第二十八話 旅立ち前夜、それぞれの想い①
星が降ってきそうな夜空をルージュは眺めていた。
地上で何が起ろうとこの星空だけは変わらない。
実験室で見られなかった悠久に続く景色がそこにある。
こんな景色を見られるようになったのは、全て兄のおかげだ。
「お兄ちゃん……」
ふと、ルージュは部屋の壁を見る。
隣の部屋にいるであろう兄は、きっと今日も大切な人と過ごすのだろう。
正直言って自分も甘えたいところだが、離れ離れになる今日くらいは許してもいい。
それに、以前ほど嫌な気持ちにはならないのだ。
「でも、振った相手がすぐ隣にいるのに恋人と寝るってどうなの、ねぇルージュ」
『……』
呼びかけに、答える声はない。
けれどルージュは頬を緩め、答えがあるように頷いた。
「うん。もう迷わないよ。あたしはお兄ちゃんの相棒になる」
冥王の妹であることも、悪魔であることも。
あの兄の役に立てるなら安いものだ。誰に嫌われたって構わない。
どれだけ自分が重荷であろうが、もう二度と、彼らの手を離したりするものか。
(それに、あたしはーー)
コンコン、とノックの音が響いた。
「……? だぁれ?」
「ルージュ、わたしです。入っていいですか?」
「え、お姉ちゃん?」
ルージュは驚きをあらわに、扉に駆け寄る。
扉の向こうには、姉であるリリアが枕を手に佇んでいた。
「お姉ちゃんどうしたの、お兄ちゃんとえっちしてたんじゃないの?」
「~~~っ、ば、もうっ、女の子がそんなあけすけな言い方するんじゃありません!」
「えぇー」
やってるのは本当だからいいでしょ。
「ていうか今日はしてないですし、実は……」
「今日は、ね。お姉ちゃんもお兄ちゃんも若いもんねぇ」
「こら、揚げ足を取らないでくださいっ! もう。入りますよ!」
リリアはぷんすかと怒りながら部屋の中に入っていく。
ベッドしか置いていない寂しい一室を見て、彼女は苦笑気味に言った。
「女の子の部屋なんですから、もっと物を置いてもいいんですよ?
前にも言いましたけど、欲しいものがあれば言ってくれればいくらでも……」
「んー。でも、普通の女の子ってどんなもの買うのか分からないし」
リリアはハっとしたように振り返った。
唇を震わせ、何かを言おうとして、口を閉じて。
そして痛みを堪えるように目を瞑る。どうかしただろうか。
「お姉ちゃん?」
「……ごめんなさい。わたし、本当に姉気どりのお馬鹿でした。
呼び方だけ変えても、ちゃんとお姉ちゃんが出来てません。こんなの……」
突然、リリアが涙を流し始めた。
ルージュは慌てて、
「え、ぇ? なんで泣いてるの? どこか痛いの?」
「なんでも……本当に、ごめんなさい。なんでもないんです」
堪え切れない涙を流しながら、リリアは嗚咽を堪える。
ーーこれまで、ルージュのことを本当の妹のように思っていた。
けれど、姉として彼女にしてやれた事が、どれだけあっただろう。
普通の生活を知らないルージュに欲しいものを言えと告げても、何も出てこないに決まっているのだ。ジークでさえ、部屋に物を置くようになったのはリリアが言ったものばかり。過酷な半生を歩んできたこの兄妹が、普通を理解するのが難しいと分かっていたはずなのに。
(わたし、大馬鹿だ。自分のことばっかり考えて、お姉ちゃんが出来てなかった)
いくらジークに追いつこうと必死で忙しくても限度がある。
これでは、ルージュが寂しがるに決まっている。
こんなもので姉を名乗っていたのか、自分は。底抜けの馬鹿だ。
「な、泣かないでよ。こういう時、どうしたらいいか分からないよ」
おろおろとしたルージュは、意を決したように顔を上げる。
