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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
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第十話 血に濡れた再会

 

「オズが王子って……」


 カレンが「国でごたごたしているかも」と言っていたから、何かあるとは考えていた。

 実は国で何かをやらかしたとか、オズやカレンが居ることで都合が悪くなるとか。

 あるいは竜人が獣人の中で差別対象なのかもと勘ぐりもしたが……。


(まさか王子だなんて……)


 いけないと分かっていても、こらえきれない衝動が沸いて出てくる。

 それは妹の方も同じだったらしく、ルージュは腹を抱えて俯いていた。

 やがて二人は、堰を切ったように、


「「ぶふッ……オズが、王子……!」」


 同時に噴き出し、笑いこける兄妹である。

 オズワンは相変わらず無表情だが、額に青筋が浮かんでいるのは分かる。

「何がおかしいんだテメェ!」と真っ赤な顔で掴みかかりそうだ。


「ちょ、ちょ、ジーク様、ルージュ様!? 笑うのはまずいですって……!」

「いやだって、あのオズだよ? 街の裏で手下を従えてるって言われた方が納得するよ」

「だよね。この馬鹿、間違っても王子だけはないよ」

「だが、頷ける点があるのも事実だ。オズワンではなくカレンの方にだがな」


 知り合いの中でオリヴィアだけが笑っていなかった。

 柳眉を寄せた彼女は顎に手を当てて、


「カレンの上品な喋り方、また、気品ある佇まい。

 アレは相応の教育を受けてきた者が持つものだ。平民ではあのような仕草は出来まい。ましてや、中央大陸では被差別民である獣人はまともな教育も受けられていないだろう」

「んー。確かにカレンが王女って言うのは納得できるかも……」


 ぴく、とオズワンが眉を動かしたのをジークは見逃さなかった。

 その視線はジークやルージュよりも、どちらかというとオリヴィアに向いている。

 どうしてここに、とその目が語っていた。少し胸の方を見ているのは気のせいではない。


(……やっぱりオズだ。間違いない)


 顔が似た別人ではない。本物だ。

 しかし、それならなぜ自分を知らない男だというのか……。


「ねぇオズ、どうして?」

「この下郎、控えろと行っている。フードを取って平伏せよ!」

「僕は今オズと喋ってるんだけど……」


 なぜオズワンが自分の迎えを受け入れないのか。

 何か国に帰れない事情があるのか。そのあたりを知らなければ帰れない。

 だからジークは引かず、オズワンの目をじっと見つめた。


「オズ」

「うるせぇ」

「僕たち、友達じゃん」


 一瞬、オズワンが泣きそうな顔になった。

 けれど彼はすぐに澄まし顔を取り戻し、目が据わる。

 それは戦いを決めた者の目であり、覚悟を決めた漢の目だった。


「おれはお前なんて知らねぇ。いいから帰れ。じゃねぇと……」


 オズワンが手を掲げると、従士の二人が殺気立った。

 今にも襲い掛かってきそうな彼らに、トニトルス小隊の面々も険しい顔になる。

 だがーー


「うひょー! 姉ちゃん、俺と一杯飲みに行かねぇ? 楽しくおしゃべりしようぜ!」

「触らないでください。不潔です」

「手は洗うから大丈夫だ。なぁそれよりさー」

「喋らないでください。セクハラですよ」

「喋るだけで!?」


 監獄島(アルカトラズ)一のお調子者、ロレンツォ・ストラウドはめげない。

 ジークが止める間もなく、彼は猫耳の女性の尻尾に手を伸ばし、


「なぁいいじゃん。姉ちゃんめちゃくちゃ可愛いからさ、ちょっとくらいーー」

「し、尻尾を触ろうとするなんて何を考えているんですか、変態!」

「うご!?」


 猫獣人の鉄拳が、ロレンツォの頬に炸裂する。

 吹き飛ばされた彼は思わぬ力にきりもみ打って地面を転がり……。


『ぁ』


 フードが、取れた。

 少し日に焼けた肌、尻尾や角が生えていない身体。

 獣人の国で、獣の特徴のない男が姿を見せればどうなるか。


「「「人間!?」」」


 答えはつんざくような悲鳴とありったけの憎悪だ。

 二割の者は我先にと逃げ、残りの八割は武器を取った。

 包丁を、石ころを、鋏を手に取り、彼らは瞳に憎悪を滾らせる。


「なぜ人間がここに……」

「ここは私たちの国なのに」

「征服しに来たのか。こんな所までやって来たのか、俺たちを殺しに!」


 騒ぎを見かねた兵士たちが軍靴の音を響かせて集まってくる。

 オズワンの姿はいつの間にか消えていて、ジークは奥歯を噛みしめた。


(まずい。このままじゃ……)

