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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
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第二十五話 武人の贖罪

 

【……どこでその言葉を?】


 アステシアは目を見開いていた。

 ジークはヤタロウに協力していた人物が言っていたことを話す。

 彼の女神は思案げに顎に手を当てて、


【……実はその言葉については私も調べているのよ。

 私の権能にも引っかからないから……恐らく冥王関係だとは思うんだけど……】


 アステシアはヤタロウを見た。


【あなたは何か知らないかしら。彼女(・・)の言った意味を】


 アステシアが謎の協力者の性別を断定したことに驚くジークである。

 当然のことだが、ジークの救出に協力した者の正体をヤタロウも知っているらしい。

 一同の視線がヤタロウに集中するが、


「申し訳ありませぬが、言えませぬ」

「……おい、そりゃぁねぇんじゃねぇのか。テメェがどんだけの事をしたと……」


 オズワンが凄んでも、ヤタロウは動じない。


「どれだけ問われても言えませぬ。彼女の正体を明かさない。

 これは拙者たちが彼女と協力するうえで結んだ約束でござる。故に、」


 ヤタロウの目が、ギラリと煌めく。


「仁義は貫き通す。それが亡き父母の教えなれば」


 それに、と彼は肩を竦めて、


「正直なところ、終末計画などという物騒な言葉は拙者も初めて知り申した」

「……アステシア様も彼女とやらの正体を言う気は……ないですよね」

【ヤタロウがこう言っている以上、私が言うのも違うでしょう】

「……ですか」


 恐らくアステシアは問い詰めれば教えてくれるだろう。

 しかし、それをすればジークの中で何かが喪われてしまう気がした。

 アステシアは自分の質問に答える都合のいい神ではない。ただ一人の女だから、


「分かりました。答えは自分で探す事にします」

【それでこそ私が惚れた男よ。じゃあ……今度こそ、またね】


 アステシアは満足げに微笑んで消えていった。


 途端、張りつめていた緊張がふっと緩み、空気が和らいでいく。


「テメェと居ると感覚が麻痺するけどよォ。普通、神霊って出るのが珍しいんだろ。

 それをあんなにポンポンと……ジークお前、人騒がせな奴だな」

「まぁ……それがジーク様の英雄たる所以かもしれませんが」

「分かってたけど、実はお兄ちゃんって巨乳好き……?

 ていうか、今さっき振った女の前でイチャイチャするの、かなりひどいと思う」


 ルージュの悲しげな言葉に、女性陣は同情の眼差しだ。

 ジークは咳払いして、


「ごほん。さ、さて。早く後始末をしなきゃね」

「むにゅー……誤魔化されてる気がする」

「そそそそ、そんなことないし!」

「……でも、確かにジークはちょっと胸が好きな気も……」

「あ、やっぱり?」

「リリア、お願いだからその話やめよっ?」


 あけすけな姉妹にジークは慌てて話題を切り替えようとする。

 オズワンが仲間を見つけた目をしていた。頼むから一緒にしないでほしい。


「……緊張感の欠片もないにゃぁ」


 イズナは呆れ交じりの吐息をこぼす。

 わいわいと、死闘の後とは思えない空気だ。

 あわや死の神との対決になりかけたのに、彼らは何とも思っていないのだろうか。


「……なーんかイズナちゃん、マジで場違い感がすごい……」

「奇遇だな、エルブラッド殿。私も同じ気分だ」


 イズナの隣に立っているオリヴィアは、ジークやリリアを見る。

 自分の知る半魔と妹は、ついに死の神に立ち向かうまでに大きくなった。

 それ自体は喜ばしい。彼らの成長はオリヴィアの誇りだが、


「ついこの間まで、近くに居たはずなんだがな……」


 オリヴィアの寂しげな呟きは彼らには届かない。

 ただ一人ーー竜人の男だけは、その尻尾をパチンと地面に打ち付けていた。


「ていうかさ、これ、どうするの?」


 ジークたちの話が落ち着くのを待って、イズナが話を切り出した。

 彼女はぐるりと周りを見渡す。

 死の神の出現によって気絶した大勢の住民たちが倒れている。

 無事な人たちはジークたちを遠巻きに見守っていて、七聖将の沙汰を待っている。

 常闇の都に住まう彼らは異端討滅機構の方針に従わなかった者達だ。

 彼らの中には犯罪者崩れの人もいるだろう。どうしたものか。


「ぶっちゃけ、この人たちの誰が信徒なのかもわかんないしにゃぁ……。

 このまま放置もしておけないし、助けたはいいけど、その後の事、何か考えてる?」

「あぁ……まぁ、はい。またイズナさんにお願いする事になると思います」

「……! へぇっ、考えてたんだ。ジっくん、やるじゃん」


 誰彼構わず考えなしに助けていたと思っていただけに、イズナは感心した。

 彼もテレサの弟子だ。助けたからには最後まで責任を持つと言う事だろうか。

 そういう事なら自分も第二席に便宜を図らってもらうよう取り計らおう……。

 と思っていたのだが、


()()()()()()()()()()()()

