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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
162/231

第十二話 月下の決別

 

 ーー南方大陸、西部。


 ーー獣王国パルメギア、王宮。


 かつ、かつ、と精緻な石造りの廊下を男が歩いている。

 勇壮に尾を振る男が一歩歩くと、侍従たちは壁際に控えてお辞儀をしつつ、通りすぎてからこそこそと囁きを交わした。


「第四王子様よ。本当に生きていらしたのね」

「顔つきが変わったわ。あんなに弱々しかったのに漢らしくなって……」

「今まで一体どこで何をしていたのかしら。どうして今になって……」


 ギロリ、と男が睨むと、侍従たちは竦んだように下がっていく。

 不機嫌そうに鼻を鳴らした男は古巣の廊下を踏みしめた。


「相変わらず胸糞悪い場所だな、ここは……」

「そう言わないでください。オズワン坊ちゃま。あなたの家ですよ」


 男ーーオズワンの横でそう言ったのは、犬頭の獣人であった。

 黒と白の毛並みが美しい、シベリアン氏族のイラだ。

 一年ぶりに再会した幼馴染を、オズワンはしげしげと眺めた。


「小うるさい所は変わらねぇな。イラ」

「坊ちゃまは変わりましたね。たくましくなられました」

「そうかよ?」

「そうですよ。野菜を残した時にお姉様に叱られて泣きついてきたのが懐かしいです」

「今すぐ忘れろコラ」


 無理です、とイラは笑った。


 ーーやりづらい、とオズワンは思う。


 一年前、自分は獣王国を抜けるために彼らを騙したのだ。

 その時の事を後悔したことはないし、アレは必要なことだったと分かっている。

 それでも、王宮の中で唯一味方と言えるのが彼と彼の父だった。

 そんな彼らを騙したことは、義理を大事とするオズワンの中で棘のように刺さっている。


「しかし、戻って来たという事は覚悟を決めたのですね?」

「……まぁな」

「父上も喜んでいますよ。もちろん私もね。あなたは王に相応しいお方だ」

「……テメェらは姉貴の力が欲しいだけだろ」

「カレンの巫女としての価値は確かに高い。ですが、それだけではありません。

 忘れたのですか。私はあなた(・・・)にお仕えしているのです。他の誰でもないあなたに」


 イラの真剣な眼差しが突き刺さり、オズワンは足を止める。

 幼馴染であり幼いころから自分に仕える家臣は絶対の信頼を以て言った。


「カレンを逃がした事は他の王族にとって罪かもしれない。ですが、あなたは国に帰って早々に孤児院へ足を運び、数少ない食べ物を与え『負けんじゃねぇぞ』と貧民を励まして回った。魔獣被害に困っている農家のために拳を振るい、対策を立てさせた。他の王子の誰もが自分の事にしか目を向けないなか、貧民に心を配れるのはあなただけです。そんなあなただから、私達は命を懸けられるのです」


 ですから、とイラは続けて、


「いい加減、肩の力を抜いて下さい。ここでは私があなたを守りますから」

「……別に、おれは」

「おやぁ? 何やらションベンのような匂いがするぞぉ?」


 前方から歩いてきた男が、嘲りの笑みを浮かべて近づいてきた。

 全身を華美な金色に飾り立た獅子顔の獣人は、ハイエナのごとき狡猾な笑みを浮かべる。後ろにいる五人の従士がこちらを見てクスクスと笑っていた。


「誰かと思えば出来損ないの『弱虫王子』じゃないか。どうりで臭うと思ったよ」

「……よぉザルキス。元気そうだな」

「元気? あぁ、元気だとも。どこかの誰かが継承の儀を放り出してくれたおかげで、こちらは一年間も待たされていたんだ。元気が有り余って仕方がない、よっ!」

「……っ」


 言いながら、ザルキスはオズワンの腹に拳を振りかぶった。

 突き抜けるような衝撃に襲われ、オズワンは「ぐっ」と息を詰まらせる。


「殿下ッ!……ザルキス様、第一王子といえどやっていい事と悪い事がありますぞ!」

「悪い? 何が悪いというのだ?」


 心底不思議そうに、ザルキスは首を傾げた。


「こいつは私のサンドバックだ。追放された負け犬の末裔をどうしようと構うまい?」

「この……っ!」

「イラ、やめろ」

「殿下ッ、しかし、このままでは……!」

「良いって言ってんだろ。くだらねぇ」


 オズワンの余裕に、ザルキスはさらに挑発を続ける。


「なんだ、やり返す勇気がない所は相変わらずか? 初代獣王の末裔が聞いて呆れる!

