足取りもおぼつかなくなり、補助なしに歩くことも出来なくなった。


 最初は、あの強く気高い姉が病にかかるなんて信じられなかった。

 カレンは酷く責められ、そして心を病んだ母も間もなく。


『カレンを……頼みましたよ。あなたも……漢らしく、生きなさい』


 それだけ言って、彼女は自分の腕の中で息を引き取った。

 姉と共に自分を守ってくれた母の、早すぎる死だった。

 オズワンは望む望まないに関わらず自立を強いられた。


 不治の病にかかった姉を治す手立てはなく、

 王族に巫女の血を入れる先代の目論見は崩れ、

 分不相応な王位継承者第四位という肩書だけがオズワンにのしかかってきた。


 近付いてくる者達には毒殺を警戒し、話しかけてくる者は暗殺者を疑った。

 魔素拒絶症候群が進むにつれて、カレンは話をするのも辛い状況になった。


 それは母が死んだ時と同じ、月が隠れた不気味な夜だった。


「……?」


 寝つきが悪かったオズワンは身じろぎして、ゆっくりと身体を起こす。

 まなじりをこすりながら周りを見ると、王族専用として与えられた慣れない個室には華美な装飾品が並んでいた。すぐに自分が王族であることを思い出して苦い顔になるが、その時。


「……ぁ」


 窓を開けた覚えはないのに、ばさばさとカーテンが舞っていた。

 窓枠の上には、今まさに部屋に入ろうとしている獣人の姿があった。


「ぁーーーーー!」


 悲鳴を上げると同時に男が飛び掛かってきた。

 オズワンは抵抗する間もなく組み伏せられ、喉元に刃を突きつけられた。

 姉はどこだ、と問われ、何度も首を横に振る。

 何度聞かれても答えないオズワンに、暗殺者は痺れを切らした。


「お前から殺してやる」


 喉が焼け付くほど叫んでも、暗殺者は聞き入れようとはしない。

 口を手で塞がれていて、その叫びはくぐもった雑音でしかなかったのだ。

 あわや殺されそうになった、その時。


「全く、世話の焼ける愚弟ですわ」


 隣室で寝ていたはずの姉が、暗殺者を蹴り殺した。

 近頃は立っているのもやっとだった姉の、全盛期の強さ。

 一瞬だけ過去の幻影を見たオズワンは、しかし、直後に倒れた姉を抱き留める事になる。


「ね、姉ちゃん、姉ちゃん……!」

「死んでいませんわ……ごほ。ちょっと……ハァ、疲れただけ……」


 姉の身体は信じられないくらい軽かった。

 痩せ細った身体は骨のようで、皮膚から硬い石のようなものが突き出している。

 美しかった顔色は死人と見まがうほどの土気色だ。


 憧れだった天才は、ただの女だった。


「~~~~~~~~~~~~~っ!」


 オズワンの中で火がついた瞬間であった。

 今までのような生半可な想いではない、それは硬い決意。

 心のどこかでまだ姉に甘えていた自分を切り捨て、オズワンは立ち上がった。


「……姉ちゃん、逃げよう」

「え」

「こんなところ逃げ出して、二人で生き延びるんだ。ぼ……いや、おれはまだ弱ぇけど……絶対に、姉ちゃんを守り切ってやる。母さんが持ってきた本の中に……冥界の花の話があっただろ。あれなら、姉ちゃんを治せるかもしれない……いや違う。絶対に、治してみせる」

「オズ……」


「ぼく」から「おれ」へ口調を改め、見た目から何まで全て漢らしさを意識した。

 そうすることでオズワンは周囲を威嚇し、自分を叱りつけていたのだ。

 どれだけ周りに馬鹿にされても逃げなかった男は、姉の為に逃亡を選んだ。


 そして中央大陸に渡った先で、オズワンは獣人の現実を見た。

 蔑まれ、石を投げられ、動けない姉を狙おうと何度も男たちが襲い掛かってきた。

 それは自分を弱虫と蔑んできた者たちよりもひどい理不尽の塊だ。

 そのたびにオズワンは逃げた。


 逃げて、殺して、逃げて、殺して、逃げて、殺して、殺して、殺して、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。



