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ゴッド・スレイヤー  作者: 山夜みい
第二章 紅娘の祈り
141/231

第二十一話 世界の底で愛を叫ぶ

 


 ーー雷の雨が降り注ぐより、遡ること数分前。


 影の(つるぎ)と、錫杖がぶつかり合っていた。

 至近距離で睨み合う、白と紅の双眸。

 音高く武器を合わせる二人に対し、オズワンは思わず叫びをあげる。


「姐御が接近戦……!? いや、それよりも」


 影の(つるぎ)は筒状に形状変化。

 リリアは身体を傾ける。筒から放たれた針が頬の横を通過した。

 ピ、と皮一枚切れた頬から一筋の鮮血。無駄だ。すぐに治癒する。


「新雪の舞踊、第一節『越冬』!」

「……っ!」


 リリアは翼をはためかせ、後ろに飛びながら宙返り。

 影の(つるぎ)を絡め取るように錫杖を動かし、軌道上に氷が放たれた。

 ルージュは後ろに身体を倒す。真上を氷が通過。いや違う。陽動。本命は、

 真下だ。


「はぁぁあああああああ!」

「無駄ッ!」


 翼の推進力を生かしたリリアが速攻を繰り出す。

 宙を滑空した姉の頭上に、ルージュは重力を解き放った。

 丸太が背中に乗ったような圧力だ。これで宙で自在に動けはしないはずだが、


「……これも避けるんだ」


 リリアの翼から流れる光の粒が、彼女を重力場から移動させた。

 まるで流れ星に乗って自在に移動しているような光景だ。

 激戦を繰り広げる二人を見て、オズワンは尻尾を地面に叩きつける。


「おい、止めなくていいのか姉貴!?」


 カレンは弟の尾を自分の尾で叩いた。


「逆に訊きます、愚弟。あなたはあの二人を止められますか?」

「……接近戦だけなら負けるつもりはねぇ」

「でしょうね。ですが、あの二人は互いの全てを懸けています。

 力も、業も、誇りも、おのれが持つ全てを。そんな二人の間に割って入れますか?」


 オズワンは沈黙する。それが答えだ。


「何よりも」


 カレンは唇を湿らせ、仕方なさそうに頬を緩めた。


「あの二人が懸けているのは女の意地です。一体だれが止められましょうや」

「……でもよ、このまま続けたら」

「えぇ」


 実弟の呟きに、カレンは眉を下げて同意する。


「このままいけば、()()()()()()()()()()()()()


 カレンは二人の戦いを眺めながら内心で舌を巻いていた。


(レギオン内でジーク様の次に強いのは『熾天使(セラフィム)』のリリア様。

 あるいはその同格としてルージュ様が居ると思っていましたが……)


 全く違った。

 的外れにもほどがあった。


(リリア様は神殿での修業を経て接近戦を覚えている最中。

 天使としての身体能力を生かし、その攻撃の幅は大きく広がった)


 それでも、ルージュ・トニトルスには敵わない。


 冥王の魔力。吸血鬼の異能と半魔の時に獲得した重力操作という二つの異能。

 ()()()()()()()()()()()()()隔絶した壁が二人の間にはある。


(ルージュ様の、圧倒的な戦闘センス……! これほどとは……!)


 ルージュが誰かと独りで戦っているのを見るのは初めてだ。

 孤高の暴虐(ベルセルク)の時も動きを止める事に徹していたし、

 未踏破領域の時も、影や重力でジークやオズワンのサポートをするばかり。

 あえていうならダルカナス戦だろうが、あの時はまじまじと見る余裕がなかった。


 しかしーー

 思い返せば、いつだってルージュは戦いの中で踏ん張っていた。

 孤高の暴虐(ベルセルク)の時も、ダルカナスの時も、最後まで諦めなかったのは彼女だ。


(リリア様が相手の二手先を読んで動いているとすれば、

 ルージュ様は相手の三手、四手先を読んだ上で罠を仕掛けている(・・・・・・・・・)


 冥王の魔力で変わっているのは能力の底上げだ。

 ただでさえ恐ろしい戦闘センスが、バケモノじみた魔力で次元違いに昇華している。


「……やばいね」


 イズナの呟きに、カレンは深く同意する。


「……一歩間違えれば命はありません。そうなる前には止めたいところです」


 ーー誰もが甘く見ていた。冥王の血を引くという意味を。


 彼女が持つ本来の潜在能力(ポテンシャル)は、ジークに勝るとも劣らない!


