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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第三章 獣王の帰還
152/231

第二話 人類最強の宣告

 

 監獄島(アルカトラズ)は新米七聖将の噂でもちきりだった。

 彼が何か罪を犯したのか、なぜここに来る事になったのか。

 噂が噂を呼び、ついた尾ひれは枚挙にいとまがなく、荒唐無稽なものまであった。


(よくねぇ風潮だな……何とかしたいもんだが)


 ジーク・トニトルスが監獄島に来てから、三日目。


「おい、アイツだ。見ろよ」

「あのチビが七聖将……ハッ、嘘くせぇ、これでも喰らえ!」


 囚人の一人が卵を投げつける。

 あわや直撃といったところで、ジークの姿が消えた。


「ねぇ」

「!?」


 ジークは囚人たちの背後で微笑み、はい、と卵を差し出す。


「卵がもったいないからさ。もうやめた方がいいよ」

「お、お前……いつの間に」

「僕、君たちともっと仲良くなりたいんだけど、仲良くしてくれないかな」

「……っ、お断りだ馬鹿がッ!」


 囚人たちは地面に唾を吐いて去って行く。

 罵声をぶつけられたジークは仕方なさそうに息を吐き、また歩き出す。


(よくねぇなぁ……)


 要塞の上で一連の流れを眺めていたギルダーンは嘆息する。

 彼が悪いと思っているのは囚人たちの態度でもジークの対応の仕方でもない。

 長らく不在だった看守という存在が、囚人たちの不満のぶつけどころになっていることだ。


 ここ最近絶え間なく続いていた悪魔の襲撃が、三日も止んでいる事も大きい。

 戦争の緊張感が消え、何もない場所に閉じ込められた不満が噴き出している。

 このままでは遠からず、何らかの暴動が起きるだろう。

 内輪もめで崩壊したとしても驚きはない。監獄島は荒くれ者達の集まりだ。


 何とかしなければと思うのだが……。


「アイツに関わるのはやめとけ、ギル」

「……ロレンツォ。なんだ、ずいぶんやつれてんなオイ」


 ギルダーンは隣に立った男を横目で見る。

 整髪料で整えられていた髪は白く染まり、骨格が浮き出ている。

 まるで幽鬼のような有様の男は地面に唾を吐いた。


「たりめぇだろうがッ、お前、あの化け物と同じ屋根でよく寝られるな……!?」

「しょうがねぇだろうが。俺にはお前ほどの感知能力はねぇんだよ」

「見りゃ分かるだろ! さっきの動き見たか!? あれを捉えられる奴がこの島に何人いるよ!?」

「……居ねぇだろうな」


 そう、ジークがどれだけへらへらしていてもだ。

 囚人たちの対応をしているうちに、彼の実力が垣間見え始めていた。

 初日以外、彼は一度も囚人たちの攻撃を喰らっていない。


 かくいう自分も、今の動きは全く見えなかった。


「あの怪物の傍にいるくらいなら、死徒の傍でおねんねしたほうがマシだろうよ!」

「ーーねぇ」

「あぁ!? んだよボケ。今あのバケモンの相手をどうするかはな、し、て……」


 振り返ったロレンツォの言葉は途切れ、額に滂沱の汗が流れていく。

 顔面が蒼白になった彼の正面に、ジーク・トニトルスは立っていた。

 にこりと笑った彼はロレンツォ越しにギルダーンを見る。


「ちょっと彼に話があるんだけど、いい?」

「は、はひっ! どうぞ! あなた様はこの監獄島の看守!

 いくらでもこのギルダーンをお使いください! おいギル、何してる頭が高ぇぞ!

 そ、そうだ。おみ足をお揉みしましょうか!?良ければ水も!

 さぁさ、どうぞ、私を椅子にお座りくださいませ! ぜひに!」


 そう言って膝と手を地面につき、馬の体勢になるロレンツォ。

 ジークは困惑したように、


「え。いや、別に君にそこまでしてもらうことないんだけど……」

「!? も、申し訳ありませんでしたぁ! 

