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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
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第十三話 友の選択

 

「手を組む……だって?」

「そう言ったよ」

「どういうことですか。あなたを王にする手伝いをしろと?」

「いいや、違う。別に私を応援してくれなくてもいいよ」


 要領を得ない答えにジークは眉を顰めた。

 面識のない彼が自分に協力を求める理由が分からない。

 国境警備隊から報告を受け、自分がこの国に来ている事を知るのは難しくないが……。


「……ヤタロウ」

「は」


 レギオンの参謀は頷いて、


「第二王子は建国当初から続くドゥリン商会を世界的商会に育て上げた手腕の持ち主です。彼が王になれば異端討滅機構との取引も正常化し、国としての税収は潤うと言われています。破産寸前だった中央大陸の商会を自らの手で立て直した手腕から、人類からも一目置かれている存在でござる。その暮らしは豪勢で、一部では『獣王国一の道楽者』と囁く声もあるのだとか」

「さすが詳しいね」

「少しでも経済に関心を持っていれば、彼の噂は耳に入ってくるでござるからな……」

「つまり?」

「良くも悪くも、話を聞く価値はあるかと」

「ん」


 ヤタロウがそう言うならば大丈夫だろう。

 ジークはおのれの参謀と意味ありげな目配せをした。

 カラス顔の獣人に向き直り、話を聞く姿勢になる。


「あなたを王にするんじゃなければ、どうして手を組むんですか?」

「もちろん、第一王子を王位継承の座から引きずり下ろすためさ」

「……へぇ」


 何のためらいもなく兄を引きずり下ろすと宣言した第二王子。

 目を細めたジークとは対照的に、カレンは呆れ交じりに吐息をこぼした。


「相変わらず、利用する者はなんでも利用しようとされるのですね、お義兄様」

「まぁね。英雄殿がこの国にいると聞いて慌ててすっ飛んできたよ」

「ふーん……」


 カレンによれば第一王子は二代目獣王の末裔で、人間嫌いの、いわゆる開戦派なのだとか。第二王子がジークの居場所を知ったのは、エラムの能力。オズワンの地竜化のように、彼には動物の言葉を理解する能力がある。その力を使って、王宮に放っていたネズミからジークの来訪を知り、現在の居場所を推測したらしい。


「なんで第一王子を排そうとするんですか? お兄さんなんですよね?」

「王族の兄妹なんて、同じ男を父に持つだけの他人だよ。

 君たちには理解できないだろうけど。特に、英雄殿は色々と複雑な生い立ちのようだし」


 悪気はないからね?と補足して、エラムは続ける。


「第一王子はさ……闇の神々と通じている恐れがあるんだよ」

「……!」


 聞き逃せない台詞に、ジークの顔色が変わった。


「ここのところ、不可解な失踪事件や殺人事件が多発していてね。殺人についてはどれも神殿の近くだからよかったものの……そうじゃなきゃ悪魔爆発(パンデミック)になるところだった。そこに第一王子が関わっている可能性があるんだ。僕の『耳』がそれを捉えた」