それからリリアの頭に手を置くと、ゆっくり撫で始めた。
「ぁ」
「お兄ちゃんにこうしてもらったら、その、落ち着くから。
どう? もっと撫でてほしい? ちゅーしてあげようか?」
「……大丈夫です。ありがとうございます、ルージュ」
リリアは涙を拭いて、
「新しい拠点では、いっぱい欲しいものを買いましょうね。
そうだ、今度はわたしの影に入ってください。一緒に買い物に行きましょうっ」
「う、うん。でも、いいの?」
「良いに決まっています。ルージュはわたしの妹なんですから。
お姉ちゃんとして、ルージュに女の子の嗜みを叩き込んであげます!」
「……ん。じゃあ楽しみにしてる」
にしし、とジークのように笑ったルージュ。
「それで、それを言いにきたの?」
「違います。本当の用事は、これ」
リリアは持ち込んできた枕を見せて、
「一緒に寝ましょう、ルージュ」
「え、でもお兄ちゃんは……」
「ジークなら『たまにはアルと一緒に寝てあげないと拗ねるから』って翼の中です。
だからわたしは、可愛い妹を抱き枕にしようかなって」
「……」
それが自分と寝るための口実であると、ルージュにはすぐに分かった。
今回の騒動で、彼女は彼女なりに思うところがあったらしい。
以前なら恋敵と寝るなんてと思っていたが、今は姉に甘えたい気分。
せっかくこう言ってくれているんだし、好意にあずかろう。
「えへへ。しょうがないなお姉ちゃんは。
あたしが居ないと寂しくて寝ることも出来ないなんて」
「そうなんです。わたし、ダメなお姉ちゃんなんです」
くすりと笑い、リリアとルージュは同じ布団の中に入った。
目の前にいる妹の、上目遣いの瞳がリリアを見上げる。
「なんか新鮮。誰かと寝るなんて、冥界以来かも」
「これからは、二日に一回は寝ましょうね。毎日でもいいんですけど……」
「いいよ。分かってる。二人の時間は邪魔しないから」
「……うぅ」
リリアは恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔をした。
そんな顔をしなくても、こちらは既に色々と開き直っている。
ルージュはニマァ、と笑いながら、リリアの胸を鷲掴みにした。
「きゃ!? ちょ、ルージュ!?」
「改めて触ってみると、お姉ちゃんのおっぱいめっちゃ気持ちいいよね。
これはお兄ちゃんが夢中になるのも分かるな~。ねぇ、もっと触っていい?」
「ちょ、ダメです! わたし、そっちの気はないですから……!」
「えー、いいじゃん。妹に触られるくらい、ノーカンだよ、ノーカン」
「どこでそんな言葉覚えたんですか……!?」
柔らかな心地に満足げなルージュ、少しだけ変な気分になってきたのは秘密である。
調子に乗って頬に口づけると、リリアは「もぉ」と不満げに頬を膨らませ、
「いい加減にしないと怒りますよ、ルージュ?」
「いやぁ、あはは。つい。でも気持ちよかったでしょ?」
「まぁ少しだけ……って何言わせるんですか!?」
リリアとルージュは顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。
背中に手を回すと、リリアは羽でルージュの身体を包み込んでくれた。
「えへへ。ね、今度三人で一緒に寝たいね」
「わたしはいつでもいいですけど、悪戯はしないでくださいよ?」
「えぇー。どうしようかなぁ」
にやにやと、ルージュは笑う。
「ねぇお姉ちゃん。あたし、まだお兄ちゃんのこと諦めてないからね?」
「ほえ!?」
突然の告白に、リリアは目を見開いた。
ルージュはさらに笑って、
「当たり前じゃん。お姉ちゃん、あたしを誰だと思ってるの?