 で、では私はこれで失礼いたしますっ!! ではでは!」


 ロレンツォは弾かれるように身体を起こし、揉み手をしながら去って行く。

 その潔いほどの媚の売り方は、『逃亡王』の汚名を背負う彼の処世術か。

 巻き込まれるギルダーンとしては堪った者ではないのだが。


「変わった人だね。彼、いつもあんな感じなの?」

「いや……あんたの前だけだろうぜ」

「そうなんだ。もうちょっと普通に接してほしいんだけどなぁ」


 困ったように頭を掻くジークを、ギルダーンはじっと見つめる。

 穏やかな少年のように見えるが、だからこそ得体の知れなさが恐ろしい。

 立場が上である彼が囚人たちに丁寧に接するのもその印象に拍車をかけている。


(一体、何を考えてやがる……?)


「で、俺に用ってなんだ」

「あ、そうだ。うん。この監獄島の地図ってあるかな? 地理を知りたくて」

「ぁ? 地下書庫にあるだろ」

「地下もあるんだ? なるほど……ん、分かった。ありがとうございます」


 ジークは律儀に一礼して去って行く。

 他の場所ならその丁寧さは真面目や誠実と受け取られるだろう。

 だが、ここは監獄島(アルカトラズ)。死と隣り合わせの慈悲なき煉獄である。


(得体が知れねぇぜ、全く……)


 ギルダーンはそう呟き、酒瓶を傾けるのだった。



 ーージーク・トニトルス着任から一週間。



「……おかしい」


 酒蔵で酒を呑みながら、ギルダーンは呟いた。

 いくらなんでもおかしい。

 七年間、監獄島(アルカトラズ)で生きてきたギルダーンが経験したことのない事態だ。


 この一週間、一度も悪魔の襲撃がないなんて。


「絶対におかしい……どうなってやがる!?」

「おいおいギルダーンさんよ、襲撃がないのはいいことじゃねぇか!」

「そうだそうだ! ただで美味い酒と肉が喰えるんだからな!」

監獄島(アルカトラズ)ならぬ楽園島ってか!? くはははは!」


 楽観的な囚人たちは陽気に歌い始めた。


 ーー俺たちゃきかん坊、煉獄の亡者よ。

 ーー呑めや、歌えや、踊れや、最果ての同胞よ、親しき友よ。

 