 ーーそして、運命と出会った。



 ◆



「ハァ、ハァ……! うぉおおおお!」

「カカッ! まだまだ甘い!」


 全力を振り絞った一撃が軽くいなされ、足を払われる。

 首を狙った突きを顔を逸らして避けると、脇腹に強烈な衝撃が走った。


「がッ……!」

「吹っ飛べッ!」


 宙を吹き飛んで地面を転がり、血反吐を吐きながら立ち上がる。

 着地の衝撃をいなしきれず指が折れた。肋骨には皹が入っているだろう。

 全身で熱くない場所を探すのが難しい。今、自分の身体はどうなっているのだろう。


「カカッ! そんなものか、お前の力は!?」


 視界がぼやける。思考が上手く働かなかった。

 友と呼んだ男に殴られ、切り刻まれ、灼熱が脳を支配する。

 過去と現在の想いが混ざり合い、立っている意味すら分からなくなった。


 ーーずっと、憧れ続けていた。


 姉という追うべき背中を失った自分に現れた鮮烈な光。

 冥界で出会ったジーク・トニトルスという男は、そういう男だった。


 本当は怖くてたまらないのに、神々に立ち向かう姿に憧れた。

 自分が持っていない全てを持っていることに憧れた。

 恋人のために全てを賭けられる、漢らしい在り方に憧れた。


 それは自分が欲しくてたまらなかった、

 自分がなりたくてもなれなかった理想の姿だった。


 ……あぁ、おれは……ぼくは。


 姉のように、彼のように、全てを薙ぎ倒す強さが欲しかった。

 弱虫じゃない、弱くもない、母も姉も何もかもを守れる強さが欲しかった。


 だからずっと、憧れを追い続けてきた。

 彼らを追えば、いつか自分も『持っている』側に行けるのではないかと思った。

 才能も加護も友人も何も持たない自分も、誰かに必要とされるんじゃないかって。


 全て、幻想だった。


「ハァ、ハァ……おれはッ」

「どれだけ崇高な想いがあろうと。この世界の理不尽は容赦なく降りかかる」


 血に濡れた視界の端、袈裟切りに振るわれた剣がオズワンを薙ぐ。


「それを噛みしめろ、オズワン・バルボッサ」

「が、ぁ」


 ぶしゃぁぁ、と鮮血が噴き出し、膝が崩れる。

 身体中の力が血液と一緒に抜けて、思考が真っ白に染まる。

 そのまま彼の背中は、地面に崩れ落ちてーー


「………………ッ、倒れ、ねぇ……!」


 オズワン・バルボッサは、倒れない。

 折り曲げた膝に力を入れ、震える全身を持ち上げて吠える。


「おれは、倒れねぇッ!」

「……しつこい」


 魔剣の切っ先を跳躍して回避する。

 ぼたぼたと鮮血を撒き散らしながら、オズワンは間合いの外に出た。


 その凄惨な立ち姿に観客席は息を呑む。

 いつの間にか悪魔たちの姿は消えていて、獣王国八万人の視線が彼に集まっていた。

 聴衆の目に、自分はどう映っているだろう。

 きっとダサいだろうなとオズワンは思う。


 こんな、威勢だけで悪魔にやられっぱなしの男なんて。

 民を守ると豪語しておいてまんまとやられる王候補なんて、誰が望もうか。

 意地だけで立ち続けてきたが、もう限界だ。いやだ、逃げたい。


 ーーあぁ、もう。このままやられても……。


「ま、負けないで、兄さま!」

「……!」


 声が、耳朶を叩いた。

 ハッと振り返ると、王族専用の控室から出た、一人の幼子が叫んでいた。

 部下に引き止めらてなお、幼き第三王子は涙を流して叫んでいる。


「がんばれ、がんばれっ! そんな奴やっつけちゃえ!」

「ぁ」

「兄さまは! 何度もわたしを助けてくれた。

 いじめられても、暗殺されそうな時だって、政敵のわたしを助けてくれた!!」


 オズワンをまっすぐに見つめ、血のつながらない弟は言った。


「お願いです……この国を、救ってください」

「……っ」


 カレンでもなく、ジークでもなく、

 たった数度、気まぐれに助けた弟が自分を(・・・)見ている。


 ーーあぁ、そうか。これでいいのか(・・・・・・・)


