第七話 勝利の宴
どっと、生還の喜びが監獄島に満ちている。
隣にいる者達と抱きしめ合い、涙を流し、囚人たちは戦いの終わりを喜んだ。
一人、息を落ち着かせたジークはそっと安堵の息を吐く。
(……なんとか無事に終わった、かな)
これから監獄島は終わり、最果ての方舟の拠点へと生まれ変わるだろう。残る課題は彼らが仲間になってくれるかどうか、だ。
これが一番難関な気がするのだが……まずは、やるべきことをやるべきか。
ジークは一体だけ残ったエルダーの元へ足を運んだ。
基地長ディン・フィルティンの生首が、痙攣するように動いた。
【ふ、ふふふ、ふっはははははははははははっ!】
ディンの声ではない。冥王だ。
瞳を赤く光らせた死者の王は、陰惨に嗤う。
【お見事! もはや認めざるおえまい、我が甥よ、世界の英雄よ!
監獄島の囚人たちを束ね、よくぞ我が第二軍団を撃ち破った!】
ディン・フィルティンの首が宙に浮き上がり、ジークと視線を合わせた。
【この場で勝てぬとは思っていたが、よもやこれほど生き残らせるとは思わなかった。
まさか王の資質を持っているとはな。さすがは我が甥といったところか】
世界の頂点に君臨する男の賛辞に、ジークの返答は単純だ。
魔剣の切っ先をディンの額に突きつける。
「次はあなただよ、おじさん」
【ふふッ、いいだろう。貴様の相手は私とルプスでなくば務まらぬ。
もはや小細工を仕掛けるのはやめにしようではないか。来い、不死の都へ!】
カタカタ、カタカタと歯を鳴らし、
【その時、貴様は知るだろう。あの時に感じ得なかった力の差を。圧倒的な恐怖を!
冥界での戦いが、いかに児戯であったかを知るだろう。抗えるか、絶望に!】
「絶望なんて、いくらでも超えてきた」
【ふふ。貴様がいつまで同じ言葉を吐けるのか……楽しみだ。
ふっふふふ……ふっははははははははははははははははははははは!】
紫電一閃。
甲高い笑いを響かせた不気味な頭を、ジークは真っ向から斬り裂いた。
祈祷を呟いた彼が魔剣を収めると、小さくなったアルが飛んでくる。
「きゅ、きゅー!」
「ん、アルもお疲れさま」
「あーーー! もう、あたしが一番に抱き着こうと思ってたのに!」
頬に摺り寄るアルを撫でたら、ルージュがふくれっ面になった。
後ろから抱き着いてきた彼女は「むぅ」と頬を膨らませて、
「いい気にならないでよね。お兄ちゃんの一番の相棒はあたしなんだから!」
「キュァアア!」
「ふん! 分かってるもん、あたしたちは対等だって。でも、今は」
ルージュはジークの背中に頭をこすり付けて、
「えへへ。勝ったね、お兄ちゃん」
「うん。ルージュとアルのお陰だ。二人ともありがと」
「いいよー! 妻として当然のことしたまでだよ!」
「妻じゃないけど!?」
「ちぇ。引っかからなかったか」
唇を尖らせたルージュにジークは苦笑する。
何やら外堀りを埋められるような気配を感じるのは気のせいだろうか。
その仕草が可愛くてついつい甘やかしてしまう自分が悪いのだろうけど。
(とりあえず、今は……)
影の中にルージュを迎えたジークは戦士たちの元へ歩き出す。
こちらに気付いたギルダーンが心配そうに、
「大将、身体の方は」
「問題ない。そっちは?」
「……今、元気な奴らで負傷者を運んでる。生き残りは多いから余裕だろうぜ」
「分かった。少し休む。何かあれば知らせて」
ギルダーンはまだ何か言いたげだったが、それ以上は言わなかった。
監獄島の要塞のほうへ歩いて行くジークを、そっと見守る。
「……だいぶ無茶したな。こりゃ」
「大丈夫かしら?」
隣に並んできたクラリスの言葉に、さぁな。と首を横に振る。
元より人語を絶するほどの力を持っているジークだ。
先ほどの戦闘でどれほど脳を酷使したのか、ギルダーンには想像も出来ない。
百人を超える仲間たちを守って戦う彼の姿は英雄的ではあるが……危うい。
(あとで言っておかねぇとな……)
「ーー離せッ! あの野郎ぶっ殺してやる!」
「ん?」
突如そんな怒声が響いて、ギルダーンは振り向いた。
見れば、ファーガソン兄弟の二人が武器を持ってジーク所へ向かおうとしていた。
戦争が終わったばかりだと言うのに、彼らの顔には殺気が漲っている。