 ーー明日お前に殺されようと、恨みゃしねぇ。

 ーー刺せ、斬れ、潰せ、ぶっ殺せ。俺たちゃきかん坊。


 ーー明日お前を殺すことになろうと、今日は歌おう。

 ーー親しき友よ、最果ての同胞よ。


 ーー俺たちゃきかん坊。エルダーの軍団、何するものぞ。


「……ったく」


 呑気な奴らだ、とギルダーンは舌打ちする。


 前代未聞の異常事態にどうしてこうも楽観的でいられるのか。

 悪魔の襲撃が止んだのは、ジーク・トニトルス着任の時期と被ると言うのに。


 ともあれ、違和感を抱いているのはギルダーンだけではない。

 監獄島で生き抜いてきた精鋭たちは、顔を突き合わせて話し合っていた。


「補給官によれば戦争が終わったわけじゃないらしいわん♪ そりゃそうだろうけド」

「アイツらの情報じゃ、悪魔の陣営に何か起こっているかもって話だ」

「お前ら、さすがに分かんだろ……アイツだよ、アイツしかいねぇよ!」


 ロレンツォが呻いた。


「アイツが悪魔と結託して、おれたちを全滅させようとしてんだよ!」

「「「!?」」」

「おいロレンツォ。さすがにそれは……」


 ギルダーンが窘めるが、ロレンツォの口は止まらない。


「おれ、聞いたんだよ。あいつがここに来た理由。

 どうもエルダーを逃がした事が原因らしい。つまり、そう言う事だろ……!?」


 半魔は不死の都と通じている。

 彼は最初からあちらの味方で、全人類を騙して内通していたーー。


「そう考えれば全部つじつまが合うんだよ……! あのバカげた力も、

 この異常事態も! 奴ら、力を合わせて一気に叩くつもりなんだよ!」

「確かに……」

「襲撃がないことも……ギルに地図の場所を聞いたのも、理屈は通っているか」


 納得しだした仲間たちにギルダーンは呆れて、


「お前ら馬鹿か。エマも、クラリスも、乗せられてんじゃねぇよ。

 ロレンツォの言う事がほんとなら、あいつは指一本で俺たちを滅ぼせるんだろ?」

「あ、あぁ」

「俺たちを消すつもりなら、悪魔と組む必要なんてねぇはずだ」

「……確かに、そう、だな」


 ロレンツォからジークに関する情報は聞いている。

 戦争では五柱の神霊を倒し、死徒たちを相手取ったという話だ。

 ジークが悪魔と繋がっているというなら、戦争の話は嘘ということになる。


「ーー力を封じられているとしたらどぉ?」


 クラリスが顎に手を当てて。


「エルダーを逃がしたことがバレて力が封じられているから、悪魔たちと通じた。

 それなら、ギルがあの子の力を分からなかったのも説明がつくし……」

「今の看守にあたしらを滅ぼす力はない……?」

「そういうこト。それに、妙な噂があるのよねぇん」

「荒唐無稽な噂は聞き飽きたぞ」

「違うわよ、ギル。こっちはもっと現実的。どうにもね……出て行ってるらしいのよ。

 真夜中に、一人で。ここ数日あの竜で空を飛んでいるのを、何人も目撃しているわ。

 それに聞いたことない? あの子がぶつぶつと誰かと喋っている様を」


 ーー誰と、何をしているんでしょうね?


 不気味さを孕んだクラリスの言葉に、嫌な沈黙がその場に満ちていく。


 そしてーー


「あ、みんなこんな所に居たんだ?」


 無邪気な声が、その場に響いた。

 その瞬間、やかましかった喧騒がピタリと止み、視線が集中する。

 看守であり七聖将、ジーク・トニトルスが入り口に立っていた。


「僕、お酒ってあんまり飲めないけど、仲間に入れてほしいな」


 ニコニコと、穏やかな笑みを浮かべて。

 得体のしれない怪物は、ゆっくりと近づいてくるーー。

 よいしょ。と席に着いた彼は料理係に料理を貰い、一拍の沈黙。

 しかしジークは一向に料理に手を付けようとせず、近くに居た囚人に話しかけた。


「ねぇねぇ、君はどこから来たの? ちょっとお話なんてどう?」

「……ッチ」


 しかし、誰もかれもが彼に取り合おうとしない。

 白けた空気が蔓延し、誰もが次々と席を立ち、その場から立ち去っていく。


「七聖将サマは普段良いもんを食ってるから、豚箱のメシなんて食えねぇんだろうよ」

「俺たちとは育ちがちげぇよな。あれで仲間とか……ハッ、笑わせるぜ」


 囚人たちが口々と囁きながらその場を後にする。

 いつの間にかロレンツォの姿が消えていた。逃げ足の速い奴だ。

 ギルダーンはため息をついて、クラリスやエマと共に席を立つ。


「あ、ギルダーンさん、一緒にどう?」

「……あいにく、仲間じゃねぇ奴と酒は飲まねぇ主義でな」

「……そっかぁ」


 去りぎわに振り返り、扉の隙間から見える、ジークの姿をちらりと見た。

 七聖将第七席は頭を掻いて、やれやれとため息をつく。


「分かってたけど……これは……苦労しそうだなぁ」


 そんな声が、聞こえた。


(苦労……何の苦労だ?)


 監獄島を滅ぼす苦労? 仲間になりたいとはどういうことだ?

 疑問ばかりが渦巻き、ギルダーンの眉間にしわが寄っていく。


(何よりロレンツォの言っていたあの言葉……エルダーを逃がしただと?)


