表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
158/231

第八話 出立準備

 


「ところで……君たちには話しておくことが山ほどある」


 歓声が落ち着くのを見て、ジークは柔らかな口調で口火を切った。

 ともすればトニトルス小隊が一瞬で崩壊しかねない事案だ。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、と早鐘を打ち始める心臓を抑えつつ、


「ルージュ」

『!?』


 ぬぅ、と影の中からフードを被った妹が現れた。

 ジークはルージュのフードを取り、その姿を露わにする。


 ーーその瞳は血のように紅かった。

 ーーその耳は長く、身体には禍々しい魔力を纏っている。


「「「エルダー!?」」」



 一斉に武器を構え始める彼らを、ジークは手で制する。

 敵意はない事を示すため、ルージュは両手を上げた。


「この子はルージュ・トニトルス。僕の妹だ」

「い、妹……」

「全部説明する。よく訊いてほしい」


 ジークはギルダーンに話したようにほぼ全てを打ち明けた。

 自分たちが冥王の血を引いていると言うこと。両親のこと。

 人造悪魔創造計画、悪魔教団、戦争で起きたこと……。


 全てを話し終えるころには、陽は中天にまで登っていた。

 仲間たちからざわめきが消え、嫌な静寂がその場に満ちている。

 最悪の場合、ここから抜けたいと思うものが出るかもしれない。

 ぎゅっと握ってきたルージュの手を、ジークは強く握り返した。


(大丈夫。もしも拒絶されても、僕が傍にいるから)

(……もう。あたしのことはいいのっ。ただ、あたしのせいで全部台無しになるのが嫌なだけ)


 誰もがギルダーンのようなエルダーに悪意を持たない人間ではない。

 エルダーに嫌悪感が持つ居るのは当たり前の話だ。

 そしてその価値観を否定する事もジークには出来ない。

 だから、あとは彼らの選択を待つだけ……。


「……えっと」


 七十五人、ほぼ全員が肩を震わせていた。

 ギルダーンは「おい、お前ら……」と周りに何か言おうとしているが、何も言えない。やはり、監獄島(アルカトラズ)で戦ってきた彼らにとってエルダーは……


「「「や」」」

「……や?」

「「「やべぇええええええええええええええええええええ!」」」

「!?」


 仲間たちの雄叫びが天高く響き渡った。

 ギョッとするジークたちの前で、彼らは目を輝かせる。


「冥王から妹を取り返すってマジかよ!? 大将やべーな!」

「しかも冥王の妹のクローンってなんだよ、無敵かよ!」

「どうりでつえーわけだ。俺、助けてもらったんだよな……」


 口々に囁き合う彼らの間にエルダーへの嫌悪感は見られない。

 むしろどこか安心したように頬を綻ばせる彼らに、ジークは戸惑った。


「えっと、その、大丈夫? ルージュはエルダーだけど……」

「あー、まぁ大将がいる限り暴れないなら。あんたは最強だから、大丈夫だろ」


 ロレンツォは事もなげに肩を竦めた。

 他の仲間たちも次々と頷いていて、異論はなさそうだ。

 それどころか、


「つーかめちゃくちゃ可愛くね? 俺、ああいう小さい子がタイプなんだけど」

「ロリコンは黙れ……と言いたいところだけど、確かに可愛い。抱っこしたい」

「私、ああいう生意気そうな子タイプなんだぁ。食べちゃいたい」


 そのような声まで出始めて、ルージュは何か言おうとした。

 しかしそれよりも早く、ジークがにっこりと笑って、


「……言っておくけど、僕の妹に手を出したら削ぎ落すから」

「「「ナニを!?」」」

「さぁ。それはご想像にお任せするよ」


 にこり……と笑うジークに仲間たちは男女問わず身震いする。

 一方、ルージュはニマニマと笑っているのだが、ジークは気付かない。


(お兄ちゃんがあたしを……むふふ。これは脈が出て来たのでは?)


