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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
159/231

第九話 獣王国、知れ渡る勇名

 

 ーー聖なる地カルナック


 ーー異端討滅機構本部、元老院。


「セルゲン様、ご報告が」

「ーーなに?」


 会議を終えてくつろいでいたセルゲン・ローゼリアの耳に報告が入った。

 顎先まで伸びた白い髭を撫でながら、元老院議長はため息をつく。


「そうか。ジーク・トニトルスが監獄島(アルカトラズ)を……」

「いかがされますか?」

「放っておけ。元より我らには彼をどうこうできる力はない。

 其方らも、最果ての方舟(オルトゥス・アーク)の仲間たちにさえ一蹴されただろう」

「……面目ありません」

「構わん。英雄を権力で縛ろうとすること自体に無理があるのだ。

 下手に手を出して反逆されるより、放置して冥王を倒してくれるなら何も問題はない」


 ヤタロウ・オウカがあちら側についているというならこちらに打つ手はないだろう。元老院と悪魔教団の二重スパイという認識だったが、まさか三重スパイになっているとは思わなかった。しかも、ルージュ・トニトルスまで生存しているとは。


 どうにもあっさりしすぎているとは思ったのだ。

 鮮やかすぎる手際。神算鬼謀とはこのことを言うのだろう。

 念には念を入れて、デオウルスの加護を持つ者を海底に放っていて正解だった。


(ヤタロウ・オウカ……手強い者があちらについたな)


 セルゲンは安楽椅子を揺らし、背もたれに背を預ける。


「この事、貴様以外に知っている者は?」

「は。私と隊長のみです」

「分かった。この情報は儂のところで止めておく。他の者には絶対に伝えるな。……処分されたくなければ、な」

「御意」


 カオナシの一人は恭しく頭を下げ、姿を消した。

 パチパチと爆ぜる暖炉の火を見つめながら、セルゲンは世界を思う。


「……いつから始まったのか……もはやこの流れは誰にも止められぬ。

 あの英雄をもってしても、冥王を止めることは不可能だろう」


 何より優先すべきは人類という種の生存。

 そのために全てを投げ打ってきた男は、諦め交じりに溜息をついた。


「……もはや、誰にも止められぬ」


 繰り返し、男は呟いた。




 ◆




 南方大陸は中央大陸から一万キロ離れた場所にある。

 土壌が豊かで緑が多い中央大陸とは違い、南方大陸は苛酷な場所だ。

 大陸の八割は苛酷な砂漠やジャングルで占められ、人が住んでいる場所は西の極一部。


 夏は猛暑、冬は極寒と、寒暖差の大きい環境に加え、

 内陸部に砂漠地帯が広がっているため、人口のほとんどは沿岸部に集中している。

 終末戦争以来、『試される大地』とまで呼ばれている魔境である。


「--獣王国パルメギアは人類に追われた獣人たちの楽園なのです」


 吹きすさぶ風を気持ちよさそうに浴びながら、ヤタロウは言った。


「魔獣がひしめく苛酷な大地故に、人類が生存できる場所はほとんどない。

 いわば大陸の殆どが未踏破領域のようなものです。しかしゆえに、未発掘の魔晶石の鉱山が山ほど眠っております。初代獣王レイモンドはそこに目を付け、魔晶石の輸出という事業で国を立ち上げて見せました。異端討滅機構に所属していない国の中で、百年以上存続しているのはあの国だけです」

「でも、獣人って事は神の加護を持ってないんでしょ? 死人が出たらどうするの?」

「いい質問です、ジーク殿。確かに彼ら獣人は神の加護を持たない。

 故に特殊な葬礼方式をとっているのです。それが巫女と呼ばれる乙女で……」

「ーーなぁおい! どうでもいいんだけどよぉ!」


 ヤタロウの言葉を遮り、後ろから声が上がった。

 見れば、強面のギルダーンが顔面を蒼白にさせながら這いつくばっている。

 アルトノヴァの羽毛を掴む彼の手はガクガクと震えていた。


「こ、こここれ、い、いつまで飛んでるつもりだ!?」

「んー。たぶん、あと五時間くらいかなー」

「五時間もっ!?」


 ギルダーンの悲鳴に、ロレンツォは大笑いだ。


「ぎゃっははははは! ギル! お前、そんなナリして高ぇとこが怖いのかよ!?