「闇の神々……」

「君にとっては聞き逃せないだろう? 下手をすれば獣人全部が冥王側に回るんだから」


 確かに、獣人の国が冥王側に回るのは避けたい。

 彼らが敵に回ればジークは戦わざるおえないからだ。

 自分と同じように迫害を受けた人々を殺すのは忍びないし、心が痛む。


「それが本当なら、の話だけどね」

「嘘をつく理由がないだろう?」

「どうかな……人間は他人を騙す為なら平気で嘘をつくよ」

「……さすがは奇跡の英雄。他人の言葉を鵜呑みにするほど馬鹿じゃない、か」


 大将を試されたと分かり剣呑な雰囲気を醸し出すトニトルス小隊。

 エラムは肩を竦めて、


「悪かった。別に侮っていたつもりじゃないんだけどね。

 でも、言っている事は本当だ。第一王子はこの国をぶち壊そうとしている。

 試しに地母神の神殿に行ってみればいいよ。僕が言っている事が本当だと分かるから」

「……お兄ちゃん」

「ん」


 ジークは第二王子の目をじっと見つめた。

 陰りのないまっすぐな、自信ありげな瞳が突き刺さる。


「嘘はついていないけど……何か隠してるって感じかな」

「はは! そりゃあそうさ。王子だからね。隠し事くらいはある。

 というか、君たちはオズワンの陣営だろう? いわば敵だ。全てを教えるわけないじゃないか」


 別にジークたちはオズワンの陣営でも何でもないのだが……。

 もしもあの頑固者が助けを求めて来たなら、是が非でも助けようと心に決めている。

 そういう意味では、陣営とひとくくりにされても仕方がないかもしれない。


「オリヴィアさん、どう思う?」

「……世界的商会の会頭だ。ここで嘘をつくことがどのような意味になるか、分からん男ではあるまい」

「?」


 首をかしげるジークに、ヤタロウが補足する。


「もしも獣人の救世主と名高い奇跡の英雄殿に嘘をついた事実が噂として流布されれば、第二王子の権威は失墜する。そのようなリスクを冒す理由はない……と、そう言う事でござるな、オリヴィア殿?」

「うむ」

「???」


 ジークは理解できないながらも「そうなんだね」と頷いた。


(二人ともすごいなぁ。そこまで考えられるなんて……)


 どうして根も葉もない噂などで権威が失墜するのか全く分からない。

 ヤタロウはスパイの諜報活動から権謀術数の手管を学んだのだろうし、オリヴィアは故郷でブリュンゲル家の長女として活躍していた女傑だ。

 ゆえに舞踏会や会談などでそういったスキルを身に着けたのだろう。

 権力事情に疎いジークにとって、二人は頼りになる助言者(アドバイザー)だ。


「でも、どうしてあなたは僕にその情報を?

 悪い噂が権力の失墜につながるなら……逆に自分で問題を解決すれば評判が上がるんじゃ?」

「だって面倒じゃないか。王位継承戦なんて、どうせ僕が勝つに決まっているのに」


 さらりと勝利宣言したエラムにジークは思わず言葉を失った。

 つまらなさそうな彼の目は、オズワンなど歯牙にもかけていないと言っている。

 友を貶められてムッとする英雄に、第二王子は「だってそうだろ?」と笑った。


「みんな言ってるぜ? オズワンのせいで継承の儀が出来なくなっただけで、

 次の王は私しか居ないって。大体、考えてもみなよ。誰が私以外を王にするんだい?」


 エラムはからからと笑って、


「かたや自分の事しか考えておらず、闇の神々に傾倒した第一王子、ザルキス。

 かたや他人の言いなりにしかならない病弱な幼き第三王子、セル。

 そしてかたや、自分勝手に国を出て王宮をめちゃくちゃにして逃走し、ろくな教育も受けず、粗野な言動で周囲を威嚇する第四王子、オズワン」


 指を一つずつ折り曲げていく彼は、淡々と王位継承者たちをあげつらう。

 辛辣な物言いではあるが、きっとその言葉は多くの民が抱いているのと同じものだ。

 例えオズワンにどんな事情があろうと、何も知らない民がそれを憂慮してくれるわけがない。


「それに比べて、私はどうだ?」


 鴉顔の美丈夫は得意げに胸に手を当てる。


「世界有数の商会を率い、獣王国に多大な利益をもたらし、民の生活を豊かにした。

 幼いころから帝王学を学び、臣下からの信頼も厚い。国民からの評判はうなぎのぼりだ。まぁ多少遊び気質なところはあるけれど、他に比べればそれくらい、些末な問題じゃないか」

「……」

「私が王になれば、獣王国はさらに豊かになるだろう。

 英雄殿。君が国民ならどちらを選ぶ? まぁ、聞くまでもないか、オズワンでしょ、君は」


 見慣れた、目だった。


 上から目線で分かったような口を聞き、他人を下に見て嘲笑う。

 まるで丁寧な口調で喋るアーロンと話しているようだ。

 いや、どちらかといえばサンテレーゼで冤罪をかけてきたミドフォードだろうか。


「君は信頼や友情を理由にオズワンを推すんだろうけどさ。

 実際、彼が国民に何の利益をもたらすっていうんだい? 無理だろ」


 エラムの言葉は、人の神経を逆撫でする。


「友情や信頼が国民に利益をもたらすか? 英雄との繋がりが彼の価値を高めるのか?