「やめろ馬鹿兄弟! あの人は俺らを救ってくれただろうがッ!」
「うっせー! 何が救っただ、お前らも見ただろ!?」
「そうだ! お前らも見たはずだ!」
ファーガソン兄弟は声を揃えて。
『あの野郎、何の躊躇もなく兄貴を殺しやがったッ!』
「……」
憎しみのこもった主張に囚人たちは怯んだ。
彼らの主張が理不尽だとは分かっている。的外れな八つ当たりに過ぎない。
ジークが仲間を殺してくれなければ、自分たちは安心して戦えなかったのだ。
それでも。
何の躊躇いもなく仲間を殺したジークに、思うところがあるのは理解できてしまう。
一様に黙り込んでしまった仲間たちに、ギルダーンは呆れの息をこぼした。
「……お前ら、本当にそう思うのか?」
「……親分。あんたも分かってるはずだろ」
「……親分。あんたなら分かってくれるはずだ」
「なら、ついて行けよ」
ジークが何をしているのか、ギルダーンは薄々分かっている。
この監獄島に似つかわしくない、純粋で心優しい彼の事だ。
(きっと、今頃ーー)
ギルダーンは生き残った仲間たちを率いてジークの後を追う。
戦争で酷使した身体は疲れを通り越してハイになっている。
仲間たちの誰もが同じようで、弱音を聞くことはなかった。
慣れ親しんだ要塞へ入る。だが、そこにジークは居なかった。
「アイツ、どこに行った……?」
ファーガソン兄弟の片割れが呟きを漏らす。
仲間たちがくまなく探したが、要塞の中にジークは居ない。
一体どこへーーとギルダーンが玄関口で見回したその時、
「ぁ」
フードを被った少女の姿があった。
す、と彼女が腕を上げた先は、大陸の側にある要塞裏だ。
またたきをした後には彼女の姿は消えていた。
(姐御……ありがとうございやす)
「お前ら、こっちだ」
「な、なぁ。ギル。あれって、もしかしなくてもエルダーじゃ……」
「今は考えんな。俺たちの為に戦ってただろ」
「……まぁそうだけどよ」
ロレンツォの疑問に答えず、一同を先導するギルダーン。
やがてやって来たのは、監獄島で死んだ者達を祭る石碑だ。
囚人たちの自作であるこの石碑は形も歪で名も刻まれていないがーー。
その周りには、おびただしい数の聖杖機が突き刺さっている。
その石碑の前に、ジークは居た。
いきり立つファーガソン兄弟が、怒りのままに走りだそうとして、
「……ごめんね。ラック。ケティ。ガーラン。フルード。ケニー・ファーガソン」
「「……ぇ」」
ジークがそう呟いた声が聞こえて、一同は愕然とする。
次々と呟いていくその名は、この戦いで戦死した者達の名だ。
……彼が戦死者の確認をする暇はなかったはず。
いや、そもそも彼が囚人たちの顔と名前を憶えている方がおかしいのだ。
だって自分たちは、自己紹介もせず一方的に彼を嫌っていてーー。
「君たちの犠牲は、絶対に無駄にしない……この世界を、終わらせるから」
ぐす、と嗚咽を噛み殺す声。
袖を拭ったジークは、「がはッ」と耐えきれなくなったように吐血した。
「げほ、ぜぇ、ぜぇ……」
地面に手を突いて胸を抑え、苦しそうに脂汗を流すさまは、戦争で身体を酷使した代償だ。アルトノヴァやルージュが居るとはいえ、いくらえジークでも百人以上の仲間を守りながら十万人を相手取って消耗しないわけがない。
ギルダーンたちの前では気丈に振舞っていたに過ぎないのだ。
「……これを見て、まだ何か言いたい事があるのかよ?」
『……』
ギルダーンの咎めるような言葉に、誰も言葉を返さない。
一人、また一人と要塞の方へ戻っていき、ファーガソン兄弟は力なく肩を落とした。
行き場のない悲しみの光が頬を伝い、戦死者を悼む涙が監獄島の大地に落ちていく……。
◆
監獄島を襲った未曽有の災厄は終わりを告げた。
晴れ渡る島に潮風を孕んだ風が吹き抜け、ジークは月明かりに目を細める。
誰がいつ死んでも世界は巡る。いつだってそれは変わらない。
ならば自分は、前に進まねば。
「……」
ジークは懐から血の入った試験管を取り出した。
恋人の気遣いが詰まったそれを口にして、口元を拭う。
「……ふぅ。あと五本か。それまでにリリアを迎えに行かないと」
(お兄ちゃん、落ち着いた?)