 人類の敵を逃がす事は誰もが一度は犯す過ちとはいえ、七聖将となれば前代未聞だ。ギルダーン自身にも覚えがあるが、しかし、彼はますます額にしわを寄せた。


「……救いようのない偽善者か?」


 たった数体エルダーを逃がしたところで、何の意味もないのだ。

 どれだけ足掻こうとこの世は変わらない。

 エルダーは悪。それが絶対真理となっている。

 現実に抗ったところで自分の良心を守るだけの自己満足でしかない。


 そんな偽善者野郎が、ギルダーンは誰よりも嫌いだった。


「……ッチ」

「ギル。さっき聞いたんだけど、馬鹿三兄弟があの子に夜襲をしようって……」

「悪魔に殺されたってことにするみたいよん。あのままじゃ殺されちゃうかモ」


 クラリスが殺されると言っているのは囚人の方だ。

 ギルダーンはため息をついて、


「分かった。エマ、俺の名前を出して一晩だけ待てつっとけ」

「じゃあ、あんた」

「あぁ。いい加減、様子見もうんざりだ。夜に出かけるらしいな? 後を尾けてくる」




 ーーその日の真夜中。



 警備役以外は寝静まった時間帯に、ギルダーンは要塞の最上階で張り込んでいた。

 なにせ元は自分の部屋だ。どこに居れば気付かれないのかはよく分かっている。

 ジークが部屋を出てきたのは、月も中天に回ろうと言う時間だ。


「きゅ、きゅっー!」

「しーっ、アル。みんな寝てるから静かに……」


 注意深く周りを観察する彼の姿に、ギルダーンはすっと目を細める。


(本当に出て来やがった……一体どこに行くつもりだ)


 要塞のバルコニーに出て、彼は白き竜を大きくする。

 それからすぐに背に乗り込むと、ばさり、ばさりと空を飛びだした。


(ッチ。やっぱそっちか……でも、こっちも舐めんなよ)


 こういう事もあろうかと要塞の下に船を用意してある。

 地下水路から海へと出る道があるのだ。ギルダーンは足早に駆けた。

 びちゃびちゃと水音が響く、薄暗い地下道。

 潮風が吹きすさぶ中、小型魔導船のエンジンを駆動させ、海へ出る。

 白き竜は真夜中であっても目立つから見失うことないし、暗闇に紛れるこちらの姿は見えないはずだが……元々は海に流された囚人を救出するための船だ。燃料は心持たない。


 それでも、ギルダーンの加護があれば推進力を上げる事は可能だ。

 ブゥウウウンと波をかき分けて進む船。やがて大きな島が見えてきた。

 悪魔の戦略拠点である島だ。白き竜はそこへ降り立っていく。


(エルダーの拠点……! まさか、ロレンツォのホラ話は本当だったのか!?)


 ギルダーンは迷った。

 ここで引き返しても良かったのだが、本当に彼が裏切るならもっと情報が欲しい。

 いつ、どこで、どのように裏切るつもりなのか知っておかねば、こちらがやられる。

 しかし、これ以上進めば気付かれる恐れがある。

 もしも見つかれば、自分は……。


(……頼むから見つかるなよ)


 ギルダーンはぐっと拳を握りながら魔導船を人目につかない場所に留めた。


 ごつごつした岩場を登り、うっそうとした森の中をかき分けながら、忍び足で進む。

 どうにも悪魔は居ないようだ。

 見張りがザルなのはこっちも向こうも同じと言う事か。

 汗ばんだ手のひらを拭い、口の中が乾いていく。

 絶対に悟られてはならない緊張感を胸に、ギルダーンは島の中央に進みーー。


「は?」


 そして絶句した。

 だが、彼が絶句したのはジークがエルダーたちと繋がっていたからでも、

 ましてや噂通りの圧倒的な強さを見せつけていたからでもない。


「ーーもう一度告げる。戦う意思がない者は武器を置け!」


 ()()()()()()()()()

 エルダーを殲滅すべしと教えられる葬送官の頂点、七聖将が。


(あいつ……)


 ギルダーンは茂みに隠れ、戦場の様子を隠れ見る。

 森を切り分けた中に設営された、数千体はいるであろう悪魔の要塞。

 門扉の前で整列する、武器を構えた悪魔たち。

 その眼前、地面には斬撃跡のような線が引かれている。

 緊張した彼らの視線の先には、白き竜の背に立つジークの姿があった。


「我が名は『神殺しの雷霆(ゴッド・スレイヤー)』ジーク・トニトルス!

 叡智の女神に誓い、降伏した者は非戦闘員とみなし暗黒大陸への送還を約束する!」


(なん、で)


 戦うべき相手のはずだ。倒すべき敵のはずだ。

 誰もがそう教えられ、盲目的に従う中、あの高みまで登り詰めた強者が。

 あろうことか、エルダーを助けようとしている……。


(エルダーを逃がしたのは、本当だった……)


 戦慄するギルダーンの眼前で、事態は続く。


「だが、その線から一歩でも足を踏み出してみろ」


 紅色の眼光を光らせ、人類最強は宣告した。


「汝らを冥王の眷属とみなし、一切の容赦なく殲滅する!」


 ーーバシィイイイイ!!