 要塞の屋上じゃいつも平気そうにしてたじゃねぇか! ダッセェ!」

「うるせーぞ馬鹿野郎この野郎! あれくらいの高さ何ともねぇよ!」

「ギル、あんたのそういう可愛いとこ、アタシ、好きよ♪」

「弱みがある男っていいよねぇ。普段いかついツラしてたら猶更だ」

「良い景色じゃねぇか、なぁ兄弟! こんなたけぇのは初めてだぜ!」

「良い景色だなぁ、兄者! 風が抑えられてるから酒も進むってもんだ!」

「ひぃいいいいい! 怖いですぅう~~~~」


 わいわいとアルトノヴァの背中で騒ぐトニトルス小隊の面々。

 こんなに騒がしい空の旅は初めてで、ジークは苦笑した。


「風は加護で抑えてるけど、落ちたら死ぬから気を付けてね」

「たたたた、大将、脅かすなよオイ! あ、馬鹿、やめろ押すなロレンツォ!?」

「ぎゃっはははははは!」


 一方、ジークの膝の上に乗るルージュは頬を膨らませた。


「むー……人目をはばからずお兄ちゃんとイチャイチャできる唯一の時間が……

 まぁいいや。後でいっぱい甘えようっと。今度こそちゅーまで持っていくんだ……!」

 ふふ。押しに弱いお兄ちゃんならイケるはず……! ふふふふふ♡」


 ブル、ジークは肩を震わせた。


「ね、ねぇルージュ、何か不穏なこと言ってなかった? よく聞こえなかったけど」

「言ってないよー♪ お兄ちゃんの空耳じゃない?」

「そう……? ならいいんだけどさ」

「ジーク殿、たぶんよくはないでござるぞ……」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟き、ヤタロウは肩を竦めた。