「ハァ、ハァ……!」


 攻撃を避け続けるリリアにも疲労が見えてきた。

 空から(いかずち)が落ちてきたのは次の瞬間だ。


『ッ!?』


 目を見開いた一同は、さらに驚愕する事になる。

 自分たちの頭上に落ちてきた光を、透明な膜が受け止めたからだ。


「ジーク!?」


 オズワンが叫び、両手を天に掲げるジークの姿を認める。

 その頭上には、彼らの仇敵が宙に佇んでいた。

 そのニヤケ面は忘れもしない。


孤高の暴虐(ベルセルク)……! あの野郎まで来てやがったのか!)


 ルージュに目を奪われるあまり気付かなかった。

 しかも彼の攻撃は、街中に降り注いでいるーー。


「ジーク様、また無茶をして……!」

「いやぁ、ほんと。助けに行きたいけど……ちょっと無理かな」


 イズナちゃんじゃ足手まといにしかならないしね。

 引きつった声でそう言ったイズナに対し、オズワンもカレンも不本意ながら頷いた。

 戦いの中、都市を滅ぼす相手に叫ぶ彼の言葉は英雄そのものだ。


(エルダーを助けても……やっぱり兄貴は兄貴だな)

(全部助ける、ですか。そんなあなただからこそ、ついていくのです)


 ジークの目が、リリアとルージュに向けられる。


「リリア!」

「……!」


 恋人に名を呼ばれ、リリアは俯きかけていた顔を上げた。

 激戦の中、誰よりもルージュとの実力差を感じていたのは彼女だ。

 自分では止められないかもしれない不安が心の中にわだかまっていた。


 けれど。


任せた(・・・・)

「……!」


 その、たった一言が。

 他人から見れば何でもないような、そのたった一言がリリアに無限の力を与える。

 いつだって前を往く彼が、自分の背中を『任せた』と言ったのだ。


 ーーその期待に応えないで、彼の隣に居る資格があろうか。


 否だと、リリアの心は震えた。

 飛び上がりたいほどの衝動とたかぶる戦意を抑え、リリアは笑った。


「はい!」


 対し、兄に名を呼ばれなかったルージュは顔を歪めた。

 それはかつて冥界で、自分がもらった言葉(もの)なのに。


「……っ、お兄ちゃんに呼ばれたからって、調子に乗らないで。

 あたしに勝てるの? あなたは地面を舐める雌豚になるのがお似合いだよ」

「勝てるかどうかは問題ではありません。ルージュ。あなたを止める。それだけです」


 あくまで『妹』を繋ぎとめようとする姉に対し、ルージュは冷たい双眸で応えた。


「ルージュじゃない。あたしはローズだ」

「……どれだけ強くなっても、ルージュはルージュですよ」

「……っ、違う、違う違う違う!」


 ルージュ(ローズ)の怒りに呼応するように、影の触手が爆発する。

 数十、あるいは数百にも及ぶ槍の豪雨が、リリアの頭上に降り注いだ。

 咄嗟に氷の傘を張ったリリアの耳にズガガガガ!と掘削音が響く。


「……ぐっ」

「あたしはルージュじゃない、ローズだ! 親友を犠牲にして生きた臆病者で!

 お兄ちゃんが居ないと生きていけない半端者! それがあたしだ、あたしなんだ!」


 ーー最終実験の時、ルージュがわざと殺されていなければ死んでいたのは自分だ。

 ーー名前をくれたあの子が、自分の為に犠牲になってしまった。


 ただの一度も彼女を忘れたことはない。

 毎晩寝るときにも思い出す。臆病で怖がりだった本当の自分を。


「穿て、『黒の滅塵(ニルヴァーナ)』!」


 ルージュは重力の塊を創り出し、影の触手の中に紛れ込ませた。

 黒い槍の中に紛れ込んだ重力塊は氷の傘を打ち砕き、天使の翼をむしり取る。


「新雪の舞踊、第二節『散華』!」


 その寸前、リリアは錫杖を地面に打ち付けた。

 翼から生成された魔力の羽が影の触手を相殺し、

 ぐぉん、と伸びた錫杖を支えに、リリアは重力の弾幕から脱出を果たした。

 目の前にルージュが居た。


「何も知らない癖に、」


 全て読まれている(・・・・・・・・・・)