 凄まじい稲光の音が、空を蒼白く染め上げた。

 雷光を背に、ジークは再び叫ぶ。


「さぁ、エルダーたちよ。魔の同胞(ともがら)よ、返答はいかに!?」


 ザンッ、と軍靴の音が響き渡る。

 エルダーたちの返答は、無言の進軍。

 瞳に闘志を滾らせるエルダーたちを見て、ジークは寂しげに眉を伏せた。


「……そう。そっちを選ぶんだね」

「一週間も毎晩やってきて何のつもりか知らぬが、何度来ても無駄だ! 

 我らは一人たりとも降伏しない! 全軍に告げる! 

  神殺しの雷霆(ゴッド・スレイヤー)といえどたった一人だ。数で押しつぶぶへ!?」


 指揮を執っていたエルダーの頭が(いかずち)で消し飛んだ。

 指揮官を喪ったエルダーたちは、しかし、構わず進軍する。


「冥王様、万歳!」

「不死の都に永劫の栄あれ!」

神殺しの雷霆(ゴッド・スレイヤー)死すべし!」


 口々に叫ぶエルダーたちが、一つの波となって押し寄せる。


『我ら第二軍団、この命を以て宿敵を打ち果たさん!!』

(おいおいおい、さすがにあの数を独りじゃ……!)


 思わず腰を浮かせたギルダーンの眼前、ジークが呟いたのはたった一言だ。


「ルージュ」


 次の瞬間、彼の足元から千本にのぼる影が伸びて、エルダーたちが動きを止めた。

 後続の者達は何が何か分からず前の者にぶつかり、鼻を抑えている。

 よく見れば、ジークの影とエルダーたちの影が繋がっている。


(な、ぁ。一体、何をして……!?)


 かつ、かつ、と。

 驚愕するギルダーンをよそに、ジークは歩みを進める。

 彼は一番近くにいたエルダーに刃を突きつけた。


「降伏を」

「だれ、が」


 ーー斬ッ!!


 くるくると、生首が舞ったエルダーが葬魂されていく。

 ジークはその横に居るエルダーに刃を突きつけた。


「降伏を」

「……糞くらえ」


 ーー斬ッ!


「家族に会いたいと思わない?」

「俺に家族はいねぇ!」


 ーー斬ッ!