 もちろん、口に出せばルージュを敵に回すと分かっているので何も言わないが。


「あ、ジーク殿。そういえば寄ってほしい所があるのですが……」

「え、うん。いいけど……中央大陸? 分かった」


 ジークは振り返って、


「ギルダーン、悪いけどあと三時間追加で……」

「まじかよ~~~~~~~~~~~~~!」


 ともあれ、八時間後。

 一度中央大陸へ寄った一行は、南方大陸へ到着するのだった。




 ◆



 南方大陸到着後、アルトノヴァから降りて歩くこと数時間。

 うだるような熱気に晒されたジークの頬から、つぅ、と汗が滴り落ちていく。


「……ようやく見えた」


 双眼鏡から覗いた先には荘厳な都市が広がっていた。

 数百メートルを超える岸壁を背に作られた街には大小さまざまな穴が空き、

 段々状となっている家々にはたくさんの人々が出入りしている。

 旧世界の廃れたビル群は住居として街並みに溶け込み、人々の生活基盤となっていた。


「ここが……獣王国パルメギア。その首都フォルティスか」


 ぽつりと呟いたジークは、崖の街に見える人々を眺める。

 誰もかれもが人なざらる耳や尻尾、角などが生えた獣人たちだ。

 当たり前の事ながらエルダーはおらず、葬送官も巡回していない。

 半裸同然の格好をした獣人たちが見回りをしているようだ。


「……なんか、人間が少ない……ていうか、居ないね?」

「明確なルールこそありませんが、獣王国は獣人以外に立ち入れば無事では済みませぬ」


 迫害から逃れてきた者達の楽園という歴史は伊達ではない。

 むしろこの中に入れば、こちらの方が異端として処理される可能性もある。

 そう苦笑しながらヤタロウが取り出したのは、頭まですっぽり入るフード付きの外套だ。


「これを着てください。いいですか。絶対に、絶対に外してはなりませんぞ」

「そんなに念押しする事かよ?」

「特にっ、ロレンツォ殿やオットー・ファーガソン、グレン・ファーガソン、あなた達は絶対でござる!」

「あぁ? んでお前に指図されなきゃなんねぇんだよ」

「あぁ? んでお前が俺たちに命令すんだよ」

「ジーク殿のためです。い・い・で・す・な!?」


 ずいずい、と凄んで見せたヤタロウに、「お、ぉう」と彼らは頷いた。

 フードを被ればかなり暑いしかえって目立つのではと思うのだが、

 獣人の中には耳や尻尾を見せるのが恥ずかしい者もいるようで、問題はないらしい。

 暑さに関しても、外気から身を守るためにはむしろ着込んだ方が涼しいようだ。


「ンー。空の旅も快適だったけド、やっぱりシャバの空気は美味しいわねぇん。

 ちょーっと砂の味が酷いけど……ま、そこはご愛嬌という事かしら?」

「……クラリス、そのデカいなりでその口調、大丈夫? 怪しまれるんじゃない?」

「あらん? 心配してくれてるのかしら、ルージュちゃん?」

「あたしはお兄ちゃんの心配をしてるの!」

「大丈夫よ。アタシ、心は乙女だから♪」

「だから問題なんだってルージュちゃんは言いたいんだろ。ま、クラリスは変わらんから諦めな」


 エマが悟ったように肩を竦めると、隣にいる女が呆れたように言った。


「ジーク、貴様、よくこんな癖の強い者達をまとめられたものだな……」

「あはは……いやでも、オリヴィアさんも相当癖が……」

「なんだと?」

「なんでもありません」


 射殺すような目にすぐさま降参するジークである。

 中央大陸で合流したオリヴィアは「全く」と深く長い溜息をついた。


監獄島(アルカトラズ)を終わらせたことだけでも前代未聞だと言うのに…。

 念のためにと私を派遣したアイリス殿の判断は正解だったということか?」

「それなんだけど、あんた……オリヴィアさんは異端討滅機構の人質なんじゃないの。

 お兄ちゃんが裏切った時に対する切り札でしょ。それなのに、こんな所に来ていいの?」

「最もな疑問だ」


 ルージュの問いにオリヴィアが頷き、


「私の身体には今も爆弾が埋め込まれている」

『……!?』

「……事になっている。実際は埋まっていない。アイリス殿が防いでくれたからな」


 顔色が変わった一同にオリヴィアは苦笑した。


「先の戦争で大きく人員が減った異端討滅機構に、特級葬送官を遊ばせる余裕などないよ。いくら人質とはいえ拘束するのはルナマリア様が、世間が許さない。だから私は自由というわけだ」


 それでも、ジークを放置しておけないのも事実。

 だから第一席は元老院の目をごまかすため、爆弾が埋まっている状態に見せかけたという。有難い話ではあるが、会った事もない第一席がオリヴィアを派遣した理由が分からない。無理やり推察するなら、次にジークが何かする前に事態を把握したいという監視の為か。


(あの人、ほんと何なんだろう……早く会ってみたいんだけど)


 ともあれ、今は仲間たちを集めるのが最優先。

 オリヴィアが居て戦力になるのも事実だから、今はよしとしよう。

 ジークは号令をかけた。


「じゃ、行こうか。僕たちの目的はあくまでオズワンとカレンを迎えに行くことだ。

 くれぐれも目立つ真似は避けるように。トラブルは起こしちゃだめだからね」

「お兄ちゃんに言われると説得力ないんだけどね……」


 行く先々でトラブルを起こしているのは誰なのか。

 そんなルージュのじと目に気まずいジークは咳払いし、


「ごほん。とにかく、出発!」

「「「応!」」」


 首都フォルティスの前は荒野となっており、都市の裏に麦畑が広がっているようだ。崖を背にして魔獣被害と砂漠の風から守るためだという。そんな状態だから、必然、街の周囲は兵士たちが巡回しているわけで。


