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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
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第二十四話 裏切りの対価

 


死の神()との取引だもの、命くらいで済んで安いものよね?】


 神へ取引を持ち掛けた矮小な人間に対し、オルクトヴィアスは微笑みを浮かべる。

 美しい顔立ちからは想像できないゾッとした笑みだ。

 人と虫けらを同等に扱うような、神と人とを隔てる絶対の壁がそこにある。


【あなたが冥界で私の神殿に訪れた時はどうしてくれようかと思ったけれど。

 ネーファの腕を取り返してくれたことでチャラ。でも、それこれとは別よ】


【私、約束は守る女なの】とオルクトヴィアスは上機嫌に肩を揺らす。

 黒い影がヤタロウ・オウカに突き刺さりーー


【それに、えぇ。私は今、機嫌が良いからね。楽園(アアル)にはいかせてあげる。

 だから安心して死になさい? 人間の中でも少しはマシなあなた。

 輪廻の理があなたを導くでしょう。せいぜい来世に期待を……ん?】


 雷光が奔っていた。


「来い、アルッ!!」

「----!」


 ヤタロウの手から離れ、アルトノヴァがジークの手に飛んだ。


 ーー紫電一閃。


 オルクトヴィアスから伸びた影を、鋭い剣閃が断ち切った。

 魔剣の権能は因果を断ち切り、取引の対価を無効化する。

 斬、と剣を振り、ジークは人と神の間に割って入った。


【あなた……何のつもり?】


 オルクトヴィアスが不機嫌そうに眉を顰める。

 誰もが膝をつく神威を受けてなお、ジークは涼しい顔で言った。


「こいつには聞きたい事がある。この男の命、預からせてもらいたい」

【いやよ。取引の対価だもの。その人間は復讐相手を永遠に苦しめる事を神に願った。

 微々たるものとはいえ魔力を使うのよ。私にそれだけの労力を強いた報いがいる】

知ったことか(・・・・・・)。それはあなた達の事情だろう」

【……】


 死の神相手に真っ向から言い放つジークに対しーー

 周りの者達は気が気でない様子だ。


(ちょ、ジーク。さすがにこの場で死の神の相手は、)

(兄貴だってもう限界だ。さすがにもう戦わねぇと思うがッ)

(魔剣を取り戻したジーク様です。あるいは、やろうと思えば……)

(今のあたしなら足止めくらいは出来る……ううん、魔力が足りないかな)


 レギオンの面々は万が一に備え、


(ジっくん~! 本気のマジで頼むから、これ以上挑発するのはやめて!?

 イズナちゃん死んじゃうよ! てかコレ、アレク様にどう報告すれば!?)

(ここで戦えばどうなるか分からないジークではないだろう。

 だがあの挑発的な態度……一体、どういうつもりだジーク!?)


 イズナとオリヴィアは戦々恐々と震えるしかない。

 住民たちに至っては、死の神の圧力を受けてほとんどが気絶している。


 一方、ジークに庇われるヤタロウと言えば。


「じ、ジーク殿。やめてくだされ。拙者の為に無益な戦いは……」

「うるさい黙れ。お前の為に助けたわけじゃない」

「あ、あれ。ジーク殿冷たくないでござるか? ここは『君にも事情があったんだね』とか『お前を殺すのは僕だ』とか言って友情を分かち合うはずでは!?」

「お前との間に友情なんてない」

「そ、そんな……!」


 ぎゃぁぎゃぁと騒ぐヤタロウをジークは完全に拒絶。

 オルクトヴィアスはゆっくりと言葉を紡いだ。


【運命の子……今、この場でやり合うつもり? 私は別に構わないけれど】


 こてり、と首を傾げた死の神。

 透明な身体から禍々しい魔力が噴き出し、空気が重くなった。


【まさか傷ついた身体で私に勝てると思っているのかしら?】

「試してみようか?」

【……】


 一触即発の空気がその場に満ちていく。

 今にも攻撃を仕掛けそうな死の神に、ジークは魔剣の切っ先を向ける。


「僕も別に構わないけれど。どうせいつか戦うんだ。遅いか早いかの違いでしょ」


 一瞬の静寂。

 そして、


【…………く、ふっふふふ!】


 オルクトヴィアスは腹を抱えて笑い出した。


【あはっ、あはっ、あっははははははははは! 