 貴様の母も楽園で嘆いているだろうよ。このような弱い男を生んでしまったことをな!」

「……」


 何も言い返さないオズワンの隣で、イラは血が出るほど唇を噛みしめた。


(やり返す勇気がない? 確かに、幼き頃はそうだった……。でも、今は違う。断じて違う。この方は、姉を守ろうとしているだけだ。自分がやり返せば姉の立場を悪くするから……!)


 獣王国の王族にとって、カレンは王の後ろ盾になるための強力な駒でしかない。

 もしもオズワンがやり返して禍根を残せば、万が一王になれなかったとき、カレンは地獄を見るだろう。何度も嫌がらせを受け、馬鹿にされ続けて何も言い返さなかったのは、オズワンが臆病だからではない。


(第一王子ザルキス・ハルマーン。初代を追放した二代目の末裔。

 親人類派である坊ちゃまの天敵とはいえ……その態度は許せん)


 今や強力な王候補となったオズワンを前にあまりに無礼すぎる。

 一歩足を踏み出したイラに対し、しかし、オズワンは腕を上げて制した。


「殿下……?」


 オズワンは強気で笑い、ザルキスに向き直る。


「テメェに振る拳なんてねェよ、クソ野郎(・・・・)

『な……!?』


 その場にいた誰もが驚愕に目を見開いた。

 一年前、他の王子に対し常に一歩引いた姿勢でいたオズワンが強気な態度だ。

 国から逃げる前とは別人に見えるほど、彼の瞳は覚悟で満ちている。


「テメェなんか殴ったら拳が腐っちまうだろうが。

 ……そうか。()()()()()()()()()()()。ゴミ溜めの中で越え太ったゴミの匂いだ」

「貴様……!」


 一気に沸点を超え、拳を振るったザルキスだが、


「二度は言わねぇぞクソ野郎」


 オズワンは子供をあしらかのように軽々と拳を受け止めた。

 慌てて引こうとするザルキスだが、義弟に握られた拳はビクともしない。


(動けん……! なんだこの力は……!)


「これ以上おれにちょっかいかけて見ろ。継承の儀が終わったらぶち殺してやる」

「……っ! そのような態度で、貴様の姉がどうなるかと……!」

「ハッ! それこそ無用な心配ってやつだぜ。今の姉貴は誰にも捕まらねぇ。

 おれの憧れた、世界で一番強い男が守ってっからな。もう何の心配もいらねぇよ」


 だから、


「いい加減失せろ、雑魚。目障りだ(・・・・)

「……っ、いい気になるなよ、愚物が!」


 ぱ、と拳を離すと、蒼く鬱血した拳をさすりながらザルキスは下がった。


「王となるのは二代目の末裔であるこの私だ! 私こそが高貴な血統なのだ。

 貴様のような卑しい負け犬の血に、獣王が務まると思うな!」


 そんな捨て台詞を吐いて、ザルキスは去って行った。

 腫れ物に触るような態度でついていく大勢の従士たち。

 こちらに見向きもしない彼らの背を見送って、オズワンはイラを見る。


「あんなゴミがうろついてんだ。肩の力を抜くのは無理だろ」

「……」

「おい?」

「……坊ちゃま」


 俯いていたイラが、ゆらりと顔を上げた。

 ぶわ、と涙が噴き出す。


「は!?」

「このイラ……感服いたしました! 第一王子にあそこまで言える態度……!