「ーーーーーっ!」


 街までの距離が数キロまで縮んだ時、蹄の音が聞こえた。

 見れば、ラクダに乗った一団がこちらに迫っている。

 ぐるぐるとこちらを取り囲んだ彼らは、剣先を向けて言い放つ。


「何者だ! 名乗れ!」

「んーっと……」


 さすがにフードを被ったまま入国できるほど甘くはないらしい。

 別に追われているわけではないし、ジークは獣人たちに何の偏見もない。

 だから姿を晒してもいいのだが、ヤタロウは首を横に振り、小声でささやいた。


(パルメギアの国境警備隊です。ここはやり過ごしたほうが)

(姿を見せれば戦闘になる、か。分かった。じゃあ)


 こういうことになるのは想定済みだ。

 ジークが振り向くと、一人の女性が進み出てきた。


「お、おまちくらひゃい!」

「「「……」」」


 おどおどした女性は口元を抑える。

 国境警備隊も一瞬、毒気を抜かれたように目を丸くしていた。


(噛んだ)

(噛んだわねぇ)

(噛んだな)

(噛んじゃったかぁ)


 トニトルス小隊の視線に、女性は泣きそうになりながらもフードを晒した。

 癖のある茶色の髪、頭から力なく垂れ下がった兎耳が現れる。

 エマ隊に所属していた人員であり、エマが今回選んだ同行者だ。


「わ、わたしの名前はファナ・フリントです……あの、今回は……」

「なに!? 風で良く聞こえん、もっとハキハキ喋れ!」

「は、はひぃ!? ふぁ、ファナ・フリントですぅ!」

「そのファナが何用だ! 貴様らは何の目的で此処に来た!」

「に、人間にいじめられて(・・・・・・・・・・)! 住むところを探しに来ましたぁあ!」


 国境警備隊の目の色が変わった。

 警戒に満ちた目から、同情の眼差しへと。

 ファナの言葉がたどたどしく、怯えているのも原因だろう。


「ふむ」


 彼らは槍先を降ろし「なるほど」と話しを聞く体勢になった。


「私は国境警備隊第一部隊小隊長、ヴォルフ・アントンだ。

 貴殿らの身柄を確認するために顔を見せてもらいたい。よろしいかな?」

「ふぁ!? ぇ、えーっと、それは……」

「何かやましい事でも?」

「ち、違いますぅ! ただ、えーっと……」


 ファナは助けを求めるように周りを見るが、トニトルス小隊の面々は何も言わない。

 人間である彼らは国境警備隊との相性が最悪だ。

「あ、あわわわ」ぐるぐる目になったファナが選んだ選択はーー


「ここここ、この人に助けてもらったんですぅ!」

「「「!?」」」


 ジークのフードを、思いっきり引っ張る事だった。

 ボサボサの黒髪が風に揺れ、悪魔と同じような長い耳が現れる。

 血のように紅い瞳を見た瞬間、彼らは再び目の色を変えた。

 彼らの武器を握る手が、ぎゅっと強くなる。


(ちょ、何しちゃってんのこのチビッ子!? 殺すよ!?)

(うえぇええん! だって仕方ないじゃないですかぁ! 本当のことなんですもん~~!

 それに、チビッ子っていうならルージュ様だって変わらないじゃないですか~~!)

(はぁ!?)

(てて、ていうか、大丈夫だと思いますよう? だってジーク様って……)

(何を根拠に言ってんの? ふざけてる場合じゃないんだよ!?)