 まぁそれはないかと、ルージュはそっとため息を吐く。

 この兄はいつだって世界よりも自分を優先してくれるのだ。

 けれど、嬉しい気持ちは本当である。

 ぎゅっとジークの腰に抱き着いたルージュの胸は幸せいっぱいだった。


 そんな仲睦まじい兄妹を見て仲間たちも遠慮したように、


「ま、まぁよく考えたらちょっと小さすぎる気もするし」

「うん。実はそんなに可愛くないかも」


 ブチ、とジークは額に青筋を浮かべた。


「は? 誰が可愛くないって? ルージュは世界一可愛いでしょ。殺すよ?」

「「「うわこの兄貴めんどくせぇ……」」」


 仲間たちの呆れ顔に、ジークはハッと我に返った。


「……ごほん。まぁそういうわけだから」


 ルージュを前に押し出して、


「手を出すのは許さないけど、仲良くしてあげてね」

「よ、よろしく……」


 珍しくしおらしいルージュに、仲間たちから歓迎の声が上がった。


「ぉお、よろしくなぁ!」「可愛いよー!」「歓迎するぜ妹様ぁ!」

「つーか妹様って長くねぇか」「なんか仰々しいよな」

「あれだ大将の妹だから……」「姐御だ。ルージュの姐御!」


 姐御! 姐御! 姐御! とバカ騒ぎする仲間たちである。

 ギルダーンは呆れたように額を抑えつつも、止めようとはしていない。

 いい意味で馬鹿な仲間たちだからこそ、ルージュを受け入れる事が出来たのだろう。

 ちゃんと受け入れられている事にホッとしたのか、ルージュはいつもの調子を取り戻した。


「あたしはお兄ちゃんの妻になる予定なの。ルージュ奥様とお呼び!」

「調子に乗らないように」

「あだぁ!?」


 頭にチョップを落とされたルージュは涙目で抗議する。

 その様子を見ていた仲間たちがどっと笑い声をあげて……。


 こうして、ルージュは仲間たちに受け入れられたのだった。

 監獄島の空は晴れ渡り、影の住人だった彼女は太陽の輝きを一心に受けていた。



 ◆



 ーー三日が経った。


「おーい、これはこっちでいいのか!?」

「はーい。そこでお願いします」


 監獄島(アルカトラズ)の要塞屋上。

 作業服を着た技術者の言葉にジークは声を返した。

 彼らが設置しているのは円錐状の物体で、地球のどこでも電波を飛ばせる魔道具だ。


『全く……感謝してよ、ジークちゃん?』


 通信機から気だるげな声が響いてくる。


『元老院に盗聴されない大規模通信網の構築。ウチじゃなきゃ出来ないんだから』

「分かっています。本当に感謝していますよ、トリスさん」


 ジークは苦笑気味にそう返した。

 聖なる地での別れ際、ジークがトリスに頼んでいたのがこれだ。

 監獄島を最果ての方舟(オルトゥス・アーク)の拠点に仕立てるため、

 通信網の確立と聖杖機の新調、さらには装備の拡充までトリスに頼んでいた。

 まぁそのために莫大な費用がかかったし、トニトルス小隊の結成のことも話すことになったが……トリスならば知られても問題あるまい。


「それに、イリミアス様との面会を取り付けたんですから、おあいこですよ」

『ま、まぁそれはねぇ~。ジークちゃんじゃなきゃ出来ないもんね~』

「そんな事ないと思いますけど……」

『あるのっ! ジークちゃんはあの方の偉大さを知らないんだからっ!』

「そ、そうですか……あ、また何かあったらお願いします」

『あ、ちょ』


 何やら長くなりそうな気配がしたので通信を切るジーク。

 トリスには悪いが、あまりのんびりしている時間はないのだ。


「大将っ! 要塞の掃除、終わりました!」

「ん、お疲れさま」


 隊員の一人に返事を返して、ジークは要塞のバルコニーから島を見渡した。

 海神デオウルスの加護を持つ者たちが総動員で水洗いをし、

 徹底的に磨き上げた要塞はピカピカと輝いて見える。

 要塞の外には簡易的な宿舎が設置され、仲間達は二人一部屋を与えられていた。


(だいぶ綺麗になったな……血と泥で汚れすぎだったからなぁ)