「あたしを助けようとするな、リリア・ローリンズッ!!」


 影の豪雨から脱したリリアのみぞおちに、ルージュの剛拳が直撃する。

 一打、二打、四打と、繰り出される拳の嵐にリリアは反撃できない。

 本来、ルージュの細腕で出せる力ではない。影の鎧で強化しているのか。


「……!」

「仲間も、友達も、同僚も、家族も! 何もかも持っているのに!」


 叫び、ルージュは拳を振り抜いた。


「あたしから、お兄ちゃんまで奪わないでッ!!」

「う、ぁ……!」


 リリアは決河の如く吹き飛び、オズワンたちの所まで転がった。

 尻尾をぴんと立たせたイズナが「リったん」と呼びかけるが、リリアは首を横に振る。


「まだ、大丈夫です。手を出さないでください」

「……分かった。でもやばいと思ったら手を出すからね」

「はい」


 強情なリリアに対し、イズナは引き下がった。

 元より自分の役目は悪魔教団の本部を突き止める所まで。

 第二席にも余計な手出しは無用と言われている以上、出過ぎた真似は控えるべきだろう。


(まぁ、それでも心配だよにゃぁ……妹弟子のピンチだし)


 だからイズナは密かに拳の中に風の精霊を呼び出す。

 元より今のルージュは脅威だ。

 このまま暴れ続けるようなら排除しなければ、第二の冥王となる可能性すらある。


(ま、弟弟子に嫌われたくないし、それは最後の手段だよね。頼むよ、リったん)


 ぷ、と血を吐きながら、リリアはルージュに向き直った。


「確かに、あなたとはしっかり話したことがなかったかもしれませんね……」


 それでも絆はあると信じていた。

 共に未踏破領域を乗り越え、共に戦争を超え、共に同じ男を思う女同士だ。

 けれど、彼女のそれは『兄』に対する範疇を超えないものだと思っていた。

 あるいは助けられた女が一時の感情で恩人に傾倒するようなものであると。


 そこを見誤ったのは、確かにリリアの落ち度だ。


「けど、奪わないでは言い過ぎじゃありません? 出会ったのはわたしの方が先なんですよ」

「うるさい。もう黙って、早く消えて、あたしの前から消えてよ」

「じゃあなんで」


 襲い来る重力弾を避けながら、リリアは一歩、足を踏み出した。


「なんで、()()()()()()()()()()()()()