(ルージュ、どうどう)


 今にも暴れそうなルージュを抑えつつ、ジークは覚悟を決めた。

 こうなったらキチンと誠意をもって対応するしかない。

 他に出来る事なんてないし、戦うなんて結果になるのは最悪だ。

 だからジークは今にも武器を抜きそうな部下たちを制して、一歩足を踏み出す。


「あ、あの。僕たちは決して怪しいものじゃなくてですね……」

「き、き……! 貴様は……!」


 ヴォルフは勢いよくラクダから飛び出し、武器を振り上げた。

 さすがに黙ってやられるわけにはいかないジークはため息を吐きながら受け止める。

 監獄島(アルカトラズ)の時のように、力の差を見せて話し合いに持ち込むしかない……。


 その筈だった。


「貴様……いえ、貴殿は……!」

「はい?」


 ヴォルフは槍を投げ出し、ジークの前に膝をついた。

 殺気だった雰囲気が見る間に消えていき、瞳がきらきらと輝き始める。


「ま、間違いない。そのご尊顔……ジーク・トニトルス殿ではありませんか!?」

「はぁ。まぁそうですけど」

「「「やはり!」」」


 国境警備隊から黄色い悲鳴のようなものが上がった。

 彼らは笑顔を見せながらラクダから飛び降り、シャムシール(曲剣)をおさめ始めた。

 一体どうなっているんだ、と目を丸くするトニトルス小隊に、ヴォルフは言った。


「『奇跡の英雄』ジーク・トニトルス殿に会えるとは、光栄の至りです!!」

「はい?」


 ジークの表情が硬直する。

 英雄と呼ばれることはあっても、枕詞に奇跡などとつけられる覚えはない。

 頬をひきつらせていると、ファナが得意げに言った。


「ふふん。ジーク様は獣人たちの中では奇跡の英雄とたたえられているのです。

 初めて聖なる地へ行った時、獣人を馬鹿にした奴をぶっ飛ばしたんでしょう?」

「あー……」


 覚えていますか、と問われてジークは記憶をたどる。

 ーー思い出した。あの時、オズを馬鹿にしたウォーレンとか言う奴を殴ったんだった。

 どこでもよくあることだと思ってすっかり流していたが、まさかそんな呼ばれ方をされているとは。


「この世に英雄は数いれど、獣人の為に怒る英雄はジーク殿をおいて他にありません!

 中央大陸での噂は世界中に広がり、このパルメギアにおいてもご尊名は広がっています!」

「そ、そうですか……まぁ、僕は当たり前のことをしただけだから……」


 別に有名になりたくてやったわけではないのだ。

 何がどんな風につながるか分からないなぁと呑気なジークは、しかし、次の瞬間に目を剥いた。


「わたし、ジーク様の人形持ってます!」

「私も持っているぞ! あ、今は息子にあげてしまったが……」

「へ?」


 ぎぎぎ、と錆びついた歯車のように首を巡らせるジーク。

 見れば、ファナや手には小さな人形が握られていた。


 ーージークのそっくりの人形である。


「ちょ、なにそれ!?」

「え? 何って、ジーク様の人形ですよ?」

「いやだから、なんでそんなものが!?」

「英雄グッズです! 有名になられた方のお人形はどこでも売ってますよ!