一度振られたくらいで諦めるような、諦めの良い女だと思った?」
「それは……」
確かに、ルージュなら何度振られても諦めなさそうだ。
しかも彼女はジークの妹。立ちはだかる壁など、難なく乗り越える。
ただ、そうと分かっていても、ジークの恋人であるリリアは戸惑いを隠せなくて、
「た、確かにジークのあの言い方だと諦めきれなくて当然ですけど……」
「お姉ちゃんは、あたしがもう一人のお嫁さんになるの、いや?」
リリアだけではなく、既にアステシアという恋人もいるジークだ。
もしもルージュが増えれば、さらに二人きりの時間が減る事になるだろう。
寂しいのか? と自問したリリアは、不思議と胸が暖かい自分に気づいた。
(あれ、わたし……)
「なんででしょう……いやじゃ、ないです」
「ほんと?」
リリアは素直に頷いた。
ジークと自分の間にルージュが居て、隣にアステシアが居る。
それはどこか、自然な光景のように思えた。
恐らく、このまま彼女が『妹』であってもその光景は変わらないだろう。
それならばーー
「ほんとに、嫌じゃないです。不思議ですね。
わたし、もっと自分が嫉妬深い女だと思ってました」
苦笑すると、ルージュは嬉しそうに笑った。
「えへへ。まぁお兄ちゃんは受け入れてくれなさそうだけどね」
「確かに……変なところで頑固ですからね、ジークは」
「うん。でもね、あたしはそんなお兄ちゃんを愛し続けるよ」
何度想いが届かなくてもいい。
何度振られたってかまわない。
最後に彼に振り向いてもらえるなら、ルージュはあらゆる手を尽くす。
「けど、そのために何かを犠牲にするのは……もうやめる。
今度は正々堂々と、自分の想いをぶつける。それで、お姉ちゃんに並び立つんだ」
例え自分だけを見てくれなくても。
他に花嫁が二人いてもいいから、本当のお嫁さんになりたい。
それこそが、自分のわがままで、戦いの先に見る夢だ。
「ルージュ……」
「だから、お姉ちゃん。応援してくれる……?」
おずおずと、上目遣いで潤んだ瞳がリリアを見上げる。
背中に回された手のひらは震えていて、その手は熱かった。
ありったけの勇気と、ほんの少しの恐怖。
今度は間違えない。リリアは妹の想いを正確に感じ取った。
思わずこみ上げてきた涙をぬぐい、頷きを返す。
「もちろんです。わたしはルージュのお姉ちゃんですから」
元より、今さら一人増えたところで変わらない。
相手がルージュなら猶更である。
「でも、ジークは手強いですよ?」
「ふふん。望むところだよ。あたしの魅力でとろとろに溶かしてあげるんだから♪」
一瞬の沈黙。二人は同時に噴き出して、くすくすと笑い合った。
血のつながった姉妹よりも強い絆。
戦いを経て確かめ合った想いを胸に二人は互いを抱きしめる。
「ね、お姉ちゃん」
「どうしました、ルージュ?」
ルージュはリリアの胸に顔を埋め、呟いた。
「離れていても、大好きだよ。お兄ちゃんと同じくらい」
「……はい。わたしも大好きですよ」
「だから、ね。聞いてくれる? あたしと、あたしの親友のお話。
ローズとルージュの話。あたしがあたしとして始まった、最初の物語を」
リリアは目を見開いた。
そしてゆっくりと口元を緩め、こくりと頷く。
「えぇ。ぜひ。わたしも、聞いてほしい話があるんです。
才能も勇気もなくて、家でずっと独りぼっちだった……ただの女の子の物語を」
「……ふふ。一緒に寝るつもりだったのに、今日はお互い、寝かせらんないね?」
「そうですね」
天使と悪魔の姉妹は笑い合い、
「じゃあ、あたしから話すね。これは、ローズが番号で呼ばれていた頃の話なの……」
そうして、姉妹は互いの身の上を話し合う。
古傷をさらけ出す少女たちは、ずっと互いを抱きしめ合っていたーー。
◆
ーー同時刻
「……しッ」
『最果ての方舟』拠点の庭先に鋭い風の音が響いた。
汗を流す竜人の男は尻尾を巧みに操り、時に爪を閃かせ、剛脚で大気を裂く。
まるで本当に相手がいるかのような動きだ。
想定する相手がよほど格上なのか、彼の身体にはとめどない汗が浮かんでいた。
「ーー精が出ますわね、オズワン」
「……姉貴」
ピタリ、と動きを止め、汗をぬぐったオズワン。
尻尾を地面にたたきつけた男に、竜人の姉は微笑みを浮かべる。
「眠れませんか」
「……まぁな。正直、こんな形であそこに帰るとは思わなかった」
「わたくしもです。少し、話でも?」
オズワンは頷き、姉が投げてきたタオルを受け取る。