 ギルダーンのおかげでゴミこそ少なかったが、汚ればかりはどうしようもない。

 これからトニトルス小隊の拠点として活動する以上、

 住みやすい環境を整えるのはある意味必須と言える。


 ーーと、その時だ。


「お・に・い・ちゃーーーーーーーーーーん!」

「わ、ルージュ!?」


 ものすごい勢いでルージュが突っ込んできた。

 慌てて受け止めたジークに、小悪魔な妹は「にしし」と笑う。


「お兄ちゃん成分補充♪ これがなきゃ生きていけないよね〜」

「いきなり突っ込んできたら危ないでしょ……ルージュは大げさなんだから」

「あたしは大真面目だよっ」

「はいはい、ありがとね。それで、仕事は?」

「ん。女宿舎のバリケードも設置完了っ! 頑張ったんだから! 主にエマたちが」

「ルージュの姉御、は、速すぎ……」


 ルージュの後に続いて女隊員たちが走ってきた。

 どうやら一緒に作業していた彼女たちを置き去りにしたらしい。

 エマたちが、と言う事はルージュは作業に参加しなかったのだろうか。


(んー。ルージュも他の人と仲良くして欲しいから仕事を割り振ったんだけど)


「ごめんね、エマ。ルージュが迷惑かけてなかった?」

「いや、大丈夫だよ。大将」


 女隊員を代表してエマが言う。


「むしろ男どもが寄り付かないようにえげつない罠を考えてくれたからね。

 こっちとしても安心して眠れるってもんさ。春を売るような事もしなくて済むし」

「そっか。ならいいんだけど」


 監獄島の女性たちの中には戦士として戦いに参加せず、

 娼婦として働くことで戦いを免除してもらっていた者もいた。

 これで彼女たちの生活が改善されれば自分も嬉しいのだが。


(どんな罠かは聞かないでおこう……うん、そのほうが良さそう)