「その人間を捕えろーーーーー!」

「逃げるよ。みんなっ!!」


 ジークはロレンツォの身体を引っ掴み、逃走を選択する。

 俵のように肩に担ぎ上げると、民衆たちを押しのけて路地裏へ逃げ込んだ。


「人間を庇って逃げたぞ! あのフードの奴ら、人間だっ!」

「追え! 捕まえろ! 獣人の脚力舐めんなぁっ!」


 民衆たちの言葉通り、獣人の脚力は伊達ではない。

 陽力がない代わりに膂力を手に入れた彼らの力は、人間の力を遥かに凌駕する。


「ひいいい!?」


 一番後ろにいたファナの背中に獣人の手がかかり、


「《風よ(ヴェン)》、《押し流せ(プルス)》、『風圧(ヴェニクルス)』!」

「うぉ!?」


 オリヴィアの突風が、獣人たちの身体を押し流した。

 その隙にファナを抱え上げたエマが一目散に逃げていく。

 あてどなく走りながら、トニトルス小隊の面々は事態の元凶に叫んでいた。


「ロレンツォ、この馬鹿が! 監獄島(豚箱)にぶち込まれても性根は直らねぇのか!?」

「ほんとあんたってやつは…! 大将に迷惑かけんじゃないよ!」

「あんたみたいな変態が女にモテるわけないじゃん馬鹿なの死ぬの殺すよ?」

「ロレンツォ。アタシ、言ってくれたらいつでも相手してあげたのに~。今からスる?」

「全く度し難い生き物だ。男というものは……!」

「これと一括りにされるのは同じ男として遺憾でござるな……」


 仲間たちの散々な言葉を受けても、ロレンツォはめげない。


「悪いと思ってる……でも、でもな、例え危険だと分かっていても!

 男には!やらなきゃならねぇ時があるんだよ! 俺にとってそれが今だったんだ!」

「ただのナンパをカッコよく飾ろうとするなよ……」


 ロレンツォ・ストラウド。ただのロクでなしである。

 もはやどうしようもないという冷たい眼差しがロレンツォに注がれる。

 女性陣は視線だけで彼を殺しそうだ。頼むから後にしてほしい。


「全く……ほらロレンツォ。仕事だよ。どっちに逃げればいい?」

「……、右だ!」

「根拠は?」

「勘!!」


 清々しくなるような叫びにジークは思わず噴き出した。

 思わず一蹴したくなるが、十年以上監獄島(アルカトラズ)を生き延びてた彼の勘は無視できない。

 加護も機能しているはずだし、今は彼の言葉に従うほかないだろう。


「信じるからね……みんな、遅れないように!」

「「「応!」」」


 右へ、左へ、右へ、左へ、

 迷路のように入り組んだ街の中を走っていく。

 首都フォルティスの天辺からは角笛の音が鳴り響き、獣人たちが騒ぎ始めた。

 薄暗い路地裏を走るジークたちを捕えようと、次から次へと追手が増えていく。


「……しつこいっ」


 彼らを一蹴するのはローソクを吹き消すより簡単だ。

 しかし、ジークが彼らを攻撃してしまえば人と獣人の間に決定的な溝が出来るだろう。何よりこの都で唯一の武器と言える『奇跡の英雄』という立場を捨てることになる。


「あーもう! ほんとにろくでもないことしてくれたよね、この馬鹿!」

「ルージュちゃん、仕方ないわ。ロレンツォだもの」

「この馬鹿を連れてきた時点でこうなることは覚悟しておくべきだったな……」


 ギルダーンとクラリスが達観したように言い、エマが頷いた。

 ファナが「ひいい!?」と悲鳴を上げ、ロレンツォから距離を取ろうとする。

 そんな一行を引き連れるジークは、電子の塊をあちこちに放り投げて罠を張っていた。

 これで少しは後を追う者達を減らせるはずだが、


「ーー居たぞ、こっちだ!」

「……っ」


 入り組んだ街であればあるほど、地の利が働く。

 前の方から集まってきた獣人の一団から背を向け、ジークは十字路の右を選択。

 しかしそちらにも獣人の一団が迫っていて、二回目の十字路を左へ。

 だが、


「行き止まり!?」


 ついにジークたちは逃走経路を塞がれてしまった。

 背後を振り返ると「殺せ!」「人間どもを血祭りにして送り返せ!」などと物騒な言葉が聞こえる。先ほど角笛が響いていたし、恐らく兵士も迫っているはずだ。


(どうする……!)


 戦う以外の選択肢はいくつかある。

 一つ、アルトノヴァで空を飛んで逃げること。

 但しこれをすると、今後獣人の国へ潜入する事が難しくなるはずだ。

 目立たないように離れた場所で降りた意味がなくなる。


 もう一つは全員を気絶させた上でどこかの民家に潜伏すること。

 逃げている最中にも空き家はいくつかあった。

 あそこに逃げ込めば、少なくともすぐにこの旅が終わる事はないだろう。


(ようやく会えたのに……こんな形で別れるのは嫌だよ……!)