「ん。一人にしてくれてありがとね、ルージュ」
(いいよ。あたし、気遣いが出来る女ですので)
にしし、と笑ったルージュにジークも胸が暖かくなった。
気分が落ち込んでいる時、ルージュの笑顔は胸に染みわたる。
あとで甘やかしてあげよう……と密かに決意しつつ、ジークは要塞へ向かった。
既に陽力による治癒は済ませ、身体に傷は残っていない。
とはいえ、戦場で掻いた汗はそのままだし、血の感触も手に残っている。
早く汚れを落としたいと思いつつ自室に入ると、ルージュが出てきた。
(一回シャワーを浴びてからギルダーンの所に行こう……あ、そうだ)
「ルージュ、一緒に入る?」
「え。いいの!?」
ルージュは目を輝かせた。
ジークは苦笑して、
「ん……まぁ、今回、めちゃくちゃ頑張ってくれたからね。ご褒美」
「やったー! 入る! 絶対入る! えっちする!」
「それはしないけどね!?」
「じゃあお兄ちゃんの背中洗う!」
「んー。まぁそれくらいなら、お願いしようかな。僕もルージュの背中洗ってあげる」
「うん! でも、」
ルージュは頬を赤く染め、花が咲くような笑みを浮かべる。
両手を後ろで組み、前のめりになった彼女は嬉しそうに言った。
「まさかお兄ちゃんから誘ってくれるなんて……えへへ。嬉しいな」
(うわ……)
ジークは思わずドキりとした。
想いを告げられて以来、彼女の女としての魅力が増しているとジークは思う。
髪を耳にかきあげる仕草や、悪戯っぽい小悪魔的な笑みに妙に色気を感じるのだ。
女として愛しているわけではないのに、今もそういう目で見られていると思うとかなり意識してしまう。
(いやいや、ルージュは妹だから。ていうか僕、振ったくせに何を言ってるんだろ)
一度彼女の想いを袖にした自分にそんなことを思う資格なんてない。
あまりに自分勝手で、都合がよすぎるだろう。
母に似た顔立ち、自分と同じ赤い目。
思い出せ。ルージュは妹で、背中を預ける相棒だ。
(……ふぅ。うん、落ち着いた)
どうせこの場で放っておいても乱入してくるに決まっている。
彼女も汗を掻いているだろうし、放置するのも悪いし、それならいっそのこと……という考えである。ただそれだけで、それ以上の意味はない。
(どうせ一回は一緒に入ってるんだし……一回も二回も三回も同じだし)
兄妹で風呂に入るのは普通の事だとルージュは言っていた。
だから大丈夫だろう。たぶん、きっと、おそらく。
そんなチョロすぎる考えだから、お風呂でこれでもかと甘えられてしまったジークであった。
汗を流し終え、ジークはギルダーンを探して要塞を歩き回る。
しかし、どこに行ってもギルダーンの姿は見えなかった。
それどころか、囚人たちの姿が一人も見当たらない。
(お兄ちゃん、あそこじゃない?)
(あー、やっぱり?)