「第二の生なんだよ。思い切って満喫しようよ」

「お前ら葬送官が居る限り、俺たちに安寧はない!」


 次々と、エルダーたちが為すすべもなく葬魂されていく。

 一体ずつ声をかけ、次は自分の番だと覚悟するエルダーの心情はいかほどか。

 そして千人以上のエルダーの動きを止める、彼の禍々しい力は何なのか。


 ギルダーンには、全て理解できなかった。

 やがて影が解け、エルダーたちはおのれの動きを取り戻す。

 既に百体以上のエルダーが葬魂されたにも関わらず、彼らは武器を掲げた。


「全軍、突撃ーーーーー!」

「はぁ……どうしてそう戦いたがるんだろう。やっぱり兵士だからかな」


 悲しそうに呟き、俯く。一拍の間を置いて、ジークは顔を上げた。

 それは既に、降伏勧告を告げる穏やかな死神の顔ではない。

 相対する何者の生存も許さない、絶対強者の修羅がそこにいた。


「降伏勧告を無視し、線を超えた。これはーーお前たちの選択だ」


 バチバチと、(いかずち)が迸り、


「トニトルス流双剣術迅雷の型」


 ーー紫電一閃。


「『天剣』」


 バシィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


 世界が白く染めあがった。

 悲鳴を上げる暇すら与えず、光速を超えた(いかずち)(そら)を駆ける。

 思わず地面に伏せたギルダーンは、恐る恐る目を開けた。


「……マジかよ」


 線を超えた全てのエルダーは、一人残らず蒸発していた。

 黒焦げになったエルダーたちの肉片が蠢いたその時、ジークは呟く。


「《哀れな魂に光あれ(カルマリベラ)》ターリル」


 祈祷詠唱と共に、エルダー魂は肉体から解き放たれた。

 肉片が消え、天に登っていく光の粒を見ながら、ジークは正面に向き直る。


「……っ」


 一人だけ、エルダーが残っていた。

 涙と鼻水を垂れ流し、尻もちをつくエルダーの前にジークは歩いて行く。

 武器を収め、エルダーの前に膝をつくと、彼はじっとエルダーを見つめた。


「……こ、殺さないのか?」

「言ったでしょ。容赦しないのは線を超えたエルダーだけだって」


 君は超えていないね。とジークは優しく笑った。

 その笑みに心を溶かされたのか、エルダーは奥歯を噛み、


「……向こうに、家族が居るんだ」

「……うん」

「エルダーになってから一緒になった女で、気が強くて、尻に敷かれてるんだけど。

 戦争に行かなきゃってなった時、泣いて縋ってきて……おれ、あいつが好きなんだ」

「……うん」


 エルダーは両手で顔を覆った。


「戦わないといけないのは分かってる……冥王様に逆らえるわけない……。

 でもッ、生きられるなら、生きたい……あいつと、一緒に居たいんだ……!」

「じゃあ生きよう」


 エルダーはハッと顔を上げた。

 ジークは真摯な瞳で言った。


「君の二度目の生を、僕は肯定する。君の愛を、誰にも否定させはしない。

 大好きな人と離れ離れになるのは、辛いよね。分かるよ。僕も同じだった」

「あんた、も……」

「うん。だから生きよう。例え誰が否定しても、君の想いは本物だから」


 唖然としたエルダーが、おそるおそるといった様子で問う。


「……まさか、本当に、生かしてくれるのか……?」

「そう約束したでしょ?」


 ジークは苦笑気味にそう言って、魔剣を放り投げた。

 途端、魔剣が神獣へと姿を変え、白き竜が翼を広げて降り立つ。

 キュァァア、と嘶いた白き竜はエルダーを口に咥え、背中に乗せた。


「う、うわぁぁああ!? な、なんだこいつ!?」

「アルトノヴァ。僕の相棒……分かってるって、ルージュも相棒だから」

「……?」

「とりあえず、この子に送ってもらうから。暗黒大陸まで送ったら後は帰れる?」

「……あ、え、たぶん、いけると思う。何か月かかるか分からねぇけど」

「そこは頑張って。あと上位のエルダーに出会わないように注意してね。

 強制的に従わされちゃうから。さすがに僕もそこまではどうしようもない……。

 僕が出来るのはチャンスをあげる事だけ。あとは君の意志次第だ」


 おいき。そう言ったジークの言葉を受け、エルダーを乗せた白き竜は去って行く。

 ばさり、ばさりと遠ざかっていく白き竜の後ろ姿を、ジークはずっと見つめていた。

 そして、


「……居るんでしょ? 出ておいで」


 振り返った彼が見ているのは、ギルダーンの隠れている茂みだ。


「…………」


 ギルダーンは諦めたように息をついて、岩陰から姿を見せる。

 先ほど圧倒的な蹂躙をしてみせた男とは思えない、儚げな笑みが浮かんだ。


「ギルダーンさん……だよね? 眠れなかった?」

「……なんでだ」


 ギルダーンは絞り出すように言った。

 いつから尾行に気付いていたとか、そんな問いにもはや意味はない。

 あれほどの実力だ。最初から気付いていたのだろう。

 だから、ギルダーンが問いたいのは一つだ。


「なんで、エルダーを逃がした?」

「……なんで、か」


 ジークは気まずそうに頭を掻いた。


「一言でいうのは難しいけど……彼らを守りたいから、かな」

「守りたい、だと?」

「うん」

「……クソが」


 ギルダーンは舌打ちした。

 腹の底から、言い知れない怒りが込み上がってくる。

 そんな事を言う奴を何人も見てきた。全員、世界に抗えずに死んでいった。


「……底抜けの偽善者が。一体や二体逃がしたところで何になるんだよ。

 お前、たった今、何体のエルダーを葬魂した!? 

 守りたいなら、そいつら全員助けりゃいいだろうがっ!さっきの奴の顔も! 