 逃亡前とは別人ではありませんか! ますます王の器に磨きがかかっております!」

「いや、お前な……」

「一生お仕えします! あぁ、この成長をカメラとやらでおさめられたら……!」

「………………ハァ、好きにしろ、もう行くぞ」

「ぁ、お待ちください殿下、殿下ーー!?」


 臣下を置き去りにして、オズワンはすたすたと自室へ急ぐのだった。



 ◆



 月下、獣王国の街を荒々しい風が駆け抜けていく。

 王宮から見下ろす街並みは華やかなようでいて、どこか影を孕んでいた。幸いにも声は聞こえないが、人々が王家の陰口を囁いているのをオズワンは知っている。


 玉座が空白になってしばらく経つ。

 宰相がどうにか持たしてはいるが、日に日に民の不満は募るばかりだ。

 最近では兵士に対する暴行を働いたものも居て、どこもかしこもピリピリしている。

 治安維持のという名目で大勢の兵士たちが歩き回っているが……。


 実際の役割は国を案じているわけではなく、ただの捜索隊だ。


「……姉ちゃんは上手く逃げてるようだな。ま、それも当然だが」


 オズワンは生まれてからこの方、一度も姉に勝てたことがない。

 特にかくれんぼをした時には、一日歩き回っても姉を見つけられなかった。

 自分が隠れた時には一瞬で見つけられてしまったのに、この差は何だというのか。

 そんな見当違いの不満を孕ませながら、オズワンは息をつく。


「……」


 背後、扉を隔てた廊下に二人の従士が佇む気配がある。

 警備のためという名目だが、二度と自分が逃げ出さないようにするためだろう。

 以前に用いた手もイラが居る以上使えないし、二度と出て行くことは出来ない。


 オズワンは昼間に出会った仲間の事を思い出し、嘆息する。


 ーーもしかしたら、こうなるかもしれないとは思っていた。


 それでも獣王国に帰ってきたのは、姉の言う通り過去と決着をつけたいから。

 ジークがおのれの過去と向き合い、成長し、父と対決したように、

 自分もまた初代の血を引いて生まれた宿命と向き合わねばならない。


「……これで良かったんだ」


 酷いことを言った自覚はある。

 けれど、それでも、彼を巻き込むわけにはいかなかった。

 何よりも、自分が彼を拒絶すればジークはカレンの捜索に向かうだろう。

 そうすれば姉は誰よりも安全だ。

 自分としても、これ以上カレンの事を考えている余裕はない。


「なぁジーク。だからこそ、おれは……」

「ん、呼んだ?」

「!?!?!?!?!?!?」


 ビクビク、と飛び上がったオズワンは咄嗟に背後へ飛び退いた。

 飛び出しそうだった心臓を抑えながら前を見る。

 先ほどまで自分が居た場所の隣。バルコニーの手すりに男が腰かけている。


 もはや見慣れた、人よりも長い耳。

 紅色の瞳を持つ少年は不満そうに言った。


「いや、そんなに驚かなくても……」

「てめ、ジーク……!」


 大声をあげそうになって、オズワンは慌てて口を塞いだ。

 背後を気にしつつ、ジークの方へ近づいて、


「テメェな、いきなり隣に現れるなよ。心臓に悪いだろうがっ!