「……っ」


 ルージュの顔がくしゃりと歪んだ。

 その反応で確信を得たリリアはさらに一歩、距離を詰める。


「本気でわたしを殺そうと思うなら、今までいくらでもチャンスはあったはずです。

 今のわたしたちには、それだけの実力差がある。なのに、なんで?」

「……あたしは本気だよ。殺してないのは、あなたが防ぐから!」

「嘘ですね」

「……っ」


 ジークのように並外れた観察力が無くても、分かる。

 彼女は先ほどからずっと「助けて」と泣き叫んでいる。

 言っている事は本心なのだろう。そこに嘘はないのだと思う。


 それでも、それが全てじゃないはずだ。


「あなたはまだ、本気の本気でそちらに染まっているわけじゃない。

 戻ってきてください、ルージュ。みんな、あなたを待ってるんです」

「うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさい!」


 もはや言葉は不要とばかりに、ルージュは影の鎧を纏い直した。

 籠手や足から禍々しい棘が生え、その手には剣を携えている。


『もう黙って、黙って消えてよッ!』


 血の斬撃が放たれた。

 錫杖を回転させて打ち払う。すかさず二投目。これも防ぐ。

 だが、相手の動きを先読みするルージュの前では。

 リリアは振り返った。


 ーー誰も居ない。


『後ろだと思った?』

「……!」


 逆方面からルージュの声が聞こえた。

 ハッと振り返ったリリアの翼をルージュが掴み、投げ飛ばされる。


『ぶっ飛びなよッ!』

「く……っ」


 宙を回転したリリアは、後ろに流されながら反撃。


「新雪の舞踊、第三節『氷柱落とし』!」


 宙返りと共に繰り出された氷弾の雨。

 数千にも及ぶ豪雨は地面を深く抉り、命中した箇所を凍てつかせる。

 だが、


『無駄だって言ってるでしょ』


 鎧を纏うルージュには、傷一つ付けられない。

 何もせず、ただ佇むだけでリリアの氷を弾いて見せる。

 圧倒的に見えるその強さを、リリアは羨望の眼差しで見つめた。


「やっぱり……あなたは強いですね、ルージュ」


 ーー自分も、そんな強さが欲しかった。


 ジークの横に並びたてる強さが。彼に背中を任せられる強さが欲しかった。

 熾天使(セラフィム)になっても、彼はちっとも待ってはくれない。

 守られる姫になるなんて御免なのだ。リリアは、彼と一緒に戦える相棒でありたかった。


 今のルージュのような、圧倒的な強さに何度憧れたことか。


「それでも、あなたにわたしは殺せません。だってあなたはジークの妹だから」


 彼が『任せた』と、言ってくれたから。


「あなたを止めます。ルージュ!」

『なに、それ。女の余裕ってやつ? ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつくッ』


 ギリ、とルージュは奥歯を噛みしめた。


『どんなに強くても! 欲しいものが手に入らなきゃ、意味なんてないのに!』

「……ジーク、ですか?」


 ハッとしたように硬直。俯き、ルージュは頷いた。


『あたしはどこまでいっても『妹』だ。一緒に戦えても、一緒に過ごせても、

 どこまで行っても『妹』なんだ。好きなのに。大好きなのに……!』


 心からの叫びが伝わり、リリアは唇を噛み締める。

 やはり、彼女は。


『妹としてじゃない。あたしは、女として、お兄ちゃんを愛してるっ!』

「……っ」


 例え彼の母親から生まれた偽物であろうとも。

 例え彼を傷つけた裏切り者で、親友を殺した臆病者であろうとも。

 あの人さえいてくれれば、何もいらないから。


「だから、あなたは悪魔教団に協力を……」

『そうだよ。どれだけ力があっても、『女』としてあなたには敵わない。一度お兄ちゃんを傷つけたあたしにあなたを殺す資格なんてない。でも、だったら、お兄ちゃんが自分から離れて、あたししか居ない状況になれば! 愛してくれると思ったんだ!』


 最初は『妹』として一緒に居られればそれで充分だった。

 ルージュ亡き今、世界でただ一人、自分(ローズ)を受け入れてくれるのは彼だけだったから。

 兄を傷つけた自分に彼を愛する資格なんてないと思っていた。

 例えリリアが居ても、その近くに自分も一緒に居られれば良かった。


 そう思っていたのに。


『あたしは……!』


 ーー『ルージュは、世界で一番大切な僕の妹だ』

 ーー『何があっても、絶対に僕が守ってあげるから』


 彼にそう言ってもらえるたび、胸が張り裂けそうになる。

 飛び上がりたいくらいの嬉しさと、ナイフで胸を突かれるような痛み。

 矛盾する感情が自分の中でせめぎ合って、これが『好き』だと気づいたのはいつだったか。


 冥界でただ一人、リリアの為に悪意と立ち向かうジークが眩しかった。

 大好きな人の為に命を賭けられる彼の背中が頼もしく、誇らしかった。

 自分の為に世界を敵に回すと宣言してくれる彼が愛おしかった。


 時を経るごとに、狂おしいほど愛しい気持ちが強くなった。

 影から出るたびに兄の姿を追いかける自分がいた。

 起きている時も寝る時も、何をしている時でも兄の事を考えていた。

 何度も抑えられなくて、気持ちを伝えたけれど、彼にとって自分は『妹』だ。


 どれだけ守ると言ってくれても、いつか飽きて捨てられるかもしれない。

 所詮、自分たちはどこまで行っても他人でしかなくて、自分と彼は同じ腹から生まれたわけじゃない。

 いつかリリアとの間に子供が生まれたら、きっと自分の事を忘れてしまう。

 彼がそうなれば、仲間たちもきっとそうなるだろう。


 だって自分は悪魔だから。

 仲間たちの中で唯一、人類の敵になりうる爆弾(おもに)だから。


『もう、嫌なの』


 ルージュはもう居ない。

 ジークが居なくなれば自分に寄り添ってくれる人は、どこにも居なくなる。

 好きなのに。大好きなのに。愛しているのに。


『『(それ)』じゃ嫌なの。もっと近くに居たいんだよ……!』


 ねぇ、お兄ちゃん。なんでこっちを見てくれないの?

 もっと一緒に居てよ。もっと話しかけてよ。


 お願い。あたしを見て。

 あたしだけを見て。あたしだけを愛して。

 全部あげるから。身体も心も何もかも、あなたに捧げるから。


 あなたが望むなら何でもする。人類を皆殺しにしてもいい。

 どんな代償を払ってでも、あなただけがあたしの唯一無二だから。


『だから、あたしは戦う』


 緋色の眼光を煌めかせ、ルージュ(ローズ)は武器を取るのだ。


『例えお兄ちゃんが世界の敵になろうと関係ない。悪魔教団にだって入ってもいい。

 あたしを女として見てくれるなら、人類も世界もどうなろうが知った事じゃない。

 むしろ全部滅べばいい。終わっちゃえばいい。お兄ちゃんがいるなら、あたしは他に何も要らない!』


 叫び、ルージュは地面を蹴った。


『だからそこを退いてよ、お姉ちゃんっ(・・・・・・・)!』

いやです(・・・・)


 心から悲鳴を上げたルージュに対し、リリアは真っ向から立ち向かう。

 波濤のように広がった影の波を、氷の波が迎え撃った。

 激突。


(~~~~っ! なんて凄まじい魔力の応酬……! 全く、この二人は……!)