 オズワンが強固に張り続けてきた『強い漢』の鎧が崩れていく。

 きっと今の自分は泥臭くて、ダサくて、誰が見ても強い漢には見えなくて。


 それでも(・・・・)、背負っていいのだと。


「……っ」


 追い続けてきた憧れを、見据える。

 余裕の笑みで立つ仮面の男に傷はなく、その佇まいには一分の隙も無い。

 カッコいいな、と思う。ずっとそんな風になりたいと思っていた。


 ーーでも、無理だ。いい加減に気付け、おれ。


 自分には才能がない。英雄にはなれない。

 どんなに憧れても、姉のようにも、ジークのようにもなれない。


 どれだけカッコつけても、どれだけ威張っても、自分は自分だ。

 ビビりで弱虫ですぐに泣きたくなる、そんな自分からは逃げられない。


『うだうだ悩んでいる暇があんなら突っ走れ。弱音を吐く暇があるなら鍛え上げろ。

 それが、それだけが、おれたち『持たざる者』って奴が出来る唯一のことだろうがッ』


 遠くない過去に、オリヴィアに言った言葉。

 アレは彼女を励ます言葉であると同時に、自分に向けたモノでもあった。

 そう、ただ鍛えるしかないのだ。ただ走り続けることしか出来ないのだ。


 泥臭くて誰も見向きもしなくて、それでも自分を諦められない。

 それが、それこそが、オズワン・バルボッサが持つただ一つの意地だから。


「ぉぉ……ッ」


 ーー憧れを捨てろ、

 ーー強がりを捨てろ、

 ーー虚飾を引きちぎれ。


 どんなに無様でもどんなに泥臭くても、足掻くことしかできない。

 守られる事しかできなかった自分を知る彼らに見せてやるんだ。

 例え、誰もが憧れるような光になれなくても、強くなれるのだと。


 ーー今ここで、証明しろ!


「ォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 両足を踏みしめ、肩を開いた獣は天に届けとばかりに叫んだ。

 言葉に意味はない。

 それは、ずっと憧れを追い続けてきた男が自分を見据えた決別の咆哮。


「……!」


 ギンッ、と蒼玉の眼光が煌めいた。

 目の色が変わった友の姿に目を見開くジーク。

 口元を吊り上げた彼は芝居がかった言葉で相手を挑発しようとして、


「ぉぁあああ!」


 突如として懐に潜り込んできた獣に対応を迫られた。

「くッ」咄嗟に飛び退きながら、飛ぶ斬撃を放つ。

 しかし、オズワンはまるで読んでいたかのように身体を逸らして見せた。


「な」


 この戦いが始まってから初となる、オズワンの反撃。

 動揺した一瞬の隙に、獣の尾がみぞおちを打ち付けていた。

 ーー速い!


 身体を折りたくなるほど強烈な痛み。

 突き抜けるような衝撃に任せて背後に飛び、すぐさま肋骨を治癒する。

 一瞬前まで瀕死だった男の激変にジークは目を剥いた。


「ふぅうう……!」


 友の身体から肩の力が抜けていく。

 強張っていた心がほぐれ、虚飾を脱ぎ捨てた漢は構えた。

 血まみれの立ち姿。なのに、力強さは先ほどと比べ物にならない。


「悪いな、待たせた」


 漢は親友へ告げる。

 親友は応えた。


「……ほんと、待ちわびたよ」


 小声で囁き合う彼らの言葉は誰にも届かない。

 おのれの在り方を貫く姿だけが互いの全てだった。


「テメェが何のために此処にいるのか、もう聞かねぇ。

 おれはただ、お前に勝ちたい。勝って、自分を証明したい」

「……うん」

「だから」


 一陣の風が、吹き抜けていく。

 息をするのも躊躇うほどの静寂がその場に満ちていた。


「おれはお前を倒すぜ。兄貴……いや、ダチ公」

「君に出来るの?」

「出来るか出来ねぇかじゃねぇ。やる。そうだろ?」


 ジークは黙ったまま微笑んだ。

 もう言葉はいらなかった。

 憧れ続けた男を超えるべき壁と見定め、オズワン・バルボッサは名乗りを上げる。


「初代獣王が末裔、獣王国第四王子にして最果ての方舟(オルトゥス・アーク)が一人。

 このオズワン・バルボッサの燃えたぎる漢の魂、受けて見せろや、英雄(悪魔野郎)っ!!」





超~~~素敵なレビューいただきました!

まっちゃんさん、ありがとうございます!! やったーーー!

あと、皆様のおかげで総合ポイントが1000超えました。

たぶんネット小説大賞2次選考通過のおかげなので、完結まで毎日更新でいきます。

選考結果に関わらず、結果発表と同時に完結出来たら嬉しいですね(たぶん無理)


Next→9/19 0:00

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― 新着の感想 ―
[一言] オズかっけ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!! いやもうオズワンが主人公でいいのでは?そう思うぐらいオズが主人公してますねw 個人的にオズの物語も見てみたいです。ゴッド・スレイヤー終わったら外伝的な感…
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