カレンは夜空に浮かぶ月を眺めながら、
「……オズ。あなたは強くなりました」
「はぁ? んだよ、いきなり」
「身体ではありません。心の話です。
ジーク様と出会ってからのあなたは生き生きとしていて、姉として嬉しかった」
「……ふん」
確かに、ジークと出会ってからの自分は変わったように思う。
国から逃げて、逃げて、逃げて、逃げ続けて来た日々。
魔素拒絶症候群に陥ったカレンを抱えての日々は、出会う誰もが敵でしかなかった。
けれど、冥界で出会ったジークは。
初対面で、いきなり攻撃を仕掛けたにも関わらず助けてくれた。
興味が沸いて、憧れて、あの男のようになりたいと思ったのはいつだったか。
「……おれぁ、ちったぁ近づけてるのかね」
「それはあなたが決める事です、オズ」
「……そうかよ」
何もかもお見通しというわけだ。
この姉に隠し事が出来るのはいつになる事やら。
オズワンは息をつき。
「なぁ姉ちゃん。あんただけでも、国に帰らず途中で逃げてーー」
「馬鹿おっしゃい。あなたをあそこに一人で帰させるわけないでしょう」
「……けどよ。姉ちゃんの病気は治ってんだ。あそこに戻ったら、」
「例えどのような結末になろうとも、あなたを孤独に戦わせはしません。
いつか誓いましたね。我ら姉弟、例え戦う場所は違えど、心は一つであると」
幼き日の誓い。
寄る辺もなく、頼るべき者も居ない中、姉弟は誓った。
その記憶を忘れたわけではない。だが、病から解放されてなお、あの渦中に飛び込むのは。
「いい加減、わたくしたちも覚悟を決めねばなりませんから」
「……過去と向き合えってか。テレサの姐さんみたいな事言うじゃねぇか」
「あの方からの受け売りですからね」
「……そうかよ。ま、そうだな」
オズワンは夜空を見上げた。
憧れだった背中は遠く、手を伸ばしても伸ばしても届きそうにはない。
けれど、近づけては居るのだと、うぬぼれてもいいだろうか。
「ま、一筋縄じゃ行かねぇのは分かってらぁ。
それでも目指す。憧れたからな。それでこそ漢ってもんだろ」
「……えぇ、それでこそ、わたくしの弟ですわ」
くすりと微笑み、カレンは憧れを追う弟の尻尾を叩く。
それは常に弟を見守る姉の、無言の激励だ。
過保護な姉に苦笑しながらオズワンは立ち上がる。
「……どこに行く気です?」
「あぁー、ちっと野暮用だ。ついてくんじゃねぇぞ」
カレンはじと目で、
「……愚弟。あなた、まだ諦めてなかったんですの?」
「うっせぇよ、クソ姉貴」
見透かされた弟は鼻を鳴らし、
「一度振られたくらいで諦めるなんてなぁ、漢じゃねぇだろ。
どっかのバカも同じこと思ってそうなのが鼻につくがな」
そう言ってオズワンは拠点から出て行った。
あっという間に消えた弟に、カレンは呆れ交じりのため息をつく。
「こんな時間に女性を訪ねるなんて……あとでみっちりお仕置きですわ」
◆
ーー異端討滅機構本部、訓練場。
大勢の葬送官たちが仕事に精を出すこの時間。
非番を与えられた一人の葬送官が、訓練場で嵐を巻き起こしていた。
「《逆巻け》、《嵐のごとく》、《消し去れ》、『風の戦槌』!」
ズドンッ! と槌を叩く音が響き渡る。
硬度『鬼』と書かれた丸太が吹き飛び、真ん中に皹が入った。
人間相手ならぺしゃんこにしていてもおかしくない威力に、しかし、葬送官は。
「ハァ、ハァ……ダメだ。こんなものでは、全くダメだ」
レイピアの切っ先を頼りなさげに揺らす葬送官。
金髪を振り乱す女傑ーーオリヴィア・ブリュンゲルは唇を噛み締める。
「こんなものでは……あの子らの足元にも及ばない……!」
思い出すのは常闇の都での戦闘。
オリヴィアは真っ先に到着したにも関わらず、殆ど何もできずに終わった。
カリギュラを抑える役割をこなしきれず、ルージュを人質にとられてしまう始末だ。
瀕死の相手にもかかわらず、オリヴィアは彼の動きに付いていけなかった。
(あれほどの相手を倒すなど、ジーク。お前はどれほど……)
そしてそれ以上に成長が著しいのがリリアだ。
熾天使として転生したのは分かっていたが、その力の精度が半端じゃない。
天使としての力に甘んじでいては、あそこまでの成長は不可能だろう。
生まれ変わる前のリリアと、本当に同一人物なのか疑ってしまうほど。
(そして、ルージュという娘も……)
あの姉妹の戦いに割って入れば、自分などひとたまりもないだろう。
才能の限界。そんな言葉が脳裏に過り、オリヴィアはレイピアを握りしめる。