(ちっとは手加減しろよな、クソが……!)


 新雪のような白い光と、禍々しい光がぶつかった。

 誰もが目をそむける光の奔流の中、姉妹の目が合う。

 冥王の手先と化したルージュに対し、リリアは。


『……っ、なんで、あなたは!』


 リリアはまっすぐに、ルージュを見つめている。

 こんなに裏切ったのに。こんなにひどいことをしているのに。

 裏切り者だと、妹が兄を好きなんて気持ち悪いと、叫んでもいい資格があるのに。


(なんで、なんでなの……!?)


 リリアに対するルージュの気持ちは複雑だ。

 自分の大切な人の大切な人。姉であり友であり仲間でもある。

 彼女を「お姉ちゃん」と呼んだのは、自分も彼と彼女の間に入りたかったから。

 のけ者にされるのが嫌で、それでも「妹」だと言ってくれた時は嬉しかった。


 でも、やっぱり違う。

 彼女は自分の姉であるかもしれないけど、恋敵で、大切な人を取っていく敵だ。

 彼女にとっても、自分はジークを奪おうとする敵だ、そうあるべきなのに。


(なんでそんな目で見るの。そんなに優しくするの……!?)


 リリアはずっと、自分だけを見ている。

『ジークの妹』じゃない。『レギオンの仲間』でもない。

『自分の妹』として、『大切な家族』として自分をーー


【--騙されるな、ルージュ】


 声が、響いた。

 脳裏に過るその声は、汚泥(ヘドロ)のように思考を溶かしてしまう。


(ぁ)

【奴はお前を道具として扱っているに過ぎない。

 ジークのご機嫌を取るためにわざと姉としてふるまっているのだ】

(でも、あの人は)

【あれは演技だ。ジークの前だからお前を殺せないだけだ】


 ーーこれが終われば裏切り者のお前は重荷として捨てられる。

 ーー誰がお前を背負う? 悪魔であるお前を、私の妹(世界の敵)であるお前を。

 ーーあれは敵だ。お前の大切なものを奪おうとする敵だ。


『あれは、敵』

【そうだ。敵だ。仇だ。ジークを奪う奴が憎いか?】

『にく、い』


 どす黒い感情が、ルージュの心を支配する。


【自分から兄を奪う奴が許せるか?】

『ゆる、せない……憎い、許せない、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だッ!』


 ルージュの不安が増大し、闇を放つ力が強くなった。

 リリアの雪は闇に呑み込まれ、徐々に押され始めるーー。


「く……!」

『ぁぁああああああああああああああああ!』

【そうだ、恨め、憎め、怒れ! ()の感情を支配し、真の力を解き放て!】


 蹂躙せよ、蹂躙せよ、蹂躙せよ!

 仲間であろうと友であろうと姉妹であろうと関係ない。

 自分の望みの為に全てをなぎ倒す。

 それが、それこそが、あの兄の妹であるお前だろう!


「リリア様ッ!」

「く、リったん!」

『邪魔を、するなぁあああああああああああ!』


 さすがにリリアが危ないと思ったイズナたちが援護に入ろうとする。

 だが、冥王の魔力を余すことなく使うルージュに、七聖将でもない彼らが勝てるはずがない。ルージュは重力を解き放った。それだけで彼女らは動けなくなる。


(クソ……! この力……やっぱやべぇな、オイ!)

(大地の精霊が怖がってる……! やはりあの力は冥王の……!)

(あーやばい。これ、間に合わない。リったん、避けて……!)


 地面に這いつくばる彼らを一顧だにせず、ルージュはリリアの懐へ。

 新雪を切り裂いたルージュの手には、黒い(つるぎ)が握られている。

 リリアの胸に、死の切っ先は突きつけられーー



『これで終わりだよ、お姉ちゃん』



 鮮血が、ほとばしった。




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― 新着の感想 ―
[一言] ルージュがこんなに深くジークのことを考えていたとは···。ぜひ!是非ともルージュには幸せになって欲しいですな。ほんとに。 あと、タイトルツッコんだほうがいいですか?(笑)
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