実のところ最初に見当をつけたのがそこなのだが、後回しにしていた。
拒絶された記憶が蘇り、ぎゅっと拳を握ったジークは意を決して足を運ぶ。
案の定、囚人たちのたまり場……酒場と化したそこに、笑い声が漏れていた。
ふぅ、と深呼吸したジークはドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
途端、騒がしかった空間が水を打ったように静かになった。
囚人たちの視線が一斉にジークへ集まる。
「ぁー……」
ジークは後ろ頭を掻いた。
じろりとした視線。この前と同じだ。歓迎されてない。
ここで無理やり入っても、きっと以前の二の舞になるだけだろう。
(やっぱり、そう簡単にはいかないか……)
曖昧に笑ったジークは踵を返そうとした。
「ごめん、邪魔したね。続けて……」
「ーーおい、ようやく主賓の登場かよ、遅刻だぞ大将ッ!」
「え」
ハ、と振り向くと、ロレンツォがグラスを掲げていた。
同じテーブルに座るクラリスが、「うふ」と笑って、
「そうよぉ。あなたが来なくちゃ始まらないのよ。
みんな待ちきれなくておっぱじめてるけど……夜はまだまだこれからだから♡」
「あんた、さすがに自重しよっか。大将、こっち座りな!」
「ロレンツォ……クラリス、エマ……」
呆然と呟くと、酒場のあちこちから声が上がった。
「そうだそうだ! あんたは俺たちの恩人だ!」
「あんたのおかげで生きられた! ありがとなぁ!」
「俺ぁ一生あんたについていくぜ、絶対だ!」
「こっち来いよ! 一緒に呑もう!」
赤ら顔のファーガソン兄弟が言った。
「兄貴を救ってくれてありがとよぉ、一応例を言っとくぜ」
「大兄貴の魂を守ってくれてありがとよぉ……めちゃんこ礼を言っとくぜ」
「二人とも……」
じん、と瞼が熱くなった。
胸の中に言い知れない気持ちが広がって、涙がこぼれそうになってしまう。
ぎゅっと唇を結ぶと、ギルダーンはグラスを掲げて言うのだ。
「来いよ大将。一緒に呑もうぜ。俺たち、もう仲間だろ」
「……っ」
誘われるままに椅子の上に乗り、グラスを渡される。
生き残った百十二人の視線が注がれ、ジークは皆の顔を見渡した。
誰もが自分の言葉を待っている。言葉を選ぶ必要はなかった。
「死した英雄たちに。そして、監獄島の終焉に」
ジークはグラスを掲げた。
「乾杯!」
『乾杯っ!!』
こうして、監獄島最後の夜は過ぎていく。
星々が姿を隠し、日が登るまで、彼らの笑い声が絶えることはなかった。
◆
戦いから一昼夜を明けた日の昼である。
思い思いにくつろぐ戦士たちを集め、ジークは壇上に立っていた。
酒樽を積み上げた壇上からは、百十二人が顔が見渡せる。
がやがやと騒がしい彼らの声が止むのを待って、ジークは口を開いた。
「……長い、戦いの夜が明けた」
「……」
静寂がその場に満ちている。
ざぁ、ざぁ、と遠くから波音だけが聞こえる場で、ジークは言葉を続けた。
「もはや冥王がこの島を狙う事はないだろう。第二軍団が壊滅した以上、迂闊に手は出せないはずだ。ここはお前たちの楽園へ生まれ変わった。異端討滅機構から送られる食糧で、食う物にも困らない」
だから、一緒に戦おう。
この理不尽な世界を終わらせるために手を貸してほしい。
そう言おうとしたのに、ジークの口は全く違う事を話していた。
「何者もお前たちを縛ることは出来ない。ここから去りたいと思うものは手を挙げろ。手を貸してやる」
(ーーちょ、お兄ちゃん!?)
ルージュは影の中で悲鳴を上げた。
(こいつらを仲間にするんじゃないの!? そのために戦ったんだよね!?)