「私は……!」
「--諦めんのか?」
「何奴っ!?」
突然声が聞こえて、オリヴィアは振り返った。
訓練場の扉に背を預ける、一人の獣人の姿を認める。
「貴様、『最果ての方舟』の……」
「オズワン・バルボッサだ。そのでけぇ胸に刻みこんどけ」
「……っ」
あけすけなオズワンの物言いに、オリヴィアは咄嗟に胸を隠した。
つい先日、顔と胸を目的に告白された記憶は新しい。
オリヴィアのオズワンに対する印象は『下心まるだしのクソガキ』である。
「何の用だ」
「別に。ただ、ここに居るんじゃねぇかと思ってよ」
「なんだと?」
「力不足、感じてんだろ?」
心中を言い当てられ、オリヴィアは目を見開く。
「なぜ……」
「分かるぜ。おれも同じだかんな。同じ目をしてる」
「……慰めに来たのか?」
「惚れた女がしょぼくれてんだ。誰も気付いていない以上、おれが来るしかねぇだろ」
「……気が利くのか下心が目的か、どっちだ」
「どっちもだ。おれはまだテメェを諦めてねぇ。あわよくば番になりたいと思ってる。
それに……テメェみたいに自分の力不足を感じて、鍛えようとするやつは嫌いじゃない」
オズワンのまっすぐな瞳にオリヴィアは思わずたじろいだ。
下心が目的とあけすけな言い方ではあるが……。
隠さずに堂々としているところは、正直言って好ましい。
それに、一生涯男性と付き合ったことのないオリヴィアにとって、こうも好意をまるだしに近付いてくる人間は稀だった。
だからだろうか。
オリヴィアはふっと視線を落とし、弱音を吐いていた。
「……私は、サンテレーゼで『戦姫』だなんだともてはやされていた。
実家では天才だのなんだの言われてきたし、権能武装も習得した。
序列も百七十五位まで登り詰める事が出来た。自分でも弱い方ではないと思う」
「そうだな」
「だが……世界は広いな。私は、井の中の蛙だ」
天使となったリリアは自分とは格が違うほどの実力を持っていた。
あの姉妹の戦いを目の当たりにして、ついていける自信がオリヴィアにはない。
ついこの間まで庇護対象だった妹に、今では自分が守られる立場だ。
妹の成長が嬉しいと同時に、それがたまらなく悔しい。
「ハッ。やっぱ姉妹か。どいつもこいつも才能がどうのだの悩みやがる。くだんねぇ」
「何だと?」
柳眉をひそめたオリヴィアに、オズワンは吐き捨てる。
「天使になった姐御も、おんなじ様なことで悩んでたぜ」
「……リリアが?」
「『わたしには天使になる前から才能がない。お姉さまのような才能が』ってな。
だから姐御はいっつも努力してやがんだ。兄貴に追いつきたくて、必死なんだよ」
才能がないと言うなら、オズワン・バルボッサは誰よりも才能がない。
一族の中でも落ちこぼれと蔑まれ、国ではずっと姉に守られてきた愚かな弟だ。
誰よりも弱く、貧弱で、兄弟に殴られるたびに泣き喚き。ぶちのめされた。
けれど、それでも。
「テメェでテメェを諦めらんねぇからここに居る。そうじゃねぇのかよ?」
「それは……」
「うだうだ悩んでいる暇があんなら突っ走れ。弱音を吐く暇があるなら鍛え上げろ。
それが、それだけが『持たざる者』って奴が出来る唯一のことだろうがッ」
「……貴様は、」
「じゃねぇと」
ニヤリと嗤い、オズワンはオリヴィアに飛び掛かった。
「そのデケェ胸揉みしだいちまうぞ、オラ!」
「~~~~~~~~~~~~~っ! 死ね!」
ーー……がっこんッ!
鉄拳制裁。
青筋を浮かべたオリヴィアの拳がオズワンの頬を殴り飛ばした。
もんどり打って吹き飛んだ竜人に、オリヴィアは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「少しは見所のある漢かと思えば……! 結局それが目的か! 恥を知れぇ!」
「……」
「フン。貴様に言われずとも、私は元々努力型の人間だ!
第一席という師も居る。持てる者から全て吸収して、私は必ず彼らに追いつく!」
ぎゅっとレイピアを握り、オリヴィアは訓練場を後にする。
そうだ。迷う必要はない。何を迷っていたのだ、自分は。
目標とすべき場所がある以上、そこに向かっていくのが自分という女だろう。
「……待っていろ、次は決闘で叩きのめしてやる!二度と減らず口を叩けないようにな!」
ばたん、と扉が閉まる音。
残されたオズワンは、じんじんと痛む頬を触りながら口元を緩めた。
「あぁ、それでいいんだよ。それでこそーーおれが惚れた女だ」