 ここに居るのは、彼らに強制的に働かされていた人達です」

「へ?」


 ちょっと待て、まさか。


「ジっくん、全部壊したことにするつもり?」

「ていうかもう壊れてるみたいなものでしょう」


 ジークは天井を見上げた。

 分厚い岩盤にぽっかりと穴が空き、太陽の光が降り注いでいる。

 もはや常闇の都と呼ぶことは出来ないだろう。


「イズナさんと同じく、僕も誰が信徒なのか分かりませんし」

「いやいやいや、ジっくん、それ、何も考えてないって言うんだよ!?」

「……」


 一拍の沈黙。

 ジークはすっと視線を逸らした。


「……ボク、ソウイウノ、ニガテ」

「片言で言っても許されないからね!?」


 例え悪魔教団であっても理不尽に死ぬ事は見過ごせないが、

 戦いの最中、助けたあとどうするか考えられるほど自分は器用ではない。

 そもそも自分は半魔として泥水をすすって生きてきたのだ。

 人間、生きようと思えばなんだかんだでやれるものだとジークは思う。


 あ、とジークは視線を移した。

 そういえばこの人がいた。


「そうだ君、大司教だったなら誰が信徒か分かるよね? 任せていい?

「お任せください! 拙者は命を救われた身。残りの生涯全てを捧げる所存です!」

「信頼が重すぎる……気持ち悪い」


 目を輝かせるヤタロウ。

 ジークはげんなりと息をこぼし、


「聞きたい事は聞いたから、君は……」

「その事なんですが」


 好きなところに行けばいい、と言おうとしたジークに割り込む声。

 見れば、リリアがいつにない真剣な顔でこちらを見ていた。


「リリア?」

「ジーク。()()()()()()()()()()()()()()

「部下って……七聖将の部下ってこと?」

「はい。そうです」

「なるほど。それは……って、はい!? 部下!?」


 予想外の言葉にジークは素っ頓狂な声を上げた。

 復讐のための仮の姿とはいえ、ヤタロウ・オウカは悪魔教団の大司教だった男だ。

 数多くの悪事に手を染めているだろうし、とてもではないが信用できない。

 いくら同じアステシアの加護持ちだからと言って……


「リリア、それは……」

「ジークには彼が必要かと思います。彼のような小賢しい立ち回りが出来る人間が」

「は、花嫁殿、そこまで拙者の事を買って……! 拙者、感激でござる!」

「どれだけ小うるさい性格をしていても部下にした方が役に立つかと」

「あ、あれ。褒められてない……?」


 ジークは渋面を浮かべる。

 彼からすれば、演技とはいえ嵌められた相手を仲間にするのに抵抗があるのだろう。

 リリアもその気持ちは分かるが、それとこれとは話が別だ。


(悪魔教団の大司教として各地を巡ったパイプと、異端討滅機構(ユニオン)に縛られない立場。

 さらには元老院の情報を入手できる、と。これほど美味しい人材はいません)