 べべべべべ、別に怖かったとかじゃねぇからな!? ほんとだかんな!?」

「うんうん、分かってる分かってる」

「絶対分かってねぇだろ!?」

「いやぁ。だって、昼間は知らない人扱いされたんだし?」


 ジークは意地が悪そうな笑みを浮かべた。


「ちょっとした仕返しだよ。気に入ってくれた?」

「……悪かったよ。もう勘弁してくれ」

「うん。許してあげよう」


 わざと偉そうに胸を張ったジークにオズワンは目を丸くする。

 同い年の友の変わらぬ態度に、ぐっと胸を突かれた。

 ーーけど、おれは……。


 オズワンは声を低くして問う。


「何しに来た」

「君を迎えに」

「悪いが、おれは帰れなくなった。だから帰れ。そんで二度と来んな。

 姉貴を連れて……監獄島にいっちまえ。獣王国の手が届かない……遠いところに」

「……そういうと思ったよ。カレンから話は聞いていたしね」


 ジークは仕方なさそうな笑みを浮かべた。

 再会して拒絶されてから初めて見た、オズワンの素顔。

 姉をしがらみから解放するために命を懸ける男に、自分が聞きたいことは一つだ。


「オズ、君は本当にそれでいいの?」


 問いに、オズワンは唇を噛み締めた。

 頭が熱くなる。口の中が乾いているのを自覚した。


「……やめろ。何も言うな」

「王になるために戦う。戦って、戦い続けて……それが君のやりたいことなの?」

「やめろって言ってんだろ」

「知りたいんだ。君が本当にそれでいいなら、何も言わない。けど、違うなら……」

「やめろって言ってんだろうがっ!!」


 咆哮のような叫びが響き渡った。

 夜空に吸い込まれた大声に、部屋を警備していた者達が騒ぎ始める。


「殿下、どうかなさいましたか!?」

「まさか侵入者!?」


 オズワンはハッと顔を上げ、首を横に振る。


「少しむしゃくしゃしてただけだ。開けんなよ。今、鱗を剥がしてるとこだからな」

「は……なら、よろしいのですが」


 警備たちは渋々了承したが、一人が駆け去って行く気配がした。

 恐らくイラに報告をしに行っている。すぐに彼が飛んでくるだろう。

 オズワンは親友に向き直り、吐き捨てるように言った。


「テメェが分かったようなクチ聞くんじゃねぇよ、ジーク。

 おれはな、望んでここに居るんだ。あぁそうだよ、王になりたいんだ。おれは」


 だからそれ以上、何も喋らないでくれ。

 お前と一緒に居ると、楽しかったレギオンでの日々を思い出すから。

 王族の責務も何もかもを放り出して、ついていきたくなってしまうから。


 けれど。

 その暖かい居場所に浸ってしまえば、自分は一生このままだ。

 だからーーその輝きで、おれを照らさないでくれ。


「もう、決めたんだよ」


 例え一人でも、戦うと決めたのだ。

 姉を守り、民を守り、一族の無念を晴らし、王として意地を貫き通すと。

 そして、来たるべき時に、必ず……。


「--それは、貴様の本心なのか?」

「……!」


 ジークの横から女が現れた。

 空気のヴェールを脱ぐように現れた女に、オズワンは犬歯を剥きだしにする。


「んだよ。わざわざ乳を揉まれに来たのか、ブリュンゲル?」

「ふざけていないで質問に応えろ。それが貴様の本心なのか?」


 オリヴィア・ブリュンゲルの真摯な眼差しが突き刺さる。

 見惚れてしまいそうな美しい女の言葉に、オズワンは平常心を保って答えた。


「あぁ、そうだよ。それがおれのやりたいことだ」

「…………そうか」


 オリヴィアは細い息を吐きだし、


「強いんだな、貴様は」

「……!」

「例え肉親のためといえど、そこまで出来る男はそうはいない。

 ずっと軽薄な男だと思っていたが……正直、見直した。貴様は信念を持つ丈夫(ますらお)だ」


 オズワンの決意が固いことは誰が見ても明らか。

 だからこれは、別れの言葉だ。


「……決闘の約束も、果たせそうにないな」

「…………ハッ。負けなくてよかったな。戦っていたらおれが勝ってた」

「いいや、私が勝っていた」

「おれだ」

「私だ」


 言っていることは険悪なのに、なぜか二人の世界が出来ている。