 どうせ明日には全部忘れて、また向かってきた時、お前は容赦なく殺すんだ!」


 あぁ、これは八つ当たりだ。

 頭の中を怒りに支配されながらも、もう一人の自分がそう言っていた。


 ()()()()()()()()()()()

 たった一人の、守りたい女も守れず、世界の常識に抗えず。

 自分の手で愛した女を殺し、上官を殺し、全てをめちゃくちゃにしてしまった。


 変わらないのだ。何も。

 変えられないのだ。理不尽を。


 どれだけ抗おうと、どれだけ嫌だと駄々をこねても。

 この世界の運命は容赦なく意思を挫き、心を折りに来る。


 だから、変わってはならないのだ。

 だって、そうじゃなきゃ、自分は。恋人を殺した自分は、救われないじゃないか。


「……じゃあ何もしない方がいいの? エルダーは全員殺せって?」

「あぁそうだよ、殺せばいい! それが世界の常識って奴だろうが!

 お前が何をしようがッ、この理不尽な世界は、何もッ、何も変わらねぇんだッ!!」

いやだね(・・・・)

「な、ぁ……?」


 吐き捨てるような言葉に、ギルダーンはたじろいだ。

 それはエルダーを殲滅した時よりも、さらに強い言葉だった。


「一人や二人エルダーを逃がしたところで変わらない……そんなの誰が決めた?」

「そ、れは」

「世界が変わらないなんて、エルダーは全員殺せだなんて、誰が決めた?」

「……っ」


 ジークの言葉は徐々に熱を帯びていく。

 燃えたぎる紅色の眼光が、ギルダーンを睨んだ。


「僕は諦めない。例え誰に何を言われようと、エルダーを助け続ける。

 人間も、獣人も、エルダーも、この世界の理不尽に苦しむ人たちは全部助ける!」

「ふざけんなッ! 神にでもなったつもりか……? 出来るわけねぇだろうがッ!」

「出来る出来ないじゃない、やるんだ。僕がそう決めたから」


 一歩、ジークは足を踏み出した。

 小柄な体躯なのに、ギルダーンは怯む。その背はいやに大きく見えた。


「人もエルダーも獣人も、どうして理不尽に苦しまなきゃいけないんだ?

 戦いたくないのに戦わなきゃいけないのはなんでだ? そんなの誰が決めたんだ」

「そ、れは」

「確かに君の言う通りだ。僕はさっき、大勢のエルダーを殺した。

 救う努力はしたけど、救えなかった。でもしょうがない。あれが彼らの選択なんだ。

 彼らがあのまま生き延びたら、君たちを殺していただろう。だから、殺した。そこを否定はしない」


 だが、一人だけでも助ける事が出来た。

 戦いを望まない、恋人が家に待っているエルダーを救う事が出来た。

 それだけでも、大きな一歩と言えるのではないか。


()()()()()()()()()()()

「……っ」

「望まない戦いを強いられ、理不尽な悲しみの連鎖が続く世界は間違ってる。

 僕はこんな世界は嫌だ。絶対に変えて見せる。そう誓ったんだ」

「どう、やって」

冥王を倒す(・・・・・)


 ギルダーンは空いた口が塞がらなかった。

 夢物語だと、馬鹿にしかけた言葉をすんでのところで止める。

 冥王を倒す。それは葬送官の誰もが一度は抱く、子供の夢と同じようなものだ。


 現実が分からないからそんな事が言える。

 相手がどれだけ強大な相手かも分からないから、ほざくことが出来る。

 そう言おうとしたはずなのに、ギルダーンの口は蛇に睨まれた蛙のように動けない。


(この男なら、もしかしたら)