 特にジーク様の人形は大変人気だそうで……手に入れるのに苦労したって補給係の人が言ってました!」


 まじか……とジークは頭を抱えるしかなかった。

 別に英雄として称えられるのは構わないが、人形まで作るのは勘弁してほしいものである。赤の他人が自分の姿をした人形を持っていると思うと、ちょっと怖い。


「いいなぁ……私も欲しかったんだよなぁ」

「あちきも持ってるよー。ラークエスタ様の神棚の隣に飾ってある」


 国境警備隊の面々までもがそんなことを言う。

 トニトルス小隊の彼らは「さすが大将だな」「やっぱ違ぇわ」「すごいわねぇ」などと、感心しているのか呆れているのか分からない。ちょっと後で話をしなければ。


「うむ、これも貴様の善行の結果ということだ。よかったな、ジーク」

「良くありませんよオリヴィアさん!?」


 頭を抱えているジークをよそに、ルージュが動いた。


「……ねぇファナ。あんた監獄島(アルカトラズ)で最初からお兄ちゃんのこと知ってたってこと?」

「はい! で、でもでも、他の男の人が怖くて……何も言えませんでしたぁ……」

「ふーん。そう、まぁ許してあげるよ。その代わり……」


 ルージュはこそこそとファナに近付いて、


(その人形、ストックはあるよね?)

(はい? あ、ありますけど、これ、私の宝物で……)

(別にソレじゃなくていいよ。一つちょうだい?)

(それは構いませんけどぉ……あ、その代わり、ジーク様の髪の毛、一本手に入れてくれませんか?お人形の中に入れたらご利益(りやく)があるような気がするんです! お願いしますルージュ様~~!)

(……んー。ちょっと気持ち悪いけど、まぁ一本くらいならいいよ。取引成立だね)

(やったーー!!)


 ガシ、と力強く手を結んだファナとルージュである。

 何やら得体のしれない取引が結ばれたのをジークは感じ取った。

 怖気が立った肌をさすりながら意識を切り替える。


(予想外の事はあったけど、彼らが僕の事を知っているなら……)

「いやぁ、こんなところで英雄殿に会えるとは思いませんでした」

「ん……僕も獣王国を守る戦士たちに会えて光栄です。今後ともよろしくお願いします」

「は!」


 ヴォルフ以下国境警備隊の面々は誇らしげに胸を張る。

 雲の上の存在である英雄からの言葉は彼らにありったけの勇気を与えていた。

 そんな事は露知らず、ジークは本題に踏み込んでいく。


「で、ここに来た理由なんですけど、実はかくかくしかじかで……」


 筋書きはファナが言った通りである。

 英雄であるジークが人間にいじめられた獣人を見かけて助けた。

 そこで獣王国に用があったジークはアルトノヴァに乗ってやって来た……というわけだ。


 ジーク以外の面々は肌に醜悪な傷を負い、とてもではないが顔を見せられない。彼らの尊厳を守るためにもこのまま受け入れてほしい……。

 国境警備隊は英雄の言葉を違和感なく受け入れた。


「分かりました。それではご案内します。ただ……」


 ヴォルフは言葉を濁し、


「今、この国は少々ごたついてまして、あなた様が入るのは良くないかもしれません。

 よろしければこちらの方でその者達を預からせていただこうと思うのですが」

「……んー。でも、一度助けた以上は最後まで責任を持ちたいですから」


 ヴォルフとジークは無言で目を合わせた。

 やがて根負けしたように彼はため息をつく。


「仕方ありません。入国を許可します」

「隊長、ですが」

「責任は私が持つ。あるいは、この方なら状況を打破できるかもしれん」


 ぼそぼそと言葉を交わし、ヴォルフはラクダに飛び乗った。


「ご案内します。英雄殿。フードはかぶり直したほうがいいでしょう。

 いいですか、この国に居る限り、出来るだけ姿は見せないようにしてください」

「分かりました」

(英雄として敬いつつも姿は隠させる……んー。なんかあるのかな)