 ジークは縋るような目でヤタロウを見る。

 しかし、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。


「時間があればいくつか策はござるが、今からでは準備が」

「だよね……こうなったら僕が姿を見せて説得するしか……!」


 そうジークが決意したその時だった。


 ごぅ、と石擦れの音が響いた。

 振り返れば、そこには。


「ーー皆さん、こちらです!」


 袋小路の壁が動き、フードを被った女性が姿を見せていた。

 見慣れた竜人の尾が揺れ、地面にたたきつけられる。


「おい誰だよ、この姉ちゃん……」

「いいから早く! 時間がありませんわ!」

「……! 行こう、みんな!」


 戸惑うトニトルス小隊の背中を押して、ジークは全員を壁の中に押し込んだ。

 全員が入ったのを見た女性が壁を閉めると、辺りは真っ暗になる。


「うわ、暗い。なんにも見えねぇ……ん? なんか柔らかい感触が……」

「あらぁん。ロレンツォったら。こんなところで始めようって言うの?

 あたしは構わないわよ。ふふ。待っててね、今、服を脱ぐから……」

「だ――!? テメェのケツかよ!? やめろクラリス!」

「お静かに。まだ追ってきています」


 女性の言葉でピタリと静まり返る一行。

 耳を澄ませば、壁の向こうでこちらを見失った獣人たちの声が聞こえていた。


「どこへ行った!?」「あっちだ、あっちに人影が見えたぞ!」

 などと叫んでおり、足音が徐々に遠ざかっていく……。

 フードを被った女性が、魔晶灯に光をともす。


「ふぅ。なんとかなりましたわね。全く、人間くらいで騒がしいったらありませんわ」

「……助けてくれたのはありがたいんだが、お前、なにもんだ……?」

「大丈夫だよ、ギルダーン」


 ジークは微笑み、


「ようやく会えたね。探したんだよ」

「えぇ。ごたごたに巻き込んでしまって申し訳ありません」


 女性がフードを取った。

 さらりとした空色の髪が揺れ、蒼玉の瞳がこちらを捉える。

 頭に生えた雄々しい角とは裏腹に、麗しい仕草でカーテシーをしたその竜人はーー


「「「カレン!」」」

「お久しぶりです。ルージュ様、オリヴィア様、そしてヤタロウ」


最果ての方舟(オルトゥス・アーク)』が一人、『大地の姫』カレン・バルボッサ。

 レギオンを支える竜人の姉は、上品な微笑みを浮かべるのだった。



 ◆



「ひとまずこちらへ。此処ではどこで声が漏れるか分かりません」

「ん。分かった」


 ジークがカレンの後に続くと、トニトルス小隊も続いた。

 大将であるジークが従っている以上、彼らに疑う理由はないのだろう。

 ともあれ、だ。


「カレン、君たち王族だったんだね」

「はい。黙っていて申し訳ありません。どこに耳があるか分かりませんでしたので」

「本当に助かった……が、ここはどこだ? どうして都市の壁にこんな通路が隠されている?」


 オリヴィアの最もな疑問に、カレンは頷いた。


「ここは王族専用の避難通路ですわ。いくつかあるうちの一つですけれど」

「なるほどね……」


 どうりで追ってきた民衆たちが知らなかったはずである。

 誰でも通れるような道なら、ジークたちは今頃捕まっているだろう。

 薄暗い通路の中は石造りの壁で覆われていて、ジークたちは一列になって歩き続けた。

 道中、トニトルス小隊とカレンの間で自己紹介が交わされ、挨拶を終える。

 そしてーー


「ーー着きましたわ」


 曲がり道を何度も案内されること数十分。

 カレンに導かれてやって来たのは、どこかの地下室のようだった。

 エール用の樽がいくつも並んでおり、酒の匂いが鼻腔を刺激する。


『酒だ!!』

「っし。酒なら呑んでも構いませんから、騒がないように」

『うひょー! 恩に着るぜ、姉ちゃん!』


 どれだけ注意してもきかないファーガソン兄弟である。

 腕を見込んで連れてきたが、潜入任務には向かなそうだとジークは苦笑した。


「オットー、グレン」

「なんだ大将!?」

「なんだよ大将兄貴!?」

「少し黙れ」

「「うす」」」


 声色を変えたジークの言葉にファーガソ兄弟は背筋を伸ばした。

 ちびちびと酒を呑む彼らから目を離し、カレンに向き直る。


「ここはどこなの?」

「王宮の地下ですわ」

「お……っ」


 思わぬ場所に言葉を失ってしまうジークである。

 灯台下暗しとでもいうのか、まさか民衆も人間が王宮に居るとは思うまい。

 ともあれ、王族の避難通路なのだから王宮へ繋がっているのはある意味当然かもしれない。


「それで……何がどうなっているの? なんでオズの馬鹿があんなことになってるの?」


 カレンは口惜しそうに俯いた。


「全て説明いたします。わたくしのことも、オズのことも。

 少し長い話になるかもしれませんが……どうか、お聞きください」


 そうして、彼女は語り出した。


Next→9/7 0:00

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告なんですが、獣人の女性の『ここの(←ここ)私たちの国なのに』と、オリヴィアの魔法シーンに誤字がありました。 [一言] オズ、お前はいったいどうしちまったんだよぉ。その事情を早く…
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