(……そのつもりだったけど、無理やり戦わせるのも違う気がするし……)
救った恩をかさに着て戦わせるのも、異端討滅機構のやり方と同じだ。
一ヶ所に縛り付け、他者の意志を捻じ曲げるやり方をジークは好まない。
問いかけに、囚人たちの中からぽつり、ぽつりと手が上がった。
「おい、お前ら……」
「悪い。この人には感謝してる。でも、な」
逃げることを望む彼らを、ジークは責めなかった。
一晩を共に過ごして、思ったのだ。
彼らは善人で、仲間でーー死なせたくないのだと。
ジークは気まずそうな彼らに「分かった」応えて、
「アル」
「キュォオ」
神獣と化したアルトノヴァが、囚人たちを背中に乗せる。
中央大陸へ羽ばたいていく彼らの姿を、ジークはそっと見守った。
何度か往復して、希望者全員を中央大陸へ運ぶ。
そうして全員を運び終えた後には、決意を固めた表情をした戦士たちが残った。
ざっと数を数えたところ、大体七十五人といったところか。
「お前たちは……これからどうするつもりだ。ここで暮らすなら手配をして……」
「いやいやいや、何言ってんだ」
にやり、とロレンツォが笑って、
「あんたについていくに決まってんだろ、大将!」
「……!」
ジークは目を見開いた。
こちらからどう誘おうかと悩んでいた言葉。
ジークが勝手に築いた心理的壁をやすやすと乗り越えて、一番の臆病者は叫んだ。
「ここから逃げたとしても、どうせ悪魔に襲われるのは分かってんだ。
何よりな、俺の勘が告げてるんだよ。あんたの傍に居たら一番安全だってなッ!」
「ロレンツォ……」
「ま、あたしは元々、手を貸すって決めてたからね」
エマが便乗して、
「監獄島を終わらせたから用済みって、そんな卑怯な真似をしちゃあ女がすたる。
ギルダーンから詳しい話を聞いたよ。大将、あんた冥王を倒すんだって?」
「……あぁ、そうだ」
「アタシたちも一枚噛ませなさいよ、大将!」
クラリスが腰に手を当てて笑った。
「どうせ戦うなら、アタシはあんたの下がいいわ!」
「俺もだ!」「わたしも」「私もだ」「あんたになら命を賭けられる!」
「大兄貴の仇を討たなきゃなぁ!」「仇を討たなきゃ死んでも死にきれねぇ!」
「みんな……」
此処にいる七十五人全員が、覚悟を決めているのだ。
このくそったれな世界で生きる以上、どこに居ても理不尽はやってくる。
ここで逃げても、いずれ同じような理不尽に遭い、そして悪魔となるだろう。
そうなるくらいならーー
「「「一緒に戦わせてくれ、大将っ!」」」
頭をぶん殴られたような衝撃がジークを襲った。
思わずこみあげてきた涙を、どうにか堪える。
「……っ、でも、僕は半魔で」
「半魔だろうが悪魔だろうが、大将は大将だろ!」
いつか、誰かに貰った言葉。
自分は自分だと、大切な人に言われた言葉。
死なせたくないあまり目的を見失いそうなジークを、彼らは叱咤する。
ーーお前はそうじゃないだろう。
ーーもっとシャキッとしろ。もっと俺たちを引っ張れと。
ズシリ、と肩の重みが増した気がした。
(あぁ……これが)
これが、七十五人分の命の重みか。
自分の指示一つで、彼らの命が吹き飛ぶ。
目に見えない人類を救うより、よっぽど重いとジークは思った。
(この人たちの反応が、お兄ちゃんの選択の結果だよ。受け入れよう)
(……うん。彼らが、一緒に戦うことを望んでくれるなら)
こみ上げてきた涙をぬぐい、ジークは最後に問う。
「僕が進むのは修羅の道だ、ついて来れるのか?」
『望むところだ!』
「冥王を倒そうっていうんだ。この中の何人が死ぬか分からない。それでも来るのか?」
『応ッ!』
「このくそったれな世界を終わらせるために、手を貸してくれるのか?」
『応ッ!』
「そうか。なら共に行こう!」
ニヤリと笑って、ジークは拳を突き上げた。
「第七特務遊撃隊『トニトルス小隊』の結成を、ここに宣言するッ!』
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
どっと、歓声が蒼空の彼方まで響き渡っていく。
五百年間続いた慈悲なき煉獄は、今、終わりを告げた。
囚人たちは戦士へと生まれ変わり、新たな戦いへ身を投じる。
長い役目を終えた監獄島が『最果ての島』と名を変え、トニトルス小隊の一大拠点として歴史に名を刻んだ瞬間であった。
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