「それで、お兄ちゃん」

「あぁ、うん」


 ルージュが物言いたげに南側を見て、ジークは頷いた。


「そろそろ来ると思うんだけど……あ、来た」


 空の彼方に影が見えて、ジークたちは玄関広場に降り立った。

 ばさり、ばさり、と翼がはためく音が響き渡りーー

 アルトノヴァが要塞の頭上に到着し、ゆっくりと降りてくる。

 たん、と竜の背から飛び降りてきた、その男ほーー


「ジーーーーーーーーーーーク殿ぉおおおおおおおおおおおお!」

「うわ」


 懐に飛び込んできた男をドン引きした顔で避ける。

 ずさぁ……と音を立てて、ヤタロウ・オウカは地面を転がって行った。

 勢いよく起き上がった彼は、すぐさま抗議の声を上げる。


「ジーク殿ッ! なぜ避けるでござるかぁぁああ!?」

「いや普通に気持ち悪いし……」

「きもッ!?」


 本気でがっかりした様子のヤタロウにジークは苦笑する。

 仕方なく息を吐いたジークは俯いた彼に手を差し伸べて、


「二週間ぶりだね、ヤタロウ。お疲れさま」

「はいっ! 拙者、さみしゅうございました!」

「うん。気持ち悪いから黙ろうか」

「はい……」


 ルージュは複雑そうに眉をひそめた


「なんか、さっきの自分がこんなだったかと思うと、ちょっとショックかも……」

「ルージュのはヤタロウの百万倍可愛いから大丈夫だよ」

「うぅ。お兄ちゃん……」

「あのー、大将。妹とイチャついてるとこ悪いんだが……そいつは?」


 アルトノヴァを見てやって来たギルダーンが問いかけてきた。

 他の仲間たちも興味津々と言った様子で集まっており、ジークはヤタロウを立たせる。着流しの民族衣装を纏ったエセ神官は、慇懃にお辞儀した。


「お初にお目にかかります、皆様方。拙者の名はヤタロウ・オウカ。

 ジーク殿が所属する『最果ての方舟(オルトゥス・アーク)』のメンバーであり参謀。

 そして叡智の女神に仕えし神官です。よろしくお願いいたし申す」

「意外とまともな挨拶……」


 先ほどの奇行が奇行なだけに、ジークは意外に感じた。

 これなら小隊の皆も不審に思わないのではと思ったが、


「……なんか胡散臭ぇやつだなぁ……」


 ギルダーンは両手を組んで、首をひねっていた。

 長年囚人たちを束ねていただけに彼の影響力は大きい。

 初めは受け入れそうになっていた囚人たちも、どこか不審そうにヤタロウを見ていた。


「なんつーか、お前、本心はあんまり見せないタイプだろ」

「いや、そんな事はござらんが……むしろ悔い改めたばかりでござるが……」

「本心が見えそうになったら誤魔化すタイプだ。大事なことは一人でやるだろ」

「そそそそんな事はござらんが!?」

「すごいねギルダーン。ほとんど当たってるよ」

「ジーク殿!?」


 伊達に監獄島(アルカトラズ)でまとめ役をしていたわけではないと言う事か。

 感心するジークをよそに、ルージュは「べー」と舌を出して、


「日頃の行いだよ。ざまぁ見ろバカタロウ」

「ルージュ殿まで……」


 泣きそうなヤタロウである。

 流石にいじりすぎと思ったジークが助け舟を出した。


「まぁ、確かに厄介なところもあるけど」


 ヤタロウの肩に手を置いて、


「根は良い奴だし、頼りになるのは間違いないよ。仲良くしてあげてね」

「……ん。まぁ大将がそういうなら、俺たちは良いけどよ」


 元より部下である自分がジークの仲間にケチをつける権利はない。

 そもそもこの大将が選んだ時点で性根が腐っている事はあり得ないのだ。

 すぐにそう思ってしまうほど、ギルダーンはジークに惚れ込んでしまっている。


(……ふむ)


 最果ての方舟(オルトゥス・アーク)の参謀は目をすがめてギルダーンを見る。

 顎に手を当てた彼はギルダーンの周りに集まっている者たちを順番に見て、満足そうに頷いた。ジークの耳元に口を近づけ、声を潜める。


(かなり上手くやったようですな、ジーク殿。彼らの信頼が見て取れます)

(上手いかどうかは分からないけど、頑張ったよ。どう? 僕の自慢の部下だよ)

(えぇ。遊撃隊に相応しいメンツです。欲を言えばもう少し欲しいところですが」

(それは贅沢だよ。精鋭じゃない人を集めても無駄だしね)

(ですな。ところで、拙者を呼び出したと言うことは、もう?)

(うん、準備は出来てる。迎えに行こう)


 内緒話を終えたジークは部隊の面々を呼び集めた。

 集まった総勢七十五人の目が、ジークに集まる。


「まずはみんなお疲れさま。だいぶ拠点として形になってきたよ。ありがとね」

「お安い御用だぜ大将!」

「戦いよりもこっちのが得意だぜオラァ!」

「大将のおかげでのんびり出来てるよ! ありがとー!」


 テンションの高い部下たちに苦笑しつつ、


「うん。君たちが過ごしやすいならよかったよ。

 で、集まってもらったのは他でもない。仲間を迎えに行こうと思うんだ」

「……それってアレか? 大将が話してた、天使の妻と獣人の姉弟っていう」

「そうだよロレンツォ。その三人のうち、オズワンとカレンを迎えに行く」


 本当ならリリアの方を先に迎えに行きたいジークではある。

 どちらが好きとかではなく、吸血衝動を抑えるためのストックの問題だ。

 しかし、リリアから聞いたところによれば、天使以外が生身で天界へ行くのはかなりの時間がかかるようである。だから、南方大陸に飛んで帰ってくるだけの獣人の国へ行った方が早いと判断した。