 ラクダの一団に囲まれながら、ジークたちは首都フォルティスに向かって歩いて行く。

 ラクダの蹴る砂粒が時折顔に掛かるので笑顔で電子を張り巡らせるジークである。

 恐らく彼らに悪気はないのだろう。うん。


「……で、さっきは流してたけど。ヤタロウ。僕の言いたい事分かるよね?」

「ジーク殿の勇名が世界に轟いている事でござるか? 素晴らしいの一言かと」

「違うよ! さっきの『奇跡の英雄』とか人形とかだよ! なんで君が知らなかったの!?」


 ヤタロウの情報網の広さはレギオンの全員が認めるところである。

 彼ならば絶対に知っていると思ったのだが、ヤタロウは「いやぁ」と頭を掻いて、


「……正直、ジーク殿が英雄として優れている事など百も承知のことで……

 今さっきまで記憶の彼方に追いやっていました。目的にも関係ない事でしたし」

「最後のが本音だよね!?」

「てへぺろ。でござる」

「ぶん殴るよっ?」


 大の男が舌を出して謝っている姿など誰が見たいのだ。誰が。

 じと目でヤタロウを見るジークだったが、もう済んだことだ。言っても仕方ないと割り切る。


「で、あんたはなんで黙ってたんだい、ファナ?」

「は、はひ!? エマ隊長ぉ……だって、みんな知ってると思ってたんですよぅ。

 わたしたち獣人の間じゃ、監獄島(アルカトラズ)に居ても伝わってくるくらい有名な話ですしぃ」

「ファナ。次からそういう大事なことは早く言うように」

「はひ! 了解であります! ジーク大将様!」


 ファナだけが『様』呼びだった理由をようやく理解する。

 敬われることに慣れてしまうのも考えものだとジークはため息をつくのだった。

 そんなやり取りをしながら、一行は獣王国の門扉に到着する。


 砂漠の風にさらされ続けた門扉は古びた様相を呈しているが、

 ところどころが補強され、豪華な彫刻が訪れた者達を楽しませる。

 建国時に獣人たちが彫ったものだと聞いて、ジークは喉を唸らせた。


 入国許可証を渡されたジークは、ヴォルフの何か言いたげな目に気付く。


「あの、僕の顔に何か?」

「ジーク様……実は……」


 ヴォルフは何かを言いかけ、結局何も言わずに首を横に振った。


「いえ。何でもありません。出来れば早めにお帰り下さいますよう」

「あ、うん。そのつもりだけど……」


 不穏な言葉を言い残して去ったヴォルフである。

 何か頼みごとがありそうな顔だったが、良かったのだろうか。

 便宜を図ってくれているようなものだし、頼まれたら断らなかったと思うが。


「ジーク殿、気になるのは分かります。しかし、」

「分かってる。今は目的優先だよね」


 彼が言わなかった以上、ジークが聞きだすのも違うだろう。

 助けを求められたら手を差し伸べよう、と心に決めて、ジークは歩き出す。


 門の前は市場(バザール)になっており、たくさんの露天商が店を出していた。

 プラムの甘い香りが食欲をそそり、彩り豊かな織物が目を楽しませている。

 商人たちの元気な掛け声があたりを飛び交っていた。

 当たり前だが、全員が獣人だ。耳や尻尾が元気に揺れている。


「うひょー! 女、酒、食いもん! なんだここ、天国か!?」

「ロレンツォ、はしゃぎすぎるなよ」

「おいおいギル! テメェ監獄島(アルカトラズ)にいて不能になっちまったのか!?