 この私を相手に大した態度だこと! そんな人間、メネス以来よ。あっはははは!】


 不気味な哄笑が常闇の都に響き渡っていく。

 オルクトヴィアスは目に堪った涙を拭いて、


【あー、おかし。いいわ、張りぼての虚勢に免じて、その人間の命は預けてあげる】


 私、機嫌が良いから。オルクトヴィアスは腕を抱えてそう笑う。

 ジークが既にほとんどの力を使い切ってることに気づいてるのだろう。

 彼女は余裕の笑みを崩さない。


【でも忘れない事ね……? ()はいつだってあなた達のすぐ近くにいるという事を。

 あなた達の敵がどれほど巨大なのか。ふふ。あなたが気づく日を待っているわ……】


 オルクトヴィアスは出てきた時と同じように、すぅ、と消えていった。

 途端、張りつめていた空気が弛緩し、一同はホっと安堵の息をつく。


「いやぁ、助かりました! まさか生きながらえるとは思いませんでしたぞ!

 死の神相手にあの態度! さすがはジーク殿、拙者、まことに感服いたし……」


 リン、とジークは魔剣をヤタロウに向けた。


「おぅふ……じ、ジーク殿ぉ。それは少し厳しすぎやしませぬか……?」

「……」


 ジークが黙っていると、ヤタロウは深く息を吐きだした。

 そして膝をつき、地面に頭をこすりつけて謝罪する。


「これまでのご無礼をお許しくだされ。英雄ジーク・トニトルス殿。

 悪魔教団大司教の名は復讐を果たすための仮の姿。ご迷惑おかけ申した」

「……迷惑、どころじゃないんだけどね」


 ジークは苦笑しつつ肩を竦める。

 先ほどのカリギュラとのやり取りで彼が復讐のために潜入していたことはわかった。

 だが、そのためにジークを異端討滅機構と敵対させようとしたのは謎だ。

 そのせいでカルナックから逃亡する羽目になったし、危うく死にかけた。


 冥界行きの借りもある。

 本当に力を貸して欲しいなら、正直に話せば力を貸しただろうに。

 問い詰めると、ヤタロウはゆっくりと首を横に振った。


「……それでは意味がないのです」

「……どういうこと?」

「ルージュ殿がジーク殿への想いを募らせていることはすぐに分かり申した。

 あのまま行けば、遠からず爆発していたことは想像に難くありません。

 ジーク殿も同じです。おのれの衝動を薬で誤魔化してもいずれは破綻する。

 ならば、荒療治であっても自分で答えを出すように導くしかない……と」


 ルージュは「やっぱりストーカーじゃん。変態」と苦言を呈している。

 一方、ジークはヤタロウの物言いに眉を顰めた。


(今の言い方、誰かに似てるような)


 いや、今はそれどころではない。

 ジークはかぶりを振った。


「結局、君は敵なの、味方なの?」

「ジーク、ヤタロウさんはわたしたちを此処まで案内してくれて……」

「それは分かってる。でも、それが罠かもしれないじゃん」


 カリギュラが言ったように、内部に裏切り者が居なければここには来れない。

 彼がリリアたちをこの場所まで案内したのは明白だ。


 しかし、例え恋人の言葉でもジークは揺るがない。

 一度騙された相手にすぐ心を許せるほど自分は出来た人間ではない。

 些細な感情の揺れも見逃さないように、ヤタロウをじぃっと見つめる。


「知っていることを全部答えろ。返答によっては……」


 ジークは魔剣に陽力を送り、(いかずち)を迸らせる。

 英雄らしからぬ脅しに、ヤタロウは意を決したように口を開こうとしたが、


【ーーそれは、私から説明しましょう】

「え?」


 ヤタロウの背後に舞い降りた影に、ジークは目を見開いた。

 神聖な風が、あたりを吹き抜けていく。

 見れば、将来を共にすると誓った婚約神が神霊を降ろしていた。


「アステシア様!? なんで!?」

【ジーク、こ、こんばんは】

「こんばんは……ってそうじゃなくてですねっ」

【わ、分かってるわよ。ちゃんと説明するから】


 アステシアはどこか気まずそうな顔だ。

 言わなきゃいけないけど言いたくない。そんな顔。

 言葉を待っていると、リリアがたまらずと言った様子で口を開いた。


「……今回のこと、アステシア様は全部知っていたんですか?」

【えぇ、知っていたわ】

「ジークのことも、悪魔教団も、教祖も、ヤタロウさんの事も?」

【全部、知っていた。そもそも、ヤタロウ・オウカに加護を授けたのは私よ】

「……!」


 ジークの事を除き、叡智の神アステシアが人界に関わる事は極めてまれだ。

 天界でも彼女に気軽に話しかけられるのは六柱の大神や友神を除いてなく、

 異端討滅機構の記録でも、彼女の加護を持っている者は超稀少である。

 見たところ普通の人間であるヤタロウに彼女が関わる理由が分からない。


「……どうして?」

【カリギュラ・ゲルニクスを止めるため。正確には、あの腕を何とかする為ね】


 アステシアはゆっくりと事情の説明を始めた。

 曰く、彼女は終末戦争以来、破壊神の死体を処理するために奔走していたらしい。

 本来、神が死ねば死体は消えるのだが……。

 彼は戦争の最中に受けた時の神ノルズの攻撃で肉体の時間が止まってしまった。


【アレが人界にあるのは害でしかない。でも、天界側の神だけでバラバラにされた死体を処理して回るのは時間がかかる。だから私は密かにオルクトヴィアスに情報を流し、徐々に死体を処理してもらった。でも、最後の一つだけ隠されていたの。そんなことが出来るのはインクラトゥスの権能(あの根暗男)だけだから、悪魔教団の教祖が持っている事は分かったのだけど……】