「というわけで、何人か見繕って一緒に迎えに行こうと思うんだけど」

「「「()が行く!!」」」


 七十五人が一斉に手を挙げた。

 さっと顔を見合わせた彼らは親の仇でも見るかのように互いを睨みつける。


「あらぁ? アタシの方が大将の役に立つわん♪ 足手まといは引っ込んでくれる?」

「うっせぇ黙れカマ野郎! 俺たちの方が大将の盾になれるってもんだぜ、」

「そうだぜ黙れカマ野郎! 俺たちの方が大将兄貴の矛になれるってもんだぜ!」

「あんたらの方が黙りなファーガソン兄弟! むさくるしい男ばかりじゃ息が詰まるだろうよ! ルージュちゃんの世話をするためにも、あたしらの方が役に立つはずだよ!」

「やんのかこの野郎!」

「やるってのかい!?」


 やいやいと好き勝手に主張し合い、一触即発の空気を醸し出すトニトルス小隊。

 今にも殴り合いが始まりそうな彼らに溜息をつき、ジークは手を掲げた。

 その途端、ピタリと喧騒が止む。


「全く……久々に島の外に出たいのは分かるけどさ。はしゃぎすぎ」

「「「すんません」」」


 少し厳しめの口調を受けて反省するトニトルス小隊の面々。

 半ばあてずっぽうだが、やはり外に出たい理由が大きいらしい。

 ジークは仕方なさそうに微笑み、


「そんなに外に出たいなら、船を用意するから休暇に行ってきな」

「「まじっすか!?」」

「まじだよ。そもそも君たちは自由なんだし、まだ全員が戦う場面じゃない。

 でも期限は設けようか。……そうだね、一人当たり一週間ぐらいかな」

「「一週間も!?」」


 トニトルス小隊のテンションがとどまることなく上がっていく。

 戦力として自分たちを使うだけじゃなく、あくまで対等な仲間として扱おうとするジークに信頼度が爆上がりだ。一緒に戦うことは決意したものの、もう一度シャバを見られると思っていなかった者は多い。