 見ろよ、この見目麗しい獣人たち! ウサ耳、猫耳、犬耳、より取り見取りだぜ!?」

「……誰もテメェになびいてないんだけどな」


 ギルダーンが溜息をつくと、ファーガソン兄弟がはしゃぎだした。


「よぉ大将、腹減ったんだが!」

「よぉ大将、腹減って死にそうなんだが!」

「ん。まずは昼食にしよっか。その前にオズとカレンを探さなきゃなんだけど……」

「でも、このだだっ広い街の中でどうやって探すのん? 結構大変そうなんだけド」

「それなら大丈夫だよ、クラリス」


 口の端をあげ、ジークは目に見えない電子粒子を都市全体に広げた。

 少しだけチクりとするかもしれないが、大多数には気付かれないだろう。

 数十万人の中から覚えのある波長を探して……。


「見つけた。二人とも思ったより近くに居るよ」

「マジで!? ちょ、大将、まさかすぐに帰るって事は……」

「ん。まぁちょっとくらい遊んでもいいよ」

「うひょー! それでこそ我らが大将だ!」

「ロレンツォ。お前、人間にいじめられた獣人の設定忘れんなよ……?」


 大声ではしゃぐお調子者に溜息をこぼすギルダーン(保護者)である。

 島に残った者達も順番に休暇を取っているし、少しくらい休んでも問題あるまい。

 ジークは苦笑しながら、一番近くにいた反応へ向かって走った。


「ちょ、お兄ちゃん!? そんなに近くに居るの?」

「うん! 三百メートルくらい前に、オズが居るよ!」

「なんでそんなに……ちょ。待って、一人で行っちゃだめだってば!」

「こうと決めたら一直線か。相変わらずだなジークはっ」


 ルージュやオリヴィアの声を無視し、人混みをかき分けて走っていく。

 脳裏にオズワンやカレンの姿がよぎり、ジークは口元を緩めた。


 たったの数週間ほどだが、もっと長い間離れていたような気がする。

 トニトルス小隊の面々を見たら彼は何というだろう。驚くだろうか。

 あるいは、「おれのほうがつぇえな」と笑うだろうか。


「あ、あのっ、ルージュ様、ずーっと思ってたんですが、

 オズワンとカレンという方々は、血のつながった兄妹なのでしょうか!?」

「そうだよ! 今さら何言ってるの!? 兄妹じゃなくて姉弟だけど」

「はひ!? も、もしかして性はバルボッサというのでは……?」

「そうだけど、それがなに!?」

「じゃ、じゃあ不味いかもですぅ~~!」

「おい、ファナ! それ、どういうことだい!?」

「うえぇぇん!? エマ様怒らないでください~~~!」


 後ろから追いかけて来るトニトルス小隊の面々。

 彼らの声を待たず、ジークの視界にオズワンの背中が映った。

 細身ながら鍛え上げた頼もしい体つき。自信ありげな竜の尾が揺れている。


「ーーオズ!!」


 叫ぶと、ビクッ、と肩が震えた。

 二週間ぶりに出会う竜人の男は「遅ぇじゃねぇか」と文句を言ってーー






「あぁ? 誰だ、テメェ」






 え。

 と驚いた時、既に拳が目の前にあった。


 ーー激突する。


「!?」


 列車にぶつかったような衝撃が、咄嗟にクロスした腕を襲う。

 決河の如く吹き飛ばされたジークの腕が、ビリビリと震えた。


「「「大将(お兄ちゃん)!?」」」


 一気に戦闘態勢になるトニトルス小隊の面々。

 ジークは「大丈夫」と抑えながら、赤く腫れあがった腕を振るった。

 目の前には、こちらを敵意一色で睨むオズワンの姿がある。


「オズ……どうしたの?」

「黙れ、おれはテメェなんて知らねぇよ。帰れ」

「いや、ちょっと待ってよ。僕だよ、ジークだよ。なんで……」

「ひゃわわわ、まずいですジーク様、やっぱり、この方は(・・・・)……!」


 慌てたファナが兎耳を揺らしたその時だ。


「ーー控えろ、下郎ッ! この方を誰と心得る!?」


 オズワンの横から二人の獣人が槍を突き出してきた。

 無表情で立つ友の顔からは何も読み取れず、殺気だけがビシビシと伝わってくる。

 従士らしき男たちは喧伝するように叫んだ。


「この方は初代獣王レイモンド・バルボッサの末裔にして、先代獣王セリディオ・ジェネラス様の遺児! 獣王国パルメギアにおける王位継承権第四位、オズワン・バルボッサ王子であらせられるぞ! 頭が高い!」

「「は?」」


 唖然としていたジークは、衝撃的な言葉に頭をぶん殴られる。

 同じく驚きから立ち直ったルージュと、声が重なった。


「「オズが、王子!?」」



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