 否だ。人が人を崇めるのは、あくまで利益の為だ。特に金。金はいいよぉ。金だけは人を裏切らない」


 ニヤァ、と第二王子は嗤う。


「金は全てを買えるからね。親愛も友愛も寵愛も、友情も信頼も全て金で解決だ。実際、国民は誰が王になろうがどうでもいいんだよ、自分たちを豊かにしてくれればね」

「……」

「どれだけ愛していても、信頼が厚くても、金次第で全てが覆る。

 友情や愛なんて薄っぺらいものより、現実的な金の方をとるに決まってるじゃないか。金はこの世の全てだよ。金がない王に生きる価値なんてない。ただの木偶(デク)だ」


 ドゥリン氏族に生まれた子供は名前と同時に商会を与えられる。

 氏族の息がかかっているとは悟らせない、子供を育成するためだけに作る組織だ。

 そこで人の感情の機微や商会の運営スキル、商人として生きる全てを学び、

 数々の裏切りを経験した上で、自力で一人前に成り上がるのだ。

 その中には、暗殺される者もいる。


 命を懸けて作り上げた強固な価値観は、誰にも揺るがせない。


「私は全てを見てきた」


 金で裏切る者、金で寝返る者、金で人を愛する者、金で人を売る者、

 人であろうと獣人であろうと同じだ。金さえ渡せば世の中の出来事は殆ど解決する。

 稀にそれに従わない頭の狂った連中もいるが、あくまで少数派だ。


「だからさ。馬鹿な兄貴なんかに煩わされたくないんだ。

 君がそれを解決してくれるならオズワンの助けになろうがどうでもいい。

 何度も言うけど、私が勝つことは決まっているからね。君に近付いたのだって、金になるかなと思ったんだ」


 七聖将のジークと繋がれば、多大な利益になる。

 七聖将の繋がりを辿れば『地平線の鍛冶師(マスター・スミス)』の手を借りられるかもしれないし、

 奇跡の英雄との繋がりは彼の財力に人間たちとの和解という未来(可能性)を見せる。

 何の力もなく、後ろ盾もないオズワンの背後にジークがつくのとは訳が違う。


「ーーそれであなたは僕に近付いてきたんですか」

「うん。直接見たかったからね。奇跡の英雄がどんな人物か知りたかったんだ」

「……へぇ」

「けど、どうやら嫌われたみたいだね?」

「そうですね。僕はあなたのことが嫌いです。すごいです。

 なかなか居ないですよ。出会ってすぐにここまで自分を嫌いにさせる人は」


 ジークは皮肉を言う一方、感情に流されず、冷静に思考してもいた。


 ーー彼の狙いは何だろう。


 自分から同盟を結びにきたくせに、自分を嫌わせるような発言をするのはなぜだ?

 あれは彼の素顔なのか、それとも演技なのか?

 狙いに乗ったふりをして踊らされてやれば、尻尾を出すだろうか。


 別に彼が金を好きであろうがなかろうが死ぬほどどうでもいいし、正直勝手にしろという感じだが……目的が分からない限り、下手に動けない。


(うーん、ダメだ……やっぱり僕にこういう化かし合いは向いてないな……)