 感動する戦士たちにジークは頷いて、


「その上で聞くよ。休暇を返上してついて来たい者は?」


 今度は全員が手を挙げるわけではなく、まばらに手が上がるだけだ。

 おおおそ半分ほどだろうか。

 戦い漬けの毎日から解放された割には少ない方だとジークは思った。


「ん……とりあえずギルダーン、ロレンツォ、エマは確定で。

 あとエマ、一人選んで。あとは……よし。じゃんけんで勝った人を連れて行こう」


 またぞろ睨み合いが始まる前にジークは掛け声を始める。

 そうして、南方大陸へ行く面子が決まるのだった。



 ◆



「よし。じゃあ今日は解散。遠征組は明日の朝まで休憩。他のメンツは何グループかに分けて休暇をあげていくから、今日の夜、指揮所に来るように」

「「「了解!」」」


 ぞろぞろと持ち場へ戻っていくトニトルス小隊。

 この場に残ったのはジーク、ルージュ、ギルダーン、そしてヤタロウだ。


「ねぇ。あたし、お兄ちゃんにこそ休暇が必要だと思うんだぁ。

 というわけで早速部屋に帰ってイチャイチャしよっか。とりあえず服を脱いで……」

「いや、しないから」

「ぶー」

「むくれたって駄目だし」


 あけすけなルージュに苦笑し、ジークはヤタロウの肩に手を置く。


「ヤタロウ、ここに来て早々で悪いけど」

「分かっております。グループの作成と休暇場所の選定。宿の手配と小遣いの配布、

 休暇中のルールの設定、元老院の監視を逃れるための手配ですな?」

「そこまで具体的に考えてなかったけど……まぁそんな感じで」

「お任せください」


 一を聞いて十を理解する仲間にジークは舌を巻く。

 少し見ない間でも、ヤタロウの頭のキレは衰えていないらしい。

 頼もしい限りだと思いつつ、ジークはギルダーンを見る。


「君は休暇に行かなくてよかったの? まぁ僕は嬉しいし頼りになるんだけど」

「今さらシャバの空気吸ってもなぁ。それより、大将の方が気になるってもんで」

「僕のこと……?」

「あぁ。大将の戦い方って奴だ。ちぃっと気になったもんでな」

「……ここじゃなんだから、指揮所に行こうか」


 要塞の最上階。

 ジークとルージュの部屋の真横に設置された指揮所に移動する。

 席に着いたギルダーンは、早速とばかりに切り出した。


「大将。あんた、俺たちを守るのはもうやめろ」

「え?」


 突拍子もない言葉にジークは目を丸くする。

 まさかそんな事を言われるとは思わなかったのだ。

 咎めるような言葉にルージュは思うところがあるのか、黙って見守っている。


「……どういうこと? なんで守っちゃダメなの?」

「それじゃ意味がねぇからだよ」


 ギルダーンはため息をついた。


「あんたの気持ちは嬉しいし、この前は仲間の心を掴むためにも仕方のない状況だった。でも、これからは訳が違う。俺たちは世界を変える為に戦うんだ。そうだろ?」

「……そうだね」

「あの戦いで、俺たちは大将に負担をかけすぎた。ありていに言えば足手まといだ。

 ハッキリ言って、あんな戦いをするくらいなら居ない方がマシだと俺は思う」

「……そんな事、」


 ない。とジークは言えなかった。

 あの時、仲間を無視して戦いに注視していればもっと楽に勝てたことは否定できない。使徒化をしてなりふり構わず戦っていればなおさらだ。


 仲間を守って戦った結果、ジークは消耗を余儀なくされた。

 鼻血が出るほど脳を酷使した戦いは今までで一番負担が大きかっただろう。


「俺たちは足手まといとして仲間になるわけじゃない。勝つために居るんだ。

 だからよ、大将。俺たちを使え。何なら、死んで来いって命令してもいい」

「そんなことっ」

「それくらいしなきゃ、世界を変えるなんてことは出来ねぇ。

 あんたはもっと、非情さを覚えるべきだ。仲間になった今だから、なおさらな」


 頑なな物言いのギルダーンにジークは肩を落とした。

 これまでにも、リリアやルージュから情が厚すぎると言われたことがある。

 仲間は守りたいジークだが……今回は、彼の方に理があるだろう。


「……分かったよ。気を付ける」

「……ま、俺からの話はそんだけだ。じゃあな、また明日来るぜ」

「では、拙者も仕事に移ります」


 口惜しそうに唇を結んだジークをよそに、ギルダーンは外に出た。

 後ろからついてきたヤタロウが扉を閉め、そして静かに頭を下げる。


「本来ならアレを言うのは拙者の役目でござった。

 嫌なことを言わせてしまったことに、謝罪と礼を。この通りでござる」

「バーカ、やめろ。礼を言われる筋合いはねぇよ。出過ぎた真似だったかもだしな」


 監獄島(アルカトラズ)でまとめ役をしていたギルダーンにとって、

 新人の特性を素早く見抜き、適切に人員配置をするのは必須技能と言ってもいい。

 自分の配置次第で戦況が大きく変わる責任をギルダーンは知っている。


 だから、ヤタロウ・オウカの特性も彼は見抜いていた。

 細い体つきでありながらも、しなやかさを持った筋肉は武人の証。

 そして先ほど見せた頭脳明晰な在り方はーー


「大将の欠点を補うためにお前がいる……そうなんだろ?」

「……で、ござるな」


 先日の戦いに参加はしていないが、これまでの会話からヤタロウは何が起こったかを概ね把握している。きっとジークは全てを拾い上げるために、常闇の都と同じような無茶をしたのだろう。話が早いヤタロウにギルダーンは頷いた。