 五柱の神霊を一瞬で倒し、千体以上のエルダーを剣の一振りで葬魂したこの男なら。

 あるいは、冥王を倒すという夢も現実のものになるかもしれない。

 そうすれば、楽園(アアル)に居る彼の恋人も、少しは報われるだろうか……。


「……お前だけで、冥王を倒せるのかよ」

「仲間がいる。けど、全然戦力が足りない。だから、そのために来た」


 ジークが手を差し出してきた。


「力を貸してほしい。ギルダーン・マイヤー」

「……冥王を倒すため? 世界を変える……そんなイカれた幻想に付き合えってか」

「そう言っている」


 その瞳に、迷いはない。


「……俺は」

監獄島(アルカトラズ)で世界に絶望したまま朽ち果てるのか?」

「……っ」

「お前がそれを望むならそれでいい。それがお前の選択だ。

 でも、お前は違うだろう。だからさっき、黙って見ていたんじゃないのか」


 そう、そうだ。

 ギルダーンはエルダーを悪だとは思っていない。出来れば救いたいと思っていた。

 自分にはできなかったことを軽々とやり遂げる。この男が妬ましくて仕方がなかった。


 ーーどの道、この監獄島(アルカトラズ)に未来はない。


 この男が来るまで、日に日に悪魔たちの勢いは増していった。

 先の戦争の後、悪魔はひっきりなしにやってきて、そのたびに百人以上の囚人が死んでいた。二か月前は三千人が暮らしていたこの島も、残すは百人前後と言ったところだろうか。いずれは自分も彼らと同じように死ぬだろう。そう思っていたのだ。


 ーーだけど、この男なら。


 世界を変えるという愚かな夢を恥ずかしげもなく口にし、

 口だけではない実力を示し、人類の守護者まで登り詰めたこの男なら。


 このくそったれな世界を、ぶち壊してくれるかもしれない。


 斬ッ、と風切り音が響き、ジークはギルダーンに刃を突きつけた。


「さぁ選べ、ギルダーン・マイヤー!

 絶望の底で朽ち果てる事を望むか? ならば失せろ!

 生半可な覚悟なら足手まといだからな。そんな腑抜けに用はない!」


 ガツンと、頭を殴られたような気がした。

 胸の中がカァッと熱くなって、燻っていた火種が燃え上がる。


「だが」


 魔剣の切っ先に、雷が迸った。


「もしも世界に抗う意思があるなら、この理不尽な世界をぶち壊したいと思うなら」


 刃を収め、英雄は手を差し伸べる。


「この手を取るがいい。世界を敵に回すだろう。死よりも辛い道だろう。

 それでも、この世界で誰も見たことがない景色を、お前に見せてやる!」


 慈悲なき煉獄に、蜘蛛の糸が垂らされた。

 その先に居るのは天使か、悪魔か。いや、きっとどちらでもないのだろう。

 この男は修羅だ。

 立ちはだかるもの全てをなぎ倒し、あらゆるものを拾う阿修羅だ。


 ジーク・トニトルスは選択を示した。

 ならば、自分は。

 恋人を喪い、世界に絶望し、全てを諦めていたこの俺は。

 煉獄の底で醜くも生きあがく、ギルダーン・マイヤーは何を選ぶ?


「クハッ、足手まとい? 元特級葬送官相手に、言ってくれんじゃねぇかよ」


 ーー決まっている。ぶち壊してやるんだ、このくそったれな世界を。


 ギルダーンは口元を吊り上げ、不敵に笑って見せる。


「言っておくが、俺はお前より遥かに戦場を生き抜いてきた。

 凡人には凡人の戦い方があんだよ。俺がいねぇと苦労すんぜ?」

「ならば」

「俺を使えよ、大将(・・)


 どうせ死ぬなら、最後に賭けて見たくなった。

 大願を恥ずかしげもなく口にする愚かな英雄に、ついて行ってみたくなった。

 ギルダーンは膝をつき、頭を垂れる。


「俺の名はギルダーン・マイヤー。天下の喧嘩屋にして嵐の神(フラヴィアドラ)を奉ずる者。

 ジーク・トニトルス。この俺が必要なら使え。必ずやあんたの役に立つだろう」

「顔を上げろ」


 ギルダーンは顔を上げる。

 蜘蛛の糸を垂らした男は、改めてギルダーンに手を差し伸べた。

 ニカ、とその口元に、無邪気な笑みが咲く。


「よろしく、ギルダーン」

「あぁ。こちらこそだぜ」


 男の手(その糸)は小さくて細いのに、とんでもなく力強かった。

 地平線の空から滲む朝の光が、二人の男を照らし始める……。


 慈悲なき煉獄に、革命の火種が弾けた瞬間であった。



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― 新着の感想 ―
[一言] まずは一人ですね。このあとも順調に増やして行けたらいいですねぇ〜。 次回の更新待ってます!
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