 ヤタロウやオリヴィアに負けじと頑張ってみたが、無理なものは無理なようだ。

 ジークは腹の探り合いを諦めた。

 自分に出来ない事は仲間に頼るとしよう。


「お帰りください。僕はあなたの味方にはなりません」

「同盟を結んでくれればオズワンを支援すると言っても?」

「オズは誰の手も借りずに王になる。あなたの手助けなんて要らないでしょう」


 さようなら。そう呟いて、ジークは第二王子に背を向ける。

 トニトルス小隊の面々も王子に嫌悪の眼差しを注ぎながら、ジークに従った。


「会えてよかったよ、英雄殿! やはり私の目に狂いはなかった。

 君は必ず手助けしてくれるはずさ! 『継承の儀』でまた会おう!」



 ◆




「ごめんね、カレン。お義兄さんだったんでしょ」

「いえ、あの道楽者の守銭奴を兄と思ったことは一度もありませんわ」


 荒野を歩きながら、カレンは微笑んだ。

 ジークは首をかしげて、


「やっぱりあれは素なの? 何が目的か分からなかったよ」

「ああいう手合いの言う事は、気にしない方がいいでござるよ」


 ヤタロウはため息を吐きながら言った。


「おそらく彼はジーク殿に第一王子の始末をさせたかったのでしょう。

 出来るだけ手を汚さず、不確定要素は排除して望みたいといったところでしょうか。

 それに……先ほどは言いませんでしたが、第二王子にも黒い噂はたくさんあります」

「なるほど、さすがは参謀殿ですわ。同類の事は分かるという事ですわね?」

「頼むからアレと一緒にするのはやめてもらえるでござるかっ?」


 ヤタロウは心の底から嫌そうな顔をした。

 一同がどっと笑い、落ち着いたタイミングでジークは切り出す。


「冗談はさておき、これからどうするかだけど」

「……お兄ちゃん、やっぱり気になるんだ?」

「まぁ、闇の神々って言われたらね……もしかしたら父さんがいるかもだし」

「さすがに南方大陸まで『孤高の暴虐(ベルセルク)』がやってくることは……なくもないのか?」


 一度会っただけのオリヴィアでも首をかしげる。

 ルプス・トニトルスならやってくるかもと思わせる恐ろしさがあるのだ。

 そんなジークの言い分を、悪魔の妹は見透かしたように肩を竦めて、


()()()()()、お兄ちゃん。(てい)のいい言い訳が出来て」


 ギクッ!とジークは肩を跳ねた。

 見れば、小悪魔な妹は嗜虐的(サディスティック)に口元を歪めながら、


「本当は力になりたいのにあの馬鹿が意地を張るせいで手出しできない。

 けれど本当は自分にも力になれる事があるんじゃないか……そんな風に考えてて……」


 ギクギクッ!


「だからあの守銭奴の言葉で言い訳が見つかってラッキー♪

 それを口実にしてあの馬鹿を助けてあげたい……そんな顔してるよ?」

「どんな顔だよ!?」


 全部当たってるけど!

 一言一句間違いはないけども!


「……大将、じゃあやっぱり」


 ニヤりと笑ったギルダーンにジークは頭を掻いた。


「うん……やっぱり、例えオズが望んでいなくても、助けたいかな。

 別に、オズの前に姿を現さなくても、出来る事はあるでしょ。たぶん」

「おいおい大将、どうせハナから何か言い訳見つけようって決めてたんだろ」


 ロレンツォは諦め交じりでそう言った。

 おかしい。付き合いが短いはずなのになんでそう見透かされるのか。

 引きつった笑みを見せるジークに対し、小隊一同は顔を見合わせて声をそろえた。


「「「「大将の顔に書いてある」」」」

「んぐぅ……」


 ぐぅの音は出てしまったが、返す言葉もない。

 生暖かい視線を受け、ジークはつい、と目を逸らした。


「……いいじゃん、別に。影ながら助けてもさ。

 例え僕たちの所に戻ってこなくても……助けたいよ。友達だもん」

「うふふ。えぇ、そんなあなただからこそ、アタシたちはついていくのよ」


 クラリスが分かったような顔で言った。

 見れば、彼を含むトニトルス小隊の面々は、皆が納得した顔をしている。


「手伝ってくれるの?」

「当たり前だろ! 俺たちゃ大将の部下だぜ?」

「ま、観光してていいっていうなら喜んでするけど?」

「あんた、まだ追われたりないのかい……おいていくよ?」

「男同士の友情!熱い、熱いです! 色々とはかどりますぅ!」


 腐り切った目をしたファナにルージュは首をかしげて、


「何がはかどるの? どういうこと?」

「ふふ。ルージュ様、何も知らないんですねぇ」

「む。だから何がって聞いてるじゃん」

「えへへ。色々と教え込んであげます……沼に引きずり下ろしますよ……ふふふふ」


 黒い笑みを浮かべるファナに周りの目は呆れ顔だ。

 オリヴィアやカレンは慌てた様子でルージュの耳を塞ぎにかかる。

 気の抜けるやり取りにジークは思わず噴きだした。


「ははっ、君たち、本当に物好きだね。これは本来の戦いとは関係ないのに」

「ま、大将の部下だからなぁ」


 ヤタロウがうんうんと頷いた。


「然り。拙者らを選んだのはジーク殿でござる」

「んー。それを言われちゃ立つ瀬がない。じゃあ行こうか」


 ジークは手を掲げ、南の空を指差した。


「まずは第二王子の言葉の真偽を確かめる。

 目指すはラークエスタ様の神殿、みんなでオズワンを助けよう!」

『応ッ!』



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― 新着の感想 ―
[一言] この団結感!好き!大好き!ジークが上司なのに小隊のみんなが敬語使ってないところとか、仲良さそうでいい!! ······失礼しました。とにかく小隊のみんな仲良さそうなのが好きですわ。 次回…
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