 リリアからすれば彼がジークを嵌めた事は気にするようなことではなかった。

 彼はアステシア経由でルナマリアとも繋がっていて、自分たちを此処に案内してくれたからだ。いわば、悪役に徹して彼を助けてくれたようなものである。


 あのラナとの戦いのあと、急いでジークの元に来られたのは彼の尽力が大きい。

 言い方に問題はあったのだろうが、徹頭徹尾、彼はジークを傷つけてはいなかった。


「この際、今日の事は置いておきましょう。レギオンに入れろとは言いませんし、

 馴れ合う必要はありません。この人をうまく使ってあげられるのはジークだけです」

「うーん……」


 リリアにここまで言わしめるとは……ヤタロウはそれほどの人材という事か。

 確かに彼の加護にはしてやられたし、初見相手にはかなり有効だとは思うが。


「ルージュはどう思う?」

「あたしは反対」


 ルージュは即答したが、


「って言いたいところだけど……」


 ハァ……とすぐに嘆息して肩を落とした。


「お姉ちゃんのいう通り、お兄ちゃんに必要な人材だとは思う。

 レギオンには居なかった性格だし……こいつの狡さは役に立つかも」


 目的のために全てを拾うのがジークだというなら、

 目的のために全てを投げ打ってきたのがヤタロウ・オウカという人間だ。


 おのれの命すら省みない不退転の覚悟。

 さすがにそこまでは要らないが、情に厚すぎるジークには彼の冷酷さが必要だ。

 リリアはもちろん、自分も出来る限りジークの意思を尊重しようとしてしまうから。

 意外な妹の反応にジークは眉根を寄せた。


「ルージュまで……オズは?」


 よほど嫌なのか、ジークは反対して欲しそうな顔をしている。

 しかしオズワンは腕を組み、


「嵌められたのは事実だけどよ、最後に助けられたのも事実だからな。

 結果的に問題は解決したわけだしよぉ……考慮するくらいの義理はあると思うぜ」

「むぅ……オズらしい答えだね」


 考慮という点が彼らしい。良いとも悪いとも言っていない。

 それはたぶん、彼がジークの判断を信頼しているからだろう。


「カレンは?」

「少なくとも、精霊は彼を怖がったりしていませんわ」


 弟と同じく、姉も答えを濁す。

 あくまで決めるのはジークであり、自分は判断に関わるべきはないと彼女は言う。

 それはもっともなのだが、ここまで反対意見が出なかったのがジークには意外だった。


(仮とはいえ悪魔教団だったのに……みんな、良いのかな)


 ジークが思っている以上にレギオンの仲間たちはヤタロウを評価している。

 それは彼が単身で冥界に潜り、死の神の神殿に潜り込んだ話と無関係ではあるまい。

 例え目的のためでありアステシアの加護があったとしても、同じ真似ができる者がいるかどうか。仲間の意図と想いを理解し、ジークは深くため息をついた。


「はぁ……分かった。ヤタロウ・オウカ。

 みんながこう言ってくれてるけど……君はどうしたい?」

「拙者を部下に……それは、光栄でござるが……よいのですか?」

「良いって言ってる。ていうか今考えたら、大司教だった君は放っておけない。

 異端討滅機構に始末される前にこっちで身柄を確保しておいた方が安全だと思う」

「……承知いたしました。それではそのお話、謹んでお受けいたします」


 両の拳を合わせて頭を下げたヤタロウに、ジークは頷き、


「但し、ここの人たちの事はちゃんと世話をしてあげること。

 彼らが今度一切犯罪を犯さず、安心して暮らせるよう手配するのが君の最初の仕事だ」


 それから、


「命を大切にする事。命を賭ける事と、投げ打つ事は違う。

 さっきみたいな……死んでも生きてもどっちでもいいって態度はもうやめろ」

「……!」


 ヤタロウは目を見開いた。


「……お見通しで、ござったか」


 ーー本当は、死ぬつもりだったのだ。


 故郷も家族も親友も恋人も何もかも全てを殺されて。

 復讐のために生きてきた人生だ。死の神に命を捧げても惜しくはなかった。

 誰がどうなろうと、本当にどうでも良かった。


 ジークと出会った当初も、内心では冷めていた。

 確かに彼は稀代の英雄だろう。凄まじい力を持っているのだろう。

 けれど、自分が一番苦しい時に英雄はやってこなかったのだ。


 自分と同じように苛酷な半生を歩みながらも、まっすぐな彼に嫉妬すらした。

 恋人を生き返らせるという目的を果たした彼を恨めしくも思った。

 彼を見ていると、醜い感情を持っている自分が惨めに思えた。


 だから、ジークが異端討滅機構に追放されようがどうでもよかった。

 今も未来も何もかもをかなぐり捨てて、ただ復讐に邁進する事していく。

 それが、それこそがヤタロウ・オウカの人生だった。


「故郷が滅んで、家族が死んで、無気力になる気持ちはよく分かる。

 復讐を遂げた今なら余計にそうだと思うけど……僕の部下になるからには、覚悟を決めてね」


 全てを理解した上で、ジークは告げる。


「虚しい気持ちに浸る暇がないくらい、コキ使ってやるから」

(この方は……)


 最初から、そうだ。

 この少年はどんな時だって前を向いている。

 どんなに苦しくてもどんなに辛くても、ルプスという仇を前にしても。

 未来を生きるために、今日を歩いている。


(まだ、生きよというのか。嗚呼、サクラ、拙者は……)


 亡き恋人の名を呼び、ヤタロウは俯いた。

 眩しい光を前に、暗闇にいた自分が引きずり出されていく。


(生きる事に意味があると言うなら……拙者は、)


 この人の為に、生きて行こう。

 この人の理想とする未来を紡ぐために、自分の全てを懸けよう。

 それが、復讐のために全てを犠牲にしてきた自分の贖罪だ。


「承知、いたしました……」


 ヤタロウはただ跪き、地面に頭をこすり付ける。

 ぽたり、ぽたりと、地面に染みが出来ていった。

 ジークは頷き、


「じゃあ早速、初仕事の前に頼みがあるんだけど」

「は。なんでござるか?」


 ジークはにこりと笑って、


「この街を守っていた隠し神インクラトゥス、神霊か何かで此処に居るでしょ?

 ちょっと案内してほしいんだ。その神に用はないけど……別の(ひと)に用があってさ」



Next→8/11 0:00

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の推しはアステシア様ですね。いやー、リリアやルージュもかわいいんですけど、やっぱりアステシア様の方が自分は好きですね。めっちゃかわいいですし。恥ずかしがるところとか特に好きです。FGOの…
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