「俺はお前の事はまだ信用してねぇが、大将の事は信じている。

 あの人の為だから命を懸けられるんだ。俺たちの使い方……誤るなよ、参謀(・・)

「……承知いたした」

「うしっ、じゃあ今日は呑むか! テメェ酒はいけるよな?」

「は? いやまぁ多少は」

「んじゃ行くぞ! 今日はテメェの歓迎会だ。

 あ、その前に手を洗えよ。食べる前はちゃんと祈りをだな……」

「お主、実はオカン気質でござるか?」

「んだと!?」


 早速親交を深めていく彼らの声は廊下に反響して消えていく。

 一方、指揮所に残されたジークは「まいったな」と苦笑していた。


「ギルダーンに嫌なこと言わせちゃった。あとで何か持って行かなきゃ」

「褒めるだけじゃなくて嫌なことも言う。いい部下じゃん」

「だね。もっと普通に接してくれれば一番なんだけど」


 ふぅ、とジークは背もたれに背を預けた。


「なかなか難しいねぇ……部隊の運用って」

「お兄ちゃんは初めてでしょ。むしろ上出来じゃない?」


 ルージュは仕方なさそうに微笑み、


「最初から上手く行く人なんて居ないよ。ちょっとずつ経験を積んでいかなきゃね」

「ん……なんかルージュ、リリアみたいなこと言うようになったね」

「お姉ちゃんの妹ですから。それともナニ? もっと罵倒してほしいの?

 しょうがないなぁお兄ちゃんは。この被虐体質(マゾ)♡ 妹に馬鹿にされて嬉しいの?」


 耳元でそんなことを囁いてくる妹にジークは苦笑する。

 最近は甘えてきてばかりだったルージュの、嗜虐的な言葉が妙に懐かしい。

 彼女は興が乗ったように続けて、


「夜な夜な妹に手を出してえっちなことしちゃう変態さん♡

 実は女として妹を愛してるけど一度振ったからって我慢してるんでしょ? いいよ、あたしは準備おっけー♪ 愛があれば血縁の差なんて関係ないよっ」

「変な事実を捏造しないでくれるかな!?」


 放っておいたらすぐこれだ。

 女性的な魅力が目についてきたのも本当だし、妹として愛しているのは本当だが、

 さすがに欲情まではしていない。シャワーは浴びたが、それくらい兄妹なら普通だろう。


(普通、だよね……? 間違ってないよね?)


 ルージュに聞いた話だが、少し怖くなってきた。あとでヤタロウに聞いておこう。

 そんな事を思ったジークが視線を落とすと、何か言いたげなルージュと目が合った。

 仕方ないな、と苦笑しつつ、手を伸ばしてルージュを抱き上げる。

 膝に乗せて背中から腹に手を回すと、彼女は「むふー!」と満足げに吐息を漏らした。


「お兄ちゃんにしては合格。女心をよく理解出来ました♪ 八十点あげます!」

「まぁ、あれだけ何度も催促されてたらねぇ」

「む……その言い方は十点」


 不満げなルージュである。

 どんな基準なの、と訊くと、彼女は「ん」と唇を突き出してきた。


「ちゅーしてくれたら百点あげる♪」

「しません」

「ちぇー」


 一瞬の沈黙。二人は同時に噴き出した。

 二人しかいない指揮所の中に花弁のように笑みが舞う。

 先ほどまでの重い空気は消え、暖かな日差しが部屋の中に降り注いでいたーー。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヤタロウぉぉおおおお!久しぶり!最近見れてなかったから出てきてくれてありがとう! みいさん最近自分の推しがヤタロウになりつつあるんですがこれ間違ってませんよね?アステシア様と一緒に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