 置いてけぼりにされたジークは自分とリリアはこんな感じなのだろうか……と首を傾げた。


「ま、そうだね。お兄ちゃんとお姉ちゃんもこんな感じだよ」

「む」

「……ルージュ、テメェも来てたのか」


 ぬぅ、影から現れた少女に、オズワンはもはや驚かない。

 常に兄を慕う彼女の事だ。この会話もずっと聞いていたのだろう。


「テメェもおれを止めんのか?」

「別に? あたしはあんたが居なくなろうがどうでもいいし……」


 ルージュは悪態をつきかけて、やめる。

 目を逸らして、ぽつりと呟いた。


「ごめん、嘘。ちょっとだけ寂しい」

「……」

「でも、あんたが決めたならいいんじゃないって思うよ。

 王様がどうとか歴史がどうとか知らないけど、あんたの気持ちは分かるから」


 きっと彼のそれは、自分がジークに対して思う事と同じだろう。

 だからルージュはオズワンの決断を尊重しようと思っている。


 それでも(・・・・)


「らしくないな、とは思うよ」

「……」

「あんたはもっと強気で、馬鹿で、まっすぐで……。

 姉の気持ちも自分の気持ちも、どっちも選んじゃうような、愚か者(あたしと同類)だと思ってた」

「……おれはおれ、お前はお前。それだけのことだろ」


 オズワンとルージュの会話はそれで終わった。

 それだけで、お互いに伝えるべきことを終えたとでもいうように。

 おのれの言葉が届かないことを理解したジークは、全てを呑みこんだ。


「……分かった。じゃあ帰るね」

「おう」

「……カレンは任せて。君の言う通り、彼女だけ連れていくよ」

「そうしろ。じゃあな」

「うん」


 さようなら。と呟き、ジークは雷を纏って姿を消した。

 ルージュは影に沈み、オリヴィアはため息を吐きながら風を纏って消える。

 ちょうどその時、扉をノックする音が響いた。


「坊っちゃま、少しよろしいでしょうか?」

「……イラか。入れよ」

「失礼いたします」


 忠実な従僕は部屋に入るなり、さっと視線を巡らせる。

 オズワンが暴れた形跡もなければ、今、誰かと話しているわけでもない。

 彼の主はただ一人、バルコニーで夜風を浴びている。


 しかし、シベリアン氏族の鼻は誤魔化せなかった。


「誰かいたのですね?」

「……おう」

「それは……『奇跡の英雄』ジーク・トニトルスですか?」


 オズワンは目を見開いた。

 イラはため息をついて、


「やはりそうですか」

「……」

「今朝、国境警備隊の方から連絡がありました。

 ジーク・トニトルスが獣王国にやって来たと……そして噂になっている彼の仲間の獣人、これは坊っちゃまとカレンですね?」

「だったら何だ」

「……いえ。少し、安心しました」

「安心だぁ?」

「てっきり、また居なくなるやもと思っておりましたから」


 縋るような笑みを浮かべられ、オズワンは虚を突かれた。

 常に自分を守ると豪語する彼には似つかわしくない、弱々しい笑みだ。


「……もう、置いて行かれたくないのです。あなた様に忠誠を誓ったのに……

 また、お守りできない所に行かれるのが嫌なのです。だから、私は、」

「心配しなくても、もう逃げねぇよ」


 ジークの手を拒絶した以上、オズワンの選択肢は一つしかない。

 継承の儀を勝ち抜き、他の王位継承者を倒し、獣王国の王となる。

 それが、それこそが、オズワンが選んだ過去との決着のつけ方だから。


「おれはもう、昔のおれじゃねぇ」




 ◆



 砂漠の熱風がパルメギアの荒野に立ち込めている。

 その場にいるだけで汗が噴き出してきそうな熱波の中、暑苦しい声が響いた。


「おい大将よぉ~。たった一日で観光なしってそりゃあねぇじゃんかよぉ~」

「黙ってろロレンツォ。テメェのせいでどんな目に遭ったのか忘れたのかよ」

「そりゃあそうだけどよ、ギル。テメェだって娼館行きたかっただろ?」

「テメェと一緒にすんな」


 呆れるギルダーンと、冷たい視線を送る女性陣たち。

 気遣わしげな声がジークの背中にかかった。


「あ、あのぅ。ジーク大将様、よかったんでしょうか……?」

「なにが?」

「そ、そのぅ。大将様は、オズワン王子とお友達だったんですよね……? 