 インクラトゥスの権能はアステシアをもってしても突破は不可能だった。

 オルクトヴィアスに言ったとしても、破壊神の権能を以てすれば死の神の出現すら防がれる。だからアステシアは悪魔教団に恨みのある人間に接触し、スパイとして(ひそ)ませていたのだ。来たるべき時、その命を以て使命を果たさせるために……。


「つまり生贄、ですか……アステシア様にしては残酷ですね。本人の望みとはいえ」

【仕方がなかったのよ。あなたも体感した通り、アレはそれほど危険だった】


 そしてヤタロウの任務の最中に、ジークの問題が浮上した。

 ジークの体質を解決するにはリリアの協力を仰ぐしかない。

 最初から答えは一つだったわけだが、解決もせずうやむやにする方法があった。


 それがヤタロウが渡してきたあの薬だ。

 当然、アステシアもアレの存在を知っていて、それでも黙っていた。

 彼は婚約者である前に叡智の女神。ジークがどちらを選ぶか知りたかったのだと言う。


「……アステシア様は相変わらずですね。僕にも内緒で……そうですか。ふーん……」

【じ、ジーク。怒ってる……?】

「別に。事情は分かりましたし。もう怒ってませんし」


 ぷい、と視線を逸らし、ジークはぼそりと呟いた。


「一緒に寄り添うのは僕だけって言ったのに」

【……っ、ち、違うの! さっきも言ったけど、そのぅ……うぅ、違うのよぉ】


 アステシアが泣きそうな顔をしてリリアを見た。


【リリア、助けてぇ……】


 リリアは仕方なさそうにため息をつき、


「ジーク、その辺で。アステシア様も悪気があったわけではないんです」

「分かってるよ。全部僕の為だったって……でも、それとこれとは別なんだよ」


 なぜだかモヤモヤするジークである。

 アステシアがこういう(ひと)だと知っていたはずなのに、裏切られた気分だ。


「アステシア様がこのように気軽に降臨されるとは……

 これがジーク殿の英雄としてのお力……拙者、興奮いたします!おっと鼻血が……」


 尊敬を通り越して崇拝の眼差しでこちらを見るヤタロウ。

 そういえば、自分以外に彼女の加護を持っている者を初めて見た。

 「ぁ」と自分の胸にある想いに気付き、ジークは渋面を浮かべた。


(……そっか。僕、嫉妬してるんだ。アステシア様の事が好きだから……)


 常に自分に寄り添い、支えてくれる彼女に好意を持っていたのは事実だが、

 それは姉のような存在に対してであって、恋愛感情ではないと思っていた。

 けれどこうしてみると、思いのほか自分は彼女の事を想っていたらしい。

 もちろん、リリアのそれと比べられるようなものではないが……。


「次から、何かあったら言ってくださいね。僕たち……その、婚約してるんですから」

【! わ、分かった! 絶対に言うわ! 他の大神たちの秘密でもなんでも!】

「それでいいのか叡智の女神……つーかよぉ、さっきから聞いてりゃ」


 オズワンは腕を組み、


「ジーク、テメェ……叡智の女神と恋仲って、マジかよ?」

「あれ? 言ってなかったっけ」

「言ってねぇよ! つーかテメェ、もう姉御が居んじゃねぇか!?」

「それはそうなんだけど……僕は二人とも大好きで……えっと……」

「テメェ! 二人の女を同時に愛するとか漢としてねぇだろ! どっちが好きかハッキリしやぶへ!」

「人さまの恋愛事情に土足で足を踏み入れるものではありませんよ、オズ」


 弟の暴走を食い止めたカレンはアステシアに頭を下げる。


「愚弟がお騒がせして申し訳ありません。女神様」

【いいのよ。ジークの仲間だもの。許してあげるわ】

「寛大なお心感謝いたします」

【じゃ、じゃあジーク。私はこれで……】

「あ、待ってください。まだ聞きたいことが」


 ジークはアステシアを引き止め、


終末計画(ワールド・ゼロ)……この言葉に聞き覚えはありませんか?」



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― 新着の感想 ―
[一言] アステシア様かわええ〜。ええ、いいですともいいですとも弱気なアステシア様も大好きでございます。 因みになんですが、みいさん推しはいらっしゃいますか? 次回の更新待ってます!
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