 その、助けたり、とか……しなくてもいいのかなぁって、思いまして……」

「あの大馬鹿が拒絶したんだからしょうがないじゃん。何言ってんのファナ」


 フン、と不機嫌そうに鼻を鳴らしたルージュ。

 そんな彼女の肩に手を置いたのは、仕方のなさそうな顔をしたカレンだ。


「ルージュ様、愚弟を気遣ってくださってありがとうございます」

「別に、あたしは……そんなんじゃないもん」

「ファナ様も、ありがとうございます。ですがお気遣いは無用です。

 男が一度戦いを決めた以上、アレを止めるのは野暮というものでしょう」


 ヤタロウが確認するように問う。


「……カレン殿。あなたはそれでいいのですか?」

「はい。今のわたくしは、オズワンの足手まといでしかありませんから」


 王族専用の避難通路から外に出る道を選んで数時間。

 カレンの顔はずっと晴れない。ここではないどこかを思うような、そんな表情だ。

 ジークは仲間の決意を思い出し、後方、崖に沿って聳え立つティティリスの街を見やる。


「オズ……」


 昨夜の友の言葉を思い出す。


『おれはな、望んでここに居るんだ。あぁそうだよ、王になりたいんだ。おれは』


 ーーきっと全てが本心で、全てが強がりだ。


 オズワン・バルボッサは他人に弱みを見せたがらない。

 常にカッコイイ漢であることを自分に課し、誰かに頼る事を知らない。

 それは彼の強みであり、どうしようもない呪いだ。


 ならば、自分は……


「お、居た居た! 待て。待ってくれ、そこのお方!」

「?」


 突然、背後からラクダが駆けてきた。

 逆光がラクダを照らし出し、その上に乗った人間の姿は見えない。

 警戒心を丸出しにしたファーガソン兄弟が立ち塞がる。


「止まれ。なにもんだ」

「止まれ。それ以上進めば殺すぞ」

「いやいやいや! 違うんだ、そこの人に用があるんだ。決して敵意はない。ほら、武器は持っていないだろう? だから彼らを引かせてくれないか、奇跡の英雄殿(・・・・・・)

「!!」


 フードの中身を知っている謎の人物にトニトルス小隊の緊張が一気に高まった。

 いつでも攻撃できるように準備する彼らをジークは手で制する。


「皆、下がれ」

「大将、でも」

「オットー、いい。ありがとう」


 ファーガソン兄弟は渋々といった様子で引き下がった。

 横に並んだトニトルス小隊の中央を、人を乗せたラクダはゆっくりと歩いてくる。


「いやぁ、間に合った。間に合わなかったらどうしようかと思った」

「……あなたは?」

「よっと」


 ラクダから飛び降りたのは細身の獣人だった。

 鴉にも似た鳥頭。肩からは小さな翼が生えている。

 豪華な衣装を身に纏う男は、彼の身分がそれなり以上であることを示している。


「あなたは……!」


 カレンが驚きに目を見開き、


「やぁカレン。久しぶり。元気にしてたかい?」

「……元気? 皮肉で言っているならひねり潰しますわ」

「あはは。そうか、そうだね。でも、元気そうでよかったよ」


 ニコニコ、ニコニコ、と男は常に笑みを絶やさない。

 カレンの知り合いであるという事は、彼は……。


「おっと。まずは自己紹介しようか。私の名前はエラム・ドゥリン。

 獣王国王位継承権第二位を持つ第二王子にしてドゥリン商会を束ねる会頭だ」

「第二王子……!」

「そう。単刀直入にいおう。ジーク・トニトルス殿」


 エラムは笑顔で言った。


「私と手を組まないか?」


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― 新着の感想 ―
[一言] おぅおぅおぅやっぱかっこいいぜオズ〜。それに、ルージュがオズに少しだけデレたのちょっと驚きました。あと絶対オリヴィアさんオズに気がありますよね?とっととくっついてもらいたいものです。 次…
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